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4 風呂トイレは日本が一番

(やばい・・・ばれてる?)


 比沢が去った後、どう考えてもバレてる臭い反応に、山田はどうしたものかと頭を捻る事になった。


 消えた合成スキルの事はいいとして、スキル人間山田の件は不味い気がする。


 中世感あふれるこの世界では少々人と違うだけで、魔女裁判が起きかねない。


 彼女が何処まで知っているのかは分からないが、暫く注意が必要だと思われた。


 ―――なにをどう注意するかは置いとくとして。





 食事の後、彼らは男女に分かれて寝床に案内される。


 騎士達に先導され連れて来られた寝床は、学校の教室程度の広さで、床には大量のシーツが並べられている。


 そこで寝泊りをする事になると聞くと、周囲から慌てふためいた声が上がる。


「うそだろ、個室じゃねーのか」


 雑魚寝用に敷かれた、藁に被せられただけのシーツの群れを見て生徒達は悲鳴の様な声を上げた。


「専用の寝床が有るだけ有難いと思え!」


 案内の騎士から怒声が飛ばされると閉口し、ノロノロと場所取りを始める生徒達。


「これって中に入ってるのワラか?チクチクするぞ」


「芝生に敷いたレジャーシートの方がマシだぜ」


「てーか風呂も無いし、トイレとかヤバすぎなんだけど」


「わかるー、あのトイレはないわー」


「あんなトイレ使ってる人達と分かり合える気がしねー」


 日本の常識で生きる彼等にとって、異世界スタイルの生活環境は中々に不評であった。


 横になってからも、帰りたいだの寝床が悪いだのブチブチ文句を言っていた生徒等だが、疲れからか一人また一人と眠りに落ちていき、程なく彼等の上には静かな静寂が訪れた。





 次の日、朝食を取った山田達は仕事が有るからと練習場に集められる事になる。


 誘拐して次の日にはもう働かせるとか、流石異世界といった所か。


「俺はテレモス。テレモス隊長って呼んでくれ。お前達は今日から騎士としての訓練を受けて貰う、当面それがお前らの仕事だ」


 整列した生徒達を前に、隊長だと名乗る男が勝手に人の就職先を決めると、働け働けと催促してくる。


 生徒達はその理不尽さに改めて憂鬱になるが、テレモス隊長と背後に控える騎士達を目にすると、積極的に反抗を示す事が出来なくなった。


 そんな中、女子の姿が無い事を不審に思った斉藤が口を開く。


「女子はどうしたんですか?」


「あー女達は今日は休みだ、流石に堪えたらしいからな。殿下の許可は下りているから、心配するな」


 男子も堪えてるんですけど、その言葉を飲み込むと大人二人の不在にも気付く。


「先生と運転手さんも居ないんですけど」


「ん? あぁ、教官と御者は別メニューだ、色々とマーグス殿の研究に付き合わされるらしい。さぁもういいだろ」


 ぱんぱん手を叩き、生徒の気を引き締めさせると全員に剣を構えさせる。


「とっとと訓練を始めるぞ、先ず剣の振り方からだ。見様見真似で良いから取り合えず振ってみろ」


 それから午前中はテレモス隊長の指導の下、剣を振り続けて終わった。





 昼食は練習場に運ばれ、地面に直接腰を落とし各自適当な場所で食事を取る。


 そこには何故か生徒達と一緒に飯を食い、談笑するテレモス隊長の姿が。


 彼は鍛練の指導を行いながらも気さくな態度で、短時間の間に生徒たちに受け入れられつつあった。


 いまだにクラスに馴染めない生徒が居る事を考えると、かなり人付き合いが得意といえる。



「―――でも行き成り連れて来られて、こんなの納得できないですよ」


「あー分かる。俺の場合も村を襲撃されて攫われて来たくちだからなー」


 食事中、生徒とテレモス隊長は加害者側と被害者側の垣根を越え、気安く雑談を交えていた。


 その雑談の中、何気なく出たテレモス隊長のカミングアウトに生徒達から驚きの声が上がる。


「うそでしょ!それなのによく王子様に仕えようなんて思いましたね。恨みとか無いんですか?」


「まぁ子供の頃だし、あの頃は戦争中だったから仕方ねーよ」


 よくある事さ、と肩を竦めるテレモス隊長に、呆れればいいのか関心すればいいのか。


 どちらにしろこの件は、生徒達がテレモス隊長へ更なる親近感を持つ大きな役割を果たした。





