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初陣

 エインズリー公爵領にあるパクストン子爵家。我が国の西に位置し、五つの農村を束ねている家だ。あまり裕福とは言えないはずなのだが、ほとんど毎夜と言っていいほどの頻度で社交場となっている。

 現在社交はオフシーズンであるため、皆領地にいるが、パクストン子爵家の周りにある家はここに集まり、夜な夜なパーティーを繰り返していた。

 また、不思議なことに、この家には長男以外の子どもがいないらしい。二年前、二度ほど神父が呼ばれたのにも関わらず、である。


 この世界には魔法がある。

 八つの属性、厳密に言えば九つの属性があり、全員が使える属性以外一人一つであると決まっていた。

 光、雷、風、水、火、土、木、闇、無である。無属性は、魔力があれば誰でも使える生活魔法や精霊魔法、錬金術、調合などが挙げられる。魔力量にもよるが、基本的に貴族は使えて当然のものだ。

 属性は親から子へとは受け継がれない。まるで神からの授かりもののように、親と子どもの属性が異なることが多い。しかし、法則性が存在する家もある。その理由は明らかにはなっていないが。

 それはそれとして、子どもの属性が判明するのは三歳からだと言われている。それまでは、神の子とされ、何の属性も持ち合わせない。ただただ魔力が身体の中にある状態になるのだ。それを調べるのが教会であり、教会と家は国に知らせる義務がある。

 貴賎関わらず、三歳になると子どもは必ず魔力の有無と属性を検査することになっている。高貴な家は神父を呼び、お金のないものは教会へと向かう。それがシトリン王国の法律で定められていた。


 つまり、神父が呼ばれたということは、二年前には少なくともパクストン子爵家に三歳以上の子どもが長男以外にもいたことに他ならない。長男は今年十二歳になる。彼も大人も調べ直す必要もなく、自分の属性を知っている。仮に親戚が、などと言い訳をしたところで、その神父からは裏付けが取れていた。神父は必ずその子どもの素性を知らなければ、魔法道具である属性検査紙を使うことが出来ないのだ。パクストン子爵家には、所謂戸籍登録をされていない子どもが一人以上はいる。報告の義務を怠った神父は、パクストン子爵家よりも先に未来が消えることになったが。

 子どものことは関係なく、この家はさらに重罪を犯している。横領と情報漏洩だ。他国と繋がり、我が国の情報を流していると共に、賄賂を受け取り、民からの税を誤魔化して上に提出している。


 これは、この国に対する裏切りである。


 だからこそ、私たちは今、ここに来た。パクストン子爵家、その場所へ。


「サリナ、家の中の状況は?」


 無属性の通信魔法。これは、範囲は狭いが指定した人物と会話ができるものだ。念話のように考えるだけで伝わるものではなく、実際に声を出さなければならない点が厄介ではあるが。夜の静けさに紛れるように声を抑えて話す。


「たった今、最後まで起きていた使用人が就寝しました。起きているのは不寝の番の衛兵のみです。警備配置に変更はありません」

「ありがとう。グランツ、聞こえた?」

「ん。じゃあ、計画通りに」


 数人の了解の声が聞こえた。

 まず、衛兵を掃討する。それは私の役目ではなく、ローリエル公爵家騎士隊の副隊長で私の護衛騎士であるジャスパーが一人一人しっかりと絶命させていく。ドサリと身体が倒れる音が静かな夜に響き渡るが、ほかの衛兵がそれを認識し、警戒を始める前に全てが終わった。

 ジャスパーの殺しは綺麗だ。敵を静かに必ず殺すために声帯ごと喉を切り裂く。血が派手に吹き出ることはなく、絶妙な力加減と完璧な位置が研究されていた。そんな彼の武器はワイヤーである。騎士ではあるが、ローリエル公爵家に仕える時点で剣以外のことは出来て当然だ。彼のワイヤー捌きは我が家の中でも右に出る者はいない。ワイヤー以外にもナイフや銃、カタナなどなんでも一通りこなせるのがジャスパー副隊長という人間だ。

