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情報の整理

お久しぶりです。少しづつゆっくりと更新を再開していきます。

 夢を見た。


 身体中が痛くて痛くてたまらなくて、泣いてばかりいる夢だ。

 “兄”はいつも“わたくし”を守るために抱きしめてくれていて、“わたくし”はそんな唯一の家族である“兄”が大好きである。心から“兄”は“わたくし”を愛していることがわかる。あんな人たちを家族だと思ったことはないし、向こうもこちらのことを家族だと認識したことはないだろう。

 狭くて暗くてジメジメした地下に閉じ込められて、ただただ理不尽な暴力に耐えるだけの日々。生まれた時からこの空間しか見たことがないといっても過言はないだろう。時折上から煌びやかな音楽がきこえ、楽しげな声が心を刺激する。

 羨ましい。

 なぜ自分だけ、そんな疑念が心の中を埋め尽くす。楽しいことは何も知らない。いつも“わたくし”たちを罵る人たちが嬉しそうに楽しそうにしている理由がわからない。


「兄様」


 小さな“わたくし”の口が動く。この夢では五感もしっかりと機能しているらしい。私の意思に反して、“わたくし”は“兄”に話し続ける。“兄”は“わたくし”のことを心底愛おしいと思っている目で、続きを促した。


「いつか、妖精さんみたいにわたくしたちのことを助けてくださるかしら」


 “兄”は困ったように眉根を寄せるが、その小さな希望に否と言えるほど、同調して自分も望めるほど、子供ではいられなかった。数秒のち、“兄”は絞り出すように、一言「ああ」と答えた。


 

 ──そうして、夢から醒めた。


 「お目覚めになられましたか。おはようございます、お嬢様」


 眩しい朝日が窓から差し込む。ふかふかのベッドと明るく清潔感のある部屋、そして愛してくれる家族。この世界に自分がいるということを自覚してから二年が経った。本格的なお勉強と次期公爵に必要な鍛錬、そして婚約者候補であるグランツとの小さなお茶会。この二年で、自分の置かれた環境とこの世界がどこなのかということを知った。


 結論から言えば、私はどうやら好きだった乙女ゲームの世界に転生したらしい。とはいっても、そうだと認識できたのは第二第三王子である双子の生誕祭に初めて参加した去年のことだ。

 この国の名前はシトリン王国。そして、私がこの世界のことを認識するきっかけとなった双子王子の名前は、兄がルーク・フォン・カタラーノ、弟がガブリエーレ・フォン・カタラーノだ。

 これをきっかけにゲームのことを思い出していく。


 まず、この世界の舞台になっているゲームのタイトル。『最後の鐘が鳴り響くとき』というものだ。このタイトルが最大のネタバレであると多くのオタクたちを苦しませたいい意味での問題作だ。

 中世の魔法がある世界が舞台となっており、攻略対象は少し多めの七人。この国の第二第三王子、騎士団長の息子、隣国の科学者、主人公の幼馴染、学園の生徒会副会長、そして隠しキャラの教師である。かなり王道の組み合わせと設定であるが、このゲームは鬱ゲーとしても認識されている。一人ひとりの過去が重く、全員歪んでいるのだ。バッドエンドとハッピーエンドの糖度は違うが重さは変わらず、胃もたれ必至である。バッドエンドでは必ずといっていいほど、誰かしらが死ぬ。それはヒロインであったり、攻略対象であったりと様々だが、必ず誰かが命を落とす展開になるのだ。


 とそこまで思い出して、ものすごく気が重くなった。私、アウローラは名前さえ出てこないモブである。しかし、すでに攻略対象と関わっているのだ。


「おはよう、ローラ」

「おはよう、グランツ」


 それは彼である。

 ゲーム自体は我が国の学園内で繰り広げられる。しかし、ゲームはすでに始まっていて、それが私の人生に関わることをはっきりと思わせた。たとえ、私と彼の婚約が成立しなくても、だ。私は観客に、オタク用語で言うならば、壁になりたいのだ。正直に言えば、関わりたくない。しかし、彼が私に対して、情を抱いていることは変わりがないのでお母様に嫌だと言うこともできず、そもそも婚約を断る理由がないのである。

 いくらまだ候補の段階とはいえ、どうやって逃げようか思案中である。むしろ、原作のアウローラがいかにしてこの攻略対象の婚約者という立ち位置からいなくなったのかが気になるところだ。


「どうしたの?」


 優しく聞いてくる彼は、攻略対象、それも隠しキャラである。そう思うと、ときめきさえもどこかに飛んでいってしまうようだ。

 彼は隠しキャラの教師だ。ゲームの頃には成人して、若く聡明な教師となる。通常ルートで出てくるのは科学者のルートで何度か、他のルートでも少しだけ登場する。これといって隠しキャラ的要素が薄いのは確かであった。他に隠しキャラになりそうな人物はいたのだが、その人物はラスボスのような感覚でしか登場しなかった。

