蒸気と魔法の幻想世界で—終わらぬ旅の秘境から—
どうしようか。僕たちは途方に暮れている。昨日までは、僕らが生きる世界にいたのに。僕は、枯れた木と草しか無いだだっ広いセピアの荒野に、もう見知ったクラスメイトの4人と共に立っていた。その人達は、男子が1人に女子が3人。僕を含めたこの5人にはあまり共通点がないが、なぜかここに集まった。一体、どんな偶然が僕たちをここに集めたのだろう。
7月21日、星空中学校。群馬県は高崎市にあるそこそこの規模の中学校だ。窓からやたらと広い校庭を眺めると、校庭の端にある裏門から帰る生徒が何十人も見える。
この日は終了式の前日ということで、みんな気分が上がっていた。僕ら5人のいる2年5組もそうだった。
「夏休みはどこ行くー?」
「夏休みは新潟に行って海水浴するんだー」
そんな他愛もない会話が広がる、帰りの会が終わった放課後。僕もクラスメートと会話をしていたが、適当なとこでやめて、今日は来るも帰るも自由な部活に向かった。職員室から鍵を借りて、音楽室の端っこにあるドア——楽器室のドアの鍵を開ける。ノブを回し開くと、見慣れた楽器達があった。タンバリン、ドラムセット、シンバル・・・見慣れた光景だが、終了式の前日となると、少し雰囲気が違って見える。楽器室の奥にある鉄琴の方へ歩く。結んである電源コードを解いて、机やら壊れた楽器やらを掻い潜ってコンセントに差し込む。フレームに付いている赤くて小さなランプが点灯し、小さな駆動音を立てながらヴィブラフォンをヴィブラフォンたらしめている音を出すためのモーターが起動した。フレームにあるマレットホルダーから1番柔らかい音が出るマレット—先が毛糸で覆われているスティックを1対取り出して、構える。近くにあった机にメトロノームを置いて、適当なテンポに設定してゼンマイを回す。カチ、カチ、と一定のテンポを刻みながら動き出す。それに合わせてヴィブラフォンのアルミ製の鍵盤を弾く。無機質な金属音が、鍵盤の下にある長いパイプを響かせる。そしてその音をモーターに繋がっている“はね”がパイプの入り口を開閉し、ビブラートをかける。聴いている者の耳を響かせるその音に、演奏している僕自身も聴き入っていた。静かな楽器室に、ビブラートのかかった金属の音だけが鳴り響く。それを聴く者は、僕以外におらず、音は大太鼓や銅鑼に共鳴して振動する。しばらくして、《《陽がもう傾いてきた》》ので、5人でいつも適当に時間を潰している公園に歩いていった。
「もう暗くなってきたなー」
「ですね。もう7月の下旬なのに、暗くなるのが早いですね」
1人の女子が言うように、辺りは既に暗くなってきていた。時間は午後の6時半。学校を出たのが6時ちょい過ぎくらいで、その時はまだ陽は普通に上がっていた。7月の下旬にしては陽が落ちるのがかなり早い。
「あっ!星!」
「ほんとだ!」
2人の姉妹が声を上げたので上を見上げると、空に一番星が浮かんでいた。少し黄色っぽくて、その周りには1つも星は無かった。空には一つしか星が無くて、それが素敵だった。
「なぁ、せっかくだしまだ帰らないで星見ないか?」
「わかりました。じゃあどこかベンチの上にでも鞄を置いてきましょう」
「じゃあウチはめっちゃ走って家からお姉ちゃんの図鑑取ってくる!」
「あんたは転ばないようにねー」
「そうと決まれば家から望遠鏡を持ってこよう」
「オッケー!じゃあ10分後集合ね!」
ということで見張り番を女子と姉妹の姉にしてもらって僕らは各々の家にあるものを取りに行く。姉妹の妹は星座図鑑、背の高い少年は照明やらなんやらの小物、僕は小さい望遠鏡を取ってくることにした。家まで全力ダッシュで帰った。
「おかえりー・・・ってあんたどうしたの!?」
「ちょっと大事な用事!」
靴を脱いで階段を駆け上がりベランダにある望遠鏡のところへ行く。三脚から本体を取り外しケースに入れ、三脚も畳んでケースに入れる。そしてやたらと動かすのに力が要るファスナーを力ずくで閉めて、持ち手を持って階段を駆け降り靴を履いて玄関を飛び出した。
しばらく走ると公園と、その中のベンチに座っている少女2人が見えた。
「おーい!持ってきたよー!」
