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5 特に考えて無かった二度としない

「ほらほらほら、余り遅いとケツの穴が増えちまうぞ!」


 訓練4日目、ひいこら走り回る生徒のケツを、テレモス隊長が木槍片手に追いかけている。


 この日も女子はお休みで、男子は死にかける。


 テレモス隊長の言う「その内なれる」が今日明日の話で無いと知れると、生徒達は一様に落胆の表情を浮かべていた。


 そこに以前の様な陰鬱な雰囲気は無く、全体的な空気は軽い、男子に関してはこの状況を受け入れつつあった。





 訓練終了後、山田はステータスの確認を行っていた。



 山田公二

 レベル 1


 身体 14

 敏捷 8

 魔力 4



 初日以降、能力値の上昇に伴い訓練の負荷が上がったため、山田は一日で複数回レベルが上がる様になっていた。


 レベルが2に上がると身体と合成しレベル1に戻す作業を続け、二日で五回レベルアップを行う。


 合成についてはレベルアップが早いというメリットが見つかったが、最終的に能直値の上昇がどうなるかは未知数である。


 レベル1を三回繰り返すより、素直にレベル5を目指した方が能力の上昇値が高い可能性もある。


 しかし山田としてはそれはそれで構わなかった、レベルを下げる実験は高レベルになると怖くて出来ない、今のウチに試してダメならダメと確証を得る事が大切だと考えていた。


 相変わらず訓練はキツイし、他の生徒との身体能力に明確な差も感じない。


 この実験の成果を何ら実感出来なかったが、マイナス要素が見え内は続ける方向で進める事にした。



 訓練後、寝床へ戻るのは山田が一番最後である、レベル1だから一番体力が無い設定で皆が食堂へ移動した後も、ぜぃぜぃ言いながら動けない振りをしていた。


 食欲の無い振りをしながらモリモリ食べる、そんな食堂からの帰り道、通路の先から言い争う声が聞こえ、その中に女子生徒らしき声が混ざっていた。


 面倒な予感を感じつつそのまま進むと、案の定言い争う騎士と女生徒達が居た。



「いいから黙って付いて来い!」


「や、やめてください」


「その手を放してよ、嫌がってるでしょ!」


 一人の騎士が女子の手を掴んで何処へ連れて行こうとしている、それを数人の女子が押しとどめていた。


「いいから来い!、俺が直々に奴隷の身の程を教え込んでやる」


「ちょっと騎士様、その子が何したってのよ」


「何もしていないからだ! 図々しいしくも殿下の好意に付け込みおって」


「訓練の事ならちゃんと許可も貰ってるわよ」


「ち、うるさい奴め、わざわざ俺が教育してやろう言うのだ、邪魔をするな!」


「間に合ってるからその手を放して消えて」


「貴様ぁ! この俺がダナメコス侯爵家三男、ヨクイール・ダナメコスと知っての無礼か!」


 しらんわ!なんだときさま! と通路を塞ぎ言い争う姿に、埒が明かないと感じた山田はスマホを取り出した。



 カシャ! 騎士の背後でフラッシュが瞬く。


「な、なんだ!」


 騎士が振り向いた瞬間、更にフラッシュ、被害者は目を庇い狼狽えて居る。


 その隙に犯人こと山田は、騎士の手から女子を引き離す。


「きさま!」


「すみません、咄嗟の事でつい使ってしまいました」


 目を瞬かせて怒鳴る騎士に、山田は手元のスマホをかざして見せる。


 ソコには本物を切り取ったかの様な精密さで、騎士が驚きの表情をして写っていた。


「な、なんだそれは!」


 騎士の手が、そこにまだ顔が存在する事を確かめる様に自分の頬を撫でる。


「それは俺か・・・なんで俺の顔がそこにある」


「魂を吸い取る呪いの鏡です。こうやって鏡に映った相手を呪い殺してしまうんですよ」


「な、貴様!なんてことを!」


