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赤竜襲来

*竜同士の戦闘シーンがあるので、野生動物の決闘が苦手な方はお戻りください。

 赤い竜は、洞窟の入り口で大きな尻尾をバシバシと落ち着きなく大地に打ち付けながら黒竜を待っていた。

 黒竜が外に出てくると、赤い竜は嬉しそうにグルルと鳴いた。


「お前が黒竜か! 俺は一火山いっかさんの赤竜! 俺はお前を倒して最強になる!」

 赤竜は宣言して天へ向かって景気づけのファイアブレスを一発吐き出す。

 赤い炎が天を焼き、黒い煙となって霧散していく。


「チッ……、こんな時に! めんどくさいなあもう!」

 黒竜は翼を強く打って一気に空へと舞い上がる。


「グァアァァアッ!!」

 黒竜が空に向かって大きく咆哮すると、雲が急にもくもくと空に集まってくる。

 太陽は隠され、辺りは薄闇に包まれた。


「グォォォォォッッ!!」

 もう一つ大きく咆哮すると、いかづちが赤竜を襲うはずだった。

「……あれ……?」

 しかし、何も起こらなかった。


 代わりにファイアブレスを出してみようとしても、口からは煙が出るばかり……。

「ゴホゴホっ……」

 煙で喉がイガイガして咳き込んでしまい、苦しくて涙ぐんでしまう。

(ブレスがでない……!? こんなの初めてだ……!)


「おいおい、どうした!? 最強竜様よ! もしかして俺様の強さにビビっちまったかぁ?」

 赤竜が嘲笑う。


「ぬかせ……! ……アリシア、すまないけど宝物庫からありったけの霊薬持ってきてくれないかな? 青い瓶に入ってるヤツ」

(たぶんこの変化は病弱属性のせいだ。だったら霊薬で一時的に体力を強化させれば戦えるはず……!)

「は……はい……!」

 アリシアが駆け足で洞窟の中に入っていく。


「なんだぁ? あの人間」

「僕のお嫁さんだ!」

 黒竜が胸を張って言うと、赤竜はおかしそうに笑いだした。


「お嫁さん? ブハハッ! あんなチンケなのが? 嫁にするならもっと強い竜だろ! 俺の嫁は俺を屈服させて卵産んだぞ!」

 自慢げに言う赤竜を黒竜は不機嫌な顔で見る。

 久しぶりの竜の論理に腹が立った。

「だからヤなんだよ! 竜は! 戦ってばっかりだ!」

 竜は力の強弱でしか物を計らない。黒竜はそんなのは嫌だった。


「何言ってんだオメー。戦いこそが竜の全てじゃねぇか! 意味わかんねーよ!」

 赤竜がファイアブレスを黒竜めがけて放つ。

 黒竜は翼を強く打って炎を風で吹き飛ばす。


 赤竜が大地を強く蹴り、翼で加速をかけて黒竜に突進してくる。

「グォォォッ!」

 唸り声と共に喉笛を噛み切ろうとしてきたところを黒竜はクルリと身をひるがえして避けて、ついでに尻尾で赤竜の体をしたたかに打つ。


「グハハッ! そう来なくっちゃなぁ!」

 よろめきながらも赤竜は口を大きく開けて黒竜に襲い掛かる。

 黒竜も同じように口を開けて鋭い牙で赤竜に噛みついた。

「グァアァァアッ!!」

「ギャグアアアァ!!」

 牙で、爪で、二頭の竜はぶつかり合う。


 より高い位置から戦いを有利に進めるために羽ばたき、空中戦になっていく。

 近づいてはぶつかり合い、遠ざかっては赤竜はファイアブレスを吐き出してくる。黒竜はそれをよけたり打ち払ったりする。


 次第に黒竜はゼエゼエと息が切れてきて、間合いを取ってから地上へと降り立った。

(まだこれしか戦ってないのに……!)

 思うように動かない自分の体がもどかしい。

 あんな奴、いつもだったらサンダーボルトで一撃だし、ファイアブレスで消し炭だ。喉笛をかみちぎることだって容易くできたはずだ。

 本来の自分であればもっと速く、もっと強く動けたはずだ。


 ――弱くなった。

 彼女に自分の最強を捧げて、病弱を受け入れたせいで。

 その結果がこれだった。


(そうだったとしても……!)

