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1 荒ぶる巨獣

初投稿となりますので、色々大目に見て頂けると幸いです。

 その召喚は光から始まった。



 バリバリと放電さえ伴う強烈な光が、召喚用の魔方陣の上で荒れ狂い、つんざく様な音が石造りの広間に木霊する。


 盾に身を隠した騎士達が魔方陣を取り囲み、更にその後方では、護衛の騎士達に守られた金髪の若者、第一王子クルーゼスが目を庇いながらそれを見ていた。


 程なくして、常に無い騒動を撒き散らしていた光と音も次第に収束し、此度の召喚は終焉を迎える。


 先ほどの対比の所為か、十分に明るい筈の室内がやけに薄暗く見える。


 そんな中、クルーゼスが目を慣らし魔方陣を見やると、そこには一台のカラフルなバスが鎮座していた。



「なんだ、あれは・・・」


 彼の口から呻く様な声が漏れるのも無理は無い、庶民の足たる観光バスも、異世界の王子からすれば驚嘆に値する異様な代物なのだ。


 バスはアイドリング状態で停車しており、振動やエンジン音を発しているだけだが、この世界の住人にはそれは未知なる生物の、呼吸や唸り声に思えてしまう。


 ドドドと響くその重低音と巨体から放たれる存在感は、百人以上からなる騎士の壁に守られ、バスから十分距離を取っているクルーゼスにさえ強い威圧感を与えていた。


 直接バスを取り囲んで居る騎士達に至っては、明らかに動揺し陣形に乱れが生じており、騎士団長の大声が統率を取り戻すべく響いている。



 クルーゼスは乱れた金髪の前髪をファサリとかき上げると、平常心を装いつつ傍らの老人に目を向ける。


「・・・失敗か?」


「いえ、中に人が見えまする。成功ですな」


 そう答えた白髭の老人。


 かつて激動の王国を支え、いまなお王の信任厚い大貴族マーグス。


 クルーゼスの教育係を務め、今ではその片腕として領地の采配を補佐するその老人は、興味深そうにバスへ視線を向けたままに言葉を続ける。


「召喚はあくまで人を対象とします故、あの大物は恐らく召喚の際に巻き込まれた形で運ばれたのでしょな」


「・・・・・・巻き込まれたで、あんなバケモノが来ると言うのか」


「理論上、魔方陣の容量を超えての召喚は不可能のなですが・・・・・・もしや見た目程、大したモノでは無いのかも知れませぬな」


 それはそれで問題だとクルーゼスは眉をしかめると、今更ながらこの全貌が見えない召喚と言う物に付いて、考えさせられていた。



 事の始まりは十五年前、国内の辺鄙な土地で見つかった遺跡の管理を、父である国王より任された事に始まる。


 当時の国王に深い考えなどは無く、遠いしめんどくさいので、ただ単に下に押し付けただけに過ぎなかった。


 そして押し付けられたクルーゼスも、どうせ古いだけの廃墟だと思い、遠いしめんどくさいので、何かと小五月蠅いマーグスに押し付けると彼をこの地へと追いやった。


 結果として勉強嫌いの子供が、口煩いジジイを遠ざける良い言い訳にされてしまったのだ。



 しかし地方へ追いやられたマーグスは、これ幸いと好きな研究を好き勝手に始めると、遺跡の管理費を建前にクルーゼスへ経費をコレでもかと請求しだした。


 嫌がったクルーゼスが支払いを拒否ると、国王へ告げ口し王命経由で請求を回した。


 正にやりたい放題、ジジイは活き活きと研究を楽しんだ。



 それから長きに渡り散々に金を強請られ、ギリギリと怒りに歯を軋ませていたクルーゼスだったが、それは結果的に良い方向に向かう事になる。


 個人的趣味の研究の傍ら、一応遺跡に付いても調べていたマーグスが、この遺跡の真価を見つけ出す事に成功したのだ。


 人手金時間、そして多くの人命の投資は必要だったが、遺跡に秘められた召喚と言う手段は、クルーゼスの政治的立場の強化に大いに役立ち、二十四歳となる今、彼の皇太子としての立場は盤石の物となっていたのだった。



