30.転生
西大陸の約一割を占めるエルザード大森林は妖精族や妖魔族の棲家となっており、幾つも存在する集団の中で一番巨大な集団、所謂国家を形成するのがファーレン王国である。
そのエルザード大森林の南側は、地竜や岩竜など強力な個体がい多い地域であるうえ、『水晶迷宮』と呼ばれる特殊な魔獣が跋扈する迷宮が存在している。
この地は太古からダークエルフ族によって管理され、ファーレン王国の庇護下となった現在もこの地域ルナリアムの領主であるハサンの元、良く管理された領地運営がなされていた。
ダークエルフ族の特徴は他の妖精族より魔力量が多く、身体能力に優れていることである。エルフ族が魔法や弓による遠距離攻撃を得意とするのに対し、ダークエルフは身体強化や、剣や暗器に魔法を纏わせて戦う近接戦に秀ている。
農工や狩猟より、魔獣を狩って魔石(魔核)や生産素材を収集することで生計を立てる者が多く、鉄の民ドワーフ族との繋がりも深い。
また、水晶迷宮に出現する体の一部が鉱石化した結晶魔獣から採取できる水晶玉は人族の間で高額で取引され、少なくない利潤を齎している。
さらにはルナリアンの一部は海に接しているため、塩田を運営して塩をファーレン国内に流通させる重要拠点ともなっている地域だ。
ダークエルフ族は特に排他的な種族ではなく、必要ならば多種族とも積極的に関わることも厭わないので、大森林端部の大河デイ川を挟んで接している農業国家のセイゼッダ王国との交易も行っており、迷宮や大森林に住む魔獣の素材などを売り、替わりにの香辛料や麦などを買い入れを行っていた。
そんなダークエルフ達が住まう領地の中で一番大きな街であるルナリアムは、ダークエルフ族のみならず、エルフ族やドワーフ族、少数ながら人間族もいて、約三万人が暮らす大きな町を形成していた。
この日は五十年に一度、二つ月が共に満月となる雲の無い夜であり、ルナリアムで一番大きな商会を営むダークエルフの夫婦に、一男二女の末の子として女の子が生まれた。
赤子は生まれたばかりのその目ではまだ光も見えぬはずの瞳をキョロキョロと動かし、何故か泣き声も上げないでただ涙を流していた。
そんな様子をみた夫婦は、もしかして声を無くした赤子が生まれたかと悲しみの表情を浮かべたが、そんな両親の様子を知ってか知らずか、赤子は突然「アーアー」と声を上げ、一転両親を喜ばせたものだ。
赤子は両親から『アーミア』と名付けられ、親兄弟や家にいる使用人達の愛情をたくさん注がれて成長していく事になる。
◆
(本当に赤ちゃんになってしまった・・・)
キョウは途方に暮れていた。前世の自分「キョウ」・ウエスギ」の自我を持ったのは、生後ふた月を過ぎたあたりである。
ちょっとした声を出すのも苦労し、手足すらまともに動かす事が出来ない。
あの空間で六神から転生するという話は聞いていたが、実際に赤子の身体になると体の動かし方、湧き出る欲求(主に食欲と睡眠欲だが)の押さえ方が自分の意思で制御できないのだ。
生みの親と思われる男女や、ハウスメイドの女の子が一通り世話を焼いてくれるので生きてはいけるが、下の世話まで他人にやってもらわなければならない事には暗澹たる思いしかない。
(それでも、耐えるしかない。はやく成長し、一刻も早くロウをあの場所から救い出さなきゃ。)
灰色の雲の中に落ちていくロウを何もできずただ見ているしかできなかった自分が腹立たしく、後悔が黒い渦となって心の中で荒れ狂っている。
何度も何度も助けてくれた恩人を、自分は一度すら助ける事が出来なかった。それが悔やまれてならない。
あの空間にいた六神と呼ばれる『管理者』達の事を思い起こす。
雲の中に落ちていくロウを何もできず見送るキョウに、六神たちの意思、思念が伝わってくる。
