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ギャグ短編

魔球セーブ妖精

作者: 頭いたお

 気付きは突然だった。

 勇者一行がとあるダンジョン――身の丈に合わぬ、超高レベルのダンジョンに入ってしまった際。

 こいつは攻略無理だ、引き返そうと思った矢先のこと。



「勇者さんたち~! こっちこっち! 毎度お馴染みセーブ妖精ですよ~!」


「あ、セッちゃんだ!」



 ダンジョンに赴けば必ずいる、馴染みのセーブ妖精。

 いつも愛らしい表情で、旅を補佐してくれる心強い仲間である。

 彼女とボロボロのパーティメンバーが談笑する中、勇者は思った。

 思ってしまった。




 (こいつ、何故平気な顔してこのダンジョンに居られるんだ……?)




 当然といえば当然の疑問。

 たった一度の戦闘でパーティーは半壊状態。

 なんとか立て直し、逃げ帰る途中なのに、彼女は平然としてふらふら浮いている。



 勇者は考える。何故こいつは……こいつは平気なのだ?

 何故魔物に襲われず、のんきな顔して居られるんだ?


 魔物から仲間と思われている可能性はある。

 実は裏で魔物と結託している可能性もある。なれば裏切り者だ。処す。

 しかし、もっと単純に……。


 …………。




「! まずい、さっきの敵だぞ、勇者! 逃げるぞ!」


「!!」


 追いかけてくる先程の魔物。

 談笑している場合ではない、逃げる態勢に入る



「ごめんねセッちゃん、また今度!」


「は、はい。どうぞご無事――でっ?」


「え?」



 無意識。

 勇者は、セーブ妖精を鷲掴みにした。

 万力を込めて、小さき妖精を、握った。



「あ痛だだだだだだだだだッ!!?」



 確信が走る。

 この妖精、強い。

 握っただけで、理解できた。

 彼女の圧倒的レベルに、気付いた。

 気付いた途端、行動に移っていた。



 勇者、魔物を見据える。狙うは眉間。

 足を高くあげた。ダイナミックなピッチングフォーム。

 振りかぶる。そして――。




「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!?」




 投げた。

 セーブ妖精を。

 剛速球の、ストレート。

 高校時代、勇者が得意とした、直球勝負。



「――ぐぎいいいいぃいああぁあああああぁぁぁああッ!!?」



 ドンピシャ眉間に、セーブ妖精がぶち当たる。

 当たる? 否――貫通。

 妖精の頑強さ、高レベルの魔物とてひとたまりもない。

 悲鳴と共に頭蓋に穴を開け、即死した。



「あ痛あぁッ!」



 貫通したセーブ妖精は、壁に当たって落っこちる。

 突然の事態に理解が追いついていない表情。

 しかしその身体は、無傷。やはり、桁違いに強い。というか、硬い。



 強敵を倒し、一行がぽかんとした顔でレベルアップする中。

 勇者の頭には、あの青春の日々が蘇っていた。

 甲子園を目指し、ユニフォームを汚したあの日々が。



 そして、思い出した。

 三年目の夏。一瞬の油断による怪我。

 甲子園どころか、マウンドに立つことすら出来ず、涙を飲んだ18の年。

 その後勇者として修行を積んでいく中で忘れた、野球への情熱。



 しかし今。

 勇者としての人生と、野球に捧げた青春の日々が、重なろうとしている。

 いや、重ねたのだ。先の投球で。セーブ妖精を使った、投球で――!


















