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39.出立


まだ寒い季節には程遠いこの時期にしては珍しく、夜の空には雲一つない。

天にある二つ月は同じように欠けてはいるのだが、何も遮るものがないため、青白く輝く光は地上に余すことなく降り注いでいた。


まるで夜の黒が蒼に変わったように錯覚してしまう。

このような夜、月光が闇を凌駕する夜は、森の植物である月光草が一斉に光胞子を飛ばすので、たとえ月明かりが届かない場所でも光胞子が漂う場所は明るく感じられるのである。


ゼダハ王国の王都メッサドの王城も月明かりに照らされ、白磁の壁が蒼を吸収してそれ自体が輝きを放っているかのようである。

他国からの侵攻を一度も受けたことがない城は、月明かりの中に勇壮な姿を晒していた。


その王城に侵入する一つの影があった。闇の勇者改め闇の断罪人キョウである。

その姿は単身に見えるが、頭の上には小ドラゴンのロウがしがみ付き、腰には赤鞘の魔剣に戻ったキノを挿している。


名 前:キョウ・アーミア・アリスハウルド(♀72)

種 族:妖精神族(ダークエルフ族)

状 態:平常


生 命 力:--- 魔力量:--- 神力量:---

能  力:大商人の次女、闇の断罪人

     六神の加護【癒しの光】【神眼】【植物操作】【時詠】【神魔変換】【虚像】

     不死竜の加護【転移・召喚・魔力吸収】

      

固有能力:【神刀技】【魔力回復上昇】【障壁】【再生】【空間倉庫】

特殊能力:【精霊魔法(水風闇)】【---(統合)】【身体強化魔法】

通常能力:【刀術】【槍術】【体術】【生活魔法】【索敵】【---(統合)】


妖精神族がとういった種族なのか、本人も分っていない。ダークエルフとして転生した際に受けた、六神の加護が全て解放されているからであろうか。

何れにせよ、キョウをまだ「人族」の枠に括るのであれば、正にその頂点に立つ人族最強の女であることは間違いない。


不死竜の加護で行える魔法は、浮遊島への転移、ロウの召喚、周辺から魔力を強制吸収する力で、キョウの身の安全を第一とした、当時ロウが思い付いた最善最良の手段であった。

今となっては、もし、キョウがロウと敵対した時この加護を使われたら、とロウを怯えさせるモノでしかない。

そう、ロウにとっては【殴り込み・呼出し・カツアゲ】に見えてしまうのだった。


固有能力に【再生】が加わったのは、ロウの生命力を注がれたためである。

生命活動を停止したキョウは、神の領域でロウの創ったクリスタルの中にいた。

キョウを蘇らせるために六神から注がれる神力に対抗するため、ロウはクリスタルに魔力を流し続けたのだが、魔力枯渇状態となったため己の生命力を魔力に変換して注ぎ込んでいたのだ。


