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43.兵器

この日、東大陸で唯一人間族が暮らしている都市国家イータルの空は厚い灰色の雲に覆われ、今にも雨が降りそうな天候であった。

目と鼻の先に位置する西大陸のノクトール地方は、すでに陽の光が大地まで降りてくる時間が長い「緑繁の月」に入っているというのに、ここ数日、灰色の雲ばかりを見上げる日が続いている。


もはや定番となっている小ドラゴン姿のロウと「闇の断罪人」キョウ、異界から召喚され勇者トウゴ、レイ、セナミ、ケンジの四人、さらに猫獣人族の双子の姉妹フェズとシャズは、早朝、都市国家イータルの防護壁を出て「魔境」の中に入って行った。

昨日、キョウが感じた「嫌な感覚」は、ほんの少しだけ未来を見せる運命神の加護【神眼】によるもので、明日か明後日か、キョウか戦いに赴く危険が迫っている事を告げていた。

それは多くの人に理不尽な死である。それがキョウの運命にどれほど関わっているかは分らないが、その場所に行き「何か」と戦う事になる、と知らせたのだ。


初めはキョウとロウだけで行くつもりだったが、双子のネコ娘達が離れたくないと言い張り、トウゴ達もゼダハ王国に関わることならばと同道を希望したのである。


トウゴ達は都市国家イータルの現状を見て、自分達が召喚された意義を見失ってしまったのだった。

平和の為ならばと元の世界に帰るという思いに蓋をし、魔人族の支配から人間族を救うために厳しい訓練に従事してきたのに、そこにあったのは平和で共存が成り立った世界だったのだ。

それならば、自分達は何のためにこの世界へ召還されたのか、それを質しに行かなければならない。

彼らは使節団を離れ、ゼダハ王国に戻ることを決めたのだった。


一行は「魔境」の中をしばらく歩き、少し樹木が開けた場所を見つけたので、ロウはキョウの頭の上から降りてドラゴンの成体に変化した。

漆黒の身体は変わらないが、体長は凡そ二十倍にも膨らみ、禍々しい牙と角を剥き出した顔付きは決して「かわいい」などと呼べない醜悪なものだった。

初めてロウの【変化】を目の当りにしたトウゴ達は、目の前で起こった事が信じられず目を見開いて呆然としている。


『よいか、セナミよ。黒い三連星はお前がしっかり掴まえておくのだぞ。』

「ろ、ローちゃん・・・ちっちゃい方がかわいいのに。」

『・・・セナミよ、我のちっちゃい方も本当の姿ではないぞ?』

「ちっちゃい方しか認めない。げんてんいち。」

『ぺないちで累計退場ではなかったのか?』

「げんてんいちはぺないちの十分の一。あたしルール最強。」


我に返ったセナミといつもの軽口を叩き合い、場が和んだところでロウは全員を背に乗せ、触手を巻いて固定した。

ロウは少しだけ息を吐きだし、翼を羽ばたかせてあっという間に空中へ舞い上がった。


東大陸の都市国家イータルから西大陸のゼダハ王国王都メッサドまで、距離にして約五千km足らず、ロウが本気を出せば一昼夜もあれは事足りる距離である。

ロウは一気に速度を上げ西の空へ向かって飛んでいった。



東大陸から西大陸まで、ドラゴンの成体に変化しロウが一昼夜かけて海岸線に沿って飛行移動し、そして今、固有能力【不可視】と【隠蔽】を発動させた状態でゼダハ王国王都メッサドの上空を旋回している。

もちろん地上にいる者達はその姿を捉える事は出来ないし、まさか今ここにドラゴンがいて自分達を見下ろしているなんて、露ほどにも思っていないであろう。


上空から見た王都の周りは酷い有様で、防護壁外の畑は踏み荒らされ、大軍が寄せるに邪魔な樹木は全て切り倒されていた。

テンフラント軍から火矢でも撃ち込まれたのか、メッサドの防護壁から近い一部の建物からは火が上がっている。


テンフラント軍はメッサドの南門を中心に、扇状に王都を取り囲んでいて、一カ所に兵力を集中して城門を破壊し、早々に勝負を決める作戦だったようだ。

しかし現実には、防護壁の外側、つまり国境を越えて侵攻してきたテンフラント軍のものと思われる夥しい死体が転がっている状況だ。


攻め手側の損失が大きいと言われる攻城戦とはいえ、あまりにも一方的な戦闘だったようである。

上空から見た限りでは、南門を起点にして焼け焦げたような黒い跡が放射状に大地に残され、その部分だけがまるで抉り取られたようにテンフラント兵が消滅している状態である。


