38.再会
38話投稿時に、別のお話を投稿してしまいました。
大変申し訳ございませんでした。
ゼダハ王国の南東、ラビトアル王国との国境の町サイダッタ。
この町の近くにある【輝石迷宮】の入口は、高さ約30m程の断崖の中腹辺りにあるため、地上から巨大な木製櫓が組まれている。この櫓を登ることが迷宮の入口へ行く唯一の手段である。
櫓の下は大きな広場になっていて、冒険者達の野営用テントが十数組ほど設置され、中央には木造の小さな平屋が一軒建っているのが見える。
本来、迷宮攻略の最前線となる場所はもっと賑やかなのだが、この迷宮が発見されるとすぐに町が出来たため寂れた印象を受けてしまうのだ。
この場で野営する者は、町までかかる半刻程度の時間を惜しむ者か、町の宿にも泊れない金の無い連中、これから先の迷宮攻略の準備を行っている者くらいである。
この時間、既に殆どの冒険者は迷宮に入っていて、広場は閑散としている。
多少活気を取り戻すのは夕暮れ過ぎた頃で、その日の成果を少しでも早く金に換えようと、迷宮から冒険者がわらわらと溢れ出てくるのだ。
この町に到着して八日目の朝、勇者一行は誰一人欠けることなく、無事に迷宮から出てきた。
初日に迷宮から出てきたときの表情とは打って変わり、満足げでどこか精悍な、そんな表情になっているかのように見える。
一行は迷宮の第十一階層に攻略拠点を作り、中に連続四日間も篭って魔獣と戦ってきた。
目標としていたモンバッドリーダーの【輝石】も十個確保し、あらゆるタイプの魔獣に対応できるようになったと、お付の騎士ヴェルトモから太鼓判を押されたので、ようやく迷宮を後にしたのである。
ただし、それぞれが持っている固有能力は秘匿したままだ。
トウゴの【魔法剣召喚】もケンジの【獣化】も騎士や冒険者の前では見せてはいない。
だが、最初は苦戦する場面もあったが、固有能力を使わずに通常能力と魔法だけで中位階層の魔獣なら倒す事が出来るようになったのだ。
ついこの間まで一般人であった四人がここまでできるようになったのは、日ごろの鍛錬の賜物であろう。
久し振りに浴びる陽の光が、さらさらと柔らかく彼らの身体を包み込む。
「あ、あ、ああ~!!太陽の光が気持ちいいぜ!!」
「全くだね。空気まで新鮮に感じるよ。時間の感覚も狂っちゃうし、長い時間迷宮に潜るのも考えものだね。」
「あたしは夜型だから平気。むしろこの光のほうが疎ましい。」
「・・・とにかく早く宿に戻りましょう。お風呂入りたい・・・。」
冒険者ならば男女問わずひと月くらい身体を拭くだけの生活は当たり前なのだが、現代人のレイにとっては、たった三日でも耐えがたい苦痛の日々であったのだ。
だが、そこでヴェルトモが釘を差す。
「早く休みたいのはやまやまだが、迷宮から持ち出したモノは速やかに冒険者組合に届けなければならない規則だ。まず組合の方へ行く。」
レイの顔が絶望に染まる。
他の三人も抗議の目を向けたが、ヴェルトモは規則は規則とどこ吹く風で受け流している。
迷宮から出てきた時とは打って変わって足取りも重く冒険者組合に向かい、討伐報告だの魔石や素材の買取り査定だの、散々付き合わされてからようやく解放されて宿に戻った四人。
装着していた鎧や硬布の服を脱ぎ捨てて再び宿を出ると、一目散に湯屋へ駆け込み、久し振りに湯で身体を洗って人心地つけて、ようやく湯屋から出てきたのは一刻も後だった。
すっきりと幸せな気分で湯屋から帰ると、宿の入口で何事か揉めている様子が見て取れる。