「安心してください、鏡から離れれば呪いは消えますから」


「ならば何処へなりと消えろ!」


「あー、彼女達に用が有るので無理ですね」


「だまれ!俺が消えろと言ってるんだ―――いや、鏡を寄こせ! 叩き壊してくれる!」


「鏡と騎士様は魂で繋がってますから、今壊すと死にますよ」


 怒りで顔を赤くし剣に手を掛ける騎士、すかさずスマホを構え盾にする山田。


「・・・大丈夫ですよ。暫く鏡から離れたら、呪いは自然に解けますから」


 騎士は剣を握った手にギリギリと力を籠めるが、目の前の得体の知れない道具や己の立場を脳内で勘案すると、舌打ちを残しその場を去って行った。


 山田はその背が見えなくなると、ふぅと吐息を漏らし視線を向ける女生徒を無視して、その場を後にする。



「山田君ありがとう」


 まわりこまれた。


 絡まれた女子を守り、騎士と言い争いをしていた女子の一人、佐伯彩芽が礼を述べて来る。


 山田としては特に考えも無く、なんとなくある日本の常識にそって行動しただけだった、いうなれば気分である。


「・・・通りがかっただけだから」


 そう適当に答えるとその場を後にする。



「助けた事は事実じゃない。ほら、愛子もお礼お礼」


 まわりこまれた、しかも仲間を呼ばれた。


 佐伯は素早いフットワークで山田の動きを封じると、絡まれた本人の鳥羽田愛子を引っ張り、山田の眼前に押し出す。


「あの、助けてくれて有難う。あの人怖かったから・・・すごく助かった」


「うん、役に立てて良かったよ。それじゃ」


 人見知りを押しての鳥羽田のお礼に、これまた適当に答えると踵を返し立ち去る山田。



「最近ちょっかいが増えて来たわね」


 その目の前にはどこから現れたのか、先程迄は確かに居なかった筈の比沢麗香。


「今まで口だけだったのに手も出して来るなんて。・・・山田君なんとかしてよ」


 急に現れたかと思うと、彼女は唐突に山田へと言い放つ。


「・・・なんとか?」


「そ、なんとか。騎士達を説得するなり、王子に言うなり方法は任せるわ」


 無茶ぶり過ぎるその発言に、山田はやらなきゃ良かったかと後悔し始めた、小さな良識に流された結果がこれである。


「ちょっと麗香、流石に無茶だって」


「そ、そうだよ、きっと怒られるよ」


 佐伯と鳥羽田が指摘するも、ダメもとだし怒られるのは山田君よ、と事も無げに言い放つ。


「じゃおねがいね」


 無言で立ち尽くす山田の肩を、すれ違いざまに叩きながら一言告げ、比沢は女子達と一緒に立ち去って行く。


「まぁ、あまり気にしないでいいから」


「あ、あの。無理はしないで下さいね」


 その後を、苦笑いと申し訳無さそうな表情をした二人が追いかけて行った。



 はぁ、溜息を付き、適当にダメだったと言えばいいかと考えた山田の肩に、ポンと背後から手が乗せられる。


「おぬし面白い事をしておったのう。呪いの鏡とやら、ワシにちこっと説明してみぃ」



 こうして山田は好奇心に目を輝かせたマーグスに捕まり、色々白状させられた挙句、スマホを取り上げ挙げられてしまうのだった。





 クルーゼスは執務室でマーグスの報告を待っていた・・・待っていた・・・待っていた、ひたすら待っていた。


「・・・遅い」


 奴隷達は既に、割り振られた部屋に入れられた筈だが、マーグスが何故か報告に来ない。


 いや理由は分かっていた、大方調べた情報に夢中に成っているのだ、ここ数年は無かったが今回の召喚でマーグスの病気は再発した。


 呼び出す事も出来るが高々数部屋の距離、使いを出すよりは自分で行った方が早い、そう合理的に考えた王子は病人の部屋に自らの足で向かう。



 マーグスの部屋に付くなり、控えて居た騎士を手で制するとノックも無く扉を開ける、するとそこには予想通りブツブツ言いながら、机に向かいペンを走らせてい居る老人が居た。