 彼は基本王都など音を立てては行けないところでの任務に着くが、今回は私の補佐兼試験官として同行してくれた。風属性のジャスパーは、とても耳がいい。私がどれほど隠密行動ができるかを見るのだろう。


「完了しました。これから一箇所にまとめます」

「了解したわ。サリナ、マリーよろしくね」

「かしこまりました、お嬢様」


 ジャスパーが自分の役目を終わらせると、次はメイドの二人だ。私付きのサリナとその補佐をする若手のマリー。二人は使用人を殲滅することが役目である。数多くいる使用人だが、二人の手にかかればそれほど時間はかからない。また、グランツも二人とは別に使用人を始末しつつ、子爵夫人と跡継ぎ息子の命を絶つ。

 そして、私。私は子爵の息の根を止めてから、隠されている子どもを探す。場所の見当はついていた。そこがおそらく正解であると先生からもお墨付きをもらっている。


「お嬢様、グランツィアーノ様」

「ええ、分かったわ」

「了解」


 サリナが通信魔法で合図を出す。これは、子爵一家近くにいる使用人を全て排除したというものだ。さすが、手際がいい。

 事前に叩き込んだ見取り図を思い出し、子爵の寝室、その部屋のベランダへとワイヤーを使って降り立った。我が家が開発した熱を伝える魔道具を用いて窓に穴を開ける。そこから手を入れて鍵を動かせば、窓は簡単に開いた。

 音を立てないように慎重に中に入ると、大きないびきを響かせた小太りのおじさんが寝ている。豪奢な部屋にキングサイズのベッド。ゴテゴテの装飾は、上品を超えてむしろ卑しく思えた。自分の財をひけらかし、脱税と賄賂でそれを揃えたのかと思うとえもいえない怒りが湧いてくる。

 しかし、この場においてはその感情は不要である。明日が必ず来ると思っているこの罪人に罰を。一晩の眠りから永遠の眠りへ。それが私の役割。


「初めまして。そして、さようなら」


 我が騎士団の制服を模した戦闘服から取り出したのは銀色に光るナイフ。月明かりを受け、怪しく光るそれで、私は彼の心臓を一突きした。心臓に繋がっている大動脈を確実に切り裂いた。彼の血が溢れ出し、私の髪と顔を汚す。

 それに対し、何も感じなかった。

 痛みで目を覚ました子爵は私の顔を見て大層驚いていた。口の端から血を流し、はくはくと動く唇からは「このガキ」と読み取れたが、そのガキに殺される彼は状況も分からないまま事切れた。


「子爵の絶命を確認。私は次の作戦に移行するわ」

「了解」


 短いその声で次の場所を目指す。目的地は一階だ。

 子爵の部屋にあった不正の証拠をいくつか拝借し、胸ポケットにしまう。彼の胸に突き刺さったままのナイフも回収する。その時にまた血を浴びたが、視界には問題ない。濁った青い目を見開いたままの子爵を一瞥してから廊下へ繋がる扉から出る。すると、隣のドアからも音がした。


「グランツ」

「俺も行っていい?」

「もちろん」


 二人で並んで散歩するかのようにのんびり歩く。隣にいる彼は一切血に塗れていなかった。グランツはどうやら綺麗な殺し方をするらしい。後で遺体を見に行こうと決意した。


「気になる?」

「あー……まぁね」


 彼の視線が私の体にまとわりついた返り血に食いついている。分かりやすいと思ったが、周りの人達によるとグランツは分かりづらいらしい。確かに無表情ではあるけれど、口調も出会った頃に比べ柔らかくなったし、彼は時折年相応の顔も見せるのだ。私に向けられた二つの黒曜石は心配の色を纏っていた。


