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81 政治的決着

前回のあらすじ


騎士団まさかの敗北

浮足立つ団員達を従え

騎士団長、カラレイドの苦難は続く。

「まさか・・・この様な事態になるとは・・・」


 悲鳴を上げる体を軋ませ、カラレイドは周囲に視線を走らせると、ほんの十分前とはスッカリ様変わりした戦場を見渡した。


 いい気になってバラフィを踏み躙っていたゼッセルは、仕返しとばかりに虎の雑種に頭を踏み躙られ白目を剝き。


 女共を嬲っていた部下達も、半数がヤマダによって無力化され、残りも完全に戦意を喪失し蛇に睨まれた蛙と化している。


 そして彼自身、羊の雑種相手に満身創痍といった有様である。


 戦闘は全ての局面に於いて騎士団の敗退へと傾き、団全体の敗北へ至るのも時間の問題だと思われた。



 だがその未来は確定した訳では無く、決着の天秤は未だに揺れ動いたまま。


 流れを覆す何かが起きればその最悪へと至る道筋を、許容できるだけの結末へ導く事も不可能ではない。


「ならば起こそう・・・残る全力を振り絞ってな・・・」


 覚悟を決めたカラレイドは決定的敗北を回避する為、最後の手段に打って出るため気力を振り絞り、勢いよく立ち上がる。


「聞けーい! 我々騎士団は貴殿らに対し、速やかなる停戦を申し込む!」


 喉の奥から振り絞った、その全力の大声は、たちまち戦場を駆け抜けると、武器を持つ全ての者の鼓膜を力強く震わせた。



 突然の大音量とその余りの内容に、目を見開き言葉も無く立ち尽くす騎士達も。


 身勝手なその言動を憤る事さえ忘れ、驚きの余り唖然とし口を開く傭兵達も。


 そして、え?終わり?と、頭上に疑問符を浮かべる山田と雑種達さえも。


 三者は三様に困惑と不信、及ばぬ理解を表情に浮かべると、音の消え去った戦場で、次にどんな行動をすればいいのかと、思わず皆の視線は周囲を彷徨う。



 そんな戸惑いに満ちた戦場で、真っ先に反応を返したのはローズであった。


「・・・は? 何よ今更! 騎士の誇りとか信念は何処に行ったのよ!」


「ふむ、騎士的にも貴族的にも、この様な状況では、非常に柔軟な政治的判断が要求される・・・・・・まぁ誇りも時と場合に因ると言う事だな」


「都合のいい政治的判断なんて持ち出してんじゃないわよ! 羊ちゃん、構わないからヤッちゃって!」


「うぃ~すっ」


 ローズの言葉を背に受けたシープアが、指をニギニギ言わせながらにじり寄ると、カラレイドは表情を引きつらせ、同じ分だけ足を下げていく。


「い、いいのか! 事の推移はどうであれ、貴族を害したとなれば其方も只ではすまされんぞ! 悪い事は言わん、ここらで手打ちにした方が得策と言うものだ」


「自分達の事を棚に上げて何よ! 害してるのそっちでしょ、だからこっちも害していいよの」


「そんな理屈が通るとでも思っているのか、この国で貴族を敵に回して生きていける訳も有るまい」


「ならこんな国捨ててやるわよ、傭兵なんだから何処へだって行けるし、何処でだってやっていけるわ」


「ぐっ・・・」



 国を捨てる―――彼なら決して取りえない、命を捨てる以上に重き決断。


 貴族と傭兵との間に有る、決定的な価値観の違いを突き付けられ、カラレイドは説得の言葉を失った。


 そんな言葉を無くした大男を見据え、ローズは鼻息も荒くビシッと指を突き付ける。


「さぁ羊ちゃん! 正義の鉄槌で全身の骨を折りまくってやりなさい!」


「ぐへへ~泣き叫んでも助けは来ないぜ~~~」


 悪ノリしたシープアが鬼畜な笑みを深め、その距離を詰める程に、無敵装甲カラレイドの顔色が蒼白に染まっていく。


「くそ、ここまでか・・・」


 もし彼が巨大ロボならば、もはや自爆もやむなしといった絶望的状況。


 この世に救いなど思われたその時、救いの手は思わぬ処から差し伸べられた。



