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6.目的

柔らかな陽の光が教室の中に差し込んできて、明るくなったのその辺りだけが少し室温も高くなっているように感じる。

この世界のガラスは透明度が低くしっかりと厚みのあるもので、一枚一枚の大きさも顔の大きさ程しかないうえに脆弱であったが、差してくる陽の温かみはティノの眠りを誘うのには十分な威力を持っており、残り僅かな授業時間を眠らず耐えきる事が出来るか、激しい攻防が続いていた。


ロウの争奪戦から五日が過ぎ、学院内はだいぶ落ち着きを取り戻したかのように見える。

あの日、貴族が権力を笠に従魔との契約を強要したこと、禁じ手の隷属魔法を使った従魔の使役、突如として暴れ出した鬼獣が消えたことなど学院全体を揺るがす事態の収拾のため、召喚術科では授業を行う事が出来ず、昨日ようやく再開したところである。


ティノとロウは何度も学務部に呼ばれて事情聴取を受けた。


何故、契約もしないで従魔が命令を聞いたのか?

何故、鬼獣の隷属魔法を解くことができたのか?

何故、鬼獣ギガドゥールが消えてしまったのか?


幾度となく聞かれる質問に、ロウとの打合せ通り「従魔が自分でやったみたいで詳細までは分からない。」と繰り返し答え、先生方を納得させるには至らなかったものの、何とか解放されたのであった。


あの日以来、もう一人の事件当事者ロシュゾーラは一度も学院に来ていない。

ロウに殴られたり、ギガドゥールに投げ飛ばされたことでの怪我は大したことはなかったのだか、違法な魔法を使っていたことや解放されたギガドゥールへの恐怖で屋敷から一歩も外へ出ていないそうだ。

あれほど自慢していた従魔が、実は違法な隷属魔法を使って使役していたこということはあっという間に学院全体、いや街全体に広まり、それまで彼の近くに侍っていた下級貴族の跡取りや取り巻きの女子たちも、ロシュゾーラの名前を呼ぶことさえ憚るように口を噤んでいる。


さらに学外においても、貴族は違法な手段で奴隷を作っていると一部の一般住民らが他を扇動し、反体制運動に発展させようという動きもあり、街は一時物々しい雰囲気に包まれたこともあった。

彼の父親マイセント伯も火消しに飛び回っていると聞く。さすがに高級貴族家に憲兵が入ることはないが、鬼獣の出所や隷属魔法を使った者は誰なのか国に説明を求められていると専らの噂であった。


そんな中、渦中のティノとロウは、絶賛召喚魔法の勉強中であった。

ティノには学院の外へ出る許可が出なかったため、事情聴取以外の時間は学院の図書館に併設されている自習室に入り、ロウの講義を受けたり、逆にロウが求めるこの世界の常識や歴史などを教えたりしていた。その内容は地形、国家構成、人種、宗教、貿易、はてや料理のレシピまで多岐にわたっている。ティノが知らない知識なら、自らが本を読み漁り知識を吸収していった。


召喚魔法の勉強として、ロウはティノが従魔の姿形をよりイメージしやすくするため、伝記やお伽噺を読んだり、絵本や実物を見たりすることを薦めた。最初の召喚は出来るだけ鮮明に従魔の姿を思い浮かべること、つまりイメージが一番重要なのである。

それを聞いたティノは学院の図書館に貯蔵されている関連書籍を読み漁った。元々勉強ができる娘であるから、長時間図書館に籠るなど何とでもないとばかり、魔獣図鑑から勇者伝説の物語まで幅広く取り込んでいったのである。


それが終わると夕方からはティノの自室で召喚魔法と古代魔法の勉強である。ロウの教える召喚魔法を使うには魔法陣の理解が重要であり、魔法陣の構成に必要な図形と紋様の関連、大きさ、古代ゴード文字など覚えなければならない知識は山ほどあった。

何よりこれまで学院で学んできた召喚術とは根幹が異なる内容なのだ。ティノは頭を抱えることとなった。


「はぁ・・・、今まで学んできたことがまるで意味の無いものだったなんて悲しすぎるわ。」


先ずロウが説明したのは魔法陣の配列則についてだ。

魔法陣は円と三角形と四角形、そこに特定の文様と古代ゴード文字を組み合わせて完成する。古代ゴード文字とは、現代文字のように複数個を繋げて文章にする形ではなく、記号のように一つ一つに意味を持つ文字である。