ロウの命の一部を受け継いだキョウは、不死竜の生命力の源である身体の再生能力を得たのだ。


完璧な【隠蔽】を身に纏ったキョウは、まるで無人の野を進むが如くゆっくりと城の庭を歩いている。

巡回の衛士もキョウに気付くことは無く、キョウも物陰に隠れる様なことはしていない。


やがて左宮の前まで辿り着くと、四人の勇者が休んでいる部屋の窓を見上げ、キョウはロウに「どの部屋?」と尋ねる。


レイかセナミか、どちらにするか。

ロウは少しだけ考え、一応仮のご主人様であるセナミの部屋のバルコニーを指さすと、キョウは何の反動も付けずに飛び上がり、音も立てずに三階のバルコニーへと着地する。


ロウはガラス戸の中を覗いて、溜息と共に直ぐにこの部屋から視線を外してしまった。

部屋の中では、大きな天蓋付きベッドに大の字で寝そべり、涎を垂らして熟睡しているセナミがいた。

さすがに従魔であるシロと黒い三連星は身を起こしてこちらを見たが、ロウの気配と知っていたのか、一緒にいるキョウを見ても騒ぐようなことはしなかった。


ロウは早々にセナミを諦め、隣のレイの部屋へと移る。

窓から覗くとベッドで寝ているはずのレイが、寝返りを打ったり、キルトから腕を出したり入れたりしているのが見える。


いきなりキョウを連れて行っては驚くだろうと、窓の外からレイに向けて念話で語り掛けた。


『レイよ、まだ起きているか?』

「きゃっ!だ、誰?ろ、ロウさん?」


レイが驚いて半身を起こして辺りを見渡し、窓の外に月明かりで逆光となった黒い影がいる事に気が付いて身を竦めた。


『心配いらぬ、以前話した我の友を連れてきた。入っても良いか?』

「え、ええ・・・?。ま、待って!着替えさせて!寝間着姿なの!」

『ちっ』

「こら。」

『・・・』


キョウが窓から離れ、ベランダの手摺に寄りかかる。

いつも無表情を崩さないキョウだが、ロウは彼女の金色の瞳の中に緊張があることに気が付いた。


キョウにとって何十年ぶりに会う同郷の人間なのだ。

自分が召喚されてからどれ程の時が経ったのか、今の日本の状況はどうなっているのだろうか、おそらく聞きたいことは山ほどあるのだろうが、聞いてしまうのが怖い、といったところか。


少し経ってから根巻きの上に外行のローブを羽織ったレイがバルコニーに出てきた。

しかし、バルコニーの片隅に立つ妖精族のキョウを見て息を呑む。ロウの友達は転生者と聞いていたので、てっきり日本人だと思っていたのだ。

しかも女のレイから見ても、ずっと見惚れてしまうほどの美しい女性だった。


レイが妖精族を見るのは初めてである。

月明かりを浴びて蒼く、透明に輝く銀髪にまず目を奪われた。対照的に種族特性の褐色肌が月光をも呑みこみ、まるでキョウ自体が薄い影のように見えて、余計に銀髪を際立たせていた。


「ダークエルフ・・・」

「うん。転生した。」

「え?」

「こっちで一度死んで、転生した。」

「え?」

『キョウよ・・・。相変わらずキョウの話は分り難いぞ。いい加減に話術も勉強したらどうだ。』

「そう?不自由は感じていない。」

『全く・・・。それを感じているのが周りにいる者だということを理解しているのか・・・』


とにかく部屋に入り、ベッドに座るレイと椅子に座るキョウが対坐する。ロウはキョウの頭の上から降りで、膝の上で身を丸くした。


口下手なキョウに代わり、ロウがこの世界に来てからのキョウについて、大雑把であはあるが語り聞かせる。

レイは、キョウが自分と同じ十九歳の時に召喚され、直ぐに種族問わず非正規奴隷の解放活動を始めたと聞き、声を無くして驚いていた。

奴隷にされかけた双子の猫獣人を目の前にして、助ける術を持たなかった自分と比べてしまったのだろう。


さらには、キョウが人間族の神に疎まれ、その神の手にとって一度殺されたと知ると、もはや体の震えが止まらなかった。

この世界は非常に不合理で、人の命の重さがとても軽いことを頭では解っていたのだが、実際に自分の身近な部分で起こった「死」を聞いてしまうと、この世界にいる事が怖くなってしまったのだ。


「じ、じゃ、キョウさんがダークエルフなのはこの世界で生まれたから・・・」

「うん、ロウが転生させてくれた。」

『色々あったがな。まぁ我もキョウには助けられたので「おあいこ」というところだ。』

「そう思っているのはロウだけ。」

『な、ならば今度、串焼きをたんと驕ってもらうぞ!』

「はいはい。」


親しげに話すロウとキョウをみて、冷えてしまったレイの気持ちにほんのりと暖かみが戻ってくる。

ドラゴン姿のロウはともかく、キョウも全くの無表情なので感情までは読めないが、もし普通の人と人との会話であるなら二人ともきっと笑顔で話しているのだろう。


「で、レイ。」

「は、はい・・・。」

「みんなと話したい。」

「え?」

『・・・』


ロウは溜息と共にキョウの話を受け取り、キョウと勇者四人でゆっくりと話す場を作って欲しいとレイにお願いする。

もちろん、この国の関係者は除いてという条件の元で、である。

この世界の事、キョウが従事している非正規奴隷の解放運動の事、ゼダハ王国の者とはまた別の視点で世界を見てきたキョウの話を聞いて欲しいのだ。


闇の断罪人という「肩書」を持つキョウは、人間族の国家にとってあまり歓迎される存在ではない。

キョウのやっていることは、いわば犯罪者の駆除と被害者の救出なのだから決して法に触れる事ではないが、国が見落とした、或いは見て見ぬ振りをしていた灰色の部分なので後ろめたさもある。