「いいわ。その提案、受けさせて貰うわ」


「お、お姉ちゃん!」


 突如発せられたバラフィの言葉に、ローズは信じられ無いといった表情で姉へと取りすがる。


「もうこっちの勝ちは決まった様なものじゃない、どうしてここで止めちゃうのよ!」


「どうもこうも、ここで彼等を殺したら、私達は騎士殺しの犯罪者よ」


「犯罪者は向こうでしょ! あっちから手を出して来たんだから!」


「それが通用しないから貴族ってのは厄介なのよ。どんな理由が有っても、何時だって正しいのは貴族様なんだから」


「ならボコってギルドへ突き出せばいいじゃない! ギルド長なら貴族にだって顔が利く筈よ」


「伝手を使って事の次第を訴えても、どうせ大した処罰は受けないわ。それより侯爵の面子を潰して、不興を買う事の方が厄介よ」


「うぅ・・・だからって、このまま見逃すなんて・・・」


「あまり欲張っちゃだめよ、こうやって身を守れただけでも儲けものなんだから」


 貴族相手の揉め事など、市民側の泣き寝入りが基本なのだ、痛み分けならむしろ大勝とさえ言える。


 バラフィはぶぅ垂れる妹の頭に手を置き苦笑を浮かべた。


「それに騎士団と、貴族と法的に事を構えるとなると、相当の覚悟が必要に成るわ。正直腹の虫が収まらないけど―――」


 チラリと視線が山田へと流れる。



 事態の深刻性を理解しているのか、いないのか。どうにも気の抜けた表情を浮かべて、事の成り行きを静観しいる男が見えた。


 恐らく事情も分からずに、流されるまま助勢したで有ろう彼に対しては、助けられた事への感謝と、巻き込んでしまった事への申し訳無さが尽きない。


(―――だからこそ、これ以上は巻き込めないわよね)


 バラフィは吹っ切る様に視線を外すと、改めてカラレイドへと向き直った。


「もういいわ、ここまでにしましょう」


「うむ・・・」


 停戦の合意に、ほっと一息ついたカラレイドだが、半眼で此方を見据えるシープアから放たれる戦意に、微塵の陰りも見られ無い事に気付く。


 もしやと思い視線を移すと、タイアーの目付きも戦闘時のそれで、踏みつけられるゼッセルの頭部はミシミシと軋み、今にも砂浜のスイカの様に砕け散りそうでさえあった。


「・・・す、すまないが彼女達を止めては貰いないだろうか。このままでは、暫くスイカが食べられ無くなりそうだ」


「えーと、タイアー?・・・だったかしら。もうその辺で許してあげてくれないかしら、私も汚い物はあまり見たく無いわ」


 バラフィがタイアーへと静止を掛けるのを見やり、ローズも実にイヤイヤながらもシープアへと向き直る。


「羊ちゃん、残念だけどこれ以上は止めておこう。お姉ちゃんがあー言うなら仕方ないよ」



 そんな停戦の呼びかけに、二人の雑種はチラリと姉妹へ瞳を向けるも、直ぐに自らの獲物に鋭い視線を戻す。


「つっても、コイツヤマダの敵ぽいっしなぁ。殺した方が良くねぇか」


「このオジサンも、仲間にヤマダを襲わせてたしねー。死んでヨシだよー」


 言葉の端々に殺意を隠さないその発言に、カラレイドは勿論、バラフィの背中にも冷たい汗が流れ始める。


「そ、それだと後で面倒臭い事になるから、ね、ここは一旦手を引いた方が得なのよ」


「別に後の事は後で考えりゃいいだろ」


「だよねー。良く分かんないけど、多分なんとかなるんじゃないかなー」


 重ねて掛けられたバラフィの制止にも、タイアーとシープアのヤル気ゲージは一向に下がる事は無く、むしろ「ヤッテもええやろ?」と、問う様な視線を山田へと送っている。



 事ここに到り、全ての決定権が山田に有る事を理解したカラレイドは、神妙な表情を山田へと向けた。


「ヤマダ、と言ったな。これ以上の暴力は、お互いの不利益にしか成らない。私としてはここで剣を収めたいと思うのだが、君の考えはどうだろう。合意にあたり求める条件が有るなら言ってくれて構わない」