『異界から来た人間よ。神力に満ちたその身体のまま地上界に降ろすわけぬはいかぬ。周辺の魔力を打ち消してしまうのだ。地上界に影響を及ぼさぬよう我々が与えてしまった神力を封印し、別の身体に魂を定着させる、つまり転生させることになる。』
「ロウはどうなるの・・・」
『不死竜はその名の通り不死だ。石化したのも魔力枯渇で肉体が崩壊するのを防ぐためである。時間は掛かるだろうが、いずれ魔力が充ちれば目を醒ますであろう。』
「今すぐロウの魔力を補充してよ!」
『我々「管理者」は神力は持っていますが魔力は持たない存在なのです。加えてこの狭間の世界には魔力の元となる魔素は非常に少ない。不死竜の、あれほどの容量の魔力を満たすのはどれだけの時が必要か見当もつきません。』
「そんな・・・ロウ・・・」
『不死竜が我々の神力による干渉を拒んでいる以上、地上界に送ることも出来ません。』
『我々としてもサキュリス神を封印されたままでは何かと不都合なのだ。不死竜を覚醒させる方法はこちらでも探してみよう。』
『では人間族の娘よ。不死竜との契約によりお前にもう一度命を与える。これまでの記憶、能力は引き継がれるが、神力を自在に操れるようになり、さらに解放に耐える身体が出来上がらぬうちは封印しておく。段階的に解放していくが、無茶をすれば再び魂と肉体が離れてしまうから気を付けるのだ。』
『さて、これほど強い闇属性に適応できるのは果たしてどの種族か・・・。人族という枷を付けられると難しいのう。まぁ闇属性に長けた種族から選ぶより他はあるまい。』
「まてーーー!!ロウをっ、ロウをここから出せーーーー!!」
『異界から来た娘よ、お前は本来ならばすでに潰えていた命。だが今は我々の喉元に突き付けられた刃に等しい。努々命を粗末に扱う事は無いようにすることだ。』
キョウにとって今はまるで感覚の無い体だが、唐突に意識が遠のいていくことに抵抗も出来ない。六神達によるキョウの転生が始まったのである。
「くっ!いつか・・・いつかきっとロウを助け出す。絶対に・・・。」
その言葉を最後にキョウの意識は完全に途絶えた。
◆
管理者とのやり取りを思い出して気分が沈んでしまったキョウだが、気を取り直して自分に向けて【鑑定】を発動させる。前世から能力を引き継いでいるという事なら、キョウ自身の能力を知る事が出来るのではないかと思ったからだ。
キョウの頭の中に様々な情報が流れ込んできた。
名 前:アーミア・アリスハウルド(♀0)
種 族:妖精族(ダークエルフ族)
状 態:弱混乱
生 命 力:未開放 魔力量:未開放 神力量:封印
能 力:大商人の次女
六神の加護(段階解放、隠蔽状態)
不死竜の加護(※※※※)
固有能力:【神刀技(未開放)】【魔力回復上昇(未開放)】【障壁(未開放)】【※※※※】【空間倉庫(未開放)】
特殊能力:【水魔法】【風魔法(未開放)】【闇魔法】【空間魔法(未開放)】【身体強化魔法(未開放)】
通常能力:【刀術(未開放)】【槍術(未開放)】【体術】【生活魔法】【隠蔽】【索敵(未開放)】【鑑定】
装 備:未開放(ヒュドラの鱗の刀、ヒュドラの牙の刀、黒鱗の半鎧、魔鉄の偃月刀、ヒュドラの目玉の指輪、認識阻害の銀仮面)
(名前はアーミア・・・か。)
転生という形で体を再構築されたキョウは人間族ではなく妖精族、しかも六神が言っていた通り闇属性魔法の適応力が高いダークエルフ種になっていた。
「未開放」になっている情報があるのは、キョウの身体がまだ成長していない故の使用制限の様なモノである。成長と共に段階的に解放すると言っていた「六神の加護」と同じようにいずれ明らかになっていくはずである。
保有する能力は闇の勇者キョウであった時と同じものだが、固有能力には文字化けした詳細不明な能力と【空間倉庫】というロウが使っていた収納魔法の能力が追加されていた。
