表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/51

41.闘獣


船に乗って海に出る者達が一番に恐れるのは、強風や高波によって船が転覆してしまうことである。


近年は船の速度を上げるために、船体を細く長く建造する事が多いが、喫水を稼げる貨物船ならまだしも、人しか乗らない戦船では波の影響を受けやすく、荒れた海ではあっという間に転覆してしまう危険があった。

そもそも戦船は、海上での戦闘を措定しているのではなく、兵士輸送の目的で作られている場合が負い。

この世界における海戦の殆どが人族と海の魔獣との戦いであり、船対船の戦いなどほとんどない。

稀に海賊と称する一団が拠点を作って商船を襲っても、直ぐに国軍が陸海から出撃し、戦いとは呼べぬほどあっさりと殲滅してしまうのである。


しかし、今、「鳳凰の嘴号」の目の前に現れた海棲生物、所謂海魔獣が相手となれば話は別である。

シャーガンイールが海面に浮上しただけで、それまで凪いでいた海が瞬く間に暴れ始め、縦横の波が戦船に襲い掛かる。


海魔獣にはクラーケンやシーサーベント、メタルキャンサーなど数多くの種が確認されているが、そのすべてに共通するのは人族よりはるかに「巨大である」ことだ。

人族など一飲みしてしまうほどの巨体を水中で自在に操り、物理攻撃でも魔法攻撃でも有効なダメージを与えられない。

こうした巨大な海魔獣の存在は、この世界で海運が発展しない一因でもあるのだ。


海上という閉鎖空間に於いて、木造帆船が巨大生物に襲われたらひとたまりもない。

海に面した国で、海魔獣の被害が報告されたとしても、国が保有する戦船が出て討伐に当たる事はまずない。結果、冒険者組合に討伐依頼が出されるのだが、その依頼が達成される例は殆ど無かった。