さらに闇の断罪人は、庶民だろうが貴族だろうが身分関係なく罪を裁く。

闇の断罪人によって没落した貴族は、指の数では足りないと噂されているほどである。


会って話をしたいと言われ、断る理由はレイ達には無い。

ただ、明日は王様に拝謁見して実施訓練の報告をする予定があり、その翌日は貴族との晩餐会が、さらには騎士団との御前試合と予定が組まれているので、近々には城外に出ることは出来なかった。


「港の近くになら東大陸へ行くため、いろんな種族の人が集まっていると聞いたことがあります。或いは其処なら良いのでは?」

『おおう、レイは物知りだな。ではネコ娘達もそっちに移しておくか。』

「ネコ娘・・・」

『・・・偶々拾ったのだ。いや!変な意味ではない!』

「ロウさんが奴隷にされそうな二人を助けたんです!奴隷商人から!ロウさんもちゃんと言わなきゃ!」

「しっかり働いている。宜しい。」

『お褒めに与かり光栄でございます。』

「・・・」


レイはさっきまで感じていた死への恐怖が、何処かへ飛んで行ってしまったことに気が付いていない。

見ていて呆れるほど息の合った二人、いや一人と一匹である。それが本気なのか冗談なのか、どちらにしても軽快で楽しげなのが伝わってくるのだ。


とにかく、四人との連絡係はロウがするとして、キョウは四人の予定が立つまでこの街に滞在することになった。

他の三人への説明はレイに任せると言って、キョウとロウはレイの部屋を出て行った。


『あんなもんで良かったのか?』

「ん、話す機会はこれからもある。」


ロウが言っているのは、もっとレイと話をしなくても良かったのか、ということである。

今後、四人と一緒の時に話すのは実務の話ばかりで、他愛のない雑談や世間話という訳にはいかない。


召喚されたばかりの時は、キョウもレイと同じ年頃の十九歳だったのだ。

たとえ妖精族として、すでに数十年を生きてきたのだとしても、日本人だった時の思い、その頃の情景を忘れてしまったわけではないだろう。

強大な力を持ち、この世界以外の記憶を持つキョウにとって、心の底からから解り合える友人となれる人物が、この世界に存在するとは思えない。


「大丈夫だよ。昔もコミュ障だったから。」

『そんな意味ではないわ!まぁ、まだ初見だしな。』

「ロウがいれば、それでいいよ。」

『我は人外であるぞ。それと真面目な顔をして言うでない!』

「ふん。」


キョウが屋根から屋根へと飛び越えて進んでいく時、遠くに月の光を湛えて光る海が見えた。



王都メッサドからほんの少し離れた港町ソドリス。


メッサドとの間には便宜上防護壁があるだけで、ほぼ一体化しているこの港町は冒険者で溢れていた。流石にエルフ族は見ることは無いが、獣人族やドワーフ族、稀にノーム族も見る事もある。