空間倉庫が追加されたのは「不死竜の加護」の所為であろう。
キョウの身体に魂を戻すとき、七神の神力だけでなくロウの魔力も使ったことが関係しているのかもしれない。
そして、その空間倉庫の中にロウが作ったキョウの装備がそそまま残っていた。
詳細が判らない不死竜の加護は、ロウがキョウを、いや転生後のアーミアを護るために与えた能力なのだが詳細が不明であり、六神の加護のように段階的に解放されていくものなのか、すでに解放されているのが何らかの原因で見えないだけなのか不明だ。
(転生前の能力と装備があれば大丈夫、きっとロウを助けられる。)
つらつら考えていると強烈な睡魔に襲われ、アーミアは再び眠りの淵へ沈んでいった。
◆
妖精族は総じて長命である。
エルフ族で約八百年、ドワーフ族でも五百年は活動する。風の民シルフ族に至っては、「死」という概念があるのかすらわからないほど長きにわたって生き続ける種族だ。
成長速度は他種族とそれほど変わらず、凡そ二十年ほどで大人の身体が出来上がると言われている。
ただ、何を以て「成人」と見做すかは各種族で違いがあり、ドワーフ族は「樽火酒を全部飲み干しても剣を打つ」事ができれば良いらしい。
アーミアは周囲の愛情を惜しみなく注がれて順調に成長している。
一歳になる頃には掴まり立ちを卒業し、放っておくとどこへでも行ってしまう元気な赤ちゃんだ。それでいて夜は泣きもぜず、赤ちゃん籠の中でもちゃんと大人しくしていて全く手が掛からない子だった。
三歳になるとまるで男の子のように昼は活発に家の外へ遊びに行き、夜は早々に寝てしまう。実はこの頃からアーミアは保有できる魔力量を底上げするため、一旦魔力を殆ど放出するまで使い切り、寝ている間に補充するという魔力操作を日課としている。
五歳になり町の学校に通い始めたが、学力体力魔力量ともに桁違いに他を上回っており、神童と呼ばれるようになる。その頃から剣術の修練も始め、その才能は稀有のモノだと指南役の戦士を驚かせた。
この年に世界的規模で「魔境」からの魔獣の氾濫が群発した。
女神メサイナから各国の神殿に神託があり、各国とも事前に準備を整えていたおかげで被害は拡大せず、連合軍と冒険者組合の大部隊によって殲滅された。それでも発生源付近の村や町は壊滅的な被害を受け、数万の人死があったという。
この戦いで獅子奮迅の働きをしたのが光の勇者シンで、最終的には魔獣の発生源となっていた「澱み」を発見し、光属性の大魔法を撃ち込んでこれを消滅させたという事だった。
因みにファーレン王国では、押し寄せる魔獣の群れをエルザード大森林に入る前に何とか殲滅している。もちろんロウの魔法弓を待った「守り人六傑」とラフレシア女王によって、である。
十歳になって大人と一緒であれば森の中へ入る事を許される。獣を狩る腕は狩り人達よりも手際よく、暫らくすると自分より大きな獣も一人で倒せるようになっていた。
十三歳になった時、森の中にいた魔獣と初めて戦い、体長三メートルを超える緑毛熊を単独で仕留めてしまった。三等級魔獣である緑毛熊は通常、冒険者で言えば赤のセンター以上のパーティで倒せるかどうか、という強い個体である。
十五歳となり、正式に冒険者登録をして活動を始める。商人である家の者は良い顔をしなかったが、この年頃から昔のキョウのように無表情で冷たい視線を纏うアーミアに、誰も口出し出来ずにいた。
そしてこの頃に六神の加護の一つ、メサイナ神の加護が解放された。
これによりアーミアは魔法陣のような紋様を宙空に顕現出来るようになり、魔力を使用せずとも治癒回復術(癒しの光)が使えるようになる。