三角形で描くのは五芒星と六芒星のみで、主に霊獣や神獣など高位召喚獣を求めるときに効果が現れる形状で、四角形で描くのは八方位星と十六方位星、三十二方位星、四十八方位星、六十四方位星であり、使い魔や同じ世界にいる魔獣の召喚、一度召喚に応じた従魔を別の場所から呼ぶ時などで使われる。

ロウに言わせれば、ティノが学院で覚えるよう示された魔法陣は複雑に情報を盛り込みすぎている上に、相反するゴード文字が並べてあるそうで魔力を流す加減が難しい形という事だった。


召喚の魔法陣の仕組みの奥深さに感嘆するティノだが、さらに重要な事を一つロウから知らされて愕然となった。


『召喚士が自分だけの従魔を召喚したいならば、その姿を出来るだけ正確に記すのは当然だが、その従魔とどういう付き合いをするかまでイメージしなければならぬ。』


従魔と言っても空を飛ぶモノ、地を駆けるモノ、水中を泳ぐモノなどいろいろ居るが、自分の目的に合わせてどんな従魔が良いのか決めなければならないし、その前にティノは召喚士になって何をしたいのか、ティノの目的に従魔をどう関わらせるか、それをしっかり意識しないと召喚士の求める従魔は召喚されないのだ。


ここでティノは自問する。自分が召喚士になる目的は何だろう?


生活費を稼ぐ必要があるから。

召喚士の適性があったから。

生まれ育った町から離れなければならなかったから。

父が死んでしまったから。

ただ逃げたかったから・・・。


そんな理由で従魔を召喚していいの?そんな身勝手で知能ある生物を束縛していいの?

ティノは確たる目的もなく従魔を召喚しようとしていたことに気が付いて、召喚士という職の意義まで考えさせられることになってしまった。


考えに沈んでしまったティノを、ロウは邪魔をせず何も言わずただ見つめている。

この娘の悪い癖はこのように一つ一つの事象を深く考えすぎて、抜け出す事が出来ない泥沼に嵌っていくことだ。一番初めに出会ったときは己の現状に焦り、ロシュゾーラと争ったときは自己嫌悪に陥り、そして今自分の立ち位置について迷い、全く見ていて飽きない娘である。


「私は・・・そんなこと深く考えてなかった。ロウに言われて考えたけど、目的が何もなかった。だから今まで召喚魔法が失敗ばかりだったんだね。」

『召喚獣は術者の思いの表れだからな。』

「私どうしたらいい?目的もなくただその日を過ごしているだけなのに・・・。人が従魔に求めるモノって何なの?」


縋るようにロウを見つめてくるティノだが、その答えは自分自身が出すしかない。


『何も答えが今すぐ必要な訳ではないのだぞ。目標が見つかるまでしっかり我から召喚魔法を学べば良いさ。』


少し突き放したような答えだが、ティノが答えを求めて聞いてきたわけではないのは分っている。

これからティノは自分と向き合い、どういう風に生きていくのか真剣に考えるのであろう。その良きパートナーとなるべく従魔を選ぶのだから、妥協せず大胆に決断してほしいものだとロウは考えるのであった。


そして夜になるとティノの固有能力【魔力最適化】を顕現させる訓練である。【魔力最適化】とは、魔力の構成要素間の調和をとって、その状態や動作を最適に近づけること。


この世界は魔素で充たされており、魔素が移動し変質することで魔力となる。そして魔法と呼ばれるものはこの魔力をいわばエネルギーとして発動するものであり、その使い方次第で魔法の優劣が決まるといっても過言ではない。

ティノの能力は、この魔力の流れを最適状態に調律できるもので、自分の内包魔力が減少すれば大気中の魔素から魔力を補填するという、魔法使いである者ならば喉から手が出るほど欲する能力であった。


ではそれをどうやって顕現させるかであるが、魔素から魔力に替わる動きを繰り返し感じ取り、最終的には流れに干渉できるようになればよい。

そのための訓練として、ロウがティノの近くで様々な魔法、例えば属性魔法であれば火、風を起こす、重力場を作るといった魔法の発動を繰り返すことで、まずは魔力の動きを感じ取れるよう意識を集中していくのだ。


