29.厄災
まだ陽が落ちる前だというのに、突然立ちこめた暗雲は天空を覆って地上に注ぐ光を遮り、辺りはまるで夜であるかのように闇が支配していた。
暗雲はエルザード大森林とアストレール渓谷の境を中心としてこの世界の半分以上を覆っていた。いきなり空を埋め尽くした暗雲に、人族達は良からぬ予感に憑りつかれ、ただ怯えて立ち竦むことしかしかできない。
とにかく何かとんでもない事が起こる。そんな胸騒ぎが人々を支配していた。
万能神サキュリスの光の槍によって闇の勇者キョウが殺された時から、この世界の天候が狂い始めた。
世界を覆うほど発達した暗雲の下、その中心にいる厄災の不死竜ヒュドラの怒りは殺気となってアストレール渓谷周辺の生物達に突き刺さる。その気をまともに浴びた弱い獣は生命活動が停止し、ある程度強い魔獣にしてもその瞬間に意識を失ってしまった。
キョウを殺された悲しみと怒りとを纏ったままロウは固有能力【邪眼】を発動し、それを向ける対象を『世界』として見渡した。
サキュリス神の痕跡を、あれと同じ神族達がいる場所を、その場所に行く道を、森羅万象を見る【邪眼】で探すためである。
【邪眼】:固有能力
森羅万象ありとあらゆるモノを解析し、知識情報として理解吸収する。
虚実や幻影をも看破し、対象が生物であれば『呪い』を掛けることも可能。
さて、この世で『神の存在を視る』ことなど誰が出来ようか。
本来であれば、神とは旧書に書かれた伝説か、神殿などで稀に起こる神託くらいでしかその姿、存在を意識することは出来ないであろう。
だがロウは必ずその存在を、キュリスの意識を捉える事が出来ると確信していた。
もしあの時、サキュリスが表情を変えなかったら、無表情のまま何の痕跡も残さなかったら、ロウにサキュリス神の追跡は不可能だったであろう。だが、サキュリスはキョウの死とロウの狼狽に対し、嘲り、蔑み、そして遊びを楽しむ子供の様な喜びの感情を、己の意識を残していったのだ。
あの時のサキュリスの表情を思い起し、神、いや神族の『意識』を探る。
ロウの思考の中に八百万世界の情景が浮かんでは消え、そこにサキュリスの意識があるかを感じていくのだ。
(・・・見つけたぞ、サキュリス!)
ロウの【邪眼】がサキュリス神の意識を幽かに捉えた。その場所はこの世界が存在する空間とは別の空間であり、到底この地の者が行くことなど不可能な場所である。
だが、ロウに諦念など無い。どんな場所でも行く方法を己の固有能力【創造】を使い、空間を捻じ曲げ飛び越えていく道を造れば良いだけなのだ。
ロウは最大限まで魔力を高め、【創造】を発動する。創造するモノのイメージは今ロウのいるこの空間とサキュリスのいる空間を繋ぐ門、ゲートである。
ロウは何かのイメージをより鮮明にしていくと、やがて目の前に巨大な魔法陣が出現する。そして魔法陣の真中から割れて扉のように開かれていくと、そこに空間の裂け目が現れた。ロウは先の見えないその空間に躊躇することなく入っていった。
◆
神のいる世界、あえていうならば「神の領域」という場所なのだろうか。
ロウが空間の狭間を抜けてやってきた場所、そこは天と地が逆転した世界だった。頭上には草木が全くない乾いた大地があり、下を見下ろせば灰色の雲が一面に広がっている。
太陽と呼べるものは見当たらないのに、そこはまるで夜明けが始まったかのように明るい。
この空間の光源となっているのは眼下の雲から噴出してくる幾条もの稲妻であり、下から上へと流れる稲妻は頭上にある大地へと突き刺さっていた。もちろんその稲妻は宙空に浮かぶロウの身体も貫いている。