神力を使う時は魔法の類は全く使えなくなるし、体内から溢れ出る神力が周囲の魔力を打ち消してしまうため、アーミアは神力を体内循環させたり、誰もいない場所や六神を祀る神殿で解放したりして、その制御方法を学んで行った。
その後も他の六神の加護が順に解放されて行き、運命神の加護は身の危険に関し少し前の未来を見る事が出来る神眼が、大地神の加護は植物の操作能力が、双月神の加護はほんの瞬間だけ時間の流れを操作する能力が発現していった。
成長したアーミアは万人が美人と評する鼻梁の整った顔立ちをしており、ダークエルフ族では珍しい金色の瞳が余計に彼女の美しさを際立たせている。
ダークエルフ特有の褐色肌で、身体付きは細身ながら日頃から剣術と体術の鍛錬を怠らず引き締っており、短く切り揃えた銀髪を靡かせて歩く姿はまるで黒猫の如くしなやかだ。
何処か冷えた金色の瞳で見つめられた者は、男のみならず同性であっても魅了され、彼女へ対する一方的な憧憬と恭敬を深めてしまうのであった。
そんなアーミアも二十歳になりようやく妖精族として大人と認められて、外の世界、つまりダークエルフ領ルナリアンの外にも行けるようになった。
六神の加護についても、創造神の加護解放により、ロウと同じ古代魔法を理解しそれを使えるようになり、単に戦闘能力だけならば人族でアーミアに対抗できる者はほんの僅かであろう。
事実、この頃から両親はやたらとアーミアの縁談を持ち込んで来るが、自分より強い男しか興味はないとすべて退けている。実際に戦いを挑んできた強者もいたが、全て返り討ちにしてしまっていた。
そして成人したアーミアは今、ロウを探すための旅に出る準備をしている。成人したら世界中をすべて廻ってでも「神の領域」まで行く方法を探し出すと決めていたからだ。
両親も兄姉達も「大切なものを探す」旅に出るというアーミアを必死に説得したが、彼女の固い意思を覆すことは出来なかった。
アーミアが成人するまで家を出る事を我慢したのは、再びロウに出会った時に「真っ当に」成長した事を見てもらいたかったからである。ここまで不自由なく育ててくれた優しい両親への恩返しでもあった。
様々な思いが絡み合う中で、闇の中に沈んでいったロウを一刻も早く助け出したいという思いと葛藤しながら欲求を押さえつけ、我慢を重ねてここまで過ごしてきたのだ。
固い意思は揺らぐことは無く、やがて準備も整い後は出発するだけとなったある日、突然王都シルファードからアーミアへの召喚令が届いた。勅使は二人ともエルフ族の女で、アーミアに対し高圧的な態度は無く、寧ろ畏敬すら感じさせるほど丁寧な対応である。
この時のファーレン王国を治めるのは、今だあのラフレシア女王である。彼女が一体いくつになるのか誰も知る者はいないと言われているが、今だその美しさは群を抜き、一向に衰える気配はないという。
アーミアにとっては出鼻を挫かれた形だが、最初の目的地として元々王都シルファードには行く予定だったので、ダヴ(二足歩行の飛べない鳥類)まで用意してやってきた勅使に同道して慌ただしく生まれ育った町を出発したのである。
ルナリアムを発って十日目、一行は幾つかの町を経由しながら駆けて漸く王都に辿り着いた。転生してから初めて王都にやってきたアーミアだが、街に入ると自然に笑みが零れる。
二十年前とあまり変わらない街並みだった。流石に店舗は替わって別の店になっているものが多いが、昔と変わらず営業している老舗もあり、懐かしくそれていてどこか切なくなってしまう。
(だが、時が過ぎた、というのは変えようのない事実・・・)
改めて二十年という重さを感じずにはいられないアーミアであった。
王都へ向っている間もアーミア達の行程は逐一連絡精霊によって王宮に伝達されていたため、衛兵に特に止められることもなく王宮の中に通された。
