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◆レンカリオ編【9_15】十一歳のワタシは高級娼婦を囲うらしいわ


 はい。そういうわけでやって来たわ。公営娼館。

 富裕層の出資によって運営される公営娼館は、各領地の郊外にひっそりと存在している。

 それはここ、メリケオ領でも同じこと。

 林を背にした草原にポツンと建つ瀟洒な館は、魔女の住処のようで絵になるわ。黄昏時であればなおさらにね。


「――さて、行きましょうか。ミルダ。こちらの出方としてはそうね……特別丁寧な対応で頼むわ」

「……御意」


 ミルダの手を借りて馬車を降りた。

 館の門の前には外套を羽織った門番が二人立っていたわ。

 一人は男性。二十代前半ってところかしら。気兼ねしているような、複雑な表情をしていて、門番のくせにこちらに気を払っていなかったわ。

 もう一人は女性よ。それもかなりチャーミングな、ね。ニコニコと笑顔を浮かべてワタシとミルダを見ているわ。

 童顔のプリティーフェイスだから十代後半にも見えるけど、実年齢は二十代半ばから後半。

 髪型はシニヨン。化粧もしているわね。取ってつけたような外套はまったくもって似合ってないわ。

 男の門番はこっちの女性に気を取られているようね。


「こんばんは~~! いい晩ですね! 当館へはどのようなご用件でいらっしゃいましたか~~?」


 女性門番がウキウキと訊ねてきたわ。なにがそんなに楽しくてウッキウキしてンのかしら、コイツ……。


「責任者出せや、コラァ」


 ミルダはワタシの言いつけ通り、特別丁寧な対応を取った。多少、巻き舌気味に。


「あぁ~~! もしかしてぇ~~、娼婦志望の方ですかぁ~~? あはっ! なぁーんちゃってなんちゃって~~。知ってますよぅ、もぉ~~! 御領主様の御令嬢、レンカリオ・ヘルブン様ですよね~~? ようこそいらっしゃいましたぁ~~、レンカリオ様ぁ!」

「……あぁん?」


 女性門番の前に立ったミルダが、その長身を利用して彼女を睨みつける。まず上から、そして次は下から覗き込むように。

 どこからどう見ても堅気ではない振る舞いを前にしても、女性門番は笑顔を崩さなかった。むしろ、更に笑みを深めているように見えたわ。


「むふふふふふふっ! そんなに見つめられたら、おしっこ漏れちゃいますよ~ぅ?」


 唇を歪めて笑う女性門番。その胸倉をミルダが掴もうとした――その時。


「ホイっと。ちょいたんまだぞ?」


 不意に現れたもう一人の女性が、ミルダの手首を掴んで止めた。そして、呆れた顔をして言った。


「もういいだろー、フィルフィー。その辺にしとけよ。いい加減人が悪いっつーの」


 女性門番同様、童顔のプリティーフェイスだけど、系統が違うかしらね。女性門番は少女的な可愛らしさで、新たに現れた女性はボーイッシュ的な可愛らしさよ。

 やっぱり十代後半にも見えるけど、実年齢は二十代半ばから後半。

 髪型はざっくり束ねられたサイドポニーテール。服装は軽装備のパンツスタイル。

 その女性に敵意は感じられず、ワタシは目線で指示を仰ぐミルダに目線で待機を促した。

 一方、女性門番は口を尖らせた。


「えぇ~~? いいところだったのにぃ~~。ヴァフレイってば真面目なんだからさぁ~~。そ・れ・に、気づいてたよ~~? レンカリオ様は。ねぇ? そうですよねぇ、レンカリオ様ぁ~~?」


