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27.予感


孤児院の食堂には裏庭に出るための勝手口があり、開け放たれた勝手口の向こうで子供達が夕食を食べながら大騒ぎしているのが見える。

今の孤児院の食事情は、ゼロフトの寄付とロウが作った薬草菜園からの収穫で格段に良くなっているので、夕食のおかずが増え内容も子供達の成長に見合ったものになっており、皆ご飯が楽しみで仕方がないのだ。


今までとは違う活気、そんな仲間たちの微笑ましい喧騒を聞きながら、カミュは院長室に集まった面々にはっきりと自分の気持ちを告げた。


「だから、ロウさんが腕を与えてくれたから、孤児院のみんなのお手伝いして恩返ししたくて、だからこの孤児院を離れたくありません。」

『そうか。ならばカミュの好きなようにすればよい。しっかりとお手伝いするのだぞ。』

「・・・あの、違うんです。孤児院から離れたくはないけど、みんなに恩返ししたいけど、それはもう少し待って欲しいんです。」

「そう・・・あなたはやっぱりロウさんに着いていくのね・・・。」

「院長先生、わたしロウさんと一緒に行ってたくさん働いて、役に立つようになって、そしたら帰ってきて、それがらおんがえし・・・だから・・・ご、ご・・べんなさい・・・ずごじまっで・・・」

「カミュ、良いのですよ。孤児院はずっとここで貴女を待っていますから。その時貴女の元気な笑顔を見せてくれればいつでも良いのですよ。」


ポロポロと涙を流しながらカミュはレミストレナ女史に顔を向ける。レミストレナ女史はカミュの思いを察していたのか、特に驚くこともなくファーレンに行きたいというカミュの心を受け止めていた。

自分が必要とされている場所に行きたいが、何もできない出来そこないの自分を育ててくれた孤児院にも恩返ししたい、というカミュの葛藤を一番近くで見ていたのだ。

しかもカミュは昨日の事件のように魔人族との混血である自分がいると、ここにいたらまたあの人達のような人が来てみんなを傷付けるかもしれないと思い詰めていたので、そんな事を気にせず、自分の未来へ羽ばたいて欲しかったのだ。

レミストレナ女史の真摯な気持ちを聞いて安心したのか、カミュは女史の胸に顔を埋めて号泣していた。


そんな二人の姿を見て、ロウは若干の居心地の悪さを覚える。

ロウは人族らしい感情などとうの昔に捨て去っており、今は人と人との絆など自由を縛る枷でしかないという考えになっているので、カミュを連れてファーレン王国へ行く事に何の迷いも戸惑いもなかった。だが、二人のこのような姿を見てしまうと、ここからカミュを引き離しても良いのだろうかと逡巡してしまったのだ。

それはロウが忘れていた人としての感情で、凪いだ海の様に「平坦な」ロウの胸の中を少しだけ波立たせるものであった。


そんなロウの気持ちを知ってか知らずか、泣き止んだカミュが泣き笑いの顔でロウに宜しくお願いします、と頭を下げる。

ともあれ、カミュの考えも聞く事ができてファーレン行きが決まったのだが、仲間と離れるカミュの気持ちを慮り、明日一日は孤児院のみんなと最後の時を過ごし、明後日の早朝にこの町を出発することにした。


翌日は体長が戻ったカミュと他の子供達が、朝から中庭で元気よく遊んでいた。

ゼロフトとセイヤは旅の準備で町へ買い物に行き、ロウとキノは孤児院に残って子供達の「二段ベッド」を作ったり、壊れかけていた魔道照明を直したりして過ごした。


そして出発の朝、普段は寝ている子供達も全員起きてきて、レミストレナ女史とユリム、サレジーナとともにカミュの旅立ちを見送ってくれた。もちろん昨日のうちに別れの挨拶を済ませていたので、カミュも含めて全員が笑顔の気持ちのいい旅立ちである。

全員徒歩(ロウは小ドラゴン姿でキノの頭の上だが)で町の外に出てしばらく街道を進み、人目が少なくなった頃合いで街道を外れ、自然豊かな山に向かって進んでいく。

この時ロウは黒狼姿変化し、カミュとキノに背に乗るよう促すと二人とも目を輝かせて笑顔を見せ、競うようにロウの背によじ登ってきた。

そのままある程度森の深部に来たところでロウ達は立ち止まり、ロウが空間倉庫から取り出した防寒マントを身に着け始めた。カミュは天気の良い暖かな日に何故防寒マントが必要なのか分からず不思議そうな顔をしている。


