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◆レンカリオ編【13_15】十三歳のワタシは義姉を取り返しに行くらしいわ


 昨日フィルフィーを見送り、ポーリー達以外の使用人全員にもその場で暇を出した。十分な謝礼を支払うことも忘れずに。

 今日、メリケオ領へ到着したトゥマには、ショルト子爵の館に逗留してもらっている。

 ヘルブン家の屋敷はもぬけの殻状態。

 ワタシとポーリー、テルト、ミルダは離れに移った。

 三人と過ごす最後の夜だったから、感謝と労いの念を込めて『花』のソーサラーカードを披露した。

 『花』のソーサラーカードは、イメージする花を出すことができる。

 ワタシは、バラやガーベラやダリア、パンジーやネモフィラやチューリップ、その他にも思いつく限りの花々を三人へ贈ってやったわ。

 三人ともとても喜んでくれた。

 喜んでくれたところで、ワタシはキサリティア救出後の自分の身の振り方を説明する。


「ポーリー。テルト。ミルダ。よく聞いて。いまヘルブン家の屋敷には、強大な呪い……怨念が渦巻いているの。それは長年、ゴスメズとクオキシャに虐げられ、害されてきた者達の恨みや憎しみが形となったもの。ようするに、呪いよ。あなた達も、ちょっとした体調不良なんかで感じたことがあるんじゃない? あの屋敷に巣食う負の念を……」


 三人はにわかには信じがたいけれど、思い当たる節があるという表情をしたわ。

 ……当然ね。呪いの影響はここ数年、顕著なっていたもの。

 ゴスメズとクオキシャ以外の人のことは、ジュジュとノロイに守ってもらっていたから、被害は最小限で食い止められていたわ。

 もろに影響を受けていたら、今頃は病で臥せっていたかもしれないわね。

 そんな危険な場所に引き止めてしまっていたことを、ワタシは改めて謝罪した。


「ごめんなさい。危険な場所に長らく留め置いてしまって。わたしには幼い頃から、屋敷に巣食う呪いが見えたの。最初は呪いが怖くて、こんな家もこんな領地も、さっさと逃げ出そうとしていたのよ、不憫なキサリティアを連れてね。……ポーリー、五歳の時にあなたを勧誘した言葉も、ほとんどが真っ赤な嘘で、本当は利用するだけ利用して置いていくつもりだった。……本当にごめんなさい」


 ワタシは丁寧に、そして深く頭を下げた。

 三人は固唾を呑んでそれを見守っている。


「でもベニニのことがあって、ゴスメズの非道に苦しめられる人々を置いて逃げることの方がよっぽど怖くなった。トゥマと一緒に逃がそうとしたキサリティアも、どういうわけか残っちゃったしね。それで、キサリティアが嫁入りできる年齢まで待って、お嫁に出したら、呪いにゴスメズとクオキシャを差し出すつもりだった。そのあとは、二人の血を引くわたしが次期領主……ってんじゃ、領民が納得しないでしょうから、トゥマ兄さまを呼び戻して領主になってもらう腹積もりだったわ。この辺の計画は、いまも生きているけどね。そうしたらわたしは、蟄居でもしようと思ってた。その時は、あなた達三人がそばにいてくれたらって、ムシのいいことを考えていた。でも、心境の変化があっていまこうしてここにいる」


 心境の変化とは、ワタシがンカリオとして、レンカリオがワタシとして、この世界の人々と繋がりを持ってしまっていたと、気づいたこと。

 ポーリーとテルトとミルダは仲間。

 大事で、大切な仲間。

 でもそれは、伝えない。


「キサ義姉さまを救出したのち、わたしは一人、ヘルブンの屋敷に戻ってくる。そして、亡きゴスメズとクオキシャに代わって、呪いを引き受けるつもりよ」

「――お待ちください、レンカリオ様。引き受けるとはいったいどういう……?」


 ポーリーが鋭く問うてきた。


「……そうね。具体的に言えば、呪いを滅ぼすわ。この命に代えても」

「それはなりません!」


 ポーリーが、


「いけません! おやめください!」


 ミルダが、


「だめです! レンカリオ様!」


 テルトが、反対した。

 まあ、そうよね。反対されるだろうと思ったわ。


「これは領主の務めなのよ。わたしが呪いを滅ぼさなければ、呪いは屋敷を飛び出し、領民に襲いかかる。誰も、騎士であっても太刀打ちできない。対処できるのはわたしだけ。わかるでしょう?」


 五歳の時からワタシに協力してくれている三人だからこそ、納得するしかないわよね。

 ジュジュやノロイを手懐け、ソーサラーカードで数々の荒技を成し遂げてきたワタシに、委ねるしかないってこと、わかっているわよね?