 女性門番はこちらを見ながらニッコニコと笑った。

 彼女は取ってつけたような外套を脱ぐと、男性門番の胸に押しつけた。外套の下からは、彼女の美貌に則した上品なドレスが現れた。


「ええ、まあね」


 そう。ジュジュ達とノロイ達に集めてもらった情報で見て知っていたわ。

 この女性門番――フィルフィーこそがこの娼館の女主人、兼、高級娼婦であることも、一筋縄ではいかない人格であることもね。

 馬車から館を見た時、門番に扮して待つフィルフィーに気がついた。だから、ミルダにああいう態度を取らせて反応を見たのよ。

 ……まあ、意味不明な反応過ぎて、性質たちが悪いってことしかわからなかったけど。


「それよりミルダの手を離してくれる?」

「おお、忘れてた。ホイっと、離したぞ。にしても、まじなのか。タチの悪いフィルフィーの悪ふざけを見抜くとかすごいな。大した眼力じゃないか」

「感心してるけどさぁ~~、ヴァフレイ。その口の利き方、フツーにアウトだからね? 身分の差を考えたら感心するのだって失礼だよ~~? どの立場から言ってんだよってね~~」

「お? そ、そっか……。マズイな。こっち、敬語とか堅苦しいの苦手なんだよなぁ」


 もう一人の女性――ヴァフレイのことも調査済み。フィルフィーとは同郷で、娼館の用心棒をしている。棒術を得意としていて、その腕前はかなりものらしいわ。

 さっきも触れたけど、容姿の方もかなりいいわ。

 フィルフィーを太陽とするなら、ヴァフレイは月って感じね。

 髪の色もフィルフィーが金髪、ヴァフレイが銀髪で、それぞれ太陽と月に対応しているような気がするわ。


「そのー……スンマセン。レンカリオ様。こっち、礼儀作法はさっぱりなんだ。不快なら黙ってるから大目に見てくれないか?」


 ……ふぅん。「こっち」が一人称なのね。それは初耳だわ。


「別に構わないわよ。用心棒にまで礼儀作法を説くつもりはないし、あなたに悪意がないことは見て取れるもの。しゃべりやすいようにしゃべりなさいよ」

「まじか。正直スゲー助かる。ありがとな。いい人だな、レンカリオ様は」

「いやいやいやいやっ! 真に受けすぎだからね、ヴァフレイ? ちょっとくらいは敬語使ってよ? さっきから私の顔に泥塗りたくってるよ~ぅ?」

「あん? オマエの顔ならいいじゃないか」

「むふふふふふっ! 全っ然わかってない! はぁ~も~ぅ……御領主の御令嬢相手でもイニシアチブを渡すつもりなったのにぃ~~。しっかたないなぁ~~」


 ウッキウキと楽しそうにしゃべっていたフィルフィーが、つと、笑みを消した。

 それまでのどこか作ったようなニコニコ笑いをやめ、しっとりとした微笑を浮かべる。

 その微笑はさながら色香を凝縮した一滴ひとしすく。たった一滴いってきで、その場にいる人間の視線を、思考を鷲掴みに奪ってゆく。

 ……ついうっとりとしてしまったわ。やるわね。さすがは高級娼婦プロだわ。

 そして、フィルフィーは手ずから館の扉を開けた。


「――大変失礼いたしました。さあ、どうぞ中へ来てください。レンカリオ様。遠慮はいりません。こうやって開いていますからね? ほら、見えますか?」

「え? ええ。見えるわよ。目の前だもの」

「んっ。そんなに見られたら……、じらさないで早く入ってきてくださ――」

「わかったから。妙な言い回ししないでくれる?」


 わざとらしい表情と〝しな〟と作ってふざけるフィルフィーアの前を、さっさと通り過ぎてやった。


「むふふふふふっ! んもぉ~~、ちょっとはノッてくださいよ~ぅ」

「一番上等な応接室はどこかしら。ヴァフレイ?」

「こっちだ。案内する」

「頼むわ。行くわよ、ミルダ」

「はい」

「ちょいちょいっ! わかりましたからぁ! 真面目にやりますってばぁ~~あ!」



 ヴァフレイの案内で館の中を歩く。

 瀟洒な外観のイメージを損ねない上品な内装だった。