王宮の中はキョウの記憶に中にある風景と少しも変わっていない。ロウが大好きでよく寝そべっていた中庭もそのままで、良く手入れされた芝が青々と茂っていた。
そして控室での小休憩の後、女王との謁見の間へと案内される。
今は閉じられた重厚な扉の前で、アーミアは自分が闇の勇者キョウであることをラフレシア女王に伝えるべきかどうか、悩んでいた。
ラフレシア女王ならば信じてくれるかもしれないと淡い期待はあるのだが、実際女王とはたった一年という短い期間しか接点は無かったのだ。ロウという強烈な印象を植え付ける神獣と行動を共にしていたのだから、その陰にいたキョウの存在を憶えているのかどうかすら確信が持てない。
案内の衛兵に従い、扉を潜って中に入る。
謁見の間には予想外に人の気配は少なく、遠くに見える王座の左右に近衛と文官が数人と、ちらと見ただけだがダークエルフ族の領主のハサンも控えているようだ。
王への拝謁では頭を垂れたまま足元を見て歩かなくてはならない。顔を伏せたままアーミアは王座の前まで進み、そのまま片膝を付いて平伏した。
アーミアが部屋に入った瞬間に、ラフレシア女王の圧倒的な存在感、魔力というかオーラが押し寄せてきた。悪意や敵意は感じないのだが、幾年を経て今だこの力を有する女王の力に驚きを禁じ得ない。
近衛か宰相か、若い男の声を切っ掛けに謁見が始まった。
「女王陛下の面前である。名乗られよ。」
「はっ、ルナリアンより参りました。冒険者のアーミア・アリスハウルドでございます。」
やはり闇の勇者キョウ、とは名乗れなかった。
今のアーミアは実績も功績も、何も持たないただの妖精族の女である。ファーレン王国の女王の力を借りれば、ロウに関する情報を集めることもだいぶやり易くなるのだろうが、自分の矜持が許さなかったのだ。
女王からの返答はない。
沈黙を守ったままのラフレシア女王が王座を立つ気配がし、そのまま王台を下りて首を垂れるアーミアの傍までやってきた。
そして、膝付くアーミアと同じ高さにしゃがみ突然アーミアを優しく抱きしめ、はっきりとした口調で語り掛けた。
「キョウちゃん・・・おかえりなさい。」
「っ!!ら、ラフレシア様・・・なぜ・・」
アーミア、いやキョウは目を見開いて驚き、本来この場では絶対にしてはいけない事だが、顔を上げて思わず自分からラフレシア女王に語りかけてしまった。
だが内心はそんな驚きよりも、今この場で「キョウ」と呼んでくれたことが本当に嬉しかった。
ラフレシア女王は一旦離れ、アーミアを立たせてからもう一度強く抱きしめる。やがて一頻りキョウを抱きしめてからキョウの目を真直ぐに見つめ、あの時と変わらぬ笑顔と口調でキョウに話した。
「あなたがキョウちゃんであることは生まれた時から知っていたわ。でもね・・・それを言う訳にはいかなかったの。それが双月神との約束だった。」
「双月神・・・」
「二十年前に何が起こったのか、ちゃんと説明するわね・・・。とりあえず、場所を変えましょう。」
二人が向かった場所は王宮にある中庭で、先ほどこの前を通った時には無かったテラスが設けられ、すでに茶の準備がなされていた。
ラフレシア女王に続きアーミア、いやキョウが着席すると、早速女王がこれまでの経緯を話し始める。
あの日、キョウ達がサキュリス正教国の聖光騎士団が戦った日から数日、王都シルファードに戻ったフレンギースがキョウが殺されたことを告げると、ラフレシア女王は今まで誰にも見せたことが無いほど激怒し、サキュリス正教国を滅ぼすと全土に戦士招集をかけたのだった。
だが、軍備を急ぐ女王の元に入ってきた新たな情報に全員が驚愕することになる。
それはサキュリス正教国の崩壊、いやサキュリス教の崩壊である。