『さぁ出て来るが良い、サキュリスよ。貴様が神であれ神族であれ、または別のモノであれ、キョウを殺した報いを受けてもらうぞ!』
咆哮を上げたロウが強力な念話を辺り一帯に撒き散らし、それと同時に漆黒の鱗に包まれた身体がゆっくりと膨張していく。それによってできた鱗の隙間から暴走した魔力が真赤に具現化して溢れ出し、さながら体中から血を流しているかのように見える。
ロウは九つ全ての首の前に魔法陣を展開し、渾身のブレスを四方八方へ放っていった。
一の首から赤の爆炎の息吹を
二の首から青の氷結の息吹を
三の首から緑の暴風の息吹を
四の首から黄の砂塵の息吹を
五の首から白の灼熱の息吹を
六の首から黒の虚無の息吹を
七の首から紫の霧毒の息吹を
八の首から棟の重歪の息吹を
九の首から灰の石化の息吹を
ブレスの着弾した天の大地は焼け爛れ、或いは氷結し、或いは砕け散り、地の雲は霧散して真黒な穴が開き、天の地から落ちていく岩石を呑み込んで行く。やがて繰り返し行われるロウのブレス攻撃に、その存在を維持できなくなった空間が歪み始めた。
さらに天の大地から溶岩が湧きだし、地の雲に向けて赤い雨のように降り注いできた。その場所の雲は熱で消滅し、雲の隙間から漆黒の闇が容量を増して競り上がってくるのが見える。
ロウが続けて二度目のブレスを放ち、いよいよ天にある大地の一部が大きく落ちようとしたその時、突如幾条もの光の槍がロウの身体に突き刺さり、さらにロウの頭の中に唐突に呼び掛ける声があった。
『何故だ・・・、何故神獣ごときがこの場に、神の領域にあるのだ・・・?』
突然の攻撃と呼びかけであったがロウは相手の気配を捜し、先程まで追いかけていたものと同じ意識を見つけると、その場所に向けて有無を言わさずブレスを吐き出した。
五の首から放った灼熱のブレスであったが、目標であったモノに着弾する前に、対象の正面に発生した障壁に弾かれて霧散してしまった。
ブレスの熱と衝突の衝撃で発生した靄が消えると、そこにいたのはロウが【邪眼】で探していたあの意識と間違いなく同じ意識を持ち、あの時見た少女と同じ姿をしたサキュリス神であった。
『ようやく現れたかサキュリス!よくもキョウを殺したな。その報いを後悔すらできなくなるまで受けてもらうぞ!!』
『お前は神の領域を破壊しているのだぞ!我らが創世神が作りし世界を歪めるとは何たることを!』
地上で見た無表情とは打って変わってサキュリス神は髪を逆立てて顔を歪め、怒り露わにロウを威圧してくる。
サキュリス神の発する威圧は相当なモノで、真面にこの威圧を受ければおそらくどんな生物でも息さえついでいられないであろう。だが、怒り狂ったロウには全く通用しない。強大なエネルギーとなって自分を締め付けてくる威圧を、ロウはたった一度の咆哮で吹き飛ばしてしまった。
『貴様らが存在する空間などに興味は無い!我のブレスで破壊し尽くしてやるわ!!!』
『止めろ!たかが人族一人の命に神の使いでもある神獣が干渉して何とするのだ!創世神の意思に背く行為であるぞ!』
『創世神だと?知らぬな。その神が我をヒュドラという醜い化物にしてこの世界に招き、キョウを呼び寄せ、そして殺したのならば!我はその神を殺してくれよう!』
『あの娘が死ぬということはあの世界に呼ばれた時から定められた運命なのだ。そうすることでこの世界のバランスが保たれ・・・』
『ふざけるな!!!手前都合で身勝手な召喚を行わせ、バランスを取るため殺しただと?では我がそのバランスごと破壊してくれるわ!』