揉めているのは宿に残っていたお付の騎士ヴェルトモと、迷宮外に待機していた若い騎士で、レイとセナミにとってこの国に召喚されてから初めて見る獣人族の女二人を連れ、よく見ればその頭に小ドラゴンのロウをのせている。
「ローちゃん!ただいま!」
早速セナミがロウの元に駆け寄り声を掛けたのだが、その視線はロウの下、ネコ娘たちの耳と尻尾に注がれている。心なしかセナミの鼻息が荒い。いや、はっきりとふんすふんすと空気が動く音が聞こえている。
良い所に来てくれたとセナミの方を向いたロウは、セナミと一緒にいたレイが双子のネコ娘を見た途端、頬を染めてクネクネしながら萌えはじめた事に驚いてしまった。
「この子達誰?ローちゃんお友達になったの?」
『いや、それがだな・・・』
「「ロウさんが助けてくれました!!」」
「え?どゆこと?」
「と、とにかく中に入りましょう!さぁ!お姉さんと一緒に行きましょ!」
レイはにやけた顔のまま双子の手を引き、宿の中へ誘おうとする。
どんな事情で何が起こり子供を連れていたのか、宿の中でロウに事情を聞こうと思ったのだが、意外にもヴェルトモに入るのを止められてしまった。
「レイ殿、それはムリだ。この宿は人間族専用の宿なんだ。獣人族は泊れないし入ることすら出来ないんだ。」
「え?」
「セナミ殿の従魔ですら相当揉めたのだ。今回は宿のルールを順守して頂きたい。」
「そ、そんな!」
レイが言葉を無くして立ち竦んだ。召喚された四人がこの世界にきて、いや日本で過ごした日々も含めて初めて経験する人種差別である。
こうした人種差別など身近になかった日本人にとって、衝撃は大きかった。
「差別良くない。人類みな兄弟。」
「そ、そりゃ耳も尻尾もあるけどよ!同じ人間じゃねぇか!」
「待った、ケンジ君。この件は後で僕達だけで話そう。拗れたらまずい問題だよ。」
セナミとケンジも声を荒らげるが、トウゴが冷静に執り成して三人は渋々矛を収めた。が、当のトウゴも含め皆が納得はしていない。
結局、猫獣人の二人はロウに付いていた騎士コートバルと同じ宿「ベンダイの宿」に部屋を取ることになり、勇者一行と猫獣人は明日の朝「ベンダイの宿」で話を聞く事にして別れたのであった。
だが、差別発言に怒りが収まらないレイはセナミと共に「ベンダイの宿」まで付いて来て、色々とネコ娘達の世話を焼き始める。
まず一階の食堂に席を取り、双子のために大量の食事を注文した。
今まで見た事がない量と豪華な食事に双子は目を輝かせて涎を垂らし、本当に食べて良い物かどうか、チラチラとロウとレイを見比べている。
「遠慮なく食べて!みんなあなた達のものよ。」
「「にゃ!?ぜ、全部!?」」
「そうよ、しっかり食べなさい。」
「にゃ、とかカワイスギ・・・。」
ネコ娘達、ガッついて食べ始める。それはそれは勢い良く、見ていて気持ちが良くなるほどだ。
しかも、時々はっ!と自分達ばかりが食べている事に気が付いて、慌ててロウにも餌付けしているのが微笑ましい。
賑やかしい食事終わった後、食後のお茶を喫しながらネコ娘達の話を聞く事になった。
フェズとシャズは、隣国ラビトアル王国領で魔境に近い森の中にある猫獣人の村で暮らしていた。
その村は人間族や他の獣人族から弾圧を受け、行き場を無くした者達ばかりが集まっていて、全村人が十世帯程の小さくて貧しい村だった。
若者はおらず、壮年の男と年寄りだけの村であり、小さな畑と森での狩猟だけが生きる糧であった。