今、四人の勇者とゼダハ王国の騎士団百人と対峙するのは、そんな海獣たちの中でも特に恐れられている海竜シャーガンイールである。

あの魔獣が通ったあとは何も残らない、と言われるほど暴食で、かつ一度狙った獲物はしつこく追い回して必ず仕留めるという残虐さも持っている。

海神さえ忌諱する魔獣で、目の前にいる生物は、生きていようが死体であろうが関係なく喰い付き、骨ごと砕いて飲み込んでしまうという。

本来なら、こんな沿岸部に出で来る魔獣ではなく、ずっと遠洋で他の大型魔獣を捕食する凶暴な海魔獣だ。


船から100mも離れていない場所に姿を現したシャーガンイールを見て、船員たちは確実な死を覚悟した。

何故なら、人族にシャーガルイールを倒す術がないのだ。


海戦における基本戦術はやはり「弓矢」であり「魔法攻撃」である。

海面から飛び出した海魔獣に向けて矢や魔法を放つのだが、水中に潜られてはその威力は半減どころか無効に等しいくらい減じてしまうのだ。


しかも今目の前にいるシャーガンイールは、水と風の属性に対してかなりの抵抗力を持っている海魔獣である。

火の属性の抵抗力は低いので攻撃ではある程度のダメージは与えられるが、水中に潜られては火魔法による攻撃力はほとんど期待できない。


甲板にいる乗員はシャーガルイールから少しでも離れようと後退りし、反対側の船縁に背を付けて恐怖で顔を歪める。

その中には剣を抜き、少しでも生存の可能性を模索する者もいるが、そんな僅かな抵抗すら無意味であることは本人が一番分かっていた。


巨体に似合わず甲高い雄叫びを上げる。

大きく上げた口からというより、体の横にある鰓から空気が漏れる様な、不快な音だった。


シャーガルイールに喰われるか溺死か、その悪夢のような選択肢しかない中で、数人か海に飛び込込もうと船縁に足を掛けた時であった。


陽の光の反射とは違う輝きが海面に広がった。

乗組員たちが下を覗き込むと、船の真下に複雑な紋様をした円形の白い光が現れ、紋様自体が発光しているのがはっきりと見て取れる。

間を置かず発光体のほぼ中心に黒い巨大な影が浮かび上がり、その影は目の前にいるシャーガンイールよりもさらに大きい個体であることは誰が見ても明らかである。


海魔獣がもう一体現れた。海面の様子を伺っていた乗組員たちは完全に絶望し、力無く甲板に崩れ落ちる。

それは初めて巨大魔獣を見た勇者達も同じだった。

今まで積んできた訓練や迷宮での実戦も、あの巨体の前では何の意味もなさない事は十分理解できた。


「無理だ・・・。あんなの倒せっこないよ・・・。」

「じょ、上等だ!ただで喰われてなんかやらねえぞ!!内臓ぶった斬って苦しませてやる!」


ケンジが気持ちを奮い立たせ、死への恐怖を打ち消そうとするが、甲板の上は静まり返ったまま、マストが軋む音だけが聞こえていた。


皆の絶望を嘲笑うかのように、シャーガンイールが鎌首を倒して少し前に進み、いよいよ船を襲う気配を見せた時だった。

突然、「ぞくり」と背筋が凍るような強大な魔力の気配を感じ、一気に冷や汗が吹き出てきた。

その「何か」で船上の人族達は身体が硬直して動けなくなり、あれほど人族に恐怖を撒き散らしていたシャーガンイールも海面から飛び跳ね、水飛沫を上げて再び海中に戻っていく。


シャーガンイールが飛び込んだ波が収まると、しばらく静寂、いや張り詰めた空気が満ちた静けさが続き、もしかしてシャーガンイールは何処かへ行ってしまったのかと、皆が淡い期待を抱いた時であった。


突如、シャーガンイールがいた辺りの海面が、まるで噴火した海底火山の溶岩のように泥水が海面から20m以上吹き上がり、海面を激しく揺らしたのである。

波が押し寄せ船が激しく揺れるが、転覆してしまうほどではない。ただ、それまで澄んでいた海水が土色に濁ってしまっただけである。


「い、一体何が起こっているのだ!?」

「あのシャーガンイールが何かやったんじゃないのか?」


再び静かになった海面を見て、甲板に座り込んだ船員たちが誰かに言うでもなく呟いている。


しかし、その静けさもすぐの破られることになる。

海中で何かがぶつかる鈍い音と共に海面が盛り、船底が割れてしまうかと思うほどの衝撃が船を襲う。

鳳凰の嘴号は、海底から突き上げてくるような衝撃を受けてで激しく縦揺れを起し、次いで横波が襲い掛かり四方八方へ揺さぶられる形になった。


「う、うわわぁぁ!!何かに掴まれ!!海に落ちるぞ!!」


乗組員の悲鳴と怒号が飛び交う中、船縁に固まっていた何人かが海に転落する。

それに気付いた他の乗組員は、手近にあったロープや木箱を投げ、仲間が溺れぬよう必死に声を掛けた。

同じく甲板にいたトウゴ、レイ、セナミ、ケンジの四人も、体が浮き上がる程の衝撃にバランスを崩し、甲板を転がったり壁に打ちつけられたりしていた。


「い、一体何が・・・?」


揺れが収まった船上でようやく立ち上がった乗組員の目には、ついさっきまでと変わらない静かな海が映っていた。



(うぅぅむ、泳ぐイメージが全く浮かばん・・・)


ゆっくりと海中を沈みながら必死に考えるロウである。

幸いにして、水中でも呼吸云々の心配はない様で、特に苦しいとか水圧がとかいう問題はない。


ロウがこの世界で始めて自分の存在を認識した場所は、迷宮という閉鎖空間の中である。

その時すでにロウの背中には大きな羽があったので、漠然と空を飛べる身体なのだろうという意識はあり、狭い洞窟内ながらも羽ばたきや重力魔法での浮遊、風魔法による推進など練習は行っていた。


だが、迷宮の中に不死竜ヒュドラが入れる程の水場は無く、水中を泳ぐという概念が全く生まれてこなかったのが現実である。

考えてみればロウはこの世界に放たれてからというもの、偶に公衆浴場へ連れて行ってもらうか、黒狼の姿になって川で犬掻きをする位しか、水の中に入った事がないのだ。


(風魔法の代わりに水魔法かのう。お尻の所で渦を・・・うむ、それはダメな気がするの。)


