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外伝.思惑


我々が【世界】と定義するものは、何であるのか。


それは現実世界、仮想世界、神界または天界、魔界、冥界、地上界と、探せばいくらでも名前が出てくるのだが、そう言った「世界」は呼称こそ違うのだが、実はどれも存在している。


それらは全て、様々な呼称を持つ多くの世界がまるで塔の階層のように幾つも重なっている、多層世界(ヒエラルキー)呼ばれる領域の中に存在しており、その領域のことを【進化の塔】、あるいは【世界樹の幹】と称されているらしい。


この領域にある最下層世界は、その端部が混沌の闇に呑まれるほど無限に広く、定量的な肉体すら持たない雑多な下等生物が入り乱れる闇の世界である。

逆に、最も高い位置にある階層世界では、眩い光に溢れ、全ての理が一方向に向く世界であり、その階層世界の住人となれる者はほんの僅かしかいない。


下の階層世界から一つ上の世界に行く度に、その範囲は徐々に小さく、狭く、そして闇を押しやるように光に満ちてくる。

だが、光あふれる進化の塔の最上層世界には、そこにある住人以外には何もない。水も土も、森や風も、生命体と呼べるものの営みさえ何も感じる事ができない光だけの世界である。


なぜなら、その領域では「物質」という概念が不必要であるからだ。


この世界の住人は、肉体すら持たぬいわば高エネルギー生命体である。


溢れる光の世界に「光」と同等のモノとして存在しているため、その姿を肉眼で見る事はほとんど不可能であり、実体があやふやになっているのだ。


たが、そこには確かな「意思」が感じられる。それらの意思を「何か」と見做すのであれば、たとえ形を持たない不確かなものであっても、確実にその存在を顕示していた。


意思を持つ者達は各階層世界ごとに存在して、彼らの姿形は下層に行くほどにより実体化してくる。

それは彼らの内にある【熱量(エナ)】の違いであり、【熱量(エナ)】の多寡によって姿形あるかどうか、住むべき世界が上位か下位か決められているからだ。


この多層世界の住人たち。彼らは自分達のこと【管理者】と呼んでいる。

彼らは階層世界と階層世界の挟間に在り、直下の階層世界の進化を監理調律することを担い、長い時をかけて一つ上の階層に昇華させることが存在意義であり、それを「世界の理」と呼んでいた。



ここは、最上層世界にはまだ届かない少し下の階層世界であり、かつ階層世界と階層世界の間の空間、【挟間】と呼ばれる領域である。

進化の塔の一部でもあるこの領域は、各階の階層世界よりも幾分光が強く、まだ完全に光になることが出来ないあやふやなモノが、霧あるいは霞のように流れている場所だった。


そんな空間の中で、姿形が不明瞭な管理者達が、円を描くようにしてあるものを取り囲んで整列していた。

彼ら管理者の数は数十にもおよび、それらが皆、円陣の中心に浮かび上がる幻影(イリュージョン)か、それとも立体映像(ホログラフィ)か、その中に映し出される情景を見詰めている。


中央の立体映像(ホログラフィ)を見る限り、映し出されている場所には「空」と「大地」と「水」と、その他雑多で未熟な「生物」の存在が確認できるので、彼らがいるこの場所よりもだいぶ階下にある、どこかの低階層世界の様子であることは察しが付く。

