37.迷宮
迷宮は人族に莫大な益を与えてくれる。
魔素の濃度が高い密閉空間で無尽蔵に魔獣が湧き出し、それらを倒せば人々が生活していく上で欠かせない「魔石(核)」が手に入る。
電気のような便利なエネルギー減が無い世界では、様々な現象を引き起こす魔法が発達していき、その媒体ともなる魔石は常に需要があるので、魔石を「産出」する迷宮はまさに宝の山なのだ。
さらには人族が持ち込んだモノは魔道具化して還元されるし、希少金属鉱石も少なくない。
だが、迷宮は人族に惨たらしい死ももたらしてくる。
迷宮は人族の欲に際限がない事を知っているので、もっと良いものがあるぞと奥へ奥へと誘ってくる。
そしてそこにいるのは人族では太刀打ちできないほどの強力な魔獣、あるいは数押しで向かってくる大量の魔獣、或いは一見見分けられないほど巧妙に隠された罠。
それらに遭遇した人族は喰われる。魔獣にではなく迷宮に。
迷宮で倒れた者は迷宮に吸収されてしまい、この世の輪廻から外れてしまうのだ。
【輝石迷宮】の第一階層にいる魔獣は、スライム系、犬人コボルト、ゴブリン、ギャラットなど比較的弱い魔獣ばかりで、大通路から外れた横道や小部屋に屯している。
しかし、弱いといっても外にいる個体と比べれば体が大きく、膂力も格段に持っているのだ。油断はできない。
いよいよ異界から召喚された四人の実践訓練が始まった。
同道した騎士ヴェルトモは、何とかなるだろうという甘い考えが早速躓いてしまったことを知る。
スライムやネズミまでは良かったが、ヴェルトモが見本とばかりにゴブリンの首を跳ねたとき、勇者四人は顔を顰め、さらにゴブリンの胸を割いて魔核を取り出したときには、その凄惨さに四人とも吐き気を我慢できなかったのだ。
「おえぇぇ・・・、き、気持ちわりぃぜ。さすがに人型はやべぇって・・・。」
「海外のスプラッター映画に比べれば大したことはない。」
「あ、姉さんどういう神経してんだ?こんなグロみて平気とか信じられねぇ・・・。」
「視覚的には平気。でも臭いと音が・・・うっぷ・・・おろおろおろおろ・・・・」
「ちょっ、セナミちゃん大丈夫?」
ゴブリンの魔石は、今は血で染まっているが、洗えば薄い白色をしたゴルフボール大の歪な石だった。
魔石(核)とはその中に魔素を溜めこむことができ、必要に応じて放出することも可能だ。魔素を多く溜めこんだ魔核は徐々に透明になり、魔核に込める属性魔法によって色が変化する。
例えば水系の魔法を魔核に込めれば水色となり、火魔法を込めれば赤色となるのだ。ただし白く濁った魔核は、先ず透明にしなければならないため、価値が低い。
ここはゲームのような仮想世界ではない。
襲ってくる敵を倒すと光の粒になって消える事もなければ、お金やアイテムが落ちたり、経験値が溜まってポイントが振れるわけでもないのだ。
現実であるこの世界は、彼らに優しくは無かった。
気分が悪く足取りが重くなった四人だったが、同道している治療魔法士が回復魔法を掛けると、不思議と気分まで軽くなるのがわかる。
レイが尋ねると、治癒魔法士が掛けたのは異常状態になった者の精神を癒す魔法で、上位になると魅了状態や洗脳状態まで直せる魔法なのだそうだ。
この世界の人族も初めは血や臓器を見れば気分も悪くなるのだが、その都度回復していけば、いつかは慣れて何とも思わなくなるということらしい。
それを聞いたレイが早速状態異常回復魔法の詠唱の練習を始めていた。
「最初の戦闘なんてこんなもんです。」
少しは回復した四に人に、同道した騎士ヴェルトモは軽く微笑んだまま、いたって冷静に話しかけた。
救いだったのは解体後の残骸が徐々に迷宮の床に沈んでいき、血も残さず消えてしまったことだ。迷宮が死んで生命反応の無い生物をエサとしている所以である。
迷宮で死んだ者は迷宮に吸収される。