ロウの魔力がさらに高まり、それに連れてロウを取り巻く空間そのものが歪みを生じてくる。そして歪みが拡がった部分には黒い亀裂が入り、その向こうに見える暗黒の空間、虚無がむき出しとなり、その中に稲妻や降り注ぐ溶岩、落ちる大地等ここにあるものが吸い込まれるように飲まれていった。
『やめよ!ヒュドラよ!そんな事をすればお前のいた世界はおろかすべての世界が、生物が死滅するぞ!』
『言った筈だ。貴様を殺すと。貴様らが創った世界共々消えて無くなるがいい。』
『っ!ま、まて!』
サキュリス神の制止を聞かず、ロウは全ての首に魔法陣を展開して再び九色のブレスを吐き出すと、九つのブレスは螺旋状に絡み合い一本のブレスとなってサキュリス神に襲い掛かる。
九つのブレスが一つになったこの強力なブレスでさえサキュリス神の展開した障壁に阻まれる。が、ロウはブレスを吐き出したままさらに魔力を集中させると、螺旋のブレスがさらに輝きを増した瞬間、サキュリス神の障壁は砕け散り貫通したブレスがサキュリス神の半身を抉って消滅させた。
しかし、さすがは神と呼ばれる身。見る見る間に再生していく。
『・・・再生能力か。』
『分かったであろう。地の者の「信仰」がある限り我々「管理者」は滅ぶことは無い。我を滅するなど不可能な事なのだ。』
サキュリス神が顔を歪めて両口端を上げると、再び多くの光の剣を具現化しロウに向かって放つ。
剣は全てロウの身体に突き刺さるが、
サキュリス神を構成するエネルギー、神力は魔力とは全く異なる者だ。
神力の源は自我を持つ生物の『信仰』や『依存』や『献身』といった神に繋がろうとする欲求であり、それらが多ければ多いほど神力として神に還元されるのである。たった一人でも信仰がある限りサキュリスの神力は失われることは無いのだ。
神であるならばその神力に限りなど無く、ロウの様な一神獣の存在など圧倒的な力で簡単に消滅させられたであろう。だが、目の前のサキュリス神は自らを神ではなく「管理者」と称した。
ロウはその顔を歪めるようにしてニヤリと笑い、サキュリス神に向けて言い放つ。
『ならばあの世界から、貴様の力の源となっている世界からサキュリスの名を全て抹消してくれる。おお、見えるぞ!サキュリス、貴様の神殿が!貴様を崇める者達が!全て消し去ってくれるわ!!』
ロウが【邪眼】を発動すると、何もない虚空に幾つものモニター画面のようなものが浮かび上がる。千、いや万もの画面にはロウが先程までいた世界の各地にあった、サキュリス教の神殿や教会が映し出されていた。
ロウは再び咆哮をあげると、目の前に浮かんだ画面に向け、次々とブレスを放っていった。
ブレスが教会施設を悉く破壊していく。
サキュリス神も目の前で起こっていることに動揺しつつも結界魔法陣を幾つも展開し、ロウのブレスが地上に降り注ぐのを止めようとするのだが、休む間もなく無尽蔵に放たれるブレスを防ぎきれるものではない。
やがてロウの九つ全ての首から放たれるブレスが全て漆黒のブレスに変わっていく。全てを虚無に吸い込む闇のブレスをまともに受けた地上の神殿は、その中にいた者共々跡形もなく分解され消滅したのである。
ロウの空間を越えたブレスによって、地上界にいたサキュリス教信者数十万の命が一瞬の内にこの世から消え去ってしまった。
サキュリス神の目は大きく見開かれ、先程までの余裕は微塵もない。
『な・・・なんということを・・・』
その様子を為すすべなく見ていたサキュリス神が悲鳴とも取れる声を上げた。
◆
一方、同じ時の地上界では・・・。
ロウが【創造】を使い、無理矢理空間を歪めて別空間へと移動してから、世界各地で天変地異とも呼べる自然災害が群発していた。