焼け跡の起点となっている場所である南門の上には、キョウが「存在してはいけないモノ」と称した物体が鎮座していた。


ゼダハ軍と魔道士組合が共同開発した魔導兵器「フラクタル」である。

黒い鉄製の砲身と複雑な幾何学模様が施された半円球砲台は固定式であるが、砲台は人力によってある程度の旋回が可能であり、砲身も上下調整は出来る構造のようで、移動する敵でも照準を合せる事ができる凶悪な兵器だ。


メッサドの南門前に集結したテンフラント軍は、この魔導兵器「フラクタル」の攻撃を受け、すでに千を超す戦死者を出していた。

さらに、上陸を終えたゼダハ正規軍が防護壁を右側から迂回し、未知の攻撃で動揺するテンフラント軍の横面に突っ込んできたため、即座に側方の敵に対応することが出来ず浮足立ってしまった。


テンフラント軍を横から両断したゼダハ軍は、そのまま走り抜けて反転し、再度突撃体制を取る。

そして、混乱するテンフラント軍に、南門上から再び「フラクタル」の攻撃が浴びせられ、一度に百数十名の兵士が光属性の高熱魔法によって消滅する。


状況をみればゼダハ軍がテンフラント軍を圧倒しているように見えるが、数に勝るテンフラント軍は指揮を執る将軍が優秀なのか、総崩れすることなく、防御態勢を布いて徐々に軍を引いて南門から距離を取り、魔導兵器の射程から遠ざかろうとしていた

将軍は冷静に分析していた。あの魔導兵器「フラクタル」で数千の兵を失っても、数ではまだ二倍の兵力をもっているのだ。

一旦引いて射程外に逃れ、外にいるゼダハ軍を押し包んで殲滅する、勝機は十分にあると戦況を読んでいた。


ロウ達がそんな状況を上空から見下ろしている。

しかし、全員が見ているのは両国の戦争の行方などではなく、魔導兵器「フラクタル」に注がれていた。


半円球砲台の周りには、砲身に背を向けるように鉄製の椅子が三十脚も並び、黒い筒に背を向けて囲むように約三十人もの人が座らされている。

全員が黒い首輪を装着し、手枷でその椅子に固定され、抵抗する気もないのか、それともできないのか、大人しく全くの無抵抗状態になっていた。


捕えられた人々が全員椅子に座ると、しばらくして彼らが座る椅子の足元に何かの魔法陣が展開した。

足元の魔法陣が輝き始めると、座らされている人々が苦悶の表情を見せ始めた。


『むう・・・、あの魔法陣・・・』

「ロウ、何か知ってる?」

『うむ、不完全だが魔力吸収の陣に間違いないな。』

「不完全?」

『ああ、制限文字が無い。あれでは発動している間、ずっと吸い続けるぞ。』


フラクタルは生贄となった人々の魔力を吸い続けている。

それはどの位の時間なのか、砲台に施された幾何学模様が血管であるかのように光り出し、どんどん砲身の方へ集まってくる。

やがて、人間三十人分の魔力を集めた砲身から、光属性の高熱攻撃魔法「ライトショット」に似た光の束を発射した。


光の束は、真直ぐにテンフラント軍の集団を呑み込み、百数十名が蒸発、数十名が体の一部を欠損もしくは重度の火傷を負った。


フラクタルの周りでは断末魔の叫び声が上がり、椅子に拘束された人々はガックリと首を垂れて動かなくなる。

おそらく、魔力枯渇で動けなくなったか、命を落としてしまったのだろう。


横にいた兵士が動かない民から黒い首輪を外すと城壁の内側へ投げ捨てる。


そしてそのまま、横で待たされていた一般人に首輪を装着しようとしていた。中には激しく暴れている者もいるようだが、横にいる兵士に殴られ、動かなくなって首輪を装着させられている。