当然普通の人間では感じ取る事などできないだろうが、優秀な魔法士になると相対する者が使おうとする属性を感知することも出来るとか。


魔力を感じるように自分の集中力を高めていくのは、自己の内包魔力の増大にもつながり、非常に意味のある訓練となる。ティノはこの訓練を夜眠るまでの間、毎日行っていた。ティノが能力を習得するまでは、まだ少し時間が掛かりそうではあるが。


知識を得るための濃密な時間がゆっくりと流れていく。そんなわけでここ最近のティノは寝不足で、講義の間の居眠りが多くなってしまったのである。



また数日が過ぎ、今日は学院の休日。

ようやく外出を許されたティノは気分転換も兼ねて街の商業区に出かけ、ロウとの予てからの約束通り魔法陣を写す媒体を物色中である。媒体にするモノは武器、石版木版、本、召喚士が携帯できて形が崩れない「面」があるモノなら何でもよく、常時持ち歩いても違和感のないモノを探している。


「実に興味深いですわ。魔法陣を写した媒体などという発想はこれまでありませんでしたから。」


なぜか、ユリアナ嬢が一緒であった。

昨日、預所でばったりと会ったユリアナに何気なく今日の予定を聞かれ、ティノは馬鹿正直に魔法陣を写す媒体を探しに行くと答えたのでユリアナが食い付き、同道することになったのだ。


ティノにとっては彼女と肩を並べて歩くなど恐れ多くて尻込みしているのだが、ユリアナは意に介さず軽やかに歩き、ロウは彼女が連れているビャッコの背中に乗り、楽々と街に向かっていた。

ユリアナは普段自分以外の誰にも触れられることを許さないビャッコが何の抵抗も見せずロウを乗せたことに感心しつつ、昨日ティノから聞いた「媒体」という手法の有効性に興味を示し、頻りに感心している。


ロウに言わせれば、人族は自分と同じように魔力のみで魔法陣を空中に具現化することが難しいので、必要な魔法陣を写した媒体が必要になるようだ。ティノがロウと初めて会ったとき地面に魔法陣を描いていたように。しかも大きい魔法陣だから大きい従魔が召喚できる訳でもないという事だった。

ティノを介して聞いたロウが使う魔法陣についての知識は学院で受けた講義の内容と全く違う視点を持っており、ユリアナですら感心させられる。事実、ユリアナが初めにビャッコを召喚した時も、魔法陣にとある「細工」をして臨んだのであるが、これは誰にも言えない秘密である。


召喚士の弱点は従魔と離れ離れになった時、それに尽きる。しかしながら常に従魔と行動を共にする訳にもいかないので、預所のような所に一時的に従魔を預けなければならない場合もあるのだ。

遠く離れた従魔を術者の近くに呼び出すには、術者のいる場所で一から魔法陣を描かなくてはならず、例えばそれが戦場であるならその身を危険に晒す致命的な行為でしかない。

いつか解決しなければならない課題であると、ユリアナも常々考えていたのでロウの「媒体」という手法に食い付いたのだった。


「ロウさん、私もそういった媒体を持てばビャッコをいつでも何所でも自分の傍に召喚できますの?」

「ガァァ」『もちろん』

「それ、私にも作っていただけます?」

「ガァア」『おけまる』


ユリアナに即答し四本しかない指を器用に曲げて○を作るロウ。美人に頼りにされるのはいつの時代も心地よいものなのだ。


「ロウさんは本当に賢いですね。ティノさん抱き上げてもよろしいです?」

『お、おっぱいラッキーwww』

「こ、この!ド変態エロ竜!!ユリアナ様、ダメです!貞操の危機です!!」

「え?え?」


ロウに拳骨を落とそうとして見事に避けられたティノがユリアナに注意を呼びかけるが、勿論ティノとロウの会話が聞こえないユリアナには何のことなのか分らない。そんな掛け合いにも互いを信頼している様子が伺えるため、ユリアナもビャッコと話せたらいいなと思うのであった。


そんな賑やかな一行が街をゆっくりと歩いていく。街の中で従魔を連れ歩く者は少ないが、全くいないわけではない。従魔に多い狼系や熊系の魔獣や、海月のようにフワフワ浮いている精霊種もいる。従魔連れの殆どが冒険者達であった。