色々考えている間に陽の光が遠くなり、ロウの周りの景色が青から群青、そして藍色に変化していく。

すでに水深100mも沈んだであろうか。

ウネウネと身体を水平に動かして泳いでいるシャーガンイールと、焼き魚と同じくらいの大きさになった船の底を見上げ、取りあえず重力魔法を発動して自分の身体が沈んで行くのを止めた。


初見に【邪眼】で調べたが、あの海魔獣の攻撃は【氷水ブレス】だけではないであろうし、水中での移動速度も分からないが、あの大きさに対抗するには元の姿に戻るしかないだろうと、ロウは自分の腹の下に【変化】の魔法陣を発動させた。


小ドラゴン姿のロウを中心に直径が100mにも及ぶ魔法陣が展開される。

光り輝く白色の魔法陣がゆっくりと回転しながら上昇し、ロウを呑み込んだと思った刹那、小ドラゴンの姿が巨大な九首竜の姿に膨れ上がった。


「ガボガボガボ!!!」(GYAAAAAA!!)


ロウは勇者達が乗った戦船からシャーガンイールの注意を反らすために、海面に向けて雄叫びと共に【威圧】を浴びせかける。

まだ体内に空気が残っていて、水中のため雄叫びにはならなかったが、果たしてシャーガンイールは強大な敵の存在を感じ取って、文字通り海面で飛び上がった。


そして再び海中に潜ってきた海竜シャーガンイールと不死竜ヒュドラが対峙する。

捕食者として最強とうたわれたシャーガンイールにとっても、厄災の不死竜ほどの敵とは戦ったことがないはずだ。

そう、始めて「喰われる」恐怖を味わっているに違いない。


先手必勝である。

ロウは威圧を発動させたまま、二番目から四番目の三首に青緑黄の魔法陣を三枚重ね、様子を伺っているシャーガンイールに【濁流水ブレス】を吐き出した。


水魔法で作った流水に土魔法の岩塊を流し込み、風魔法で加速させた凶悪なブレスである。

このブレスをまともに食らえば、その身は強力な水流で引き千切られ、骨は岩塊で粉砕されるであろう。


【濁流水ブレス】が周りの海水を押し広げ、螺旋を巻きながら真直ぐシャーガンイールに向かって行き、その身を引き千切らんと襲い掛かる。

しかし、シャーガンイールは器用に体を捻らせて、ロウのブレスをあっさり躱すと、未知なる敵の力を推し量るようにロウの真上で旋回しはじめた。


(やはり水中では威力も速度も、水の抵抗で何割か阻害されてしまうな。)


ロウも水中戦ということで本気のブレスを放ったのではない。

まず敵対する相手がいかなる攻撃手段を持つのか、どれほどの防御力を持っているのが知る必要がある。

小手調べという訳ではなかったのだが、全力ブレスの三分の二程度の威力をイメージしてブレスを放ったのだ。


(なるほど、水中での動きはやはり速いか。流石はウナギだな、素早い動きだけならば陸上の魔獣以上か。)


シャーガンイールは、船を襲おうと海面から顔を出た時に取り込んだ空気を全て吐き出して、これから始まる水中戦の準備をしている。

やがて頭を海底の方に向けると一気に潜行し、瞬く間にロウの身体より深い水深まで潜ると、今度は反転してロウの腹を目掛けて急上昇してくる。


あの巨体の動きとしては信じられないほどの身のこなし、そして移動速度だった。

ここから繰り出されるのは、シャーガンイールの能力【体当り】であろうとロウは予測する。海水の抵抗で動きが鈍いロウにとって、シャーガンイールの体当りは避ける術がない攻撃である。


ロウは固有能力【障壁】を発動させて、前方に魔力の壁を展開した。

ロウに目掛けてシャーガンイールの巨体がぐんぐんと迫り、物理攻撃【体当り】を発動させたをのか魔力が集中する気配が湧きあがった。

そのまま衝突かと思いきや、シャーガンイールは自分の頭が魔力障壁に激突する直前に体を反転させ、その反動を利用して尻尾を鞭のように撓らせロウを弾き飛ばそうとした。

これはロウも予測できなかった動きである。


ロウの障壁とシャーガンイールの尻尾が激突し、両者を中心にして強烈な衝撃波が発生した。

目に見えない波は海水を歪め、歪みは目に見える波となってロウを中心に全方向へ拡散していく。


(中々手強い。我の障壁を破壊できる程の威力はないが、どの方向から攻撃してくるか判らんな。)