フェズとシャズの両親はいない。まだ小さい頃に母親は病気で亡くなり、数年前に父親も狩猟の途中で転落死したという。
遠い親戚だという老夫婦に預けられ、畑の手伝いなどをして暮らしていたが、満足にご飯も与えられない生活だった。
この老夫婦から、いつかは町の娼館に売るぞと、何度も何度も言われ続けていたらしい。
その村へ奴隷狩りが現れて、村人全員を皆殺しにし、唯一若者と呼べるネコ娘達を攫ったのは七日も前の事だったという。
乗せられた馬車にはすでに四人の女が乗せられていて、途中立ち寄った村で後三人乗ってきたとか。
レイとセナミは、人種差別の時もそうだが、この世界には奴隷身分の人がいるのかと暗い気持ちになる。
しがも奴隷狩りが公然と行われ、無理矢理奴隷にさせられている人達がいると聞いて言葉を無くし、一瞬思考が停止してしまった程でであった。
「そ、そんな・・・、酷い・・・。」
「ラノベ的にはよくある話。賛同はしないけど。」
『人間族が他種族はおろか同族までも食い物にしている現状だな。それでもキョウが相当数減らしたのだぞ。』
「キョウさんって・・・?」
『ああ、お前たちに会わせようとしている我の友だ。何十年も前にこの世界に召喚された者だよ。』
「そのキョウさんが奴隷の数を減らしているの?え?どうやって?何故?」
ロウはキョウが闇奴隷商人を自らあの世に送り、理不尽にも奴隷にさせられた者を救っていることを話そうかと思ったが、これは本人に答えてもらうべきと思い直し、ここでは言葉を濁した。
『奴の信念、であろうな。昔、人としての尊厳を踏み躙る者を許せない、といっていたが。』
「そんな・・・、し、信念だけで人助けできるなんて。それも何十年も・・・。」
『まぁ待て、レイよ。言ったであろう?我の言葉だけを信じるな、と。直接奴と会い、己の耳目で確かめよ。』
「う、うん。」
考え込むレイを余所にセナミが至極冷静に現実的な問題を突き付けてくる。
「で、ローちゃん、この子達どうする?ローちゃんが飼うの?」
『・・・』
「もしかして、あんまり深く考えていなかったとか?」
『い、いや!ちゃんと考えたぞ!屋台に行くのに便利だろうが!』
「ローちゃん、ぺないち。あと一つで退場。」
『へ、へい・・・。ちゃんと世話するからご勘弁を・・・。』
「ん、セナミも協力する。レイさんも。とりあえず・・・」
セナミは空間倉庫をゴソゴソと漁り、これまで貯めたお小遣いを出そうとする。
もちろんロウもそれなりの金額を持っているので断り、明日にでも町に出て買物をすることにした。
さて、将来を見据えネコ娘達をどうするか。
城のメイドや雑用係は無理そうだし、全く訓練を受けていない者を今から冒険者冒険者へ、という訳にもいかない。
するとレイが、当面はレイとセナミの従者若しくは付き人として雇うと言い出した。
宰相と交渉し、それが駄目ならしばらくは王都の宿を拠点にして、今回のように四人が外で訓練を行うときの付き人に、ということになった。その時に身を守る術や採取の仕事を教えて行けば良い。
ところがネコ娘達、ロウと離れなければならないと思ったのか、目に涙を溜めて懇願してきた。
「ロウちゃんと離ればなれなの・・・?」「ロウちゃんどっかいっちゃうの?」
「いっ?いえいえいえ!!違うのよ!ずっとロウちゃんと一緒にいていいのよ!」
余計可愛い。レイは身悶えしながらネコ娘に抱き付き、ロウに双子の傍にいなさいと命令する。
その横でセナミは呆れ顔でロウとレイを見比べていた。
(本当はあたしが召喚したんだよ?)
