クラスの内情
どれくらい時間が経っただろうか。
今朝職員室を探し求めて歩き回った時も感じたが、この学校は想像以上に広い。
簡単な説明を受けながら校舎内を案内してもらったが、それだけですでに時刻は昼を過ぎていた。
かつては軍隊にいたこともあり、体力にはそれなりの自信があるが、疲労は脳のほうにきていた。
多くの設備や施設、その他諸々の場所や説明を一度に頭へ叩き込んだため、記憶能力がパンク寸前を迎えている。
「ふふ、お疲れ様ですアレン先生。なるべく簡単に説明したつもりでしたが、それでもかなり時間がかかってしまいましたね」
「ある程度は予想してましたが、想像以上の広さで少し困惑しています」
契約者は統制局にとっても貴重な存在だ。
それ故に契約者育成機関には、最先端の設備が多数用意されている。
通常の学校とは違い、こうした大規模な施設や設備を有しているのも、ここの特徴の一つだろう。
「それにしても……アレン先生が担当するクラスは2ーBですか。大変なクラスを任されてしまいましたね」
職員室に戻る途中、静璃は苦笑いを浮かべながら呟いた。
「あのクラスになにか問題でも?」
「問題という程ではないですが、この学校の中でもそれなりに有名な生徒が二人所属しているんですよ。学級委員長の姫神アリスさんと、この学院でも数少ない契約者として覚醒している鳳千夜くんの二人ですね。
そして、この二人の仲があまり良くないというか……鳳くんが一方的に敵視しているというか」
鳳千夜という男子生徒の顔は曖昧にしか思い出せないが、姫神アリスという女子生徒の方はしっかりと覚えている。
むしろ忘れたくても忘れられないというべきか……。
姫神アリス……あの時出会った少女の名前であった。
「敵視って……鳳は契約者ですよね?普通は逆じゃないですか?」
全員が全員契約者になりたいとは思っていないだろうが、それでも契約者は特別な存在だ。
彼らに憧憬をもっている者も少なくはない。思春期を迎えている少年少女たちにとって、特別な力というのは、それだけで惹かれるものがあるだろう。
だからこそ、契約者として覚醒している鳳が、姫神を敵視しているというのは少し不思議だった。
「これはあくまで噂なんですけどね……鳳くんが姫神さんと対決して負けたらしいんですよ」
契約者である鳳が負けた?
いや、もちろんありえないことではない。
いくら契約した神の力――その一端を扱うことができるとはいえ、本人の身体的能力に変化はない。
契約神の力で身体能力を向上させる、なんて例外もないわけではないが、大半の契約神にそんな力は備わっていない。
だからこそ契約者同士の闘いでは、権能の扱いと同じくらいに個人の戦闘能力が重要視された。
とはいえそれは契約者同士が闘った場合の話だ。
並大抵の人間が神の力を宿した人間に勝てるなんて普通はありえない筈だ。
「待ってください……契約者が未契約者に能力を使うのは禁止なんじゃ……」
「だから所詮は噂話止まりですよ。アレン先生が言うように、契約者が未契約者に手を出すことは固く禁じられていますし、そんなことがあれば統制局がなにかしらの手を打っている筈です。
本人たちも否定していますし、統制局からの通達もないのでおそらくは事実ではないでしょう。ですが、こんな話を誰かが作ったとは考えにくい……」
「二人の間にそうした噂が立ち得る何かがあった、ということですか?」
「私はそう考えています。もっとも、それを裏付ける根拠や証拠は何もないんですけどね」
ふふ、と静璃は笑う。
たしかにその可能性は十分あり得る。
火のないところに煙は立たぬ、なんてことわざもあるくらいだ。
「だからまぁ……職員たちも二人の動向には警戒しているんですよ。鳳くんはともかく、学級委員長の姫神さんが問題行動を起こすとは思いませんが、万が一何かあってからでは遅いですから。
なので2-Bを担当するアレン先生には、他の職員以上に二人の行動には注視してくださいね」
これは厄介なクラスを押し付けられたか?
だが、ここは統制局が管理する機関の一つだ。教師である自分よりも、統制局の情報網の方がはるかに優れている。
もちろん完全に無関係を決め込むわけではないが、頭の片隅に入れておく程度で問題はないだろう。
そんな話をしていると、職員室が見えてきた。
「今日の所はこれくらいですかね。私はしばらくアレン先生と行動することが多くなると思うので、何か不明な点があったら随時訊いてください。
では、改めてよろしくお願いしますね――アレン先生」
静璃は華やかな笑顔で手を差し出した。
「ええ、これからお世話になります――北条先生」
アレンはその手を握り、出来る限りの笑顔で応じたのだった。
投降初日ということで、三本立て続けに更新してみました。
基本的には平日のお昼頃に更新していこうかと考えてますので、よければこれからもよろしくお願いします。