それが人であれ魔獣であれ同じことで、死んだ者だけではなく、気絶や睡眠などで一定時間動かない者や床に置いた道具、排泄物に至るまで吸収してしまうのだ。
死んだ魔獣は吸収されると迷宮の何処かで再構築され、再び人を襲う魔獣へ生まれ変わる。
しかし、死んだ人族はというと、はっきりとした答えはないようで、アンデッドやスケルトンと言った魔獣となって襲ってくるとか、魔核となって魔獣の動力源になるとか、様々な憶測が出回っている。
因みに、ロウが生まれた【怨嗟の迷宮】では、迷宮に吸収された人族は全員がスケルトンとなってバフォメルの配下となっていた。
始めから厳しい現実を見せつけた実戦だったが、それでも勇者一行は初日から第四層階まで攻略した。
気分が悪くなったこと以外、初めての実戦経験にしては落ち着いているし、トウゴとレイが交代で能力【索敵】を使い周囲を警戒していたので、攻略ペースも早い方である。
この【輝石迷宮】には階層主という、いわゆるボス的な魔獣は存在せず、その代り下の階層に降りる通路の前には必ず強力な魔獣が屯している。
また、下層へ降りる通路が定期的に変わってしまう迷宮でもあった。
この日、トウゴ達が迷宮から地上に戻ってきた時はまだ山の頂に陽が残っており、周囲にも多くの冒険者達が残っていて、今日の戦利品を確認し合っているところであった。
本来なら宿の一室を借りて今日の反省なり、明日の戦略なりを話し合うべきなのだろうが、宿に帰った途端女性陣は真先に湯屋に駆け込んでいく。
魔獣を倒す時に付いた返り血は、直ぐに能力【生活魔法】で浄化したり、濡らした布で拭いたりしてきたが、精神的に洗った気分になれなかったのだ。
いくら町一番の高級宿と言っても、客室にまで風呂がある訳でも水場がある訳でもない。わざわざ隣接する宿泊客専用の湯屋に行かなければならないのだ。
身体を洗って人心地ついたが、四人とも体力的にも精神的にもだいぶ疲れてしまい、その日は碌に食事も摂らず早々に眠りに就いた。
翌日も朝早くから迷宮へ挑む。
昨日は仲間の前で醜態を晒した四人だったが、今日は躊躇う事無く出会う魔獣を次から次へと倒していき、あっという間に第四階層まで降りてきた。
勇者達は人型のゴブリンを倒すのも、それを解体して魔石を回収するのも全部自分達でやった。この世界で生きるために必要な事だと言い聞かせて。
第四階層からは道幅も天井高さも広くなり、層あたり二、三種類の魔獣で構成されてくる。
獣型、爬虫類型、蟲型、昆虫型と様々だが、人型でない分、四人にとっては有難かった。
トウゴの剣が、ケンジの拳が、セナミの眷属達が魔獣達を薙ぎ倒していく。
そして一人、レイだけは仲間の状態を常に気に懸け、危ないと判断した時にだけ槍で助勢に入り、少しでも怪我をしたのを見れば治癒魔法を掛けていた。
未だ彼女は悩んでいた。
何故自分達が魔獣と殺し合わなければならないのか、何故こんな気持ち悪い思いをしなければならないのか、何故自分なのか、と。
傷付くのも死ぬのも嫌だし、偶然この世界に居合わせた仲間が傷付くのも嫌だった。
今自分がしている魔獣を倒すという行為が必要な事だと言われても、その行為に嫌悪を抱かずにはいられないのだ。
(どうすればいいの・・・。わからないよ・・・。)
この日は第七階層まで踏破し、地上へと戻ってきた時には陽はとっぷりと暮れていた。
翌日は途中の魔獣を無視し、下へ降りる通路だけを捜して第八階層、第九階層まで行って早々に攻略する予定だったが、やはり一筋縄ではいかなかった。
第八階層は空間定義上あり得ない広さの岩場に、ゴブリン、豚人オーク、猿人ガーミヤなどの人型魔獣と、ロックボアやロックウルフなどの四足歩行魔獣が混在している階層だった。