 だが今回の召喚は何かがおかしいと、クルーゼスは言い知れぬ危機感に襲われる。


 これまで何度も召喚を行ったが一瞬の発光の後、多くても五人程度の人間が現れるのが常であった。


 今回も召喚により有用なスキル、知識、技術を持った有益な奴隷が数人手に入る予定であったが、呼び出されモノは得体の知れない化け物と、その中に潜む大勢の人間達である。


 クルーゼスは勿論、場を取り仕切るマーグスでさえ、言いようのない違和感に囚われていたのだった。



「これは、何らかの不具合が起きたと見ていいのか?」


「分かりませぬ、しかしこれは徹底的に調べねばならぬでしょうな」


 そう言いつつ知識欲の塊の様な老人は、そのままフラフラとバスに向かって歩き出し始める。


「・・・先ずは外見から。騎乗も出来そうなので、中も調べてみなくては・・・」


「まてまて、安全の確認が先だ」


 ブツブツ呟きなら足を進めるマーグスの肩をガッシリと掴むと、クルーゼスは前方で動揺した騎士達を取り纏めている、騎士団長へ向け大声を上げた。



「ローランド! 取り合えず調べてみろ!」


「はっ殿下!」


 呼ばれた壮年の男、ローランドは騎士達の中からバスに向かい数歩進み出ると、中の乗員に向け大きく声を張り上げた。


「私は騎士団長のローランド! 現状に戸惑う所は有るだろうが先ずは話がしたい、中に居る者達は大人しく外に出てくるが良い!」


 バスとは距離が有るがそれ以上に彼の声は大きく、バスの中にまでシッカリとその声を届けていた。


 しかし暫しの沈黙が流れるが、その問い掛けに応じる気配は見られなかった。


「ふむ」


 小さく嘆息するローランドだが、ここまでは予想通りの展開である。


 今までの前例からして、行き成り此方に従う者は少ない。


 先ずは召喚された者には武力を背景とし、その立場を分からせる事から始めなくてはならないのだ。


 ローランドが「検めよ」と短く指示を出すと、周囲の騎士達がバスに向かって動き出した。



 バスへ向かう騎士達は精鋭である。


 クルーゼスの、皇太子の騎士団として選抜され、この重要な遺跡に配属されている彼等は、王国随一の精鋭である。


 しかし―――その騎士達も内心ではビビッていた。


 実戦経験も豊富なエリート騎士である彼等でも、初めて見る異音を発する巨大なバスは畏怖の対象足り得たのだ。


 そもそもこの様な大物相手には、距離を取っての先制攻撃が基本であり、接近戦など行うのは詰められた場合の防御のみである。


 この様な先手を禁じられ、行動を制限された上での接触は、猛獣に素手で触らされる芸人の気持ち、といった所であろうか。



 ブロロロンと唸り声を上げ、小刻みに身を震わせている化け物へ歩みを進める騎士達。


 余り積極的に調べたくない彼等は、内部に見える人間に接触を図るが、目が合った途端内側からカーテンを引かれ、結局全員に身を隠されてしまった。


 騎士達は未練がましく、離れた位置から声を掛けてみるが、中からは一切の反応が返って来ない。


 ―――声がダメなら物理しかないじゃない。


 お互いに目配せをしていた騎士達だが、仕方無しにそう判断下すと、重い足取りで足を進めた。


 得物が届く距離になると恐る恐る、コンコンカンカン、手にした槍や剣でアチコチを叩き反応を確かめる。


「なんだこの外殻、鱗や甲羅じゃないぞ・・・鉄の板か?」


「人が乗っているから騎獣かもしれんな」


「じゃあコレは馬鎧の類か?」


 じりじりと側面から近づいた騎士達はバスの車体を突きながら、比較的順調に調べを進めていく。



 だが背面から接近し、激しく揺れるマフラーを目にした者達は、その太くて黒い、如何にも硬そうな突起棒を前に慌てふためいて居た。


「なんだコレッ! てぃんこか? てぃんこから煙が出てるのか!」


「見ろよ、相当荒ぶってるやがるぜ」


「おい、もっと近づいて調べて見ろよ」


「あつい!おすなバカあつい!」


