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35.仲間


見上げる空は灰色の雲が多く、雲の下の街並みも何となく色褪せて見えてくる。

それでも時々雲の間から光の帯が降りてくると、その部分だけが色を取り戻し何ともホッと心が安らいだ気分になる。


そんな街の、ここは市場のような所なのだろうか。


歩道の両側に屋台や露店が立ち並ぶまるで公園のような広場を、たった一人で歩いている年の頃が十二歳~十三歳位の少女がいた。

どこにでも売っているごく一般的なフード付きマントを羽織っているが、足を前に出す度に捲れる部分から覗く紅いハーフドレスが、どこか場違いな雰囲気を醸し出していた。

灰色で艶のあるストレートの髪が一歩足を前に出すごとに揺れ、その度にドレスの色と同じ深紅の大きな瞳が見え隠れする。


そして後ろに流したフードの中、そこには真黒のドラゴンの幼体がすっぽりと収まっていた。

小さなドラゴンは長い首を少女の肩に乗せ、キョロキョロと目を動かし街の喧騒を眺めている。


もちろん、久しぶりに浮遊島から降りてきた厄災の不死竜ロウと魔剣キノの主従である。

普段は南の大洋上に浮かぶ浮遊島でのんびりと過ごしているロウだが、何か美味しい物を食べたくなるとキノを連れて下界へ降りてくるのである。


この日ロウは何故か急にエビカニのようなものを食べたくなり、美味しい甲殻類なら寒い海の方だろうと当りを付け、この名も知らぬ北国へやって来たのだ。


海に近く、活気ある市場に並ぶ食材はどれを見ても美味しそうで、はやロウは涎を垂らしてどの露店にするか吟味しながら、キノにあれこれと指示を出し、朝から市場の中をウロウロしていたのである。



だが、ロウがこうして下界に降りて来るようになったのも、つい最近のことである。


あの日、ロウがティノによって神の領域から召喚された日から、すでに五十年もの時が経過している。

ロウは召喚された日からしばらくの間は妖精族の国ファーレン王国で過ごし、ゆっくりと力を回復させてから浮遊島へ戻っていったのだが・・・。


それからというもの、ロウは下界に降りることはせず、殆どを浮遊島に引き籠って過ごしていた。人族と関わることを極力避けるためである。


神の領域で怒りに我を失って破壊の限りをつくし、結果、地上にいた教十万もの人間族を殺してしまった人類の敵、その名の通り厄災の不死竜となってしまったという慚愧の念が多少はある。

そのうえ、魔法士組合からは冒険者組合への永久依頼として「ヒュドラの討伐」が出されていたのだ。


(所詮、我と人族は相容れぬもの)


改めてそう考えさせられたのだった。


それ故に浮遊島へ引き籠っていたのだが、決して寂しい日々を送った訳ではない。

ただ怠惰に惰眠を貪り、眷属達と共に無為に過ごす日々は快適であったし、なにより下界からはキョウやラフレシア女王、セイヤやカミュが、暇を作っては転移陣を通ってやって来る。

ティノのいるオヌワーズ領にも転移陣を置いたので、ティノも家族を引き連れ、浮遊島で長い休暇を過ごしたこともあった。


逆にティノに孫が出来た時など、ロウは眷属を引き連れてオヌワーズの館に突入したので大騒ぎになり、ティノやユリアナに大目玉を食らったのも良い思い出だった。


だが、十年前にティノが逝った。

長寿種で容姿が変わらぬ妖精族のキョウやラフレシア女王とは違い、人間族のティノは老いていき、やがて浮遊島へ姿を見せることもできなくなり、屋敷のベッドに伏せる時間の方が長くなってしまったのである。


