契約者
少しづつですが、読んでくれている人が増えているようで嬉しいかぎりです。
これからもよろしくお願いします!!
第二トレーニングルーム。
普段授業や部活で使用される第一トレーニングルームとは別で、滅多に使用されることのない施設。
契約者が使用することを前提に設計された特殊施設である。
約束をしていた人物はすでにそこで待っていた。
「悪い、鳳。待たせたな」
「……いえ、俺も今来たところですから」
鳳千夜。
アレンが担当するクラスの生徒であり、この学校でも数少ない契約者の一人である。
アリスとは違うが、こちらはこちらで目つきが悪く、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせる少年であった。
「あー早速だが始めるか」
そういってアレンは手元の資料に目を通す。
そこに書かれているのは、三か月前に測定した鳳千夜の契約者としての情報。
契約したといっても、人間が神の権能を所有するのだ。契約者本人が肉体的、あるいは精神的な不調をきたせば、権能の制御にも支障が出る。
特に外見では判断しにくい精神的な不調は、契約者自身も気づかないことが多い。
だからこそ定期的に検査、測定をして契約神に影響がないかを確かめる必要があるのだ。
「とりあえず権能を顕現させてくれ」
「――はい」
千夜が小さく頷くと、彼の手には一本の槍が出現した。
一見シンプルでなんの変哲もない槍だが、同じ約契者であるアレンはその槍に秘められた権能を感じ取っていた。
「凄いな……それが国造りの権能を有した神器か」
千夜が契約した『神』の名はロームルス。
ローマを築いた建国者であり、後に神として讃えられた人物である。
本来、契約神は文字通り『神』しか存在しないのだが、ロームルスの逸話自体が史実というよりは一つの神話として語られることがある為、こうして『神』として確立されたのだろう。
千夜が顕現させたのはロームルスがローマ建国の折、パラティヌスの丘に突き立てたという槍。
神器・建国の槍
ロームルスがこの槍を丘に突き立てると、瞬く間に大樹へと変貌したという逸話から、この槍は樹木操作の権能を有していると資料には記載されている。
「――――ふむ。特に問題なく安定してるな」
神器の顕現は特に問題ない。
不調がある場合は神器を顕現できないか、顕現できてもすぐに消えてしまうことが多いのだが、そうした様子は一切見られない。
「この程度で問題があるわけないでしょう」
千夜は冷たく言い放った。
彼は彼で少しばかり自信過剰な面があって、アリスとは別の意味で接しにくいのだが、引き受けてしまった以上は上手くやるしかないだろう。
「ああ、それならこっちも楽に進められて助かるよ。じゃあ次の測定に移ろうか」
そう言って、アレンは手元にあるスイッチを押した。
施設内に置いてあるカメラが起動を始め、千夜の姿をモニターに映し出す。
統制局の作った最新設備の一つ。
カメラに映った権能を自動で測定し、どれだけ安定しているかを算出する機材。『戦争』時はこんな便利なものはなかったし、個人的にはあまり信用してはいないが、郷に入っては郷に従えだ。
統制局の基準で測定を行うのであれば、反乱軍のやり方ではなく統制局のやり方で行ったほうがいいだろう。
「こっちの準備はできたから、いつでもいいぞ。ああ、当たり前だが全力は出すなよ」
資料に明記されている通りならば、ロームルスの権能はここで使うには強力過ぎる。
国造りの権能――――周囲をローマとして置き換える大権能は、並大抵の契約神のソレを凌駕するだろう。
「――建国の槍、権能発動」
建国の槍を地面に突き立てると、周囲の地面から数本の大樹が出現した。
『雷帝』のような破壊力のある権能ではないが、とにかく無数の大樹による攻撃は、純粋な物量兵器となるだろう。
モニターに映し出されたデータに目をつける。
機械が算出した数値はどれも高い数値を叩きだしていた。
「もう充分だ……うん、以前に比べて数値は高くなっている。ただ適応率は前回と同じCランクのままだな」
「っ――そうですか」
適応率。
契約者と契約神の相性の良さを示す指標である。
この適応率が高ければ高い程、契約者の権能が『神と同質』に近づく。
