CHAPTER1-1
「私はその人を常に先生と呼んでいた。」
「だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。」
「はい、次の人!」
「あ、こ、これは世間を…憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。」
もう皆わかってる。今日は皆で嘘をつく日だ。
全校生徒全員で命を守るための優しい嘘を。
「あと、10秒ってところか?」
「いや、もう過ぎてるぞ。」
「静かに!放送が聞こえないでしょ。」
先生だって嘘をついても良い日。それが今日だ。
ピンポンパンポン
ついにきた!
「これは避難訓練です。家庭科室で火災が発生しました。速やかに避難してください。」
そう、毎年家庭科室か理科室だ。あの部屋の火災対策はどうなっているのだろう。
「こら、早く避難しなさい。」
「はい先生。」
山口はもう行っていた。
「逃げるときは静かにしてください。」
階段を降りた先で先生方が並んでいた。
左端で教育指導の響先生が腕組みしながら威張っている。
あの人が笑っている顔を僕は見たことがない。
ガヤガヤとしている生徒たちも響先生の前では静かになっていた。
しかし、どうせグラウンドに出る時には話し始めるのがオチなんだ。
靴箱を抜けグラウンドに出るといつもとは違うものがある。
何度やっても新鮮に感じるのは、上靴で外に出たときの靴底に伝わる感触。
これだけで非日常感が味わえる。
僕はこの感触が好きだった。
学級委員が生徒を数え上げ先生に報告するシステムになっている。
つまり、僕が男子の数を数えなければならない。
1・2・3… 28・29・30
30人全員がいる
後は女子の人数を足して担任の先生に報告するだけだ。
「タクト、ねえタクト!」
「女子は全員いる?」
「それがいないの!」
「音梨さんがいない。」
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