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6 未遂はセーフ

「一週間でレベル5か」


「これってどうなんですか」


「そうだな・・・・・・わからん」


 生徒達がレベルの上がり具合を、テレモスに相談した答えがこれであった。


「わからんって」


「普通は訓練を始めるのは十五歳からで、その時は大体レベル15位あるんだよな。だからレベル5とか6とかの話をされても分からん」


「俺等って十五歳以下なのね」


「お前らは特例中の特例だかなら、正直なんとも言えんわ。まずレベルを15まで上げろ、それからがスタートだ」


 そう言うとテレモスは、嬉しそうに生徒達を追いかけ回し始めた。



 訓練には、数日前から女子も訓練に参加している。


 気持ちの切り替えは女子生徒の方が深刻で、一晩中泣き声が絶えず、朝になっても朝食にも顔を出さない生徒も居た。


「これは事故よ! 私達はサバイバルしながら救助を待つ。つまりそう言う事なのよ」


 とある生徒の、誘拐を事故に例える事で、救助の可能性を意識させる作戦が功を奏したのか、取り合えず彼女達もいま出来る事に目を向け始めた。


 所詮欺瞞でしかないが、辛い時、ウソに縋るのも一つに回答かも知れない。



「山田君」


 訓練後、背後から掛けれらた声に振り替えると、佐伯彩芽が立っていた。


「騎士達の事なんだけど・・・」


 なにそれ?と頭を捻り、漸く騎士と女子生徒の間で起きた、いざこざを思い出した山田は、比沢用に考えていた言い訳を語り出した。


「ヤれるだけはやった、そう比沢さんに言っといてくれ」


 しれっと嘘を付くと、彼女がぎゅっと両手を握りしめて来る。


「やっぱり! アレ以来騎士達が全然ちょっかい出して来なくなったの、山田君のお蔭だったんだね」


 ブンブン手を振り謝意を表してくる佐伯に、如何したものかと虚空を眺めていると、食堂へ向かう井口達が通りかかる。


「あーあー山田が女子と手ー繋いでるー」


「男のクセに女の仲間ー」


「仲間外れにしてやろー」


「なによ! 子供みたいな事言ってないで、どっか行きなさいよ」


 佐伯は茶化す三人を、しっしと追い払うと、改めて山田と向き直った。


「本当は愛子もお礼言いたいんだけど、あの子人前でこういう事するの苦手だから。だから私が代わりに、もう一度お礼を言うね。山田君、有難う」


「・・・どう致しまして」


 山田は、もういいやと諦めて流れに身を任せる事にした。


「もう行くね」


 片手をあげ去っていく彼女の背中を見送る山田、その山田の背後には今のやり取りを険しい表情で睨みつける、谷屋佳吾と言う男が居た。



 ・・・さらにその様子を見ていたテレモスは一言。


「いやー若いねぇ」


 面白そうに呟き、訓練場を後にしたのだった。





 訓練十日目、生徒達のレベルは7、昼食時の雑談で聞いたテレモスのレベルは56


 生徒達の上昇率からしたら直ぐに追いつく気がしたが、テレモスの話ではレベルは上がれば上がる程、レベルアップが難しくなりその内、何年も掛かる様になるらしい。


 テレモスも正式に騎士団に所属したのが、十五歳でその時のレベルは13、そこからレベル56になるのに二十年程かかったらしい。


 レベルの上昇難易度は、乗数的に増えて行く事になる。


「最後にレベルが上がったのは四年位前だったか」


 と言う事からもその難易度が伺えた。



 この頃になると、能力差は山田にも実感できる程に、違いが表れていた。


 山田の戦略は薄利多売、高レベルを目指すのでは無く、低レベルをドンドン回していくスタイル。


 結果的にそれは良い結果を残し、彼の能力は他の生徒を上回り始めている。



「おい山田、レベルは上がったのかよ」


「上がってない」


 訓練後、山田が疲れて動けない設定で横になっていると、井口がからかう様な口調で話しかけて来たので簡潔に答える。


「大丈夫かよお前」


「もう一度、テレモス隊長に相談した方が良いじゃねーの」


 田場と加根元も、呆れたように言葉をかぶせて来る。


 合成の問題点は、レベルが1以外に調整出来ない所にある。


(合成するとレベル1になるからな。調整出来ない以上レベルは1で固定するしか無い)


