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36.試練


北方ノクトール地方の「凍包の月」は長い。


約四か月もの間、雪が降ったり止んだりを繰り返し陽が顔を出す日も少ないため、大地が乾くことも少なく街道を走る馬車の轍が深くなって走り難い状態が続いてしまう。

道が悪ければ都市間の流通も滞りがちになってしまうため、凍包の間は農作業ができない農民農奴が街道に出て、轍が出来た道を補修していくのである。


ゼダハ王国内にある主な街道は、属国でもあるラビトアル国に向かう南進街道、途中トール大河を越えてテンフラント王国まで伸びる西進街道、東の辺境に向かい最終的には「魔境」に続く東進街道である。

海に接しているゼダハ王国で作られる塩がこの街道を通って各国に輸出されるため、別名で「塩大路」とも呼ばれており、常に荷馬車の往来がある道なので常日頃から整備が必要なのである。


ただ、東進街道だけはそれほど整備を必要としない。

なぜなら、塩を運ぶ商人たちよりはるかに多い冒険者達が「魔境」へと向かうため、時季節問わず大地を踏み均していくのだから。


しかし、「魔境」に向った者の足跡の数より戻ってきた者の方が少ない理由は、誰もが知っていて誰もが公然と口にしない事であるのは間違いない。



セナミがロウを召喚した翌日、異界から召喚された勇者四人は、再びバレッド王との謁見に臨み、ドラゴン召喚の賞賛の言を賜るとそのまま城の宝物殿へ案内された。


宝物殿は王城の地下にあり、結界の魔道具によって特定の者しか入れないようになっており、この日は王命で結界が解除されているという。

建国からの歴史が古いセダハ王国の宝物殿には、創世期から受け継がれた歴史的遺物や骨董、伝説級の武器防具まで眠っているとされ、国の機関である文芸院によって厳重に管理されていた。


四人の案内に立った宰相イージニアスは、宝物殿の扉を開け渋る文官らを一喝し、四人を中へと導いていく。

部屋の中には刀剣防具や魔法杖だけではなく、宝石を鏤めた装飾品から魔道具に至るまで、種類ごとに一纏めにされていた。


「これは・・・。何というかすごいの一言に尽きるな。」

「全くだな!金貨が山ほど入った箱なんて本当にあるとは思わなかったぜ。」


トウゴが呟いたように、まるで海賊映画のワンシーンのような部屋の中の様相に、全員が目を奪われてしまった。


「バレッド王からは、皆様がご自由にお選び頂くよう申し付けられております。」

「えっと・・・、本当にどれを選んでもよろしいのですか?」

「はい、お好きな物をどうぞ。数の制限はございません。」


棚に整然と並べられたもの、乱雑に積み上げられたもの、様々ある中で、レイとセナミが鑑定能力を使い、気になるモノから吟味していった。

ロウは物欲は無いのだが、自分も物づくりが好きなので魔剣や魔道具には興味があり、固有能力【邪眼】を使って片端から鑑定していった。


セナミが選んだのは魔法弓である。

ロウが作ったような矢要らずの高性能なモノではないが、照準補正と風魔法増強が付与されているのでそれなりに優秀な性能である。

あと何故か高級そうなブラシを貰っていた。モフモフを召喚した時にブラッシングするのだとか。


トウゴが選んだのはやはり剣であった。

双剣を使うトウゴだが、選んだのは意外にも片刃の両手剣である。ファルシオンに似た形だが、火属性の剣で炎を纏い、それを相手に向けて放つことも出来る魔法剣だ。

本人曰く、双剣術をメインにするのは変わらないが、今まで培ってきた剣道の技術も生かしたいということだった。

何の装飾もない武骨な剣に見えるのだが、見る者が見ればその性能の高さに驚くであろう。


ケンジが選んだのは希少金属アマダンタイト鋼で出来た籠手である。

甲の部分に仕込み刃もあり攻撃もできる。刃も通さないほど硬いし魔法攻撃に対する抵抗力も高いもある。

ある程度までは装着者の寸法に合わせるという魔法機能もあり、ケンジが固有能力【獣化】を使ってもそのまま使えるのではないかと大喜びだ。


レイが手にしているのは短槍である。

正直レイは武器の類に興味はなかったので、魔法杖でも持とうかと見ていたのだが、魔力が定着しやすい魔法杖の中には【呪い】の状態にあるモノもあって、怖くて手を出せないでいた。