「お疲れ様です。向こうから妹さんとあの人も来たみたいですね」
「戻ってきたぞー!」
「せっかくだから色々持ってきたぞ」
「じゃあ早速観測を始めよう」
望遠鏡、と言っても通販でそこそこのやつくらいなのでそこまで性能が良いわけではない。頑張っても倍率は100倍くらいだ。まあそれでもないよりかはマシなので、組み立てて使ってみる。まあ月の模様を見るとかではないので十分だ。
「すっご!めっちゃキレイに見える!」
「見せてー!」
そんな会話をしながらしばらく観測していると、少し変なのがあることに気づいた。
「ねぇ、この時期にオリオン座ってあんな綺麗に見えるっけ?」
「え?」
空にはハッキリとオリオン座が見えた。今の時期では確か見れないはずなのに。
「・・・オリオン座は冬の星座ですよ」
「やっぱそうだよね?なんでだろ」
なんか、今日は本当に不思議なことが色々ある。なんか、これだけ色々あると明日もなんか変なことが起きそうだ。
しばらく観測して、時間も20時になったので解散することにした。望遠鏡を外し、三脚を畳み、ケースに入れて歩く。部屋に戻って望遠鏡を置き、制服を適当に脱ぎ捨ててワイシャツだけ体操着と一緒に洗濯カゴに投げ入れ、風呂に入り、出たら夕食を食べ、友達とチャットをしたら、明かりを消す。明日なんか面白いことがあるといいなー。
現在朝の4時。なぜかめちゃくちゃ早く目が覚めた。昨日からなんかおかしいことがずっと続いている。とりあえずベッドから起き上がろう。
——ボーーン——
・・・汽笛?
——ボーーーーン——
やっぱり汽笛だ。こんな朝っぱらから蒸気機関車の汽笛なんか鳴らすか?そもそもこの時期に走るものか?
え?光?
そして今へと繋がる。
何?ここ。周りに何も物がない。枯れた木と草くらいしかない上、昨日天体観測をした4人と立っている。なんなのだろうか、ここは。敵意はないようだが、目の前にいるやつらが本当に僕の知っているやつらか確かめよう。
「おーい?お前らは睦月と如月、時雨に矢矧でいいんだよなー?」
「おう、とりあえず俺は正真正銘矢矧だぞ」
そう返事をしたのは富岡矢矧。サッカー部の上手いやつだ。運動が得意で、やらせれば大体なんでもできる。長身で顔がいいのでとても女子からモテる。だが割と頻繁に如月と謎のマウント合戦が始まる。そしてそれをしょっちゅう睦月が止めている。
真っ先に矢矧が返答してきた。それに続いて、
「「私達も睦月と如月です(だぞー)」」
次に返答が来たのは吾妻姉妹だった。姉は吾妻睦月。手芸部にいて、吾妻の双子の姉。長い黒髪でメガネをしている落ち着いた印象の人。よく本を読んでいて、成績もいい。しょっちゅう妹である如月の暴走を止めている。
3人目は吾妻如月。女子バスケ部にいる、しょっちゅうクラスを騒がせる吾妻の双子の妹。姉の睦月とは対照的で、めっちゃうるさい運動神経抜群の女子だ。正直僕より運動ができる。だが時折矢矧としょーもないことですぐマウント合戦を始める。だからそれを睦月が止めるというのは5組では日常茶飯事だった。
「私も、時雨です」
最後に時雨からも返答が来た。水上時雨。吹奏楽部トロンボーンパートの担当。隣県から中学校になって転校してきた人で、矢矧の幼馴染だ。いつも静かで本を読んだりしている。足の付け根くらいまである長い髪に赤色の目という日本ではあまり見ない不思議な特徴がある。スタイルもめっちゃいいので男女問わず密かなファンがいる。
「そういうアンタこそ、ちゃんとあさっちなんだよなー?」
「僕はちゃんと朝凪だからとりあえずその言い方やめて」
あさっちと呼ばれた僕の名は酒田朝凪。吹奏楽部パーカッションパート担当だ。得意楽器はティンパニや、トライアングルだったりタンバリンだったりの小型打楽器だ。僕はどちらかというと見た目の特徴よりそれ以外の特徴が多い。何もないとこでコケたり友達の発言をナチュラルに誤解釈したり喜怒哀楽が激しくなると関西弁になったりする。
「とりあえず俺らみんな無事みたいだな?」
みんなの服や、見えている顔や肌を見ながら矢矧が言う。
「そうですね。それにしたってこの世界はなんなんですかね?」
「なんなのでしょうかね……モノクロのようでなんだか不気味です」