四足歩行の魔獣は集団戦を仕掛けてくるので、どうしても守りに傾いた戦い方となり、攻撃の連携が難しくなるので倒すのに時間が掛かってしまう。
さらに人型魔獣は剥ぎ取りが気持ち悪いので一向に進まない。
セナミなどは血抜きだけして解体を諦め、特殊能力【空間収納】が一杯になるまで魔獣の死体を詰め込んでいた。
湿地形態の第九、第十階層では、やはり人型魔獣の蜥蜴人リザードンや蛙人ゲエロックが気持ち悪く、蛇ミミックパイソンや蛇蠍ダークピンザーなどの隠密待ち伏せ系魔獣にも苦しめられた。
爬虫類系の魔獣の素材は良い値で買ってもらえるので、倒した魔獣から素材を剥ぎ取るにも時間が掛かり、思っていたほど先に進めなかった。
特に第十一階層に降りる通路の前に陣取っていた双頭蛇は、体長が5mもある割には動きは速く、鱗も硬かったのでだいぶ手古摺ってしまった。
この戦い、最初は闇雲に突っ込んでいった四人だったが、双首と尻尾の攻撃を躱すのに精一杯で、蛇の傷つけることすら出来ないでいた。
長く膠着状態が続いていたが、状況を冷静に分析していたレイが仲間達に指示を出し始めると、戦況が変化する。
「ケンジとシロは一つずつ首を相手にして!私は尻尾に行く!セナミは弓と魔法で牽制!」
「お、おう!」
「トウゴ!隙をついて!あとは宜しく!!」
「うん!了解!」
ケンジとシロが頭を一つずつ受け持って注意を引き、尻尾の攻撃をレイが槍と水魔法を駆使して抑えながら、セナミが蛇の顔目掛けて矢を放つ。もちろんダッドも胴体に魔法攻撃を仕掛けていた。
蛇の動きが固定され、単調になったところにトウゴが突っ込み、急所である首の根元を突き刺し、致命傷を与えた。
レイの的確な指示が功を奏して何とか倒す事が出来たのである。
このツインヘッドバイソンは、センタークラス(紫)の冒険者が五~六人で対処できる強い個体である。
そんな魔獣を迷宮に潜って三日目の彼らが危なげなく倒したのだから、異界から来た勇者の戦闘力がずば抜けて高い事が伺える。
そしてそのまま第十一階層まで降りて、ゴーレム系魔獣の生息地に入ったところでこの日は野営することになった。
迷宮を攻略する場合、一日で往復出来る階層はせいぜい十階層までである。それ以上になると迷宮内で野営することになる。
古代魔法が途絶えた現代で、迷宮に地上へ転移して出る、または地上から転移して迷宮に入る魔法など存在しない。移動方法は自分の脚だけなのだ。
迷宮に喰われぬよう、魔獣除け結界を張る魔道具を設置し、床に沈まない効果があるシートを敷いて寝なければならない。
ルード教の専売である『魔獣除け』魔道具は、護衛を雇えない個人商人や旅人、迷宮に入る冒険者が野営する時に日強い不可欠なも道具で、結界の中で騒ぐようなことさえしなければその効果は絶大であった。
迷宮では特定階層以外は常に薄暗い。
岩壁に張り付いたヒカリゴケが発光しているので夕暮れ時位には明るいのだが、その明るさが変化する訳でもなく、時間を推し量るのは半刻を読む砂時計しかない。
昼夜の変化がない迷宮は、そこにいるだけで気持ちを安定できなくなるうえ、常に魔獣の襲撃を警戒しなければならないため、相当の精神力が削られるのだ。
したがって、自分にとって相性の悪い魔獣は避けて通るのか一般的な考えだ。
その代表例がゴーレム系の魔獣で、冒険者にとって鬼門と呼ばれる魔獣である。
痛みを感じないので腕を無くしても足を無くしても襲い掛かってくる。
頭の中にあるクリスタルか胸の魔石を破壊すると活動を停止するのだが、外装が固く丈夫なので剥ぎ取りも手間がかかるので、なるべく合わないように避けて通るのが利口なやり方なのだ。
定石通りゴーレムをほとんど無視して進んだ勇者一行は、ようやく目標である魔獣モンバッドがいる十二階層に到着した。
この階層に来ると、流石に一攫千金を狙う冒険者を見かけるようになる。おそらくこの場に泊りこんで乱獲しているのであろう。
