3 漫画やアニメ見るとすぐ影響受けちゃうアレ
ローランドとマーグスの調べが終わり、危険は無いと判断された奴隷達は詳しく事情を説明するため、食堂に案内された。
どうも彼らは今までの奴隷達とは一線を画すため、ここは初めから懐柔を前提にして慎重に話を進める事となる。
クルーゼスは人の当たりの良い笑顔を準備すると生徒の前に姿を現し、一つ前髪をファサリとかき上げると改めて丁寧に説明を始める。
自分の身分から始まり、この地が彼の収める領内で有る事、召喚により此処に呼び出された事、思うところも有るだろうが悪いようにはしない事、身の安全と生活の保障をする事など、奴隷に対するには過剰な程の好待遇を約束したのだった。
これににより両者の関係構築は比較的穏やかに行われるものと思われた。
「冗談じゃない、早く返してくれ!」
「お願いします、私お家にかえりたいんです!」
「これだけ付き合っただらか、もういいだろ」
「いやそれは早計だ、もう少し異世界を堪能すべき」
「返せないって、なによ。方法が無いって事、それとも返す気が無いって事」
「これって本物なのか?」
「ありえないって、ぜってー何かのイベントだって」
「夢じゃないよな、ホントに、ホントに異世界なのか」
「なんで王子?王女だろここは!」
「―――――――――――――――――!」
「――――――――――――!」
「――――――――!」
「――――!」
上手く行かなかった。
帰してくれだの懇願や要望に始まり、次第に生徒同士で怒鳴り合ったり、頷き合ったり、抱き合って泣き出す者まで出て収集が付かなくなっていく。
これには流石のクルーゼスも困り顔、この状況で王子である自分に不満の声を上げるなど、本来であれば死人が出てもおかしくない。
生徒等にして見れば、武器を持った厳つい騎士達に囲まれ委縮する中、優しそうな物分かりが良さそうなイケメンが現れたのだ。
まさに地獄に仏、彼等が王子に縋り、不満をぶつける事は自然の流れだった。
人は優しい人にこそ、辛辣になれる生き物である。
ローランドの顔にも我慢の限界がみえ始め、クルーゼスも、もうメンドクサイので何人か殺そうかな、そう思い始めた矢先。
ズダーーーン!! 食堂内に大きな音が響く。
皆が音源を見ると、女子生徒が大きな食卓に椅子を叩きつけてた。
「みんな落ち着いて!」
比沢は食卓に叩きつけた椅子を床に戻すと、生徒全員を見渡して歩きだす。
「このままじゃ話し合いにならないわ、取り合えず誰か代表者を立てましょう」
そう言いつつ生徒の中に目的の人物を見つけた彼女は、その人物に視線と言葉を投げる。
「そう思わないかしら、斉藤君」
「そ、そうだね、僕も比沢さんの意見には賛成だよ」
斉藤はずんずん距離を詰めて来る比沢に、嫌な予感をひしひしと感じながらも仕方なしに同意して頷く。
そんな彼の目の前に歩いて来た比沢は、その両肩にばしんと両手を乗せる。
「じゃ斉藤君、あの人とキチンとお話しして来て」
「え、ぼくなの?!」
「当り前じゃない、わかるでしょ?」
斉藤は、意味わかんないよと呟きながらも、トボトボと王子の前に歩いていく。
「えと、あの、斉藤貴志です、宜しくお願いします」
「あぁ、よろしく頼む。君が代表と考えていいのかい?」
チラリと王子の視線が斉藤の背後に向かう、視線を辿り後ろを振り向くと比沢と目が合う。
クイッと顎をしゃくられる”マエヲムケ”斉藤の脳裏にそんな声が聞こえた気がした。
「うぅ・・・それで構いません」
斉藤は観念して目の前のイケメン王子と、頑張って話し合いをする事にした。
「どうにかなんねーのかよ」
「こんな所で一生とか、冗談じゃねーぞ」