地上の至る所で大地が揺れ、それまで静かだった山々が炎を噴き上げ、竜巻を伴う暴風が吹き荒れた。そして空を覆う暗雲の中に太陽が消えた。
突如として牙を剥いた自然の猛威に地上の者に抵抗できる術はなく、人族も魔獣も獣も成す術もなく大地に這いつくばり、これは神の怒りだと言い合って早く収まるのをただ祈るしかなかった。
町に住む人族は少しでも安全な場所へ行こうと、冒険者組合の建物や衛兵の修練所、さらには自分たちが信仰する神の教会へ押し寄せる。そんな場所では逃れてきた者を追い返すわけにもいかず、建物内は人で溢れかえり、肩を寄せ合ってこの天災が行き過ぎるのを願っていた。
強い風が扉や窓を叩き、飛ばされてきた物が屋根や壁に当たる音がするたびに息を呑み、緊迫した時間が長く続いてる。
それが突然、騒がしかった外の世界は音を無くした。
時折大きな音と共に激しく揺れていた大地は静まり、勢いよく噴き上げていた山の炎も消え、吹き荒れていた風も今はそよりとも吹いていない。
急に当りが静けさを取り戻した事に戸惑いつつ、人々が外の様子を確かめようと恐る恐る建物の外に出てきた。異常なくらいの静寂の中、見上げた空は相変わらず漆黒の暗雲で覆われていた。
だが、それは束の間の静寂であった。
空を覆う暗雲から轟音と共に稲妻が、火柱が、竜巻が雨のように降ってきて街の至る所に落下し、建物は稲妻と火柱の直撃で炎を噴き上げ、あるいは巨大な竜巻で粉砕されて崩壊していく。
何度も何度も街に火柱と稲妻が降り注ぎ、発生した火事の炎で街の中が赤く染まった。
人々はみな恐慌を起こし、街の外へ脱出するため閉じられた城門へと殺到した。
しかし、炎に追われた住民達はまだ気が付いていない。
炎に包まれている建物は全てサキュリス教の施設であり、一つの街だけではなく、世界各地のサキュリス教の施設で同時に起った事象であったことを。
そしてもちろん、この被害は建物だけではない。炎は建物だけではなく中にいた信者諸共灰も残らぬほどに焼き尽してしまったことを。
当然、この災害で最も被害が大きかったのが、国を挙げてサキュリス神を信奉するサキュリス正教国である。
サキュリス正教国の聖都サリスにあるサキュリス教大聖堂は、正八角形に積み上げられた白亜の石壁が特徴的な美しい建物である。地上三階、地下一階の四層構造で、建物の中心には吹き抜けの庭園があり、中心にはサキュリス神の象徴である光を表わす巨大な黄水晶が置かれている。
このサキュリス教の最高指導者である教皇アルデス十一世がいた大聖堂にも幾条もの雷が落ち、当時中にいた教皇も含めた国政の中心人物全てが焼け死んでしまったという。
この国では、聖都にある教会だけでも百を超える数があるのだが、そのすべての施設に竜巻を伴い稲妻、若しくは火柱が落ち、中にいた信者諸共炎に包まれたのであった。
そしてこの厄災は最終局面を迎える。サキュリス正教国の五つの主要都市の上空に、暗雲とは別の暗闇が拡がっていく。
背の高い建物や、城壁の上に建つ物見櫓が徐々に降下してくる闇に触れると即座に分解消滅していき、それを見た人々がパニックとなり我先にと城門に殺到したのだが、その城門にも火柱が降り注ぎ、多くの信者が命を落としたのである。
街の中では自分だけ助かろうと、他人を押しのけ、倒れた者を踏み潰し、狂気の表情で人族が走り回る。
その姿は「醜い」の一言に尽きる。神に祈ることを忘れ、自分だけ助かろうとする浅ましい狂者の姿しかなかった。
空から降りてきた漆黒の闇はロウが吐き出した闇のブレスが地上で具現化したモノである。