第十二階層の入り口付近はちょっとした広場になっていて、今も四組の冒険者達が野営所を設営している。
勇者一行もその一角に野営用結界を張り、先ずは活動拠点を作ってから対象を探すことにした。
「かああぁ!!ようやく目的地に到着かよ!長かったぜ!」
「ずいぶんと時間が掛かっちゃったね。やっぱり戦いながらじゃ前に進むのは難しいよ。」
「とんでもない!勇者様方はたった三日でこの階層まで来られたのですぞ。紫のセンタークラスでも中々骨がいる話です。」
「そ、そうなのかな?結構しんどかったけど・・・。」
「シンド、とはわかりませんが、魔獣を倒しながら来ているのですから。魔獣を無視してここまでくる者までいるということです。」
「シロと黒い三連星も頑張ってる。勇者パーティ最強。」
「そうだ!シロとチビッ子もすげえな!シロなんか蛙をブチって踏み潰すんだもんよ。」
「それは言わない。思い出したら・・・うっぷ・・・おろおろおろおろ・・・・」
「きゃっ!セナミちゃん!立ったまま吐かないで!」
この階層は幾つも枝分かれした通路とその先の小部屋に分かれており、宛ら蟻の巣状態になっている。
モンバッドは岩陰の何処かに潜み、或いは天井に張り付いて獲物を待ち伏せる魔獣なので、【索敵】能力と攻撃魔法が必須である。
「明日からは僕とレイさんが交代で警戒しなきゃね。大変だけど頑張ろう。」
「ええ・・・。【索敵】も上手に使えばリーダーも見分けられると言うし。」
「へぇ!索敵って良く分からねぇけどレーダーとかセンサーとかそんなもんか?」
「レイさんに期待。目指せR2D○。」
「ちょっ?姉さん、それ人間じゃねえし!」
これまでの戦闘で何となく魔獣の動きも見えるようになり、四人の動きにも無駄が少なくなっている。
後衛に徹しているレイの索敵と的確な指示に依るのだが、お互いの技量も癖も分ってきたので、上手く連携する戦いにも慣れてきたところだった。
だが、群れで攻撃してくる飛行型魔獣とは初めての戦闘となる。
魔法まで使う魔獣への対処法を、夜の間に何度も四人で作戦を練ってきたのだが、果たして通用するのか不安もあった。
「大丈夫、きっと上手くいくよ。今日は早めに休んで明日に備えようか。」
◆
迷宮で試練を受けている四人が苦労している一方で、ロウはというと暇を持て余している。
特に行動が縛られている訳でもないので自由に動き回れるし、その気になれば逃げだすことも出来るのだが四人を気に懸けてかこの町に留まっている。
活気ある冒険者達の町であり、武器や装備を売る店は元より、串焼きを売る屋台や安酒を飲める酒場もある。
早速買い食いに行こうと、連絡要員の騎士を連れ出して町に出てきた。
残された騎士は名をコートバルといい見習い身分の準騎士なので、勇者が泊っている高級宿ではなく、荷運びの五人と同じ安宿に泊らされていた。
ロウは迷宮入口に直立不動で立ち、勇者一行の帰還を待とうとしているコートバルを無理矢理連れ出して町に繰り出したのである。
「ガアガアガア!」『あっちの屋台に行ってくれ!』
「はいはい、あっちだね、いきますよ~。」
ロウの言葉が通じている訳ではないのだが、ロウの意向を正確にくみ取ってくれるコートバルは中々優秀な男であった。
もっともコートバルは、いきなり部屋の窓から入って来たり、銀貨を取り出したり、器用に串焼きを食べる小ドラゴンを只者ではないと感じている。
最初は一本しか買わなかった串焼きを自分に渡し、もう一本買えと鳴き始めた時は本当に驚いたものだった。魔獣が人間族に驕るなんて信じられないと。
だがそれも最初だけで、二件、三件を廻るうちにはコートバル自身も小ドラゴンンの行動に慣れ、共に市場の喧騒を楽しんでいるのだった。