街の景色にロウが忙しなく首を動かしていると、一軒の店の間口にある看板が目に入る。軒先にぶら下る木の板には剣と盾を型取った焼き印が押されていた。


『ほう、この街は武器屋まであるのか。』

「うん、この街は魔境にも近いから冒険者も多いのよ。」

『魔境?』


ティノの答えに首を傾げるロウだが、その後の説明で自分が通ってきたあの先の見えない深い森と幾重に連なる渓谷の事かと納得をする。

確かにこの街レミダは「学術都市」と呼ばれてはいるが、数多くの魔獣が闊歩する「魔境」に近いとあって、ここを拠点にして魔獣を狩り、素材を集めて売り捌き、糧を得ている冒険者も多いのだ。


魔獣を駆除することで得られる毛皮や牙、骨といった素材や、魔獣の体内で生成される魔石と呼ばれる魔力を帯びた水晶はこの世界で不可欠な物であるため、冒険者の拠点となる場所では言わずもがな経済活動が活発になる。

命を張って生活する冒険者達は金回りも金離れもいいという事で、冒険者が集まる街では様々な商店が軒を連ね、武器を作る工場が黒い煙を吐き、少しでも多く自分の商品を買ってもらおうと大声で客を引いているのだ。

当然冒険者の組合も事務所を置き、素材の買い取りや、舞い込んできた様々な仕事を能力に応じて個人に振り分けている。


「うん、だから武器屋は学院生のためじゃなく冒険者達の御用達だね。学院生も上級生になれば冒険者組合に登録して資金稼ぎをする人もいるけど。」

『なるほどな。』


そんなことを話しながら商業区を歩いていく。

この街の「商店」と呼ぶものは、固定店舗と移動店舗(屋台)、個人が品を並べている露店がある。当然品物の値段も品質も店舗>屋台>露店の順で、購入者に合わせて幅広いニーズに対応している。

高等貴族のユリアナならともかく、平民のティノにとって固定店舗は敷居が高く、おいそれと買物ができる場所ではない。逆にユリアナにとっては屋台や露店のほうが新鮮で、いつもクールな彼女がどことなしにご機嫌に見えた。


『ふむ、ティノが持つにはどんなものが良いかの。』

「全くわからない。ロウはなにか良いもの知ってる?」

『従魔を呼びたい時にすぐ取り出せる物であれば、特に何の決め事もないぞ。』

「杖とか短剣とかかな・・・。」

『ちと嵩張るな。もっと普段から持ち歩けるものがいいのだがな。』


そんな会話をしながらお店や露店をブラブラと眺めていく。ロウが食べ物屋台を見つける度に飛び込んでいくので時間は取られるが、ちゃんと四つ買ってきてくれるので文句を言う者はいない。

しばらく歩き回っていると町の外れまで歩いてくると、そこはもう露天商しかいない区域で、個人商店が思い思いに布を敷き、自分で作った物や迷宮で拾った物、集めた素材など雑多に売っている。


そんな個人商店を一つ一つ見ながら歩いていたとき、ふと何かに気が付いたロウがビャッコの背中から飛び立ち、一人の男の露店の前に降り立つ。

突然現れた魔獣に小さな悲鳴を上げた男だが、後ろにいる学院の制服を着た女生徒と霊獣ビャッコを見て、ああそうかと平常に戻った。男は身に着けている物から判断して現役の冒険者であるのが判る。


熱心にロウが視線を送るその先には幅が20cmほどの円柱の形をした金属製のもので、そこにカラフルな色を塗っただけの何の変哲もない巨大な腕輪であった。二つで一組であろうその腕輪は、汚れを落とそうとしたのか所々塗装も剥げて細かい傷が目立つうえ、片方は凹んでいる部分もある。しかもまるで防具にでもなりそうなほど分厚くてそれなりに重いものだ。