そんな風に最後まで迷っているレイの元にロウが持っていったのが、蒼と紅の色の対比が美しい1.5m程の短槍だった。

材質は柄がミスリル鋼、穂先は緋緋色金の組み合わせであり、魔力伝導性に優れているので魔法発動媒体としても使えると思ったのだ。


始めはドラゴンが自分のために武器を選んだということにレイは驚いていたが、改めて鑑定してみると自分にピッタリの武器だったので思わずロウを見つめてしまった。


ロウは固有能力【邪眼】を使って四人の能力鑑定を行っており、彼らがそんな能力を持っているかを把握している。

そんなことは知る由もないレイは、自慢げに胸を張るロウを拾い上げ、その胸に抱きしめて感謝したのであった。


「ノーちゃん!ありがとう!」


決してロウの思惑通り、下心がそのまま現実となった訳ではない、と思いたい。


さておき、四人はその他にも防具として使えそうな籠手やブーツ、外蓑などを受け取り、魔法拡張鞄や水魔法の水筒、魔獣除けの結界などの魔道具を四人の共有具として与えられた。


ロウはレイのために槍を選ぶ以外、四人の行動に全く干渉していない。

それでも、ちゃんと外で魔獣と戦う事を想定した道具選びが出来たのは、セナミのラノベ知識に依るところが大きいだろう。


もちろんロウの邪眼で見れば【偽装】を施されたもっと優秀なモノもあったのだが、自分達で考え納得して選んだのだ。

選ばれた武器達は、この世界の理不尽さからきっと四人を守ってくれるだろうと考えたロウは、何も言うことは無いのであった。


武器を得たなら、早速戦闘訓練である。

ロウは四本の触手を出して勇者達の訓練に付き合い、ドラゴンの能力の高さを見せつけた。


剣で向かってくるトウゴを、ロウは触手の先端を硬化させて軽くあしらう。

トウゴは剣道の経験があるので、構えから斬撃までの速さはあるのだが、余りにも真直ぐすぎて変幻自在がいまだ出来ない。

二刀流はやったことは無いそうだが、せっかく能力【双剣術】を持っているので戦術に幅を持たせる意味でも必死に訓練している。


変幻自在の戦い方と言えばケンジである。

元の世界でもケンカ慣れしているせいか、ロウの動きをよく見て対戦している。隙を突くというような器用さはないが、意表を突く戦い方をしてくるので中々面白い。

主に両手剣を使っているのだが、剣の心得はない様で能力補正で無理矢理体を動かされている感がある。

体術を生かした戦い方が合っているので剣はあくまで補助、利用しながら籠手に仕込まれた刃を使って攻撃する訓練を繰り返し行っていた。


「なんだよこのチビドラゴンは!触手まで使うなんて反則じゃねぇか!」

「ガアガア。」『本当は十本あるがな。』


魔法士であるレイの特異分野は治癒魔法なので、戦いには向いていない。

最低限身を護るため槍術を教わっているが、騎士達の槍術は相手を突き崩すためのもので身を護りとは言い難い術である。

そこでロウは空甲冑を人に見立てて固定し、自らが四本の触手を使って槍を操作してレイに槍術を教えている。

単純な方法だが、レイに好きなように打込ませてロウが槍で弾き、時に反撃するという実践を示し、身体で覚えてもらおうと考えたのである。


セナミはというと・・・。

ロウが全然構ってくれないので、早々に他の従魔を召喚してしまった。

新たに召喚したのは体長2mを越える雪狼という毛並みの良い白い狼の魔獣で、セナミはいつも長い毛に埋もれて幸せそうにしている。

さらにダッドというイタチのような魔獣を三匹召喚している。愛くるしい小動物のような生き物だが、それぞれ火水風の魔法を使い、周りの風景と一体化するように擬態し隠密行動を得意とするので中々侮れない魔獣であった。