「――という訳で俺は思ったんだ。君を、投げようと」


「……いやちょっと待ってくださいよ!? 納得できる訳ないでしょう!!?」



 セーブ妖精、全力のチャレンジタイムが始まる。

 当たり前の権利である。球として扱われるのは不本意だ。

 硬いとはいえ、痛いものは痛い。そして怖いものは怖い。

 到底、許せない。というか許したらこいつ、絶対また投げる。




「聞いてくれ。俺にとって君は……あの青春を取り戻す鍵なんだ……」


「青春!? 魔王討伐の鍵じゃなくって!? 青春のために私を投げるの!!?」


「だがみんなも見ただろう。彼女を投げたからこそ、あの魔物を倒せた。だろう?」


「ちょ、ちょっと! 皆さんもなんか言ってくださいよ! 勇者さんが変だって言ってください!」



 妖精はまず女戦士に助けを求めた。

 セーブ妖精と最も仲がよく。出会う度にじゃれあう仲。

 きっと自分を助けてくれる、そう思っていた。が……。



「セ、セッちゃんにはちょっと……ちょっと言いづらいんだけども。わ、私は賛成かな、って……」


「え、ええ!? そんな、戦士さんは絶対味方だと……!」


「い、いや、ほら。セッちゃん投げられた時、すっごい悲鳴あげてたじゃない……?」


「そ、それが何か……?」


「……それ聞いてたらなんか……こ、興奮しちゃって、ふふ……」


「興奮!!? や、やめて! 私に近づかないで……!」


「い、いや、違うの! 別にサディストって訳じゃなくって……! その、セッちゃんみたいに小さくてかわいい子の悲鳴が純粋に好きなだけで……!」


「より最低じゃない!!? 絶対私に近づかないでッ!! 二度と!」


「うう……っ」


「そ、僧侶さんは……!? 僧侶さんはこんな行為、絶対許しませんよね!? ね!?」




 次は男僧侶に意見を求める。

 堅物の聖職者。神を敬う人間。

 無論、こんな行為許すはずない。そう踏んだ。



「……ああ。俺はもちろん反対だ。倫理道徳にもとる、悪しきことだと思う」


「! もっと言ってやってください僧侶さん!」


「しかし僧侶。先の戦闘でレベルが5もあがったぞ」


「ああ……じゃあ……まあ、いいか……」


「意志うっすいな!!? そんなら最初から道徳説かないでよ! とんだ偽善者じゃん!」


「神より効率が一番すきだ」


「聖職やめちまえッ! ま、魔術師さんは……!? 魔術師さんは、私の味方に……ッ」




 最後に男魔術師に声をかける。

 誰にでもにこやかで、フレンドリーな彼であれば。

 なんとか、なんとか味方に……。妖精は望みを託した。




「あ、俺もその……セーブ妖精の悲鳴、いいなって……」


「二人目!!? サディスト二人目!!!?」


「いや、違うんだ。もちろん俺はサディストじゃなくって……。ただ君みたいに小さくてかわいい子の悲鳴が純粋に好きなだけで……」


「なんで四人中二人も同じ異常性癖持ってるの!!? 本当に勇者パーティーなの!?」


「よし、決まったな……!」


「決まってないぃッ!!」



 妖精のチャレンジは失敗。

 かくして意見は一致した。



 勇者は青春を取り戻すため。

 女戦士は妖精の悲鳴で興奮したいため。

 男僧侶は効率と魔王討伐RTAのため。

 男魔術師は妖精の悲鳴で興奮したいため。

 これぞワンチーム。彼らはより絆を深めた。



「よし! 手始めにこの難関ダンジョン制覇だッ! いくぞみんなッ!」


「おー!」


「やめ……離してええぇええええええぇぇッ!!」



 そこからの進撃は凄まじかった。



 魔物が現れる。

 態勢を整える。

 一投。



「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛゛あ゛ああ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁあ゛ああ゛あ゛ああッ゛!!!?」