普段はそんな下の階層には興味も示さない上階層世界の管理者達が、この時ばかりは映像の中心にある漆黒の生命体の様子を見詰めていた。


その姿は、ここに集まる【上位世界の管理者】達に比べて余りに未熟で不完全な獣の姿であり、上位にいる彼らにしてみれば視界の隅にも入れたくないような醜い存在であった。


皆が無言で映像(ホログラフィ)に注目しているなか、機械が発したような、まるで作られたかのような抑揚のない声音が流れてきた。


「衛星から発した光槍(レーザー)が着弾しました。対象の生体維持装置の消滅を確認。体組織の分解が始まります。」


その声音を聞いていたのか、一部の上位管理者達がまるで感情の無い言葉、いや言葉とは異なる他の「意思疎通手段」で話し始めた。


『ふむ、予定通りか。これで使徒が消滅すれば、あの低階層世界に我々の痕跡は残らない。完全に隔離できるようになる。』

『我々が低層界に直接干渉してしまったのだ。決して「予定通り」ではなかろう。』

『いかにも、いかにも。』

『だが、これであの低階層世界を【進化の塔】から切り離す事ができたのは事実だ。』


ここにある上位管理者達が、目の前の立体映像を眺めながら会話を行っている。彼らにとって「声」という定義が無い世界なので、それは念話か若しくは別の伝達手法なのだろう。


『あの階層世界を管理していた七体も慌てて【挟間】へ逃げ込んだつもりだろうが、そこも含めてすでに切り離された世界だということには、しばらくは気付くまい。』

『我々の放った使徒による破壊工作で、奴等の棲家として使っている挟間自体が崩壊寸前なのだ。それどころではないだろう。しかし、あとで他の階層世界に干渉できなくなったことを知ったら、どんな顔をするのであろうな。』

『うむ、多重世界の理を犯し、他の階層世界から生命体の転移を無断で行っていたのは許し難いことであるからな。だが、これであ奴等が他の階層世界から生命体を拐かすことはもうできなくなった。』

『挟間も含めてあの階層世界が世界の理から外れたのだ。あ奴らには絶望しかなかろうよ。ともあれ、切掛けを創った使徒を賞賛しておこうか。』

『管理者全員が実体化して挟間から出てきたおかげで、我々あの階層の挟間に介入できたのだ。その面ではあの使徒もしっかりと仕事をこなしたと言える。』


会話の内容から推測すると、彼らは不本意ながら、本来ならば許されていない低階層世界への干渉を実行し、その結果に及第点を与え満足したという事であろう。


彼らが理を破ってまで下層世界に介入したのは、とある階層が低い世界の【下位世界の管理者】達が起こした、多層世界に対する違反行為が原因であった。


その元凶となった四十八階層世界は、もともと数多くの種が存在ししているにも拘らず、互いに相容れることなく常に争い、特定種だけが繁栄する不平等で、かつ未熟な世界であった。

そんな世界の育成を担当した下位管理者らは、この階層世界の生命体を均一に進化させるのは難しいと考え、繁殖力が強い人間族だけを選んで進化させ、他の種族は文明を衰退させて切り捨てる方法を選択し、種族間の争いを増長させるよう直接的な介入を実行してしまったのである。


それは、信仰の力で人間族以外の少数種族を「仮想悪」と設定させ、大規模な争乱を引き起こすことで多くの種族を間引(滅ぼす)する、ということであった。


四十八階層世界の下位管理者達は、能力的には他の種族に比べて劣る人間族に絶対的な優位性を付与するため、階層世界の理に反して階層間転移の術、即ち転移召喚魔法の知識を人族に与え、四十八階層世界よりも上位の階層世界から、強大な能力を持つ上位人間族、彼らの世界で言う「勇者」を召喚できるようにしたのだ。


この下位管理者達の介入によって、上位世界から下位世界へ「勇者」が召喚されてしまい、召喚を実行した国家が施した精神干渉によって己の意思を奪われ、国家から言われるまま異種人族の殺戮を行ったのである。

勇者を先鋒として、数に勝る人間族による少数異種人族への弾圧が始まり、醜い争いが世界中に蔓延していくこととなる。


一方、自分が管理する世界の「人間」が四十八階層世界へ連れ去られた三十三階層世界にあった上位管理者も、この出来事を無関心に傍観したままで良いわけではなかった。

連れ去られた上位世界の人間族を連れ戻すか、または完全に排除しなければ上位世界と下位世界との通路(パス)が繋がったままとなり、生命活動の根源ともいえる【熱量(エナ)】を下位世界に吸収され続けてしまうからだ。


しかし、多重世界を構成する【進化の塔】には、他の世界へ熱量(エナ)の移動を伴う量的介入を直接的にしてはならないという法があるため、攫われた自分の世界の子らを逆召喚することは出来ないし、何らかの手法で直接手を下して排除することも出来ない。