///////


ティノの最後の時が近い事を察したロウは、その時からティノの傍へずっと付っきりになっていた。

傍にはロウだけではなく、キョアそしてギガドゥールもいる。従魔三匹がずっと傍にいるのからか、ティノの表情は常に穏やかだった。


そしていよいよその時がやって来る。

美しい庭に面した、陽の光がたくさん降りそそぐ部屋で、少しだけ身体を起こしているティノと、ティノのお腹の上あたりに浮かんでいるロウが長閑に話をしている。


「ロウ。とても、とても楽しかったわ。」

『そうか。』

「あなたに出会えたことが、私の一番の宝物よ。」

『そんな訳があるか。ティノの旦那も子供も孫も、ユリアナも狐の姉さんも全部一番であろうに。』

「ふふふ、そうね、みんな一番ね。でもね、切っ掛けはロウなのよ。」

『そこで泣くか?相変わらず泣き虫だな、ティノは。』


ロウは触手伸ばしてティノの頬を伝う涙を拭う。

それでもティノの涙は溢れてきて、ロウはティノの頬を撫で続けた。


「うん・・・。ロウ、キュア、ギガちゃんも、ありがとう・・・」

『ああ、また会おう。』「クルゥゥ・・・」「グウォォ・・・」


白銀の天女と呼ばれた召喚士ティノが静かに逝く。その時は泣き顔ではなくとても穏やかな良い笑顔だった。


///////


体力的に衰えてしまったティノは数年前からキュアの背には乗れなくなってしまったので、ティノとの従魔契約を解消されていた。

しかし、もう自由にしてよいというティノの傍を離れることはなく、現在はティノの孫で今年十六歳になるカスカ・オヌワーズの従魔になっている。


ティノの召喚士としての才能は、隔世遺伝で孫のカスカに引き継がれたようで、早くから召喚魔法の才に目覚め、それ故ティノが直々に指導を施してきた。

カスカは性格までティノそっくりな子で、小さい頃は泣き虫ですぐ泣きだし、一緒に遊んでいたロウも何度も手を焼かされたものだった。


幻獣で寿命が長いキュアは、生涯ティノの血筋を守っていくつもりのようだ。

ティノの死を見届けるとオヌワーズ領を飛び立ち、カスカがいるアイザノク共同学院へと飛び立っていった。

ギガドゥールもカスカと契約を結んでいる。ティノの時と何も変わらない、必要な時だけ呼ぶ契約のままである。


いつかカスカが「白銀の天女」の名を受け継ぎ、ソシラン王国の安寧のためにその力を振う日が来るのはそう遠くない未来であるようだ。


また妖精族達の国ファーレン王国では、二年前にファーレンの女王ラフレシアに大きな変化があった。


千数百年もの長き年月を生きた女王にも死期が近付き、それを察して聖樹エルブへと向かったラフレシアだったが、本来、聖樹に吸収されてその生を終えるはずであったのに、彼女は何故か妖精族から光の高位精霊に昇華したのである。

精霊王の眷属となったラフレシアは、この世とは別次元で妖精族を見守っているため、そう易々と下界に顕現する訳にもいかないようで、ロウと顔を合わせる機会も滅多になくなってしまった。


そんな変化が幾度も訪れる中、キョウだけはいつもと変わらず、ロウの元を訪れていた。


キョウは非正規奴隷解放活動を再開させ、妖精族のフレンギースや竜人族のセイヤ、魔人族のカミュらと共に西大陸中を駆け回っている。


およそ七十年も前にあったサキュリス教大災害の後は、人間族至上主義が衰退し、世界中至る所にあった非正規奴隷は一気にその数を減らしていった。

非正規奴隷を持っているだけで罰せられ、奴隷商組合に情報提供するだけでも報奨金が出るとあって、一時期は相当数の非正規奴隷が解放されていったのである。


しかし、奴隷制度が確立して長い時が過ぎると、法の抜け道や巧妙な手口を使って、罪無き者を非合法に奴隷化する輩が必ず現れるのだ。

キョウは奴隷商組合の首脳と手を結び、表に出ることは無い奴隷商組合直轄の断罪組織を立ち上げ、闇に埋れそうな非正規奴隷を救出し、こうした輩を処分しているのである。


元々は異世界人で闇の勇者として召還されたキョウは強力な力を持っていたが、六神の力で転生し魔力と神力を併せ持つことになり、もはやその力は人類最強と言っても過言ではない。