この町には王都にあるような煩わしい制約もなく、港町独特の他を拒まない雰囲気あるので、冒険者達は王都に入らずにこちらの方に集まっているのだろう。


この港町から東大陸の都市国家イータルへの船は、五日に一度出航している。

港には保存食や飲み物などが詰められた木箱や穀物が入った麻袋が積み上げられ、その他にも家畜や日持ちする野菜類、武器や防具類まで所せましと置いてあった。


穏やかな海が広がり、潮の香りを含んだ海風が心地よい。

港荷役達が大声を上げながら動き回る港の喧騒は、街中とはまた違った雰囲気でとにかく活気があった。


「港町は久し振り。」

『我は南側しか行ったことが無いな。そう言えば魚の塩焼きが美味かったぞ。』

「食べ物ばかり覚えてる。」

『物忘れは良い方だ。だから重要な部分だけ覚えている。』

「それは物覚え。」


妖精族としてのキョウの故郷は海の近くにあるルナリアムの町だ。久し振りに海を見て望郷の念が湧いてしまったか、キョウの口角が少しだけ上がって見える。


キョウもしばらく故郷には帰っていない。

ファーレン王国は絶対的存在だったラフレシア女王が上位精霊に昇華し、替わりに王を継いだのは、守護六傑の一人、雷の精霊と契約したサンダファレスであった。

一領主でもあった彼は元々武人であり、ラフレシア女王から王となり国を治めよと命じられた途端、全力で逃げ出したのだが敢え無く女王に捕縛された経緯がある。


逃げられない事を思い知った彼は、せっかく妖精族に転生した救国の勇者キョウの方が自分より適当だと言い張り、ラフレシアがファーレンを去った後も「自分は仮王だ。」と言って一度も王座に座った事がない。

もっとも、そんなサンダファレスに請われて面会したキョウは、ただ黙って首を横に振り、ガックリと項垂れる新王を残して再び非正規奴隷解放の任に戻っていったのだが。

王が替わってもファーレン王国の守護六傑の一枚板に揺るぎはなく、ファーレン王国では一つのトラブルも起こす事無く、新王体勢に移行したのである。


ともあれ、北方の海は初めてのキョウは、南の海とはまた違う濃い青の水面をしばらく無心に見入っていた。


しかし、他の二人と一匹と一振りは全く違う場所を凝視し、欲望と慚愧のオーラを撒き散らしていた。


「お、お魚が・・・」「あんなにいっぱい・・・」


双子のネコ娘達は、もはや港の風景など目にも入らぬ様子で市場に並ぶ大量の魚を見て、口の端からダラダラ涎を垂らしていた。

ずっと山に暮らしていた二人は、今までの人生でこれだけ大量のお魚が並ぶのを見たことがなかったのだ。


『うむ、ネコ娘達も欲しがっておる。さっそく市場に行こうではないか。』


市場の方を短い指でさし、いかにもネコ娘のためであるかのように言うロウの口元にも、やはり涎の跡が見える。

つい最近、キノと共にこの町に来た時には、魚を食べる前にセナミに召喚されてしまったため、海老蟹魚を食べ損ねてしまっていたのがようやく食べる事が出来るのだ。


「ロウ様が召喚された場所がこんなに近くだったとは・・・不覚です。」


見覚えのある市場の前に立ち、ガックリと肩を落とすキノがいる。

そんなキノの頭の上で「早く市場の中に行け」とばかり、ペチペチキノの額を叩いていると、キョウが無情にも市場からの撤退を命じた。


「まずは宿探し。」

『な、なに!!これだけの御馳走を前に何もせず撤退するというか!考え直すのだ!』

「「にゃぁぁぁ・・・」」

「後で来るから。我慢して。」


流石「闇の断罪人」の異名を持つキョウは、甘えるネコ娘達を見ても表情を変えることは無かったが、ネコ娘達の頭に手を乗せてクシャクシャと撫でまわしている。


まだ昼前である。朝早くから漁に出発した漁師達は、おそらくまだ帰ってきていない。

今市場に置いてある魚の殆どが昨日獲れたもので、保存技術が未熟なこの世界で鮮度もだいぶ落ちているはずである。

キョウ曰く、そんなモノを食べるより、もっと新鮮な「獲れたて」を食べた方が美味しいに決まっている、というのだ。


『な、なるほど、新鮮な方が美味しいか・・・。い、いや!しかし塩焼きが・・・』

「「お、お魚が・・・」」

「我慢。でも、塩焼きぐらいなら良いかな。」

『さ、さすがはキョウだ!ほれ、キノ!キョウの気が変わらぬ内に行くのだ!』

「「にゃにゃっ!!」」


キノとネコ娘達が市場に向かって駆け出していく。

その後ろ姿を見て、一人残されたキョウは溜息をつくが、その顔には笑みがあるようにも見える。


ついこの間まで、非正規奴隷解放のため、キョウは剣を振い周囲に血を撒き散らしながら、理不尽で不公正な人間族の欲望と絶望を見てきたのだ。

久し振りにロウと会い、血で穢れた自分に対していつも通りのお恍けた様子で、全く変わらぬ態度で接してくれると、自分の胸奥の澱んだ感情が吹き飛んで行くのがとてもうれしい。