「ぎいいいぃぃやああああああぁぁああああああ!!」



 妖精の絶叫。

 魔物の悲鳴。

 響き渡るレベルアップ音。



 また魔物が現れる。

 態勢、整え。

 一投。



「い゛や゛ああ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ッ゛!!!?!?」


「ごあああぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁああああああぁっ!!」



 絶叫。

 悲鳴。

 レベルアップ音。



 勇者は心地よかった。

 俺は今、青春の真っ只中にいる。そう感じられた。


 戦士は気持ちよかった。

 ASMRにして寝る時に聞こう、そう思った。


 僧侶は計算していた。

 この調子なら別のチャート組める、そう考えた。


 魔術師は気持ちよかった。

 何とは言わないが早くトイレに行きたかった。




「! みんな見ろ、あれがこのダンジョンのボス……だッ!」


「た゛す゛け゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛!!!?!?」


「ぐぎゃああああああああああああぁぁぁぁああああっ!!」



 見敵必投。ボス爆散。

 気づけば難関ダンジョンを軽々制覇。

 ステータスを確認する一行。



「すごい、レベルが50も上がってる……!?」


「カンストもすぐだな」


「この調子ならすぐにも魔王に挑めるんじゃないか?」


「さっさと倒すとするか!」


「う、うう……悪魔……悪魔だよこの人達ぃ……」


「ご、ごめんねセッちゃん、ごめんね……うう、もっと聞かせてその声を……」


「紛うことなき邪悪な発言はやめて……」


「……許してくれセーブ妖精。ほら、俺の大事な宝物をやる。なんとか魔王を倒すまで、耐えてほしい」


「な、何……?」


「『センバツ2023 高校野球大会公式ガイドブック』」


「いるかッ!!」




 かくして和気あいあい、その後も勇者らの快進撃は続いた。

 こうなれば寄り道などしていられない。最短で魔王城を目指す。






 無論、時には困難にぶちあたることもあった――。






「一投一匹しか殺れない……! 複数の敵に妖精投法ではキツいな……!」


「正攻法で戦えばいいじゃんッ! 正攻法で戦えばいいじゃんッッ!」


「……変化球を使って一度に二匹は倒せないか? 時間短縮していきたいんだが」


「流石僧侶! カミソリカーブをうまく活用するってことか、やるとしよう!」


「正攻法゛おお゛お゛おお゛お゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛あ゛ああ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!!?!?!?」






 しかしそんな困難の数々も――。






「た、大変勇者! セッちゃんがいなくなっちゃったの!」


「逃げたか……」


「安心してくれよ。俺の探知魔法で手に取るように分かるから。……あ、そこの壺の中だ」


「でかした魔術師」


「誰かああぁあァァァ助けてええええぇエエェェ神様あぁぁぁあ……!」


「……『センバツ2022』もやる、なんとか頑張ってくれ」


「だからいるかッ!!」





 仲間たちと力を合わせ――。





「ハンガーストライキだと……? 参ったな、妖精が弱ればこの投法は……」


「絶対食べない……絶対食べない……ッ」


「飢えに苦しむセッちゃんって……どう思う魔術師?」


「たまらん……」


「だよね……」


「やっぱりご飯くださいいいぃぃぃ……!!」


「……。『センバツ2021』……」


「だからそれはいらねぇッつってんだろッ!!」





 知恵を駆使しながら――。





「おい! 俺の手を齧るな、くそっ、投げられん! 痛たたた!」


「う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛う゛ぅ゛う゛!! う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛う゛う゛!!」


「すげえ剣幕だ……。この調子じゃ勇者、投げられそうにないぞ……?」


「ど、どうしよっか?」


「……名案がある、おい勇者」


「何だ、言ってみてくれ僧侶」


「普通に戦おう」


「それもそうだな」


「……ッ最初っからやれッッ!!!!!!!」


「口開いたぞ」


「でかした」


「地いぃ獄におち゛ろ゛お゛おお゛あおお゛ああ゛ああああ゛゛ああ゛ああ゛ぁ゛ぁああ!!!!?!??!?」






 乗り越えた――。






 そして今。

 彼らは魔王城にいる。それも既に最上階。

 上がりきったレベルの彼らにとって、道中など問題なかった。


 この扉の先には、最大の強敵がいる。

 最後の熱闘が今、始まらんとしている。



「とうとうここまできたな、みんな」


「そうね。それもこれも全部セッちゃんのおかげだよ……!」


「よく頑張ったな。神もきっとお喜びだ。走者のみんなも注目している」


「最後だ、とびきりの絶叫を頼んだぞ!」


「……あと一投……あと一投で終わらせて、本当に……」

 

