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俺は悪くないからそんな睨まないでほしい

 放送委員会ができてから、俺たちは揃って生徒議会に出席するようになっていた。本来であれば庶務である俺は出なくてよい、というか出たら駄目な気がするのだが、どういうわけか放送委員の席だけ委員長と副委員長に足して庶務の席が用意されていた。橘さんがまた執行部に対して無茶なことを言って、山本執行委員長を困らせたんじゃないかと俺が心配しているのはここだけの話。


 生徒議会というのは、生徒会のリーダーである立案部と執行部が主導して開く、学校行事運営のための各委員長とクラスの代議員が出席する会議のことだ。生徒会長率いる立案部は半年の任期付きで、対して執行委員長が率いる執行部の任期は無期限らしい。細かく言えば仕事内容も違うらしいのだが、俺にはよく分からない。

 

 基本、会議は山本が進めていて、執行部の隣に座る立案部メンバーらは何やら重要な密談に忙しいらしくニヤニヤしながらお互いを突っつき合っている。

 そう、お前らだよお前ら。会計の男と、書紀の女。

 後ろの列だから見えてないとでも思っているのだろうか。この前の会議のときもそうだった。委員長、代議員連中が一堂に会しているこの部屋の一番前で、生徒会長の直属の部下である会計と書紀がしている話なのだから、超重要なものに違いない。

 よもやこれが他愛もない睦言であったりなんかしたら、新政権樹立を唱えて、花丸新党がこの政界に風穴を開けるという可能性は大いにある。とはいえ選挙で勝つだけの人望がないのは自覚しているので、方法としてはクーデター一択。

 負ければテロリストだが、勝てば国難を救う英雄になれる。

 まあ、この神宮国の民は愚かだから、突然首長が変わろうと気づきはしないだろうが。

 ……そうか。上層部が腐るのは、そもそも下々の民が腐ってるからか。ならば意識改革が必要だな。


 権利の上にあぐらをかいている愚民どもに酷たらしい恐怖政治を敷き、彼らを奮い立たせ自由のためには戦う必要があると教えてやることこそ、親切心。そして悪逆皇帝ハナマルの名を恣にし、凶刃に倒れるのだ。

 ……憂国の士が孤独に耐え、凶刃に倒れるってちょっとかっこいい。

 

 それはそれ。


 選挙で選ばれた立案部メンバーが、他の奴らがあくせくして働いている中、生徒会室でのんびりお茶を飲んでいるなんて話、安穏な高校生活が送りたければ、決して人前でしてはならない。だから目の前で繰り広げられているこの理不尽な世界には目を瞑るのが賢い選択。あれはなにかの幻影だ。俺は何も見ていない。何も聞いていない。


 会議に飽きたか一部の人間がチラチラと時計を見始めた頃、山本の話も詰めに入り、他の委員会の連絡事項を聞く段階になって、山本の隣に座っていた執行部の女子生徒がこしょこしょと彼に耳打ちした。おそらくは一年生の女子だろう。

 流石に何て言っているのかは分からなかったが、嫌に距離が近い。ほとんど唇が耳に触れるくらいで、吐息をもろに感じるはずだ。彼女の彼を見つめる視線といったら、単に委員会仲間というオフィシャルな関係を超えている。

 どうやら彼女は山本くんにほの字らしい。

 

 しかしながら山本くんには留奈ちゃんとか言う彼女がいなかったろうか? もし山本が締まりのない顔をしていたのなら、放送部員であるところのこの俺が「えー、実は友達から聞いた話なんですけどぉ、ある学校のある執行委員会の委員長さんが女の子と仲睦まじげに話をしていましてね、何が問題かって言うと、彼には可愛い彼女がいるらしいっていうことでして……」みたいな報道をしなければいけないところだっ……いや駄目か、そんな週刊なんとかデイみたいなことしちゃ。人の不幸を劇場化し、それで得た金で生きていけるほど俺の神経は図太くないからな。まあ、不幸劇場が商売として成り立つのは需要があるからなんだけどね。

 「なんで不幸な話がメディアから無くならないかというと、結局みんな誰かが不幸になっている姿を見たがってるからなんだな」って話をそれとなくして、ドキュメンタリーを見て泣いていたクラスの女子に嫌な顔をされ、それを聞かれた教師に「そうか。つまり君はそういう人なんですね」と怒られるでもなく冷たい目をされたのは遠い少年の日の思い出。

 だって悲劇をエンターテイメント化しているのは、悲劇とは無縁の生活を送り、ソファーでポテチを食べながらテレビを見て泣いている、満ち足りた生活を送っている人たちでしょ? 