 それに、掃除が行き届いていて全体が明るい。不潔な場所というのは、それだけで薄暗く見えてしまうものだから。

 見栄ばかりに囚われる貴族や商人というものは、存外そういうところがおざなりになりがちなんだけどね……。

 フィルフィーは性質は悪いけど、掃除はちゃんとできるみたいだわ。

 ワタシはフィルフィーを少し見直した。当の本人は、ワタシとミルダの後ろを大人しく歩いている。かと思いきや、ワタシの視線を感じるやいなや笑み崩れた。


「むっふふふふふ~~。ねぇねぇ、レンカリオ様ぁ~~。館内なかに入った感想はどうですか~~? 教えてくださいよ~ぅ?」

「……そうね。綺麗だし、中々にいい居心地よ」

「そうですかぁ~~。ですよね、ですよねぇぇ~~。これでもちゃぁ~んとお手入れしてますしぃ~~? むふふふぅ~♪ レンカリオ様を心地よ~くできてウレシイナ♡ 私達ってぇ、相性バッチリ~~? なぁ~んちゃって!」

「……フィルフィー。オマエ、いい加減にしとけよ?」

「おっとぉ⁉ ゴメンって! 真顔やめてよ、ヴァフレイ。ちゅーか身内が先に反応してどーするのよ! わざと怒らせることを言って反応見てるのにさぁ~~」

「ウソこけ! ただセクハラしたいだけだろーが、オマエは。なんだよ、相性バッチリって。意味わかんないぞ?」

「気が合うって意味ですぅ~~。それにセクハラじゃないモン。可愛い子にエッチなことを言って恥ずかしがる姿が見たいだけだモン!」

「それをセクハラって言うんだよ! いい加減にしろよな、本当に!」


 訂正。フィルフィーを少し見直して、即刻、大幅に見損なったわ。

 それから、フィルフィーのセクハラ発言に耐え兼ねたミルダの顔が、般若を通り過ぎていよいよアウト顔になってきちゃってるわ。ガス抜きさせないと……。


「ミルダ。ヘンタイのキモイ発言は放っておきなさい。整った顔が台無しよ?」

「とっ、整っただなんて、そんな……! そんなことはないです、ありえません、ので……」


 後方から「むへへへへぇ~~。ヘンタイでキモイだってぇ~~? レンカリオ様から罵られちゃったぁ~~」って、フィルフィーの声が聞こえてきたけど無視よ。無視。


「なにを言っているのよ? ミルダは美人よ。自覚ないの? 今日だってわたしの美人で可愛いリバーシブル・アイを見せびらかしたくて連れてきたんだからね」

「美人でかわ、イイっ……⁉ み、見せびらかすぅっ⁉ あ、あぅぅうぅぅ……」


 ガス抜き成功、と。……言っておくけど全部本当のことよ?

 とはいえ打算もあるわ。領主の娘であるワタシがミルダを連れ回せばアピールになる。

 領主の娘はミルダ(リバーシブル・アイ)を気に入っている。ミルダを不当に扱えば、領主の娘の不興を買う。

 その懸念が延いては、リバーシブル・アイ全体へ適応させられるように動いていくつもりよ。

 まあ、上手くいくかはわかんないけど……。


「へぇ、女っタラシなんだな。レンカリオ様って」

「あれはそーゆーのじゃないと思うけどね~~? むっふふふふふ~~。やっぱり、どうにも愉快そうな御仁だよねぇ~~」



「――一番上等な応接室っつーか、ぶっちゃけフィルフィーとこっちの居住スペースだけどな」


 最上階の開けた部屋に通されたわ。

 だだっ広いワンルームって感じね……。間仕切りがないから開放的だわ。

 キッチンもダイニングも、リビングも二つ並んだベッドも丸見えの、完全なるプライベート空間。

 ……なるほど。腹を見せようってことなら、たしかに一番上等な応接室ね。


「スマンな。こっち、狭っ苦しい場所が苦手なんだ。まあ、かけろよ」


 え? ああそういう? 応接室はどこも手狭だから、一番に広い私室に連れてきただけなのね。

 そういえば、ヴァフレイは腹芸はできないタイプって調査結果だったわね。

 その代わり、直感には忠実。そのヴァフレイに私室に招かれたってことは、上手く懐に飛び込めたってことかしら?