シャーガンイールは再び海底に向けて潜行していき、ロウがいる水深よりも50mは深い場所でウネウネと蠢いている。

自分より大きく、体当りをしてもビクともしない竜を警戒しているのは明らかで、だからといって戦意が衰えたような様子はない。むしろ自分の「獲物」である船を横取りされまいと【威圧】を放ってくるほどだ。


ほんの僅かな時間であるが、そんなにらみ合いで過ぎて、いつの間にかロウの身体の周りに不自然な水流ができ始めているのに気が付いた。

ロウを取り囲むように発生した水流は徐々に勢いを増し、その流れは肉眼でも見えるくらいにはっきりしてきた。


シャーガンイールが固有能力【海流操作】の派生能力であろうか。

それはまるで水で作られた鎖環で、それぞれが縦横無尽に回転し、ロウを引き千切らんと徐々に輪の大きさを縮めてくる状態である。


水魔法を得意とする人族の魔法士でも、魔法で作り出した水を円盤のように回転させて敵を切り裂く魔法を使う者もいるが、この魔獣は周りにある海水を自在に操るのであろうか。


「ガアアアア!!」(ぐわああ!!痛っ!!!これは水魔法か!)


水の環がロウの身体をグイグイと締め付けながら回転力を増し、ロウの鱗に無数の傷を作って消滅する。

流石にロウの硬い鱗を切断することは出来なかったようだが、水流の鎖環が接触した部分はまるで摩擦で溶けたような傷跡を残している。もっともロウの再生能力で直ぐに元の状態に戻り始めているが。


(な、何だ?あの魔法は!?あのウナギ、結構ヤバいかも・・・)


今まで見た事がない魔法攻撃とその威力にロウは一瞬狼狽えるが、やられてばかりいる訳にもいかない。

ロウは自分の身体の両側に蒼の魔法陣を出現させ、氷の槍を数十、数百と創り出し、シャーガンイールに向けて一斉に放った。


純度の高い魔力で作り上げた氷の槍である。殆ど透明なので、水中では視覚的に氷の槍を捉えることは難しいだろう。

だが、シャーガンイールは自分に向かってくる氷の槍の軌道を正確に察知し、素早く横移動で避けていく。


(やはり音か温度感知か!八目であっても目は見えぬようだ。)