「ロウ。」

『うむ、どうやらアレが元凶のようだな。』


黒い筒の背後、防護壁の下にも多くの動かぬ人間、おそらく死体が山積みされていた。

鎧や武器など持っていない、屈強な男だけではなく女子供、老人までいるということは、山にされている死体がすべて一般人であることは明らかだった。


「キョウさん!あれは一体なんなのですか!?」

「存在してはいけないモノ。」

『人間の魔力を無理矢理吸収して強力な光属性の攻撃魔法を発動させている。』

「そ、それじゃ・・・あの一般人は・・・」

『魔力枯渇で死んでいるか、良くても廃人であろうな。全く悍ましいモノを造ったものよ。』

「ひ、酷い・・・」


四人の勇者は、眼下に広がる戦争の惨たらしさと、一般人まで戦争に利用した国のやり方に絶句している。

魔獣と戦うのであればその意味はちゃんとあったので、命を奪うという行為も何とか自分の胸の中で消化する事が出来たのだが、人と人の争い、そして一般人の命を奪う行為に何の意味があるのか。

しかも、相手が魔人族とはいえ、同じ人族と殺し合いの戦いをしようとしている自分達の愚かさに漸く気付かされたのだ。


キョウがロウの背で立ち上がる。

そのまま腰の剣を抜き、金色の瞳に炎を滾らせて決然と言い切った。


「ロウ、あれを壊す。」

『了解した。降りるぞ。』


上空で旋回を続けていたロウは【不可視】と【隠蔽】を解除すると、そのまま急降下し、南門の前に降り立った。

戦闘になることを考えれば、このまま大ドラゴンの姿でいるより本来の姿に戻れば良いのであるが、公衆の面前で固有能力【変化】を見せるわけにもいかない。

大ドラゴン姿のロウは体長だけで20mはある成体のドラゴン姿なのだ。皆が乗る首の付け根で部分を屈めても防護壁の上に立つ兵士を見下ろす形になる。


「GYAAAAA!!」


ロウはまず地上にいるゼダハ、テンフラント両軍の兵士に向けて【威圧】と共に咆哮し、兵士達を硬直させてキョウ達の安全を確保する。

元より成体のドラゴンが現れただけで、兵士たちは混乱または驚愕し、お互いに向け合っていた戦意など消し飛んでいるのだが。


自分達の手が届きそうな位置に、突然この世界の最強魔獣ドラゴンが現れた事で、防護壁の上にいたセダハ兵達も恐慌状態に陥っていた。

武器を捨てて逃げ出す者、腰が抜けて動けない者、そんな連中を横目にロウの背からキョウとトウゴ、それにケンジが防護壁上に飛び移り、魔導兵器の周りにいるゼダハ兵達に躍りかかった。

続いてロウはレイとセナミ、そしてネコ娘達を、触手を使って壁上へ降ろしてやると、四人はまだフラクタルに囚われている人達の救出に向かった。


魔導兵器フラクタルの周りは異様な魔力で溢れていた。

それは行き場を無くした魔力が漂っているような、魔法発動に失敗した状態と似た感じで、別の発動があれば一気に集まってくる、そんな状態である。


椅子に拘束された状態の一般人は、隷属魔法の影響なのか目が虚ろで表情が無い。

ロウは「フラクタル」の上部に巨大な隷属解除の魔法陣を発現させると、魔法陣をゆっくりと降下させ、椅子に括り付けられたままの一般人に装着された隷属の首輪を全て外した。