 テレモスが言うには、レベルが極端に上がり難い人も稀に居るらしい、主に重い疾患持ちなどだ。


 それならばと山田は開き直り、堂々とレベル1生活を続けていた。



「そいつは怠けてるから、レベルが上がらないんだよ」


 そこに谷屋佳吾の声が割り込んでくる。


 野球部の彼は、運動の出来ない人間をひたすら見下す。


 彼曰く、運動が出来ないのは、その人の努力が足りないから、らしい。


 そんな訳で何時までもレベルが上がらない山田は、谷屋的に怠け者に分類されていた。


「やる気が有るなら、残ってでも訓練を頑張れるだろう。人より劣ってるんなら、尚更な」


「なに!」


 谷屋の言葉に、山田は思わず大声を上げてしまった。


「でたよ野球部」


「山田の場合そーゆー問題じゃないだろ」


「谷屋に言っても無駄だって」


 井口達三人は面倒臭そうに、谷屋の言葉をディスる。


 しかし谷屋は、そんな四人の反応も、ものともせず更に言い募った。


「周りが甘やかすから、本人が自覚出来ないんだよ。出来無いは甘えなんだ、努力さえすれば最低限人並みになるだよ。誰でもな!」


「はいはい、分かりましたよっと。山田ぁ、あんま気にすんなよ、お前は元からとろいんだからよ」


「そーそー、無理したったいい結果なんてでねーって」


「無理そうなら、もう一度テレモス隊長に話聞いとけー、あの人面倒見いいからよ」


 そう言い残すと井口達は、めしめし言いながら食堂に向かって去って行った。



 忌々し気にその背中を見送ってい居た谷屋は、鋭い目つきで山田に向き直る。


「お前はもう少し真面目に訓練に取り組んだらどうなんだ。女子とへらへら、おしゃべりしてる暇があったら、少しでも皆に追いつく努力をしろよ。後から参加した女子にまで負けて、よく恥ずかしく無いな。知ってるか、お前みたいな奴を何て呼ぶか・・・クズだよ。お前はクズだ、少しは自覚しろ。そして恥を知ってるんなら、もう少し人目に付かない様に生きていくんだな」


 結局山田が何も言わない内に、言いたい事を吐き出すと、谷屋は訓練場を出て行った。


 そしてその山田は、彼の言葉を反芻し一つの結論に達していた。


(残って訓練だと・・・・・・流石野球部、発想が違うぜ!)



 その日から山田は、一人で居残り訓練を始め出した。





 更に数日、日中は皆に混ざりテレモスに追い回され、訓練後は一人楽しく居残り訓練。


 今の山田にとって、人目を気にせず全力を出せる機会は貴重な時間だ。


 余り派手な事は出来ないが、デカい重りを持ち上げたり、全力で走ったり、今の全力の感覚掴む事に大変役立つ、ついでにレベルも上がるオマケ付きだ。


 しかしその日は一人居残り練習の最中、訓練場に来客があった。


「ちょっといいかしら」


「いいけど、なにか用?」


 出たな、そう思っている山田の目の前には、比沢麗香。


「ちょっと模擬戦でもお願い出来ないかと思って」


「・・・比沢さんってレベル幾つ?」


「9」


「俺レベル1」


「知ってるわよ」


(ならなんで来た)


 普通1と9で試合しようなんて考える人間は居ないだろうと、山田は今更ながらに彼女の思考に疑問を覚える。


「なんで俺と?」


「みんな一緒にレベル上がってるから、強くなった実感が無いのよ。だからレベル1の貴方で、どの程度力が付いたのか確認したいの。いいでしょ」


「つまり俺の体をサンドバックにしたいと」


「大丈夫よ手加減するから」


「そもそも、教官不在の試合は禁止だし」


「ちょっとした合同練習よ、軽く剣を振り合うだけなんだからいいでしょ。それにバレなきゃ問題無いわ」


 すっごい迷惑、山田はそう思うも既に比沢は、開始位置で剣をブンブン素振りをしている。


 素振りの動きを見る限り、大した危険は無さそうなので一度付き合って終わらせた方が速い、そう思い渋々位置に付いた。



「じゃ、これが落ちたら試合開始ね」


 そう言うと、比沢は手に持ったペットボトルを放り投げる、―――フリをして地面に叩きつけた。


(・・・やると思った)


 取り合えず先手は譲る積りだった山田は、駆け寄る比沢の動きに備え剣を構える。



 ―――繰り出された初撃は、頭蓋を砕かんとする頭部への上段攻撃であった。


 山田は適当に手を抜いてやり過ごそうと思っていたが、咄嗟の事で頭部を全力で守る。


 ガガンッ!