成り行きを傍観するしかない状況の中、件の下層世界で思わぬ事態が発生した。

四十八階層世界で繰り広げられている種族間戦争で、虐げられていた少数異種人族らが人間族に洗脳された勇者に対抗するため、再び未熟な召喚魔法を行って上位階層世界から別の「勇者」を転移させようとしたのである。


その動きに気付いた上位管理者は、彼らが行う未熟な技術で召喚されようとする者を特定し、対象を三十三階層の挟間へと運び、上位世界との繋がりがすでに断たれた状態で召喚されるよう調整した。

さらに対象には、第三十三階層には二度と戻れぬ見返りとして、特別な【固有能力】を授けたうえで下位世界へ送り込んだのである。


奇しくも自らが管理し、育成していた第三十三階層世界の人間が二人も下位世界に落とされて、彼らの意思とは関係なく互いに争うことになったのだ。


『全く忌々しい仕儀であった。下位の世界で自らの子を互いに争わせるなど慚愧に堪えぬわ。』

『許し難き行為よ。まさか「理」に反して階層間転移の術を与えるとはな。あれは我々管理者だけの術であるのに。』


四十八階層世界では、上位世界から召喚した両者を旗頭として種族間の大規模戦争が勃発し、多くの命が失われることになる。かの世界の秩序は大きく乱れ、あらゆる人族種が疲弊していった。

その結果、急激な人族人口の激減と生産技術の喪失によって、下位管理者達の思惑とは逆に下位世界の文明水準は大きく衰退する事となり、その隙を狙うように知能が低く排他能力が高い魔獣だけが大繁殖し、いつの間にか人族から地上の覇権を奪い取って行ったのである。


一方、自分達が与り知らぬ新たな召喚者が現れたことで、上位世界が何らかの干渉を行っていることに気付いた【下位管理者】達は、これまでのような直接的な介入ではなく、間接的に自分達の世界を操作することにし、管理者にとって絶対不可侵領域である【挟間】に閉じ籠った。


血みどろの戦争の中で、異界から召喚された二人は激しい死闘の末に両者とも命を落すことになる。


二人の死によって、三十三階層世界の熱量(エナ)の流出は阻止されたのだが、上位管理者の怒りと憂いは大きかった。


管理世界の生命体に時空を超える転移術、所謂召喚魔法を与えた下位管理者達の所業を看過できなかった三十三階層世界の上位管理者は、他の階層世界の管理者達にも協力を仰ぎ、四十八階層世界を下位管理者ごと排除することを決めたのである。


階層世界からの排除とは、一つの世界の消滅を意味する。


具体的には、上位世界と下位世界とを繋ぐ挟間を消滅させ、世界ごと【進化の塔】から完全に排除するのである。


上位管理者達にとって、世界と世界を繋ぐ通路でもある挟間を遮断させるのは容易い事であるが、その領域に管理者が存在していると、挟間を断絶または消滅させることは出来ないのが唯一の難点だった。


四十八階層世界を排除するためには、一つ上の階層世界と繋がる挟間から、あの管理者達を引きずり出さなくてはならない。

しかし、【進化の塔】には他の世界へ量的介入をしてはならないという法がある限り、上位世界の管理者が直接干渉することは出来ないし、己に変わり、強力な力を持たせた代理者を送り込むにしても、階層間の転移などは「量的」移動と捉えられるため実行は不可能である。


そこで彼らは、肉体という名の「量」的な概念を持つ生物を送り込むのではなく、三十三階層世界から上位世界へ進化しようとした「魂」を四十八階層世界送り込み、四十八階層世界の在来種で最も強力な力をもつ生物と融合させ、当該世界に代理者、即ち使徒を創造したのだった。 