厄災の不死竜ヒュドラたるロウも、キョウには絶対逆らわないようにしようと心に決めている。


いつしかキョウの呼び名は「闇の勇者」から「闇の断罪人」へと変わり、その呼び名を聞いただけで日陰に生きる者達を震え上らせる存在となっていた。


そんなキョウも、時々何の予告なくやって来ては、言葉少なくただロウの傍で静かな時を過ごしていく。

時に大きな不死竜姿のロウの背に乗り、時に小さな小ドラゴンのロウを胸に抱き、時に黒狼姿のロウの毛に埋まりながら。


キョウ曰く、ささくれた心を癒すのには、ただそれだけで良いらしい。



市場の雑踏を人とぶつからぬよう、軽やかな足捌きでキノが歩いていく。


キノは冒険者登録もしているので、ロウはキノの従魔として街への出入りを許されている。

キノがいればわざわざ人化しなくても良いので、ロウが下界に降りる時はいつもキノが一緒だった。


屋台の主達は扱う品物を少しでも多く売ろうとして、店の前を通る者なら小さなキノにまで大声で売り込んでくる。


だが、キノはそんな声は全く耳に入らないかのようにゆっくりと通り過ぎていく。

実際、ロウとキノはずっと念話で話していた。


『キノ!あそこだ!あの店で焼いている肉の匂いだぞ!』

『ロウ様・・・。今日はえびかにというものをご所望だったのでは?』

『むろんそれも食べるに決まっている!だが、この匂いには抗えん!』

『畏まりました。』


どんなに新鮮な魚介甲殻類を目の前にしても、炭火で焼かれる肉の香ばしい匂いの前では無力である。

最初の目的も何処かへ行ってしまい、二人は大きなブロック肉を焼いている屋台の前で立ち止まっていた。


ブロック肉を時々たれに潜らせてはまた炭火で焼いて、焼けた表面を削いで客に供する店だ。

焼けた肉は消毒効果のあるラオの葉を皿代わりにして渡されるので、キョウは肉を一つずつ串に刺して肩越しにロウの口元に運ぶ作業を繰り返している。


二人は焼いた肉を食べながら市場の中を歩いていく。

お目当ての蟹のような食材も見つかったのだが、家に持ち帰って調理しなければならない素材を置く店ばかりで、調理済みを売っている屋台が中々見つからない。


それでも諦めず、食材を置いた露店ばかりが立ち並ぶ一角に来た時だった。

背が低いキノに気が付かなかったのか、正面から歩いてきた男が持っている大袋がキノの肩に当たってしまい、キノは体勢を崩して転んでしまったのである。

もちろんフードの中にいたロウも投げ出され、キノの下敷きになって地面に転がる。


「あああ!ご、ごめんよ嬢ちゃん!大丈夫か!」


男が慌ててキノを引き起こそうとするが、キノは自分のことより背中にいた主の方が心配だった。

もちろんロウもキノも転んだくらいで怪我をするような身体ではないのだが、雑踏の中で自分の主が人族達の足で踏まれてしまうのは我慢できない。


だが、ロウの心配は自分でもキノでもなく、キノが持っていた焼肉の方だった。


『のおおお!我の肉が!』


ロウはすぐにキノの身体の下から這い出してきて、慌てて散らばってしまった肉を拾い始めた。

キノはロウの無事な姿を確認して安堵し、ぶつかってきた男をどうしてやろうかと立ち上がろうとした時であった。

突然ロウの足元に、直径1m位の白く輝く魔法陣が現れ、その光が急速にロウを呑み込んでいったのである。


『ぬう?これは召喚魔法陣か。』

「ロウ様!!」


慌ててキノが駆け寄り、ロウを魔法陣の外に掴みだそうと手を伸ばしたが、寸でのところでロウの姿が掻き消えてしまった。


あとに残ったのは地面に膝を付き、呆然とロウが消えた場所を見つめるキノと、散らばった焼肉だけである。