『ティノ、あれを買うぞ。店主から値段を聞いてくれ。』

「ええ?!ちょっとロウ、こんなの誰が使うのよ!」

『良い媒体になりそうなのだ。ぜひ使ってみたい。』

「え?そうなの?すみません、この金物は何ですか?」

「学生さんかい?四日前に迷宮で手に入れたばかりのオークの腕輪だぜ。二つで銀貨二枚だ。」

「ずいぶんと大きいものですね・・・。」

「・・・こんなでかい装備品なんて、誰も装備できねぇって買ってくれねぇのさ。どうだい?一つでもいいから買ってくれないかねぇ。」

『買った!ティノ!お金!』

「もう、こんなの買ってどうすんのよ・・・。」


ティノはロウに言われるままにしぶしぶ代金を支払い、大きな腕輪を魔法拡張鞄にしまった。冒険者の男もまさか売れるとは思ってもいなかったようでホクホク顔である。

訳分らず呆れる二人を尻目に、良い買物が出来たと言わんばかりに鼻歌を歌いながらビャッコの背中へ戻るロウである。


『さて、これからあの腕輪の加工をしたいのだが・・・どこか良い場所を知らぬか?そうだな・・・鍜治の作業場のような所がいい。』

「えっと、学院の修練場とか?広すぎるわよね・・・。」

「それならば生産部の加工場が良いですわ。丁度知り合いもいますしお願いしてみましょう。」


ここはユリアナの人脈を頼ることにして、一行は足取りも早く学院へと戻っていった。



アイザノク共同学院の生産部。主に錬金術と鍜治技術、薬学を教える学部で生産職人の道を目指す者達が学んでいる。

ティノ達魔法学部とは学舎も近く、錬金学と魔法学は関連が深いこともあり、共同研究や魔道具の作成などでお互いに交流する学生も多い。


ユリアナの知り合いという男は、あまり身形を気にしていないのか頭はボサボサで無精髭を生やし、休みの日だというのに学院の専用作業着を着込んでいる無口な男であった。

ユリアナが事情を話すと、無言で頷いて一人スタスタ歩いていき、幾つかある部屋の一つのドアを開けて中に入るよう促すと、また自分の部屋へと戻っていった。一見しただけだがあのような相当ムサイ男とユリアナが知り合いなどと信じられず、唖然としてティノが見ていると嫣然とユリアナが笑う。


「錬金術科のスタイナーさんです。ああ見えても錬金術科の首席なのですよ。」

「ほえ!?」


勿論、そんなやり取りなどどうでも良いロウは、早速腕輪の加工に取り掛かっている。


「でも、そんな大きな物どうするの?ガラクタにしか見えないのだけれど。」

『ふふん。この腕輪はミスリル製なのだぞ?不純物が多く混じっているがな。』

「ええ?!!」


ミスリル:白銀に似た輝きを持ち、熱と魔力を同時に加えることで鉄のように加工できる金属。また魔力伝導性、魔力保持性に優れ、魔法発動の媒体に利用されることもある。


入手が難しい希少金属である。

ミスリルは精錬されたインゴットであれば価値が高いのだが、不純物を取り除く行程が難しい金属で、その技術はドワーフ族に伝わる技法か錬金術で行うしかないと言われている。


「このガラクタがミスリル・・・?」

『まあ見ておれ。』


ロウは触手を使って腕輪の一つを持ち上げると、特殊能力【錬成】を使って腕輪の元となったミスリルと不純物を分離させ加工していく。ただの金属の塊が光を発しながら飴のように変形していく様は、恰も高熱で溶かされているようにも見えるのだが部屋の温度が変わった様子はない。

やがて不純物が分離され質量こそ五分の一になったが、楕円状の薄い円盤になった純度の高いミスリルは美しい光沢を湛え、表面は鏡のように滑らかで覗きこんだ者の顔をはっきりと写すほどであった。同じ作業を繰り返し、それと同じものが二枚、あっという間に出来上がった。


「綺麗・・・」

「まるで鏡のようですわね。」

『これで終わりではないぞ。』


ロウは触手の先端に魔力を込めて円盤の上を這わせていく。すると触手が通り過ぎた後には細い溝が出来ていて、それがある法則の元に細やかに描かれていった。


「ねね、それは魔法陣?」

『うむ、召喚魔法の陣だ。まだ対象を特定していないがな。』

「あ・・・もしかして、それが媒体なのですね!?」

『正解。』


ミスリルの円盤に描かれた魔法陣は以前ロウが炎の召喚を行った時のモノに似ているのだが、外環に沿ってさらに小さな六つ等間隔に並んでいる美しいものだった。無論、円の内側には六芒星の文様と共に、基本ゴード文字「扉」「道」「標」「鍵」が並んでいた。

