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君へ捧ぐ献身  作者: 坂本雅
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癒えた旅立ち

鱗化する皮膚病のことは皆が知るところとなったが、ジョサイアはマーリャとの約束を守った。

見た目こそ重症でも、決して伝染しない軽いものだと伝えてくれていたのだ。

セルマは暇さえあれば見舞いに来ていたし、ディアンもソレルと共に家を訪れてくれた。

手土産として持ってきてくれたジャムや乾物を消費する度に、友人のありがたみを感じた。

マーリャはジョサイアの言いつけを守って丸薬を飲み、ひんぱんに保湿液と亜麻布を替えながら安静にし続けた。

効果があるかどうかも分からない雲を掴むような心地でいたが、時間が経過するごとに明確に状態が変わっていった。

自宅治療を初めて二日目、まず患部の鈍痛がなくなった。

四日目には、患部がじゅうぶんな水気を帯びてうるおい、あの毒々しいまでの赤みが薄れた。

ただし皮膚の表面が常に濡れてふやけたせいか、かゆくなり始めた。

ここで掻きむしっては治るものも治らなくなると思い、蒸し風呂に入る時にも肌の表面を拭き取る程度でおさえていたが、やがて耐えきれないほどにかゆみは強くなっていった。

亜麻布に変な染みは出来ていないが、薬が合っていないか内側で膿が出始めているのかもしれない。

マーリャは十二日目の昼にそっと右手の甲を擦ってみた。

鱗のような表皮は水気を帯びたまま、いつのまにか固くなっている。独特の割れ方をしているせいかトカゲの脱皮殻のようにも見えた。

「うわっ」

突然のことだった。力を込めて掻くと、いきなりカサブタが剥がれてしまった。

特に痛みなどはないが、肉そのものがげてしまったのかと勘違いするほどゾロリと取れて、自分のこととはいえ気味が悪かった。

その代わり下から出てきた新しい皮膚は少し色が白いものの、特に異常は見られない。

剥いでも問題がなくなっていると理解したマーリャは怖気よりも嬉しくなり、他の箇所のカサブタも剥がしていった。

その足で薪を運んで蒸し風呂に入り、残った粗皮を擦り落としつつ石鹸で入念に洗い込めば表面のデコボコもなくなっていく。

新陳代謝がずれてしまった分、患部とそうでない部分にわずかな肌の色差が生まれたが、日が経つに連れて目立たなくなっていくだろう。

もう手足を布で覆う必要がない。

外に出て、普段通りの生活を送れる。

無事に元の身体に戻ったという実感が沸いてきて、マーリャはとても爽快な気分になった。

家事をしていた母親、カミラに手足を見せに行くと彼女は我がことのように喜んだ。

「あぁ、ほんま大したことなかったんね。良かった、本当に……良かったわ」

カミラはマーリャの手を自分の手のひらで包み込み、いたわって何度も撫でてくる。

ほんの幼い頃、森で走り回って転んでしまい、木の枝で膝を切った覚えがある。

その時もカミラは薬を塗り、布を巻かれた足を撫でつけてくれた。

具体的な効果などは見込めない単なるおまじないなのだが、これをして貰うと不思議と治りが早かった。

成長した今は自分のものでない体温にむずがゆさを感じてしまうが、決して嫌な気分ではなかった。

翌日、往診に来たジョサイアにすっかり全快したことを告げた。

いきなり治っていて驚くだろうと予想していたが、彼はいつも通りの無害そうな微笑みを保っていた。

「効果があって良かったよ。やっぱり若いから、抵抗力って奴もすごかったんだろうね。とてもいいことだ」

慎重な行動を取るよう釘を刺されていたのに、無視して勝手にカサブタを剥がした件についても特にお咎めはなかった。

