◆レンカリオ編【3_15】八歳のワタシは魔術を開拓しているらしいわ
というわけで、八歳よ。ごきげんよう。
計画はわりと順調よ。
まあ、このヘルブン家の敷地内で起こること全てとまではいかなかったけど、十中八九は手のうちってところね。
それもこれも、ポーリー、テルト、ミルダの三人と、ノロイとジュジュ達のお陰だわ。
ノロイとジュジュっていうのは、あの手懐けた呪い達のことよ。まんま口調から名づけさせてもらったわ。
あれから数が増えていまじゃ二十匹の呪い達に協力してもらっているわ。十匹ずつ二チームに別れてもらって、ノロイとジュジュがそれぞれのチームの指揮官で窓口よ。
近頃は街や農村での情報収集もやってもらっているわ。
空を飛べる小鳥型呪いのジュジュチームは移動に長けて視野が広い。子猫型呪いのノロイチームはどこへでも入り込むし、人の懐に入るのも上手い。
大した諜報員達だわ。
ノロイとジュジュの二匹に関しては、視覚共有や念話なんてこともできるようになって大助かり。
ちなみに、両チームとも呪いらしく人に憑りつくことも可能よ。
とりあえず、要注意人物のゴスメズとクオキシャをノロイチームにマークしてもらっているわ。
最近二人の体調が不調気味なのは、そのせいね。ふふふ。
ポーリー、テルト、ミルダの三人も、思った以上にワタシに協力的だった。
『王都におられます、レンカリオ様の叔父君――ヨイセル様からお返事が届きました』
『そう。ようやく返事をくれる気になったのね。やれやれ。父が嫌われ者だと、親族づき合いも苦労するものね。どれ……フンフン、ああやっぱり……。叔父様、この家で数少ないまともな人間だったポーリーの手紙があったから、わたしの手紙にも目を通す気になってくれたんですって。ありがとうね、ポーリー』
『滅相もありません。真の主である領母レンカリオ様のお役に立てて光栄でございます』
ポーリーはすっかりワタシに心酔してくれている。
『頼りにしているわ、ポーリー。――ところでこのフリルのリボン、飽きてしまったからあなたにあげる。捨てるなり取っておくなり好きになさい』
『フゴッホォッ! こ、この緻密さを連綿と編み上げた雪の結晶のごとく美しいリボンを私めに⁉ あ、あああ、ありがたき幸せにございます! フンフンフ~ン♪ このリボンはジェミーにつけてあげましょう!』
ワタシに……といより、ワタシがあげているリボンやらぬいぐるみやらにかしら?
ちなみに、ジェミーはクマのぬいぐるみの名前よ。ワタシが五歳の誕生日にもらったものをポーリーにあげたの。命名もポーリーよ。
寡黙な老紳士は見る影もなくなってしまったけど、可愛らしいものを愛でる老紳士も悪くないんじゃないかしら?
犯罪でもないんだし、好きなものに囲まれている方が幸せってもんよ。……興奮のあまり変な咽方をするのはやめてほしいけど。
テルトもまあ……ツボは心得たわ。
『レンカリオ様~、レンカリオ様~。本日はレテシー様のお宅――トリアルド子爵のお屋敷においででしたのでしょう? なにかございました? なにかございましたぁ? あの方の手の早さは流れ星のようだと聞きます。そりゃもうなにかございましたでしょう? なにかございましたでしょうぉ?』
四十を過ぎているテルトは、落ち着きのある上品な女性なんだけどね……。まあそれは世を忍ぶ仮の姿ってことなのかしら?
五歳の少女に嬉々として艶話をせがむ姿が彼女の本性よ。
『レテシーの子供部屋は、お遊びする部屋と寝室がわかれているんだけどね。わたしがこっそり絵本を取りに行ってみたら、トリアルド子爵と若いバトラーが二人仲良くベッドでお昼寝をしようとしているところだったわ』
『まあ! まあまあまあまあ! レテシー様のベッドで?』
『そうそう』
『ひゃはぁぁん! 背徳的~! どっどっどっどっ、どんなふうでした? やってみてくだい!』
『そこまで聞く――えっ? やってみせるの? ……そうね、こう、相手の手首と顎を掴んで、自分の顔を寄せて……って、五歳児になにやらせるのよ』
『いやぁぁ~ん♡ もっと聞かせてくださいレンカリオ様ぁ! もっともっと過激なやつぅ!』
『い、いいけど……その代わり、トゥマお兄さまの教育はちゃんとしてよ? 間違ってもお父さまみたいにしないでよ?』
『心得てますわぁ~。バッチリです~。だから続きを聞かせてくださいな♪ 聞かせてくださいな♪』
『はいはい続きね。まあ、お馴染みのセリフが飛び出したわよ。――い、いけません旦那様。――フッ、いけないことなどあるものか。ってね。それで強引にこう……』
『ひゃはぁぁぁぁ~~~ん!』
……ええ、わかってる。幼い兄に近づけてはいけない人種よね……。
でも、子育てや教育においてテルトの右に出る者っていないのよ。信じがたいでしょうけど。
子爵の三女だったから、それなりの教育も受けているし。
ちなみに、お祖父さまへの恩義というのは、大病をして子供を望めない体になり、生家から追い出され、途方に暮れたところをメイドとして雇ってもらった、ということだそうよ。
テルトも苦労しているのよ。だからいいじゃない。貴族の、主に男性同士の艶話ぐらい。ノロイとジュジュのお陰でネタには事欠かないことだし?