「ならば、我々もお供いたします」


 ポーリーの言葉にテルトとミルダが頷く。


「……ありがとう。でも、ダメよ」

「なぜ?」「どうしてですか?」「レンカリオ様!」


 三者三様に叫ぶ。

 ふふふ。一歩も引かないって感じね。けど、ダメなものはダメよ。


「馬鹿ね。わからないの? 死んでほしくないのよ。あなた達の誰にも。死なせたくないのよ。あなた達が大事だから。とても――大事な仲間だから」


 ああもう、言わないつもりだったってのに……。

 内心で毒づきつつ、袖の中からソーサラーカードを取り出した。

 使用するのは『眠り』のソーサラーカード。


「そっ――れは我々も同……じっ……う、ぁ――ぐぅ……」


 ポーリーがその場に崩れ落ちたのを皮切りに、テルトとミルダも膝を折った。

 これで丸一日は、なにがあっても目を覚ますことはない。

 酷いことをしている自覚はある。

 心優しく、義に厚い三人のことだから、きっと苦しめてしまう。


「最後まで、ワタシのわがままにつき合わせてごめんなさいね。ポーリー。テルト。ミルダ。本当にありがとう」


 それぞれのまなじりに光る涙をハンカチで拭い、三人とは別れた。

 朝には騎士達が、三人を丁重に運び出し、ショルト子爵の館へ送り届けてくれることになっている。

 ショルト子爵にも、ワタシが呪いを引き受けることは話してある。

 目覚めた三人がワタシの身を案じて無茶をしないように、見張ってもらうよう話を通しておいた。場合によっては、幽閉してくれても構わないとも……。

 結局ワタシは眠ることができなかった。

 そして、朝が来たわ。

 トゥマと騎士達を伴って、ワタシはシシーラアボリ領へ向かった。

 メリケオ領からシシーラアボリ領へ行くには、北隣にあるイシメリ領を経由する必要があり、一日でパパっと行ける距離じゃあないのよね。

 でもまあ、その辺は割愛しておくわ。

 ちなみに、戦争でもおっぱじめる気かしらってな具合の物々しさで出向いてやったけど、問題はないわ。

 なんてたって、正義はこちらにあるんだもの。

 門番も衛兵も騎士も領主も育ちのいいクズも、王の紋章を象った金色のペンダントトップを見せれば引き下がるしかないのよね。


 ――というわけで、はい。


 ルビアーノのお屋敷の応接間に、キサリティアとトゥマと、それから毛並みのいいクズがやって来たわ。

 ようやく来たわね、まったく。

 毛並みのいいクズの不服顔を見るに、トゥマに様子を見に行ってもらって正解だったみたいね。

 どうせ、レンカリオ(ワタシ)の名を執事に聞かされて、ビビッてたんでしょ?

 悪だくみする奴ほど小者なんだから……って、クズのことはどうでもいいのよ。

 それよりキサリティアよ、キサリティア。

 様子はどうかし……ら……


(――ああ……、キサリティアだわ)


 海のように色を変える青い髪。

 吸い込まれそうなほどに澄んだグレーの瞳。

 穏和で優しい性格とわかる、人好きのする顔立ち。


(……会いたかった。会いたかった。会いたかった……っ)


 ああったく。たった五日、顔を見なかっただけなのに。これほどまでに恋しく思っていただなんて……。やれやれよね。

 でも、思えば一日だって顔を見ない日はなかった。

 だから仕方ないのよ。


(会えて嬉しい……。嬉しいわ、キサリティア――)