「ええ、失礼するわ」


 ソファに座ると、対面にはフィルフィーが着いた。


「飲みモン持ってくる。安心しろ。こんなんだけど茶を淹れるのは得意だぞ」

「ミルダ。お手伝いしてさしあげなさい」

「かしこまりました」

「別にいいぞ?」

「ヴァフレイ~~? レンカリオ様はご厚意じゃなくて警戒して言ってるんだよ~ぅ?」

「おお。そっか。そりゃそうだな。じゃあ手伝ってくれ、ミルダ。……ミルダって呼んでいいか?」

「はい。……あぁ、ええ。どうぞ」

「フィルフィー?」

「ん~~?」

「真面目にやれよ?」

「むふふふふふっ! わぁ~かってるよ~ぅ。……さぁ~てさてさて、わざわざご足労をいただいたご用件をうかがいますよ~ぅ。レンカリオ様ぁ?」


 フィルフィーと差向かう。

 相変わらずニッコニコ&ウッキウキしてるわね……。こんなのの相手をするなんて、気分は鵺退治って感じだわ。

 一応、ノロイについてきてもらったから、負のオーラを発してもらうこともできるけど。やめておきましょう。こういう手合いに、下手な小細工はしない方がいいわ。

 だったら、単刀直入に行くしかないわよね――!


「フィルフィー、わたしに囲われてくれない?」


 質問した直後、フィルフィーが再び笑みを消した。作ったニコニコ笑いをやめて、異なった笑みを見せる。

 しかし今度は、あの色香を凝縮した一滴のような微笑みではなかった。

 今度の笑みは、邪悪の一言に尽きた。


「囲うぅ? 私を? 十一歳のレンカリオ様が? 高級娼婦の私を? 娼館主人の私を? 領主の娘が? どうやって? パパからもったお小遣いで? よしんば囲ったとしてどうするの? おやすみのキスでもするのカナァ~~?」


 たとえるなら、爆ぜる直前の爆弾を前にしたかのようなプレッシャーだったわ。無論、実際に見た経験なんかないわよ?

 てゆーか、なんて邪悪な顔すンのよ……! しゃべり終わるのを待ってみたらコレよ。勘弁しなさいよね。

 転生早々に自分ンちで百を超える呪いを目の当たりにしてなきゃ、軽く失神してるレベルだわ。冷静なフリも一苦労よ……もう!

 ハァ……。でも……うん。ちょっと落ち着いたわ。

 それで、えっと、囲う理由よね?


「……フィルフィーには、度が過ぎる父の性欲の手綱を握ってほしいの。領主の好色はあなたも知るところでしょう? ぜひプロにお願いしたいの。資金はあなたの言った通り、お小遣いよ? だけど十分な額が払えると思うわ。……どう?」


 努めて冷静に訊ねたわ。するとフィルフィーは、スッとサムズアップをした。

 ……え? まさか、そっから親指を下に向けられるの?

 固唾を呑んで見守っていると、


「おっけ~~。いいよ~~ん」


 ニコニコ&ウキウキしながらダブルサムズアップをした。

 軽っ!