王子達が去った後の食堂には、生徒達の泣き声や悲嘆の声が溢れている。
あの後、結局話し合いなんて無かった。
あったのは話し合いと言う名の勧告で、彼等は王子側からの理不尽な勧告を黙っ受けいるしかなく、結果としては生徒達はココで生活する事になったのだが、当然の事否定的な意見が多い。
突然攫われて働けなど、まともな神経の持ち主なら納得出来るものじゃ無かった。
「異世界、よし!よし!」
数人奇声を上げてる人も居るが、基本的に皆帰りたがっている。
しかし彼等の帰して欲しいと言う意見は、何処から来たか判らない以上、帰しようがないと否定され、今後の生活も誘拐犯の援助が無ければ成り立たない。
勝手に召喚した責任に付いては、そもそも文化が違った、彼らからすれば狩ってきた来た奴隷にココまで譲歩するなど、本来なら有り得ない事なのだ。
結局の所、最初から彼らには何の権利も無かったのである。
帰る手掛りを探す、生活を保障する、そう言われて彼らを友好的に見てる人も居たが、比沢麗香には到底そうは思えなかった。
従え、逆らえば殺す。
根本に在るのはそれである。
周囲を見渡す彼女の目に、項垂れ絶望に頭を抱える生徒達の姿が映る。
彼等も漸く実感したのだ、ここが日本の常識など通用しない異世界なのだと言う事に。
(冗談じゃない! 必ず帰る。帰って見せる)
その中に有ってもなお、彼女の瞳に諦めの色は見えなかった。
男が目覚めたのは、西日が差し込む薄暗い室内だった。
ボンヤリした思考で天井を眺める、右を見て左を見て上体を起こして周囲を眺める。
彼は今、現状の把握が出来なかった、なぜ自分が寝ていたのか、ここが何処なのか、そもそも―――自分が誰なのか。
なんとなく自分の物だと思われる記憶が、チラホラ浮かんでくるが、どうにもあやふやで今一ピンと来ない。
取り敢えず一番それっぽい名前を見つけたので、声に出して呟いてみる。
「俺は・・・山田公二」
口に出すと多少の実感が出てきた、それに伴い山田公二の記憶もドンドン浮かんでくる。
虚空を見上げ、記憶の整理をする事しばし、彼は自分の事を思い出した。
しかし拭えない違和感が付きまとう、更に考えてみるが段々面倒臭くなってきた。
「・・・まぁいいか」
取り敢えず深く考えても解決しないなら、今はどうしようも無い。
混乱してるにしても酔ってるにしても、そのうち何とかなるだろう、彼はそう結論づけると、改めて何があったのか思い出そうとした。
(たしか井口達に言われるがままに、自分に合成を使ってみたんだっけ・・・そしてその後の記憶が無い)
覚えてる状況を反芻しながら、試しにステータスを出してみる。
山田公二
レベル 1
身体 1
敏捷 1
魔力 1
(・・・項目が増えてるんだけど)
山田のステータスに、身体、敏捷、魔力、が追加され、代わりにスキルの合成が消えていた。
何事かと色々試していると、スキルに集中するとスキルが理解できる様に、山田公二に集中すると山田公二が理解できる。
《山田公二+合成》
レベル 1
身体 1
敏捷 1
魔力 1
山田公二と合成が混在している事が感覚的に分かり、今の山田は人間ともスキルとも言えない存在だと知れた。
人の性格は記憶に左右される、その記憶は人の中に作られた棚に収められており、その棚には細かな分別がされているが、究極的には二種類に分けられる。
現実と仮想、その区切りは常人と狂人の境となり、人が人の社会で生きる上で大切な境となる。
そこにスキル合成が飛び込み、棚の中をぶちまけてしまったら。
多くが元の場所に戻されたが、戻らない物、間違った棚に収められた物、そういった影響は山田の精神に確実に影響をもたらす。