 鍛練は午後も続く。


「いけるいける、全然いける!あと3周がんばってけ!」


「はぁはぁ、テレモス隊長、俺、スキル使いたいんっすけど」


「あーそれな。レベル低いうちは効率わりーんだわ、だから暫くは無し」


「マジか!」


「レベルが上がったら個別指導に入るんで、それまで基礎訓練よろしく」


「ひぃはぁ、そ、それって、いつごろなん」


「んーお前ら次第だが、遅いと一年位掛かるかもな」


「・・・マジか」





 体力の限り夕方まで扱かれ、死にかけた生徒達の骸が練習場に横わたっていと、その間を歩きながら、テレモス隊長が一人ひとり具合を見ていく。


「よーし全員生きてるな、訓練で死ぬとか恥だから覚えておくよーに。動けるようになった奴から飯食って寝ろ」


「ぐうぅ、こんなの、毎日とか、無理臭い」


「た、たしかに、テレモス隊長・・・こんなのずっと続くんすか」


「残念ながら・・・こんなきついのは最初だけだな。基礎が出来て慣れちまうと、後は自然と熟せる様になっちまう。ひぃひぃ言う奴のケツを蹴っ飛ばすのが俺の楽しみだってのによ」


「はは・・・なにが残念なんだか」


「・・・早いとこ慣れてやるぜ」


 どこか気安いやり取りで、生徒たちの中に小さな笑いが広がった。



「慣れてどうすんだよ、ほんとにこんなとこで一生おえる気か。・・・俺は帰りてーよ」


 そんな時、一人の生徒の悲観的な言葉が、麻痺して来ていた生徒達の心に再び黒い影を落としていく。


「・・・もう、帰れないのかな」


 その言葉を皮切りに生徒達の口から、ぽつりぽつりと不満が漏れ出る。


「おふくろ心配してるだろうな」


「みんなに会いてー」


「ネットも無いし」


「俺の拠点もう風化しんな」


 口々にグダグダ呟いては、塞ぎ込んでしまう。



 その様子にテレモス隊長は困った様に頭を掻くと、ガラじゃ無いと思いつつも口を開いた。


「今出来る事に全力を尽くす・・・俺はそうやって生きて来た」


 突然い始まった自分語りに、生徒は特に反応を示さなかったが、彼は気にせず続ける。


「昔攫われた時も、突然の不幸に絶望したもんだ。だが子供ながらにも今は耐えるしか無いってのは分かった、だから懸命に頑張った。そして結果、今が有る。あの時の頑張りは無駄じゃ無かったと今でも思ってる」


 何時の間にか此方を見上げる生徒達の視線を見返しながら、彼は生徒達に語り続けた。


「お前らの過去を俺は知らない、これからの未来も分からない。しかしお前たちは今ここに居る。現実逃避かも知れないが、先ずは今だ。今を生き抜かなければ、お前らの過去も未来も無意味になっちまう。・・・そうだろう?」


 それは生徒達が欲しかった言葉では無かっが、何かを考えさせるだけの説得力は含んでいた。


「俺と違ってお前らは上手く行けば帰れるかも知れねーんだろ、なにも諦める訳じゃない。帰るために今は出来る事を頑張ればいいさ」


 やや軽い口調に成りながらも彼はそう締めくくった、後はお前たち次第だと。


 テレモス隊長の意図ではないかも知れないが、結果的にその言葉は生徒達の疲れた体と弱った精神にズビシッ!と突き刺さる事になる。



「・・・帰るためにがんばる」


 しばらくすると、ぽつりと呟く声が聞こえた。



「結局、割り切るしか無いんだよな」


 こんな状況なのだ、耐えるしか道が無い事は彼等も頭では理解していた。



「嘆いても始まらないなら、僕は今を頑張るよ」


「そうだな、俺もやる!」


 必要なのは現状を受け入れる覚悟。



「俺も!」


「俺もだ!!」


 その後も続く、俺も俺も宣言を聞きながら、彼等は今、この異世界を生き抜く覚悟を決めたのだった。


 男子とは斯くも単純生き物なのである。



 その様子をぼーっと眺めていた山田は、ここで共感出来ないのは自分がおかしいのかと頭を捻る。


 でも風呂トイレ問題は共感出来るので、きっと個人差だと得心すると、そういう日本の心は忘れ無い様にせねばと思うのだった。





 訓練後は食事を取り身を清めて就寝となる。


 初日同様、次々と眠りに落ちる生徒達、その中で山田は横に成るとステータスを見ていた。


 山田公二

 レベル 2

 身体 2

 敏捷 2

 魔力 1


(レベルが上がっている)


