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婚約者候補:グランツィアーノ・エルメス

 ─────ところ変わって、ローリエル家・中庭。


 二人の子どもは、大人たちに早々に追い出されてしまった。所謂『あとは若いおふたりに』だ。

 あからさまなそれに、私は苦笑をこぼした。


 それにしても────


 私は、少し後ろを歩くグランツィアーノさまをちらりと見る。その視線に気付いていないのか、グランツィアーノさまは、下を向いて歩いていた。


 綺麗な髪の毛よね……どこかで見たことがあるような気もするけれど……。


 グランツィアーノさまの髪は、薄い灰色だ。光の当たり方によっては、白に見えることもある。母親の血が強く出ているのだろうかとも思ったが、目はエルメス伯爵と同じく真っ黒だ。もっとも、エルメス伯爵には、グランツィアーノさまにはない光があったが。


「……グランツィアーノさまは」


 グランツィアーノさまに話しかけると、彼は大袈裟なくらい肩を揺らした。


 そんなに驚くことかしら……? と私は疑問に思いつつも、恐る恐る頭を上げたグランツィアーノさまに続きを話す。


「この縁談のこと、よく思っていらっしゃらないのですか?」

「……え?」


 いきなりのことで、グランツィアーノさまは目を丸めた。初めて見る表情の変化だったけど、それが驚きで良かったのかな、と少し思う。

 考え込んでいる間に、今度はグランツィアーノさまから言葉が発せられる。


「なぜ、そう思われたのですか」


 恐る恐る声を出したようなグランツィアーノさまをみて、正直に話すべきか迷った。あくまでも彼は、婚約者"候補"でしかない。そこまで踏み込んでいいものなのか……。


 私はグランツィアーノさまの前にしっかり立ち、公爵令嬢らしく優雅に微笑む。

 腹を括るしかないと思った。


「だって、この家で会ってから一度も笑顔を見せてはくれませんでしたわ。もちろん、無理に笑えとは言いませんが、あまりにも雰囲気が暗く、ご気分も優れないご様子でしたから……」


 少しわがままな言い方だったと思う。いくら四歳の皮を被っているとはいえ、ここまでどストレートに言ってもいいものなのか、考えるところはある。むしろ、少しだけ後悔しているくらいだ。


「……いえ、出過ぎたことを申しました。初めて会う婚約者候補に嘘でも楽しめなどと傲慢ですわね。反省致しますわ」


 スカートの両端を持って、軽く膝を曲げるのと同時に目を伏せれば、この国においての女性の謝罪の形になる。挨拶もこれに近いものだ。


「いや……構いません。おれ……私が、あなたをご不快にさせている事実は変わりないのですから」


 頭をあげてください、とグランツィアーノさまが仰る。その言葉通りにすれば、今度は彼が、45度腰を折った。


「あ、あの……グランツィアーノさま……?」

「むしろ、私の方があなたに謝るべきだ。申し訳ありません。私はいささかあなたを警戒しすぎていたようです。怖がらせるなどもってのほかだ。どうかこの謝罪を受け入れてはくれないでしょうか」


 白に近い灰色が揺れる。

 警戒? 彼は一切それを出さなかった。警戒などではない、初めて見た彼の目に写っていたのは"諦め"や"絶望"といった類のものだ。


 しかし、それを今ここで追求したとして、何になるのだろうか。結論からすれば、何も生まれない、だ。

 彼が私、もしくはローリエル家、あるいはエルメス伯爵家になんらかの負の感情を持ち合わせていることはなんとなく掴めた。だが、そこに踏み込むには、共有した時間があまりにも少なすぎる。

 いつか、彼と本当に"婚約者"となれた時、そして彼が"話したい"と思ってくれた時まで待つのが筋だろう。


 だから今は、そばに居るだけにしよう。


「謝罪を受け入れます。ですから、頭をあげてください。それに敬語も要りませんわ。私の方が年下ですもの」


 ようやく黒い瞳をこちらに向けてくれたグランツィアーノさまは、怪訝そうに眉をしかめる。


「しかし、あなたのほうが爵位も立場も上です。それに私は将来こちらに婿入りする身です。あなたへ気安く話すなど……」

「ではこうしましょう。私も敬語を外します。ですからグランツィアーノさまも敬語を外してください」

「はい?」


 眉間のシワが深くなった。

 矯正な顔立ちにシワが増えるだけで一気に恐ろしくなる。美人が怒ると怖いというのは、こういうことらしい。母のように。もちろん、母は美しく華麗だが、怒ると怖い。母は強い。