だが、従魔となることは断られたのだから、もはや諦めモードであった。
◆
一日迷宮の町サイダッタで旅の準備をした勇者一行は、次の日の早朝に王都への帰路についた。
当然、帰りも来た時と同じ馬車だが、乗り心地は少し改善している。
トウゴとケンジに約束した通り、ロウは馬車に重量軽減の魔法陣を描き、乗っている者の体重が馬車本体にかからないよう調節した。
いわば馬車の中でフワフワと浮いている状態に近いのだが、極端なエネルギーが体に作用すると馬車の壁や天井にぶつかってしまうので、注意が必要なのが難点だった。
ネコ娘達はこの馬車にすら乗る事が出来なかった。
ヴェルトモも王家の馬車に獣人族は乗せるわけにはいかないと受け入れないし、王都に戻っても獣人族が城に入れるかどうか、分からないという。
ゼダハ王国には獣人族が殆どいない。稀にいたとしもイータルに渡ろうとしている冒険者か傭兵位で、一般人になると他国から行商で来た者や、女なら娼婦位だという。
ゼダハ王国は、サキュリス正教国のような人間至上主義国家ではないが、この国は十数年前の戦争の影響で他種族に対して良い感情を抱いていないらしい。
馬車に乗れないのならば仕方がないので、ロウが運ぶことにする。
『大丈夫だ。我がネコ娘達を運んでおく。』
「え?どうやって運ぶの?」
『まぁ、色々方法はある。我らが先に着くはずだから、適当に近くで野営でもしておくさ。』
固有能力【変化】を使い空を飛ぶなり地を走るなりすれば良いだけだが、まだ四人の勇者たちに自分の手の内を見せるわけにも、正体を晒すわけにもいかない。
背負い袋一杯の野営道具と食料を分けてもらい、心配する四人を置いて、ロウを頭に乗せたネコ娘達が街道を歩いて行った。
「あの子達大丈夫かしら?」
「何となくローちゃん主人公っぽいから大丈夫だと思う。」
「そ、そうなの?」
「ラノベ的には、奴隷を助けるのは大抵主人公。」
「・・・」
この世界に来てセナミのラノベ知識が止らない。
ロウ達は街道を逸れて一旦途中の森に入ると、ロウは人目の付かない場所で巨大な黒狼に変化した。
最初は驚いて逃げ出そうとしたネコ娘達だが、大きくなっても変わらないロウに安心し、背中に乗って森の中を走っていた時など、とても良い笑顔を見せて笑っていた。
さらに、街道からだいぶ距離をとってからドラゴンの成体に変化した時など、竜に乗って空を飛べると知り飛び跳ねて喜んだものだった。
勇者一行が王都に到着するのは十日後である。
ロウが飛んで行けば二日もかからず到着するので、急がず、街道を見失わない範囲内で寄り道していく事にした。
そんな旅を始めて九日後、王都メッサドに帰ってきた勇者一行は、ロウ達が自分達より早く王都に着いて、しっかり門兵とも仲良しになって防護壁の外で野営していたことに驚いた。
防護壁の外には、その日街に入れなかった者や、荷物の検閲が終わらず待たされた商人、農場を見回る農民などが集まって野営所を作っている。
ネコ娘達はちゃっかりとその中に加わり、勇者達が帰ってくるのを待っていたのだった。
双子を拾い、国家権力で有無を言わさず王都の中へ入ると、真直ぐに王城に向かって馬車を走らせていく。
勇者四人は再び王城内に入り、前と同じ左宮の部屋を与えられて、一先ず休養を取ることになった。
彼らがこの世界に呼ばれてから三カ月近くも暮らした部屋でもあるので、それなりに寛ぐ事が出来る。
しかし、天蓋付のベッドに横たわるレイの心は晴れていない。
案の定、ネコ娘達は城内へ入ることは出来なかったのだ。
勇者たるレイの立場を慮ってか、あからさまな拒絶はされなかったが、獣人族が王城に入るなどとんでもない、ということだった。
このことに憤慨したレイは、宰相イージニアスまで呼びつけて抗議したうえで、自分が城を出てネコ娘達と城外の宿屋に泊ると言い出したのだが、結局、宰相のもっともらしい説得に言葉を返せなかった。
「他種族に嫌悪感を抱く者抱かない者、両方います。王城では近くにその対象がいなかったから、互いにその感情を出さずに関係を維持できた。それを壊したくない。」
