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お医者様と少年

 翌日、アウローラは自室のベッドにて、かかりつけの医師から診察を受けていた。昨夜、目が覚めたアウローラのために、母のエルマリアが急遽呼んだのだ。


「特に異常は見られませんね。後頭部に小さなこぶが出来ていますが、残るものではありませんので、ポーションは使わず、塗り薬だけ処方しておきますね」


 手元の羊皮紙に書き記しながら、両親に伝える医師。大体20代と言ったところだろうか。少し長めの優しい水色の髪が揺れ、髪と同じ色の人に甘えるような柔らかいタレ目を持つ彼は、両親と同じく顔がいいとアウローラは思った。

 この世界の生活水準と平均寿命がどのくらいなのかがまだ分からないが、この年齢で公爵家のかかりつけ医ということは、この医師が凄腕なのだろうと考える。


 しかしアウローラは知らない。彼が本当は50代前半で、先代当主の頃からの専属医であるということを。アウローラは、その事実を数ヵ月後に知り、1週間ほどショックを受けたのはまた別の話である。


「ありがとう」

「いえ、アウローラ様に大事がなくて何よりでございます。念の為、数日は安静にお願い致します」

「分かったわ。アウル、数日はこの家から出たらダメよ」


 大人しくベッドに座っていたアウローラは、不満に思う。


(せっかく外でこの世界のことを調べられると思っていたのに……まぁ、いいわ。これから先、この世界で暮らしていくのだとしたら、調べる時間は他にあるのだし。それに図書室もあるから、まずはそこからかしら)


「……分かりました、お母様」

「いい子ね」


 少しだけ回るようになった舌を使い、了承の意を伝えると、柔らかな手がアウローラの頭を撫でる。前世では撫でる側だった為、少しだけむず痒かった。


「キルト、今日は突然ごめんなさいね」

「いえいえ、ローリエル公爵家の皆様の為なら、いつでも飛んできますとも。それでは、奥様、旦那様、お嬢様、失礼致します」

「ありがとうございました」


 退室しようとするキルト医師にアウローラがそう言うと、彼は優しく微笑み返してくれる。


「また、近いうちにお会いしましょう」


 キルトはそう言って、屋敷を去っていった。


 近いうちに……? とアウローラは首を傾げるが、答えが出るわけでもなく、その思考をエルマリアが言葉を発したことにより止めた。


「アウル、目覚めたばかりで申し訳ないのだけれど、紹介したい子がいるの。お昼ご飯はダイニングまで出てこられるかしら?」

「はい」

「ありがとう、ダイニングで待ってるわ」


 両親は、それぞれアウローラの額にキスを落とし、アウローラの部屋を後にした。


「お医者様や両親の前でならまだしも、お客様の前でこの格好はダメよね……」


 サリナの手を借りてベッドから下り鏡を見ると、目覚めたばかりでボサボサのくすんだ銀髪に、死んだ藤色の瞳、しわくちゃになった良質の白いネグリジェをまとった美少女であろう自分が目に入った。

 案外、この四年間で見慣れてしまったらしい。アウローラは、前世とは違う容姿にそこまで驚きはなかった。


「アウローラ様、私に任せていただけないでしょうか?」


 アウローラは、サリナに身を預けた。



 ・・・・・・・・



 母の言いつけ通り、昼食の時間にダイニングに向かう。家の者以外に会うのは、()()()()()()()()()()から初めてのことである。


(粗相のないようにしなくちゃ……)


 相手が誰であれ、王族やローリエル家と同じ公爵家の者以外、アウローラ・ローリエルからすると、身分は下である。

 それでも、生粋の日本人精神が染み付いているアウローラは、緊張していた。


(サリナの神のような腕で見た目だけはどうにかなったけれど、中身は日本のアラサー寸前の干物女よ……? 公爵であるお母様からご紹介いただく方なのだから、高貴な方であるに違いないわ……)


