私は世界一の後輩ですよ?
「せんぱーい!」
放課後、部活も終わって俺が自転車置き場で、自転車の鍵を開け、押して歩き始めたところで、後ろの方からそんな声が聞こえてきた。
生憎、俺には俺のことを自転車置き場で呼び止めるような後輩もいないから、振り向かずにそのまま歩いてゆく。
「先輩ったら!」
三年生は補習があるから、そのセリフは一年生から二年生に対してのものだ。だが新学年が始まってまだ三月と経っていない。それなのに、そのように馴れ馴れしく上級生にできるのは、よほど馬があってのことなんだろう。中学の頃からの知り合いなのかもしれない。
そんなことを考えていたら、割と強めに背中を叩かれた。
「いったぁ」
思わず呻く。
「もうっ。呼んでるんだから、無視しないでくださいよ」
俺がいやいやそちらを見ると、むくれた顔の蒲郡がそこに立っていた。
「……なんか用か」
ぶっきらぼうに尋ねる。
「一緒に帰りましょうよ」
「なんで?」
「え、なんでって……。じゃあ、だめな理由でもあるんですか?」
「なんかやだ」
「えー! ひどくないですか?」
だってほら、俺が入学間もない一年生に手出しているようにしか見えないし、一番悪いのは、これを橘が知ったら、くどくど俺に説教するに違いないからだ。
放送部員としての自覚やら、高校生としての風紀とは何やら、ロリコン死ね、とかな。最後の説教ですらない。
流石にもうついてこないだろうと思って、俺は構わずスタスタ歩いてゆくのだが、校門を出てからもちょこまかと足音が俺についてくる。
「……お前、だからついてくんなよ」
「違いますよ! 私もこっち方面なんです。駅行くので」
「……」
気にせず歩くことにしたら、蒲郡はなおも声をかけてくる。
「先輩も電車通学ですか?」
「違う」
「お家、駅の方なんですか?」
「違う」
「あ、もしかして、気を遣って、私のこと駅まで見送ろうとしてくれてます?」
「絶対違う」
「嘘。だって自転車に乗ろうとしないじゃないですか」
「歩道が混んでるから乗らないだけ」
「素直じゃないなぁ」
「俺は素直だっての」
蒲郡はそれから俺の肩に手を置き、言った。
「先輩って、橘先輩と付き合ってるんですか?」
俺は観念してそちらを向いた。
……ぷにりと蒲郡の人差し指が、俺の頬に刺さった。
「……」
「やっとこっち向いてくれましたね」
頬を突き刺したまま、笑顔で彼女は言う。
「いいからおろせよ」
俺がそう言うと、蒲郡はムフフと言いながら、満足げな顔で手をおろした。
「で、どうなんです? 橘先輩と付き合ってるんですよね」
「……俺があいつと付き合うわけ無いだろ」
「え? じゃあ、もしかして安曇先輩の方ですか?」
「それも違う」
「え、ほんとに?」
「嘘言ったってしょうがないだろ」
「ほんとのほんとに?」
「だから、ほんとだって」
「もしかして、先輩、彼女いない人ですか?」
「お前喧嘩売ってんのか?」
俺がそう言ったら、蒲郡は眉間にシワを寄せるようにした。そしてボソリと「……早とちりしちゃったなぁ」と呟いている。
なんで君がそんな残念そうな顔するのかな。
「まあいいです。事情は分かりました」
「そうか、それは良かった」
「私が可愛そうな先輩の相手してあげますね!」
「遠慮しときます」