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湯治

 黒竜の熱が下がってから二人は近くの温泉に出かけた。



 黒竜はアリシアを背に乗せて空を飛ぶ。


 徒歩で行くことも考えたけれど、空を飛んでいくことを黒竜が提案するとアリシアは喜んだ。

「空を飛べるなんて素敵!」

「高いところは怖くない?」

「わからないです! でも、飛んでみたいです! わたし、ずっと何もできなかったから何でもやってみたいんです!」

 目を輝かせるアリシアを見て、黒竜は尻尾をパタパタさせて喜んだ。


 最初は少し緊張して無口になっていたアリシアも、段々と高さに慣れてくると身を乗り出して下を見て、

「アレなんですか?」とか、「あそこに小さな家があります!」とか楽しそうに言う。

 その度に黒竜も、「アレは糸杉だよ」とか「あの家は木こりが夏だけ使う小屋だよ」とか答えてあげる。


 無邪気に喜ぶアリシアに気を良くした黒竜は、少し遠回りをして花畑に降り立った。

 一面に白い花が咲いて風にそよいでいる。


「わあ! 綺麗!」

 黒竜の背から降りてアリシアは花に駆け寄る。

 顔を花に近づけて花のにおいを嗅いでうっとりと目を閉じる。

「いい香り……」


 楽しそうなアリシアを見て黒竜も目を細める。


「黒竜様、ちょっと待っててください」

 ふと何かに気付いたようにアリシアはそう言って、花畑の端まで走って行って黒竜に背を向けて座った。


「どうしたのー?」

「ちょっと! ちょっとそこで待っててください!」

 アリシアは振り向かずに答える。


 しばらく黒竜が待っていると、アリシアは後ろ手に何かを持ってニコニコしながら戻ってきた。

 そして、

「じゃーん!」

 アリシアが見せたのは、白い花で作った草冠だった。


「小さい時に本で読んで、いつか作りたいって思ってたんです。はじめて作ったんであんまり上手じゃないですけど、どうぞ」

「僕に……? あ……ありがとう……!」

 黒竜は感動で胸がじーんとなる。目がウルウルしてちょっと泣きそうになってしまう。

 草冠をもらうなんて初めてだった。

 アリシアと過ごす日々は初めてだらけだ。


 アリシアが黒竜の頭に草冠を乗せようとしてくれるので、黒竜は頭を下げてあげる。

 頭の二本の角にひっかかるように草冠は乗せられた。


「黒竜様、かわいいです……!」

 アリシアがキラキラした目で黒竜を見る。

「そ……そう……?」

 照れ笑いをした黒竜は、そばの白い花を摘んでアリシアの髪に差してあげた。


「こうするとアリシアも可愛いよ。お揃いだね」

 黒竜はニッコリと笑って言った。


「あ……ありがとうございます……」

 アリシアはうつむきがちにはにかむ。


(ああ……、可愛い。可愛すぎる……)

 黒竜はアリシアをデレデレしながら見つめる。

 アリシアはうつむき加減にもじもじしてから、

「黒竜様……、そういえば温泉は……?」

 と思い出して言った。

「そうだったね、じゃあそろそろ行こうか」


 二人は今度こそ温泉に向かった。



 湯気の立ち上る岩場に降りたつ。

 そこは川のほとりにある人間の来ない場所で、大きなくぼみに温泉のお湯が溜まっていた。

 そのくぼみはかつて黒竜が他の竜と戦った時にえぐってしまった跡だ。


 黒竜が近づくと、それまでのんびりとお湯に浸かっていた動物たちは蜘蛛の子を散らすようにどこかへ行ってしまった。

 こういう時、黒竜は寂しい気持ちになる。

(別に取って食ったりしないよ)


 アリシアは気にする様子もなく、初めての温泉に興味津々といった様子でお湯に手を入れてみている。

 その姿を見て黒竜の機嫌はすぐに直った。

 何度も来たことのある場所なのに、二人で来たというだけで特別な気分になる。

 黒竜は尻尾をぶんぶんと振って気持ちを落ち着ける。


「黒竜様、温泉に入りましょう?」

 アリシアがそう言って服を脱ぎ始めて、黒竜はギョッとして後ろを向いた。

(そっか……! 人間は服を脱いでからお風呂に入るのか……!)

 盲点だった。竜はどこに行っても何をするにも服なんて着ない。服を着るのは人間だけだ。


 いつも服で覆っている部分を見てしまうなんて、良くない気がする。

 魔法使いが裸の女の人の絵が描かれた本をニヤニヤしながら読んでいるのを見て、ああいう雄にはなりたくないなあと黒竜はずっと思っていた。

 それと同じに見られるなんて嫌だった。

 だから、黒竜はアリシアの裸は見ないぞと心に決めた。


「黒竜様、入らないんですか?」

「入る! 入るよ!」

 黒竜は慌てて答えて、念のため頭の草冠を取ってから後ろ向きに歩いてお湯に入ろうとする。


 つるっ


 ぬめった岩の表面に後ろ足が滑ってしまう。


「わっ!」

 天地がひっくり返った。


 バッシャーン!


