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◆レンカリオ編【7_15】十歳のワタシは義姉に残飯を食べさせなきゃならないらしいわ


 さあ十歳よ。ガンガン行こうじゃない。

 キサリティアは十二歳。美少女に磨きをかけながら、順調に大人の階段を上っているわ。

 話は変わるけど、三年くらい前に料理長が新しくなったの。

 名前は外道……じゃなくて、ゲウドよ。

 年齢は四十代。図体はデカいけど、腰は低い。と、思いきや、それは家人と執事長のポーリーにだけ。

 あとの者には居丈高な態度を取っているわ。

メイド長のテルトには「メイド長? いかず後家の大年増が俺様に指図するな」ってセクハラ暴言を、古参メイドのミルダには「顔を見せるな。気味の悪いリバーシブル・アイめ」差別的暴言を吐いたと、両者から報告を受けているわ。

 まったく……勘弁しなさいよね。宥めるの苦労したんだからね? 怒り狂うワタシを、二人が。


『ハァァ? ふざけんじゃないわよ! 大病を乗り越えて生き残ったテルトを子供が産めないからなんて前時代的な理由で生家が追い出さなきゃ、器量も気立てもいいテルトは引く手数多よ! 実際、一緒に働いた使用人の中には子供ができないなんて気にしないってプロポーズした人もいたじゃない! そうでしょ? だけど、お祖父さまへの恩に報いるってんで断って残ってくれたのに! それをあンの外道ぉぉぉぉぉぉ!』

『お、落ち着いてください、レンカリオ様~。ていうか、どうしてプロポーズ(それ)を知って……』

『それからなに⁉ ミルダの澄んだ目を気味が悪いですって⁉ ハッ、あんたの女を見る毒気と色欲に塗れた視線の方がよっぽど気味が悪くて反吐が出るってもンじゃない! ねぇ⁉ 腹立つわねぇ! スプーン目ん玉でえぐり取ってやろうかしら!』

『は、はぁ。あのですが、私は気にしていませんので。それに、澄んだ目だなんて照れますので……』


 キサリティアや、他の使用人に対しても、ことあるごとに怒鳴り、雑言を撒き散らしている姿をノロイとの視覚共有で見ているわ。

 クズの逸材よね。名前もゲウドじゃなくて外道でいいわよ、もう。

 それで、どうしてこの胸くそ悪い外道を今更、努めて、気にするようになったかなんだけど、最近どうもきな臭いのよね。

 妙に上機嫌っていうか。ニコニコ親切にするのは家人にだけだったのに、使用人達にも優しく接しているのが怪しいわ。

 それまでの行いを恥じ、改心した……なんてことはあの外道に限って絶対ないから、なにか企みがあるのよ。

 とりあえず、ノロイに憑りついてもらったわ。それで常時、様子を見張ってもらっていたらあっさりわかっちゃったわよ。

 この外道は成長したキサリティアがお気に召したそうでね。キサリティアに好かれる人格になろうとか、一生懸命口説くとかは一切考えず、外道らしく手早く手籠めにする手段に走っていたわ。

 ほら、お酒で酔い潰して……ってやつよ。

 ここ最近、外道は使用人達に賄を出していたの。媚びへつらっているポーリーにだけじゃなく、邪険にしているテルトやミルダや、散々小ばかにしてきたキサリティアにもね。

 無論、混ぜ物を警戒したわよ?

 一部始終を見ていたノロイからは、混ぜ物をする気配はなかったし、念のため毒見もしたけど異常はなかったと言われたわ。

 あら? どうしてノロイに毒見ができるのかって? そうね……。混ぜ物をする――毒や害のあるものを食べ物に仕込むって行為は、それを食らう生き物を傷つける行為と同様でしょう? 言い換えれば、強いて禍を起こしているとも言えるわ。