更にロウは円盤の裏側にも別の魔法陣を描いていく。それは転移の魔法陣。


媒体を使えばいつでも従魔を呼び出す事が出来るのだが、万が一その媒体をなくしたり、盗まれでもしたら大変な事になる。具体的には、結界の中に従魔を召喚してそのまま封印されたり、鬼獣ギガドゥールのように隷属魔法で上書きされたりと、いずれにせよ碌なことにならない。

持主を選定するような魔法はないので、媒体に転移の魔法陣を描き加えておけば、例えば、自分の部屋に相対の転移魔法陣を設置しとけばいつでもなくした媒体を転送させる事が出来るようになるのだ。


『さて、先にユリアナ嬢の媒体を作ろうと思うが、その前に教えて貰わねばならぬことがある。』

「なに?ユリアナ様、ロウが何か聞きたいそうです。」

『ビャッコ召喚の魔法陣を見せて欲しい。』

「え?」


唐突なロウの言葉に驚いて、ティノはロウとユリアナを交互に見る。ユリアナのための新しい魔法陣を刻むにあたって、一番最初にビャッコを召喚した時の特徴を描いたゴード文字が何であるのか、知る必要があるのだ。

訳分らずもユリアナにロウの言葉をそのまま伝えると、ユリアナは一瞬驚いたような表情を見せ、暫く目を閉じて何ごとか考え、やがて自分の魔法拡張鞄から一枚の紙を取り出した。この世界で紙は貴重品であるが、さすがに筆頭貴族家だろうか、傍目にも上等な紙であることが判る。

はたしてそこには魔法陣が描かれている。霊獣ビャッコを呼び出した魔法陣である。


『うむ。ユリアナ嬢の魔法陣の方が美しいな。』


ティノにはよく判らなかったが、そこには学院で教えられたものとはどこか印象が異なる魔法陣が描かれていた。


ユリアナは自分に召喚士の適性があると分った日、昔お伽噺で読んだ空を駆ける白い虎の霊獣をどうしても自分の従魔にしたいと思ったのだが、学院に来て何度召喚を行っても喚ばれて来るのは「魔獣種」ばかりで「霊獣種」が召喚に応じることはなかった。

そこでユリアナは、自分の術式に問題があるのではなく魔法陣に問題があるのでは、と発想を変え、学院の魔法陣に描かれている図形の意味やゴード文字を調べることにしたのである。


しかしまともな文献も残っていなうえ、古代ゴード文字を解読することはそんな簡単な事ではない。

まず、一般常識としての古代ゴード文字の起源は「象形」と認識されており、例えば「剣」の意味を持つ字が「†」であったり、「陽」は「◎」であったりと自然界の森羅万象に似せて作られていると考えられていた。

しかし実際は古代ゴード文字は古代文明で使われていた言葉の音素文字であり、記号の様な文字を繋げることで初めて意味を持つ。その繋ぎ方が横並びであったり、上下並びであったりと複雑に組み合わさり、二つ三つで一つの文字となるのだ。


『このゴード文字は自分で調べたのか?』

「ええ、父の伝手で王都の国立図書館にも行きましたし、大神殿の古文書も見せて頂いて翻訳を試みたのです。」

「ふえぇぇぇ・・・そ、そこまで」

「正直、それが正しい文字かどうかは分かりません。でも試行錯誤して完成した魔法陣で召喚魔法を発動したら、ビャッコは召喚に応えてくれたのです。」


学院で教わる魔法陣には、現代人には読めない「賢い」「強い」「速い」などといった従魔の特定を曖昧にするゴード文字が多く含まれていた。余計な文字装飾がない、つまり曖昧文字で召喚条件を狭めるより、純粋に自分のイメージを記した方が効果的なのではと考えた。

ユリアナは学院の魔法陣に描かれている古代文字を可能な限り翻訳したのち、自分が霊獣に持つイメージをかけ離れた様子を表す古代文字をいくつか消し、替わりに霊獣を表す文字と本の挿絵でみた特徴を表す文字を書き込んだ。

