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再び始まる神話戦争  作者: 籠目かごめ
第一部
4/46

過去の記憶

 ――――これは夢だ。かつての記憶を繰り返しているに過ぎない。


 全身を痛みが襲う。

 アレンたちが逃げ隠れた遺跡はすでに半壊状態で、いつ崩れてもおかしくない有様だった。


 繰り返し何度も見た光景(ゆめ)

 忘れることの出来ない、あの『戦争』の終幕。


 「流石にお前は無事か、『烈槍王(れっそうおう)』」

 

 遺跡の陰から声がかかる。

 視線を移すとそこには、片腕を失った少年が遺跡の壁に寄りかかっていた。まず間違いなく致命傷だ。

 当然のことに、彼も契約者(テスタメント)だった。契約した神の名はメソポタミア神話に語られる戦神ザババ。

 反乱軍の中でも屈指の力をもった『神』だった。

 もっとも、彼の腕からは神の権能の一端――――二振りの神器(じんき)は失われていた。


 契約神。

 七人の魔女によって生み出された――――蘇った神代の痕跡(こんせき)

 無限の可能性を秘める十代の若い世代のみが、神との契約を行うことで発現する神の権能。

 神の権能を扱うということは、神に『成る』ということに等しい。

 それ故に、そんな行為が許されるのは、あらゆる可能性を内包する少年少女に限定される。

 神器(じんき)神技(じんぎ)という二つのカタチに分けられる権能(ソレ)は、現代に蘇った神の御業(みわざ)と呼ぶに相応しかった。


 「負けたな……完敗だ」


 少年は笑いながら呟いた。

 止血処置はしたのだろうが、それでも少年の失われた腕部からは血が流れ落ちている。

 遺跡の外から、甲高いサイレンが鳴り響く。


 『反乱軍の戦闘員たちに告ぐ!武器を捨てて投降せよ!』


 拡声器を通した声が遺跡にまで響き渡った。

 認めたくはなかったが、いつかはこの時が来ると、そう心のどこかで思っていた。

 事実、()()()がこの戦争に参加し始めた二ヵ月前から戦況の趨勢(すうせい)は統制局側に傾き始めていた。


 「ああ、クソ。噂には聞いていたが、マジでつえぇな……アレが統制局の最高戦力――『雷帝』か」


 遺跡の外には、破壊しつくされた戦場が広がっていた。

 この場所はかつてエリア3に割り振られており、反乱軍の最終防衛ラインとして機能していた。

 それ故に、エリア3には当時の反乱軍の残存戦力……その大半が集められていた。

 反乱軍の兵数は統制局に大きく劣ったが、その分、質という面ではこちらが勝っていた。

 あの当時最高の戦力を集結させた最終防衛ライン(エリア3)


 それを『雷帝』はたった一人で突破した。

 もっとも、『雷帝』も無傷では済まなかったようだが、戦場跡は地獄のような様相であった。

 密林の中であったはずのエリア3は、辺り一面が焼け野原と化しており、かつての姿は完全に失われていた。

 それはまさしく、神の暴威。

 神代における神の裁き――――その再現であった。

 まともな死体すら残っていない。『雷帝』の雷が、周囲全てを無惨に破壊しつくしたからだ。


 『雷帝』が契約した『神』の名は、インドラ。

 インド神話において、神々の王とも謳われた雷霆神(インドラ)の権能を、『雷帝』は顕現させ、戦場を蹂躙しつくした。

 その権能(ちから)の前に、反乱軍の契約者(テスタメント)たちは散っていった。


 「我々は君たちを受け入れる準備を整えている。大人しく投降すれば、その後の処遇は穏便に済ませると約束しよう!」


 投降を促す声がもう一度遺跡へと届く。

 敵である自分たちに、ここまでの処遇を通告するのは、雷帝の意向らしい。

 同じ契約者である以上、出来る限りの恩情は与えたいということなのだろう。

 もっとも、多くの味方を殺したという事実が消えることはないのだが。


 アレンはひび割れた壁の隙間から、焼けた地面を見つめる。

 このまま大人しく投降するつもりなどなかった。

 絶対的な破壊――神の雷を相手に、どう戦うべきかを考える。

 

 「…………アレン、お前は逃げろ」


 (かす)れた声で、少年が呟いた。

 喋るだけですら辛いだろうに、その表情は笑っていた。


 「あ?何を言ってやがる」


 「お前は俺たちと違ってそこまで大きな傷を負っている訳じゃない。……クリスティーナのもとまで逃げられれば……後は彼女がどうにかしてくれるはずだ。

 せっかく生き残ったんだ……その命わざわざ捨てる必要はないさ。……ああ、今からでも人並みの幸せってものは手に入るだろうよ……」

 

 少年の声は次第に小さくなっていく。

 あれだけの怪我を負いながら、いままで意識を保っていられたのを褒めるべきだろう。

 その努力ももう限界を迎えていた。

 