「いや軽いな、オイ。つーか、いいのかよ。だったら、さっきの顔芸はなんだったんだぁ?」


 お茶を持って戻ってきたヴァフレイが、ワタシの胸中を代弁してくれたわ。……ホント、なんだったのよ……。


「レンカリオ様、ハーブティーです。ハチミツを多めにいれておきました」

「ありがとう、ミルダ」


 糖分を取らなきゃ心身が持たないわよ。

 向かい側では、ヴァフレイがフィルフィーに言葉なくカップを手渡していて、まるで長年連れ添った夫婦のようだったわ。


「そこはほら。ノリだよ、ノリ! 高級娼婦兼、娼館主人のフィルフィーさんがそうあっさり頷いちゃぁねぇ~~?」

「あっさり頷くどころか、ダブルサムズアップしてたじゃないか」

「そこもほら。ノリだよ、ノリ! 高級娼婦たるもの一回くらいは領主サイドに囲われなくちゃねぇ~~? 腕の見せ所だし、箔がつくってものじゃない?」

「そうかよ。フィルフィーがいいんなら、こっちも異論はない。囲われながらでもここの経営くらい、オマエならできるだろ?」

「あたりきしゃりきコンコンチキ~~って、言いたいところだ・け・どぉ……その辺どうなんですぅ~~? レンカリオ様ぁ~ん」

「……え? ああ。お願いしている立場だもの。そこは譲歩するわよ」

「ありがとうございまぁ~す! なら支配人代理を立てよう! 三番手のマヌちゃんがいいねっ! ヴァフレイはマヌちゃんを監視しながら館全体も警戒して? それで、ちょっとでも私達の娼館を荒らす真似をするような人がいたらさぁ~~、わかるよね? むっふふふふふ! ちょっと大変かもだけど、ヴァフレイならできるでしょう?」

「……ああ。まあ……な。面倒だけど、必要ってならやってやるぞ?」


 微かに殺気立ってみせたヴァフレイ。その口に獰猛な笑みが浮かんでいたわ。用心棒だけでなく、制裁的な役割も担っているってわけね……。

 二人にはなにか、同郷であること以上の絆を感じるわ。


「月に一度は帰るよ。なにかイレギュラーがあったらその都度、連絡ちょーだい?」

「連絡はいいが、手段はどうする? こっちが走ってくのが一番早いんだけどな。いくらなんでもそういうわけにもいかないだろ?」

「おっとぉ、そうだったねぇ~~」


 すっかり二人の会話のラリーを観戦していたワタシは、ここで間に入っていった。


「そういうことなら連絡用の烏を貸し出すわ」


 小鳥型呪いのことは呪いを手懐けたのではなく、異能力ってことにしておいたわ。説明が手間だからね。

 魔術の説明の時にチラッと触れたというか、むしろ、サラッと流しただけのような気もするけど、異能力っていうのは固有スキルみたいなもんよ。

 所持する本人だけが使用できる能力で、他人には見たり理解したりすることはできても、決して使用はできない。

 異能力の内容は様々。例を挙げるなら、わかりやすいところだと〝治癒〟ね。「なにそれ?」って感じのやつだと〝靴を飛ばしたら絶対正位置になる〟かしら?

 所持する者が少なく、持っていても気づかない者もいるため、報告例もあまりないわ。そのため、ほとんど未知の力とされているの。

 だからこそ、こういう時の言い訳に使えて便利よね。


「へぇ、すごいな。レンカリオ様も使える異能力じゃないか。持ってるだけでもすごいってのにな。羨ましいなぁ」

「むっふふふふふ! とりあえずこれで連絡手段は解決だよ~ぅ!」

「……そうね」


 いまのってそういう意味かしら……? ジュジュとノロイの調査にはそれらしい報告はなかったはずだけど。……気になるわね。ちょっと探りを入れようかしら?


「細かなことはあとで決めるとしてぇ~~……ひとぉ~つ、どうしても聞いておきたい大事なことがあるんですよねぇ~~? むっひひひひひ~。答えてくれませんかぁ~~? レンカリオ様ぁ~~」


 ……ふぅん。まあいいわ。

 それにしても、そういうことだったの? こちらの申し出をやけにあっさり引き受けたのは、その質問のためだったってわけ?