人としての自我を持つ、不死竜ヒュドラの誕生であった。



それから長い年月が過ぎ、管理者同士が互いに様子を伺いあうこう着状態が続いていた。

上位管理者が見落としたのは、融合させた不死竜ヒョドラが迷宮なる空間にて封印状態であったこと、下位管理者達にとっては、ずっと挟間に引き籠っていたため、自分の世界に上位世界からの使徒が誕生した事に気付けなかったことである。


ところが、ある事件をきっかけに事態は動き出す。


この頃の第四十八階層では、大戦を引き起こした反省から特に大きな争いも起らず、次第に多種族融合の動きが出始めて緩やかに人口が増加し、ようやく大戦前の人口に戻りつつあるところであった。


そんな中、人族に代わり地上の覇者となった魔獣が大規模に増殖する事案が発生する。

調律が難しい下層世界では未熟な熱量(エナ)が大量に澱んでおり、こうした澱では知能が低くて好戦的な生物が生まれやすくなる。世界規模で起こる魔獣の「大氾濫」の予兆であった。


四十八階層世界の管理者は当然この状況を掴んでおり、進化の対象である人族を護るべく「神託」によってこの事案を伝えようとした。


しかし、比較的安定した世界で人が増えれば個人の思考も多岐に渡るようになり、管理者達が誘導した「神」なる存在を否定する種族も存在するようになる。

管理者が定めた神を否定する者など必要はない。元々人間族以外の他人種の絶対数を減らそうとしていたこの管理者達は、魔獣の氾濫について、神託を通じて人間族だけに知らせることにしたのである。


しかし、神託を受けた人間族は、世界規模の大氾濫と聞いて過大な危機感を抱き、自らの能力より遥かに強大な力に縋ろうと身勝手にも再び転移召喚魔法を行い、なんと成功してしまったのだ。


それが、光の勇者シンと闇の勇者キョウの召喚であった。


もちろん、これは下位管理者達が意図したものではなく、彼らも予想していなかった事態であった。管理者たる自分達の手助け無しに、上位世界からの召喚など成功するはずがないと決めつけていたのだ。

下位管理者達は自らの管理下にあった人間族が独自に召喚を成功させてしまったことによって、上位世界からの直接的な介入を恐れ、召喚された上位世界の「人族」を自分達の世界から排除しようと動き出したのである。

上手く排除すれば、召喚者が内包する上質で膨大な熱量(エナ)も拡散するので、一石二鳥であるのだ。


もっとも、この転移召喚は上管理者達が手助けしていたために成功したのである。自分が管理する階層世界の挟間を、意図的に開けていたのだった。


『あの下位世界の人族で、まだ転移召還を行使できる者がいようとはな。結果的に我が世界の子を囮としたのは不本意であるが、見事に釣れてくれた。』


自分が管理する世界から下位世界へ行こうとする者の精神を、自分達の良いように誘導することなど上位管理者にとって容易いことである。


召喚されていった光と闇の勇者には、上位世界からの転移させられる直前に使徒たる不死竜ヒュドラの存在を植え付けておいた。こうしておけば下位世界へ行ってもその存在に敏感に反応するはずである。


果たして光の勇者シンは、召喚されてから時を空けることなく不死竜ヒュドラと相見え、見事迷宮という封印を解いてくれた。

ようやく四十八階層世界へ、自分達の手駒である使徒が解き放たれたのである。


上位管理者が創造した使徒の力は絶大であった。彼らの思惑通り、他の追従を許さない圧倒する力を持った使徒は、事あるごとに下位管理者達と衝突して全面闘争となったのである。


『しかし、上位世界の魂を熱量(エナ)とは見做さずに送り込み、あの世界の下等生物と融合させるとは、中々奇抜な手法を考えたものであったな。』

『創造神様が定めた理に反する訳には行かぬ。このことは最上階層の【覚者様】達にも話は通してある。』

『ほう、あの方々を煩わせたか。益々持ってあの下位七体にはご退場願わねばのう。』


上位管理者が描いた通り、開放された使徒は事あるごとに下位管理者達と衝突を繰り返した。途中、再び転移召喚が行われ、さらに四人の子が転移させられたが、それ自体が二者の激しい闘争の火種となるには十分な材料となった。