 「っ……じゃあな、アレン……」


 それを最期に、少年の声が途切れた。


 「――――おい!」


 慌てて声をかけるも、返事が返ってくることはない。

 これも繰り返し見た光景(ゆめ)で、いつものように少年はここで事切れていた。

 今でもふと思うことがある。

 あの時、彼の遺言を受け止めて逃げていれば、今とは違う結果になったのだろうかと。


 次第に景色が変化していく。

 ああ――――これも何度も夢見た光景だ。

 映しだされたのは遺跡から少し離れた地点。

 あの『戦争』の本当に最後の戦い。

 誰も知らない、二人だけの決戦。


 「――『雷帝』」


 アレンが目の前に立つ相手の名前を言葉にする。

 黒いローブのフードを深々と被った契約者(テスタメント)

 対峙するアレンは、仮面をつけて『雷帝』を見つめていた。


 呪術に特化した契約神も存在した『戦争』では、自分の正体を隠すことがなによりも重要であった。

 それ故に、相手の顔を知らずに殺し合うのが当たり前の世界でもあった。

 あるいは敵の顔を知らないからこそ、相手に同情や情けをかけることなく殺すことができたのかもしれない。


 『雷帝』の周囲に雷が帯電する。

 触れるだけでも激痛を伴う、雷の防壁。

 破壊と殲滅を繰り返したその雷は、それでも尚神々しいと感じてしまう。


 「この戦いは無意味だ」

 

 低く(いびつ)な声で『雷帝』は言った。


 「意味ならある」


 アレンはそう答えた。

 彼の手には二本の槍が握られている。

 先に動いたのはアレンだった。

 二槍を携え、『雷帝』との距離を縮めるべく走り出す。


 『雷帝』が動く。

 雷霆神の防壁が、その範囲を広げアレンを迎え撃つ。

 外敵から自身を守る盾でありながら、敵を拒絶し近づけさせない武器にもなる雷の防壁。それをアレンは易々と切り裂き、『雷帝』との距離を詰める。


 「――――『雷帝』!」


 槍が駆ける。

 その槍撃は、『雷帝』の心臓を穿つように(はし)り――――消滅した。


 「――っ!?」


 アレンが手にしていた一本の槍は、轟音と共に出現した雷によって焼き尽くされたのだ。

 インドラ。

 神技(じんぎ)雷霆(らいてい)

 雷霆神(インドラ)の雷を扱う権能。

 古来より、神と雷は深い関係があるとして扱われてきた。

 ギリシア神話の最高神ゼウス、北欧神話の雷神トールなどと同様に、雷霆神インドラも強大な存在として神話に登場する。

 神の怒りとも称される雷を、『雷帝』は行使する。

 あらゆる存在を焼き尽くす裁きの雷、必滅の一撃こそが雷霆神(インドラ)の権能である。


 「――――ちっ!」


 かろうじで、アレンは耐えた。

 雷がその身に伝わる寸前に、手にしていた槍を手放したことで、なんとか耐えることができた。

 もっとも、無傷とはいかず、槍を手にしていた右腕は少し焼け焦げていた。

 

 ――――この『戦争』に善悪はない。

 どちらも似たような光景(せかい)を夢見て武器を握ったのだと思う。


 反乱軍。

 契約者が自由に楽しく生きられる世界を作るために戦った。

 その理想は、きっと間違ってはいないと思う。

 力があるというだけで、誰かが誰かを管理する社会は、世界に大きな不満をもたらすだろう。


 統制局。

 契約者(テスタメント)は管理する必要があると主張した。

 社会は異常な存在を受け入れない。厳しく管理され無害化されてこそ、契約者(テスタメント)という怪物は人間として社会に存在を許される。

 その現実は、きっと正しい。

 あるがままの強大な力は、いずれ社会を――――世界を壊し(こわ)すだろう。


 どちらも正しい。

 だから結局は……自分たちが決めることなんだと思う。

 その世界を(ただしい)と信じられるか……それこそが本当に必要だったものなんだと。

 

 せめて、あの時……仲間の遺言を受け止めて逃げていれば、少しは前に進めたのかもしれない。

 結局のところ、自分を赦せず、相手を――『雷帝』を赦せなかったから、あの場でぶつかり合い、血を流した。

 

 ――――夢が終わる。

 凄惨な戦場跡地も『雷帝』も、次第に視界から遠ざかっていく。


 (――お前は自分の弱さを認めることができたのか?『雷帝』)


 届くはずのない相手に手を伸ばす。

 しかし、その手を取る相手はすでに消え、視界が白に染まっていく。

 ふと、脳裏に映像が浮かび上がる。

 少年少女たちが笑い合い、楽しく生活する学校の風景。


 (――――ああ、これがお前の夢見た理想(せかい)だってんなら……案外悪くないのかもしれないな)


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