 そうした禍を起こす行為には、仮に悪意がなかろうと呪いの念が宿るものなのよ。

 ノロイは呪いだから、宿った呪いを見定めることができる。だから毒見ができるってわけ。本当になんて優秀なのかしら。

 無論、ノロイ自身も呪いだから、宿った呪いを摂取しても害はないわ。ただし、大量に摂取してしまうと、宿った呪いに呑まれてしまう可能性もあるけどね。

 まあ、毒見程度の量なら問題ないわ。

 そういうわけで、通算三度の賄には混ぜ物はなかった。

 けど、それは四度目への布石。キサリティア本人だけでなく、周りの使用人達の警戒を解くための下準備……いえ、外道料理長の邪な下ごしらえだったのよ。

 外道は、この次キサリティアに振舞う賄にアルコールを仕込むつもりよ。

 なぜわかるかって? 使用人室の自室で一人ベラベラと興奮気味に捲し立てている姿を、ノロイとの視覚共有で見てしまったからに決まってンじゃない。

 あまりの気色悪さにわりとブルっちゃったわ。勘弁しなさいよね、もぅ。


 ――さて、実はここまでは前置きでね。本題に入るわ。

 ついさっき、ノロイから報告が入ったの。お待ちかねの四度目が今日来てしまったわ。

 いくらでも横槍の入れようはあるんだけど、どうしようかしらね。

 対処を検討するワタシの耳に、キサリティアの鼻歌が届いたわ。

 ちょうど部屋の掃除に来てもらっていたところなのよ。

 でも、鼻歌なんて珍しいわね。ちょっと気になったから訊ねてみたわ。


「ご機嫌ですわね、キサ義姉さま。なにか嬉しいことでもあったんですかぁ?」

「し、失礼しました。あの、ゲウドさんが賄を用意してくれたんですっ」


 え、ウン。知ってる。えぇ~……、そんな純粋に楽しみにしちゃうなんて、すっかり餌づけ完了って感じじゃない。警戒心の〝け〟の字もないわ。

 やれやれ。

 ……あ? 待って。これって釘をさすいい機会なんじゃない? それに、楽しみにしている賄を食べ損なえさせれば嫌悪度アップ確定。ふふ。冴えてるわね、ワタシ。

 そうとなれば……えぇ~っと、えっと、高圧的でキツイ口調……よし。


「――賄ですって? ゲウドが?」


 眉を顰めて、目つきも鋭く。顔は悪臭でも嗅いだ時の表情……よし。

 キサリティアの様子は……って、顔真っ青じゃない。OKだわ。ちょっと気の毒な気もするけど、ナイスリアクションよ。


「キサ義姉さま。まさかとは思いますが、食べたのですか? 与えられた食事だけでは飽き足らず? 使用人の分際で?」


 うんうん。我ながら嫌味な言い方ができているわ。

 この調子で畳みかけるわよ。


「ゲウドが目下と見なしている者に賄を用意するなんて。キサ義姉さまはもしかして、ゲウドに対し媚態をおつくりになったのですか?」


 キサリティアは猛然と否定したわ。


「いいえ! いいえっ! そんなことは決してありません!」


 そうよね、心外よね。

 無論わかってるのよ? 媚態をつくるだなんてそんな気持ち、露ほどないって。

 でも、大分湾曲で申し訳ないんだけど、自身が異性から性的な関心を持たれているってことにもう少し敏感になってほしいのよ。

 できれば、いかに自分が魅力的であるかもね。

 そういう観点に気づいてほしいの。


「はっ、どうだか! ええ、ええ! そうですわよね! キサ義姉さまのその美貌を持ってすれば、殿方の五人や十人くらい簡単に唆せますわよねぇ!」


 ワタシの言ってること、決してオーバーなんかじゃないんだからね? 自覚してよ?

 えぇ~っと、あの絨毯は厚手よね。かなり動揺してるから、ちょっと押せば尻餅をつくと思うんだけど、大丈夫かしら? 怪我しないわよね?

 ……ごめん、キサリティア。ちょっと押すわよ?


「――いやらしい!」


 擬音をつけるならポスンってところかしら?

 あれなら痛みも怪我もなさそうね。まあ精神的ダメージはクリティカルって感じだけど?


