4話 新しい背嚢 中編
4話 新しい背嚢 中編
野犬の処理をしていた所【気配感知】の波長を感知した俺はその場から離れようとした。
しかし使用者達の方が手練の可能性があり、追いつかれそうになってしまった。
女の1人がこちらの場所を正確に把握していた事で逃げるのを諦め大人しく投降する事に決めた俺は抵抗の意思がない事を示しながら近づいたというのに向こうの警戒心が全く薄れなかった。
自分が何をしたのか全く分からないまま近づき、諦観し膝をついた。
「あー、あの犬の処理はお前が?」
冒険者然りとした風体のうちのピッカピカに磨かれた鎧を着た男が頬を掻きながら尋ねてきた。
俺はその問いに対して首肯で答える。
「ほう?」
質問してきた男の隣にいた狼の毛っぽいファーがついた軽装の男がしたり顔で呟く。
俺はそいつの視線が嫌だったのでそいつの方を見ない様にした。
「ところで、なに?」
俺は全くもって意味がわからないこの状況に終止符を早く打ちたくて質問する。
野犬の処理はとうに終わってるので早く回収もしたい。
「俺らは依頼でこの森に来たんだ」
「そうなんだ、じゃあ」
敵意も感じないので彼らから視線を切り野犬の元へと向かおうと思ったが軽装の男に行き先を阻まれた。
「なに?」
「まぁそう邪険にするなよ、なぁ?」
そりゃ邪険にするだろと思いながら男を見上げる。
「ま、まぁな。取って食おうってわけじゃ無い」
「だから要件はなに?」
だいぶイライラしてきたぞ?
話の先が見えないし、こいつらの態度も面倒臭い。
鎧の男が顎に手を置きながら喋る。
「依頼でな、この森の調査にやってきたんだ。たまに魔石だけが転がっている事があるとな。お前がやったんじゃないかと俺らは思ってる」
魔石ってなんだ?というのが最初思った事だ。
普通に考えれば魔物の核となる何かだろう。
異世界小説読者からすれば推察も簡単だけど、転生者の俺としてはハテ?と思わざるを得ない。
今まで狩猟に携わってきて5年近く経つが魔石なんてものを見た覚えがないのだ。
「知らない」
それ以外に返答のしようがない。
「えっ、あっまじ?」
と鎧の男。
「うん、ということで」
鎧の男は拍子抜けした表情となった。
俺は話が終わったと思ったのでその場をさろうとしたがまた軽装の男が阻んだ。
「なんだよおまえ」
100歩譲って鎧の男はまだいい。
でもおまえはダメだ軽装の男。
殊更に口調が悪くなるがわざとです。
「なんだってこたぁないだろ?そんなに急いでどこ行こうってんだよ?」
「わかんないの?」
「ああ分からないねぇ、怪しいなお前」
(野犬の処理があんだよ。
お前らに構ってる時間が惜しいんだよ。)
俺の苛立ちメーターなんてものがあれば振り切っていたかもしれない。
「ぼうけんしゃ?」
存在自体は知ってるけど一応確認。
「そうだよ」
鎧の男が答える。
「終わってんなお前ら」
いつもの口調とは変えてはっきりと目を見て言う。
こちらの雰囲気が変わった事を察したのだろう向こうの雰囲気がピリついた。
「階級と名前は?」
「ら、ランクは銅級でアイゼンと言うが…」
「そっか…じゃあ今度来た行商人のおっちゃんに冒険者ギルド宛の苦情を入れとくから」
「く、苦情?」
「あぁそうだよ。俺の狩りの邪魔をするだけでなく、そのせいで獲物を横取りされ、挙句はこんな子供相手に威圧する冒険者に苦情を入れない一般人はいないでしょ?」
スキルで【気配感知】をすれば野犬に群がる数匹の小さな気配がある。
もう野犬はダメだろうことは明白だ。
俺が【気配感知】を使用した直後先程俺を指差した女がハッとした表情を浮かべ鎧の男に耳打ちする。
「特にコイツは駄目だ、理解ができない。何子供相手にいきがってんだ?」
軽装の男を睨みつける。
男は尚もニヤケているがよく見れば頬が引き攣って汗をたらりと流している。
「そういうことだから」
俺は背嚢を背負い直し今度こそその場から立ち去るために足に【身体強化】の魔法をかけて離脱した。
コイツらから逃げるときは咄嗟だったので出来なかったが、準備時間があったから今度は成功。
野犬は惜しかったけど、もう色々めんどくさかったので全速力で森から出て草原を走り、黄金色の麦畑を通り過ぎ、家へと駆け込んだ。
◼️(別視点)
「テリー何やってんのよ!」
「いや、おかしいだろあいつ」
「変な子だったけどあんたの態度の事を言ってんの!」
「一体どうしたんだよテリー。お前が油断すんなって言ったから気をつけて対応してたのに、お前があんな態度取ったら元も子もないないだろ」
あの少年が変な子なのは態度でわかった。
そのあと豹変したのは確かにテリーが悪かったが、それにしても最初から変な子だった。
口下手というか必要最低限のことしか言わないのだ。