 黒竜は赤竜をにらみつける。


「最強も大したことねえな! これで終わりだあっ!」

 赤竜が黒竜に高速でぶつかって黒竜を地に倒す。

 もがく黒竜の首に赤竜が噛みつく。

 しかし硬い鱗に歯が立たずに顔をしかめてから、代わりにそれよりも柔らかい腹に噛みついた。


「グアアアアアッッッッ!!」

 腹が食い千切られた。

 竜の蒼い血があふれ出す。


 ゴクン


 赤竜は黒竜の肉を飲みこんで喉を鳴らす。


「これで俺が最強だ! グオォォォォォッッ!!」

 大地に沈んだまま動かなくなった黒竜の前で、赤竜は勝利の雄たけびを上げた。


「黒竜様!」

 やっと戻ってきたアリシアが蒼白な顔で血まみれの黒竜に駆け寄る。

「……アリ……シア……」

 黒竜は荒い息でアリシアの名を呼ぶ。

 彼女の顔がぼんやりとしか見えない。


 ポタリと温かいものが黒竜の顔に垂れた。それは幾粒も黒竜の顔に垂れてやがて大地に滲みていく。


「死んではダメです……! お薬! お薬で治りますよね!」

 アリシアは持ってきた霊薬を急いで傷口に振りかける。

「……アリシア……、その薬には……そんな効果は……ないよ……、ただ……の……強壮剤だ……」

 黒竜は弱弱しく笑う。


「そんな……! じゃあどうすれば……! 死んじゃ……死んじゃ嫌です……っ! ひっく……ふっ……っ!」

 アリシアは黒竜の顔を抱きしめる。


「ごめ……ん……ね…………むり……みたい……」

 もう黒竜にはアリシアの顔もよく見えていない。 


「黒竜様っ……! わたし、あなたと過ごす日々が……とても楽しかった……。夢見てたこと……全部黒竜様が叶えてくれました……」

 健康な体、穏やかな日々。今までずっと誰かに助けてもらうだけで何もできなかった自分が、彼のためにたくさんの初めてを重ねた。こんなに目まぐるしく、笑ったり、怒ったり、泣いたりしたことなんてなかった。彼との暮らしの中で初めて自分が生きていることを強く感じた。


「本当は……ずっと一緒にいたいです……。誰にもあなたのこと……渡したくなんてない……。もっともっと、色んなこと、一緒にしたいのに……」

 アリシアは泣きじゃくって黒竜の顔を何度も強く抱きしめる。


「ぼくも……だよ……アリシア……君と……一緒にいられて……楽しかった……君が……好き……だった……どうか…………げんき……で…………」

 アリシアの声ももう聞こえない。

 黒竜はやがて目を閉じる。


 すごく安らかな気持ちだった。

 命が終わるときに誰かが寄り添っていてくれるなんて、とても幸せだった。


 真っ暗で、何も聞こえなくて、何も感じられないのに、ただ胸が温かかった。

 アリシアの幸福だけをただ願った。



 

 ――それからどれくらいの時間がたっただろうか?


 胸の奥でボウッと何かが再び燃え上がる音がした。

 体の奥がチリチリと焼けるように痛い。その痛みと熱は全身へと広がる。

 全身が燃え上がるような感覚の後、その痛みは一気に引いた。


 久しぶりに頭がスッキリとして全身の感覚が研ぎ澄まされていく。

 まずは嗅覚が一番最初に戻った。

 銅の匂いがする。これは竜の血の匂いだ。

 そして、甘い花のような匂い――、これはアリシアの匂いだった。


 次に聴覚が戻る。


「黒竜さまぁぁぁあっっ!!」

 アリシアのむせび泣く声が急に聞こえる。

(ああ、そんなに泣かないで)


 泣いているアリシアがかわいそうで、黒竜は舌を出してベロッと顔の感触のするところを舐めた。

 涙のしょっぱい味がした。


「黒竜様?」


「あれ?」


 体が動かせた。

 目がぱっちりと開いた。アリシアの顔がよく見える。


 ――生きている?