……まあ、実演をさせるのはやめてほしいけど。
そんなわけだから、ミルダが本っ当に、一番気が楽だわ。
『ミルダにはわたしの世話係に見せかけた、キサ義姉さまのボディーガードを頼みたいの。ボディーガードっていうのは騎士みたいなものよ。といっても命懸けで守ってなんて言わないわ。お母さまの嫌がらせから遠ざけたり、面倒をみたりしてほしいの。もちろん、世話係とボディーガードの二つ分の報酬は払うわ。大丈夫よ。六歳になってお小遣いも増えたの。支払いに支障はきたさないわ』
『でしたら、キサリティア様のぼでぃーがーど役のみで大丈夫です』
『そう? なぜって聞いてもいい?』
『レンカリオ様の世話係。そのお役目に就くことによって、旦那様より給金をいただけますので。レンカリオ様からも報酬をいただいては過剰になりますので』
『ふぅん。正直ね。もらえるものはもらっておけばいいのに』
『対価とは働きに見合って然るべきですので』
『真面目ね。でもそれじゃあ、わたしの気が済まないのよね……ウーン。ああ、そうだわ。なら笑いなさい、ミルダ』
『……はい?』
『あなたって全然笑わないじゃない。だから、たまには笑顔が見たいのよ。報酬は払うからいいでしょ?』
『……四十を目前にした独身女の、それもリバーシブル・アイの笑顔を見るため報酬を支払うだなんて、レンカリオお嬢様は奇特な方ですね』
リバーシブル・アイは、この異世界の特定の人物に先天的に現れる身体的特徴の一つよ。
言ってしまえば、黒目と白目が反転しているってだけ。そのくらい異世界人なんだからどうってことないでしょう?
でも、ボメリッゾ王国があるこのゴブラ大陸では、リバーシブル・アイは不吉とされていて、忌み避けられているの。
ミルダは中々の美人だっていうのに、リバーシブル・アイってだけで縁談は来ないし、働き口も見つかりにくい。
……実害なんてないのに、戯けた話だわ。
『別にいいでしょう。それに年齢や婚姻の有無やリバーシブル・アイがなんだって言うのよ。わたしはただミルダを好ましく思うに足る人物だと思っていて、そんな人の笑顔を見たことがないのが、寂しいというか残念というか……いいからさっさと笑いなさいよね。報酬は払うって言ってんでしょ?』
『かしこまりました。久しく笑っておりませんので味気ないかとは思いますが、どうぞ御賞味くださいませ。では……――』
楚々とした素敵な笑顔を向けられたわ。
『――……やだ、ちょっとなによ。普段からもっと笑いなさいよね。わたししかそれを見てないなんて、勿体ないじゃない』
『いえ、勿体ないなんて思う方はレンカリオ様くらいですので。報酬を出してまで笑わせようとする方もレンカリオ様くらいですので。それに、報酬を出されたとしても、私が笑顔を向けられる方も限られていますので……ので』
珍しく、照れているミルダが見られた。
ちなみに、ミルダは森に捨てられていたところをお祖父さまに保護され、孤児院に預けられ、その後使用人として雇いあげられた恩義があるんですって。
どうだったかしら?
中々に強力かつユニークな手駒(協力者)達だったでしょう?
もちろん、彼ら彼女らに頼り切りというわけじゃないわよ。
ワタシはワタシでスキルアップしているわ。
先に言っておくけど、呪い関係じゃないわよ。そっちも順調に伸びてはいるけどね。ふふ。
じゃあどんなスキルかって? それはねぇ……魔術よ。
魔術とは、魔力をもって行う不思議な術。
異世界においてその存在は最早必須ね。
当然、この世界にも存在しているわ。
ただし、ワタシがいるボメリッゾ王国では、王侯貴族のみがその知識と技術を独占している状態よ。
他大陸にある他国ではどうだか知らないけど、まあそんなもんよね。
支配する側からしたら、支配される側には無知無力でいてもらった方が都合がいいもの。
さて……その魔術なんだけど、魔法じゃなく魔術ってところがミソなのよ。
魔術も魔法も、言い方が異なるだけで意味するところは一緒――と、思うかもしれないけど、この世界では違うようなのよね。
少なくとも魔法って言い方はしないわ。ていうか、魔法って言葉すらないのよ。
ワタシの個人的な意見、イメージ、感想で申し訳ないんだけど、魔法って魔力に秀でた者のみが扱えるっていうのかしら。いわば、素質ある者だけが使える力ってイメージなのよね。
対して魔術は、たとえ素質がなくても、知識と技術さえあれば、全ての者が公平に使える力って感じがするのよね。伝わるかしら?