だが、ロウとてこの位は予想の範囲内である。

氷槍は軌道を変えて逃げるシャーガンイールを追いかけていく。

シャーガンイールも追跡魔法とは思っていなかったのか、それとも槍の移動音を自分の泳ぐ音で相殺されたのか、数十本の槍は躱し切れず鱗を破壊して突き刺さった。


「キシュウウウウウ!!!」


シャーガンイールの鮮血が辺りを染める。

だが、氷槍が命中したのは長い尻尾の方の一部であり、あの程度で致命傷になったとは到底思えない。

しかも、シャーガンイールの鱗もそれなりに硬いようで、命中した内の何本かの氷槍は鱗に突き刺さる事無く粉砕されていた。


再びロウから距離を取ったシャーガンイールは、これまで痛みを感じるほどの傷を受けたことが無かったのか、怒りを纏い八つの目を真赤に染めてロウを睨みつけている。

一方、ロウの方はというと逆に冷静になっていた。

ただの氷の槍でもシャーガンイールを傷付けるのには十分な威力を持っていたからである。


シャーガンイールが再び動きだし、水中とは思えない移動速度でロウに迫ってくる。

さらに円形の大口を大きく開け、水中で【水氷ブレスを放った。海上で放った氷水ブレスとは比べ物にならぬほど巨大で威力ある息吹だ。

おそらくあの個体が吐き出せる最大級のブレスなのだろう。周りの海水を凍らせながら高速でロウに向かってくる。


ロウの【障壁】でも危うい。【氷水ブレス】の威力を少し手も低減させるため、ロウは【濁流水ブレス】を放ち、同時に【氷水ブレス】の軌道上に【障壁】を張り巡らした。


水中で竜のブレス同士が激突した。

流石に水中ではシャーガンイールに軍配が上がり、ロウの【濁流水ブレス】は粉砕され、威力が落ちたシャーガンイールの【氷水ブレス】はロウの【障壁】で弾かれ霧散した。


海中に粉砕された濁流と霧散した氷が充満し、両者の姿が見えなくなるほど視界が悪くなる。

何とか防ぎ切ったかとロウが安堵したのも付かぬ間、視界が利かない「濁り」の中からシャーガンイールが飛び出してきた。


シャーガンイールは自分の頭をロウの胸の部分に押し付けてくる。

そのままの状態でシャーガンイールは固有能力【悪食】で、ロウの身体を喰らい尽くそうとする。

シャーガンイールの口の中で何十層にも並ぶ鋭い牙が小刻みに動き、ロウの鱗を噛砕いていく。やがて鋭い牙がロウの肉に到達し血が溢れ出した。

尤も、真赤な血のように見えるモノは、魔法陣で構築される前のロウの内包魔力であり、外傷によって外へ魔力が漏れ出した状態だった。


「グアアアア!」(痛だだだだだ!!!)


神獣種のロウでも、痛覚は持っているのでもちろん痛みは感じる。

我を忘れて暴走している時などは体内魔力循環が活発になり、傷付いても再生する速度が速いので痛みは気にならなかったが、今はそんな状態ではない。

強者同士が互いの能力を尽くして闘っているだけで、両者の間に怒りや恨み、狂気に似た感情はないのだ。


正直、ロウはウナギの海魔獣を舐めていた。

海中での戦いなので、シャーガンイールが保有する能力の【氷水息吹】や【水魔法】位を警戒しておけば良いと考えていたのである。

ところが、シャーガンイールの身体能力を生かした【体当り】や、今まさに食らっている【悪食】は、ロウの硬い鱗を砕くほど強力なものだったのだ。


ロウはシャーガンイールを引き剥がそうと、十本の触手を全部伸ばして絡め取り、そのまま身体全体を締め付けて動きを封じた。

触手の締め付けによってシャーガンイールの口がロウの身体から離れ、なんとか【悪食】を回避する事が出来たが、シャーガンイールは再び魔力を収束させブレスを吐き出そうをさらに口を開けたのである。


(なんとブレスをゼロ距離射出する気か!ヤバい!)


ロウは首を伸ばしてシャーガンイールの膨らました鰓部分に噛みつき、無理矢理引き上げて口を上に向ける。

同時にシャーガンイールの口から【氷水ブレス】が放たれ、ロウの九番目の首の根元を掠めて海上まで飛んで行った。


ロウの首元が凍り付いて、鱗も何枚か消失している。

幸いだったのは、シャーガンイールがすでに最大級のブレスを放ったばかりだったため、今回のブレスの威力がだいぶ落ちていた事だ。


それでもロウは怒っていた。

シャーガンイールに傷付けられた事へではなく、シャーガンイールの攻撃を読み切れず、完全に後手に回っている自分に、である。


ロウがこの世界に来て行った戦闘の殆どが人族とであり、身体の大きさで圧倒していただけである。

迷宮に閉じ込められている間は、自分で巨大な生物を【創造】して戦闘訓練もどきを行ってきたが、所詮それは準備がすべて整ったうえで行う茶番でしかなかったのだ。

全く未知の個体と対面すると、これほど自分は狼狽えてしまうのか、と。


「GYAAAAA!!!」(全くしつこい!!!)