実のところ、この適応率こそが戦いにおいて契約者の強さを決定づけていた。
契約した『神』がどれだけ強力かも大切な要因ではあるのだが、その権能を引き出すことこそ最も大切であった。
どれだけ強力な権能であろうとも、使いこなせなければ意味はない。
――文字通り宝の持ち腐れというやつだろう。
「適応率は最低をE、理論上の最高をSとするランク付けがされている……もっとも、統制局が定めたこれは些か大雑把な分け方な気もするがね」
『戦争』中はもう少し細かい区分がされていた。
だが、『戦争』のない現在では、そこまで細かく区別する必要はないという統制局の考えにより、こうした区分が設定されたのである。
現在のもっとも多い適応率はDランクだということを考えれば、千夜の適応率は平均よりも高い数値と言えるだろう。
「個人的にはBランクに近いCってイメージだな。まだ契約者になってから一年も経たっていないのに、ここまで適応率を上げられているならたいしたものだと思うぞ」
そもそも、『戦争』が終戦を迎える間近に覚醒した契約者たちは、最初期に覚醒した者たちと比べて適応率が低いとされている。
その原因までは不明だが、最初期の契約者はC~Aという高ランクが多かった。しかし、終戦間近から今日に至る間に覚醒した契約者は、その多くがDランク止まりであり、Bランクの適応率が最高値とされている。
噂によれば、ここ一年ほどはAランクの適応率をもった契約者は生まれていないと聞く。
「――――はい」
千夜は淡々と頷く。
一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべていたが、それもすぐに消えていた。
C、それもBランクに近いとなれば十分すぎる結果だろう。
「うん――なら測定検査はこれで終わりだ。測定したデータを整理して渡すから、もう少し待っていてくれ」
アレンは手元のパソコンを操作して、先ほどとったデータをコンピューターに入力していく。
「……なぁ、姫神と戦ったって噂本当なのか?」
手際のよい動きで、入力作業を進めていくアレンがふと呟いた。
彼にとっては特別な意図があった質問ではない。ただ、ひと時でも無言の空間を作らないように、と思ったが故の問いかけだった。
それでも千夜には特別な意味を持ったようで……
「――あんたはそれが真実だと思ってるんですか?俺があいつと戦って負けたって噂を真実だと……」
表情は一切変えず……しかし、その声音からは少しばかり怒気が籠っていた。
いや、声音だけでなく、その口調も若干ながら変化していた。
「どうだろうな……普通に考えれば、非契約者が契約者に勝つなんて不可能だろうが、あの『戦争』ではそうした事例もあったと聞く。
だからまぁ、難しくはあるが出来ない事はないんじゃないか?もっとも、姫神が特殊な訓練を積んでいた、なんて話が前提になるがな」
アレンは冗談じみた口調で言う。
実際、権能を使わずとも契約者に戦闘で勝つ方法は実在する。
しかし、反乱軍の中でもそんなことができるのは、片手で数えられる程度の人数しか存在していなかった。それだけ『神』の権能というものは強力なものなのだ。
理論上は不可能ではないが、おおよそ現実的ではない。
アレンにとって、先の言葉はそうした意味合いでのものだった。
「不可能ではない…………なるほど。あんたは俺が負ける可能性があると――そう言いたいのか?」
もはや隠し切れんばかりの怒気が千夜の周囲に漂っていた。
アリスとの一件は、彼にとってタブーだったようだ。
「あ、いや――――そういうわけでは……」
アレンは慌てて取り繕うように言葉を探す。
それでも千夜はアレンの言葉に耳を貸す素振りは見せない。
「なら、そんなことが考えられないよう、俺のチカラを見るといいさ」
千夜は完全に戦闘態勢に入ってしまった。
こうなれば、穏便に事を済ますのは難しいだろう。
アレンは小さくため息を吐くと、両拳を前に出した。いわゆるファイティングポーズというものである。
「ああ、クソ……あまり気乗りはしないが、仕方ない――特別授業だ。内容は、契約者との戦い方といったところか?」
その言葉と同時に、第二トレーニングルームに轟音が鳴ったのだった。