また、ロウは人族と係わりたくないと言いながら、こんな所でも猫獣人の双子を助けて面倒を見ているし。


「変わった?いや、変わらない。」


それはロウの事なのか自分の事なのか。

そう呟いたキョウは、雑踏の中に消えて行った少女達を追って市場の中に入っていった。


ロウ達が港町ソドリスに拠点を置いて二日ほど経った夕刻、ロウはそろそろ勇者達が何らかの手筈を画策したのではないかと思い、王城へ行ってみることにした。


『一度セナミの元へ行ってくる、キョウはどうする?』

「うん、フェズとシャズもいるから残る。」

『まぁ、何も無いと思うがな。注意はしておいてくれ。』

「これがあるから平気。」


キョウが見せたのは、指に着けたリング【ヒュドラの目玉】である。

数十年も前に今日のために作った魔道具のリングだが、まだそれを装着しているとは思ってもいなかったロウは少し驚き、果たしてどんな能力であったか考える。


少しの間考え、この指輪には装着者がいる凡その場所が分かるほか、遠話補助機能や外見認識阻害の能力を付与した事を思い出した。


外見認識阻害とは、装着者を見た者にとって都合よく幻影を写す魔道具で、人間族が見れば人間族に、獣人族が見れば獣人族にといった風に見えたり、誰も存在しないように見せたり様々である。

キョウが意識すれば認識阻害は解かれるが、よほどの鑑定持ちが本気で装着者「視る」気でいないと、本来の姿を見破ることなど出来ない優れモノだった。


『そんなモノまだ持っていたか。ボロボロではないか。』

「認識阻害はとても便利。」

『まぁまだ使ってくれているのは嬉しいが、少し貸して見ろ。』

「返さないよ?」

『修理するだけである!二度と作りたくないモノであるからな!』

「そうなんだ?」

『・・・目玉をくり抜いたのだぞ?あの時は我ながらどうかしていたわ。』


ブツブツ言いながらロウはリングを受け取り、結晶宝石となった元自分の目玉に魔力を注ぎ込んでいく。すると経年劣化でくすんで見えた宝石が鮮やかな紅色を取り戻した。

元々がロウの身体を構成する魔力の結晶である。その魔力を供給されれは元の状態に戻るのは当然であった。


『ほれ。』

「さんきゅ。」


キョウはリングを受け取り、再び指に装着する。至極普通で、自然な動作だった。

そのやり取りを横で見ていたキノとネコ娘達が、期待を込めた羨望の目でロウをジッと見つめている。気のせいか鼻息も荒く、ネコ娘の尻尾も背中に張り付くほど直立している。


『な、何だ?』

「「「・・・」」」

『ほ、欲しいのか?』


三人の首がコクコクコクと見事にシンクロして縦に振られている。


『ま、まぁその内作ってやるが、ただし別の素材でな、よいな?』


冷や汗を流しながら少しずつ後退りするロウと、少し不満げだが、自分達の分も作ってくれると聞いて笑顔を見せる子供三人。

その様子を横で見ていたキョウは、今度こそはっきりと笑顔というモノを浮かべたのであった。



一方、王城では勇者達の枚級攻略報告会やら、貴族達との晩餐会やら立て続けに会が催され、勇者達四人はそれなりに忙しい日々を送っていた。

それらは全て貴族政治の形式に則ったもので、一般人である四人にとっては気を使ってばかりで決して楽しめる様なモノではなかった。


特に【剣の勇者】の称号を持つトウゴと、【賢者】の称号を持つレイの人気は凄まじく、次々と挨拶に来る貴族とその子弟子女が、この日より続いての約束を取り付けようと、必死の鬩ぎ合いを繰り広げた。