「無論だ。……よし、セーブもしたところで、じゃあみんないくぞ!」



 冴えわたった彼女の大声も、今や随分静かになった。

 セーブ妖精は諦観の只中にいた。

 しかしいい、もうこの一戦で終わるから。

 どっちが勝とうが、自身の苦痛は終わる。早くしてくれ、それだけを願った。



 扉を、開く。

 魔王を確認し次第ぶちかまそうと、勇者は既に構えている。いつでも、いける。

 セーブ妖精は死んだ眼で、その身を勇者の手に預けた。

 さっさと終わらせてくれ。頼むから、と……。




 ……扉がゆっくりと、開かれた。

 魔王が、姿を――。




「……なッ!!?」



 いきなり渾身ストレートで決めんとした勇者が、動揺に揺れた。

 開かれた扉の先は……。



「グ、グラウンド……!?」


「え!? な、何これ……?」


「……!?」



 美しく均された土。

 綺麗に刈られた芝生。

 グラウンドが、あった。



 いや。

 よく見ると、一塁も二塁も、三塁もない。

 あるのはバッターボックス、そしてピッチャーマウンド。

 ……一人の魔人が、金属バットを携え、立っていた。



 皆が困惑する中、セーブ妖精だけはすごい嫌な予感を抱いていた。

 なんかだって、もう嫌な予感しかしなかった。

 だってそうじゃん、なんかもうそういうアレじゃん、と。




「待っていたぞ、勇者一行……」




 禍々しき声が、部屋に響く。

 状況が飲み込めない勇者らに、バッターボックスの男――魔王が、静かに語りかける。




「……。余は貴様らの旅路を、全て視ていた……」


「なんだと?」


「魔物の目は余の眼と同義……。貴様らの一挙手一投足を、全て視てきた……」


「……! じゃあ、今までの戦闘も……」


「……最悪な勇者一行だと、心底思った……軽蔑した。めちゃくちゃ引いた……」


「もっと言ってやって」



 セーブ妖精の心は魔王に傾いた。

 初めて己の心を代弁してくれた。ありがとう魔王さん、ありがとう。

 ちょっとだけ救われた気がした。むしろこいつら倒してほしい、そう願った。



「しかしいつからか……貴様ら勇者を、余は……応援していた……貴様の、投球を……」


「……何?」


「やっぱそういう展開かよ」



 妖精の嫌な予感は当たっていた。

 よく見ると魔王、ユニフォームを着ている。

 感謝すんじゃなかった。絶対この後勝負する気だろこいつら。



「……魔王。この部屋、そしてユニフォーム……。貴様も、もしや」


「ああ……この小瓶を見ろ、勇者」


「……? 何だ、何が入っている……?」


「甲子園の土だ」


「ッ!!? ……ッ!!!?!?!?!?!??!?!?!??!?」


「驚きすぎだろ」



 今眼の前に立っている男は。

 まさか。まさか。夢にまで見た、あの……?

 甲子園に、立った事が、ある……?

 


「……魔王! お前……一体、いつ甲子園に!?」


「もう500年も昔になるかな……フフフ、懐かしいな、あの熱気……青春の、日々……」


「ねえだろ甲子園」


「そうか……貴様もやはり、元高校球児……。しかし何故、甲子園にまで行ける実力者が魔王に……!」


「その後大学野球へ進んだが、結局大成はせず……。プロへの道は閉ざされた。それが余が闇に堕ち、魔の王となった理由……」


「それぐらいで魔王になるなよ。魔王だらけになるだろ世界」


「……勇者よ。貴様の投法、見事であった。しかし元高校球児の余から見て……貴様には大きな欠点がある」


「……何だ?」


「貴様が我が同胞に投げる球は、全て……デッドボールに過ぎんということだ」


「……ッ!!!?!?!?!?!??!?!?」


「だから驚きすぎだろ。周知の事実だよ」



 妖精の冷静な指摘空しく、勇者の動揺は広がった。

 俺は今まで青春を取り戻さんと、セーブ妖精と心を通わせてきた。

 最高のコンビで、汗を流してきた。以心伝心、一蓮托生で、打ち込んできた。

 しかし、それが全て……死球。確かに、たしかにそうだ。確かに……。

 こんなの、野球じゃない……。



「心は通わせてねえんだよ、捏造すんな」


「余は惜しいと思った。勇者、貴様に必要なのは、そう……打者だと、そう強く、強く思った。貴様の強肩に匹敵する、剛腕バッターだとな」


「……それがお前ということか、魔王」


「そうだ」


「そうだじゃねえよ。一番必要なのは倫理観だよ」


「……俺と一騎打ちしてくれるというんだな、魔王」


「そうだ。貴様の球を攻略し……お前の青春を終わらせてやる。魔王として……いや。元高校球児として、な」


「……恩に着る」


「魔王さん、硬式球はないの?」


「ない。球はお前だ妖精」


「死ね」


「……では行くぞ魔王ッ! 俺たちが駆け抜けた青春の血と汗を……打ってみろッ!!」


「こい勇者ッ! 甲子園球児の実力、焼き付けて絶望せいッ!」


「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛だだだだだだあああだだだだッ!!?」



 今までにない万力で、妖精が握られる。

 諦観の底に沈み、ダウナー妖精ちゃんと化していた彼女に、ありし日の絶叫が蘇る。

 これなら最高の球が投げられる。勇者は確信する。


 足を高々と、天まで届くほど、高く、あげる。

 その姿はそう。まるで「不滅の大投手」、沢村栄治――。





「――あ゛あ゛ああ゛ああ゛あ゛ああ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛゛ああ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ああ゛あ゛ああ゛ッ゛!!!?!?!?!?」