 なんて、思っていたのも束の間。

 その頬にぶっ叩かれたような赤みを見つけ、ワタシは我に返ると同時に、激しい怒りが沸き上がるのを感じた。

 手を上げたのは毛並みのいいクズでも、そのシチュエーションを用意したのはワタシ……。

 ギリリと奥歯を噛みしめ、怒りが沸点を下回るまでやり過ごした。

 それから立ち上がり、こう言った。


「ルビアーノ様。義姉あねが参りましたので、わたくしはこれで失礼いたしますわ。――さて、帰りましょうか。キサ義姉さま。お兄さまもご苦労さまでしたわ」


 こんなところに一秒だってキサリティアをいさせたくないもの。


「ああ。姉弟妹きょうだい三人で仲良く帰るとしよう」


 同意見だったのか、トゥマもサラリと応じてくれたわ。

 そこへ見苦しくも待ったをかけたのがこのクズ。


「ちょっ! ちょちょちょちょっと待ってくれ! 帰るだって⁉ 馬鹿を言っちゃあいけない! キサリティアは僕のものだ! 帰ることなどできない!」


 ハァ? なに言っているのかしら、このクズ。

 ていうか、なに気安く話しかけくれてンのよ? 話しかけんじゃないわよ、馬鹿。

 毛並みのいいクズの父親にして領主、クシエラ・ルビアーノの手前もあって、罵倒はすべて胸中に留めておいたんだけど、どうやら表情に出ていたみたいね。

 なんか、めっちゃ傷ついた顔をされたわ。

 まあ、どうでもいいけど。

 そう思っていたら、


「僕はキミのお父上――御領主からキサリティアを買ったんだ。証明書もある!」


 気を取り直して抗議してきたわ。

 ふぅん。へこたれないのね。ダルッ。


「これだ! 見たまえ!」


 いや見ないわよ。見る価値ねーもの。


「なぁぜ見ない⁉」


 うっさいわねぇもう……。

 どうにかしなさいよ、クシエラ。アンタの息子でしょうよ。


「いかがです、父上! これは正当な手続きを踏んだ取引で――」

「大変なことをしでかしてくれたな、マシュエよ」

「……へ?」

「この愚か者めが! 恐れ多くも王の所有物に手を出すとは、言語道断!」


 はい、説明ありがとう。


「お、おうのしょゆーぶつ? ど、どーゆーことですか、父上……?」


 あら、いい顔するじゃない。最高に情けなくって愉快だわ。ふふ。

 お礼に口を利いてやろうかしら。


「わたくしから説明いたしますわ。マシュエ卿」


 興が乗ったワタシは、キサリティアの元へ向かった。

 キサリティアの背後に回り、華奢な両肩に手をかけると、背筋を伸ばすよう力を加えた。

 ……内心、嫌がられたらどうしようって冷や冷やしていたんだけど、そこはさすがいい子のキサリティア。嫌がる素振り一つなかったわ。


「ご存知かと思いますが、我が義姉あねキサリティアには治癒の力があります。よってわたくしは、掟に則り、そのことを王へ報告しました。兄を通して」


 一度言葉を切り、トゥマを見遣った。

 空色の瞳がワタシを見つめ返し、頷く。


義姉あねは速やかに、王の名の下に保護を約束されました。これはその証ですわ」


 キサリティアの横へ並んだワタシは、腕を掲げた。ドレスの袖を引いて、手首につけたそれを――王の紋章を象った金色のペンダント見せつけた。


「そ、その鹿の子模様は、まさしく王の紋章……!」


 銃口でも向けられたかのように狼狽える毛並みのいいクズ。

 うぅん、いい反応ね……。クセになりそうな感覚があるわ。これが権力を振りかざすって快感ってヤツかしら?