もちろんセナミとケンジにも多くの貴族が取り巻いたが、二人の意識は会の開始直後から食べ物の方に移っていたので、貴族の礼などどこ吹く風で食べまくっていた。


日中は訓練と座学、夜は催しと忙しい毎日でも、四人だけで話をする機会は何度もあったので、レイは他の三人に自分達よりもずっと前に召喚された元日本人の話を聞かせ、向こうも会って話がしたいと言っている事も伝えている。

もちろん、他の三人もこの世界の本当の姿を教えてくれるというキョウのと会談を望み、寧ろこちらの方からお願いするべきだという認識で一致していた。


「異世界召喚されてさらに転生とか、どうやら本命主人公登場?」

「かぁ~!姉さん、もうラノベはご馳走さまだぜ!?もう何人も主人公が登場してるし!」

「ま、まぁ、あんまり表情を出さなくて言葉も少ないけど、話す時は真直ぐ私の目を見ていたわ。」

「レイさんが信用に足る人だと判断したなら、間違いはないね。ロウ君もいろんな人の話を聞けと言っていたし、会って話をしたいね。」


この王国の人々は皆、四人に良くしてくれているし、元の世界の常識がこちらの世界で悪い事なら、ちゃんと指摘して教えてくれたりもするので、四人とも王国とは信頼関係にはあると思っている。

ただ、突然喋り出したドラゴンのロウに言われなければ、言われた傍からなんでも信用してしまい、話の本質が見えていなかったかもしれない。


「それじゃ、明後日のお休みになる日に港町を見学したいとか言って外に出ましょう。」

「うん、それが良いね。実際、この世界の船も見てみたいし。」

「おう!俺達海なし県の人間にとって海は憧れだもんな、姉さん!」

「日焼け嫌い、潮風ベタベタ嫌い、海で戯れるリア充は滅べ。」

「・・・」


一応、セナミも港町行きは賛成したと判断して、トウゴは自分のお付の執事に外出許可を取ってくれるようお願いする。

これまでも城下での買い物などでも直ぐに許可が出ていたので、何人か護衛や従者は付くのであろうが許可は直ぐに下りるはずであった。


だが、その日の夕刻、文官を引き連れた宰相が、バレッド王が四人に面会を求めていると左宮にやって来た。


四人は正装、武人としての武器防具を身に着け、王の待つ謁見の間と向かう。

入口にいる衛士に武器を預け、低頭のまま謁見の間に入ると、相変わらず気さくな声で「礼儀はいらぬぞ!」というバレッド王の声が響き渡った。


謁見の間にはバレッド王の近衛と宰相が連れた文官、近衛騎士団長のグラハム、魔法士長のもロードヘルブがいるだけで、他の貴族や施政官は誰もいない。

従ってこれは正式な拝謁ではない事が伺えた。


王座に座るバレッド王。見慣れた笑顔ではあったが、どことなく疲れたような、そんな雰囲気が感じられた。


「勇者殿、まだ色々準備途中であるというのに申し訳ないが、いよいよ東大陸へ渡ってもらう事になった。」

「え?い、いきなりですか?随分と急な・・・。」

「ああ、いや!直ぐ解放戦争が起きるというわけではないのだ。最初はもちろんイータルを交えた三国間で協議に入る。その場に行って欲しいのじゃ。」


何でも、もうすぐイータルと魔人族の間で今年の物資供出量、つまり貢物の量を決める交渉が始まるとか。

その交渉の席にゼダハ王国も参列できるように根回しし、その交渉で魔人族がイータルに干渉しない、人間族と不戦協定を結ぶ事ができれば、国家同士の戦争は起こらない、ということらしい。


ゼダハ王国の切り札が異界からの召喚者であり、強大な力を持つ勇者が四人もいると伝わるだけで、相当な抑止力となるから、高い確率で交渉は上手くいくのではないかと予想しているとの事だった。