 渾身の一投。絶叫。

 最高の、ストレート。




 ――魔王は。

 勇者の投球タイミングを、決して見逃さかった。

 眼光妖しく、彼の剛速球を、その眼に捉える。



 片足を、高くあげた。名高き伝説の、一本足打法。

 その姿はそう。まるで「世界の王」、王貞治――。




「――ッや゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛ああ!??!!??」




 二度目の、絶叫。

 バットの芯がセーブ妖精を、捕まえた。

 とんでもなく重い球。魔王の剛腕ですら、長打は難しい。



「……むぅんッ!!」



 しかし魔王は、打ち返した。

 狙い通りに、ピンポイントに、打ち返したのだ。

 そして球の――セーブ妖精の、行先は……。





「――ぐわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ああああ゛ぁ゛ッ!!?!?!?」





 三度目の、絶叫。

 ……三度目? しかも声は、野太い。

 妖精の絶叫では、ない。




 強烈。

 強烈過ぎる、ピッチャーライナー。

 セーブ妖精は、勇者の肩に――投手の生命線に、直撃した。

 崩れ落ちる勇者。ぽてんと落っこちる妖精。勝利を確信した魔王。






 マウンドに倒れゆく勇者を見て。


 戦士は、思った。

 やっぱり悲鳴は小さくてかわいい子じゃないと駄目だな、と。


 僧侶は、思った。

 この勝負、チャートの邪魔だな、と。


 魔術師は、思った。

 あれ、勇者の悲鳴もいけるな、と。




 セーブ妖精は。

 セーブ妖精は、思った。

 できた、と。







「……ぐううううううぅぅぅッ!? か、肩が……糞ッ!」


「い、痛だだ……ッ! もう嫌……もう嫌……ッ」


「フハハハハハ! 終わったな勇者……貴様の青春が! もう球は投げられまい! 挫折の味を思い出したかッ!! プロ野球の能無しスカウトどもめ余の実力思い知ったかフッハハハハハハざまあ見ろ見る目為しのボケどもボケボケボケケケケケヒャヒャヒャ!!」


「私怨が醜すぎる……」


「くうううううううぅう……ッ。お、おのれ……おのれ……ッ! 許さん、許さんぞ魔王……!」


「許さんならどうする? 余と戦ってみるか? 普通に? 野球でも負けて戦いでも負けてみるか」


「! そうだ、戦うぞみんな! 普通に倒そう、魔王を!」


「! そ、そうね。戦いましょう、みんな!」


「わかった、やろう」


「まあなんとかなるさ!」



 そうだ。なんなら普通に戦えばいいのだ。

 何も妖精投法だけが全てではない。

 今までに培ったレベルと、ステータスがあるのだ。



 が。



「くうううぅぅっ!? つ、強ッ!」


「くそっ、何だその技! 対策がわからん!」


「あ。そういえばスキルレベルあげてないな俺たち……」



 セーブ妖精で突き進んだツケ。

 戦い方が、分からなかった。

 当然、壊滅。虫の息。


 セーブ妖精は心の中でガッツポーズした。

 嘘。普通にガッツポーズした。三回ぐらいガッツポーズした。

 この光景が見たかった。心の底から。



「ハァッハッハッッハッハッハ! アホな戦い方なんぞしてるからこうなるのだ!」


「く、くそ……ここまでか……ッ」


「ハハハ! 墓には甲子園の土を供えてやる、安心して逝けい!」


「……ふ、ふふふ。ふふふふふふふ……」


「? どうした勇者よ。恐怖でおかしくなったか?」


「……ま、魔王よ。お前は一つ……見落としたな……俺たちの……俺たちの持っている、真の……最強の隠し技を……っ」


「……? なんだ、それは……」


「セ、セーブ妖精! 頼んだ……ッ」


「……はいはい」


「……あ! し、しまッ……」


「ロードしますね」




 そう。

 セーブ妖精の真の役割は、セーブ。そして、ロード。

 全滅してもやり直せる、最強無敵の、チートとも言える蘇生技。

 それはつまり、勝つまで、何度でも、勝負を……。












「――ぐわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ああああ゛ぁ゛ッ!!?!?!?」









 ――絶叫。

 我々はこの絶叫を、知っていた。

 そう、三度目の。勇者の、絶叫。



「……ッ!? な、なんだ……ッ!? 肩が、また……ッくううううぅぅッ……!?」


「……ム!? 何事だ、余は……あれ、確かロードされ……!?」


「……あ痛ッ! や、やった、ふ、ふふ……成功した……!」


「!? な、何故この状況に……!? 確か、扉の前でセーブを……」



 勇者は、気付いた。

 不敵にほくそ笑む妖精を見て、全て理解した。

 恨みつらみがこもった瞳に、戦慄した。



「……上書きセーブしちゃいました。ふふふ。ここで……」


「……ッ!? な、何故、こん」


「ロードしますね」


「――ぐわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ああああ゛ぁ゛ッ!!?!?!?」


「あ痛ッ! ふ、ふふふふ……! ふふ……! ロードしますね……」


「――ぐわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ああああ゛ぁ゛ッ!!?!?!?」


「……ふ、ふふふふ……! ロード……!」


「――ぐわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛ああ゛ああ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ああああ゛ぁ゛ッ!!?!?!?」



