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竜の花嫁

「ゴホッゴホッ……、アリシア……、僕はもう……ダメかもしれない……」

 黒曜石のような鱗に漆黒の翼を持つ竜は、寝所に体を横たえて黄金色の瞳をうるませながら訴えた。

「熱もこんなにあるし……」

 体温計は42℃を指している。竜の平熱は32~38℃。


 十五歳の少女アリシアは黒竜の前足を握り、心配げに見つめる。

「かわいそうに……、早く良くなるといいですね」

「うん、ありがとう……」

 瞳をウルウルさせながら、黒竜は内心ほくそ笑む。

(ああ、アリシアがこんなに僕の事心配してくれている……。健気、かわいい……)




 竜という生き物は全ての生物の頂点に立つ存在である。

 それは人や獣に負けないというだけではなく、細菌・ウイルスに対してもそうだった。

 だから、黒竜は病気になるということがなかった。

 その苦しみも味わったことは一度たりともなかった。



 少女アリシアは生まれながらに病弱だった。

 いつも部屋の中で過ごし、学校にすら通わせてもらえなかった。

 外に出れば次の日は熱を出し、薬がなければ生きてはいけなかった。

 両親は裕福ではないながらもアリシアのために薬代を必死でねん出した。

 しかし働き過ぎが祟って両親は他界し、そしてアリシアは一人になった。


 一人になったアリシアの面倒を見てくれる人は誰もいなかった。

 哀れに思う人がいても、高い薬代は払えなかった。みんな自分の生活で手いっぱいだった。

 そして、その年は丁度『竜の花嫁』を捧げる年だった。


 『竜の花嫁』とは十年に一度、山に住む黒竜に乙女を捧げて次の十年町を襲わないでもらうという古くからの習わしである。

 つまりは生贄であり、『竜の花嫁』に捧げられた乙女が町に戻ってくることはない。


 アリシアはどうせ長くはない命なら誰かのために使おうと決めて、『竜の花嫁』に志願した。



 黒竜の巣は火山の火口にある。

 純白の花嫁衣裳を着たアリシアは町役人と共に、ゴロゴロと岩が転がる火口まで連れてこられた。

 町役人はアリシアを置いて黒竜が出てくる前に帰ってしまった。


 一人取り残されたアリシアの前に竜が現れる。

 竜はアリシアの倍くらいの大きさがあった。トカゲを後ろ足で立たせたような体は闇を煮だしたような黒い鱗に覆われ、天を貫くように伸びる二つの翼が生えている。その異形の生き物は金色の瞳を爛々と輝かせて、アリシアを見つめていた。

 牙の飛び出た巨大な口がグワッと開かれて、アリシアは身を震わせる。

 しかしその口はすぐにピッタリと閉じられた。


 アリシアは恐怖に震えながらも跪き、頭を下げて口上を述べる。

「偉大なる黒竜様、古くからの盟約に従い今年も花嫁を捧げます。私の名はアリシア・セネカ。この身は黒竜様のためにあり、黒竜様と共にあり、天と地を繋ぐ一助となることを天地神明に誓い……っ……ゴホッ……! ゴホッ……!」

 そこまで言ったところで咳が始まってしまった。

 咳ついてしまうとなかなか止まらない。

 止めようとすればするほど、咳が止まらなくてアリシアの目には涙が浮かんだ。


(もう! 最期までどうしてわたしはこうなの……!)

 ままならない自分の体が恨めしい。

 死ぬときくらい格好つけられないのか。

 情けなさにぎゅっと目を閉じた時――


「大丈夫!? どうしたの!?」

 威厳のないかわいい声がアリシアの頭上からかけられた。


 アリシアの背中が何か固いものにゆっくりとさすられる。

「!?」

 背中に回されていたのは、黒竜の前足だった。

 まさかの対応にアリシアは咳き込みながら黒竜の顔を見上げる。

「あ、水? 水飲みたいよね、ちょっと持ってくるね!」

 黒竜は砂埃を立てないように、けれど素早くどこかへ消えて、そして木の器に入れた水を持ってきてくれた。


 アリシアはそれを受け取って少しずつ喉を潤す。

 その水は少し甘くてスッとして胸が楽になった。


「止まったね、良かった。君、病気なの?」

 気遣い気に大きな体の竜が尋ねる。

 金色の目が心配げに瞬いた。

「そうです……。生まれた時からずっと体が弱くて……」

 うつむきがちにアリシアが答える。


 なんでこんなこと聞いてくるんだろうか?

 竜も病気持ちの人間なんて食べたくないのだろうか?

(食べられる価値すらないの……? わたしは……)

 アリシアは悔しくて唇を噛む。


「そうなんだ……、僕病気になったことがないからわからないけど……大変なんだね」

 アリシアは優しい様子の黒竜の顔を涙のにじんだ目でじっと見上げる。


 強い体、誰にも負けない強い力、決して捨てられることのない絶対の強者。

 そのどれもがうらやましかった。

 

「いいなあ……」

 思わず、本音が口からこぼれた。


 どうせ、自分の命はもうこの竜に食べられて終わってしまうのだから、我慢なんてする必要はもうなかった。


「わたしだって、強い体に生まれたかった……」

 今までこんな恨み言、誰にも言えなかった。


「外で走ったり遊んだりしたかった……」

 どうにもならないことだから、言っても困らせることは言えなかった。


「薬だって嫌い……。苦いのも甘ったるいのも全部嫌い! お父さんやお母さんにだって苦労なんてかけたくなかった!」

 涙があふれ出した。


「竜の花嫁にだって……なりたくなかった!」


 わっと泣き出してしまったアリシアを黒竜はバツが悪そうに見つめながら頭をかく。

「うーん、困ったな。……じゃあさ、交換してみる?」

「え?」

 アリシアは目をしばたたかせて、きょとんと黒竜の顔を見上げる。


「僕が君の病弱を引き受けるからさ、そしたら僕のお嫁さんになってくれる?」

 竜はニコッと笑ってそう言った。

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