セナミの手には宝物殿から持ち出した高級ブラシが握られていた。



勇者四人の訓練の日々がさらに二カ月続き、彼らの戦闘能力は格段に向上していた。


トウゴとケンジは近衛騎士にも引けを取らない技量も身に付け、攻撃魔法も併用すれば多数対一の訓練でも騎士団に勝利する事が出来るほどだ。

二人だけの訓練になると、手数が多いトウゴの方が有利となるが、守護戦士の能力を持つケンジが防御態勢に入ると決定打を与えられず、殆どの場合が引き分けとなるようだ。


セナミが新しく召喚した従魔のシロも中々の戦闘力を持っている。

狼としての身体能力の高さもさながら、水氷攻撃魔法も使って相手を圧倒するのである。

ダッドのガイア、オルテガ、マッシュの三匹も赤青緑色の布を首に巻き、擬態を駆使して相手をかく乱する姿は中々勇ましい。


レイの訓練の相手は専らロウであった。

向ってくるロウの触手を短槍で弾いていくだけなのだが、攻撃より守備に重きを置いており、まず身の安全を確保するための訓練内容になっている。

最近ではロウの触手三本までなら攻撃を防ぎ切るまで成長していた。


「皆だいぶ慣れたみたいだね。この間、グラハム団長がそろそろ実戦を経験させようって言っていたから、魔獣の討伐にでも駆り出されるかもしれないね。」

「俺、魔獣なんて見た事ねぇけど、やっぱあれか?人間の格好をした奴とかなのか?」

「ん、定番のゴブリン殲滅かオーク殲滅に一票。ラノベ的には女が近付きたくない魔獣。」

「うん、この国でお世話になっている以上、僕達にできる事ならお手伝いしたいところだけど、女性陣は無理しなくても良いと思うよ。」

「そうだ、姉さん達が戦場に行くこたぁねぇよ!魔人族との戦争だって俺達だけで行けばいいし、な!」

「そういうわけにはいかない。勇者パーティは一枚岩。」

「そうよ、あなた達だけを危険な目に遭わせる訳にはいかないわ。」

「有難いけど、二人は絶対無理しないで欲しい。何かあったら申し訳ないから。」


この日の訓練も終わり、居住している左宮に戻ってひと息入れたところである。

最初はぎこちなかった四人も徐々に打ち解け、それぞれの性格や立ち位置も分ってきたのか、会話も自然体だった。


相変わらずロウは彼らの会話を理解している事も、念話で会話できることも黙っているのだが、この二カ月の付き合いで、彼らを召喚した目的が魔人族の討伐戦争であることは知っていた。

この国と魔人族の国、東大陸の都市国家の政治的背景は分からないし興味もないが、三者の間で起った過去の戦争が根本にあることも聞いている。


そんな情報収集と同時に王城の中をあちらこちら調べ、異界人を召喚する魔法陣が左宮の礼拝堂にあることも分っていた。


当然、人族の奴隷達数百人の命を引き換えに膨大な魔力を供給した事も。


(人の命を軽んじている、人間族の狂気を見たな。)


