CHAPTER1-2
「音梨さんがいない?」
全校生徒は校庭に集まりつつある。
いつもは冷静に対処する副学級委員の高美さんでさえ、突然の出来事に挙動不審になって辺りを見渡していた。
「学校には来てた?」
「確か来てたはずだよ。」
「わかった。先生に相談してみるよ。」
「避難開始から5分!」
響先生の怒鳴り声に似た声が学校中に響いた。
早くしなければ話が長くなりかねない。
僕は走った。
「先生、49人です。音梨さんがいないんですが学校に来てますか?」
「ああ、来てるはずだ。教室と保健室を見に行ってくれないか。」
どうして先生は行かないのだろう。
「はい、分かりました。」
走って教室に向かわなければ。
「6分!」
校内の階段でも隣にいる程に聞こえた。
先生達は、避難訓練で毎回時間を気にする。
確かに避難時間が早いことは生徒の人命を確保するための重大な目安になる。
しかし、僕には違うものを守っているように思えて仕方ない。
人の命より大切なものを僕はまだ知らないのに。
「音梨さん!」
呼んでも仕方がない。探すしかない。
教室の中はとても静かでどこを探してもいない。
一応ロッカーの中まで確認したくらいだ。
おそらく保健室だろう。
そう思い、走って保健室に向かおうとした時
「ギギィ」
トイレのドアが開いて誰かが出てきた。
無論、音梨さんだ。
「音梨さん!避難訓練で外に行かないといけないんだ!」
彼女はとても驚いた顔をしている。
女子トイレの前で話しかけているのだから無理もないが、今は非常事態だ。
一度冷静になり手のひらを彼女の方へ向け、こう書く。
「ひ・な・ん」
3回書いて彼女はやっと気がついたようで、
合点っという誰が見てもわかる手の動きをし、こちらを見て
それからおもむろに僕の手を掴み、僕がうろたえた次の瞬間に走り出した。
訳が分からない。ただ彼女の柔らかい手を意識してしまい恥ずかしい。
階段を降りて、手をつないだまま勢いよくグラウンドに飛び出した。
「8分6秒。」
聞こえた。皆はもう集まっている。
白い目線が四方八方から僕たちに向けられた。
ただ彼女だけは、こちらを見て笑っている。
彼女にも聞こえているのだろうか。
皆のしらけた心の声が。
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