ロウは自分の身体の勅下と直上の海面に、直径100mはある巨大な魔法陣を出現させた。

硝子のように透明な魔法陣は空間魔法の陣である。


ロウは魔法陣に沿って【障壁】を張り巡らせ、自分の身体をスッポリと覆う大きな円筒を完成させると、空間魔法によって円筒の中にある海水を全て外部に押し出した。

ロウの周りから海水が瞬く間に消えてなくなり、筒状の大気空間ができあがった。


「キシュアァァァ!!??」

『感謝するぞ、我も色々学ぶことが出来た。替わりにだな、自分に有利な環境の中だけで闘えるわけでない、という事を教えてやろう。』


ロウは両翼を拡げて上下に一羽ばたきすると、シャーガンイールを抱えたまま空中に躍り出て天空へ一気に上昇していき、そのまま厚い雲を突き抜けてこの惑星の成層圏付近まで到達した。

重力魔法と風魔法を併用させて飛ぶので、上昇速度は半端なものではない。

急激な温度変化、急激な酸素濃度低下、急激な環境の変化にシャーガンイールが暴れながら絶叫している。


『ふん、流石にお前でもこの環境では何もできまい。』


言葉を知らないシャーガンイールに話しながら、両翼の真下に純白に輝く光の魔法陣を出現させる。そして、その魔法陣から無数の光の槍が生み出され、ロウの周りをゆっくりと旋回し始めた。

ロウがシャーガンイールから牙と触手を離すと、シャーガンイールの巨体は成す術もなく地上に向って落下していく。


「キシュアアアアア!!!」


大気中にシャーガンイールの甲高い絶叫が響き渡った。


シャーガンイールの落下に合わせて、高熱を持った光の槍も下降して行き、徐々に旋回の輪を縮めて抵抗ができないシャーガンイールの身体を焼き、突き刺さり、無慈悲に切り刻んでいく。

さらに、そのまま空中に留まって落ちていくシャーガンイールを見ていたロウは、目の前に赤と緑の魔法陣が出現させ、最後の仕上げに取り掛かる。

ただでさえ魔素の濃度が高い成層圏付近で、最大級の【暴風炎ブレス】を放つ準備が整った。


『滅せよ!!!』


上空から真下に向けて放たれた真赤な炎のブレスは、シャーガンイールの巨体を完全に飲み込み、灼熱の炎で鱗の一欠けすら何も残さずに焼き尽した。

天から落ちた業火の柱はそのまま海を貫き、大量の海水を蒸発させ、やがて一本の線となって消滅したのである。



鳳凰の嘴号に乗っていた者達を恐怖のどん底に落としたシャーガンイールを、黒い巨大な何かが咥え、その大きな羽を広げて海中から飛び出してきたかと思うと、あっという間に雲の中に消えていった。

一体何が起きているのか、訳分らず船上で呆然とする乗組員たちの目に、雲の中からシャーガンイールが落ちてくる姿が映る。


その周りには無数の白銀の槍が旋回し、次々とシャーガンイールの身体を斬り刻んでいるのが見て取れる。

そして、シャーガンイールがもうすぐ海面に激突すると思った瞬間、天から業火の柱が下りてきてシャーガンイールを呑み込み、轟音と共に水蒸気が発生して周囲の視界を奪ってしまった。

もし、この瞬間を遠目からでも見ていた者がいたならば、まさに海底火山が噴火したかのように見えたであろう。


やがて霧のように立ちこめた水蒸気も消え失せ、皆の視界には元の穏やかで波の無い凪いだ海に戻っていた。

悪魔のような海魔獣は跡形もなく消え失せ、もはや何の気配も感じられない。


誰も声が出せないでいた。

ただ、自分達があの恐ろしい海魔獣に喰われる恐怖から解放された事だけは理解できた。

シャーガンイールから助かったという安堵の思い、しかし、あの黒い九首の竜が代わりに襲ってきたらどうなってしまうのかという恐怖のため、どうしたら良いのか判らず混乱しているのだ。