「お、おい、嬢ちゃん。どこか怪我でもしちまったかい?治療院に行った方が良いかい?」


突き飛ばした男が心配そうに話しかけてくるが、もはやキノにはそんな声すら聞こえていなかった。


ロウがいなくてはキノは浮遊島まで帰ることは出来ない。帰る方法はただ一つである。

キノは狼狽する男を無視し、全速力で近くの路地裏へ駆け込み、自身を魔剣化する事で浮遊島へ転移していった。


だが、キノは勘違いをしていた。

あまりに突然のことだったので、主はどこか遠くに召喚されたと思い込んでしまっていたのだが、実は市場から目と鼻の先にある、メサイナ教の聖堂に召喚されていたことは知る由もなかったのである。



セナミが描いた魔法陣の中心に現れたのは、小さな黒いドラゴンであった。


トウゴ達は、セナミがドラゴンを召喚すると言っていきなり召喚魔法を発動させた時は焦ったが、現れたのが想像していたモノとは違う小さな幼体であったのでとりあえずホッと胸を撫で下ろした。

元々セナミのドラゴンのイメージは巨大で禍々しいモノではなく、ヌイグルミのような可愛らしいものだったのだ。

まさにそのイメージ通りのドラゴンンが召喚されたと言って良いだろう。


黒いドラゴンはいきなり目の前に人間達が現れて驚いてしまったのか、ジッとこちらを見たまま固まって動かない。

それでも持っていた肉片をしっかりと持って離さない姿が滑稽で、それまでの緊張も消え何となく頬が緩んでしまう。


「ん、成功。可愛いドラゴンさん召喚したど~。」


セナミがトコトコとドラゴンの元へ近付いて行き、傍にしゃがんでドラゴンに話しかける。


「ドラゴンさん、こんにちは。あたしは池崎瀬波、あなたのご主人様。」

「ガ、ガアァ?」『そ、そうなのか?』

「いっしょに悪い人たちをやっつけるの。目指せドラゴンマスター。」

「ガアガアガァァ。」『ドラゴンではないがな。』


突然の召喚であったが、ロウは自分を召喚した人間が異世界人で、しかも間違いなく日本人であることを察知し、自分の正体と能力に【隠蔽】を掛けて偽装した。


なにせロウはこの世界で「お尋ね者」であるのだ。

別の世界からこちら側に召喚された異世界人なら【鑑定】の能力を持っていても不思議ではない。


名 前:‐‐‐

種 族:竜種

状 態:平常


生 命 力:‐‐‐ 魔力量:‐‐‐

能  力:幼体


固有能力:【竜の息吹】【竜魔法】

特殊能力:【物理魔法耐性】【状態異常耐性】【言語理解】

通常能力:【威圧】【索敵】【隠蔽】


また、召喚主であるセナミがどういう人物なのか、召喚の目的は何なのか、他の日本人や甲冑騎士が敵か味方か分からぬうちは、念話での接触も封印することにした。


たとえ小ドラゴン姿で魔力を抑えていたとしても、セナミはロウを単身で召喚できる程の力を持っているのだ。

その能力は間違いなくティノ以上であろうし、彼女が有する他の能力を確認しなければ、いざ逃げ出そうと思っても再び捕まってしまう可能性もある。


ましてや、ここが何処でキノとどれくらい離されてしまったかも分からない。


改めてロウが周りを見渡すと、間違いなく日本人の風体をした男子が二人、恐らく護衛であろう甲冑騎士が五人、お付のお女中のような美少女が一人、自分を取り囲んでいる。

遠巻きには白色と灰色の修道服のような服装の男女と、牧師のような恰好をした者までいて、どうやら公衆の面前で召喚魔法を行ったことが伺えた。


ロウにとって全員を行動不能にして逃げ出すことは容易いが、キョウやシンと同じように再び日本人が召喚された事に興味を持ったので、とりあえずこのままこの事態に流されることに決めた。