 それはそれとして。


「なんでもないわ。それよりも、グランツに協力してほしいことがあるの。それと、そこで聞き耳を立てていらっしゃる先生にも」


 音もなく、天井から男性が降りてくる。彼は人畜無害な笑みを浮かべて拍手をした。水色の髪を揺らすその姿は、50代とは思えない。


「うん、さすが僕の教え子だね。結構気配を消していたのにバレてしまうなんてね」

「よく言いますよ。私がこの部屋に入ってきた時から、存在感を出していたのに」


 バレてた? なんて可愛く首を傾げる彼に呆れが隠せなかった。ふとグランツを見れば何事もないかのように出されたお茶を飲んでいるし、サリナも護衛の衛兵にも動揺は見られない。これは、ここ二年の間で我が家に見られるようになった日常である。最初の頃は分かりやすく脅かしてくるし、巻き込まれたグランツは毎回私と一緒にびっくりしていた。


「前みたいに僕がびっくりさせなくても警戒心を忘れないのはいいことだよね」

「楽しみがなくなった、みたいにいうのやめていただけますか? キルト先生」

「巻き込まれるこちら側にもなってください」

「グランツィアーノ君は最初から気づいていたじゃないか」


 ケラケラと楽しそうに笑う。どうやら二年前からグランツは先生の気配に気づいていたらしい。まあ、この世界のことを知った今、それは当たり前だと思わざるを得ないのだが。彼の過去、というよりも現在に通じることなのだが、正直いってどうしようもないのがもどかしい。私は聖人君子ではないので、無責任に救おうとか大それたことは言わないけれど、彼が助けを求めるのならそれには答えるつもりでいる。


「それで? 何をするつもりなんだい?」


 ようやく私の隣に腰を落ち着けてくれた先生が話を切り出す。その手には当たり前のようにティーカップがあり、サリナも慣れたように彼へ給仕をする。いつもの光景だ。


「妹と弟が欲しいなって思いまして」


 にっこりと微笑めば、あの先生ですら絶句する。

 先生はゆっくりとティーカップをソーサーに置くと、困ったように微笑んだ。グランツは無言である。


「あー……っと、子供はね? キャベツばた……いや、こうのとりさんが……」


 子供にどう説明するか悩む大人の発言をバッサリ捨てさり、本題に進む。第一、二人は知らないことだけれど、私は元々成人女性だったため、それなりの経験と知識はあるのだ。


「違います」

「なら、なに?」


 グランツが慎重に問う。ただ妹弟が欲しいわけじゃない。それだけの理由であったならこの幼女の体を使って全力でおねだりをしていた。しかし、これは違う。必要なことだ。私がこの世界に転生して、これからを知っているからこそできることだ。


「この国の膿を摘出します」


 そう言い放つと、部屋の雰囲気が変わる。グランツも先生もサリナも衛兵も気を引き締めたようにこちらを見た。全員の注目が集まっていることを確認して、話を続ける。


「これから、お母様に裏付けの証拠と共に依頼しに行きます。報酬は子供二人。私は使用人として受け入れるよりも養子としての方が良いと考えています」

「その理由は?」

「単純です。我が家には私しか子供がいない。もし、私がなんらかの原因で死亡したり、この家を継げなくなったら? そしてもう一つ」


 二人が息を飲んだ。普通なら六歳の子供の戯言だとしか思えないが、私はローリエル家の娘だ。その意味を二人はよく知っている。


「私の、ワガママです」


 一気に空気が緩んだ。先生が私の頭を撫で、グランツが苦笑をこぼす。

 ごめんね、私は一番大事な理由を誤魔化した。これはゲームではない現実だ。全ては私の推しカプのために。少しでも現実をゲームに近づけなくてはならない。

 果たして、近づいているのはゲームなのか現実なのか。それは誰にもわからないことだ。


「君のわがままなら仕方がないな」

「僕も協力は惜しまないよ。お二人を説得すればいいんだね?」


 快諾してくれる二人に若干の罪悪感を抱きつつも、二人の役割を伝える。

 

「はい。先生には交渉を、グランツには私と一緒に来てもらおうかなって思っています」


 二人は同時に頷く。本当に頼りになる二人だと思った。きっと先生は私が保護する二人を養子として受け入れられる準備をしてくれるはずだ。グランツは実働隊として動く私の補佐をしてくれる。


 これはローリエル家に関わるものに課せられた使命。

 我が公爵家はこの国最古の歴史を誇る。しかし、周りからは古いだけの貧乏公爵として侮られ、特に新興貴族から歴史しか取り柄がないと言われている。

 それは否だ。長い長い歴史の中で、私たちの役目はずっと変わらず、誰にも知られずにいるだけだ。私もそれをひけらかすつもりは無いし、そうしてしまうと全てが水泡に帰す。王家、いや、この国に対する高い忠誠心、先祖からの受け継がれてきたもの。それを守るのが私たちであり、それを受け継ぐ必要がある。

 ローリエル公爵家は闇だ。この国の闇そのものだ。人間には光と闇があるように、国にもそれが存在する。裏社会と繋がり、裏社会を統率し、この国の力にする。この国の癌であると判断すれば、一族郎党葬り去る。

 シトリン王国の暗部。最古の公爵家。それがローリエル公爵家だ。


 その事実を知るものは、王と王妃、そして次期王のみ。ほかの古参貴族のうち、知っているところはありそうだが、大して問題は無い。何故なら、粛清が許されているからだ。情報が流れる前にそこから断つ。ローリエル家から去ることは、イコール死なのである。


「さて、では早速お母様のところへ行きましょう。面会予約はしてあるので、問題ありません」

「それじゃ、我らが姫君のために」


 キルト先生はいつの間にかサリナから資料を受け取り、グランツは私と並ぶ。これが私にとっての初めての粛清であった。

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