 いや、話がズレた。そういうことではない。


「そうすれば、平等でしょう?」


 記憶のない四年間の中で、必死に母を見て育てた表情筋。母のようになりたくて、営業スマイルの上位互換である令嬢スマイルをグランツィアーノさまにバーゲンセールで提供する。セールどころかプライスレスだ。


 彼は私の完璧な笑顔を前に、そして動かぬ意志を前にとうとう折れた。


「あー……もう分かったよ。あんた本当に公爵令嬢か? いや、四歳だもんな……」

「アウローラよ」

「?」

「私はアウローラよ」

「知っているが……」


 この男はとことん鈍感らしい。見た目からして十歳ほどに思えるが、先程まで辺りを伺い、自分を守っていたとは思えないほどに鈍すぎる。


「あんた、では無いわ。グランツィアーノさま」

「! ……分かったよ、アウローラ。グランツでいい」

「では私も……そうね、ローラと。アウルだとお母様たちと同じになってしまうわ」

「なんだそれ」


 この屋敷に来て初めて彼は、グランツは顔をほころばせた。

 春先とはいえ、少し肌寒い中長時間外にいたからか、彼の頬は赤く染まり、きめ細やかな顔を彩っている。灰色だった髪は純白に見え、困ったように下がる眉尻は、愛おしさを掻き立てる。


 思わず、胸が高鳴った。


 前世の記憶が戻って二日目。素敵な婚約者候補が私にできた。国宝級のショタイケメンは、将来目に入れても痛くないほどに、かっこよくなるのだろう。逆に、輝きすぎて目が潰れてしまうかもしれない。案外、それもいいと思えた。


「ローラ」

「うん?」

「君と一緒なら、案外この運命を受け入れられそうな気がするよ」

「そう……。それは、良かった」


 差し出された右手を握り返せば、グランツの目に光があることに気がついた。

 先程のような闇ではなく、キラキラとした黒に惹き込まれそうになる。


「そういえば、グランツは何歳なの?」

「聞いてないのか?」

「うん」

「七歳だよ」

「え」


 小学校一年生かそこらじゃない……。この世界の子供って成熟しているのね……。まぁ高校生くらいで結婚するのだから、精神は早く大人になるわよね……。

 四歳ながら、ほぼ確定の婚約者がいるアウローラも公爵家なのよね。

 自分のことながら、少しだけ現実を受け入れられない。


「驚くことか? ローラも四歳には思えないぞ。走り回ってもいい頃だろ」

「れっきとした四歳よ。イタズラしようとしてバナナの皮で滑って昨日まで寝込んでたんだから」

「そう拗ねんな。安心したよ、ローラも四歳のじゃじゃ馬ってことだな」


 頭を軽くポンポンと叩かれる。私よりも少しだけ大きな背と手のひらは、年上の男の子という感じがした。

 同時に、彼にとって私は妹に近いのだと思った。私も、そんなグランツを兄だと認識し始める。


「じゃじゃ馬は余計よ」

「そうか? おれはさっきの見た目だけは公爵令嬢のローラもまだ見た事のない庭を駆け回るローラも可愛いと思うよ」

「かわっ……!?」


 前世も合わせて、異性から言われるのは初めてだった。"可愛い"はいつも妹の特権だったから、私は"綺麗"や"大人っぽい"だったのだ。それでも構わないと思っていた。


 グランツがくれた『可愛い』は、じんわりと心に広がっていく。温まるような感じだ。


「一丁前に恥じらう姿も可愛いよ」

「〜〜〜〜っ!」


 七歳の色気じゃない!!

 前の人生でも恋愛経験自体はないと言ってもいい。彼氏はいたことがない。片想いも片手で数えられるほどだ。恋愛にかまけている時間など無かった。

 だからこうして『男の子』を見せられると、精神衛生上宜しくない気がする!


「お嬢様、グランツィアーノ様、お二人のご両親がお呼びですよ」


 丁度サリナが迎えに来てくれた。

 ナイスよ、サリナ。あとでいっぱい褒めなくちゃ。本人はなんだか分からないだろうけど、私の為に褒められて!!


「ありがとう」

「ローラ」


 私がサリナにお礼をすれば、グランツは手を差し出してきた。どうやらエスコートしてくれるらしい。

 ……まだあまりエスコートされるほどの所作は身につけられていない。しかし、ここで断るほどの勇気もなかった。


「…………」

「……ふふっ」

「……グランツ」

「ごめんごめん」


 恐る恐る腕に手を添えれば、グランツは耐えきれなくなったのか吹き出した。咎めるように鋭く名前を呼ぶが、笑い声混じりに謝られるだけなので、これは何を言っても無駄だと判断する。


 サリナがグランツの変わりように驚いているのを気配で感じつつ、二人でサリナと護衛騎士の案内の元、両親の元へ戻って行った。

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