 騎士達は排気ガスを吐き出すのマフラーに戦き、腰が引けたままにその威容から目を離せずにいた。



 そして正面から足を進める騎士達もいる。


 そんな彼等に因って、初の異世界文化交流は波乱の幕を上げる事となる。



「なんだこの魔獣、随分けったいな顔をしてやがる」


「いや・・・ホントに生き物なのか?」


 ヘッドライトやバンパーを観察していた騎士達が首を傾げていると、仲間の一人が前方を指差した。


「詳しい事は分かるヤツに聞けばいい」


 その指の先には、フロントガラス越しに目を見開いている運転手の姿がみえる。


 騎士達はお互いを見渡し、ごくりと喉をならすと手にした槍を握り直した。



「お、おいっ貴様達は何者だ! 何故我々の指示に従わない!」


 距離を詰め、運転手の正面へと回った騎士達は、詰問と共に槍を突き付ける。


「そもそもこの魔獣はなんなのだ! お前達の使役する―――」


 ガツン!


 ―――詰問を続ける騎士の台詞の最中で、硬質的な異音が飛び込んで来くる。


 見ると、内心の不安を押し殺し突き付けた騎士達の槍が、心中の動揺に合わせる様に揺れ動き、その槍先がフロントガラスへとぶつかっていた。



「・・・・・・」


 無言のまま騎士がそっとフロントガラスから槍先を放すと、後には極々小さく微細な傷が残っている。


 傷の小ささにほっと、騎士が胸を撫で下ろした瞬間、バシンという破裂音と共に、フロントガラス全体に幾筋もの亀裂が走った。


 張力によって割れたガラスの悲鳴は、静寂包まれていた車内に於いては、やけに大きく響き、それは緊張しながら身を潜めていた中の人間。


 取り分け眼前に槍を突き付けられた運転手を殊更に驚かせると、その体を飛び上がらせ程の衝撃を与える事に成功してしまった。


 結果的にそれは運転の誤操作を引き起こし、バスの暴走=眠れる巨獣の目覚めへと繋がったのである。



 プァアアアアアーーーン!


 大広間全体に、突然クラクションが鳴り響くと、騎士達の鼓膜と精神を揺さぶる。


「どわ! お、起きたぞ!」


「ぐ、なんて大きな声だ」


 更にヘッドライトが点灯し、目も眩むようなハイビームが騎士達を照らすと、悲鳴や怒声が響き渡った。


「うおっまぶしい!!」


「なんだ!目が光ったぞ!」


「気を付けろ!この光はヤバイ!」


「後退だ後退するぞ!」


 突然の光に慌てふためきながらも、騎士達は素早く盾を構え光から身を隠すと、高速後ろ歩きでライトの照射上から退避していく。



 そして騒動は後方で怪しげな突起、マフラーを囲んで居た騎士達の下でも巻き起こる。


 巨大な魔獣が咆哮を上げたかと思うと、怪しい突起棒から大量の黒煙が噴出されて来たのだ。


 踏み込まれたアクセルにより、エンジンはその唸りを大きく引き上げると、大量に燃焼するガソリンを糧に、これまた大量の排気ガスをマフラーより吐き出し続ける。


「てぃ、てぃんこからすごいいきおいっごほっごほっ」


「なんだこの匂いは! ごほほっの、喉が痛い!」


「この匂い色、まさか毒か!」


「さっ下がれ! 臓腑に取り込むと、命を落とすぞ!」


 正面側はライトを恐れガラ空きになり、後方はこれまたマフラーからの排気を逃れ、半円状に距離を取って騎士達がゴホゴホしている。


 これでもしギアでも入っていれば、より大きな災難を振りまいていただろうが、幸いな事に複雑な操作を必要とするクラッチにより、とっさの誤操作は免れていた。


 それでも比較的、動揺の少ない側面寄りの騎士達であってさえ、盾に身を隠し中腰の姿勢で右往左往している。


 騎士達は召喚直後以上に、慌てふためきつつあった。



 そんな騒然とする現場に於いて、一人の騎士が憤っていた。


 周囲を見渡すと、騎士の中でも精鋭である筈の自分達が、なんとも無様な姿を晒している。


(あの化け物は一歩も動いていない、落ち着いて見ておれば分かるものを・・・)