 この快感が忘れられなくて、自制できなくなって、最終的に駄目になっていくのね、人って……。


「し、しかし! ヘルブン様はそのようなことは一っ言も言ってくれはしなかった……!」


 馬鹿ねぇ、ワタシがゴスメズに言うわけがないじゃない。……って、ストレートに言い返したくなるところをぐっと堪える。

 ったく、面倒よ。本当に面倒だわ。


「ええ、ええ、そうでしょうとも。だってわたくし、父と母には義姉あねの能力のことを黙っていましたもの。耳に入れたが最後、マシュエ卿と同じような下劣な手段に義姉あねを用いることはわかりきっていましたから」

「し、失敬な! ぼ、僕は純粋にキサリティアを妻に迎えたかっただけで、げ、下劣な手段に用いるなど考えてはいなかったさ!」


 毛並みのいいクズが何事か宣っていたけど、正直耳に入らなかったわ。

 だって、キサリティアが手を掴んできたんだもの。

 正確には、薬指と小指ね。金のペンダントをつけた手とは反対の、よ?

 それはそれとして……急にどうしたのかしら?

 そっと横目で窺ってみるも、


「……っ……!」


 無言。いえ、なんかこう、訴えかけてくる表情はしているのよ。でもなにも言ってこないし……。

 無意識の行動なのかしら? 反射みたいな? あ~、でもなんか見たことあるっていうか、言い表せそうな言葉がもうちょっとで出てきそうなのよ。

 えぇ~と、えっと……あっ! 子供! 迷子になった子供が咄嗟に大人の手を掴んだ時と似てるんだわ!

 むしろこの場合だと、溺れる者は藁をも掴む、かしら? 

 それほどまでに早くここから立ち去りたいのね。OKよ。ワタシに任せなさい。


「王の名のもとに保護をされた。それは裏を返せば、義姉あねは王の所有物ということですわ。ですからね、マシュエ卿――あなたは王の所有物を勝手に売買した大罪人、ということになるのですよ。おわかりいただけましたか?」


 返事がないわね。

 毛並みのいいクズの話を聞き流したせいで、変な話題転換になっちゃったかしら。

 まあいいわ。続けましょう。


「ちなみに、同じく大罪人となった我が父ゴスメズですが、その首でもってして贖いましたわ。妻である母クオキシャも。娘であり、義姉あねの保護を監督するはずだったわたくしの罪は、父母の首を刎ねること。それから、父亡きあとの領主の座――侯爵位を召し上げられることで贖わせていただけることとなりました」


 これはキサリティア的には中々ショッキングな内容だと思うから、あえて明るく言っておいたわ。

 でないと人の好いキサリティアがワタシを心配しかねないもの。

 当のキサリティアは、驚きのあまり両手で口を覆っていた。

 ……手、離れちゃったわね。まあ、別にどうでもいいけど……?


「とはいえ、侯爵位の召し上げはまだ少し先のこと。よっていましばらくは、不肖このレンカリオ・ヘルブンが、メリケオ領領主を務めさせていただきます」


 毛並みのいいクズがすっかり反応しなくなったから、最後の方はクシエラに向かってしゃべっておいたわ。


 ていうか、マシュエのことなんて最初はなっからどうでもよかったのよ。大罪人なんだもの。


「……さて。では、メリケオ領現領主の名において、マシュエ卿と前領主との間に交わされた取引を正式に無効とさせていただきます。支払われた代金は、先ほどルビアーノ様にお返しいたしましたし、それでよろしいですわよね? ルビアーノさま」

「ああ。息子マシュエとゴメスズ殿の取引は正式に無効となった」


 お互いに合意を示し、右手を上げる。

 ワタシとクシエラの小指に嵌められた領主の指輪が鈍光を放った。

 毛並みのいいクズが用意した証明書が消え、キサリティアの薬指から蛇を模した指輪が抜け落ちた。

 一時でも、キサリティアの薬指に収まっていた指輪ね……。気分的に気に入らないから踏み躙ってやりたいところだけど、そんなことしていい場面じゃないわよね。

 まあ、不要になった指輪なんてどうでもいいわ。


「僕はどうなる……? ヘルブン様が斬首刑なら、僕は、僕は僕は僕は! どうなる! いったいどうなるんだよぉ!」


 指輪以上にどうでもいいわよ。いや、そンなもん、わかりきってるじゃない。めんどくさいわね~。

 王への報告義務を怠った時点で、事が露見したら罰を受けることくらいわかっていたでしょうに。

 どうしてわざわざ言わせようとするのかしら? ハァ~ア……。


「――父母と同じく斬首刑かと」


 簡潔に告げると、いまこの場で首を切って捨てられたかのような顔をされた。

 なによ。アンタが言わせたんじゃない。……でもまあ、そうなるわよね。


「そんな……そんなぁ……嘘だ……うそだうそだうそだうそだうそだひぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」