 黒竜が背中の翼からお湯に飛び込んだ形になり、大きな水しぶきがあがった。

「黒竜様!?」

 あわてて駆け寄ってくるアリシアの肌色が一瞬見えた気がして、黒竜は目をつぶって翼を羽ばたかせて空へと舞い上がる。


「黒竜様ー!?」

 アリシアが呼ぶ声が遠くから聞こえる。

「うんー! アリシアはゆっくり入っててー! 僕はやっぱり後から入るよー! ほら、僕って大きいしー!」


(もう、僕はいったい何をやってるんだ!)

 自分から誘っておいて一人でアタフタして本当にカッコ悪い。

 頭を冷やしたくて黒竜は少し空を飛んだ。


 そうしたら今度はなんだか気持ち悪くなってきて、黒竜は近くの岩場に不時着して体を横たえる。

 さっき浴びたお湯はもうとっくに冷めて水になっていて、風が吹くたびに黒竜の体を冷やした。

 体がブルブルと小刻みに震えて歯がガチガチ鳴る。

 「そうだ! お風呂から上がったら体を拭かなきゃいけなかった!」と今さら思うけど、持ってきたタオルは今アリシアのそばにあるしもう遅い。


 そもそもタオルなんて使い出したのはアリシアが来てからだ。

 それまでは水浴びした後にプルプルして水を飛ばすくらいしかしていなかった。今までは寒さも暑さもどうってことなかった。

 でも今は、『花嫁』用に作っていたお風呂のお湯を浴びて、アリシアがタオルを何枚もつなげて作ってくれた黒竜用の巨大バスタオルで体を拭くのが日課だ。

 少しでも拭き残しがあると、アリシアが冷えるのを心配して拭いてくれた。

 そのうち服でも着せられそうだなあと黒竜は思っていて、過保護な感じがこそばゆかった。


 でも、それは本当に必要なことだったのだと気づく。

(ああ……、これはまた風邪ひいちゃったかも……)

 だるくてたまらずに目を閉じる。


 アリシアがタオルを持ってあわてて駆け付けた時、黒竜は熱にうなされてウンウン言っていた。




 結局黒竜は温泉に入ることができず、巣に戻ってまた寝込んでしまった。

「あはは……病弱属性って大変だねぇ……」

 黒竜は毛布にくるまりながら弱弱しく笑う。

「そうですよ、あんなお風呂から上がって体も乾かさずに寝ちゃったら一発で風邪ひいちゃうんです」

 アリシアが怒ったように言う。


(怒った顔もかわいいなあ……)

 寝ながらデレデレとアリシアの顔を眺める。

「次は治ったらどこに行こっか?」

 黒竜の頭の中は次に行くデートの事しかない。


 苦しいのにも段々慣れてきた。原因は病弱属性によるものだと分かっているし、竜だから病気では死なないとも分かっている。少し我慢するだけでアリシアに優しく看病してもらえると思うと、病弱なのも悪くないなあと黒竜は思う。


(でもデート中に倒れちゃうのはもうヤだから、デートの時だけはこっそり霊薬飲んどこうかな?)

 アリシアがこんなに優しいのは黒竜が弱っているからだ。強い黒竜になんて優しくしてくれるはずがない。

 前の『花嫁』たちだって話し相手は努めてくれたものの、アリシアのように近寄ってはくれなかった。半径2メートル以内、つまり尻尾が届く位置には絶対に来なかった。……それは黒竜が嬉しくなるとつい尻尾を振ってしまう癖があるからなのだけど。


「……本当に無理しないでくださいね」

 アリシアが本当に心配そうに言うから、黒竜の胸は罪悪感で少し痛む。


「大丈夫だよ、死なないから」

 明るく言うとアリシアは怒り出した。

「そういう問題じゃありません! 辛いでしょ? 苦しいでしょ? わたしに起きていたことだったから分かるんです。……やっぱり、その属性わたしに返してください」

 アリシアが薬指から指輪を抜こうとするのを黒竜が慌てて前足で止める。


「ちょっと待ってよ! 僕なら大丈夫だから!」

 これがないともう彼女に甘えることができない。

 それに――彼女が苦しむ姿なんて見たくなかった。

 

「もうわたし、黒竜様が苦しむ姿なんて見てられません! それはわたしのものです。こんなズルをしちゃやっぱり……いけなかったんです……」

 アリシアの頬を涙が伝う。

 黒竜は戸惑いながらも首を横に振る。


「嫌だ……。もうこれは僕のだ……。アリシアには返さない」

「どうして!?」

「だって君たち人間は病気で死んでしまうこともあるんだろ? 僕なら死なない。それでいいじゃないか!」


「よくありません! 話し相手が必要なら……、わたしが町に行って違う人を探してきます。そしたら黒竜様はもう苦しまなくていいですよね……?」

 悲しそうに微笑むアリシアを見て、黒竜は目を見開く。


 違う人?


「……イヤだ」


 首をブンブン振る。


 胸がモヤモヤする。


「僕はアリシアじゃないとイヤなんだ! だって僕は君の事を――――!」


 ドゴォォォォン!


 外で轟音がした。




 二人が慌てて外に出ると――――そこには赤い竜がいた。


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