 先と違い、今回の交渉は是が非でも成功させなければ成らない。


 金なら即金で金貨十枚、時間を貰えればその十倍は出す事が出来る。


 更には謝罪を求められれば、この頭すら下げて見せる覚悟をもって、カラレイドは山田の言葉を待った。


「別に、バラフィさんがいいって言うなら、いいんじゃないですか?」


「・・・・・・いいのか」


「えぇ、こっちは単なる部外者ですし」


「・・・そうか、ならあの雑・・・君の仲間を下げて貰えると助かるのだが」


 部外者なら首を突っ込むんじゃねぇ! そんな言葉を飲み込み、未だヤル気溢れる二人の雑種へと視線を流すと、心得たとばかりに山田が腕を振り回す。


「二人とも、もう終わりみたいだから戻ってこい」



「おう」「はーい」


 山田に呼ばれた途端に二人は弾む様に駆け出すと、山田へと取り付き自身の頭をグリグリと押し付ける。


 少し困った様に苦笑を浮かべた後、山田が二人の頭を撫で回し始めると、彼女達は上機嫌といった様子で尻尾を揺らし始めた。


 殺気を振りまく猟犬が、あっと言う間に愛想を振りまく飼い犬へと転じる。


 その様子を眺め、漸くカラレイドとバラフィは深いため息と共に、肩から力を抜く事が出来たのだった。







 その後、傭兵と騎士達は負傷者を回収し、それぞれに治療を施している。


「よかった、でもフローラも余り無茶はしないで欲しいわね」


「お姉様・・・咄嗟の事で後先を考える余裕が有りませんでした」


 そう言って無事を喜び、抱き合う傭兵側はまだいいとして、未だに意識を取り戻さない部下を見下ろすカラレイドの表情は暗い。


「思いのほか重症と言う事か・・・やはり急所を突かれたのは厳しいか」


「と言うよりショック性の物では無いかと・・・まぁ無くても任務に支障が無い部位ですので、団的にはそう問題は無いでしょうが、彼等的には・・・」


「あぁ、本人にとっては死活問題だろうな・・・無事回復する事を祈るしかあるまい」


 嫌そうな表情で股間の手当てを行う騎士と共に、やれやれと首を振るカラレイド。



 気を取り直した彼は傭兵達が治療を行って居る場所へと足を運ぶと、バラフィの正面へと陣取った。


「これは治療費だ。釣りは要らぬゆえ、好きに使うといい」


 言葉と共に投げ放たれた革袋が地面に落ちると、ジャラリと硬貨が擦れる音と共に数枚の金貨が零れ落ちた。


「今回の件も含め、我らがこれ以上そちらへと迷惑を掛ける事は無い。我が名誉に掛けて誓おう」


「分かったわ、私達も今回の件は公にしないと約束する・・・その金貨に誓ってね」


「ふ、それは皮肉か?」


 騎士の誇りと金貨が同列に扱われた事に、困った様に眉根を顰めたカラレイドだが、バラフィは涼し気に肩を竦めて見せる。


「傭兵に取って、この上無い誠意よ」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 暫し無言で視線をぶつけ合う二人。


 結局バラフィの真意を如何捉えたかは不明だが、カラレイドは声も無く顔を逸らすと、その視線を山田へを移した。


「ヤマダ。どうだ、騎士団に興味は無いか? お前なら今日からでも私の権限で取り立ててやってもいいが」


「いえ、結構です。そう言うの面倒臭いんで」


「なら貴族どうだ? 男爵位程度なら直ぐに婚姻の手配をしてやるぞ」


「余計メンドクサイダロ、お断りします」


「ふむ、まぁいい・・・知っていると思うが一度正式に名乗っておこう。私はトレトフ侯爵騎士団、第一隊隊長カラレイド。王国より伯爵位を拝命して居る身だ、何か有れば訪ねて来るといい、何時でも歓迎しよう」


「はぁ覚えておきます」


「うむ」


 貴族相手にぞんざいな受け答えだが、カラレイドの表情に不快な色が浮かぶ事は無い。



 代わりとばかりに、ムッスリと顔を顰めたローズが二人の間に割って入る。


「ちょっと、何勝手に口説いてるのよ! ヤマダはアンタんトコなんか行かないわよ!」


「ふ、立身出世は漢の本懐よ・・・女にこの志は理解出来まい」


 ローズを見下ろし鼻で笑うと、カラレイドは改めて山田と真剣な表情を向ける。


「ヤマダ、世界は広い。見識を広げ、己が寄る辺の儚さに気付いたなら私の所へ来るがいい。本当の高みというものを見せてやろう」


「はぁ」


 山田の気の無い返事を気に留める事無く、カラレイドは一団に背を向けると部下達へと向き直る。


「身繕いは済んだか、泥で汚れた甲冑を晒して歩く真似はするなよ! 準備ができ次第、意識の無い者を抱えて帰投する!」


 そのままカラレイドの指示の下、何とか体裁を整えた騎士団はゾロゾロと木々の間へとその姿を消していった。



 その後姿を何と無しに眺める山田の隣、同じく騎士団を見送るローズの拳が、ポスンと山田の二の腕を軽く叩く。


「・・・行ったら殴るからね」


「・・・行きませんよ」



 視線を合わせる事も無くポツリと呟かれた声に、これまた視線を動かす事無くポツリと答えが返された。

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