こんな人目のない場所に来た理由はもちろん、ここからファーレンまではロウの背中に乗り空を飛んで行くためである。

ミルドイ王国ソルトの町からファーレン王国の国境までは大小六つの国と、端部ではあるが『魔境』の上空を越えて行かねばならない。陸路で行けば馬車を使っても一年はかかってしまう距離であるが、成竜姿に変化したロウが飛んで行けば精々十日から半月程度で到着する距離だ。

獣の毛皮を鞣した防寒マントを着込んだのも、上空の冷たい空気を防ぐためである。ロウが風魔法で障壁を作るので、背に乗る者が冷たい風にさらされることは無いが、気温と気圧の低下までは防げないのだ。

皆が乗る背の部分の体温を上げて床暖房式に暖を取ることは可能なのだが。


早速ロウは成竜の姿に変化する。

漆黒の鱗に覆われたドラゴンを目の当りにしたカミュは、その荘厳な姿をキラキラと光る瞳で見つめている。さらにこれからロウの背に乗って空を飛んで行くと聞くと、その場で飛び上がって喜んでいた。


「ところでロウよ。ファーレンまでの道というか向かう方向は分かるのか?」

『!』

「・・・やっぱりな、そんな事だと思っていたぞ。どうせ此処へ来る時も無計画にやってきたんだろう?」

『た、たぶん東だ!うむ、あっちの方から来たはずだ!』


そう言って北の空に向けて短い前足を伸ばすロウ。元々海岸線の上を飛んできただけのロウである。方角とか距離とか全く考えず、只々お魚の事だけ考えて飛んできたので自分のいる場所がどの辺りなのか理解していなかった。

見た目だけは立派なブラックドラゴンのその滑稽な姿を全員が生暖かい目で見つめる。


「確かに妖精族が住まうエルザード大森林は大陸の東にあると聞いたことがある。だがなロウ、お前の指している方向は北だ。」

『おおう・・・』

「まぁ、陽や星の動きを見れば大体の方角は分かる。目的地が近付いたら目で確認するしかないな。」


ここは旅慣れたゼロストに任せるに越したことは無いと、再びお気楽モードになったロウは、大きな翼を広げ一羽ばたきして宙に舞い上がり、東の空へ向けて速度を上げるとあっという間に雲の間へ消えて行った。



ファーレン王国へ向かうのは特に急ぐ旅でもないので、一行は途中の町に立ち寄って補給をしたり、時にはロウとキノの冒険者クラスアップのため冒険者組合に立ち寄り、いくつか簡単な依頼を受けたりとのんびりとした行程だった。

カミュは幼少期に母親と一緒に数回旅をしたらしいが、その行程は満足に食事も得られず当然の如く野宿が多かったので、宿屋に泊る時などは食堂で出される一人分の食事の量に驚いたり、清潔な部屋の作りにはしゃいだりと、少女らしい一面を見せ始めていた。

もちろんファーレン王国までは殆どが空を飛んで行く行程なので、魔獣の襲来や盗賊の待ち伏せなどのイベントは発生していない。如いて言うなら道中の魔法訓練でカミュが再生魔法の習得に成功した位である。

まだまだ魔力量が足りず数回しか使えない魔法だが、魔法適性が高い魔人族の血がカミュの成長を助けてくれるであろう。


しばらく空の旅を続けてきたロウたちの視界の先に、ようやく鬱蒼と広がるエルザード大森林が見えてきた。エルザード大森林を空から見ると、中心部にあるスレーン山の麓にある巨大な樹が目立っている。エルフたちが信仰する聖樹エルブで、他の木々の二倍ほどの高さを持っており、永く永くこの森を護ってきた神聖な大樹である。

その聖樹から少し離れた場所に王都シルファードがあるのだが、妖精族の認識阻害結界が働いているため、たとえ上空からでも人族が直接見ることは出来ない。もちろんロウの【邪眼】やゼロストの【第三の目】ではその全容が見えているのだが。