ロウが知る限り勇者の召喚はキョウとシン以来であるから約七十年ぶりである。

それにしてもこの世界には異世界との道をつなぐ魔法陣は、一体いくつ残っているのだろうか。

三百年も前の種族戦争が理由で大規模召喚魔法は禁法とされ、各国で封印されたはずなのに何故今になって息を吹き返したのか、非常に興味があった。


甲冑騎士と一緒にいる辺り、この国の王族辺りが召喚したのだと予想は出来るが、わざわざ異界人を召喚する理由などどうせ碌でもないことに違いない。


ロウがそんなことを考えていると、召喚主であるセナミがスクっと立ち上がり、ロウに頭を下げて叫んだ。


「ドラゴンさん、あたしと契約して下さい!」


セナミは早速契約魔法を発動さると、自分の「契約印」をロウに近付ける。

ティノの時と同じようにこの「契約印」をロウが受け入れればセナミとロウの従魔関係は成立するのだが、今回のロウは違っていた。


「ガアアガァ!」『だが断る!』


ロウは尻尾を振り回して、近付いてきた「契約印」を横殴りして消滅させてしまった。

今、ロウは従魔契約などというもので行動を縛られたくはない。

ましてや「人族の敵」として指名手配され、逃亡生活を送っているようなものなのだ。セナミと余計な関わりを持ってしまっては、よからぬ迷惑がかかってしまう可能性があることも否定できない。


一方、まさか召喚した魔獣に従魔契約を断られるとは思ってもいなかったセナミは、目を見開いて驚き固まってしまった。

しばらく気まずい静寂が続いた後、セナミは我に返ってもう一度契約魔法を発動させるが結果は同じで、小ドラゴンは契約を受け入れてくれない。


三度四度と同じことを繰り返し、その度に「契約印」を破壊され続けたセナミはもはや涙目である。

遂にセナミは心折れて泣き出し、そのまま地べたに座り込んでしまった。それを見たロウはさすがにこれはやり過ぎたと反省し、ふわふわとセナミの方へ飛んで行くと頭の上に載って丸まった。