 セーブ妖精の復讐。

 繰り返される勇者の絶叫。

 何十回、何百回とマウンドに崩れ、悲鳴をあげる勇者。

 何十回、何百回と投げられた妖精の、意趣返し。



 戦士は、絶望した。

 妖精ちゃんの悲鳴はもう二度と聞けないのだ、と。


 僧侶は、失望した。

 糞チャートになってしまった、もう駄目だ、と。


 魔術師は、煩悶した。

 もう駄目、駄目っ、限界ぃ、と。



 そしてセーブ妖精は。

 セーブ妖精は……。











「ぐううぅ、ううっ……!」


「ふ、ふふ……! はぁ、はぁ……」


 何度目のロードか、もう誰にも分からなかった。

 既に勇者は諦めていた。声も満足にあげられない。

 永遠の苦痛と挫折。無論、因果応報である。




「……ふふ、ロードしますね」


「ぐ、うう。……」




 勇者は悟った。俺はこのまま挫折という、青春の苦味を無限に味わい続けるのだ。

 肩を潰し続け、何千、何万という敗北の内に沈んでいくのだ。

 痛みを覚悟し、また苦悶の表情を――。









「……あれ?」


「ん?」


「え」


「は?」


「……ロードしましたよ、皆さん」






 魔王城では、ない。

 見慣れぬダンジョンに、彼らはいた。


 勇者の肩に、痛みは走らない。

 あの青春の苦味は、襲ってこなかった。



「……ここは? 魔王城……では……?」


「……あ! ここって、もしや……」


「……!」


 みんな、ぼろぼろの姿。

 姿もどこか、弱々しい。



 そうだ。ここは。

 間違いない、あの時の。

 身の丈合わぬ、難関ダンジョン――。




「……! そうか、セーブしていたのか……。いや、しかし……」




 勇者はセーブ妖精を見た。

 恐る恐る、彼女の顔を見た。

 ……既に気が晴れたのだろう。

 彼女はいつもの、あの天真爛漫な顔に戻っていた。



「……何度だってやり直せるんですから、何度だって。青春だってそうなんですよ、真っ当に……」


「……! セーブ妖精……」


「! 勇者、敵が……」



 襲いかかってきた、強敵。

 そうだ、あの時もそうだった。

 勇者は今までの経験と反射から、とっさにセーブ妖精に手を伸ばした。

 が……。



「……ッ! ~~~~ッ……!」


「……!」



 目をつぶり、身をすくめるセーブ妖精。

 勇者は。

 勇者は……。




「……逃げるぞ、みんなッ!」


「……!」



 一目散に逃げ出した、勇者一行。

 それを無言で、でも暖かく見送る妖精。

 そうだ。これでいいんだ。人間、間違ったってやり直せるんだ、と。

 そして少しずつ、進めばいい。自分はそのためにいるのだ、と





「……ん?」



 最後に勇者が、セーブ妖精に向かって、何かを放り投げた。

 なんだろう、彼女は拾ってみる。

 ……。






『センバツ2020 第92回選抜高校野球大会公式ガイドブック』






「いや、だからいらんって……」




 読むこともないだろう「センバツ2020」を抱えて、彼女もダンジョンを後にした。

 次に会ったら返してやろう。いや、その前に一回ぐらい読んでみるか。どうせ何度も会うんだから、いつか返せばいいや。

 そして何度だってやり直させてやろう、正しく歩んでくれるなら。




 ちょっとだけレベルアップして、勇者一行の旅路は続いてく――。


























































 『勇者メンバー、二名逮捕!! ~妖精たちに性的悪戯!? 女戦士と男魔術師の闇~』





 ――大々的なスキャンダルが流れるのを見て、セーブ妖精は思った。

 こいつらは二人は、このままでいい。ロードしない方が、世のためだ。

 強く、強く、そう思った――。




~おしまい~




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