ロウは成竜姿のまま直接王都シルファードに降りるのも剣呑かと思ったが、樹木が生茂る森に成竜の巨体が着陸できそうな場所は無く仕方がないので王都近郊の平地、所謂検問所前の広場に降りることにした。

舞い降りてくるドラゴンに気付いたエルフの戦士たちが、慌てて戦闘準備に入っていくのが目に見えて分かるのだが、ロウの降下速度はそれらを上回り、慌てる兵士たちを余所に粉じんを舞い上げて門前に着陸させてもらった。

着陸してからロウは固有能力【変化】を使い、普段の小ドラゴンの姿ではなく黒狼の姿に変化する。一般の妖精族にはこちらの姿の方が馴染があり、余計な警戒を生まないだろうと考えたからだ。


王都を防衛するエルフの戦士たちが疾風のように集まってくる気配がある。それらに向けて【威圧】を込めず、寧ろ親愛の念を纏わせてロウは一声雄叫びを上げた。


「グオォォ。」『おす。』


隊列を組んで今にも矢を放とうとしていた戦士たちが黒狼の姿を見て、即座に敵意を霧散させた。

ロウ達を不審者として取り囲んでいた戦士たちが緊張を解くと同時に戦闘態勢を解除し、兵士の間から部隊の長が慌ててロウの元に駆け寄ってくる。彼もブリアニナ王国との戦争に参加しており戦場を駆け巡るキョウとロウの姿に見惚れた一人であった。


「こ、これはロウ様ではありませんか!!お戻りになられたのですか!?」

『ちと用事があな。客人と共に王様に会いたいのだが取り次いでもらえないかの。』

「もちろんです!ご案内しますのでこちらへどうぞ!」


自ら案内に立つつもりか、部隊長が王都に向けて歩き出した。他のエルフの戦士たちは黒狼姿のロウに対し直立不能の体勢で挨拶を行う。しかし戦士たちのその表情は皆笑顔であった。

そんな妖精族達の様子と、キノとカミュを背に乗せてどこか偉そうにして歩くロウを唖然とした表情でゼロフトとセイヤが見ていた。


(叔父様・・・ロウって妖精族まで従えているの?)

(い、いや、どうなのか。排他的と言われるエルフがここまで敬意を表すとは、ブリアニナ王国との戦争に参加したとは言っていたがロウは一体何をしたんだ?)


ゼロフトらの疑問を余所に、王都シルファードの門を潜るまでもエルフの戦士たちが次々とロウに声を掛け大歓迎ムードであった。何事もなく王都内に入り、そのまま王宮からの使いをしばらく待つよう言われて待つ間も次々と妖精族達から声を掛けられている。

やがて王宮の方から馬車が走ってくるのを見たロウは、今度は黒狼姿から過ごし慣れた小ドラゴンの姿に戻って人化したキノの頭の上にぶら下がった。


迎えに来た使いの者はロウの面識のない男だったが、促されるまま馬車に乗り王宮へと入っていく。

それ程時間を掛けず馬車を下りた四人と一匹は、王宮の中に通され長い長い廊下を進んだ末に、中庭に面した豪奢な作りの迎賓室へと通された。案内人に勧められるままふかふかのソファに身を沈めると、すぐさま秘書官のような女性がメイド達に茶のトレイを運ばせて現れ、応接の傍まで進みロウに向かって挨拶を行った。


「神獣様。憶えておいででしょうか?その節は大変お世話になりました。」

『ん?おおう!あの時のフレンの友ではないか。元気そうで見違えたぞ。』

「はい、シンシアースと申します。今はこうして王宮で務めさせて頂いております。私がこうしていられるのも全て神獣様のお陰、改めてお礼申し上げます。」


ロウが初めてファーレン王国を訪れたのは、エルフの女達に嵌められた隷属の首輪を外すためであった。あの時、隷属の首輪の締め付けで弱った女達は不信と恐れで全員が魔法を受けるのを躊躇していた。しかし、その中で真先にロウの魔法を受けてくれたのがフレンギースの友であるシンシアースであったはずだ。