むしろ、治りかけのかゆみならそれで良かったのだと肯定された。

「もう布で覆わなくても大丈夫そうだけど、気を抜きすぎても良くないかな。処方した丸薬は一応、全部飲みきっておいてね」

「うん。分かったわ」

小粒ながら恐ろしいほどのえぐみと後味の悪さをもたらす例の薬だが、自分の身を救ったものだと思うと服用への抵抗はほとんどなくなっていた。

十三日目に久しぶりの農作業に出ると、皆から口々に完治への祝いの言葉をかけられた。幼馴染み二人も当然その場におり、揃って成人の儀に臨めることを喜び合った。

不安など、もう何一つ残っていないように思えた。


すがすがしい春の日の早朝、マーリャはアンギナムへの旅路についていた。

ならして整備された道ながら、屋根付きの荷馬車の車輪は頻繁に小石に当たり、ゴトゴトと車内に揺れを起こしている。下手に立ち上がると転んでしまいそうだ。

最前で手綱を引く御者を除くと乗車しているのは五人。横に長い対面式の座席に三人ずつ詰めて座っているため、やや手狭だった。

「ほんと、晴れとって良かった。荷物落ちんとええね」

マーリャの隣でセルマは楽しげに肩を揺らす。

普段は頭巾を被ることもあり紐であっさりとまとめていたが、今は栗色の髪を編み込んで洒落しゃれたハーフアップにしている。

袖を絞ってフリルに仕立て、刺繍で文様をあしらった夕暮れのあかね色めいた外出着は髪の明るさをよく引き立たせていた。

一足先に垢抜けた印象を与える佇まいとなっていたが、セルマの手には大きめの硬パンに干し肉と野菜を詰めたフワスがある。

ためらわずに大きく口を開けてかぶりつく様は村にいた時と何ら変わりなく、妙な安心感があった。

「こない揺れとって、よう食えるのう。舌を噛むんやなか」

セルマの横で髭をたくわえた中年の男が茶化す。彼女の父親にして村長のダーチェスだ。

しわの寄った表情をしがちだが非常に穏やかな人物で、短く刈り込んだ髪は色も質も娘とよく似ている。

セルマは言い返すべく早めに咀嚼そしゃくし、飲み下す。

「日の明け切らんうちから馬車におったら空腹にもなるよ。いま食べておかんとあっちでお腹が鳴るやろ? そない恥ずかしいこと出来んわ。皆も早うに食べるべきやち」

「……一理あるようじゃ」

マーリャの向かいに座っているディアンが同意を示し、足下のカバンから携帯用の葉に包んだフワスを出して黙々と食べ始めた。

淡い黄緑に鈍色を混ぜた山鳩色の外出着は刺繍による飾りがなく、マーリャやセルマのものと比べて簡素に映る。

しかし実は裏地に鮮やかな色布を用いており、袖などの切り返しで上手くアクセントを付けていた。

ダーチェスは食事に夢中になった二人を物言いたげに交互に見ていたが、自分も空腹を感じたらしくカバンを引っ張り出す。

喋り好きな面々の口が食べ物で塞がれると、車内は当然、静まりかえった。

ディアンの横に位置する五人目の同行者はジョサイアだ。

村長と同じく子供たちの保護者として、マーリャの疾患が再発した場合に対処できる薬師くすしとして来た。

神職と関わりない役割を任せて良いものか大人たちは迷っていたが、本人たっての希望が通ったらしい。

巡礼の旅ではないが初めて会った時の祭服を正しく着込み、頭もクロブークで覆っている。理由までは聞いていないが、服の持ち合わせはこの一張羅しかないと言っていた。

今は入りきらず積んだ荷物を腕で抑えながら目を閉じている。おそらく揺れを気にせず眠っているのだろう。

自分以外の人々の動きを観察し終えたマーリャは、前面の出入り口から覗く外の光景をどこか急いた気持ちで見据えた。

自宅から幾つかの携帯食を持ってきていたのだが、緊張からかあまり食べる気になれなかった。

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