 ダイニングの前にいた護衛に大きな扉を開けてもらうと、既に両親と共に、両親と同じくらいの歳の夫婦とその子供であろう人が待っていた。


「お待たせして申し訳ございません」

「大丈夫よ、女の子は支度に時間がかかるもの」


 何処かからかいを含めたような口調で、エルマリアは自身の娘に言う。

 アウローラは、二時間ほどの間に綺麗に整えられていた。


 まず、お風呂に入り、昨晩洗いきれなかったところまで隅々洗われた。次に、綺麗になった輝く銀髪を梳かれ、ハーフアップに纏められる。まだ幼いということで、化粧の類は一切無しだが、元々肌が白く、頬と唇はほんのりピンク色に染まっていることもあり、そのままで十分に綺麗である。

 そして、暖かいオレンジのふんわりとしたドレスを着せられ、自他ともに認める可憐な公爵令嬢が出来上がった。


「アウル……綺麗だよ………」


 何故か泣きそうな顔をして、ヴォルフィゴードはアウローラを見つめる。

 そんな父の足をわざと踏んだ母は、悶絶する父をそのままに、客人の紹介へと移った。


「アウローラ、こちらは、エルメス伯爵家の当主、アンドレ・エルメス伯爵よ。そちらの女性がエルメス伯爵夫人のネレファ・エルメス夫人。二人の間にいる子がエルメス伯爵家三男のグランツィアーノ・エルメスくん。うちの親戚よ」

「初めまして。ローリエル公爵家の娘、アウローラ・ローリエルと申します。よろしくお願いしますわ」


 小さくお辞儀をすると、黒髪をオールバックにした優しそうなエルメス伯爵が、私に視線を合わせるように膝をついた。


「初めまして、小さなお姫様。貴方の母君からご紹介にあった通り、エルメス伯爵家の当主、アンドレ・エルメスです。アンドレとお呼びください。よろしくお願いします」


 彼は、そのままアウローラの手を取り、甲に口付けた。

 いきなりのことで驚いたものの、このようなことで動揺してはいけないと、笑顔を作り、こちらこそ、と伝える。


 彼は、小さく微笑むと、家族のところに戻っていく。次は夫人が挨拶してくれた。


「初めまして、アウローラ様。私は、ネレファ・エルメスと申しますわ。貴方のお母様とは、姉妹関係にありますの。お気軽にネレファとお呼びくださいませ」


 彼女は、アウローラの母であるエルマリアと姉妹だと言う。エルマリアは長女であるため、ネレファは妹だろう。よく見ると、アウローラやエルマリアと同じ、銀色の髪をしているし、どことなく笑顔がエルマリアに似ていた。


 最後に、彼らの息子であるグランツィアーノがアウローラに近づいた。


「初めまして。グランツィアーノ・エルメスです」


 随分平坦な声だと思った。

 彼はそう言ってお辞儀をしたあと、返事を聞くまもなく戻って行った。


「ごめんなさい。この子、あまり口数が多くありませんの……。お気を悪くされないでください」

「い、いえ! 平気ですわ!」


 よかったと安堵する夫人を横目に、アウローラはグランツィアーノのことを見ていた。


(あの目、知っているわ。何にも興味が無い、人生に面白味を感じられない、そんな目。かつて、あの子がしていた目)


 グランツィアーノの瞳は、空虚を見つめ、黒曜石のような真っ黒な瞳が光もなく暗黒を写していた。

 ふと、前世のことが頭をよぎる。

 いつもつまらなそうにしていた妹。死んだような目で、自分を含めた世界に対して興味も関心もない。


(………あれ、そんなあの子を救ったのって、何だったかしら……)


 自分も一緒になって熱中していたもの。就職してからはあまり触れられていなかった────


「アウローラ、グランツィアーノは貴方の婚約者になる予定よ」


 そんな母の一言によってアウローラは、衝撃を受けた。


「こん、やくしゃ……?」

「ええ、彼は将来あなたと結婚して、この家に婿養子として入ってもらうわ」


 貴族って怖い。

 それが、思考停止の末に出たアウローラのつぶやきだった。

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