同意は求めてないから、無理にしてくれなくても構わないわ。あなたはあなたの感性を大事にしてくれればいいの。
ただ、この世界の魔術ってものを伝えるために、ワタシなりの考えを披露させてもらっただけよ。
お目汚し、失礼したわ。
そんなわけで、この世界において魔術は素質に関係なく、努力次第で誰もが使えるわ。だから身分の高い者達に独占されているのよ。
といっても、あんまり大層なことはできないみたいね。
火の玉を作って投げつけたり、大量の水を放射したり、風を鋭い刃に変えて斬り刻んだり、土を操って盾代わりの壁にしたり、お馴染みといえる戦闘魔法みたいなことは軒並みできないわ。
これじゃ無双は無理そうかしら。まあ、異能力があれば別だけど……。
異能力の説明はまたの機会にしておくわ。まあ固有スキルみたいなもんよ。ぶっちゃけ持ってる人がほとんどいないから、きっと出番もないわ。
魔術にできるのは、ライター程度の火を起こしたり、飲み水程度の水を生み出したり、扇風機程度の風を発生させたり、目つぶし程度の砂を出せたり……と、ここまでは生活魔法って感じね。微笑ましい限りでしょう?
この国において、魔術で最も有力視され、用いられているのは契約よ。
むしろそのために編み出されたんじゃないかと思うほどだわ。他の生活魔法っぽい魔術はオマケみたいなもんね。
何回も言うけど、だから身分の高い者達に独占されているのよ。
よくあるじゃない。身分の高い者達が私腹を肥やすため、不当な契約魔術で弱者を縛り、甘い汁を啜るって寸法よ。
でも、この世界の魔術の神髄ってそういうんじゃないとワタシは思ったのよ。
この世界の魔術は、魔術文字によってその効力を発現させるわ。
魔術文字は古代文字とやらで、解読がやたらと難しいそうよ。魔術文字を魔術に用いるためには、使用したい魔術に対応した正しい文字を使わなくちゃならいの。
まあ至極真っ当よね。
とはいうものの、解読は難航中。解読されているのが、さっき上げた生活魔法っぽい魔術と契約魔術ってわけ。
ワタシが使えるのも解読されている魔術文字のみ……って、わけでもないのよこれが。
超難解とされている古代文字なんだけど、ワタシの目にはどう見ても〝ひらがな〟と〝漢字〟にしか見えないのよね。だって、普通に『種火』とか『飲み水』とか『そよ風』とか『砂塵』って書いてあるもの。
ようするにあれよ。ワタシなら解読するまでもなく様々な魔術が使い放題ってことよ。これなら無双もできそうかしら。
魔術の使用はシンプルよ。
火も水も契約も、魔術に用いられる文字――すなわち魔術文字で『種火』、『飲み水』を書き表し、使用の意思を念じることで発現する。
契約の場合は契約内容を書き記す必要があるわ。
これには定型文が存在していて、
『契約内容:(名前)を(名前)に隷属させる』
『契約内容:(名前)は(名前)を領主と認める』
『契約内容:(名前)と(名前)の名において売買を認める』
と、この辺りが定番かしらね。あとは名前を書かれた者達が同意を念じればOKよ。
わりとアバウトでびっくりしちゃうわ。こんなもんで人間を隷属できるとか勘弁してほしいわよね。
変わり種だと、『契約内容:ボメリッゾ王の名において、(名前)を保護する』なんてのもあるそうよ。まあきっとワタシには縁のない話ね。
魔術文字を書き表す〝もの〟だけど、書ける〝もの〟であればなんでも構わないわ。
面白いのが、紙に魔術文字で『火』と書けば、発現した火によって紙は燃えてしまうけど、『契約内容』を書けば、その紙は契約魔術の効力によって守られ、火をつけられても燃えないし、水に入れられてもふやけて破れることはないそうよ。
『火』に限らず、『契約』以外の魔術は、どんなに頑丈な〝もの〟に書いても効果を発揮したあとに消失してしまうわ。なぜかしら。魔術の力に耐えられないのかしらね?
それに引き換え、どう? 契約魔術の応用力、本命って気がするでしょう?
契約魔術に用いる古代文字を解読した奴の執念というか、変態的欲望がひしひしと伝わってくるわね。やれやれだわ。
話が逸れたわね。それに考えてみたらスキルアップっていうほどの話でもなかったかしら。
でも、地道に試行錯誤をしてるのよ? 書き表した〝ひらがな〟と〝漢字〟の全部が全部、魔術文字として機能するわけじゃないんだもの。
電灯が欲しくて『電灯』って書いてみたけどだめで、それなら「『光源』でどうよ」って書いたら上手くいったわ。
なんなのよもう。電気関連だからアウトだったのかしら。
ていうかワタシ、漢字は読めても書けないことが多いのよ。かといって〝ひらがな〟だけで書き表すと、てんで見当違いの現象が起こるし、困ったわねまったく……。
古代文字解読不要だけど漢字に弱いワタシが編み出した(なんて言い方は大げさだけど)魔術は、おいおい披露させてもらうわ。
……え? 期待できなさそう?
なによもう。すっごい活躍するんだからね……!