全ての種が芽吹いた。


あとは使徒が挟間を崩壊させるか下位管理者を消滅させるか、または下位世界自体を悉く破壊するかすれば、計画通り四十八階層世界を【進化の塔】から切り離すことが出来る。

それは下位世界へ送られた使徒が予想していた「管理者達の遊戯」などではなく、もっと恐ろしい滅びへの序章だったのだ。


だが、それは途中頓挫することになる。


使徒と勇者。同じ上位世界から召喚された者同士が惹かれ合い、破壊の限りを尽くすはずだった使徒が、勇者と共に下位世界を守護する方向に向いてしまったのは、上位管理者達にとって大きな誤算であった。


『あのまま挟間を崩壊させれば、階層世界ごと消滅させるこが出来たのに、あの使徒は何故それを止めたのか・・・。おかげで我々が直接介入せざるを得なかったではないか。』

『とはいえ、直接的に介入したのは、使徒に対してであって件の階層世界にではない。理に反した訳ではないぞ。』

『だが、あれは使徒としては失敗作じゃな。まさか我々より与えた使命を理解していなかったのではなかろうな?』

『次元が異なる魂と肉体とを融合させたのだからな。元より使徒としての自覚があったのかどうか分からんぞ・・・。』

『いや、使徒が二度に亘って狭間の破壊を止めたのは、おそらく挟間を完全に破壊すれば、その階層世界も消滅することを分っていたのだろうよ。』

『自分の身の保身か・・・いや、それとも・・・』


上位管理者達は、好き勝手に自分の考えを述べていく。


幾度かの戦闘、破壊行為など紆余曲折を経ての最後の争いでは、下位管理者達は不死竜ヒュドラを自分達の世界から排除するため、全員揃って挟間から出てきた。

上位管理者はその機を逃さず、四十八階層に繋がる上・下位世界との挟間に結界を設け、完全に分断させることに成功したのである。


これで四十八階層世界は進化の塔から完全に分離され、進化も衰退もない完全な箱庭世界となったのだった。


上位管理者達が最後にしなければならないのは、四十八階層世界から他の階層世界の痕跡をすべて消すことである。

旧四十八階層世界に存在する痕跡とは、転移召喚された四人の人間達と、自らが生み出した使徒だけであった。


理から外れてしまった世界であるから、そこに公正さは必要ないのかもしれない。しかし、そこにまだ上位世界の生命体が存在する以上、「上位界の痕跡」という不公正を取除いてやらねばならないのだ。

上位界の干渉の証ともいえる使徒をそのまま放置してしまうと、管理者が「世界に干渉」を行った事実が消えることなく存在し続けてしまい、最悪は階層世界と分離された四十八階層世界が繋がったまま、という理が生まれてしまうかもしれない。


転移召喚されてしまった四人の人間達の方は寿命があり、放っておいてもいずれその肉体と魂は消滅するので問題ないが、使徒の寿命は無限と言っても過言ではない。そのまま放置できる存在ではないのだ。