異世界から勇者を召喚するためには膨大な魔力を消費する。

石化して活動を停止していたロウを、神の領域という「異界」から召喚するだけでも、キョウの膨大な神力と約二百人もの人族の魔力を分けてもらわなければならなかったのだ。


それを「生きた」状態で四人の人間を同時に召喚するとなれば、必要となる魔力量は計り知れず、供給側となった者の魔力が枯渇してしまうことは解っているはずなのに。


この事は決して四人に伝えてはならない。二月も一緒にいれば、日本人の四人が素直で心優しい子である、ということは良く分かる。

そんな彼らに自責の念を植え付ける様なことは決してやってはならない事だとロウは考えたのだ。


そして皆が予想した通り、実戦型の訓練を行うとの通知が出されたのは翌日の事であった。


「皆が異界より来て早三か月だ。訓練の成果も上がっている事だし、次の段階に移ろうと思う。」


騎士団長のグラハムがやって来て、三日後に辺境へ向けて出発することを告げたのである。


「君達には【輝石迷宮】で実戦訓練を行って貰おうと考えている。当然、護衛の騎士も案内の冒険者もいるから心配はいらない。」

「え?迷宮ですか?」

「またヤバそうなところだな・・・。迷路か何かか?」

「キタ!定番キタ!」

「?」

「迷宮とは魔獣を生み出す母体のようなものだ。魔獣が無限に湧いてくるので、定期的に間引いておかないと溢れ出してくる事もある。」


四人それぞれの反応であるが、グラハムが迷宮につて説明し、それがどんなものであるか凡そは理解した。

もっとも、グラハムの話よりセナミの補足説明の方が分かりやすかったのは言うまでもない。


これから四人が向かうのは、既に攻略された比較的安全な迷宮である。その迷宮には無秩序に多種多様の魔獣が湧くので、初めての実戦には丁度良いのだそうだ。


「やっぱり生物を殺さないといけないんですね・・・。あ、いや、解ってはいるんです。必要なことだって事は。」

「トウゴ殿。魔獣は生物ではない。魔獣は魔獣なのだ。殺さなければこちらが殺され、そして喰われる。」

「はい・・・、解っています。すみません。」


トウゴは皆の気持ちを代弁するつもりで言っているのが良く分かる。

ただ、本人が言っている通り、彼らがこれからずっとこの世界で暮らす上で、魔獣を倒すということが必要不可避であるのは変えようのない事実である。


この世界の頂点に立つのは人族ではなく、魔獣達なのだから。



その日の深夜、セナミが寝付いてからロウは王城を抜け出し、さらに王都の防護壁も越えて、一番近くの森の中へ入っていく。

シロとダッド達が身を起こして見ていたが、ロウが自分達より上位種であることを分っているので、ロウの行動を邪魔することは無かった。


森の中に降りたロウは、いきなり宙空に魔法陣を具現化させ、詠唱もなしに眷属であるキノを召喚する。

するとすぐに魔法陣の中心が歪み、紅いショートドレスを着たキノが現れた。


魔法陣の中から現れた途端キノはロウに飛びついて拾い上げ、小さな胸に抱え込んだ。


「ロウ様!ご無事でしたか!!心配しましたよ!!」

『グエェェ・・・も、問題ない、は、離せ・・・。』

「何故もっと早く召喚して頂けなかったのですか!眷属皆の者が心配していたのですよ!」


魔剣であるキノは表情も乏しく、感情を表に出すこともあまりないのだが、この時ばかりは少し違ったようだ。


ロウが突然召喚されてしまったのは仕方ないが、その後ふた月も全く連絡しなかったのは明らかに怠慢である。

眷属としてのパスは繋がっているのだから、わざわざ無事を連絡しなくても良いと、特に気にすることもなくこの街の魚料理を楽しんでいたのだから始末が悪い。


ロウは怒るキノを宥め、これからはちゃんと繋ぎは付けるからと約束し、ようやく本題に入っていく。