隷属の首輪が外れると、自我を取り戻した一般人は途端に騒ぎだし、涙を流して助けを乞う声が響き渡った。


キョウとトウゴ、ケンジは、ドラゴンの出現に棒立ちになっている兵士を叩きのめし、フラクタルの周囲からセダハ兵を悉く排除していく。

ゼダハ兵の中には、突然の闖入者に対し槍や剣を向け制圧しようと斬りかかって来る者もいたが、元勇者と現勇者達に敵うはずもなく、あっという間に叩き伏せられていた。


キョウはともかく、トウゴとケンジも今回の戦いに対しては迷い、遠慮というものが無くなっている。

さすがに同じ国に所属している兵士を剣で斬ったり刺したりと致命傷を与えることはしていないが、向かってくる者には遠慮なく峰打ちにしたり鉄拳を食らわせているようだ。

一般人を守るため、自分が出来ることはするという覚悟なのだろう。


ただ、キョウは違う。

何の罪もない一般人を奴隷の如く隷属の首輪で拘束し、生命の源たる魔力を奪っていたのだから、キョウにとってはゼダハの兵士も奴隷狩りのならず者も一緒なのである。

自分に向ってくる者は容赦なくその命刈り取っていった。


そんなキョウに非難の目を向けながらも、レイは次々とフラクタルに囚われた一般人を解放していく。

セナミとネコ娘達がは、「死への」順番待ちをさせられていた人達の手足の戒めを外して回り、セダハ兵がいない方へ避難させている。

レイは救い出した男達に、動けない者がいたら互いに助け合って街に戻って欲しいと願い、自らも一般人の避難誘導を続け、やがて防護壁上には一般人の姿は見えなくなった。


キョウ達を囲むゼダハの兵士達も、苦悶の表情を浮かべ、もはや攻撃を仕掛けてくる気配はない。

しかし、防護壁の外側でテンフラント軍と争っていた兵士のうち、魔法士部隊や弓兵部隊がロウに対して闇雲に魔法攻撃や火矢を仕掛けてくるが、ロウの障壁に阻まれ体に当たることは無い。

ロウは触手を伸ばして横薙ぎし、攻撃してくるセダハ兵達を弾き飛ばした。


キョウは囚われていた一般人達が街に駆け戻っていく姿を確認すると、フラクタルの真上まで飛び上がり、刀を自分の背中まで付く位まで振り被ると気合を込めて上段から真直ぐ斬り下げた。


「いっやああああああ!!!」


キョウが固有能力【神刀技】を発動し、再び着地すると同時にフラクタルに一条の光の線が入り、閃光はそのままフラクタルが鎮座する南門の下まで貫通した。

真っ二つに切断されたフラクタルは、南門ごと崩れ落ちていく。


近くにいた四勇者とネコ娘達も崩落に巻き込まれるが、キョウが近くにいたネコ娘達を小脇に抱え上げて宙に飛び、勇者四人はそれぞれの身体能力を生かして門の崩落を回避した。

無事に地面に降り立ったキョウは崩壊した南門とフラクタルを見て、表情を凍りつかせた。


「いったい何なの・・・。」


フラクタルの残骸の中にあったモノ、それは数え切れないほどの魔石と六人の妖精族、エルフ族であった

全員が男性で棺のような箱に全裸で拘束されているうえ、隷属の首輪を装着されられていたようで、切れた黒い首輪が白い首に引っ掛かっている。

全身にそれだけではない。細い針金のようなモノを突き刺されていて、刺されている部分は出血が固まったように赤黒く変色していた。


ロウも【邪眼】の鑑定能力を発動させ、ピクリとも動かないエルフの男達の能力を見ていた。


名 前:レルミルトルゥチ・サウンドヘルト(♂188)

種 族:妖精族(エルフ族)

状 態:昏睡


生 命 力:0 魔力量:18,000(9,000)

能  力:奴隷

      

固有能力:【魔力操作(未)】

特殊能力:【精霊魔法(光)】【促進魔法(植物)】

通常能力:【剣術】【弓術】【生活魔法】【索敵】


五人とも似たような能力で、ごく一般的なエルフの男達である。共通するのは若い男、固有能力なし、精霊魔法が使えるくらいであろうか。


(何故この男があのヤバい大砲の中に囚われていたのか・・・)