ありとあらゆる自然災害が教国や全世界のサキュリス教の施設を襲い再建不可能なまで破壊し尽くしたうえ、数十万の信者たちが闇に呑まれて消え去ったという話だった。しかもその時、多くの者がサキュリス神を否定する神託を聞いたという。
サキュリス正教国は教皇を元として国の首脳が全員死亡し、首都はおろか主要都市の施設も壊滅したため、サキュリス正教国はもはや国家として存続できる状態ではなくなった。
被害があったのは宮殿や兵舎などの国営施設とサキュリス教会の施設、人間族以外の奴隷を抱えていた貴族や商人の屋敷などで、教会にいた司祭、司教は一人残らず死亡、災害時に教会へ避難していた熱心な信者達も数多く命を落とした。
最後に降ってきた漆黒の闇は、サキュリス教徒の人間族だけを消滅させ、同じ場所にいた少数の信仰の無い奴隷達には何の被害もなく、それどころか隷属の首輪が破壊され、ほとんどの者が騒ぎに乗じで逃げ去ったという。
幸い一般人の住居や店舗には被害は少なかったようだが、首脳陣を失ったサキュリス正教国はもはや国としても教会としても立ち行かず、現在は国内の町ごとに選出した代表が集まり、議会によって事態の収拾にあたっている。
この事件を受け、周辺各国にも慌ただしく動き出した。
まず正教国と険悪な関係だった獣人族の国マギヌス王国は、これを絶好の機会と軍を動かしてサキュリス正教国に攻め入ったのだが、国軍や憲兵もおらず賊や無法者が好き勝手にしている教国内の惨状を見て、そのまま軍を教国内の治安維持活動に従事させた。
友好国も敵対国も一般人の保護を優先として、食糧支援や少なくない数の人員を派遣したという。
世界中が揺れ動く中、ファーレン王国では一旦兵装を解き、サキュリス正教国についての情報収集を最優先として行動していたのだが、そんな中、聖樹エルブの根元にある神殿に双月神が降臨し、ラフレシア女王の謁見を求めているとの連絡があった。
建国以来、双月神の降臨など一度も無かったはずなのだが、なぜ今ファーレンに神託を与えるのか、この世界中の混乱が関係しているのかと、ラフレシア女王は自問自答しながら謁見の場に向かった。
神殿に降臨した双月神は、女王が思いもしなかった真実を告げる。
今回のサキュリス正教の悲劇は、異界から召喚された闇の勇者キョウが万能神サキュリスにより抹消されたことに始まったこと。
サキュリス神は人間族以外の種族を擁護する異界から来たキョウをこの世界のバランスを覆す者、この世界には存在してはいけない者と判じ、神罰として直接手を下したこと。
双月神の神託は続く。
闇の勇者キョウの死に怒り狂った不死竜ヒュドラが数多の災害を呼び、地上のサキュリス教徒を壊滅せしめ神域すら破壊し、さらにその身と引き換えにサキュリス神すらも封印してしまったこと。
サキュリス神が封印されたままではこの世界のみならず、あらゆる方面で不具合が生じ、世界が混沌に侵食されてしまうこと。
サキュリス神解放の要件は、闇の勇者を蘇らせ、この世界に転生させることであったこと。
そしてサキュリス神の解放の鍵が、50年に一度の月蝕の日に生まれる女の子で、それが闇の勇者キョウの生まれ変わりであること。
さらに双月神は他の五神の名代でもあると告げ、生まれてくる赤子が成長するまで手厚く保護し、不死竜復活の日まで決して死なせることが無いように重ねて命じたのであった。
ただし、最後に双月神は、万が一キョウが身に宿した神力の強大さに溺れ、道を誤ったときは妖精族のあらゆる力を以てこれを滅せよ、と命じたのであった。
神託を告げた双月神が神域に戻り、神殿に満ちた神の気配が消えてもラフレシア女王はその場を動けない。
しばらくして女王は跪いたその場所で肩を震し、口に手を当てて嗚咽していた。