 絶望の淵に沈むって感じね。

 ゴスメズとクオキシャの時同様、いい気味とも、ざまあみろとも思わない。

 どうしようもなく哀れだった。


「ご安心ください、マシュエ卿。今回の仕儀、その不始末の原因は我がヘルブンにあります。ですので、マシュエ卿の首一つで済むよう、わたくしから王にお頼み申し上げました。ルビアーノ様も、奥様も、二人いる兄さま方も、罪に問われることはありません」


 家族が不問になったことに安堵したのか、はたまた、自分だけが破滅することに絶望したのか、マシュエの悲鳴は唐突に止み、パタリと倒れた。

 ぶっちゃけちゃうと、クシエラにも責を負わせたかったのよね。だって今回のこの件、クシエラは把握していたはずだもの。

 だけど、そうすると息子二人や、夫人や、追従する貴族達に恨まれかねない。

 シシーラアボリ領との間に禍根を残すのは、新たにメリケオ領の領主となるトゥマのためにもよくない。そう判断したわ。

 とはいえ、皮肉の一つや二つくらいは言わせてもらうわよ。


「あら、ご安心いただけたようでよかったですわぁ。ふふふ。――では、今度こそ帰りましょうか。キサ義姉さま、トゥマ兄さま」


 と、呼びかけたはいいものの、すぐさま応じられるようなキサリティアではないわよね。

 うん。案の定、戸惑ってるわ。それならば、


「お兄さま」

「ああ、任された」


 爽やかに応じたトゥマは、キサリティアをお姫様抱っこした。

 イヤ、お姫様抱っこってアンタ……。


「……ぇっ?」


 そりゃキサリティアもポカンよ。


「失礼いたします、ルビアーノ様」


 そうそう。恭しく、かつ凛々しく頭を下げて……って、ひょえぇぇ、イケメンの振る舞い……っ⁉


「……ぇえっ? あのっ、待っ、え?」


 たちまち顔を真っ赤にしたキサリティアを抱えて、トゥマは応接間をあとにした。

 ……トゥマ×キサリティアルート、ありうるかもしれないわね。ゾノティカ嬢がなんて言うかしら……。


 ――まあ、ワタシには関わり合いのない話か。


 さてと、ワタシはワタシで領主としての最後の仕事(皮肉)をきっちりこなすとしましょう。


「それではごきげんよう、ルビアーノさま。ご子息の首一つで済んで、本当にようございましたわ」

「…………悪魔め」


 ハッ……悪魔はお互い様でしょうよ。


「悪魔だなんてとんでもない。わたくしはただシスコンなだけですわ」

「シス……コン?」

義妹わたし義姉あねの幸せを願っている――ということです。……もちろん兄の幸せも願っていますけれど」

「ならば、悪魔的シス……コンであるということだ。血の繋がらぬ義姉あねために、実の親の首を刎ねたのだからな」

「あ、悪魔的シスコン⁉ 中々のパワーワードですね……。キャラ属性みたいな……」

「なにを訳のわからぬことを言っている?」

「ああいえ、こちらのことです。――言い訳になりますが、わたしが首を刎ねなくても、父母に命はありませんでした。積もりに積もった呪いに惨たらしく殺される寸前だったのを、せめて苦しまないようにと先に逝かせてさしあげたのです」

「戯けたことを。気でも触れたか? ……いや、元々触れていたのかもしれぬな」

「うっふふふふふ! そうかもしれませんね。ですがルビアーノさま? お気をつけくださいませ。呪いはあなた様のお屋敷にもおります。ええ、私には見えます。我が父だけかと思いきや、あなた様もとは……。領主というのはどうも呪いに塗れた存在のようですね」

「フン。幼子の身でありながら人を殺めている悪魔になど言われとうないわ」

「ですから悪魔だなんてとんでもない。わたくしはただ呪いが見えて、呪いに触れられて、呪いと話せて、そして最後には呪いに食われる……。ただそれだけの人間ですわ」


 ――アナタと同じ、ね?