ロウは考えたが状況が全く分からない。

キョウならば分かるかもとそちらを見ていれば、彼女は俯いて肩を震わせているキョウがいた。


『キョウよ、どうしたのだ?』

「ロウ・・・この人たち魔法発動の媒体にされていた。」

『なに!』


魔法発動媒体。

人間族の魔法士達が魔法を発動するために必要なモノが二つある。一つが魔法詠唱、もう一つが発動媒体である。


魔法詠唱は自分の内包魔力と、同じ空間に存在する属性魔力を関連付けて集積・具現化するため。

発動媒体は具現化した魔力を増強し、方向性を持たせるためで、通常は魔力を溜めやすい杖、剣、指輪などに模されている。


ロウも人間族の知り合いのため、魔道具として何度か作った事があるモノだ。


つまり、エルフの六人は【光属性】の魔法を発動するため、詠唱を続けるよう隷属の首輪で命令され、細い鉄線で接続されたフラクタルに光魔法を送り続けていたのである。

魔導兵器「フラクタル」は発動した光属性魔法を魔石に溜めて置き、一気に放出する兵器だったのだ。


なんという悪辣な兵器か。

この中に囚われていた六人はすでに死んでいるのであろう。

しかし、大量に送られてくる魔力で生命維持が可能となり、死して尚、詠唱を続けられるという、まさに魔導兵器の「部品」になっていたのだ。


『魔力が内包力以上にあるのは・・・一般人から吸い上げた、のか?』

「ニンゲンは・・・酷いよ・・・」


ロウが念話を送った時、俯いたままのキョウが呟いた。


キョウは顔を上げ、ネコ娘達の安全を確保すると、ドラゴンの乱入で驚きと混乱のあまり立ち尽くしているセダハ、テンフラント両軍に向かってゆっくりと歩き出した。

キョウの長い銀髪が逆立っている。

この瞬間にロウが感じているキョウの波動は、これまで感じたことが無かった怒り、憎しみ、そういった負の感情だけだった。


唖然としているロウを余所に、キョウの周囲に冷気が集まってくる。

やがて空が見えなくなるほど大量の氷の矢が具現化し、そのすべてがゼダハ軍、テンフラント軍の区別なく、目の前にいる兵士達に向けられた。

キョウは本気で発動した魔法である。このまま氷の矢を射出してしまえば両軍とも多数の死者を出すのは間違いない。


『キョウ!』

「っ!!」

『どうしたのだ!?殺気がダダ漏れだぞ!』

「ごめん、少し熱くなった。」


氷の矢がすべて霧散し、冷気も収まった。

だが、自分達に向けられた圧倒的数の氷の矢と、強大な魔力で作られた冷気は近くにいた兵士たちの肌だけではなく、心まで凍らせたのである。その場に三万もの人がいるとは思えないほど静寂に包まれていた。

空を埋め尽くす程の魔法矢を作りだすありえない魔力量、そしてドラゴンを従える力量を持つダークエルフが自分達の「敵」になったのだ。

それだけに、自分たちに向いていた矢が消失したことを安堵する者はいない。それともあれは幻覚を見せられただけだったのか。


自分が止めたとはいえ、このままではキョウの行為が「ただの脅し」で終わってしまう可能性があると考えたロウは、背中の羽を一振りして舞い上がると上空で制止し、兵士たちが犇めき合う場所から数キロ離れた場所へ【爆炎のブレス】を放出した。

大ドラゴンの姿のままでは、魔法陣の重ね書きは出来ない。単一属性のブレスになるが、その威力は本家ドラゴンのブレスに勝るとも劣らない威力がある。


上空から放たれた真赤な炎が大地にぶつかって爆ぜ、まず兵士達を襲ったのが爆風、続いて大量の火の粉が兵士達に降り掛かった。

更に追い打ちとばかりロウが咆哮を上げると、ついに両軍の兵士達は完全に恐慌状態となった。


「うわあああ!!」

「に、逃げろ!!炎に焼かれるぞ!!!」


もはや敵味方もない。

そこにいる全員が出来るだけブレスの着弾点から逃れようと、我先に走り出した。


特にテンフラント軍は、見た事もない魔法兵器の威力に戦意を削がれ、突然戻ってきたゼダハ正規軍の追撃に戦陣が崩され、さらにドラゴンまで襲ってきたのだから、指揮命令系統が正常であるはずもなく、武器も投げ出し自国に向けて潰走を始めた。