それは妖精族にとっては大きな障害であった人間族至上主義のサキュリス教が衰退した喜びのせいでも、ロウの暴走によって多くの人命が失われた悲しみのせいでもない。
妖精族にとって大恩人である闇の勇者が、死んでしまったキョウが自分達と同じ妖精族に生まれ変わってこの世に、自分の元に戻ってくることへの歓喜であった。
あれから二十数年、ラフレシア女王はアーミアと名付けられたダークエルフの女の子を見守り続けた。もちろん本人や家族に知られぬように気を配りながら。
そして、成人したアーミアが家族に別れを告げ旅支度を始めたとの報告を受け、ラフレシア女王は今こそ二十年前の出来事を話す機会だと考え、彼女を招請したのである。
「キョウちゃん、これからどうするつもりなの?」
「もちろんロウを助け出す方法を探す。あの場所から連れ出さなければロウは覚醒できない。六神の力では干渉できない領域だと言っていました。」
「うん、当然よね~。それでね、キョウちゃん。私ね、ロウちゃんを助け出す方法を見つけちゃったみたいなの。」
「え!?」
キョウは席を立つほど驚いてラフレシア女王を見つめる。
そんなキョウを見て、二十年の間何もしていなかったわけじゃないのよ、と艶然と笑みを浮かべるラフレシア女王は、新たな出会いがあった事をキョウに告げのだった。
◆
大災害が切っ掛けとなり、近年ではサキュリス教は人々から禁忌の教法とまで認識されるようになっている。
人間族至上などという考え方は排除され、一部が地下に潜り細々と活動するだけになっていた。奴隷制度も見直されて、新に設立された「奴隷商組合」での管理が徹底されることになり、非正規奴隷取り扱いに関する罰則や奴隷狩りの摘発も厳格化された。
多くの人命を奪った大災害だが、キョウ達が望む世界に近付くための一歩ともなったと言えるだろう。
二十年前の大災害はサキュリス教徒へ向けた神の怒りだと云われるのが一般的な見解である。
だが、たった一人だけ、この事態をロウと関連付けた人物がいた。
この世界からロウが消えたと知ることが出来た人物、それはロウと従魔契約を結んでいるソシラン王国の学術都市レミダにあるアイザノク共同学院の生徒ティノ・ヴァルドアスであった。
ロウが空間を歪めて「神の領域」に入っていった瞬間に、契約者であるティノにはロウの魔力が逆流して戻ってくる感覚があった。その時はそれが何であるかは判らなかったティノだが、後にその逆流の感覚についてユリアナに尋ねたところ、それは従魔が別空間へ送還された時に起こる魔力逆流であるとの説明だった。
ユリアナは自分の従魔であるビャッコを一旦送還し、ロウの魔道具を使って再召喚した経験がある。その時に同じような感覚を感じたというのだ。
つまり、ティノの従魔であるロウが別の世界に行ってしまった、という事である。
この魔力逆流現象のお陰でティノはロウに何かが起こった事を悟り、時を同じくしてこのソシラン王国でも少なくない被害を齎した大災害と何か関係があるのではと推測したのだった。
当然ティノはロウの召喚を試みようと思ったのだが、詠唱の途中で多量の魔力を吸われ、昏倒する事態となった。このため、何処にいるとも判らないロウを自分の元に召喚するには膨大な魔力が必要だと気付き、召喚を断念する。
ロウと召喚するための方策をいろいろ調べてみたが、学生の身分で調べられることに限界があり、ただ無為に時ばかり流れていった。
やがてティノも学院を卒業し、予てからの希望通りソシラン王国軍の従魔部隊に入隊して忙しい日々を送る中、新たなコネクションが生まれて漸くロウについての情報が得られるようになった。
任務途中で出会う行商人や冒険者から、ロウが仮の姿としていた小ドラゴンが、ファーレン王国の王都シルファードでよく見かけられたという情報を得る事が出来たのだ。