テリーはブツクサと何事か言っているがなんであんな態度を取ったのかを聞かないければならない。
せっかく森の異変に関わってそうな少年を見つけたのにテリーが変な行動をするから逃してしまった。
「それにしても綺麗な魔力操作でした」
「そうなの?」
「ええ、学園でもそうはいないでしょう」
魔術師のミカがうっとりした表情脱兎の如く走り去った少年の方を向いて呟いたのをミリーが引き継いだ。
「あれほどの魔力操作は一朝一夕では出来ません。出来れば談義を交わしたいほどです」
「そうか、でもその話はまた今度な。それよりこれからの話をしよう」
こういう時のミカの話は長くなるので秘技「あとでね」で切り上げる。
「テリー、言いたいことはないのか?」
「あぁ、すまんかった。柄にもなくな…、もうしない大丈夫だすまんかった」
そう謝罪を口にしてテリーは閉口してしまった。
「はぁ、それじゃあ一度村に戻って出張所に報告に行くか」
「早く報告しないとね。行商人が来る前にギルドに報告しておけば罰も少々で済むかもしれないし、野犬のお詫びも用意しておいた方がいいと思う」
「そうだな、彼には悪い事をした」
テリー1人のせいにする訳にはいかない。
俺も引き止めようとしたし、むしろ追いかけたのがまず悪かった。
そのせいで彼の獲物は他の生物に食べられてしまった様だし。
さぁ帰ろう。
なるべく早く。
◼️(続き)
「はぁ、貴方達には期待していたのだけど?」
「すまない」
冒険者ギルド「ジャビ出張所」に帰ってきた俺たちは受付嬢に依頼失敗及びクレーム処理の申し出をしていた。
依頼失敗とはいうがあの少年が直接関与していた証拠もないので現状は失敗扱いになってはいないだけだ。
それに後日来るだろうクレーム処理もお願いしなければならず、踏んだり蹴ったりだ。
受付嬢は未だ開拓村の域を出ないジャビにおいて早く出張所ではなく正規の支部を作ろうと奮闘している人で、若手にも優しいと評判のある人だった。
かくいう俺たちも何かと世話をしてくれていて恩を感じていたのだが、まさか仇にして返すことになるとは夢にも思わなかった。
「それで、その少年が誰だか調査は済んだの?」
「まだだ、だがこの村の誰かの子だというのは分かる。」
一応依頼人はこの村の村長になる人からの依頼だ。
魔石云々の話を持ってきた狩人さんが不思議な事が起こっていると村長に話を持ってきてギルド出張所に調査依頼が来た流れになる。
依頼が来るとギルドは大体の依頼人やその背景について調査をしてからクエストボードに貼り付ける事となるが、今回ももちろんそれを行った。
依頼失敗濃厚だと思った俺たちは村に帰ってくると森で見かけた少年の事を村人達にそれとなく聞いたのだが皆知らない様だった。
「逃げた方向がジャビ村の方だったからね…」
「あの口下手な少年どこ行ったのかしら」
「口下手?…まさか!?」
ミリーが少年の特徴である「口下手」と言った途端、受付嬢の表情が青ざめた。
「ど、どうしたんだ?」
あまりの豹変振りに俺たちが驚いていると受付嬢はクエストボードの前にいた冒険者の1人を呼びつけた。
「デクさん!ちょっとこっちきてください!」
「なんだよ」
デクさんと呼ばれた銀級暴言者は悪態を吐きながら俺たちのところへと来た。
一応顔見知り程度の間柄なのでぺこりと挨拶をする。
「村長の息子さんに会ったことありますよね?」
「ああ、あの無口で無愛想なやつな。あいつ相当強よそうなの笑うわ」
「無口で無愛想で強そう?…、その子って黒髪で眠そうな目してました?」
デクさんは受付嬢の質問に苦笑いしながら答えた。
その答えに俺は咄嗟に少年の身体的特徴を伝えた。
「あぁ、そうだよ」
「終わった…」
デクさんが即答した瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。
「おいおいどうしたんだお前ら?」
「この子達、依頼中に森であった村長の子が狩った獲物を実質横取りした挙句に脅したみたいなんです」
「やってんなぁお前ら…」
受付嬢がことの経緯を伝えるとギョッとした表情を浮かべるデクさん。
(俺もそう思います)
そう思ったが口に出せなかった。
「だが村長の人柄は良いから村長に謝りに行った方がいいんじゃないか?」
デクさんが提案をしてくれた。
なにやら村長は人柄がよく部下からの信頼も厚いらしい。
村の住人からも信頼されているとのことだ。
そんな彼に相談というか謝罪すればもしかしたら執りなしてくれるかも、という話だ。
「村長ってどこにいるんだ?」
俺は藁にもすがる思いでデクさんに問いかけた。
「今の時間帯なら畑の休憩所ですね!早く行ってきてください!」
「はい!」
受付嬢が怒鳴る様にこちらは言ってきたので慌てて返事を返して村の外にある畑へと走った。