あれほど契約を嫌がったドラゴンが自分の頭の上にピッタリと収まり、セナミは驚いて泣き止む。


「ドラゴンさん?」

「ガアァ。」『契約などいらん。』

「セナミちゃん、きっとそのドラゴン契約で縛られたくないのよ。でもすごく懐いているみたいね。」

「ガアガア。」『その通り。』


横からフォローを入れるレイを見みながら、ロウはウンウンと頷いて見せる。


「すごい・・・なんかこのドラゴン、私たちの言葉分っているみたい。」

「ガアガガア」『もちろんだ。』

「え?あたしの言葉も分かる?」

「ガアガガア」『もちろんだ。』


ロウは返事をしながらセナミのこめかみのあたりをペチペチと叩くと、涙でぐちゃぐちゃだったセナミの顔に笑みが広がっていく。

契約は出来ないまでも、小ドラゴンが自分を受け入れてくれたと思ったのだろう。


男子二人と騎士団は、いつでもドラゴンを斬れるように剣に手を掛けて警戒していたのだが、とりあえずセナミに懐いているようなので警戒を解く。

トウゴが騎士団の隊長にドラゴンと契約できるのかを聞いたところ、飛竜や地竜なら契約した者はいるが、生物の頂点に立つドラゴンと契約した例は聞いたことがないという。


「きっと高貴な存在とは契約は出来ない仕組みなんだよ。でも懐いているなら一緒にいても大丈夫じゃないかな。」

「ああ、そうだぜ姉さん。召喚とやらは成功したんだろう?どのみちそんなに小っちゃいトカゲじゃ役に立たないし、ペットにでもすればいいじゃん。」

「ガアアア!!」『何だとこのガキ!』


ロウはケンジの足元に火玉のブレスを吐いて威嚇する。

もちろん最小最低限の魔力で吐いたブレスだし直接体に当たらないように制御はしている。しかし、いきなりドラゴンが火を吐いたので、ケンジが驚いて飛びあがった。


「あちちち!!ちょ!嘘だ!悪かった!止めてくれ!!」

「ガアガア!!ガアア!」『トカゲとちゃうわ!!燃えてしまえ!』


何も事情を知らない者が見れば、人族が火玉を吐くドラゴンに襲われているという末恐ろしい状況だが、ケンジと言い合うドラゴンが滑稽で全員が笑っていた。


「セナミちゃん、従魔は無理かもしれないけどお友達にはなれるかもよ?」

「う、うん!ドラゴンさん、お友達になって!!」

「ガアア。」『おけまる。』


短い手を上げて応えるロウを見て、セナミは一層笑顔を輝かせた。


魔人族を倒す勇者としてゼダハ王国に召喚された四人の日本人と、数百年も前に召喚された同郷のロウとの邂逅であった。



ひと悶着はあったが、セナミの初めての召喚は成功し、勇者四人の仲間としてドラゴンの幼体が加わることになった。


幼体とはいえドラゴンを召喚したことについては、随行した騎士も聖堂にいたメサイナ教の司祭や助祭も驚いて、さすがは救国の勇者であるとセナミを褒め称えるように視線を送ってくる。

いつの間にこれだけの人が集まったのか。

四人の存在について、ある程度の秘匿は必要と判断した随行の騎士長は、傍にいた司祭に勇者達への控室の用意と、遠巻きに見ている強化関係者の人払いを指示し、四人を案内して教会施設の中へ入っていった。


