建国神の槍
懐かしさと同時に、吐き気を覚えた。
『戦争』では日常となっていた契約者との戦い。
どれだけの敵を屠り、どれだけの仲間を失った?
血で濡れた戦場は、未だ瞼の裏に焼き付いている。
時間は多く過ぎたが、自分はまだあの時間を過ごしているのだろう。
全てを焼き尽くす業火も、万物を打ち砕く雷撃も、どこからともなく襲いかかる呪術も、その全てがまだ当たり前の存在だった。
決して忘れることのできない世界。
忘れてはならない光景。
過去にしたいのに、様々な感情がそれを許さなかった。
「何を呆けているんだ!」
懐かしむような感慨に耽っていると、突然声がかかった。
意識を切り替えると、眼前に槍の切っ先が迫っていた。
咄嗟に上体を横に反らし、紙一重でその突きを回避する。
「随分と余裕そうだけど、俺を舐めているんです?」
怒りを露わにした千夜が、槍を構え直す。
「そういうわけではないんだが、少し過去を思い出してしまってな。お前が手加減してくれていなければ、間違いなく直撃を貰っていただろうな」
あの一瞬、千夜の槍は速度を緩めていた。
あれがなければ、確実に一撃を貰っていた。
戦争から二年が経ったとはいえ、さっきの油断は致命的だ。
これが実戦なら、今ので勝負はついていただろう。
「――これは実戦じゃない。俺は自分の力を理解してもらえればそれでいいんだ」
熱くなっているが、相手を必要以上に傷つけない配慮はしている。
あくまでも自分の力を示したいだけということだろう。
『戦争』時にも、そういう者は少なからずいた。そうした相手をなだめるのは苦労したものだ。
むしろ加減ができている分、千夜のほうがこちらにとってありがたいと言える。
「お前の力は理解しているつもりなんだが……」
アレンはもう一度拳を前に突き出して、戦闘態勢に移った。
「さも自分の方が上だと言わんばかりの態度……そういうのが気に入らない!」
権能発動――神器・建国の槍。
千夜が地面に槍を突き立てると、そこを起点に無数の巨木が現れる。
それはまるで意思を持っているかのように、アレンへと襲い掛かった。
『戦争』では見かけることのなかったタイプの権能。
基本的に樹木を扱う権能となると、豊穣神や樹神が該当するだろう。
しかし、豊穣神の権能の多くは大地を活性化させるといった効果を拡大解釈し、細胞の活性化及び怪我の回復作用効果へと変換していた。
あるいはメソポタミア神話の女神イシュタルのように、豊穣神以外の別の神性をもつ神であったり、北欧神話のフレイ神のように、神性とは別の強力な神器をもっていたりする場合もあった。
そして、樹神というのはあまり数が多くはない。
もちろん細かなものならそれなりに存在するのだろうが、『戦争』で活躍できる程の存在となると、そう数は多くない。
そのため、こうして樹木そのものを権能として扱うのはアレンも初めてであった。
(まぁ、反乱軍にはローマ神話のフローラ神と契約した奴もいたんだが、あれは樹木というよりも花がメインだったからなぁ)
迫りくる巨木に飛び移りながら、千夜の攻撃を回避し続ける。
本来であれば無数の巨木の質量に押しつぶされて終わりだろう。だが、ここは室内。生み出せる樹木に制限がかかっている。
もちろんこの施設ごと壊すつもりであれば、それは不可能ではない。
しかし、幸いなことに千夜にそのつもりはない。
冷静さを欠いているようで、その実、一線は超えていなかった。
「くっ、とらえきれない!?」
千夜に焦りの表情が見える。
一見千夜が優勢に見えるようだが、アレンは着々と千夜との距離を縮めていた。
二十メートル以上あった距離は、すでに五メートル程まで埋まっていた。
距離が縮まるにつれ、建国の槍の権能もその勢いを失っていく。
こうした質量攻撃は、自分の周りで使うと自身の行動も制限されてしまうからだ。
その隙を見逃さず、アレンは一気に駆け抜ける。
「速い!?――――けど!」
アレンの動きに驚くも、すぐに槍を地面から抜いて構える。
(へえ、動きに迷いがない)
戦争経験者でもないのに、その対応にアレンは素直に感心した。
しかし、千夜が槍を振るう前に、アレンの蹴りが建国の槍を吹き飛ばした。
千夜の腕から離れた建国の槍は、見事なまでな弧を描き宙を舞う。そして地面へと落ちたその時には、霧のように消失してしまった。
「勝負あり、だな」
武器はすでになく、体勢を崩し倒れ込んだ千夜にできることはもうない。
誰が見ても勝敗は明らかであった。
「契約者ってのは、神の権能に頼りがちで本人の能力はたいしたことがない。だからこうやって接近戦に持ち込めば、案外何とかなることもある」
もっとも、そんな芸当はそう簡単にできるものではない。それを許さないのが神の権能なのだ。
だからこれは、少し特殊な事例だ。
アレンは『戦争』の中でも、他の契約者と違い、こうした戦い方を主流にしてきた。
槍だけを手にして、数多の契約者を屠ってきた。
それ故に、彼につけられた二つ名は『烈槍王』。
そもそも千夜が手加減しなければ、こう上手くいくことはなかっただろう。
「…………先生。あんたは――――」
千夜が何かを言いかけたその時。
『アレン・ルーカス先生、アレン・ルーカス先生。シスター・クリスがお呼びです。至急教会までお越しください』
校内放送が響き渡った。
「――――っ。よ、呼ばれたみたいだから行ってくるな。ああ、コレ今日測定したデータだ」
慣れないことをしたせいか、今更ながら気恥ずかしさが込み上げてくる。
資料を渡すと、逃げるようにして入口へと向かった。
「ああ、さっきは悪かった。その気はなかったんだが、どうやら気に障ることを言ってしまったみたいだ。
お詫びと言ってはなんだが、契約神のことについてなら相談に乗るよ。契約神についてはそれなりの知識があるから、なにか力になれると思う。それ以外のこととなると、少し困るがな……」
そう言い終えると、アレンはトレーニングルームを後にしたのだった。