この国で行われた勇者召還のこと。

キョウと同郷の少年少女四人が召喚されたこと。

召喚の目的が東大陸の人族の街を魔人族から解放する戦いであること。


『目的の真偽は分からぬが、情報から隔離されている四人は国の言う事を信じている。争いには尻込みしているがな。』

「わざわざ東大陸に攻め入る理由が分かりません。人間族には厳しい環境だったと記憶していますが。」

『何でも人間族が住む都市があるそうな。おおかた「魔境」で獲れる魔獣素材が目当てだろう。』


ロウは浮遊島に引き籠っていたので、都市国家イータルの存在も十五年前に戦争があった事も知らない。

その時の経緯が分っていないので、ゼダハ王国がわざわざ勇者召還を強行してまで東大陸に攻め入る意義が理解できないのだ。


今ロウが考えていることは、こちらの世界の都合で、若い四人の命を散らすような真似は絶対に阻止しなければならない、ということだけであった。

だが、この世界に来てからずっと人外として生きてきたロウは、自分にはもはや人の心は残っていないと自負している。

極端な話、彼らに憐れみは感じるが、様々な思いを共有できるほど感情的に慣れない、ということである。

それ故に彼らの言葉に耳を傾けてくれる存在は必要だった。


『キノよ、急ぎキョウに繋ぎを取ってほしい。ファーレンに行けば会えるだろう。』

「それは構わないのですが、私は魔力が無いので転移などの移動手段が使えません・・・。」

『うむ、その件は解決済みである。』


ロウは空間倉庫を開き、浮遊島への転移陣とファーレン王国のルフェンラノス村への転移陣を施した腕輪を取り出してキノに渡す。

それと一緒に取りだしたのは二十個ほどの魔核である。全てにロウの無属性魔力が込められており、使い切りだが魔力を必要とするモノに魔力を供給する事が出来る。

いわば魔力の乾電池のようなものだ。


『回数限定だが、これを使えばキノも転移できるはずだ。』

「ロウ様・・・、私のために、ありがとうございます。」

『ただ、一人でしか使えんからな、キョウと合流した後はフェニックスを使え。奴もキョウを一度はその背に乗せたのだから文句は言わんはずだ。』

「そう言えばそうでした。」


本来、キョウに知らせるべきことではないのかもしれないのだが、同じ日本人同士、語るべきこともあるだろう。

この世界に召喚された者は、元の世界に戻ることなど出来ないのだから。


キノは早速腕輪を装着している。

主から貰った事が嬉しいのか、自分の腕で銀色に光る腕輪をじっと見詰めていた。


『では、頼んだぞ。』


その言葉を聞いた後、キノは妖精族の国ファーレンへと転移していった。



予定通り王都メッサド出立した勇者一行は、十日間も東進街道をひた走ってノクトール地方の「辺境」地域に入ると、ゼダハ王国と隣国ラビトアル王国との国境の町サイダッタに到着した。


この町は「魔境」から溢れ出てくる魔獣を抑える最前線であり、町全体を高い防護壁で囲っていて、さながら城塞のような様相を呈した町である。

こんな辺境にまで町がある理由、それはこの町から半日も歩いた場所に存在する【輝石迷宮】に入る冒険者達の拠点になっているからである。


ノクトール地方に四つある迷宮の一つであり、光り輝く魔核【輝石】を持つ魔獣が出現することで知られている。

この輝石と呼ばれる魔核は、普通の魔核に比べて蓄積できる魔力量が大きいうえ、仄かに輝く外観の美しさも相まって、非常に高値で取引されているため、この迷宮に挑む冒険者は多いのだ。


この輝石を持つ魔獣が、第十二階層から下にいるモンバッドという飛行型の魔獣で、体長が1m程あるにも拘らず動きが早く、時に土魔法を使いながら集団で襲ってくる厄介な相手だ。