「全部返り血よ」

「そこは心配してない。でも、ローラならもっと綺麗なやり方もできたでしょ」

「私、自分の手で殺した人のことを忘れたくないの。こうすれば、嫌でも記憶に残るでしょう?」


 そう言えばグランツは怪訝な顔を浮かべた。月明かりしかない廊下でも相手の表情はよく見える。私たちは()()()()人間だ。

 正面玄関前の大きな階段に差しかかる。グランツは右手をそっと差し出してくれた。それに手を乗せれば、階段で転ばないようにとエスコートしてくれる。出会った頃よりもお互いにエスコートに慣れていた。礼儀作法やダンスなど相手が必要なものは基本グランツも一緒に教育を受けている。今では二人で息を合わせるなど造作もないことだ。


「ここだね」

「ええ」


 大きな両開きのドアをグランツに開けてもらえば、そこに広がるのは大きなシャンデリアのぶら下がったダンスホール。大広間だ。

 ここでいつも汚いお金を使ってパーティーをしているらしい。脳裏にこびりついた遠くから聞こえる喧騒。無意識に奥歯をかみ締めた。


「アウローラ嬢、私と踊っていただけませんか?」


 グランツが私に右手を差し出す。この部屋の前で離されたその手をもう一度掴み、喜んで、と微笑みながら返した。

 薄暗いダンスホールで、二人だけのワルツを踊る。グランツのリードでダンスホール内を優雅に舞った。そう、満遍なく、全体を使って贅沢に。団服の裾を翻しながら、血まみれの私と綺麗なグランツがステップを踏む。そうすると、一箇所だけ足音が違う場所があった。


「見つけた」


 私たちは体を離し、タイルの周辺を探す。壁にそって敷かれたそれの上にスイッチはあった。軽く魔力を流せば、タイルが動き出す。ガコン、と大きな音を立ててタイルは凹み、壁の方へスライドしていく。現れたのは地下へ繋がる階段だ。


「俺が――」

「私が先に行くわ。グランツは私の背中をお願いするわね」


 納得いかない表情を浮かべるが、私は構わず足を踏み出す。階段の壁に手を当てて「ライト」と唱えれば、備え付けの燭台に明かりが灯る。手前から奥へと順に明るくなっていく光景は、あまり綺麗とは言えない。どこか不気味な階段を下っていく。

 大体半階ほど下がると、そこには鉄格子が並んでいた。


「……地下牢か」

「あれでも貴族でその家だもの。罪人を入れておく地下の隠し牢があってもおかしくないわ」


 さらに奥へ進んでいくと、人の気配があった。息を殺してはいるが、呼吸が浅くバレバレである。恐怖の色が滲み出ているそれに思わず顔を顰める。嫌悪感が空気に出ていたのかグランツが声をかけてくるが大丈夫だと答える。

 地下牢の最奥。鉄格子の中には小さな子どもが二人いた。こちらを睨みつけ、怯えた様子を見せる男の子とその腕の中で何故かキラキラと瞳を輝かせている女の子。

 牢屋の扉に付けられた南京錠を難なく外して中に入る。


「はじめまして、アウローラ・ローリエルよ。よろしくね」


 そう言って手を差し出すと、女の子が手を掴もうと伸ばしてくる。男の子が静止をするがそれが聞こえていないのか、彼女は私の手をとって言った。


「おねえさんは、わたくしの妖精さん?」


 小さな声だった。隣にいる男の子が息を呑む。

 希望を砕くと理解しつつ、私は首を横に振った。女の子の眉が悲しそうに下がる。それを見て私は言葉を紡いだ。


「違うわ。私は貴方たち二人の姉になるただの人間よ」


 二人の目が大きく見開く。男の子の目は夜空のような紺で女の子は青空の蒼をしていた。

 私は女の子の手を軽く引き、二人一緒に抱きしめる。二人に血が着いてしまうということは考える暇もなかった。


「気軽にお姉様と呼んでね、ウィルフレッド、フローレンス」


 二人は同時に私の背に手を回した。

 この日、私にはウィルとローリーという二人の大事な家族を手にしたのだ。

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