ロウとコートバルのコンビが五件目の屋台に突入しようとした時、、大通りを走る一台の馬車がロウの目に止まった。
幌張りではない頑丈な鎧馬車であるが、窓は無く作りは粗雑でお世辞にも手入れされているとは言えない物だったが、以前これと同じような馬車を見たことがあったのだ。
奴隷を運ぶ馬車。しかも積荷が公衆の目に入らぬようにしているのは、十中八九非正規奴隷を乗せている場合が多い。
世界各国で非正規奴隷根絶の流れがある中で、堂々とこんな奴隷馬車を乗り入れる事が出来るとは、闇奴隷商人とこの町を守る憲兵が癒着しているためか。
ロウはコートバルの頭から飛び立ち、走る馬車を追いかけてその屋根に乗り、そのまま市場を離れていった。
しばらく走った馬車が止ったのは防護壁にほど近い一角にある建物の前で、この辺りでは珍しい石壁の頑丈象な建物である。
御者が下りて後ろの扉を開け、外に出るよう怒鳴り付けているのは、やはり手枷を付けられた女たちである。
人間族四人、猫獣人が二人、狼獣人が一人。
猫獣人に至ってはまだ成人もしていないような子供であった。
正規奴隷ならこんな場所に店は構えないし、正規店を証明する看板設置も義務付けられているのに、この建物には何の看板も取り付けられていない。
女達を促している男らも、誰もが血腥い雰囲気で卑下たような笑い方をしている奴らで、真っ当な道を歩んできたことを全否定していた。
(これは闇奴隷商人のアジトだな。ちと調べるか。)
ロウは固有能力【不可視】を使い自信を透明化すると鍵が掛かっていない扉を開けて中へ入っていく。
昼だろうが夜だろうが構わない。
闇奴隷商人と奴隷狩りを行うような輩を発見したならば、必ず潰すとキョウと約束したのだ。
鰻の寝床のような二階建ての建物内を【索敵】を使って確認すると、二階に五人、一階の奥の大部屋に十一人、その他七人の反応があった。
まずロウは一階の五人が固まっている部屋に行くと、半武装した男達が酒でも飲んでいるのか赤ら顔で屯っていた。
人相を見ても真っ当な生活をしているとは思えない輩で、ニヤニヤと笑いながら酒を飲み大声で話し合っている。
話の内容は思っていた通り酷い物だった。
先程連れてこられた女達の誰かの村を襲い、金品と女を奪って皆殺しにしてきた、という凄惨な話を自慢げにしている。
ロウは迷うことなく、この男達の足元に闇魔法の【分解】魔法陣を発現させ、奴隷狩りの男達を足元から分解していった。
男達は突然仲間が床に沈んでいく姿に、叫び声も上げられない。そのまま自分も訳が分からないうちにこの世から消滅してしまった。
次に二人でいる方の部屋は厨房で、下っ端風の男二人が文句を言いながら大量の食事を準備していた。この二人も闇魔法で分解する。
奴隷達が閉じ込められている部屋は一階の一番奥にあるようだが、ここは一旦無視し、二階へと向かう。
二階では五人の男が商談中だった。
でっぷりと太った商人風の男と傭兵崩れか剣呑な雰囲気が卓を挟んで向かい合っている。
商人の方には護衛ABが二人、傭兵崩れには護衛Cが一人だがこの男が一番強そうな雰囲気であった。
「今回も中々上玉が手に入った。ラビトアル王国に行けば食い詰の村ばかりだ。一つ二つ潰せは女なんか楽に手に入るぜ。」
「ふん、もう少し多いと思っていたが仕方がない。だが約束の金は払えんぞ。」
「おいおい。お互い危ない橋を渡ってんだぜ。奴隷商組合に密告でもされたら終わりなんだ。俺達と良い関係を維持したいと思わないのか?」
「ちっ!足元をみやがる。金は女達を見た後だ。上玉なら払ってやる。」
間違いなく闇奴隷商人である。
キョウが大陸中を走り回って闇奴隷商人を潰しても、トカゲの尻尾のようにまた生えてくるのだ。
ロウは迷うことなく闇魔法陣を発動させて、真先に護衛ABC三人を順に分解した。
「な、なんだ?!カナブ?!ああ!トエンダ!」