 激しい衝撃が剣を伝い、山田の両手を振るわせる。


(速い!素振りはブラフか!)


 比沢は、そのままど頭をかち割らんとするかの様に、グイグイ力を込めて来る。


「・・・もしかして殺す気」


「本気でやれば死な無いでしょ?」


 顔色悪く尋ねる山田に対して、比沢は笑顔で答えてくる。


 押し込む力が抜けたと思うと、剣が滑るように手首を狙う、山田は慌てて腕を引き間合いを取ろうとするが、比沢はすかさず一歩踏み込んで来た。


 間合いは変わらず至近、比沢の剣が再度振るわれ防いだ山田と、再度剣を使った押し合いの形になる。


 比沢の左手が剣から離れ、スルリと山田の顔に伸びる、打撃力なぞ望めぬ軽い拳、その拳が勝利のVサインを描く。



 目潰しである!



 山田は必死に首を捻り目を逃す、その目の端に跳ね上がる比沢の足が映った、軌道の先は山田の股間。



 金的である!



 尊厳を刈り取らんとする蹴撃に膝を当てて防ぐが、容易く禁じ手を繰り出す比沢への恐怖が止まらない。


「ちょっとっ!反則なのでは!」


「未遂だからセーフよ」



 非難の叫びは届かない。



 これはいけない、山田はとっとと模擬戦を終らせるべく、攻防の中適当な一撃をその身に受ける―――しかし終わらない。


 一本を取った筈の比沢は、何食わぬ顔で次撃を繰り出し試合を止める様子が無い。


 強弱フェイント、禁じ手織り交ぜての比沢攻撃は続いていく。


 山田は、間合い大事間合い大事、心で叫びならが制限時間一杯守りに徹する事にした。


 最も、制限時間=比沢の気分なので、何の意味も無かったりする。


 比沢への恐怖感を募らせる山田に対して、比沢の中にもとある感情が芽生えつつあった。



 牽制の緩い攻撃に当たってくれる、優しさや。


 本命の強烈な一撃は全て防いじゃう、意地悪な所。


 でも決して自分を傷付けようとしない、紳士的な動き。


 比沢をお姫様の様に扱う山田の戦い方に、彼女の心は、感情は、――――――ブチ切れた。



 舐めプをしくさる山田をぶち殺さんと、感情を乗せる様に剣を大きく振り上げると。


「死ねっ!!」


 念を込める様に叫び、振り下ろす勢いのままに、手にした剣をぶん投げた。


「おまっ!」


 すっぽ抜けたバットの様に、突然の近距離から顔面に迫る投擲を避けた山田は、体制を崩し足が完全に止まってしまった。


 そこへ比沢のタックル、密着する身体にラッキースケベなど感じる余裕も無く、山田は咄嗟に踏ん張ると、腰にしがみ付く比沢を引き離しに掛かる。


 比沢も予想外に崩れない山田の体幹に対し、瞬時に思考を切り変えると、高低差を生かして頭突きで顎をかち上げ、そのまま山田の頭を抱え込んで膝蹴り。


 しかし狙いは股間。


 股間に迫る膝を掌で押さえ、強引に防ぐがその膝を足の間に差し込まれ、膝裏を合わせる様に絡められると、正面から抱き着かれた。



 正直な所、能力的には山田が比沢を上回って居り、此処からでも強引な挽回は可能であった、しかしある意味山田は追い詰められていた。


(女の子の体に触り辛いんですけど! 間違って変な場所とか触っちゃったらヤバイんですけど!)


 なまじ余裕が有る所為で生まれた要らん心配が、山田の戦術に大きな制限を掛けている。


 そして、そんな思考は比沢にバレていた、男の子の視線やスケベ心に女の子は敏感なのだ。



(密着すればいける!)