「今や勇者一行は国の英雄です。その英雄の仲間が獣人族とあれば、東大陸で死んだ者の身内が絶望するでしょう。」
差別や迫害などが起こるのは、個人の感情に依るところが大きい。
レイの常識が人類すべて同等であっても、その考えを押し付けることは出来ないと言うのが人間の考え方なのだ。
(私って無力だわ。戦う能力があるだけで、フェズちゃんとシャズちゃん二人すら救えないなんて・・・)
(奴隷を助けて廻っているというキョウさんに会ってみたい。話をしてみたい。)
身体は疲れて動く事すら億劫なのに、色々考えすぎて一向に眠りに就くことができなかった。
一方、ネコ娘達は「身分が確かな」獣人族ということで、案内に付いていた冒険者の紹介で、王都の何処にでもあるような宿に泊まることになった。
この宿は獣人族に偏見はないようで、食堂には冒険者風の獣人族が何人かいて、食事や酒を飲んでいるのが見て取れる。
双子にはロウと、何故かここを紹介してくれた冒険者の男が付き添っている。
なんでもレイから宜しくと頼まれたそうだ。
「聞けば聞くほどお前達、大変だったんだな。よく頑張った!」
「「美味しいご飯が食べられて嬉しいです!」」
「そうかそうか!いっぱい食えよ!」
「ガアガアガア。」『遠慮はいらんぞ。このおじさんの驕りだ。』
「「はい!」」
レイの葛藤も知らずに、ネコ娘達はご飯を前にして上機嫌であった。
◆
夜も遅く、王城の最上階にあるバレット王の居室である。
そこにはバレッド王と宰相イージニアス、近衛騎士団長グラハムの三人が向かい合っていた。
「迷宮ではそれなりの成果を上げたようだな。」
「はっ、こちらで課した目標も達成しておりますし、攻略速度には目を見張るものがあったとか。」
「ふっふっふ、良い、良いぞ。順調に仕上がっておるか。」
「はい。見世物としては最高の仕上がりでしょうな。」
「ふん。」
三人の顔には、笑みは無い。
光魔法のランプが煌々と灯されているため、日中と変わらぬ位明るい部屋なのだが、三人の表情は決して明るいモノではなかった。
「所詮、あ奴等は捨て駒よ。いずれ我が軍の精鋭が上陸さえすれば、魔人族など赤子の手を捻るようなものだ。」
「港さえ押さえられなければ何とかなります。大型戦船は三十隻、一度に五千の兵を送る事が出来ます。」
先の戦争と同じように、イータルの港に水棲魔獣が放たれたら上陸も覚束ない。そのためにも港の制海権を確保しなければならないのだ。
そのため、イータルへはすでにこの五年間で三百の兵を冒険者と偽って送り込んでいる。今回、勇者と共に約百名の騎士を送り込むことにしているので、大抵の工作は出来るはずであった。
そう、ゼダハ王国の狙いは魔人族への報復であると同時に、都市国家イータルの完全接収でもあるのだ。
いや、イータルを接収することが魔人族領へ攻め入る第一歩だと考えている。
実際のところ、ゼダハ王国側からイータルへの輸送船の運航を止めると脅せばイータルには抵抗する術は無い。
ゼダハ王国の港が使えるからこそ、イータルが存続できるのである。
では何故、これまで長い間イータルの自治を認めていたのか。
まず、交通手段が船しかない遠隔地であるため、文官武人の人を割くデメリットが大きい。
当然、東大陸での有事の備え軍事費増大するだろうからその負担は大きい。
そして、これは一番の理由だがいつでも接収できる余裕であろう。
第一王子を失ったバレッド王の怒りは激しく深い。あの時以来、魔人族を滅ぼすと心に決めて準備してきた。
イータルを接収して前線基地とした後に魔人族領に攻め入り、王子を殺した者達を全て捕えて八つ裂きにしなければ気が済まないのだ。
ただその前に、この西大陸で片付けなければならない問題が残っている。
テンフラント王国。
ノクトール地方にある北方三国の一国で、唯一海に面していない国だが、平地が多く農耕と牧畜を主産業としている中規模国家である。