ゼダハ軍も街に逃げ込もうと、南門を迂回して西に走っていく。

逃げ惑う兵士たちが起こす怒号と悲鳴が入り混じる喧騒が徐々に遠ざかっていく。そして訪れるこの場に似合わぬ静寂。


何れにせよテンフラント軍はドラゴンの出現を渡りに船とばかりに撤退を開始し、ゼダハ軍はそれを見守る余裕すらなかったのである。



両軍の兵士の撤退を見届けたキョウは、破壊したフラクタルの元へ行き、六人の同胞を戒めから解放しようと瓦礫の除去を始めた。

その姿には、何人も近付くことを許さぬ、という危険な空気を纏っていたため、トウゴ達もネコ娘達もただ見守ることしかできなかった。

ロウはそんな事などお構いなく、触手を伸ばして邪魔な瓦礫を次々と投げ捨てていった。


ようやく囚われていた六人を解放して大地に並べ、キョウは両膝を付き合掌した。それを見たトウゴ達日本人もキョウに倣い、合掌する。


そんな様子を見守っていたロウは、街の方から湧き上がる大きな魔力を感じ取った。

そして殆ど間を置かず、ロウの首元に火属性の攻撃魔法「火球」が複数個命中し、派手な音を立てて飛び散った。


ロウから見ても中々の威力、練度である。

魔法が放たれた方向に目を向けると、王城から出陣してきたのか、バレッド王の最後の壁ともいえる近衛騎士団二百人が隊列を成し、中央には巨大な戦車に乗るバレッド王の姿も見て取れた。


近衛騎士団を率いるのはグラハム騎士団長である。

白と赤の甲冑に身を包み、ギャロッドというサイのような騎獣に跨り近衛騎士団の先頭でロウ達を見据えていた。


更にその横には魔法士組合のローブを着た一団が並んでいた。こちらも数が多く、二百人はいるであろうか。


その姿を見た勇者達四人は、ここゼダハ王国の王都メッサドには魔法士組合の本部がある事を思い出していた。

魔法士組合の本部があったからこそ、勇者召還の魔法陣を発動する事が出来たり、フラクタルのような魔導兵器を生み出す事ができたのだろう。

そしてこの一団を率いるのは、当然魔法士長ロードヘルブである。


勇者四人にとって近衛騎士団とは共に訓練で汗を流した仲間である。

その仲間が自分達に向けて、いや、当然凶悪なドラゴン姿のロウに向けてなのだろうが、何の通告もなく攻撃を仕掛けてきたのだ。


自分の手を汚したわけではないのだが、こんなに間近で多くの人の死を見過ぎて、暗く沈んでいた心が更に重くなってしまうような思いだった。

トウゴ達がロウとゼダハ軍の間に割って入り、攻撃を止めさせようと大声を上げ掛けた時だった。


「魔法士部隊!弓兵部隊!一斉射撃!!」


更なるグラハム団長の号令と共に、ロウに向けて一斉に矢と属性攻撃が浴びせられる。更に街中に戻ってきた他の魔法士部隊や残存弓兵からも次々と攻撃が開始された。

魔法も矢も前線にいた軍の一兵卒とは比べ物にならない威力を持っているが、もちろんロウの硬い鱗を貫通出来る程の攻撃ではない。


しかし、流石に訓練された軍属魔法士部隊である。効率よく魔法を打ち出し、人数も多いのでさすがにロウも鬱陶しくなる。

触手で薙ぎ倒して戦闘不能にすることは簡単だが、勇者達の手前、彼らを攻撃し怪我を負わせる訳にはいかないのだ。


ロウは空中に舞い上がってそのまま急上昇し、雲上に出ると【不可視】を発動して身体を透明化して、さらに【変化】で小ドラゴンの姿に戻り、再び地上に舞い降りてキョウの頭の上に避難した。