(ロウは私と別れた後は妖精族の国に行っていたんだ。)
ティノはこの情報について冒険者に復帰したアルフレイに調べてもらい、ロウが妖精族の国ファーレンと共に非正規奴隷解放を手伝っていた事を知ると、彼の国に古くから伝わる精霊魔法と人間族の召喚魔法を組み合わせればロウの召喚が可能ではないかと考えたのだ。
だが、ティノには妖精族の知り合いなどはいない。
このため全く面識はなかったのだが、同じソシラン国軍に所属し近衛騎士団を率いるファリアナ騎士団長に面会を申し入れ、ファーレン王国の要人へ「繋ぎ」を取り持ってもらえないか土下座して願ったのである。
その後紆余曲折はあったのだが、ティノは何とかファーレン王国の王ラフレシア女王まで辿り着き、ロウ召喚の助力を懇願したのであった。
◆
ロウにも従魔としての契約者がいる。誰もが初めて知った事実であった。
「ソシラン王国の『白銀の天女』ティノさんとロウちゃんの従魔契約がある限り、どんな場所にいてもロウちゃんを召喚する事が出来るんじゃないかと思うの。」
「ロウを・・・召喚できる・・・あの場所から救い出せるの?」
「魔法理論上は可能、と言うのが召喚士達の見解よ。ただ、召喚に必要な魔力がどれくらいか見当もつかないのよ~。それでね・・・」
キョウの「神力」をティノの固有能力【魔力最適化】で魔力に変換するとともに、ラフレシア女王の固有能力で周囲の魔力を集積する【精霊王の契約】があれば膨大な魔力を生み出すことが出来るのではないか、と考えたのである。
【精霊王の契約】はある種危険な能力だが、ロウを召喚する際に幾人か魔力量の多い者に同じ場所にいてもらい、内包魔力をわけてもらえば可能なのではないかと考えている。
問題はティノのいるソシラン王国は遥か西の果て。西大陸を端から端まで横断しなければならないほど遠く、そう何度も往復など出来ないという事だった。
「ここからソシラン王国までは馬車を使っても六十日から七十日はかかるわ。さすがに連絡精霊もあんなに遠くまでは届かないし・・・。」
「それでも行きます。神力を解放すれば私は馬車よりも早く走れる。早くティノ様に会いにいかなければ。」
「キョウちゃん、慌てないで。もう移動手段は確保してあるのよ~。ね!キノちゃん!」
ラフレシア女王の視線の先、思わずそちらに目を向けるとキョウの背後には赤いショートドレスを着た灰髪の少女が立っていた。
「初めまして、闇の勇者。私はロウ様の八番目の眷属、魔剣キノです。」
「ロウの眷属・・・初めまして、アーミア、いや、私はキョウという。」
「ロウ様の契約者を迎えに行く準備はすでに整っています。あちらですよ。」
そう言ってキノは右腕を天に向けて掲げる。それにつられて思わず空を見上げたキョウの目に、遠く上空をゆっくりと旋回している白い影、恐らく巨鳥か飛竜の影が映った。
それがキノの合図を待っていたかのように舞い降りてくる。まるで白炎を纏ったような羽を広げ、王宮の中庭に降り立った巨大な鳥は、ロウの五番目の眷属不死鳥フェニックスであった。
「あれもロウ様の眷属。不死鳥フェニックス。あれに乗っていけば例え目的地が西の果てでもあっという間です。」
(娘。本来我ハ背ニ人族ナド乗セヌ。ダガ、我ガ主ノ大事デアル。此度ハ特別ナ事情デアルト思エ。)
ロウでさえも眷属達の言葉は理解できないのに、神力を持ったキョウは易々とその思念を読み取っている。
フェニックスは人と交わることを嫌いながらも、ロウのため尽力してくれるというのである。キョウは素直に頭を下げ、心から礼を言うと、フェニックスが自慢げに胸を膨らましたように見えたのは気のせいだったか。
ロウを助けようとしているのは自分だけではなかった。そう思うだけでキョウの胸が暖かい何かで一杯になるのであった。