嘗ての北方三国は国力も拮抗していて、互いにけん制し合い正に一触即発の状態であった。
三つ巴の冷戦期は軍費だけが嵩んで国民生活が置いて行かれ、魔獣の討伐を放置されるなどしてノクトール地方全体が疲弊していたのだった。
たが、長く続く冷戦に国民生活が限界に近づいた時、魔法士組合が間に立って三王が話し合い、不可侵、相互交易、討伐協力などの協定が結ばれたのが、全大陸を巻き込んだジロール大戦、種族戦争の五十年も後であった。
その後、不可侵条約を破りラビトアル王国がゼダハ王国に侵攻したのだが、ゼダハ王国はこれを完膚なきまでに撃破、戦争を主導した王族と貴族を処刑してラビトアルを属国とし、王位継承権の低い者を傀儡の王に据えて統治させていたのである。
この戦争が何のために行われたのか、当事者が処刑されたため知る者は少ない。
だが、この戦争によって三国の均衡が崩れ、大国ゼダハ、属国ラビトアル、中堅テンフラントという版図に変わってしまったのは間違いない。
この時が正にゼダハ王国の最盛期であり、あれほど覇を競って対立していたテンフラント王国も、どこか上から目線で三国の冷戦を嘲笑っていた東大陸の都市国家イータルも、尻尾を振ってゼダハ王国に恭順してきたのである。
それから二百数十年。
内需拡大に務めた北方三国は、街道の整備、食料自給率の拡大、魔獣の討伐など着実の成果を上げ、国民生活も格段に良くなっていったのである。
その蜜月が十二年前の事件をきっかけに終わりを告げた。
最強を誇ったゼダハ王国軍の主力精鋭部隊五千が全滅し、次期王と指名されていた第一王子フィーガル王子までもが戦死したのだ。
ゼダハ王国にとっては青天の霹靂ともいう事件であり、性急な軍事調達とそれを失ったことで起こるインフレで、王国経済は大打撃を受けたのである。
そして今、ゼダハ王国は報復のため東大陸に侵攻する動きを見せている。
この状況を見て、海接地が喉から手が出るほど欲しいテンフラント王国はどう出てくるのか。
「我々が東大陸に向けて兵を動かせば、確実に背後から攻めてくるであろうな。」
「はい。十中八九、兵を起こしましょうな。この王都メッサドに向けて。確実を期すため最大兵力でしょう。」
「ふん、テンフラントが動かせるのは精々三万程度、そこにラビトアルが加わるか・・・。」
「ラビトアルもテンフラントに全て従っている訳ではありませんが・・・目の前に餌をぶら下げられればあるいは。」
宰相が言うのは、テンフラントとラビトアルが裏で繋がっているのは間違いないが、ラビトアルもテンフラントを信用しきっている訳ではないということだ。
万が一、予期せぬ事態が起きてテンフラント王国が破れた場合を考えているはずだ。
「精々道案内をするか、数百人規模の傭兵部隊を参加させるか、その程度でしょう。」
「まさに風見鶏よの。まあ良い、我が術中にある内は精々楽しませてもらおうぞ。」
ラビトアル王国が裏切り、テンフラントと共に攻め込んでくれば、人質としてゼダハに滞在しているラビトアル王国王妃と第二王子、第三王女を殺せばよいし、彼の国と「魔境」の境界にある魔獣寄せの魔道具を停止させれば良い。
ラビトアルの血が薄まるか、魔獣に呑まれるだけなのだ。
ゼダハ王国が東大陸遠征中に、他の二国連合が攻めてきても残留兵二千もいれば、王都メッサドで二十日は籠城戦に耐えることが出来るはずだ。
ゼダハ王国の兵力は辺境警備兵まで含めれば、四万にはなるのだから、その間だけ持ちこたえれば辺境領から救援軍が駆け付けるはずなのだ。
「まぁ、何人かは調略されているじゃろうが、全てではあるまい。」
「王の深慮遠謀には叶いませぬな。そこまで見通しておいでとは。なに、事が起れば一歩も動けぬよう細工しておきます。」
「ふん。」
憎き魔人族を討伐する前に、テンフラントの牙を折っておかなければならない。そのために十年という長い歳月を掛けて、万全の体制を整えてきたのだ。
禁忌とされた異界からの勇者召還にまで手を染め、幾度も失敗を重ねてようやく手駒となる勇者を手に入れた王に迷いはなかった。