地上にあったサキュリス教徒は、街や神殿、教会と共に闇の中で消滅する。闇に触れてしまったサキュリス教の数十万の信者の命が一瞬の内に消え去ったのだ。
そして荒れ狂う炎と暴風の中、呆然とそれを見ていた生き残りの人族達に、何者のモノとも判らない思念が頭の中に直接響いた。
『サキュリスを崇める者は何人であっても滅ぼす。サキュリスを崇める者は闇へ落ちるがいい』
これを聞いたサキュリス教の信者達は絶望する。
そしてこの悲劇は単なる自然災害ではなく、自分達に向けられた神の怒りだったのだと気付いてしまった。
(自分達は一体どこで間違ってしまったのか。)
誰かがそう呟いた声は、再び強くなってきた風の音に掻き消されて他の誰かに聞かれることは無かったが、おそらく、そこにいる誰もが考えていた事なのであろう。
そして再び天界では・・・
多くの信者たちが死亡し、或いは信仰そのものに疑いを持ち始めたため、神の力の糧である「信仰」を急激に失ったサキュリス神は自らの神力を失いつつあった。
ロウが攻撃している間に展開していた防御の魔法陣も、ロウへ向けて放っていた光の槍も、もはや攻撃を遮る力を失いロウによって悉く破壊されている。
『あああ・・・何という事を・・・神殿が・・・我への信仰が・・・失われていく・・・』
『貴様を崇める者などこのヒュドラがすべて消し去ってくれるわ!!』
『やめっ!止めるのだ!我の力が・・・!』
『闇に沈めぇぇぇぇぇぇ!サキュリスッ!!!!』
ロウの魔力が再び高まっていく。
余りの魔力の大きさにロウ自身の身体が耐え切れなくなっているのか、大きく広げた羽はボロボロに朽ちていき、全身の鱗も弾けるように剥がれていった。
それでもロウは再び面前に魔法陣を展開し、九つの首全てから漆黒のブレスをサキュリス神に向けて放った。
サキュリス神はそれを防ぐすべもないのか、まるで全身の力が無くなったかのように宙に漂い、漆黒のブレスを避けようともしなかった。
サキュリス神の消滅。当事者のロウすらそれを確信していた。
ところがロウのブレスがサキュリス神を呑み込もうとする直前、突然現れた六つの魔法陣がサキュリス神とブレスの間に展開され、ロウの渾身のブレスを霧散させたのである。
『くっ、また邪魔が入ったか・・・』
ロウが頭上を見上げると何も無かった空間が揺れ、人族の姿と変わらぬもの、腕が無く代りに巨大な羽をもつもの、下半身が獣のであるもの、無数の腕を背中に持つものなど様々た姿をした「何か」が現れる。
横並びになった彼らは魔法陣の障壁を取り去り、ロウに向けて名乗りを上げる。
『私はメサイナ。光と安寧を管理する者』
『我はルード。未来を見つめる管理者』
『大地神ケープス。地上の豊穣を管理している。』
『月の神リナスとマリス 正邪を司る者』
『創造の神、マギ・ロナです。』
『破壊神シム・ロウ。止めるのだ我と同じ名を持つ竜よ。』
そこに現れたのは、この世界の七神と崇められる神という名の管理者たち。つまり世界という枠を創世した者に仕え、数多くの世界を調律している者達であった。
『お前たちもこ奴の仲間か。邪魔をするならばこ奴と同様に滅してくれるぞ!』
『少し時をください。その者がサキュリスが地上界に干渉した事を謝罪します。まず怒りを抑えて下さい。このままではこの場所も崩壊してしまうのです。』
『貴様らの謝罪だけでキョウが生き返るのか?笑わせるな!』
ロウは六神が立つ場所に向けてブレスを吐き出す。だが、同じように魔法陣の障壁で遮られて消滅し、彼らに傷一つ与えることは出来なかった。