モンバッドの集団の中には必ずリーダーがいて、そいつがこの【輝石】を持っている。


今回の実戦訓練の目標は、この輝石を十個は集めると設定している。

こんな目標を設定したのは、何事も目標がなくては高みに行けないのは道理であるからだ。


昼過ぎに到着した一行は、勇者四人と近衛騎士団の精鋭五人、メサイナ教から派遣された治癒魔法士が二人、案内役の冒険者が一人、荷運びが四人の大所帯である。

王国が用意したこの街一番の高級宿で旅装を解き、今日明日と二日間で体を休め、明後日から迷宮に挑む予定にしていた。


明日の休息日をどうするか話し合うため、男性陣の部屋に四人が集まっている。


「ううう、、、長距離馬車ってこんなにキツイのかよ。ケツが腹まで割れちまったようだぜ・・・。」

「はは、全くだ。二度と乗りたくないよね・・・。」

「た、大変そうね。治癒魔法掛けましょうか?」

「何でレイさんと姉さんは平気なんだ?馬車の仕様は同じだったろう?」

「ん、クーちゃんがずっと触手で浮かしてくれてたんだ。だから平気だった。」

「な、なにぃ!!ずるいぞ!女ばっかり!!」

「ガアアア!ガアガア!!」『誰が男の尻など触るものか!女限定じゃ!』


ロウとケンジの言い合いも、今では互いに気心の知れた漫才をやっているようなものである。

時には魔法を撃ち合ったりもするが、後は何事もなかったかのように肩を並べていたりするのだ。


四人とは長く寝食を共にし、付き合いにも慣れたので、ロウはいよいよセナミ達へ正体を明かそうと念話で話しかけた。


『まぁ、帰りは馬車に重量軽減の魔法陣を刻んでやる。感謝するがいい。』

「うぉ!?」「なに!?」「へ?」「えええ!?」


突然、直接頭に響いてきた声に全員が驚きの表情を張り付ける。

二度三度と周りを見渡し、やがて四人の目が卓上で短い手を振っている小ドラゴンに集まってくる。


『驚かせたか?色々状況を調べたかったのでな、今まで黙っていたのはすまなかった。』

「と、トカゲがしゃべった!!!」

「や、やっぱり私達の言葉を理解していたのね・・・。ずっとそんな気がしていたのは間違ってなかったんだ・・・。」

「く、クーちゃん、もしかして魔王か何か?ラノベにはちょっと無い展開・・・。」

『いや、魔王などこの世界にはおらぬぞ。それと我はロウだ。そう呼んでくれ。』


ようやく四人に自己紹介が出来たロウであった。

小ドラゴンがいきなり喋り出し、混乱の極みにあった四人が徐々に落ち着きを取り戻してくるが、人外が喋るという異常な状態をも受け入れる辺り、だいぶこの世界に馴染んでしまったようだ。


『それとケンジよ!我はトカゲではないからな!』

「い、いやぁ、そりゃこんな風に喋るんだから分ったけどさ、じゃぁ、一体何者なんだよ?」

『うむ、今は明かせんが魔王でもなければドラゴンでもない。この姿は固有能力で【変化】した姿である。』

「もしかして人間?クーちゃんも転移者?」

『だから我はロウだ。「転移」者ではないぞ。君らと同じ転移者に知り合いはいるがな。』

「え!や、やっぱり他にも転移者はいるんですか!いつからこっちに!?戻る方法は分かっているんですか!?」


再び落ち着きを無くし、レイが矢継ぎ早に質問してくるが、その質問にロウは答えることは出来ない。

いや、答えは分かっているのだが、「転移者」である彼らに「転生者」であるロウが曖昧な事を伝えるわけにはいかないのだ。

ロウは彼らにこの世界の事を伝えるのは、この世界に同じように転移して来て、後にこの世界に転生したキョウの方が相応しいだろうと考えたのだ。


ロウの思考の中に、神の領域でサキュリス神と運命神ルードが言った言葉が蘇る。


(『あの娘が死ぬということはあの世界に呼ばれた時から定められた運命。)

(こちらを安定させるために大量のイータルを持たせてアースから召喚した。)


異界からこの世界に転移させられた者には、何かしら六神の干渉を受けている可能性があるのだ。


『レイよ、落ち着くのだ。以前この世界に来た転移者をこちらに来るよう呼んでいるところだ。』

「え、会えるのですか?」

『うむ、人外である我の話より人族である奴の話を聞いた方が良かろう。』

「クーちゃん、その人と友達なの?信用できる?」

『だから我はロウだというのに!セナミよ、我の大切な友だ。お前とも友達ではないか。』

「あ!う、うん、そうだった。」

『お前たちと同じ世界、同じ時代から来たのではないのかも知れぬが、きっと力になってくれる筈だ。』


ロウのその言葉だけでセナミの不安は無くなってしまったようだ。

他の三人も、自分たち以外に転移者がいると聞いて、嬉しいやら不安やらと複雑な表情をしている。


「ロウさん、僕達はこの世界で何をすべきなのか何もわかっていないんだ。どうか、助けてほしい。」

『むろんそのつもりだ。だが、トウゴよ、自分の耳目で感じたことを大切にするのだ。この世界にも詐術はあるぞ。』

「うん、そうだね。とにかく、色々相談するよ。」

『うむ、構わぬ。それでこれからの事だが・・・』


ロウはこれから実戦訓練を行う四人に自分は一緒に行けない事を告げる。迷宮創造主でもあるロウは、他が管理する迷宮には入ることは出来ても出ることは出来ないのだ。

流石に迷宮創造主であることは伏せたが、迷宮で生まれたものは迷宮から出ることが出来ないということは納得した様子だった。


『我の言う事を全て信用せよとは言わぬ。だが、王国の言も簡単に信じてはならぬぞ。』

「ん、ラノベ展開通り。定番。」

『・・・セナミよ、我はセナミが一番危ないと思っているのだが。』

「心配ない。こっち来てからずっと油断してない。」

『・・・』(涎を垂らして熟睡していてもか?)