「マーグス、マーグス!」


 数度の呼びかけで、漸くマーグスの顔が此方を向く。


「おや、殿下」


「ノックをしたが返事が無いのでな、勝手に入らせて貰った」


「これは失礼を。記帳に集中して居った所為で気づきませなんだ」


 クルーゼスは席を進められる様子が無いので、傍らの椅子を引き寄せ勝手に座ると早速報告を聞く事にした。


「で、奴隷共に付いて何か分かったか」


「えぇえぇ色々見えてきましたとも、その上で未だ全貌は闇の中ですわい」


 そう言いながらもマーグスの顔は笑顔だ、調べる事が多いのが余程嬉しいのだろう、楽しそうに説明しだす。


「貴族に対して敬意も恐れも無く、かと思えば使用人にすら頭を下げる。粗暴で在りながら作法に詳しく、ここの食事に関しても不満を口にしていたとか」


「奴隷共には俺達と同じ物を出したのでは無いのか?」


「出しました、がその上で口に合わなかった様で。中には甘みを要求する声もあったそうですな」


「こんな辺鄙な砦で贅沢な事だ」


「そうそう、湯浴みも要求しておったとか」


「雑巾でも渡しておけ!」


「ほほほ、男女に分け水桶を用意させました、今はまだ様子を見るべきですからのう」


 奴隷達の我儘を不満そうに聞きながら、クルーゼスもその意見には同意だった。


 以前死ぬまで拷問しても、決して恭順しなかった部族が居た事を思えば、懐柔が可能ならそれに越した事は無い。


 ―――血は最後に流せばいい。



「しかしコレだけの不平を漏らすとは。向こうでは随分いい暮らしをしていたと見える」


「それにしては使用人の扱いに慣れておらぬ様子、食事の配膳等も自ら行っておりますのう」


「どうにも、ちぐはぐだな」


「文化が根本的に異なるのでしょうな。あの者等の話では別の世界から来たとか」


「異世界・・・だったか? 奴等の寝言を本気にする気か」


「鵜呑みには致しませんが、あの者等の言い分・・・腑に落ちる点も有るのでは?」


「文化が違うにしても、余りにも異質で在る事は認めるが」


「まぁ当面は贅沢に慣れた平民、そう考えておれば問題無いでしょう」


 クルーゼスは、その言を一先ずの見解とし、一緒に召喚された巨大な乗り物へと意識を切り替える。



「で、あの魔獣モドキはどうなった」


「あれの呼び名はバスと言うようで、なんでも職人の手で作られた馬車の様なモノらしいですな」


「ならば同じ物が我々にも作れるのか?」


「いずれは、と言った所でしょうな。バスに乗っていた御者を付けて部下に知らべさせておりますが。・・・はてさて何時になるやら」


「ふむ。まぁ気長に待つさ」


 残念そうにしながらも、二人はバスについて然程興味が無かった。


 一時は騎士達を阿鼻叫喚に陥れたバケモノだが、ネタが割れれば実に実用性の無い置物だったからだ。


 光は殺傷能力が無く、音も五月蠅いだけ、マフラーの煙も松明の煙以上に無害だった。


 残ったのは騎士達にチクチクつつき回され、傷だらけになった張りぼてボディと、整備された道しか走れない脆弱な車輪しかない。



「あの紙装甲は全面に盾でも付ければいいが、少々の起伏ですら走れぬとなると使い道があるまい」


「そうですな、技術自体は調べるとしても、バス自体の検討は当面は後回しで良いでしょう」


「後は奴隷共の有用性だが、何か出たか?」


「あの者達、如何やら学問を生業として居るらしく、幾つか気になる技術の話も出ておりますな」


「おお、鍛冶や魔法関連も含まれているのか!」


「・・・殿下は直ぐにソレですな」


 武器や魔法は軍事力に直結するため、クルーゼスの大好物だ、思わず高揚するする彼とは裏腹にマーグスの声は冷たい。


 はぁとマーグスの口から溜息が漏れると、心外だとばかりにクルーゼスは反論する。


「何が問題だと言うのだ、軍事の拡充こそ国力の要ではないか、それに功績として分かりやすい」


「殿下。鍛冶や魔法に関わらす、知識は幅広く収めてこそ応用や―――


「分かった分かった、お前の教えを忘れた訳じゃない。他の情報については後で精査するさ、だから今は鍛冶、魔法だ」


 早く早くとせがむ彼に、再度溜息を落としマーグスは口を開く。



「・・・鍛冶に関しては要検証ですが期待は薄いですな。魔法に至っては何も知らぬそうです」


「軍に関わる者は居ないのか、医者でもいいぞ」


 マーグスは静かに首を振ると、彼の期待を否定する。


「ちっ、技術面では外れか。で、他に有益そうな情報は無かったのか」