 ゆっくりと起き上がる。

「……? 痛くない?」

 食べられたお腹を見ると、傷口はピンク色の肉がずぶずぶと盛り上がって再生してきていた。


「あれ? どうして?」

「こ……黒竜様あぁぁぁぁっっ!!」

 アリシアが首に勢いよく抱きついてきて、すりすりと頬ずりをする。

「ア……アリシア……、僕硬いから痛くなっちゃうよ……?」

「だって……! だって……! 黒竜様が……死んじゃったと思ったんです……!! でも……生きててくれて……ホントに……よかった……!! う……うわぁぁぁんっっ!!!!」

 黒竜はアリシアの顔が傷ついては大変だと思って引きはがそうとするものの、アリシアは強く抱き着いて離れない。

 黒竜はあきらめて、自分もアリシアのことを抱きしめた。


 しばらくたって、二人はやっと体を離す。

 そのかわり、手をしっかりと握っていた。


「でも、なんで僕生き返ったんだろ?」

 黒竜は首をかしげる。自分が他の竜と違うのは最強属性があるかどうかだけだ。しかもそれは今アリシアのもので、黒竜は病弱であるはずなのに?

「お薬が効いたんでしょうか……?」

「いや、あれはただの強壮剤なんだって……」


 二人で首をかしげ合って、ふと横を見ると、赤竜が倒れていた。

 ……ずっと彼が倒れていたことに二人はそれまで気が付いていなかった。自分たちのことで精いっぱいだった。


「どしたの君?」

 黒竜が怪訝そうに尋ねると、赤竜はゼエゼエと息を切らせてうるんだ瞳で黒竜を見上げた。

 先ほどの勝ち誇った表情は見る影もない。

「寒い……寒い……だるい……なんだこれ……」

 ブルブルと震えて身を縮こませている。

 歯はガチガチと音を立てて根が合っていない。


 まるで病気で熱が上がっているときのような様子だった。


「……もしかして……」

 アリシアがつぶやいて薬指にはめている銀の指輪を見る。

「うん? ……もしかして……。 あ!」

 黒竜もその可能性に気付いた。


「病弱が……赤竜さんに移った……?」

「あー……なるほど……」


 二人で赤竜の腹を見る。

 きっとさっき黒竜の腹を食べた時に指輪も飲みこんでしまったのだろう。


(じゃあ僕が生き返ったのは最強属性が僕に戻ったせい……?)

 黒竜は確かにさっき一回死んだ気がした。でもまた生き返った気がする。生まれてこの方ここまでのピンチになったことがなかったので、最強属性にこんな効果があるとは黒竜も知らなかった。

(僕って自分の事全然わかってないのかも……)

 黒竜がうーんと首をかしげていると、赤竜が震えながら前足を伸ばした。


「た……助けて……。寒いんだ……、毛布かけて……。水……水も……」

 辛そうに訴える赤竜。

「かわいそう……、今持ってきますね!」

「ちょっと待って!」

 アリシアが巣へと走って行こうとするのを黒竜が止める。

 そしてコソッと耳打ちした。

「僕にいい考えがあるから……!」



 黒竜は赤竜を上から見下ろす。

「やあ、赤竜。どうしたのさそんなところに這いつくばって。最強竜になったんじゃなかったの?」

「黒竜……、なんでお前は死んでないんだ……! いや、それよりもなんだこれ……辛い……辛い……」

 今まで味わったことのない原因不明の苦しみに赤竜は死の恐怖を感じていた。

 黒竜は自分も最初はその苦しみに驚いたなあと思い出しながら赤竜を眺める。

 そして言ってやった。


「それは最強の称号にかけられた呪いだ。おめでとう赤竜! これで君は一生その苦しみを背負って生きていくんだ」

「……!? そんな……!?」

 赤竜の目に絶望が浮かぶ。

「じきに慣れるさ。僕だってそうだった。いやー、最強の称号が外れると体が軽い! ああ、これからの余生が楽しみだ!」

 黒竜は尻尾をパタパタさせて喜ぶ。


「た……助けてくれ……!」

 赤竜は黒竜の足元にすがりつく。

「はあ? 最強竜になりたかったんだろ?」

 黒竜は冷たい視線を向ける。

「そんなのより、この苦しみから助けてくれ……!」

 赤竜は泣きながら懇願した。


「いいけどさー、そしたら、君もう最強じゃなくなっちゃうよ?」

 意地悪に言うと、赤竜はコクコクと首を縦に振る。

「いい! もうなんでもいい!」

「ふぅん? まあいいけど? あーもったいないー」



 黒竜は宝物庫のアイテムを使って赤竜の体から指輪を出してあげた。

 体が急に楽になった赤竜はもうこんなところにいられないとばかりに、さっさとどこかへ消えてしまった。

黒竜が生き返ったのは、RPGでよくあるラスボスを倒してもまた復活して何度か倒さないといけない、みたいな話です。

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