だが、六神の方はからロウに反撃してくることは無く、ただ懇願するような目でロウを見つめている。
『今回サキュリスが取った行動は、我々と同じ管理者としてあるまじき行為でした。』
『ヒュドラの怒りも悲しみも理解している。』
『ですが、万能神サキュリスが消滅すれば幾つもの世界が「混沌」に飲まれてしまいます。そうなれば幾多の世界が滅び人の魂が失われるでしょう。』
『創世神が創りし世界は全て繋がりを持ち、複雑な均衡を保ちながら存在している。それを管理するのが我々の仕事。サキュリスを失う訳にはいかぬのだ。』
六神たちが口々にサキュリスの助命を願ってくるのだが、キョウを目の前で殺されたロウの怒りは収まる事が無かった。
『貴様らの都合など知った事ではないわ!よくもキョウを殺したな。貴様らの命、貴様らの創った世界、全てで償ってもらう!全てを破壊してくれるわ!!』
三度、ロウの魔力が膨張し始める。
もはやロウの身体はあちらこちら引き裂かれており、血と魔力とが溢れ出ていて、滴り落ちるそれ自体がまるで爆弾であるかのようにこの空間を破壊していた。
ロウが魔法陣を展開してブレスを吐き出そうとした時だった。
『待つのだ!不死竜ヒュドラよ!』
『待ちなさい。怒れる竜よ。その娘をもう一度あの世界に蘇らせましょう。だからこの領域の破壊行為を止めるのです!』
人族の女性の姿を模した神メサイナの言葉を聞き、ロウの動きがピタリと止まる。だが体中から溢れ出てくる血の様に具現化した魔力はそのままであった。
ようやく動きを止めたロウに、メサイナ神はキョウの魂を蘇らせる方法を告げる。
『間違いないのだな?では今すぐやってもらおうか!!キョウを蘇らせろ!』
キョウの身体はロウの再生魔法と治癒魔法によって、サキュリス神からの攻撃で受けた損傷は修復されているうえ、ロウの魔力の塊でもあるクリスタルで覆われているので劣化もしていない。
この状態のまま魂を失い、抜け殻となったキョウの身体を管理者が持つ「イータル」で充たし、道標とすることで、神界か霊界、または冥界か輪廻界を彷徨っている魂を呼び戻すというのだ。道標の力が大きければ大きいほど魂は肉体の在処を知り、戻ってくることが可能になるという。
「イータル」とは管理者達が活動するために必要なエネルギーであり、地上界から集まってくる神力を変換させて使われているものである。
つまりここにいる六神、管理者達がイータルを注ぎ込み、キョウを蘇生させるというのだ。
離れてしまった魂が戻ればキョウは蘇る。確実に、という訳ではないらしいが、神の領域である天界は神力が充ちており、キョウが蘇生する可能性は非常に高い。
問題があるとすれば、ロウが暴れたため管理者達はこの空間を維持するため相当の神力を使ったという事だ。
『お前の破壊行為からこの空間「門」を守り、そして今修繕するため、我々は相当量の神力を使ったのだ。その娘の魂がある四世界全てまで照らす程の力が不足しているのだ。』
『しかもその娘の持っていたイータルは相当の容量があったのだ。こちらを安定させるために大量のイータルを持たせてアースから召喚したのでな・・・。』
『ふん!そしてキョウを殺してイータルとやらを拡散させたか。まあいい、それに相当する神力は目の前に十分ある。サキュリスがまだ持っているだろう、それを貰うぞ!』
ロウは触手を伸ばして宙に漂うサキュリス神を掴み取ると、固有能力【吸収】を使ってサキュリスの持つ神力を吸収し、手に持つキョウが入ったクリスタルの中に注ぎ込んでいく。
『ああぅぉぉぉぉ・・・・』