 あからさまに落胆したクルーゼスが、他に収穫は無いか尋ねるとマーグスは、そうじゃそうじゃ、と呟きながら懐を探る。


「殿下、これをご覧ください。スマホ、と言うらしいのですが」


 マーグスは懐から、長方形の板を手にすると目の高さに掲げた。


 ん? とクルーゼスが顔を近づけた瞬間。「カシャリ!」音と共に目の前に光が瞬き、クルーゼスの目が眩む。


「な!マーグス!」


「ほほほ、申し訳ありませぬ」


 楽しそうにマーグスがスマホとやらを差し出してくる。


 文句の一つでも言おうとしたクルーゼスだが、スマホを見て言葉を飲み込んだ。


「これは・・・俺か?」


 スマホには画面一杯に接写された、クルーゼスの顔が映っている。


 さらにマーグスがちょいちょいスマホを操作すると。


『な!マーグス!』


 画面内のクルーゼスが動き出し、先程のセリフを繰り返した。


 絶句し目を見開くと、スマホとマーグスの間で視線を何度も往復させてしまう。


 マーグスのイヤラシイ笑顔に気付き、漸く心を落ち着かせると差し出されたスマホを慎重に受け取ると、そこに映る自分をマジマジと見つめる。


 何か呪い的な技法で、魂を半分抜き取って封じ込めました、そう言われても納得でそうな程、異様な光景であった。


「さっきの光か、・・・危険なモノじゃないだろうな、魂とか寿命が減るとか無しだぞ?」


「ただの絵らしいですの、ただし寸分違わぬ精巧なもので、正直この世の物とは思えませぬな」


「これが、ただの絵、だと・・・」


 クルーゼスが顔を上げると、ニコニコとやたら機嫌よさそうなマーグスが目に入った。


 何か文句の一つでも言おうかとも思ったが、負けた感が半端無いので気にしない体を装いスマホを返す。



「では本当に別の世界から来たとでも言うのか」


「少なくとも、私の知る世界には無い技術ですな」


「まるで御伽噺だな」


「全員のレベルが1なのも、そもそも魂の力が無い世界から来たかららしいですな」


「それは魂が無い世界と言う事か? ありえるのかそんな事」


「さぁ。ともあれ暫くは殿下の仰る通り慎重に様子を見るべきでしょうな」


「得体が知れるまで仕方あるまい。スキル無しの女共にも、手出しさせぬようにせねばな」


「・・・そう言えば騎士の一人が、女に手を出そうとしておるのを見かけましたぞ」


「徹底させるよう、再度申し付けるか」


「こちらは大丈夫ですが、騎士共に不満が溜まりましょうな」


「そう長い事では無い、ローランドに抑えさせる」



 クルーゼスは悩みの種が多いなと米神を揉み解すし、ふともう一つの種を思い出した。


「そう言えば一人、男にもスキル無しが居たな」


「あれはあれで使い道が在りますな。次回の間引きで外に連れ出し、魔獣によるレベル上げの実験台に致します」


「実験はいいが異世界人と言う前例の無い奴らだ、事は慎重に運べよ」


「心得ておりますとも、そのためにスキルの無い者を選んでおりますので」


「元となるスキルが無ければ、スキルは派生も進化もせんから危険は無いか」


 魔獣を倒す事による成長速度は訓練とは段違いであり、異世界人の成長速度が未知数な今、今の段階で得体の知れない奴らに高レベルに成られるのは宜しく無かった。



「で実験が終わったら最後に殺して、異世界人によるレベル上げがどの程か調べる訳か」


「最後などと、とんでもない、殺してからが本番ですとも。異世界人はまだまだ調べなけらば成らぬ事が、沢山有りますからのう」


 魔石が有るかも知れませぬぞ、と楽しそうに笑うマーグスに、あるかバカモノ、とクルーゼスは思ったが余計な水は差さない。


「分かってると思うがこの城に、”死体”は持ち込むなよ」


「もちろん死体は全て、”検体”の形にして運び込みますのでご安心を」


 仲間の死体と分からなければ、奴隷共に要らぬ不安は与えぬだろうと納得する事にする。



 クルーゼスは要件は以上だと部屋を出るため、腰を上げ一言付け加えた。


「それから、技術の方の調査も怠るなよ」


「わかっておりますとも、なにせ」


 マーグスの目がスマホに注がれる。


「これだけの技術、解明すればどれ程のものになるやら」


 その目は己が欲を満たさんと貪欲に輝いて、ある種狂人の様な光を帯びている。



 クルーゼスはそんな頼りになる片腕の様子に満足すると、老人の部屋を後にした。

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