「上等だわ。聞いてやろうじゃない」

「むふふふふふっ! わぁ~い♪ じゃあ聞きますけどぉ……――八歳の時、ヘルブン家のお屋敷から逃亡した村娘をコロシたってホントウ?」


 ハァーン、そこを突いてくるわけね……。


「本当よ」


 ……ちょっと、マズッたかしら。ついノータイムで返しちゃったわ。もう少し駆け引きをしてみるべきだったかもしれない。

 ハァ……。ワタシも動揺してるわね。

 もっと質問の意図を読まなくちゃ……。意図があって質問してきていることなんだから。えぇ~と、えっと、


「それがなに? なにか問題でもある?」


 いや言い方~。なんでちょっと問い詰める風になっちゃうのよ。

 あぁ~ったくもう、質問の意図もまだ仮説すら立てられてないし……ていうか、こんな鵺みたいなのを相手に意図を測ろうなんて土台無理な話よ。

 いまのところ、本っ当に、全っ然、意味わかんないもの。コイツ。相変わらずニッコニコ&ウッキウキしちゃって……、なんだか腹立ってきたわ。

 囲うことは了承してもらったんだし、もういいわよね。あとのことはポーリーに丸投げさせてもらって、今日はもう帰るとするわ。

 席を立とうとするワタシを引き止めるように、フィルフィーが口を開いた。


「……ヴァフレイ。どう?」

「聞くまでもないだろ。やってねぇーよ、レンカリオ様は。村娘を殺したっつーのは嘘だな」

「なっ――」

「だっよねぇ~~♪ もう善人臭プンプンでなんか逆にエッチなくらいだもんねぇ~~」

「いやエッチではないだろ。気持ち悪いことーなよ」

「おっとぉ⁉」

「違う! わたしは――」


 バレた? なんで? さっきの受け答えのせいで? それとも元々バレてた? いえ、それならノロイとジュジュの情報網にもっと引っかかるはず……。ならばやはりこの二人にだけ? どうする? バレたのなら最悪の事態を想定して動かないと……。ワタシの失態でベニニの家族や村に被害が及ぶなんてあってはならないんだから!

 ……そうだ、ノロイ。ノロイを連れてきているだから、いまからでも演出を! ――そうよ。フィルフィーはヴァフレイに「どう?」と聞いた。

 ヴァフレイの直感だか心眼だかわからないけど、そこを欺けば――


「わたしは本当にベニニを……っ!」

「おーい。レンカリオ様ー? そんなに深刻な顔しなくても大丈夫だぞー。こっちら、別にそのネタで強請ろうってわけでもないしな」

「そぉ~そぉ~♪ そぉ~だよぉ~~? レンカリオたん♡」

「……そ、そーなの?」


 思わず素になって訊ねちゃったわ。そんなこと気にしてらンなかったのよ。


「わお、可愛い♡」

「おぉ。可愛いな」

「レンカリオ様は常時可愛らしいですので」


 そーゆーのいいわよ。謎の連携発揮してんじゃねーわよ。


「むっふふふふふ~! 私は確認したかっただけだよぉ~ん? 極悪非道のエロガッパ領主の性欲処理っていうダル~イ仕事ジョブをこなす価値が、レンカリオたんにあるかどうかねぇ~~」


 フィルフィーが三度みたび、笑みを消した。

 最後に見せた笑みは、純真無垢な、汚れをしらない少女のそれそのものだった。一瞬だったけど。


「私の時にもレンカリオ様がいてくれればなぁ……」

「……フィルフィー。あなた……」

「よかったよ~ぅ。レンカリオたんがヒトゴロシじゃなくてぇぇ~~。むふふふふふっ! むっふふふふふ~!」


 本当に、夢かと思うくらい刹那のうちに綺麗さっぱり消えてしまったわ。

 それにしても、ワタシがヒトゴロシじゃないなんてね……。


「それじゃあ……えっと、いいのよね? 色々とよろしく頼むわね。フィルフィー」

「おっけ~~。まっかせてよ~ん」

「だからダブルサムズアップはやめれっつーの」


 甘いわね、フィルフィーも。ワタシがレンカリオになって八年くらいかしら?

 何人が飢えで、何人がゴスメズやクオキシャの私利私欲で、亡くなったか……。

 見過ごしてきた。なにもできなかった。してこなかった。

 ワタシも立派に、傍観者と言う名のヒトゴロシだわ――。



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