 はい。クズエラ……じゃなくって、クシエラとの会話なんてさっさと済ませてさっさと帰るわ。

 本当に面倒くさいのよ、どのクズもこのクズも。


「――お待たせしました」


 憤懣を抱えて馬車に乗り込んだものの、


「レンカっ!」

「え? あっ? ちょっ! キ、キサ義姉さまっ⁉」


 キサリティアのハグによって出迎えられ、ワタシの憤懣は春を迎えた雪のように解けていった。


「ごめんなさい……! ごめんなさいレンカ! 私に謝る資格がないのはわかっているの! 許されないこともわかってる……、けど、でもっ……ごめんなさい、あなたを裏切って! ごめんなさい、あなたに助けを求めて! ごめんなさいっ! 謝ることしかできなくて、本当にごめんなさいっ……!」


 はぁ……まったくもう、こんなに泣きじゃくって。

 好きだわ。

 しかも、なに? 首元に抱きついては、いったん離れて顔を覗き込んで、また首元に抱きつくって一連の行動を繰り返してくるんですけど?

 求愛行動ならぬ求庇護行動?

 ほんと好きだわ。ふふ。

 ………………ん?

 す、き?

 すきって、好き?

 え? あれ? 待って? 誰が誰を?

 ていうか、すっ、好きってなに? なんかすごいナチュラルに浮かんでなかった?

 え、あれあれあれあれ? なになになになに? 数秒前の自分の思考が謎過ぎてナゾなんだけど!!!


「レンカ、あなた大丈夫なの? 侯爵位を召し上げられてしまうって本当?」


 ほん?

 え、なに? 謝るのをやめたかと思ったら、今度はワタシの心配? って……ふ、


「ふふっ! もう、キサ義姉さまったら、ふふふふふっ!」


 ああもう、素で笑っちゃったじゃない……。どんだけお人好しなのよ、ったく。

 はぁーあ……。そうよね。キサリティアはそういう子だわ。そりゃ好きよね。ワタシはキサリティアが好き。それでいいじゃない!


「謝罪の次に出てくるのがわたしを心配する言葉だなんて、キサ義姉さまらしいですわぁ!」


 腕の中にいるキサリティア(大切なもの)をワタシは抱きしめ直した。

 そうして抱きしめ直したことで、キサリティア(大切なもの)は、改めて、より一層、大切なものに感じられた。

 もっともっと強く実感したくて、ワタシは更に力を込めた。


「……っふ……んん……」


 キサリティアの体温が、柔らかさが、鼓動が、吐息が、かすかな声すらも愛おしく思えて、ワタシはそこで初めて、キサリティアのことが好き以上に愛しいのだと気がついた。

 だけど――


「レ、レンカ……わ、私、その……ちゃんと席につくわ」


 愛しいものに気がついた時に限って、愛しいものは離れていく。


「そうですか? 馬車はいま走行中で危ないですわよ?」

「い、いいの。気をつけるから……」


 だからこれは最後の悪あがき。


「わかりました。でも……」


 ワタシは、キサリティアが隣に座り直すのを待って、再び彼女を抱きしめた。


「もう少しだけこうさせてくださいね、キサ義姉さま」


 愛しいと気づけたものに対して行う、愛しいものへのハグ。


「……ん」


 ありがとう、キサリティア。

 ワタシに出会ってくれて、

 義姉妹になってくれて、

 微笑んでくれて、

 名前を呼んでくれて、

 今日までそばにいさせてくれて、

 ずっと優しくしてくれて、

 愛しいと気づかせてくれて、ありがとう。ありがとう……。ありがとう。

ありが――

(……ゴメンね?)