 同僚の影に隠れて様子を伺っていた彼は、バスの周辺で慌てふためく同僚を見下した視線で眺め、心中でその無能さを罵る。


 そもその侯爵家縁の自分が、身分卑しい者達と同列に扱われる事を、彼は常々腹に据えかねていた。


(このヨクイール・ダナメコス様の才覚を、クルーゼス殿下は何故ご理解頂けぬのか)


 そう考えつつも、中々に目立った功績を上げられず、その他大勢の騎士に埋もれている日々を嘆いていた。


 機会がさえ有れば、自分は栄達出来る人間だと信じている彼は、目の前の現状に勝機を見出した。


 ここで奮起すれば、クルーゼスの覚えも良くなるというもの。


 盾を構えると怯む騎士を押し退け、前へ、より前へ、目立つために騎士の団子から抜け出すと、一人バスへと接近していく。


(俺の雄姿を見せつけ、まずは隊長。いずれは騎士団長の地位へ昇りつめてやる!)


 そんな意気込みのもとバスね身を寄せた瞬間、騎士の眼前にあるウインカーがチカチカと輝きを放った。


「うひゃ!!」


 騎士は驚きの余り飛び上がると、構えていた盾を反射的にウインカーに叩きつける。


 あわわわとテンパる騎士の前で、砕けたレンズがバラバラと地面へ落ちると、内部から露出したLEDライトが一層強く光輝く。


「いかんっ距離を取れ!」


 全体を指揮していたローランドは、チッコンチッコン点滅するLEDライトの光に危険を感じ、直ぐにその無様な騎士に下がる様に指示を飛ばした。


 すると騎士は即座に後退を始めた―――バスの周囲を取り囲む、全ての騎士が。


 ローランドとしては、LEDライトの前にいた一人の騎士に発した指示だったが、バスを取り囲む騎士達はその言葉を聞いた途端、全員がこれ幸いとバスから離れてしまったのだ。


 結果、ローランドは一人、ポツンとバスの傍に取り残さる事になった。



「・・・・・・」


 ローランドが無言で退いた騎士達を睥睨していると、我に返った運転手が慌てて操作しのか、剝き出しのLEDライトがその光を消すと、空気の抜ける音と共にエンジンも停止する。


 それに伴い光を放つライトも振動する車体も、ぶるぶる荒ぶっていた逞しいマフラーも大人しくなり、騎士達を恐れさせた怪物は静かな沈黙に包まれた。


「な、なんだ、呼吸がとまったぞ」


「・・・死んだのか?」


 遠巻きにその様子を見ていた騎士達が声を潜めて囁き合う中、ローランドはゆっくり周囲を見渡し、ウムと一つ頷くと「検めよ」と何事も無かった様に再度騎士達へと指示を出す。


 そのローランドの動じない姿勢や、静かになったバスを目にした騎士達に落ち着きが戻る。


 さらに壊れたウインカーや動かない様子から、危険性は少ないと判断すると、彼等はより積極的に調べを行った。


 強烈な光を放ったヘッドライト等は念入りに調べられ、特にマフラーは数人がかりで執拗に剣先で突き回されると、じっくりとその反応を観察される。


 こうして隅々まで調べが終わると、バスは異様な化け物から、意味不明な置物に格下げと成り、完全に騎士達の制圧下に入った。


 騎士達から問題無しの報告を聞いたローランドは、フロントガラス越しに乗員と対峙すると、改めて中に居る者達へと勧告を出すのであった。

後で不具合が出ましたら修正が入ると思います。

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