『やめるのだ!それ以上神力を吸収すればサキュリスが消滅する!止めるのだ!!』
『ふん!!ならば貴様らがその神力を補え!!サキュリスの消滅が先か、キョウへの充填が先か、我はどちらでも構わぬわ!』
『くっ!仕方がない、皆あの娘に神力を送るのだ!!』
慌てて他の六神たちもキョウを包むクリスタルの中にエ神力を注ぎ込んで行く。そしてロウはクリスタルを維持するため、魔力を流し続けた。
膨大なエネルギーによってクリスタルの表面が強い光と高熱を持ち始める。
ロウの腕の鱗は肉と共に溶け落ち骨が露出していたが、それでもロウはクリスタルを離さず、ずっと握りしめていた。
どれ程の時間が経ったのか。
もはやサキュリス神は目を開けたままピクリとも動かず、他の六神も表情を歪ませていた。クリスタルを掴むロウの腕は既に骨だけとなり、その骨すら指の先から溶け始めている。
やがて、クリスタルが一際強い光を放ったかと思うと、キョウを包んだクリスタルが粉々に粉砕し、まるで雪が舞うように飛び散った。
そして光が消えた跡には、生きていた時と何も変わらぬキョウの姿があった。
両腕を胸の前で組み、目を閉じたまま動かない。
だが、神族たちの神力を直接注ぎ込んだキョウの身体は、もはや人族とは言えないほど強く大きなエネルギーに満ちていて、内側から光を発して輝いているかのようである。
その様子を見た六神の一柱、メサイナ神が呟く。
『我々管理者と同等かそれに近い存在、もはや神族といっても良いほど身体と魂の「格」が昇華してしまいましたね・・・。このままでは地上界に降ろすことは出来ない・・・。』
『なに!どういうことだ?甦らせたのではないのか?』
サキュリス神の存在を維持するために、他の六神が全力でキョウに神力を注ぎ込んだ結果、膨大なエネルギーで満ちた存在が出来上がったのだ。
これが精神体や霊体ならば、神力で充たされた魂として地上界で維持していくことは可能なのであるが、肉体と共にとなると、そう簡単にはいかない。神力の高い存在は、自分で意識することが無く近くにある生物の生命力を少しずつ吸収して神力に変換してしまうからである。。
サキュリス神が地上にあった時も、周りにいた信者や聖光騎士団から生命力を吸収し膨大な神力を得ていたので、大規模転移魔法などの行使が可能だったのである。
キョウを地上界に戻すためには、六神全員がキョウに加護を与え、神力を一時的に封印することによって最小限に抑えておかなければならない。そして身体の成長に合わせて神力を制御する術を覚えてから階的に封印を解放していくのだ。
それには赤子の時から徐々に慣れさせるのが一番良いのである。つまり生をやり直す、転生させるしか方法はないのである。
『それでキョウが生き返るのであれば構わぬ。さっさと転生させるのだ。』
『しかしこれほどの魂を受け入れる体となると・・・魔力が多く・・・百年は・・・』
運命神ルードの前に複雑な紋様の大きな魔法陣が現れ、ルード神は異様に長い両腕で魔法陣をなぞりながら何事がを調べる素振りをしている。
暫らくすると魔法陣の中から小さな銀色の球体が浮かび上がり、ふわふわと漂い始めた。そのままルード神の周りを飛んでいた球体は、ルード神の指先に付いて宙に横たわるキョウにゆっくりと近付いていき、彼女の胸のあたりに吸い込まれるように消えていった。
『これで輪廻の法とその娘の魂は繋がった。その娘のこれまでの記憶も能力も精神もすべて引き継がれるはずだ。』
ルード神の言葉にロウは一先ず緊張を解く。これでキョウが無事転生できれば、キョウがキョウのまま生まれ変わるのであれば問題はないのだ。