もちろん、四人だけで行かせるのではなく、使節として副宰相のロミロスを代表として文官が十人、騎士団の精鋭百人が追行するという。


バレッド王の話を聞き、勇者四人はとりあえず安堵する。

戦争の旗頭に、と言われても、相手が魔人と呼ばれる魔に類する者達でも、魔獣を相手に戦った経験があっても、やはり人を殺す覚悟はまだ無い。

戦闘の必要はなく、あくまで国家間交渉に赴く使節団の護衛と思えば良いと言われれば、これを断る理由は四人には無かった。


四人は互いに目配せして意思統一を図ると、代表してトウゴが低頭して答えた。


「謹んでお受けいたします。」

「うむ、色々煩わせて申し訳なく思う。出発の日取りや向こうでの行動についてはイージニアス卿と詰めてくれ。」

「畏まりました。」

「うむ、頼んだぞ。」


謁見は終わり、宰相と共に謁見の間を退出した四人は別の部屋に案内され、改めてイージニアスから今回の作戦の詳細について説明を受けることになった。


東大陸に向けて出発するのは、様々な準備もあるので十日後を予定しているとの事だった。

王国が用意したのは大型の戦船で、二百人は余裕で乗れる頑丈な木造帆船である。なんでも、この時期は北風が少なく、海が荒れない良い時期なのだとか。


「戦船なればイータルまで七日ほどでしょう。大きな船ですからそれほど揺れず快適でしょうな。」

「僕たちの世界では帆船なんてもうありません。今から楽しみですよ。」

「ほう?帆船が無い?ということは別の推力が・・・おっと、申し訳ございませんな。話を戻しましょう。」


イータルで行われる人間族と魔人族の会談に、今回ゼダハ王国が参加することは伝えてあるそうで、使節団の宿舎も向こうで用意してくれるらしい。

もちろん百名の騎士達は船中伯らしいが。


イージニアスによると、バレッド王は確実に交渉が成功裏に終わる事を疑っていないようだが、忌憚なく言えば、戦争が起こるか起らないかの確率は半々であるという。

ただ、戦争というモノはそうそう起こるものではなく、国家間の交渉とは一度は交渉が決裂しても、何度か話し合いを重ねて最善の方策を模索するものなのだ。


勇者の役目はその「存在」自体であり、その力がゼダハ王国にとって有利に交渉を進めるための手札になるということなのである。


ただし、東大陸で勇者の実力を侮り、力によって潰そうと画策してくる輩がいれば、遠慮なく殲滅して良いという。

四人の実力は日々の訓練のおかげで相当上がっており、セダハ王国の近衛騎士団でもトウゴやケンジに試合で勝てる者は、もう誰もいなかった。

セナミの従者シロは元々二等級の魔獣だし、レイの治癒魔法はメサイナ教の治療士達を遥かに凌ぐ回復力と影響範囲を誇っている。


「皆様を利用するようで心苦しいのですが、これも多くの人命を救うため。ご容赦ください。」

「そんな!僕達はただ其処にいるだけなのに。出来る限りの協力はさせて下さい。」

「トウゴ様、感謝致します。準備はこちらで進めますので、皆様はこれまでと変わらずお過ごしください。」


王城から左宮に戻った四人は、共有スペースとして解放されている居間に集まり、経った今下知されたバレッド王からの依頼について話し合っていた。


「ふう、何か色々大変だね、勇者っていうのも。まぁ人を殺すよりマシだけどさ。」

「だけどよ・・・抑止力とか言うけどさ、やんなきゃなんない時はやるのよ。誰だってさ。分ってんのかねぇ。」

「ラノベ的には戦闘シーンが無い、つまらない展開。」


そうは言ってもこれまでに経験した事がない危険な場所へ行くのだ。四人の表情には隠しきれない緊張があった。

と、その時、ロウが窓から入ってきて、セナミが座るソファの横に降り立ち皆に挨拶する。部屋に入る前にちゃんと窓をノックしたので何の問題はないだろう。


「ガァァ。」

「ローちゃん、おかえり。」

『セナミよ。我はロウだ。ローではないぞ。それと、予定通り港の町に宿を取ったぞ。』

「ローちゃん、あたし達今度東大陸に行くことになったよ。」

『は?』


急転直下、強力無比な魔獣が跋扈する東大陸に、たった数か月の訓練しかしていないという未熟なこの四人を送り出すとは、さすがのロウも予想していなかった。


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