 山田とスキルの合成の結果、能力値が見える様になった半面出来なくなった事もある。


 スキルの力が内面に向かった事で、逆に外へ向けてスキルの力が及ばなくなってしまったのだ。


 合成スキルが山田公二という存在と一体化し、その力は山田公二の中で完結していた。


 本来なら鉱物や元素を合成するチート展開もあったかも知れないのに、勿体無い事をしてしまったと山田は落ち込む。




 もったいねぇもったいねぇと嘆きながらも、出来る事を探して色々調べていると、ステータスの数値部分に素材判定を見た。


(なるほど山田公二の内側なら、まだスキルの恩恵は有るわけだ。・・・これはまだ希望が有るな)


 スキルの活用法を知るためには、実際に使用してその効果を確かめる必要がある。


 以前の失敗を活かしスキルに意識を集中して、理解を深めた積りだが、それはあくまで感覚的な物に過ぎない。


 この色とこの色を混ぜたらこの色になる、それをイメージ上で理解してる様なものだ。


 つまり実際に色を混ぜ合わせても、山田のイメージ通りの色に成らない可能性もある。


(実験だ。多少の不安は有るが、実験しない事には十分にスキルを活用する事は出来ない)


 今の山田は裸一貫、最早残された資本はこの体一つ、この異世界で生きて行くに山田が出来る事は、その資本価値を高める事だけだった。


 まぁそれが無くとも、興味本位からやっていただろうと思いつつ山田は、先ずはやってみようそれから考えよう作戦、を実践するべく合成を行った。


 山田公二

 レベル 2

 身体 2 → 1

 敏捷 2 → 3

 魔力 1


(・・・出来た)


 身体の数値を敏捷の数値に合成出来た、1が残るのは表示上の問題で、実質的には0だと当たりを付ける。


 勝った! 実験の結果から山田はそう確信すると、敏捷をレベルと合成する。


 能力値の数値で無理やりレベルを上げ、その影響で上がった能力値で更にレベルを上げる、無限レベルアップ! 彼の脳裏ではそんな夢の様な妄想が広がっていた。


 山田公二

 レベル 2 → 4

 身体 1

 敏捷 3 → 1

 魔力 1


(・・・能力値増えんがな)


 彼の夢は潰えた。


 合成でレベルを上げても能力値は上がらず、結果出来上がったのはレベル1の能力しか無いレベル4だった。


(完全なる弱体化だな。しかも調整が出来ないので、数字が全部合成されてしまう・・・いや、逆転の発想だ!)


 能力値をレベルに加えてダメなら、レベルを能力値に加えよう、山田は思いついたその画期的な合成を実行した。


 山田公二

 レベル 4 → 1

 身体 1 → 4

 敏捷 1

 魔力 1


 レベルを身体に合成、結果出来上がったのは、レベル1の能力を持ったレベル1だった?。


(・・・うん、これは違うな、能力値が1増えただけで誤差だ。実質なんの意味も無いな)


 能力値をレベルに加えると完全に弱体化し、レベルを能力値に加えても、その程度は恐らく誤差の範囲だろうと予測された。合成が死にスキルかも知れない予想が大きくなる。


(いや違う! 単純に数値を合成するだけがこのスキルの能力じゃない。合成はこんな底の浅いスキルでは無い、更にる深奥が有るハズだ。俺は・・・その深奥にいつか、辿りついて見せる!)


 山田は未だ見ぬ合成の可能性を探した。





 無かった。


 眠気を押して頑張ってアレコレ調べたのに、結局は数値を合成だけの能力で、合成の深奥は凄まじく底が浅かった。


 最終的に合成の結果は。


 山田公二

 レベル 2

 身体 2

 敏捷 2

 魔力 1


(↑これが)


 山田公二

 レベル 1

 身体 4

 敏捷 1

 魔力 1


(↑これになった、だけ。それだけ。能力値が1増えたけど多分誤差、きっとその程度。でも他に出来る事が無い以上、代案が見つかるまでは続けるしか無いわけで。・・・使い続ける事で、合成が超合成に成る事を願おう)


 色々やる気が無くなった山田は、押し寄せる眠気に身を委ねると、瞬く間に眠りに落ちていった。

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