 あるいはテレビを見ているときは本気で泣いているのかもしれない。けれど次の日にはケロリと忘れて笑っている。何なら番組が替わったらゲラゲラ笑っている。

 何? 「私別にあなたに泣いてもらうために不幸になっているんじゃないですけど?」みたいな声が画面の向こうから聞こえてくるような気がして、いつも胸がムカムカするのは俺が捻くれているからですか? そうですか。

 だがあえて言おう。

 俺は悪くない。おかしいのはこの世界。


 そんなおかしな世界だもの。彼女持ちの男子に言い寄る女の子がいたっていいじゃない。

 しかしさすがは萌菜先輩が選んだ後任か。そんなハニートラップなど歯牙にもかけず、顔色を変えないで対応している。

 もし俺が可愛い後輩にあんなことされたら、耳まで顔を赤くしてしまうだろう。そしてとある橘さんに

「ちょっと花丸くんのくせに何、年下の女の子にちょっかいをかけているの? ロリコンなの? 変態なの? 死ねばいいの?」

 とか言われたに違いない。

 待て橘、俺悪くない。


 そんなことを考えていたらいつの間にやら体育委員長の話も終わって本日の生徒議会は閉会となった。


 俺は会議室を出て、トイレに向かったので、安曇と橘とは別れて一人になっていたのだが、会議室近くの人気なくなってひっそりした廊下で、誰が口論しているのが聞こえてきた。


 別に盗み聞きしたかった訳じゃないが、部室に戻るにはその廊下を通る必要がある。だから様子をうかがうように角から顔を覗かせたのだが

「ねぇ、雄くん。あの子一体何なの?」

 鬼神めいた雰囲気を放っている二年の女子生徒が、執行委員長殿の袖を、閻魔様もかくやとさえ言える表情をしながらグイグイと引っ張っていた。

 ……確かあれが、山本の恋人である留奈ちゃんではなかったろうか。どうやらあの執行部の一年と、山本とのやり取りを一挙一動、皿のような目で監視していたらしいな。ということは彼女もあの会議にいたということか。


「執行部の一年生だよ」

 山本はおそらくは彼女の苛立ちの理由も全て察した上で、こともなげに答えている。


 彼女はなおも苛立った様子で

「ねぇ、近くない?」

「ああ、わかったわかった。今度から気をつけるよ。それより今度の週末さ──」

 山本はその件から早く離れたほうが良いと判断したのか、話を変えて留奈ちゃんの気をそらす作戦に出た。流石に彼女の表情は不満げだったが、それ以上問い詰めるのは辞めたらしい。


 俺はそんな二人のやり取りを見て

「モテる男は辛いねえ」

 とボソリつぶやきその場をあとにした。遠回りになるが若い二人の痴話喧嘩を邪魔するほど俺も無粋じゃない。雨降って地でも固めておけば良い。


 それから数日、特筆すべきことはなく、どこにでもいる普通の高校生であるところの俺は、ありふれた普通の学校生活を送っていたのだが、ある日の放課後、山本執行委員長が放送部員が詰めている部室へと足を運んできた。