「――ハイ、できましたわ。これまではわたしが所持していましたけれど、王の紋章は本来、キサ義姉さまが持つものですからね」

「……ぇ?」


 ワタシは、キサリティアからパッと離れたわ。その首に、王の紋章を象った金のペンダントを残してね。

 いまワタシが思考を働かせなきゃいけないのは、キサリティア自身と、キサリティアのこれからの人生のことだもの。

 ……そう言いながら横道にそれまくったけどね。やれやれだわ。


「じゃあ、もう少しこうさせてくださいねっていうのは……」


 よく聞こえなかったけど、なにかを呟いたキサリティアが、顔を青くしたり赤くしたりしながら、胸元のペンダントに触れているわ。

 心配事かしら……? まあ、いきなり王の保護下とか言われても戸惑うわよね。

 こんな時にワタシの話につき合わせるのは申し訳ないけど、いましか時間がないから話させてもらうわ。


「ねえ、キサ義姉さま」


 呼びかけると、浮かない表情が返ってきた。

 ……うっ、しんどそうな顔してる……。やっぱりやめておこ――いやいやいやいや。時間ねーのよって!


「前と同じなんです。お父さまがキサ義姉さまに乱暴しようとした時と。だから謝ることなんてなにもないんです。全部わかっていたんです」


 ならばせめて、早く終わらせるわ……!


「待ってレンカ」

「でも、これでようやくキサ義姉さまを解放できます」

「……ぇ?」

「侯爵位を召し上げられても財産まで失うわけではありませんから、わたしは平気ですわ。キサ義姉さま。メリケオ領の新たな領主にはお兄さまを任命していただきます。あとのことは万事お兄さまに任せておけば大丈夫です。ですから、キサ義姉さまは安心して心行くままに暮らしてください」

「そ、そーなの……?」

「ええ! ねえ、お義兄にいさま?」


 ワタシの意図も願いも、すべてを承知しているトゥマは小さく笑って頷いてくれる。


「……ああ」


 この優しくも頼れる義兄に任せておけば、大丈夫。


「ほぉら!」


 だから、ワタシはもうアホのようにニコニコと笑ってみせた。

 アホのように、なーんて言ってるけど、元よりワタシはアホなのよ? こんなの朝飯前だわ。精一杯小利口ぶってきたけど、本来はアホなんだからね。舐めんじゃねーわよ。

 ふふ。ワタシのアホさ加減にかかれば、素直なキサリティアなんてイチコロ。

 すっかり信じ切ってるわ。

 さて、ワタシから贈る最後の言葉よ。

 アホの笑顔では締まらないから、静かな微笑みに変えるわ。


「キサ義姉さま」


 名を呼びながら、気がつけば、キサリティアの頬へ向かって手を伸ばしていた。

 いい子のキサリティアは喜んでそれを待ってくれた。

 けれど結局、指の先すら掠めることなくワタシは手を下げた。

 なんとなくだけれど、その方がいいと思ったから。


「どうか幸せに……そして、どうぞ幸せになってくださいね」


 「どうか幸せに」は願望。「どうぞ幸せに」は祈願。それから、推奨と承諾。

 別に大した意味はないわ。ただ、大した思いは込めたけどね。


「ありがとう、レンカ」


 キサリティアは、キサリティアそのものの顔をして微笑んだ。


(……ああ、なんだ。そっか……)


 唐突に思い当たったのは、初期衝動。


『レンカリオさまなんていや! レンカってよんでくれなきゃやだもん!』

『二人きりの時はそう呼びますから……。ね?』

『むぅ。……ことばずかいもよ?』

『わかりま――……わかったわ、レンカ』

『やくそくよ! キサねえさま!』


 あの時、キサリティアは天使みたいな顔で微笑んだんじゃなかった。

 キサリティアは天使みたいではなく、キサリティアそのものの顔をして微笑んだ。

 そして、だからワタシは思ったんだ。守りたいよりも先に、好きだって。

 好きだと思ったから守りたいと思った。

 それが今日までワタシを動かしてきた、初期衝動だったのね。


(ていうか、待って……ようするにワタシってずっとキサリティアにベタ惚れだったってことじゃないのよぉもうっ! 恥ずかしいっ! 馬鹿っ! 鈍感っ! えこひいきっ! 恋愛経験弱者っ! ああもうっ! 「初期衝動だったのね――」でキレイに終わらせておくんだったわ!)



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