プロローグ
連載物は初投稿となります!
「外に出て私以外の人と関わりを持ちなさい……ここで引きこもっているよりは物事が動くはずよ。それがいい方向に転ぶかどうかはあんた次第だけどね」
「関わるって、具体的には?」
「そうね……学園生活なんていいんじゃないかしら?いろいろな人と交流できる場でしょう。それに、戦争の結果作られた平穏というものを、その眼で見てみるのもいいと思うわよ」
クリスはそう彼に告げた。
『戦争』で疲弊した彼を思っての事だろう。
彼――アレン・ルーカスは二年ほど前まで、とある『戦争』に参加していた。
その『戦争』も終わりを迎え、兵士から一人の人間へと戻ったアレンは、ここ一年ほど彼女の家で居候として生活を続けてきた。
たしかにこのまま彼女の世話になり続ける訳にもいかないだろう。
それに学園生活という言葉に惹かれた、というのもあった。
『戦争』に参加していた彼は、まともな学園生活を送れなかった。だからこそ当時送れなかった青春の日々を体験してみたいと。
なのに。
(……なんで教師側なんだよ)
と、彼は辟易とした表情で頭を悩ませていた。
せっかく学生として学園生活を送れると思っていたのに、蓋を開けてみればこの結果である。
思い返せば彼女はあの時、学園生活とは言っていたが学生生活とは言っていなかった。些か詐欺じみてはいるが、彼が学生生活を送りたいとハッキリ言っていれば結果は違ったかもしれない。
(…………まぁ今更文句を言ってもどうにもならないんだけどさ)
廊下を歩く学生たちに視線を移す。
これほど数多くの少年少女が集う場所を、彼は軍隊以外で見たことがなかった。あそこはあそこで騒々しい場所ではあったが、ここのように楽しく明るい場所ではなかった。
それ故に、惜しい気持ちにさえなまれる。
(ああ、さらば俺の青春……)
数々の経験をしてきたアレンの人生でも、こうも眩い輝きに包まれた光景をみたのは初めてだった。
『戦争』の中で様々な地方に赴き、自然が生み出した絶景や歴史的建造物などを幾度となく目にしてきた。
それでも、今まで見てきた風景にはないものがここにはある、とアレンは思った。
「っと、まずは職員室に行かないとな」
教室名がかかれたプレートを見ながら学園内を歩き回る。
最初はすぐに見つかると思っていたが、この学園は想像以上に広い。おかげで自分が通ってきた道すらあやふやになってしまう場所まで来てしまった。
「しまったな……こんなことなら誰かに場所を尋ねるんだった」
整髪した黒髪をくしゃくしゃと掻きながら、アレンは小さく呟いた。
周囲を見渡すも辺りに人の姿はない。
彷徨っている内に、普段使われることのない場所に足を運んでしまったようだ。
教室名を見ることだけに集中してしまっていた所為で、人気がない場所に足を運んでいる、ということに気づくのが遅れてしまった。
流石にこんな場所に職員室があるとは思えない。アレンが一度来た道を覚えている限りの範囲で戻ろうとしたその時。
(……女の子?)
廊下の窓からこの学園の制服を着た女の子の姿が見えた。
何故か木の上で何かを抱えうずくまっているかのような体勢をした女の子が。
状況は分からないが、制服を着ているということはここの生徒で間違いないだろう。
「丁度いい……彼女に職員室の場所を訊いてみるか」
それに、あの様子だと木の上から降りられなくなっているのだろう。あまり高い木ではないとはいえ、着地に失敗すれば怪我を負う恐れもある。
「おーい、大丈夫か?」
窓を飛び越え外に出ると、少女に近づいて声をかける。
多少行儀が悪いとも思うが、外へつながる扉が見当たらないので仕方ないだろう。
「え!?あ、大丈夫です……あなたは?」
少女は一瞬肩を震わせると、しばらくしてから俺の方を振り返ってそう答えた。
美しい金色の髪を風になびかせ、蒼玉色の瞳でアレンを見つめている。その容姿は誰が見ても美少女というに相応しい。
廊下からは見えなかったが、少女の腕には子猫が抱きかかえられていた。
「えっと、今日からこの学園に赴任した教師のアレン・ルーカスっていうんだけど」
教師という立場に慣れてないせいか、たどたどしい口調で自己紹介をする。
だが、相手への受けは良かったようで、少女の表情が少し緩んだように見えた。
恥ずかしさはあったが、緊張を少しでも解せたのならなによりである。
「それで、そんなところでなにをしているんだ?」
「子猫が木の上から降りられなくなったようで助けてあげたんですけど、どうやら私も高いところが苦手だったみたいで…………」
「降りられなくなったと」
アレンの言葉に少女は恥ずかしそうな表情を浮かべながら頷いた。
行動力は評価するが、自分が降りてこられないのでは本末転倒だろう。
「俺が受け止めるから、そこから飛び降りてこられるか?」
「……たぶん大丈夫だと思います」
そう言うと、少女は震えながらも木に身体を寄せながら立ち上がった。
多少高さがあるとはいえ、女の子一人程度を受け止めるくらいは可能だろう。
「…………白」
もっとも、余計なことさえ呟かなければ、の話だが。
「な!?下着を覗くなんて最低――きゃっ」