「……ちがう。ちがうの。そんなことを言わないで……レンカっ!」


 うっ……ごめんなさい。そんな這いつくばって、足に縋りつくようなことをさせるつもりじゃなかったのよ……。

 アレ? ここからどうしよう。釘はさせたわよね?

 あとは……ここまで言われたら賄を食べようなんて気は起きないだろうけど、賄だけじゃなくて、外道の用意したもの全般食べてほしくないわね。となると?


「……だったら、そう……そうだわ。キサ義姉さまはそう、これからはわたしの残飯だけを食べるのよ」


 残飯って言ったけど、さすがにマジモンの残飯を出すわけにはいかないから、あらかじめ取り分けておきましょう。それを残飯って偽って出せばいいわ。

 外道に主人の娘に妙な真似をする度胸はないわ。それに、ワタシが八歳で人を殺めた話を知っていて怖がっているみたいだし? それでもまあ警戒はするけど。

 とりえあえず、キサリティアには当面の間、口に入れるものに気をつけてもらわなくちゃならないから。


「いい? しばらくの間、他には一切口に入れないで。わかった?」

「わかった。わかったわ、レンカ……!」


 キサリティアは何度も頷いてくれた。熱心に聞き入れてくれた様子に安堵し、ワタシはうっかり感謝の言葉を口にしていた。


「そう。……よかった。ありがとう」


 あ、ミスったわ。立場的にも状況的にもそぐわない言葉よね。

 けど、ワタシの怒りを鎮めることに必死だったキサリティアには気づかれずに済んだわ。結果オーライよ。

 このあと、厨房に戻ったキサリティアは、レンカリオ(ワタシ)の命令だから賄は食べられないと、泣く泣く外道に断っていたわ。

 大丈夫よ。もっと美味しいもの食べさせてあげるから……!

 それよりも、その時の外道の顔と来たら、口惜しさが前面に溢れた実に惨めでみっともないツラだったわ。いい気味よ、ハンッ。

 その外道だけど、しばらくしてから追い出してやったわ。別に簡単なことよ?

 ゴスメズに「ゲド……ゲウドがお母さま(ヒスマ)のことをいやらしい目で見ていて心配だわ、お父さま」って泣きついただけだわ。

 性欲魔人でもゴスメズは愛妻家……っていうか、自分のものに手を出されるのを嫌うゲスだから、「そうだな。私のものに手を出す虫はおいてはおけんな」ですって。

 あの様子だと、キサリティアが外道に目をつけられていたことにも、薄々気づいていたんじゃないかしら……? まったくもってドゲスだわ。

 ちなみに、外道がお母さまことヒスマをいやらしい目で見たっていうのは、ワタシの嘘なんだけど、それを聞いたヒスマさんの満更でもないソワソワっぷりがこちらよ。


「ゲ、ゲウドが、わ、わたくしを? ま、まあ! なんてことかしら! 嫌だわぁ、下卑た視線に晒されていたなんて、考えただけでゾクゾ……お、おぞましい! で、でも仕方がないわね? うふふっ。溢れ出る女の色香に抗えないのは、男のさがだものねぇ! ウッフゥー!」


 ……ええ、わかってる。ワタシも不適当な嘘を吐いたって後悔しているわ。

 まさかこんなキッツイ絵面になるとは思ってなかったのよ。


「ああゲウド、惜しいことを……コホン! 憐れなことをしたわぁ~」


 うわわぁ。これ以上はやばいわ。本当に鑑賞に堪えられないわね。

 十歳は終わり。十一歳へ行くわ。

 ――え? 外道は追い出しただけでいいのかって?

 ふふ。心配いらないわ。だって、ワタシには呪いが見えるもの。

 あの外道はこれまでも罪を犯してきた。何人もの女性を喰い物にしてきた。彼女達の無念が、辛苦が、呪いとなってアイツを覆っているのが見えるの。


 ワタシにはわかる。次に女性を手籠めにしようとした時、それがアイツの命日となるわ――。



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