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再び始まる神話戦争  作者: 籠目かごめ
第一部
9/46

契約者の少女

 学院のあるこの街は、それなりに地域開発が進んでいる場所だ。

 大型ショッピングモールやボーリング場、映画館などの娯楽施設が完備されていたり、美術館や博物館などの文化施設までも用意されている。

 アレンが戻ってきたのは、西部にある住宅街の一画だった。

 緑あふれる公園を抜けると、小さなマンションが建っていた。


 「――――――――」


 カードキーを使ってエントランスの扉を開けると、そそくさとエレベーターまで歩いて行く。

 六階建てのマンションだが、割と最近に建てられたらしく、内装も設備もそれなりだった。

 本来は、もっと立派なタワーマンションをクリスが用意していたのだが、そこまでのものはいらないとアレンが断った結果、このマンションに住むことになった。

 アレンとしてはアパートでも問題なかったのだが、セキュリティ面の問題からか、クリスが断固として反対したため、アレンが折れる結果となった。


 エレベーターが最上階に着くと、目の前の部屋で立ち止まる。

 エレベータを降りてすぐ見える部屋が、アレンが借りている部屋であった。

 鍵を使って扉を開くと、誰もいない筈の室内の電気がついていた。

 それを気にすることなく、アレンはリビングまで歩みを進める。

 

 「……はあ、前も言ったが、食べたら流し台に持っていくくらいのことはしてくれ」


 「……ごめんなさい」


 部屋の奥からショートカットの少女が姿を現す。

 おそらくは十六歳ほど。少女はどこか掴みどころのない雰囲気を漂わせていた。


 「ああ、次からは気を付けてくれ」


 しょんぼりと肩を落とす少女を見つめる。

 外見はともかく、中身は十六歳にしては少し幼く感じる。

 もっとも、そうした印象を受けるのも無理はない。


 「それで、記憶は戻ったか?」


 「ううん。……あの日からなにも変化ない」


 「そうか」


 そう。目の前の少女は記憶を失っているという。

 本来はしかるところに預けるべきなのだろうが……。


 「でも、権能(チカラ)はだいぶ安定した。これも、あの時アレンが助けてくれたから。ありがとう」


 感謝の言葉に、アレンは気恥ずかしさを覚えて頬をかいた。

 時間は少し遡って、一週間前。

 記憶喪失の少女と遭遇したのは、つい先週のことだった。



 ***



 ――あれは、仕事を終え、帰宅途中のことだった。

 仕事が少し長引き、気がつけば空は暗闇に染まっていた。

 いつも通りの帰宅道。近道のために、大通りから人通りの少ない路地裏へ曲がった。

 開発の進んだ土地とはいえ、路地裏を進めば街灯は次第に少なくなっていく。

 だから、ソレにはすぐに気が付いた。

 不意に、路地の一画から明かりが灯ったのだ。

 それも、電気などではなく、炎によるものだった。

 

 「ボヤか?」


 誰かが面白半分で火を放ったのかと思った。

 けれど、炎のもとに近づくにつれ、ひどく懐かしい感覚を覚えた。

 慌てて駆け寄ると、少女の周りを炎が取り巻いていた。

 

 「誰!?」


 少女はアレンを見据えて呟いた。

 少女はフォリアの学生服を着ていた。


 「ああ……権能が暴走しているのか」


 久しぶりにみた光景だったが、さして珍しいものでもなかった。

 契約者(テスタメント)になったばかりの時は、ちょっとした弾みで権能を制御できなくなってしまうことがある。

 暴走には大小様々な形があるが、このタイプはしばらくすれば収まる類のものだ。

 それでも、見つけてしまった以上は放置しておけないし、契約者(テスタメント)本人に支障はなくても、周囲には被害がでる恐れもある。

 面倒くさそうにため息一つ吐くと、アレンは少女に近づいていく。

 

 「ダメ!この炎、私にも制御できないの。だから危ない――――」


 少女が喋り終える前に、アレンは少女の腕を掴んだ。

 それに反応して、炎がその激しさを増す。


 「落ち着け。無理に制御しようとしても駄目だ。権能の制御にはイメージが大切だ。そうだな――炎が消える瞬間をイメージしろ」


 「っ!!」


 少女が目を瞑る。

 周囲に浮いていた炎の球が、一斉にアレンへと襲い掛かる。

 命中すればただではすむまい。テニスボールサイズの火球といえど、神の権能だ。

 まともに直撃すれば、人間の肉体など簡単に焼き尽くすだろう。少なくとも、火傷程度で済む代物ではない。

 火球がアレンの眼前に迫り――――すんでのところで、炎は何事もなかったかのように姿を消した。


 「ふう――――なんとか間に合ったか」


 気がつけば眼前の少女が目を開けていた。

 炎が消えたのも、彼女が制御に成功したからだった。

 仮に少女が権能の制御に失敗したとしても、この場を収める方法はいくつかあったのだが、これが一番平和的だったので、無事に成功してくれてなによりである。

 周囲の炎が完全に消えたのを確認すると、アレンが口を開いた。


 「身体に異常はあるか?」


 「……え?」


 問われた少女は、きょとんとしながらも、自分の身体をあちこち触れた。


 「……特に何もない」


 「ふむ。権能が暴走した時は、心身に多少の影響がでることが多いんだが……」


 多くの場合は疲労感が出たり、場合によっては気絶したり、一時的に身体が麻痺したりすることもあるのだが、運がいいのか適応率が高いのか。

 

 「まぁいい。それで、契約した神の名前は?」


 アレンの言葉に少女は首を傾げる。


 「意図的であれ無意識であれ、契約したのなら契約神の名前は分かる筈だ。それが分かれば、その扱い方も教えられる」


 概念となっているとはいえ、その元となった『神』には様々な逸話がある。

 人間好きな神であれば、そこまで気にしなくても然程問題はないし、その逆であれば扱いはデリケートになる。

 アレンの意図をどこまで理解しているかは不明だが、少女は問われたことだけを答えた。


 「プロ……メテウス?」


 「プロメテウス……ギリシア神話の神様か」


 神話において、主神ゼウスと対立してまで人類に火を与えた神の名である。

 すんなりと暴走していた権能を抑えられたのも、そうした背景があったからというのも一つだろう。

 

 「プロメテウスであれば、そこまで慎重にならなくても問題ないだろう。権能を使う際に、火を使うというイメージを忘れなければ問題ないはずだ」


 「――――ありがとう」


 少女はそうアレンに告げたのだった。



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