「お、おい!貴様何をした!?」
何が起こったのか分からぬ内に仲間がどんどん消えていく恐怖は、計り知れない。
闇奴隷商人と傭兵頭の二人だけとなった部屋は緊張に包まれ、急激に温度が上がったように感じる。
ロウは透明化を維持したまま、先ず傭兵の首に触手を回して締め上げ、さらに電撃を与えて気絶させると部屋の隅に投げ捨てた。
ここでロウは固有能力【変化】を使い人化してから【透明化】を解除して姿を現し、恐怖で顔面蒼白となった闇奴隷商人と対峙した。
(むう・・・。キノが居らねば筆談ではないか。面倒だの・・・。)
『お前、闇奴隷商人だな。』
「き、貴様!こんなことをしてただで済むと・・・ひっ!ひぃぃぃ!!」
ロウは風魔法を使い、闇奴隷商人の周辺に「かまいたち」を発生させて、多少闇奴隷商人の体が傷付くことなどお構いなしにズダズダに切り裂く。
着ている服の殆どがボロボロに裂け、体中が傷だらけになった闇奴隷商人が傷みの余り、叫び声を上げて床を転がった。
「ぎゃあああ!!い、痛い!!いだいぃぃぃ!!!」
『うるさい。』
のた打ち回る男の右肩に奴隷契約の紋章が見えたので、さらに風刃を撃ち込んで判別もできないように破壊する。
『己のしてきたことを後悔して生きるがいい。』
言葉には出せないが威圧をぶつけて闇奴隷商人を気絶させると、壁際で気絶している傭兵と共に両足の腱を斬り逃げられないようにした。
そのまま二階の部屋を漁り、闇奴隷商人が貯め込んでいた金品や女でも着れそうな衣服を掻き集め、ロウはゆっくりと階段を下りて一番奥の部屋に向かった。
窓の無い、暗い部屋だった。
広い部屋の中には鉄格子が備え付けられ、中には襤褸を着せられた十一人の女達が座っていた。
すでに全員が隷属の首輪を装着され、絶望しきった表情で膝を抱えており、いきなり入ってきたロウに反応する者は二、三人しかいない。
キノがいないので念話も使えず、筆談で話しかけるのも面倒になったロウは、ただ黙って鉄格子を破壊し、一様に恐怖の表情をロウに向ける女達の首輪を次々と外していった。
突然の事に呆然として声も出ない女達を尻目に、全員に回復魔法と浄化魔法を連続してかけ、女達の怪我や汚れを全て癒してやる。
更にロウは空間倉庫を開いて、二階を家探しして集めた服や外蓑などをその場に山積みし、さらに闇奴隷商人から奪った金を詰めた袋を床に置いた。
金は金貨だけでも三十枚はある。細かい銀貨や宝石類も含めれば一人当たり金貨四枚当てくらいにはなるのではないだろうか。
ただ、女達の表情は様々だ。
首輪が外され涙を流して喜ぶ者、訳が分からずただオロオロする者、ロウを警戒してあからさまな敵意を見せる者。
ロウは仕方がないとばかり紙と筆を取り出して、出来るだけ簡潔に言葉を書いていく。
『金は十一人で分けよ。男どもは全員殺した。』
「あ、貴方はいったい・・・」
『ただの通りすがりだ。見かけたから助けた。』
「だ、だけど、私たち・・・。」
『この金を持って故郷へ戻るなり、憲兵所以外の場所に駆け込むなり、好きにせよ。』
「でも、この子たちの中には村を焼かれて帰る場所がない者もいる。どうしたら・・・。」
その中で自分はこの国の冒険者だという女が、皆を代表する形でロウに話しかけてきた。
彼女の話によると自分と最初からいた人間族の四人はこの国の出身、今日連れてこられた三人の人間族と獣人族は隣のラビトアル王国の出身らしい。
彼女と狼獣人は仲間で、依頼中に立ち寄った村で奴隷狩りに襲われ、そのまま捕えられてきたという
冒険者の女が話すのは十一人の中に帰る場所も頼れる知り合いもいないという者が二人いるらしい。
二人とも今日この町に連れてこられた猫獣人の少女だった。あの男達に村を焼かれ殆どが殺されてしまったらしい。
両親は既に亡くなっていて、村の親類の家で世話になっていたという。