善悪の基準が混ざり合い、歩んできた道が虚構の橋をかける、己の目指した確かな夢さえその輪郭を霞の様に滲ませる。
そんな脳内のあやふやな記憶に基づき、山田公二の精神は再構築され、スキル人間山田という良く分からないモノに、再インストールされたのだった。
簡潔に述べるなら―――「あいつ夏休みが終わったら人が変わっちゃったな」現象が山田に起きていたのだった。
(むぅ・・・合成の使用法を間違えて、人間とスキルの混ざり物になっちゃったか)
自分自身に山田と言う自覚が今一足りない彼は、その事実を他人事の様に受け入れる。
ステータスの身体、敏捷、魔力の項目が見える点に関しては、システム(スキル)的な視点を得たことで、見えなかった部分が見える様にだけらしい。
これ以上考えてても仕方無いと、なにか行動を起こす事にすると、寝かされていたシーツから起き上がった。
室内を見渡すと扉があったので、その扉を開け通路に足と踏み出すと、騎士らしい男に出くわす。
「ん、召喚された奴隷か」
多分そなんだろう思い、山田が肯定すると付いて来いと促される。
大人しく従いたどり着いた場所はデカい食堂、中に入ると同級生や先生達が食事を取っていた。
いや、食事して居るというより、食事を目の前にして項垂れて居り、何人かが此方に気づいて視線を向けるが、直ぐにまた視線を落としてしまった・・・目が死んでいる。
「あそこで食事を貰って来るといい」
騎士は奥のカウンター指し示すと、そのまま立ち去って行く。
その背中にお礼を述べると、山田はカウンターで食事を受け取り、人口密度の少ないテーブルで食事を取り始めた。
「よぉ山田くん」
しばらく食事をしていた彼に声を掛ける者が居た、スキルの使用を強要した井口真治だ、見ると更に二人の生徒、田場と加根元の姿もある。
「お前大丈夫なのかよ」
「大丈夫だけど」
井口は上から下まで山田に視線を走らせる。
「ホントに何とも無いんだよな」
「ないけど」
「だから言ったじゃねーか、気にし過ぎだって」
「はぁ、死んだらどうすんだよって言ってたのは、お前らだろ」
山田に返答に三人は肩の荷が下りた様に、ほっと息漏らすと続いて質問してくる。
「あの爺さんが言ってたけどよ、お前スキルって無くなったのか?」
「なくなった」
その答えに三人は、山田の口から事情が漏れ、自分達の責任が追及されるのでは無いかと不安が過ぎる。
「あー、でもよ、それって俺等の所為って訳じゃ無いよな」
「そりゃそうだ、俺等はただ使って欲しいって言っただけだしよ」
「そーだぜ、あーゆーのは自己責任ってゆーやつじゃん」
三人の自己弁護が始まるが、そんなのどうでもいいから食事がしたい山田は、無言で見つめるだけだった。
「そもそもお前が言ってるだけで、本当は初めからスキルなんて無かったんじゃねーか?」
「ありえる、見栄張っちゃったパターン」
「きっとそうだって。なぁ認めちゃえよ、な、な」
面倒臭すぎる展開が早く終わる事を願い、山田は黙って頷いておくことにした。
「おっし、決まり。今頷いたからな、もう撤回するなよ」
「いやーこれで、すっきりしたわ」
「じゃーこの話はこれで終了、もう蒸し返すの無しな」
口早にそう言い放つと、三人は自分達のトレイを持つと席を立つ。
早く食事を再開したい山田は、もうどっか行ってくださいと視線で訴えるが、そんな視線を勘違いした井口は、幾分バツが悪そうに口を開く。
「な、なんかいいたい事でもあんのかよ」
「・・・べつに」
山田のそっけない喋り方で更に勘違いした井口は、流石に罪悪感が出て来るのを感じていた。
「さっきからなんだよその話し方は、もしかして怒ってんのか。・・・ほら、これやるから機嫌直せよ」