王都メッサドにあるサートライル大聖堂といえば、この国のみならずノクトール地方にあるメサイナ教の総本山でもあり、大陸全土を見ても五指に入る規模を誇っている。

王都の一角に広大な敷地を有し、教会の関係者が四百人、治癒魔法の修験者が二百人、教会の守護騎士が三百人、その他学芸員も含め約千以上が暮らす大所帯であった。


その中心にある大聖堂は、金銀を使い贅を尽くした作りではないのだが、太古から大切に残されてきた煌びやかでかつ荘厳な建築様式は歴史的価値も高いと評されていた。

特に、大聖堂の内装はレリーフを使った壁画や大理石の彫刻、未だ鮮さを失わない塗料を使った天井画や紋様など、見る者を魅了するものばかりである。


召喚されてから初めての遠出で、教会の中だけとはいえ多くの人目に晒された四人は、緊張のあまり大聖堂の中庭に案内されるまで周りの景色を見る余裕もなかった。

しかし、セナミの召喚が無事に終わり、改めて建物内を見た四人はその美しさに目を奪われ、暫し立ち竦んでしまったほどである。


そんな騒ぎも一段落し、教会が用意した部屋に通された四人は、茶菓子を撮みながら寛いでいた。


ロウはセナミの頭から下りて膝の上に座り、供されたお菓子を触手を伸ばしてパクついていた。

最初は机の上に陣取ってお菓子を独り占めしていたのだが、お菓子が欲しいケンジとケンカになり、セナミに机から下されてしまったので触手を伸ばしたのだ。


四人はいきなり生えた触手に驚いていたが、ドラゴンという生物を見たことがない者ばかりが集まっているので、まぁこんなものかと早々に納得してしまったのである。


「ドラゴンさんの名前、決めないと。」

「ガアガアガア」『我はロウだ。』

「さっき火を噴いていたからこのドラゴンって火竜サラマンダーかな?」

「それを言うならファーフニル。でもこの子は黒いから違う。」

「黒いのは何だ?闇属性とか言ったら何か悪の権化みたいじゃん。」

「ガア!ガアァ。」『失礼な!否定はせんがな。』

「やだこのドラゴン、本当に私達の言葉を理解しているわ。この世界のドラゴンって全部そうなの?」


所詮は異世界へ来たばかりの四人である。

たとえ人間以外に言葉を解す生物がいても、こういう世界なのだろうと納得せざるを得ない。

異世界召喚の際に様々な能力に目覚めた四人だが、当然自分達に害意を持つものを敏感に察する直感的な感覚も持っていた。

しかし、この小ドラゴンから自分達への敵意や害意は感じないので、余計にそう思ったのかもしれない。


「ねね、セナミちゃん。私にもドラゴン君を抱かせてもらってもいいかな?」

「ガアアア!ガガガガw」『おおう!おっぱいラッキーw』

「何となく、それはダメな気がする。」

「ガ!?」『何!?』

「・・・うん、何かこのドラゴン私の胸ばかり見てるし。」

「ガ、ガァァ・・・。」『そ、そんなことはないぞ・・・。』


レイのジト目に耐え切れず、ロウは思わず目を反らす。

そんなやり取りを微笑んでみていたトウゴだが、皆に確認を取るように話しを切り出した。


「これで僕達の仲間がそろったことになるね。」

「おう!この一カ月みっちり訓練したからな。騎士のおっちゃん達にも何とかついて行けるようになったし。」

「明日はお城で武器や防具を渡されるらしいから、いよいよ実戦に連れていかれるかも知れないね。」

「宝物庫から選び放題なんて王様も太っ腹だよな~。さすがファンタジーだぜ。」

「ラノベ的にはそこに伝説の武器とかが埋れている。鑑定はあたしとレイさんががんばる。」

「でも武器が必要なのってケンジ君くらいでしょう?」


明日は王城の宝物殿が開かれ、勇者達の装備が下賜される予定になっている。

正にお約束の展開だが、トウゴは自分の武器を固有能力【魔法剣召喚】で具現化して使うし、レイも特に魔法発動媒体が必要というわけではなく、寧ろ邪魔である。

ケンジにしても固有能力である【獣化】を使う際は、剣や鈍器などの得物は使わず、己の肉体のみで戦うのだから武器に関して執着はなかった。


ただ城の宝物殿など一生涯の内で入れる機会などもうないかもしれないと、いわば興味本位で同道するだけである。

それ故セナミにとってもっと重要であるのが小ドラゴンの名前であった。


「それより名前。あたしはガアちゃんが良いと思う。」

「ガアア。」「断固拒否する。」

「じゃ、クラリスちゃん。」

「ガアガアガアガア!?」『お前はどんな感性をしているのだ!?』

「う~ん、ダメ?じゃ・・・」


ロウとセナミのやり取りが続く。

ロウは自分の名をロウとしか名乗るつもりはないので、ここにいる間の偽名でしかないのだが、セナミのセンスには理解し難いポンコツさがあった。


そんなロウの名前をセナミが知っているはずもなく、不毛な会話は昼を過ぎても続いた。

だが、事情を知らない他の者から見れば、契約もしていない魔獣と人族の間で会話が成り立っているという驚愕すべき状況なのは間違いない。


セナミには周りの声も聞こえない。そんな延々と続く応酬はようやく決着を見せる。


「じゃ、じゃ、ノースでどう?北って意味。」

「ガアア・・・。」『もうそれで良いわ・・・。』

「よし!略してノーちゃんね!ようやく決定。」

「そ、そこで略す意味がわからねぇけど、とりあえず姉さん、やっと決まって良かったぜ。」

「うん。ノーちゃんよろしく。」

「ガアア。」『おけまる。』


ロウの偽名も漸く決まったようである。

どうせ偽名なのでどうでも良い事であったのだが、四人の様子を観察する時間が欲しかったロウが延々とセナミとのやり取りを引き延ばしたのだ。


(うむ。召喚されて一月程度か。能力者になった慢心や変な勘違いもしておらぬし、まだ扱いやすいかの。)


ロウは十年前に戦った光の勇者シンの様子を想い出し、まだこの世界に慣れていない四人に一先ず警戒を解いたのであった。


随分と長い時間メサイナ教会の大聖堂に滞在してしまったが、当初の目的を果たした四人は、再び馬車に乗って王城へと帰ることにした。


(さて、召喚の目的は何であるか。この子らを不幸にするような事なら阻止せねばな。)


揺れる馬車の中、セナミの膝の上にいるロウは、車窓の外を流れる景色を薄目を開けて見ながら考えていた。


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