「勇者と言う餌に上手く喰いついてくれるか・・・どうであろうな?」
この夜、初めてバレッド王が楽しそうに笑ったのであった。
◆
同じ頃、小ドラゴン姿のロウはメッサドにある宿の屋根の上で寝そべり、二つ月を眺めながら黄昏ていた。
まだ寒い季節ではないのだが見上げる夜空は澄んでいて、二つ月の輝きも邪魔される事なく地上に降り注いでいる。
気持ちの良い夜だった。
部屋にいるネコ娘達は、同じベッドに入って幸せそうな表情で眠っている。
いつものロウであれば、二人と一緒にふかふかにベッドで寝ているところなのだが、今夜は何となく眠る気になれず、窓から這い出して屋根に上ってきたのである。
ネコ娘達の境遇を知り、人間族が他種族に対して今だ差別意識を持っている事にも辟易したが、こんな辺境国では奴隷狩りが公然と行われている事も衝撃であった。
また、軽い気持ちでネコ娘達を引き取ってしまったことが、人種差別や奴隷身分などについて考えなければならなくなった四人に、変な影響を与えてしまったようで後悔もしていたのである。
人族に関わると碌な事がない。
長きに渡り人外としてこの世界に存在してきた、ロウの結論であった。
(あぁぁ・・・我の安寧の時はいったい何時訪れるのか。)
そんな事を考えながら溜息を漏らすと、ロウの背後からくすくすと笑い声が聞こえてきたではないか。
正直、こんな場所だし周りにはあまり気を使ってはいなかったので接近を許してしまったが、それにしても大した隠蔽能力であった。
聞こえてきた笑い声の気配はロウが良く知る人物の者、闇の勇者キョウのものである。
ロウが振り向くと、もう何年も逢っていなかったが、昔と全く様子が変わらぬキョウが同じ屋根の頂に座っていた。
いや、髪が伸びた分少し大人っぽくなったか。
『久し振りだなキョウよ。息災であったか。』
「何それ。ロウはおっさんみたいな喋り方になったね。」
『何を言うか、キョウだってもうすぐ百歳の婆ぁ様では・・・ない・・・か・・・』
ロウがすべてを言う前にキョウの周囲に魔力が一瞬で集積され、それが殺気となってロウにぶつけられる。
そう言えば大昔に同じような事があった気がする。ロウは妖精族の女には決して言ってはいけない言葉があるということを「鮮明」に思い出した。
今、ロウだけに向けられ、隙なく周囲を包み込む激しい殺気は、今まで感じたこともないこの世で一番恐ろしいモノであった。
「この姿ではまだ七十歳。」
『は、はい!まだ大変お若くピチピチでございます!』
「ふん。」
『ごめんなさい!!どうか御慈悲を!!』
屋根の上で冷や汗をダラダラ流して、小ドラゴンが小さな身体をさらに小さくして土下座している。
何とも滑稽な姿だが、必死のロウは形振り構わず誠意を見せようと努力しているのだった。
「キョウ様、その辺でご容赦くださいませ。」
『おおう!キノか!た、助かった。』
思わぬ援軍にホッと息をついて首を上げると、いつの間にか魔剣キノも現れてキョウの傍に立っていた。
おそらく魔剣となってキョウに運ばれ、この屋根の上で擬人化したのだろう。
キノが現れるとキョウの殺気は一瞬で霧散してしまった。
「もちろん冗談。」
『ふぃぃぃ・・・』
「でも、次は無い。」
『!!』
(こ、この娘、めっさ怖えぇっす!!前よりヤバくなっているっす!!)
この娘にだけは逆らうのはやめておこう、と改めて自分ルールを確認するロウであった。
すると不意にキョウがロウの名を呼び、自分の膝の上をポンポンと叩いている。
「ロウ。こっち来て。」
『・・・』
先程の殺気の事もあり、恐る恐るキョウの膝上に乗ると、ロウの身体がピタリと収まった。
ロウが小ドラゴン姿でいる時の、お決まりの体勢だ。
「久し振りだね。」
そう言うとキョウはロウの背中からギュッと抱き付いてくる。
キョウにとって、こうしてロウと触れ合うことは、何事にも変えられないとても大切な儀式でもあるのだ。
(おおう!おっぱいラッキーwww)
ロウにとっては少し違うのだが。