確かに、この世界はなんだか不気味だ。枯れた木と草があるばかりの何から何までセピアに染まったこの世界は、まるで世界の終わりのようだった。色があるものといえば、僕たち5人の体や服くらいだ。戦争モノの小説や映画にあるような戦いが終わった後の不毛の地のようなそれよりも、この世界は終わりのような雰囲気が漂っていた。どうしようか。少なくとも水もなければ緑もない。
「おーい!なんかそこらへん走ってたら車があったよー!」
「は?なんで?」
僕が声を返すと、とりあえずこっち来てーと返ってきた。どうやら拒否権は無いようだ。如月の方へ行ってみると、60年代〜70年代あたりに走ってそうな大きくて古臭いワンボックスカーがあった。だが、ガラスは割れ、錆びていて草も生え放題な上塗装もほとんどなくなっている。エンジンルーム辺りの地面には油のようなものまで垂れていて、何年とかそんなレベルで放置されていた程度では済まないほどボロボロだ。タイヤの1つすらなくなっているそれは、とてもじゃないが走れそうには見えなかった。
「こんなん何に使えるんだ?」
「さあ?ただ気になったから呼び出しただけ」
「お前なあ・・・」
「「「「「うわっ‼︎⁇」」」」」
突然、辺りが紫色に眩しく光った。視界が晴れてくると、僕たちの目の前に紫の髪の少女が立っていた。
「皆さん、この車を見つけたのですね。」
「ちょっと待て。お前は誰だ」
「私の名前は、“高津真衣”。この世界にあなたたちを呼び出した者です」
そう言う謎の少女は、紫の髪に魔法使いのような帽子と服装にローブを着ていて、手には七色の宝石が埋め込まれている古そうな杖を持っていた。魔法使いのような風貌で、見た目的には僕らと同年代か1歳年上くらいだった。
「皆さんは、蒸気と魔法と旅の世界に転生しました」
「お前はどうして俺らをこの世界に転生させた」
「・・・強いて言うなら、興味本位ですかね」
「なぜ、このような不毛の世界へ?」
「あ、そうでしたね。この世界は、まだ“仮”の姿なのです」
「仮?それはどういうことだ?」
この世界は“仮”の姿——そう言い謎の少女は杖を高く掲げ目を瞑った。その後、呪文のようなものを唱え出した。その呪文は、歌声のようにも聞こえる美しいものだった。そして
その後世界がまた光に包まれた。
視界が少しずつ見えるようになってきた。一瞬強い目眩で倒れそうになったが、すぐに立て直した。頭の中には不思議な感覚があるが、少しずつその感覚が無くなると共に視界も晴れていく。するとそこは、いかにもファンタジーの世界のような、魔法のような動植物がたくさんあったり、地表から大きな宝石の結晶が生えてたりしている魔法の森を川で隔てている草原に立っていた。近くには相変わらずボロボロなワンボックスカーもある。そして草原の遠くにはレンガ造りの現代の高層建築に負けず劣らずほどの大きさはある巨大な建物、そしてそれの横に取り付けられた、建物の規模から見るに100メートルくらいはありそうな超巨大な歯車が回っている都市が見えた。そこには雲をも貫くようなとても高い塔が建っていて、煙を吐き出している長い煙突も何本も建てられている。その巨大蒸気都市と魔法の森は、まさに謎の少女が言っていた魔法と蒸気の世界だった。
「皆さんが旅をできるように、最後にこの車を直しましょう。」
「待て待て、俺らはこの世界にずっといるのか?」
「一体、この世界はなんなのですか?私たちが昨日までいたあの世界はどこに?」
「なんなの!?あんたはあたし達をどうしたい訳!?」
「この世界に連れ込んだ理由は本当に興味本位?だとしてもなんで?」
みんなが質問をする中、僕は何も言えず少女を見ていると、杖を体の前に構え、車の前に立った。そして手を広げると、杖の七色の宝石が全て銀色になり、輝きを増していく。それはまるで、7つの星が一直線に並んだ星座のようだ。そして、車が光に包まれた後、車はピカピカの新品のようになっていた。ガラスは割れていないし、タイヤも4本揃っている。塗装はピカピカで、エンジンからも変な油が滲み出てきたりなどしていない。
「では、私から最後に皆さんに一言。」
——ようこそ。蒸気と魔法の幻想世界へ——