波の揺れで船体が軋む音だけが響く中、しばらく待っても黒い九首竜はやってこなかった。

そんな中で真先に動いたのは、鳳凰の嘴号の船員たちだった。


「帆を張れ!!!風を探せ!!ここから逃げるぞーーー!」


同じ場所に留まって、また襲われでもしたらたまらない。帆に風をいっぱい受けるよう帆柱を調整し、全速でこの海域からの離脱を試みる。

勇者や騎士達が呆然と佇む中、船員達だけが慌ただしく動き、やがて船も帆走を始めた。


そんな船上の騒ぎの中、船酔いも忘れて呆然と火柱が落ちた海を見つめるセナミの頭に、小ドラゴン姿のロウが着地した。


「ローちゃん!!何処に行ってたの!?」

『うん?まぁ色々だ、海だの宙だの。我は疲れた。』

「あのね!!いまヤマタノオロチが出たんだよ!あの大きい八目ウナギから護ってくれたの!」

『ああ、この世界ならそんな奴もいるかも知れんな。』

「ええ~・・・、何か感動が足りない。ローちゃん見たことあるの?」

『さてな。見たことがあるかないか、憶えておらぬ。』


この場にいる四人は、あの黒い九首竜がロウであることを知らない。

ロウも改めてこの四人に自分の正体を敢えて話すつもりはないし、そうなのかと問われても答える気はさらさらない。


ロウは常々「人族に関わると碌な事がない」とぼやいているが、裏を返せば「自分に関われば碌な目に遭わぬぞ」と、自ら一線を引いているのは間違いないであろう。

人族と厄災の不死竜など相容れることは無い、対極の存在なのだということを良く分かっているのだ。


なにより「死」という概念がない不死竜にとって、人族の寿命の短さが、親しい者の生が先に消えていくのがつらいのである。


『それよりセナミよ、お前は汚物だらけで匂うぞ。ほれ。』

「きゃあぁぁ!!」


ロウは有無を言わさず水魔法でセナミを洗い、【錬成】を使ってセナミの体表面に付いた水分と、濡れた服の水分を分離させる。

いきなり水を掛けられたセナミは暴れたが、ロウは全く遠慮なく魔法を行使する。


「ちょっと!ローちゃんひどい。」

『我はローではなくロウだと言うのに、何度言ったら分かるのだ?』

「むぅ・・・。ろ・う!これで良い?」

『まぁ、良いだろう。セナミよ、あれだけ吐いたのだから腹が減っていないか?』

「そ、そういえば減ったかも。でも食べれるかなぁ・・・。」


上手く話をはぐらかし、早く食堂へ行けとセナミの頭をペチペチと叩いているロウを、レイだけがじっと見詰めている。

レイはロウが自分から海に飛び込んでいったのも、シャーガンイールが倒された後に空から戻ってきたことも見ていた。

最近の訓練で、個体が持つ魔力の強弱を何となく感知できるようになっていたので、ロウが近くに来た時、魔力の動きというか、浮き沈みのような感覚を察知したのである。


あの時、ロウが戻って来た時の魔力の強さはシャーガンイールより遥かに強いモノだった。

つまりは、あの黒い九頭竜はもしかしてロウなのではないかと、思わざるを得ないのである。

すぐに話題を逸らすようにセナミに構ったあたり、何か触れられたくない事情があるのかと考え、何も言えなくなってしまったのだが。


(いつか、話してくれるよね・・・)


船内に入って行くセナミとロウを目で追いながら、一人レイは考えに沈んでいった。



その日の夜。

勇者四人が騎士団の首脳と会議を行っている間、ロウとキノ、双子のネコ娘達は部屋でノンビリと過ごしている。


『ロウ様!あれがロウ様の本当の姿だと皆に言うべきです!!』

『駄目である。嫌われたら悲しいではないか。』

『そんな事はありません!凛々しく猛々しいお姿です!』


キノはロウの眷属であるから、ロウが元の姿に戻った時の魔力を感じてその姿を見たいと外に行きたかったのに、剣の姿では移動できなかったのでロウの真の姿を見ることができず、相当に悔しがっていたのだ。


「ロウちゃん、大きくなれるの?」「強いの?」

『我は色々な姿になれるのでな。フェズトラもシャズトラも狼と竜に乗ったであろう?』

「そうでした!」「乗りました!」

『そうなのです!ロウ様の本当のお姿はこんなチビくれたトカゲじゃないのですよ!』


キノがネコ娘達に本来の姿に戻った時のロウの武勇伝を聞かせている。

ケンジの影響なのか、いろいろ引っ掛かる言い回しがあるのだが、ロウは面倒くさいのでそのまま三人に話をさせておいた。


(我と人とは相容れぬのだ。深く関わるのは良くないのだよ。)


ロウは誰に言うでもなく、小さく呟いたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