サキュリス教の崩壊と闇の断罪人の存在によって、人族の中で人間族至上に準ずる種族間差別は殆どなくなったように見える。
だが、辺境に行くほど獣人族や妖精族に対しての差別が根強く残っているのだ。
猫獣人の二人はまだ成人前で、村でも畑の手伝い位しかしておらず戦闘経験もないので、今から冒険者になるのには無理がある。
かといって、この国で生きていくために組合が仕事を斡旋しても、それが二人の将来に良いという保証はない。
下手をすれば、何やかやと因縁を付けられて、再び奴隷にされてしまう危険もあった。
ロウはこういう時にキョウやキノがいない事を痛恨に思ってしまう。
念話で話せれば早いのだが、この冒険者だという娘が信用できる人族なのかすら判断がつかない。
ロウは少し迷ってから、当座の間この二人を引き取る事にした。
キノがいない間、何をするにしても不便で仕方がないという完全身勝手な理由と、最終的にはファーレン王国のルフェンラノス村へ送れば良いという安易な考えがあった。
冒険者の女はロウの書いた和紙を受け取り、隅の方で肩を寄せ合っている二人の傍に行って何事か相談を始めた。
しばらく待っているとロウの提案を受け入れたのか、猫獣人の二人はロウの近くに寄ってきてオドオドしながらペコリと頭を下げる。
十三歳の双子だという二人は見分けがつかないほど似ていた。
『残りは一旦冒険者組合へ相談することを勧める。』
「はい、何処まで手を貸してくれるか分からないけど・・・。」
女冒険者の二人は何度も何度もロウに礼を言い、他の女達七人を連れて建物を出て行った。
ロウは二人だけ残されて不安になったか、また落ち着きを無くしてロウの様子を伺っている猫獣人に、念話を使って話しかけた。
『ネコ娘達よ、名は何と言う。』
「「にゃっ!?」」
『今は念話を使って話している。』
「「ほえぇぇ・・・」」
初めて頭に直接聞こえる声を聞いて戸惑う二人だが、マントを目深に被った男が話しているのだと気が付き、一瞬安堵したような表情を浮かべた。
だが次の瞬間、ロウが人族の姿から小ドラゴンの姿に【変化】すると、唖然としてしばらくの間固まり、やがて再起動すると、今度は壁際まで後ずさり、涙目になってガタガタ震えだした。
『・・・別に取って食うなど考えておらぬ。』
「「は、は、はぎゃ・・・」」
『我は見ての通り人外である。だが人族にも知り合いがいっぱいいるでな、悪いようにはせぬよ。』
「「ど、ど、ドラゴンさんだったのですか・・・」」
『二人でシンクロさせるでない、片方ずつにしてくれ。それと我はロウだ。もう一度聞く、ネコ娘の名は何と言うのだ?』
「は、はい!フェズはフェズトラニーヌです!」「シャズはシャズトラノールです!」
『・・・フェズトラとシャズトラだな。語尾に「にゃ」を付けないだけマシか。』
「虎人族ではないです!」「猫人族です!」
『・・・』
何とも言いようのない虚脱感でロウの肩が重くなるのであった。
とにかく憲兵が来る前にここを脱出しなければならない。
双子に適当な服を着せると、ロウはフェズトラの頭の上に乗り、さっきまで一緒にいた見習い騎士のコートバルを探しに市場へと戻っていった。
コートバルはすぐ見つかった。真面目な彼はロウを見失った場所から殆ど動いていなかったのだ。
「あ~ドラゴンちゃん!どこへ行ってたのですか!探したのですよ!」
「ガアガアア!!!」『すまない!野暮用だった!』
「ロウさん私たちを助けに来てくれました。」
「人攫いから助けてくれました。」
「は!?人攫い!?え、なんのこと?君たち誰?」
「フェズです!」「シャズです!」
「い、いや、名前より、その、なんでドラゴンちゃんと?」
「「だから助けてくれました!!」」
「へ?」
双子のネコ娘が通訳になってくれるので、ロウはとても楽だった。