井口はハムを一切れ山田の皿に載せると、逃げる様に席を離れていく。
「俺たちの事誰にも言うなよ」
田場のジャガイモっぽい何かがコロンと乗せられる。
「これでチャラだからな」
最後に加根元が切り分けられたパンを添えると、これで問題は解決したとばかりに彼らは去って行った。
山田は彼らの背中を見送ると、幾分増えた食事をようやく再開する事が出来る事に満足していた。
もぐもぐ口を動かしていると、今度は二人の生徒が近づいて来る。
「目が覚めたんだね、山田君」
安心した様に話しかけて来たのは斉藤貴志、クラスのまとめ役を押し付けられてる感のある優等生、殆ど話した事も無い。
「・・・・・・」
無言で探る様な視線を向けるのは比沢麗香、それなりに活発な女子だった気がする、正直良く知らない。
今の山田にとって二人に付いての認識はその程度だった、合成前ならもう少し違った感情も持っていたかも知れないが、今はどうでもいい事である。
二人はテーブルの対面に並んで座ると、要件を切り出して来る。
「山田君が倒れている間に、ここの人達から色々話を聞いてね。食事をしながらでいいから、山田君にも聞いて貰いたいんだ」
食事をしながら、ならば問題ないとばかりに山田が頷くと、斉藤による説明が始まった。
「へーーー」
それが説明を聞いた山田の率直な感想だ。
「へーって、山田君は余り動じ無いんだね」
「あぁごめん。ご飯食べながらだからリアクションし辛くて」
「そ、そうなんだ・・・ってそういう問題じゃ無いんだけどね」
山田がリアクションの薄さを詫びると、斉藤の顔に苦笑が浮かぶ。
その後も細かい説明が続く中、比沢は終始無言でガンを飛ばし、山田はその視線の一切を無視した。
「――――――まぁこんな感じかな」
「ありがとう、助かったよ」
「どう致しまして。じゃ僕達は行くよ」
顛末を説明し終えた斉藤が、話しながらも腰を上げて席を立つ。
「山田君なんか変わって気がするけど。やっぱり異世界って事で心境に変化が有った?」
「どうだろう、自分じゃ良く話ならないな」
「そう。・・・でも今の方が前向きな感じがしてイイよ」
席を立ち上がった斉藤は、隣の比沢が動かない事に気付きいたが、彼女に関しては気にするだけ無駄だと判断すると、山田に片手を上げてそのまま元居たテーブルに戻って行く。
テーブルには二人が残った。
一人は黙々と食事を続け、一人は無言でその様子と伺っている。
「ねぇ」
「なに」
残り僅かな食事を処理して居ると比沢から声が掛けられ、山田の食事が一旦止まる。
「さっき井口君達と何話してたの」
「忘れた」
「倒れた時の事?」
「どうだったかな」
取り付く島もない返事に、比沢の質問もそこで途絶え、再開した山田の食事を取る音だけが暫し流れる。
「ねぇ」
「なに」
再度の発言はやはり比沢から発せられた。
ずいっと身を乗り出し、顔を近づけつつ囁く様に質問する。
「―――合成って何?」
「・・・・・・」
山田の答えは無言、聞こえなかった訳では無い、その証拠に食事の手は止まり視線はテーブルの一点で固定され微動だにしない。
こりゃあかん、そう判断した山田は黙秘権を持ってこの場をやり過ごすべく、石化して比沢の攻める視線に耐える。
「・・・まぁいいわ、そろそろ失礼するわね」
比沢としては直接答えを聞きたかったが、この反応だけでも十分と考え直し、席を立つと山田に背を向ける歩き出す。
しかし直ぐに足を止めると、思い出したように口を開く。
「ああ、最後にもう一つだけ・・・あなた―――
そして言葉と共に肩越しに振り返り。
―――ホントに山田公二?」
掛けられた問いに山田が石化を貫き通した結果、事の真偽をどう判断したのかは、立ち去った比沢本人しか知らない。