『キョウよ。もう我は暴れなくて良いよな?』

「・・・」


ロウは自分の仕事は終わったとばかり、キョウの頭の上で丸くなったが、キョウは金色の瞳をバレッド王に向け、殺気を込めて睨み付けていた。

そのままネコ娘達とともに、ジリジリと少しずつ後退して近衛騎士団との距離を取っておく。万が一、あの数と乱戦になればネコ娘達を守りながら戦うのは難しいのだ。


ロウを攻撃をしていた者達は、対象の巨大なドラゴンが雲の中に消え、再び舞い降りて反撃してくるのではと、急ぎ防御の陣を敷いて空からの攻撃に備えている。

しかし、いつまで経っても降りてこない。

テンフラント軍が潰走し、破滅級魔獣のドラゴンも逃げたのだと確信し、ゼダハ近衛騎士団が勝鬨の声を上げたのだった。


「静まれーーーい!!!」


グラハム騎士団長の号令で、波が引くように歓声が徐々に小さくなっていく。それに合わせるかのように、バレッド王が乗る四頭立ての戦車が前面に迫り出してきた。

グラハムが騎乗するギャロッドも戦車の横を護るように付き従っている。


いきなり王が出陣して来たことに驚き、呆けた顔を見せる四人の勇者の前で王の戦車が停止した。

戦車の上で甲冑に身を包んだ王が立ち上がり、四人を見下ろすようにして睨み付ける。

これまで謁見した、温厚そうな優しい笑顔をみせるバレッド王とは全く別人であるかのような、厳しくも険しい王たる者の威厳ある表情であった。


「何だ勇者ども。何故許可なく戻ってきおったか。」

「バレッド王様、い、いったいなぜ戦争なんか・・・」

「全く、お前達は魔人族の攻略に行けばよいのだ。奴等を皆殺しにすればよいだけなのに、こちらの政治に口を挿むな。」

「おいおい、攻略ってよ・・・あっちじゃ皆仲良しだったぜ!圧政なんがないじゃねぇか!」

「魔人族はゼダハの仇じゃ!奴等の身を引き裂き!この地上から根絶やしにせねば死んでいった者が浮かばれぬわ!お前達は黙って従っていれば良いのだ!!」

「そ、そんな!!嫌よ!!人殺しなんて!勝手に召んでおいて何様のつもりなの!!」

「応えたのはお前達であろう!奴らは人ではない、外道じゃと言うたはずじゃ。」

「あんな機械を作って人を殺す方がずっと外道よ!!みんな一般人じゃない!!」


バレッド王は南門と共に破壊され、もはや只の鉄の塊となってしまった「フラクタル」を一瞥する。

南門の周りには多くの死体が放置されたままで、死んだ者達の怨嗟が集まり、そこだけが黒い靄で覆われているような雰囲気であった。

そして視線を戻し、今度はフラクタルを破壊した張本人であるキョウを睨み付けた。


「あれを作るのにどれだけのカネと労力を使ったと思っている。それを破壊するとはな。」

「こ、この!人の命を何だと思っていやがるんだよ!!」

「ふん、道化はそれらしく演じておれば良かったものを・・・。ここまで青臭いとはな。もはや用はないか。」


バレッド王の言葉に、再び四人が絶句する。

そして、ようやく自分達がこの戦争を引き起こすための「仕掛け」の一部でしかなかった事に思い至ったのだった。


立ち竦む四人を冷たい眼差しで見下ろしながら、バレッド王が何事か呟くように唇を動かしている。

バレッド王とキョウの距離は数十mは離れており、その行動に、バレッド王が行っていた魔法詠唱に気付けなかったことに、生涯ロウは後悔する事となる。


「我が道を邪魔立てする者共を排処せよ。」


バレッド王から地の底から響き渡るような、低く冷たい命令が発せられた。そして、その命令と同時に四人が並んで立つ場所から大量の血飛沫が上る。


「っう!がは!!」


悲鳴なのが呻き声なのか、くぐもったようなその声は、背後から左胸を剣で刺し貫かれたレイの喉から上がったものだった。


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