箱庭世界には進化の塔の理は適用させない。それが過大な干渉であれ、それは違反とはならないのである。


彼らは使徒を消滅させるため、直接的に刺客を送り込んだ。それは時空間の転移転移を行っても熱量(エナ)に影響を与えることがない非生命体である。

そして、「それ」は与えられた使命を完遂し、上位管理者達は自分達の仕事に満足したのであった。



中央の立体映像(ホログラフィ)には、身体の中心を光槍(レーザー)で貫かれ、自らが破壊しつくした大地に横たわる使徒、漆黒の多頭竜ヒュドラの姿が映し出されている。


上位管理者達に表情とというものがあるならば、長い長い他世界への介入が集結した事への安堵であろう。

この介入が進化の塔に居する上位管理者の総意であったにしても、まさしく理に反する行為であり、その罪が罰となってわが身に降りかかる事を最も恐れていたのだ。


「それでは【攻撃衛星】を第二十二階層世界へ転移させます。第二十二階層世界の管理者様、ご協力感謝いたします。」


再び音声が流れてくる。そんな機械的な声に、第二十二階層世界の管理者は鷹揚に答えた。


『なに、我が階層の子らが本気で喧嘩せぬよう、互いに牽制するため生み出した無用の長物だ。構わんよ。』

『しかし我が第十八階層世界では、アレを行使した文明が、他の惑星一つを消滅させてしまったぞ。いったい何百億の生命が下層階へ堕ちたことか。』

『まぁ、我が子らの技術はそこまで発展しとらんからの。暫らくは平気じゃろう。』

『成層圏から地上の一点を正確に狙撃できるのです。第二十二階層世界も中々順調に進化をとげていますな。上位界へ行くのもそれほど時間は必要ないでしょう。』

『あと二千年程度かのう。そのころにはまた下層から赤子たちが上がって来るじゃろう。忙しい事じゃて。』


多重世界に於ける進化とは精神・魂の移動なのか、それとも肉体を含めた量的な移動のことなのか、この場所での会話だけで図り知ることは出来ないが、いずれにせよ此処にいる者達は生命の進化を管理し、その存在場所を定義する事ができるのであろう。


使徒の身体が崩れていく様子を見て、その場から一つ、また一つと管理者達の気配が消えていく。


彼らの仕事は終わったのだ。再び階層世界の不干渉に準拠し、自分の空間へと帰っていく。

やがて殆どの管理者が去り、最後まで残っていた幾つかの管理者のうちの一つが、ふと映像の中で起きている、ある変化に気が付いた。


『ん?使徒が・・・おかしい。使徒の熱量(エナ)が・・・消滅せずに逆に膨張しているぞ。』

『む、あやつ!使徒が第二十二階層世界の熱量(エナ)を吸収しているぞ!まさか、あの転移した衛星を追跡したのか!?』

『早く通路(パス)を遮断せねば!』

『なんと・・・多層世界に対してこれだけの干渉が出来るとは、使徒の能力を見縊ったか。』

『挟間を介しての導線ではない。一方的な吸収じゃから然程問題にならぬとおもうが・・・。』


すでに進化の塔から切り離された世界である。管理者達の介入が禁じられた世界ではなくなっており、新たに通された通路を閉ざすことなど容易い事であった。


すぐに通路を遮断したが、すでに大量の熱量(エナ)を持って行かれた後であった。もちろん、一つの世界が崩壊するほどではないが、その量は第二十二階層世界の進化をほんの少し停滞させるほどの大きさである。


立体映像では多頭竜の身体が粒子状となって崩れ落ちる姿が映し出されている。

しかし彼らに見えるのは別のモノ、多頭竜の周辺空間が歪んで亀裂が生じ、そこから使徒に吸収されていた大量の熱量(エナ)が、逆に放出されていく様子だった。


それは使徒の最後の足掻きなのだろう。

自分の身体を打ち抜いた衛星兵器を追跡し、転移していった先の第二十二階層世界から大量の熱量(エナ)を奪い、他の世界から物理的な干渉ができぬように、自分達がいるあの惑星だけを結界で包みこんだのである。


元より四十八階層世界の消滅か隔離を望んでいた上位管理者にとって、それは取るに足らない抵抗ではあったが、それでもそこにあった上位管理者の意表を突いたことには変わりなかった。


『まさか、ここまで階層世界に干渉出来るとはの。あの使徒も中々優秀だったようじゃ。もしかしたら下位世界の管理者程度の力はあるやもしれぬ。』

『我々の介入にまで抵抗してくるとはの。おそれいったぞ。』

『使徒の行動も判らぬではない。切り離したとはいえ元は塔の一部であった世界を、あの下位管理者共に好き勝手されるのは癪であはあるからな。』


たまたま居残っていた少数の上位管理者らは、使徒が最後にとった行動に肯定的であった。


もちろん、ヒュドラにしてみれば階層世界の存在など知る由もないし、上位世界のものだと理解して熱量(エナ)、下位世界にいるヒュドラにとっては「上質な魔力」を吸収した訳ではなかった。