 戦術に大きなアドバンテージを得た比沢の狙い通りに場は動き、山田は背中から地面に倒される。


 結果マウントポジション。


「ま、まい―――


 思わず降参しようとする山田の唇に比沢の人差し指が当たられる、そして自身の唇にも自ら人差し指を当てると。


「しー」


 比沢は「静かに」とでも言う様に優しく微笑み、静かにそっと囁く。


「じゃ行くわね」


 そして始まるカーニバル、溜まった怒りを発散するべく、比沢は力の限り拳を振り下ろした。



 結局の所、勝敗の分け目は殺意の強さだったのかも知れない。





「あーーー、すっきりしたわ」


 疲れるまで暴力を楽しんだ比沢は、晴れやかな笑顔で額の汗を拭う。


 その背後でしこたま殴られた山田が、両手で顔を覆い横たわって居た。


 比沢はペットボトルを拾い、水分補給を行って一息つくと、足元の山田を見下す。


「やっぱり力を隠してたわけね。レベルは上がって無いらしいから、例の合成のお蔭? それとも元から強かった?」


「・・・一方的にボコボコにして置いて言うセリフか?」


「貴方が手を抜いた結果でしょ、自業自得よ」



 山田は怪しい、模擬戦前からそう考えていた比沢は、執拗に急所を狙って山田の精神に揺さ振りを掛けた。


 結果、危機感に駆られた山田は、本気で身を守る事になる、特に金的への攻撃は必死に阻止した、全力で防いだ。


 ちなみに比沢的には、万が一大怪我をさせても異世界なら、ファンタジー的な何かで大丈夫だろうと思っている。


 根拠は無い。



「それより貴方の協力が有れば、私も強く出来たりするのかしら」


「あーむり」


 簡潔に答える山田に、彼女はじっとりした目を向けていたが、程なくして肩を竦める。


「まぁいいわ。貴方には他の事でも、色々と期待出来そうだしね」


「期待?なんの」


 これ以上は勘弁して欲しい感を、ありありと表情に乗せ山田は尋ねる。


「・・・貴方はこの状態が何時まで続くと思う」


 しかし比沢は山田の質問には答えず、逆に質問をぶつけて来た。


「彼らは私達を奴隷と言ったわ、その奴隷にここまで譲歩しているのは善意なんかじゃ無い。彼等は今、異世界人と言う未知の資源の扱いに慎重になってるだけ。今は私達を見極めている段階、でも私達はただの学生で大した事情が在る訳じゃない。その内此方の内情は全て把握され、底が知れるわ」


 山田の反応を探る様に、表情を観察する様に比沢は続ける。


「そうなれば彼等は遠慮しない、脅しを含めて私達に対して、様々な事を強制してくる。いずれは、受け容れらない様な要求をされるかも知れ無い、その時は暴力以外で私達に対抗する術は有るのかしら」


「国相手に無謀だと思うけどな」


「国ってどの程度の規模だと思う もしかして1000人位しか居ないかも知れないわよ」


 それは無い、そう思いながらも具体的に返せるだけの知識を、山田は持ち合わせてはいない、情報の大切さが今更ながらに身に染みる。


「情報よ、圧倒的に情報が足りないわ」


 比沢も同じ考えらしく、情報の必要性を訴えかけて来る。


「この国の情報の中に、あの王子に対抗する方法が有るかもしれない。勢力や上位者、法律とかでもいい、何かあの王子から身を守る情報を見つける必要があるわ。だから必要なの、情報が」


 これでもかってくらい訴えかけて来た。


「という事で騎士達の件のように、なんとか外の情報を集めて欲しいの」


 そして何時ものお願いが来た。


「難しいと思うけどな」


「頑張ればいいじゃない、合成とか使って」


 そう言いながら、自分の荷物を纏めると訓練場の出口に向かって歩いて行く。


 山田としては、ナチュラルに合成で脅してくる比沢に対し、王子より先にお前を何とかしたいわと思いつつも、その背中に向かって代案を持ちかける。


「あの王子に取り入るってのは?」


 山田の言葉で彼女の足が止まる、しかし振り返らないままに答えた。


「だめね私には判るの―――あの王子は敵よ」


 その言葉を残し彼女は立ち去った。



 一人訓練場に残った山田は、比沢が消えた出口を眺めつつ、めんどくさい人に目を付けられてしまったのでは?、その考えに至り、彼女に巻き込まれない無い方法は無いかと模索するのであった。

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