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◇キサリティア編【1_12】私は死ぬまでずっと使用人のままかもしれないらしい



      ◇Side:キサリティア


「――もう昼過ぎだっていうのに、お前はいつまでちんたらと掃除をしているつもり⁉」


 大音声が玄関ホールに響いた。

 ああ、また始まる。

 身を竦ませて、目を閉じる。

 大丈夫。いつものこと。

 いつものことだもの。だから、大丈夫。

 そう自分に言い聞かせながら、手に持ったぞうきんをぎゅっと握りしめた。

 声がした方へ振り向き、勢いよく頭を下げる。


「申し訳ございません……! 奥様」


 不機嫌そうなため息が後頭部に降ってきた。


「まったく、掃除もまともにできないなんて。こんなんじゃ使用人とも呼べやしない。とんだタダ飯食らいだわ。おお、いやだ。お前の冷え冷えとした青い髪も、埃っぽい灰色の瞳も、人に媚びたような大人しい顔つきも、全部が全部気に入らない。――キサリティア、お前は本当に卑しい子だわ!」


 いつものように奥様からお叱りを受ける。

 私は更に頭を下げた。身を二つに折るように、深く、深く……。

 頭の下げ方が足りないと、それすらもお叱りの対象となるから。


「もうお母さまったら、貧弱なキサ義姉ねえさまに玄関ホールの掃除なんてこなせやしないわ。丸一日……いいえ、丸二日かかっても無理よ」


 間延びした幼い声が、奥様のあとを追うようにして届いた。

 甘い響きを帯びた声音で、「もう」が「もおぉ」、「お母さまったら」が「おかぁさまぁったらぁ」、「キサ義姉さま」が「キサねぇさま」、「できやしないわ」が「できやしないわぁ」と聞こえる。


「レンカリオ」


 愛しい我が子の登場に奥様の顔が和らいだのが、声を聞いていてわかった。


「玄関ホールはミルダやテルト、ポーリーのような優秀な使用人に采配を任せるのが得策よ、お母さま。でないと、掃除した端からまたチリが積もってしまうわ」

「そうね。ええ、そうね。レンカリオの言う通りだわ」

「ありがとう、お母さま。……それにしても、ふふふっ! やだわぁ。キサ義姉さまったら、いつまでそうしているの? そんなに床がお好きなの?」


 からかい交じりに言われて、私はようやく頭を上げた。

 浅く黄みがかったピンク色の柔らかな髪。

 花のように愛らしい顔立ちは、額を出した幼さの残る髪型がよく似合っている。

 強い意志の宿った、蠱惑的なアメシストの瞳。

 優雅な弧を描くピンク色の唇。

 華やかな彼女の美を損なうことなく、また飾り立て過ぎることもないドレス。

 レンカリオ・ヘルブン。九歳。

 彼女は私の義妹いもうと

 みすぼらしい義姉わたしとは、なにからなにまで正反対の存在。


「ご、ごめんなさい、レンカ――ぁっ、いえ、申し訳ございません! レンカリオ様」

「あら、いいのよ。キサ義姉さま。そんな風でもキサ義姉さまは、わたしのお義姉さまなんですもの。どうぞ幼い頃のように、レンカと呼んでくださいな? うふふふふっ」


 再びからかうようにして、義妹が、レンカリオが笑った。


「さあ、ほら」

「レ……レン……っ」


 言いかけた、その時。

 ひっ! 奥様が、に、睨んで……!

 レンカの隣に立つ奥様のまなざしが、私を射抜いた。

 卑しいお前の口から一度でも「レンカ」などと出ようものなら、もう許さない。八つ裂きにしてやる。

 紅蓮を滾らせた奥様の双眸が、そうありありと物語っていた。

 養子わたし義母ははと呼ばれることを頑なに拒んだ人なのだ。呼べるはずなどない。

 私は小さく笑ってごまかした。

 それが気に入らなかったのか、レンカリオはつまらなさそうに「フン」と鼻を鳴らすと、気を取り直してこう提案した。


「ねえ、お母さま。こういうのはどうしら? 今日からキサ義姉さまには、わたしの部屋を掃除してもらうの。玄関ホールほど広くはないし、それに、いずれ領主となるわたしの部屋を掃除するのは、キサ義姉さまにとってとても光栄なことではなぁい?」


 レンカの間延びした声が、玄関ホールを甘やかに反響した。

 そう。長男であるトゥマ様が次期領主の座を辞退されたいま、義妹いもうとのレンカリオはいずれ、旦那様の跡を継ぎ、この領地の主――領主となる。

 対する私は……


「だってそうすれば、わたしには次期領主としての自覚が、キサ義姉さまにはわたしに仕える使用人としての自覚がより芽生えるはずだもの」

「そうね! ええ、ええ! それがいい! それがいいわぁ! レンカリオの言う通りね! さすがはレンカリオだわ!」


 対する私は……使用人。

 死ぬまでずっと、使用人のまま――?



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