ただ、自分の運命を弄んだ者へ対して、文字通り命を燃やしての抵抗だったのだが、それすらも些細なものとして肯定しているのは上位管理者らの傲慢であろうか。


『ふむ、面白い。使徒を精神体としてあの世界に存続させておくか。そうすれば、いずれ騒ぎ出す下位管理者達への牽制にもなるやも知れぬ。』

『それならば、新しい生命維持装置でも投げ込んでおくとしよう。使徒は今はただのエネルギー体になってしまったが、新しい維持装置があれば実体を取り戻すこともできるであろう。』

『たとえ使徒が再び目覚めても「こちら」にはもどれんがな。久々に楽しい思いをさせてくれた、その礼はせねば。』

『さてどこに置くか?使徒の身体は崩壊してもはや実態はない、ただの熱量(エナ)の残渣でしかないのだぞ?』

『ふむ、どうやら使徒の身体の一部があの世界に残っているようだ。あれを維持装置とし、上手く融合すれば実体は取り戻すことが出来るはずだ。あれで良かろう。』

『今は精神体となった使徒が将来実体化すれば、その存在に下位管理者ども気付くであろう。その時が見物じゃて。』

『ならば、精一杯下位管理者達の、いや、あの世界の神々と名乗るであろう者達の天敵として存在してもらおうかの。ふふふ、閉塞世界の中ではあるがな。』

『これは我々だけの秘め事ぞ。理から外れた世界とはいえ、干渉は干渉じゃからな。』


そう語らう上位管理者の一体から、小さな光球が現れた。

フワフワと光球が管理者の元から離れて行くと、突然速度を上げて映像の中に飛び込んでいった。


『さてさて、使徒が復活するもしないもあ奴の運次第。理なき世界には願う神など存在せぬのだからな。』


最後まで残っていた者が誰ともなく向けたその意識を最後に、そこにあった存在は、今度こそ完全に気配が消えたのだった。



少しだけ盛り上がった丘に立って周囲を見渡せば、起伏が少なく短い草が生茂る草原も、緑豊かな森林も湖も川も、彼方に聳える山々も特別変わったものではなく、視覚的にはよく見る風景である。


だが、さらにその先、地平と山の稜線からは大量の雲が垂直に湧き上がり、天に届く勢いで巨大な壁を作っていた。

ここからは見えないが、地平線のその先は実は断崖絶壁となっており、そこから見下ろす景色もまた雲のみである。湖から出て草原を流れいく川も、その絶壁で瀑布の如く流れ落ち、下の雲との間に幾つもの虹を作り出していた。


世界中を探し回っても、この場所ほど生命力に溢れ、自然が生み出す幻想が美しく、身を包む魔素の濃度が高い場所はないだろう。


ここが特殊な場所である理由。

厚い雲に囲まれているのでその全容を見ることは出来ないが、地上から切り離され、空中に浮かぶこの場所が「浮遊島」と呼ばれているからだ。下界から切り離され、何人も立ち入る事ができない場所である。


そんな浮遊島の、約四分の一を占める草原のほぼ中心部には、深く広大な蒼の湖が広がっている。


その湖の畔に、決して豪奢な建物ではないが、年月を経て得る気品と雅が複雑に交じり合ったような雰囲気を持つ、小さな洋館が建っていた。

自然豊かなこの場所にある、唯一の人工物であった。


その夜、洋館内の一室にあるベッドで横になっていた人物が、腹の筋肉の力だけで上体を起した。


ゆっくりと起き上がった影は女性のものである。


彼女は左手を顔の前に持ってきて、細い指に付けた指輪を瞬きせず見詰めている。


「指輪が・・・光った?」


そう呟いた彼女の視線が、指輪からベッドの横にある透明な硝子が張られた窓を透して外へ向けられた時、差し込んでいた月の明りは、彼女の銀色の髪に吸い込まれるように消えていった。












都合により完結させることにしました。


いつか、不死竜が復活しましたら宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
6年も経って今更知りました。 最高でした。 この作品を書いて下さりありがとうございます。
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