 戸口に彼の姿を認めてすぐ、その後ろにちょこんと、愛嬌の生まれ変わりみたいな女子生徒が立っているのが見えた。


「山本くん、どうしたのかしら?」

 俺と同様橘も山本の来訪の理由を知らないらしく、彼に尋ねている。安曇も不思議そうな視線を向けていた。


「……いやぁちょっと、お願いというか……いやお願いじゃないな。言ってしまえば執行部命令なんだけれど、うちから放送委員というか放送部に、一人派遣することになって」

 山本が戸を叩いた理由をすべて言い終わる前に、後ろにいたその女子が前に出てきて


「はじめましてぇ。執行部一年の蒲郡(がまごおり)茉織(まおり)って言います!」

 とピョコリと頭を下げた。


「どういうこと?」

 橘は訳がわからないといった様子で再度山本に尋ねている。


「いやぁ、ちょっと、色々あって……」

 そう言ってお茶を濁し、視線もそらした。


 なんか色々察してしまった俺は、お茶を啜りながら

「まあ、いいんじゃねえの。どうせ人件費はただなんだ。いくら労働力が増えようと困りはせんだろ」

 と言った。


 そんな俺を蒲郡(がまごおり)はハッと見て、それからたったっと駆け寄ってきた。


「先輩、よろしくです! いつも面白い放送している人ですよね! 私、先輩のファンなんです!」

 そう言ってむんっと顔を近づけてきて、ガシッと俺の手を掴んできた。


「お、おう。よろしく」

 いや待て。近い近い。お願い、離れて。俺のATフィールドいきなり破らないで。危うく自我境界が崩壊するところだったから。


 俺が猪突猛進な彼女の挨拶にタジタジになっているところ橘が冷たい声で

「ちょっと花丸くん。蒲郡さんに近づきすぎよ。離れてくれるかしら」

 とねめつけてきた。


 待て橘、俺悪くない。


 橘は部外者にかきまわされるのが嫌なのか、かなり不満げだ。

 それを見た山本が

「まぁまぁ、橘さん。頼むよ。ほら、席のことについてはこちらも融通してあげたでしょ」


 それを聞いた橘は悔しそうに顔を紅潮させた。

「だって、あれは! ……あれとこれとは別な話でしょう……」

 そう言うものの最後の方は声がしぼんでいっている。


「おい、席ってなんの話──」

 橘はそれ以上喋ったら殺すぞってくらいの剣幕で睨みつけてきた。


 蛇に見込まれた花丸、本懐を知らず、されど闇の深さを知る。


 だから黙った。思い当る節が海馬の辺りで踊っているような気はしなくも無いが、時として人の脳はエラーを起こすのでこれも多分エラー。俺は何も知らない。


 橘は取り繕うように咳払いをしてから

「分かりました。いいです。執行部の命令とあらば、反対はしません」

 と述べた。


 ……いや、まあいいんだけどさ。


  *


 ひと悶着はあったのだが、こうして橘は蒲郡の派遣を了承した。安曇は後輩ができたのが嬉しいのか色々と彼女に尋ねている。

 山本は「じゃ、よろしく」と言って出ていった。俺はトイレに行くふりをして彼の後を追った。


 山本に追いついてから

「一体どういう了見だ?」

 と声をかけた。


 山本は苦るような顔をして

「いやぁ、えっと、まあそんな感じだよ」

「いや全然分からんのだが」


 山本は詳しい訳を話したくないらしい。口をへの字に曲げている。

 仕方がないから俺の方から

「……留奈ちゃんに何か言われたか?」

 と尋ねた。


 山本は頬をかくような仕草をして

「もしかして見てた?」

 と決まり悪そうな顔をした。


「たまたまな」


「見苦しいものを見られちゃったなあ」

「俺は気にしてないぞ」


 とうとう観念したか

「お察しの通り、留奈がちょっと不機嫌になってしまってね。僕としてはこんな手段取りたくなかったんだけれども、他に距離を置く方法が無くて……」

 と訳を渋々話した。


「それで左遷ってわけか」

「左遷……ってことになっちゃうのかな」


「あの子、よく了承したな」

「彼女自身もやりすぎたって思ってるみたい。それで割とすんなり受け入れてくれたよ」

 俺は耳を疑った。


「ん? 待て。あいつ、お前に彼女いること知っててあんなふうにしてたのか?」

「そりゃ、彼女に聞かれたからすぐに言ったさ。僕としても不誠実なことなんてしたくないからね」


「……それ、うちで謹慎してどうにかなるような問題じゃないだろ」


 山本はその言葉に対しては、ただ肩をすくめただけだった。


「まあ、根はいい子だからよくしてあげてよ。よろしく頼んだよ」

「あ、おい」


 山本はすたすたと歩いていってしまった。  

 その後ろ姿を見て俺は

「……ようやくあいつも、萌菜先輩(ぜん)とした強引な立ち居振る舞いが身についてきたな」

 と一人呟いた。


 ……いや、感心してる場合じゃないか。

 


本作品は「ツンデレからデレを引いたような女のせいで、高校生活が憂鬱なんだが」のスピンオフです。

是非、本編とあわせてお楽しみください。

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