ロウは自分の魔力が枯渇し、間もなく行動不能に陥ることが判っている。
この状態で自分にできる事は、もうほとんど残っていない。キョウの力がすべて解放されるまで、このサキュリス神を始め、他の管理者どもがキョウに悪さを仕掛けぬようここに留まり、懐に置かれた爆弾になっている位であろう。
今のキョウの状態を見る限り、一時的に封印した神力が成長と共にすべて解放されれば、もはや天界の一管理者程度では干渉することなどできないであろう。だが、保険は必要だ。例えそれがはったりでも・・・。
ロウは最後に残った魔力で、神力を殆ど無くしたサキュリス神に封印魔法を施すと、まだ下顎が残っていた六番目の頭の口に咥え込んだ。
『管理者共よ!転生したキョウがまだ力無き時に再び干渉することがあれば、我の魔力を暴走させてこの空間もろ共自爆してくれるぞ。』
『その様な事はしません。・・・と、言っても納得はしてくれないのでしょう。』
他の管理者もサキュリス神が消滅さえしなければ今は封印される事は止む無し、と考えているのか、ロウの行動に口出ししてくる者はいなかった。
全てが終わり、ロウがもう一度キョウを見下ろしたとき、キョウの瞼が少しだけ動き、そしてゆっくりと目を開けた。そのまま体を起こし、ロウと対面するように宙に立つと、その黒い瞳でロウを真直ぐに見つめる。
彼女の黒い瞳に映るロウは、何度も吐き出した高熱のブレスで下顎は焼け爛れ、サキュリスの光の槍で貫かれた漆黒の鱗の間から大量の血を流し、羽は折れ、両腕は溶けて骨だけになっている状態である。
魔素がないこの「神の領域」ではロウの再生能力は発揮されないのだ。
キョウはそんなボロボロになった姿を目で追い、もう一度ロウの紅い目を真直ぐと見る。その瞳からは涙が溢れ出ていて、そこには重力が無いかのように水球となって周りに流れて行った。
キョウは知っていた。ここが何処で、この場所で何が起こったのか、自分のためにロウが取った行動をすべて理解していた。
光の槍に体を貫かれ、一瞬で意識を失ったはずなのに、あの時のように、黒狼姿のロウに寄り掛かっていた時の、ロウの魔力に包まれているような心地よい感覚がずっと続いていたのだ。
そして何かに引っ張られるような感覚をずっと受けながら、ロウの怒りや悲しみといった感情が伝わってきたので、何となくその力に抵抗していたのだが・・・。
「ロウ・・・こんなに無茶して・・・」
『ようやくお目覚めか、この寝ぼすけめ。無茶などしておらぬ。我にかかればこれしきの事何とでもないのだ。』
「また助けてくれたね・・・」
『約束だからな。それを守っただけだ。キョウを消滅させるのは我の仕事である。』
「ロウ・・・ありがとう・・・」
『礼などいらぬわ。さっさと転生して生きよ。キョウはキョウらしく心のままに生きるのだ。』
「やだよ・・・ロウを放っておけないよ・・・。」
だが、ロウの漆黒の身体がゆっくりと灰色に変わっていく。魔力を使い果たし、朽ちていくだけの肉体を護るため、自らの意思とは関係なく石化しているのだ。
既に体の殆どが石化している。いずれ九つの首がすべて石となれば、ロウは永い眠りに就く。
「ロウ?!ロウ!!」
『案ずるな。我は暫くここに残るでな。さぁ、もう行くのだキョウ。』
「そんな!やだよ!一緒に戻ろう!!」
『ふふふ、キョウよ。いの日か、また逢う日を楽しみにしているぞ。』
その言葉を最後にロウの身体は完全に石化し、最後までキョウを見つめていた瞳の光が消えたかと思うと、その体はゆっくりと高度を下げて地の雲の中に沈んで行ったのであった。