少女は怒った拍子に体勢を崩し前方に倒れ込み落下する。
完全に体勢を崩しているせいで受け身の姿勢をとれていない。このまま落下すれば間違いなく大怪我に繋がるだろう。
アレンは慌てて少女を抱きかかえるように走り出す。
あまりに急な出来事だったため、受け止める準備ができておらず、判断が少しばかり遅れてしまった。
(っ!スマートに受け止めるのは無理か)
そう判断したアレンは自分の身体を下敷きにしてでも助けようと、少女の身体を不器用ながらも受け止め、そのまま地面に倒れ込んだ。
衝撃はそれなりだったが、少なくとも少女に怪我はないだろう。
(痛っ。それにしても彼女の身体が被さって前が見えない……というか妙に柔らかいものが顔に乗っかって――――)
「きゃっ!」
アレンにのしかかるように倒れていた少女が悲鳴をあげながら立ち上がる。
それでようやく理解した。彼の顔の上に乗っていたのが彼女の豊満な胸であったことを。
そして同時に、軽蔑するような眼で彼を見る少女の姿も。
「生徒の胸に顔をうずめるなんて、それでも教師ですか!?」
「いや、これは事故で――――」
「言い訳は結構です!」
少女はそう叫ぶと、アレンを勢いよく突き飛ばしそのまま走り去っていった。
結局職員室の場所も訊きだせず、彼女からの評価も地に堕ちて終わった。
この学園の生徒数はそれなり多いため、そうそう出会うことはないだろうが、それでも今の騒ぎが彼女の口から広がれば平和な学院生活は送れなくなるだろう。
「ああクソ……最悪な初日じゃねぇか」
頭を抱えながら呟くアレンのもとに、みゃお、と可愛らしい声で鳴く子猫がすり寄る。
「……お前も怪我はないようだな。もう一人で降りられなくなるような場所にいくんじゃないぞ」
アレンの言葉を理解したのか、もう一度可愛らしい声で鳴くと、子猫はすたすたと遠くに消えていく。
その光景を眺めていると、背後から人が近づいてくる気配を感じた。
「新任教師が初日から女生徒にわいせつ行為を働く。そんなに教師はやりたくなかったのかしら?」
アレンが慌てて振り向くと、そこにはうら若いシスターが立っていた。
顔見知りだった。
「クリス……見てたのか?」
クリスと呼ばれたシスターは穏やかな――いや、悪魔のような笑みを浮かべながら頷いた。
「ええ。一部始終は見ていたわ……といっても見つけたのは偶然よ。あなたがあまりに遅いから迷っているんじゃないかと思って探しに来たら、ね」
「ならわざとじゃないのはわかるだろう」
あれは不幸な事故だった。
彼女の胸に顔をうずめるつもりなどなかったが、結果的にそうなってしまっただけ。
「まぁ、落下時のことはそうでしょうね。けれど下着を覗いたことについては弁明できないわよ?」
「うっ……それは……」
弁明の余地がない。
下着を覗くつもりはなかったが、それでも見て見ぬふりをするべきだった。
なぜ呟いてしまったのか、アレンはまた頭を抱える。
「まぁ私としては面白いものが見れたし、時間も少ないからこれ以上追及はしないでおきましょう……それよりも早く戻りましょう。初日から遅刻する訳にもいなかないでしょう?」
「っ……ありがたい。職員室まで案内を頼む」
「いいえ。時間もないし直接あなたが担当する教室に向かうわ。心の準備をしておきなさい」
シスターに案内されてこれからアレンが担当する教室へ歩き出した。
先ほどまでと違い、HRの時間が近いからか廊下にいる生徒数が少なくなっていた。
これから教員としてやっていくんだという感覚が強くなっていき、緊張で身体が震える。
しばらくして、シスターは一つの教室の前で足を止めた。
「2―B。ここがあなたが担当するクラスよ」
HRの時間を報せるベルが鳴ると同時に、教室の扉が開かれる。
クリスの柔らかな手がアレンのそれを握って、教壇まで引っ張っていく。
生徒たちはきっちりと机に座って教師――アレンを待っていた。
「ようこそ、アレン先生。――――みなさん、今日からこのクラス及び歴史の授業を担当する予定のアレン・ルーカス先生です。
20歳とお若いですが、とても優秀な方ですので、困ったことがあればぜひ相談してみてください。きっと頼りになると思いますよ」
シスターの挨拶を聞いて生徒たちがおお、と声を上げながらアレンを見つめる。
自分が優秀だなんて一度も思った事はないし、なにか相談されても上手く答えられる自信もないのだが、こうも煽られては適当に済ますわけにもいかないだろう。
少なくともある程度優秀な教員として振舞わなければいけない……シスターに先手を打たれたと理解し、アレンは生徒たちにバレない程度に顔を引き攣らせた。
そんな中、他の生徒とは違う反応を示した人物がいた。
「あなた――さっきの!」
そう叫んで立ち上がる見覚えのある一人の少女。
それは先ほど最悪な出会い方をした少女で――――
「楽しい学園生活を送れるよう応援しているわ」
俺にだけ聞こえるよう、シスターが華やかに笑いながら呟いた。
(嵌められた!全部知っていて黙ってやがったな!)
契約者育成機関のナンバー23――フォリア契約者育成学院。
その新任教師として、アレン・ルーカスの学園生活が始まるのだった。