この日は一旦お開きとして、レイとセナミは自分たちの部屋へと帰っていく。

もちろんロウも一緒について行ったのだが、ここでレイが一言ロウに釘を差しておく。


「ロウさんはオスなのかな?メスなのかな?」

『・・・我に性別など無いわ。』

「そう、じゃ、着替えの時は外に出ててね。」

『・・・。』


ロウの目の前で部屋の扉が静かに閉じた。


そして翌々日、総勢十一人の勇者一行が迷宮の入口に立つ。連絡用の騎士と荷運び四人は、不測の事態に備えて待機させている。

この世界で生きていくためには必ず乗り越えなければならない試練を前に、四人は緊張の面持ちだ。


『訓練してきた通りやれば浅層の魔獣など問題なく倒せるはずだ。だが、油断は禁物だ。』

「ん、ラノベにも一層で手こずってしまう展開はあった。」

『・・・』

「あれだ、レイさんと姉さんは俺がしっかり見とくよ。心配すんなって。」

『おおう、守護戦士よ頼んだぞ。』

「さぁ、ここまで来たんだ。覚悟を決めてやれるだけやってみよう!」


トウゴが皆を鼓舞するように声を掛け、自らが先頭に立って迷宮へと入っていった。



丁度同じ頃、妖精族の国ファーレン王国の王都シルファードでは、闇の勇者キョウと魔剣キノが顔を合わせていた。

キョウは非正規奴隷となっていた獣人族の男女を解放し、彼らが住んでいた獣人族の国マギヌス王国へ送ってきたばかりである。


「ごきげんよう、闇の勇者殿。本日はロウ様の使いでやってきました。」

「こんにちわ。ロウは元気?」


万人が美人と評する鼻梁の整った顔立ちは五十年前と何も変わらない。

ダークエルフ族では珍しい金色の瞳も以前と変わらない澄んだ光を湛えており、彼女の曲がらない生き様の証明であるかのようだ。

短く切り揃えていた銀髪は今では腰のあたりまで伸びて、頭の後ろで一本にまとめられ、緩やかな風に靡いていた。


キョウはキノの挨拶に苦笑しなから答える。

キノが初めてキョウに逢った日から、キョウの呼び方は「闇の勇者」で一向に変わらず、彼女の名で呼ぶことをしない。

ロウから聞いた話だが、キノはロウに一番近い所にいる眷属という自負があり、ロウとキョウが会う度に自分が後ろに追いやられる事が不満らしい。


だが、元々表情が乏しいキノである。

そんな感情を表に出さず、ロウに言い付けられたことを淡々とキョウに伝えたのであった。


「北方のゼダハ王国で勇者召還が行われました。」


キノから召喚が行われたと聞いてキョウの魔力が膨張し、辺りの空気が一瞬で張り詰める。

ロウ以外でこれほどの闘気を発する事が出来る者をキノは知らず、キョウへの敵愾心など吹き飛び、体の震えを抑える事が出来なかった。


「何人?」

「だ、男女二人ずつで、十九歳から十六歳の若者だそうです。」

「目的は?」

「魔人族から人族領を解放する戦争だということですが、ロウ様は別の見方をされているようです。」

「ん、わかった。」

「準備ができましたらお呼び下さい。眷属フェニックスで北方に向かいます。」

「ね、キノ。」

「はい?」

「今から迷宮行かない?」

「え?」

「少し私の剣になって。」

「え?」


にっこりと笑うキョウと、全く状況が飲めないキノ。

キノの混乱に乗じて、そのままファーレン近郊にある【迷いの迷宮】まで連れて行き、キョウは有無を言わさず魔剣化させると疾風のように迷宮の中へ入っていった。


キノの唯一の不満と言えば、主であるロウは剣を使わないため、一緒に戦いの場へ赴く機会が無いことであった。

キノがキョウに対して心を許さないのも、主が戦うときは常に横に並び立つキョウへの嫉妬があったからだ。


そのことを敏感に察していたキョウは、良い機会と自分の武器としてキノを使ったのである。


迷宮から出てきて再び人化したキノの表情はどこか満足げであった。


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