残す問題は召喚に必要な膨大な魔力の供給であるが、自分の固有能力【魔力操作】を使って幾日も魔力を魔法陣に溜めこみ、召還の際にそのすべてを解放したのである。


魔法陣に溜めこんだ魔力と自分の内包魔力を併せても召還に必要な魔力が確保できるか、ユリアナにとって賭けであったが、術式を開放し魔力をほとんど使い果たして気絶したユリアナが再び目覚めたとき、霊獣「ビャッコ」が召喚され目の前に居たのである。


『ユリアナ嬢はよくそんな無茶をしたものだ。魔力枯渇で死ぬ危険もあったろうに。』

「この国を護ろうという者が非力では民が安心できません。多少の危険は覚悟の上でしたの。でも、ホッとしましたわ。私の魔法陣に不備があってビャッコに悪影響が出ていたのではと心配でしたの。」

『うむ、余計な記述は魔力を食うだけだから削除しておこう。代わりに今の情報を組み込むか・・・』


そう言ってロウは再び魔法陣を描く作業、触手の先端に魔力を込め、円盤の表面を削り取っていく作業に没頭し、ティノとユリアナの前で見事な意匠をもつ円盤が徐々に仕上がっていった。やがて魔法陣を描く作業が終わると、次は空間倉庫を開いて何かの白い毛皮を取り出し、手首を金属から保護するため、転移魔法陣側に貼りつける。

そして最後の仕上げの作業、ロウは触手を伸ばしてユリアナの左手首をグルグル巻きにするとサイズを測り、出来たばかりの円盤をユリアナの腕の形状に合わせて円筒状に曲げていった。


『完成だ。』

「綺麗・・・。これは腕輪なのですね!」


完成した腕輪は、日中街の露店で見た腕輪とは全く異なる形をしているが、施された文様はそれが魔法陣とは思えないほど見事な意匠で、薄く蒼味かかった純ミスリル独特の色とよく調和していた。

早速ユリアナは左手首に通してみるとサイズはピタリと合い、内側に貼りつけた伸縮性が高い白い毛皮も優しく肌を保護してくれている。


「これは!・・・素晴らしい、とても素敵です!ありがとうロウさんティノさん!」


普段は滅多に表情を変えないユリアナが満面の笑みを浮かべて喜ぶ姿は、同性のティノでも一瞬呆けてしまうほど美しかった。


『まぁ、喜んでくれるのは嬉しいが、ちゃんと性能があっての道具なのでな。腕輪がユリアナ嬢の魔力に馴染んだら、試してみようかの。』

「はい!お願いしますわ。」

『ティノのは腕輪にする前に召喚する相手を決めねばな。それまでお預けだ。』

「うん、早くその腕輪が付けられるようにがんばる!」


ユリアナの固有能力【魔力操作】によって、身に着けてさえいればビャッコを召喚できるだけの魔力が徐々に蓄えられるよう術式を組み込んでいる。その魔力が十分溜まれば腕輪が教えてくれるであろう。

一方、目標がまだ定まらないティノの召喚魔法陣の腕輪は、まだ基本形のまま彼女の手の中で輝いていた。



その日の夜。

いつも通り【魔力最適化】の訓練を終え、あとは寝るだけという時間になってティノがベッドの上で丸くなっているロウに語りかけた。


「ロウ、色々考えたんだけど、私・・・王国軍に入って軍属の従魔使いになるわ。」

『そうか。』

「うん。いつか手柄を立てて父様と同じ一代貴族になって、生まれ育ったあの町を取り戻したいの。」

『そうか。』

「だから強くて優れた召喚士になる。ロウ、力を貸して。」

『おけまる。』


どちらかといえば大人しく、どこか周りも目を気にしておどおどした様子だったティノが、凛とした表情でロウを見つめる。ティノはさんざん悩んだ挙句、自分の目標を、歩むべき道を見つけたのだ。

今日の日中にふとしたことから触れた、ユリアナのこの国を護るという強い意思を垣間見て、ティノも何か思う事があったのだろう。


ティノの目標を達成するためには高い壁を越えなければならない。国王が拝謁する場に行くような手柄を立てなければ、一代貴族になることなど到底叶えられるものではないからだ。

それでもティノはそれを目標にして進むという。


ロウは思う。よいではないかと、目標や理想はいくらでも高くでいいのだと。叶うかどうかの問題ではなく、進むべき道があるかどうか重要なのだ。

そんなティノの、人間の思う野望というものに係わっていく生き方にも、なんとなく居心地の良いものを感じるロウであった。

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