その後、彼女達がルフェンラノス村で養生している時に何度か会い話もしたのだが、その時に比べると格段に健康的で表情も柔かく美しかった。


『元気に過ごせているなら何よりだ。それと我はロウだ。呼び捨てで構わんぞ。』

「そんな!畏れ多い事です。ろ、ロウ様のお陰で私は生きることに前向きになれたのです。私の恩人でございます。」

『ま、まぁそう気負わんでも良いぞ。それに恩人はおかしい、我は人ではないしな。』


そんな話をつらつらとし程よい香りの紅茶を楽しんでいると、閉じた扉の向こうからバタバタバタ・・・・と、廊下を全力で走る音が近付いてくる。

その音を聞いただけでその後の展開がどうなるのかを悟り、身の危険を感じとったロウは手近にいるゼロストの背中の陰に隠れようとした。が、ロウがソファから身を起こした瞬間部屋の扉が開けられ、疾風のように突入してきた何者かがロウを掴み取った。


「きゃーーー!!!ロウちゃん!!久し振り!!!元気だった?!」


ロウをその豊満な胸に押し付け、これでもかという位まで両腕で締め付けてくる女性。

白金級の冒険者ゼロフトでさえ目で追えないほどの速さで乱入してきた者は、もちろんこの国の王であるラフレシア女王であった。


『がっ!はなじで・・・ぐるじぃ・・・』


エルフ族最強の戦士でもあるラフレシア女王が全力で締め付けたのだ。ロウの意識が飛んでしまうのはあっという間であった。



『酷い目にあったぞ・・・』

「あら、美女の胸に抱かれて嬉しかったんじゃないの?」

『あんな力で締め付けられたら別の意味で気持ち良くなって死んでしまうわ!』

「ふふっ、相変わらず照れ屋さんですね~。」


毎度お馴染みのロウとラフレシア女王の夫婦漫才全開である。その姿を見て他の四人が呆気にとられていた。

あれからすぐに意識を取り戻したロウは、ラフレシア女王の膝の上にがっしりと固定されずっと背中を撫でられている。全く身動き取れない状態であるが、不思議とピッタリと収まっていた。

ロウはそのままの状態でラフレシア女王の前に座る四人を順に紹介していった。


『王様、こちらは白金級冒険者のゼロフト殿と姪御のセイヤ殿だ。で、キノは魔剣でな、訳あって我の眷属となった。』


大雑把な説明だが、人化した魔剣と聞いてラフレシア女王の目が怪しく妖艶に輝き、普段は物怖じなどしないキノが初めて怯えたような表情を見せる。

好奇心旺盛なこの女王は魔獣や魔剣が意思を持つとか変化するとか、新しい種族が生まれるとか、この世に起こる摩訶不可思議な現象が大好きなのだ。長く生きる妖精族の性なのか、そう言った知識欲は人一倍あるのだ。


また、そんなラフレシア女王だが、貴族以上と言われる白金級冒険者を前にしても、物怖じすることもなく、相変わらず柔らかい笑みを浮かべている。

流石女王の貫録、というものか。


「ゼロストです。ロウとは昵懇にさせてもらっている。まぁ飲み友達だな。」

「セ、セイヤです。私もロウさんに助けられて・・・。こちらでお手伝い出来ないかとやって参りました。」

「ロウ様の第八眷属魔剣キノでございます。末席ではありますが常にお傍に控えさせて頂いております。」

「誉れ高き竜人の御一族と人化する魔剣ですか。相変わらずロウちゃんの行く所は破天荒含みねぇ~。ゼロスト殿、御高名かねがね伺っておりますよ。セイヤさんもロウちゃんの虜なのね!キノちゃんは・・・後でゆっくりお話ししましょうね~。」

「いや、女王様とはかのジロール大戦時に一度お会いしている。あの時俺はまだ駆け出しの素人であったが、【閃光の妖精】の戦いぶりを間近に見て憧れを抱いていた一人だ。」

「まぁ、ゼロスト様もお上手ですわ。若気の至りと思いお忘れになって下さいませ。」

『そうなるとゼロフトより年上か?王様はいくつなの・・・・グエ!!!』


ロウのセリフと共にラフレシア女王の締め付けが強くなり、体が押し潰される程の力が伸し掛かる。恐る恐る見上げれば目だけ笑っていない女王が両腕に力を込めてロウを押さえつけていた。


「ロウちゃん・・・女の子に年齢を聞くなんて失礼ですよ・・・」


ロウは心底恐怖した。この世界に来て一番恐ろしいモノを見たかもしれない。そしてこれより後、ロウは妖精族の女性に対し、年齢について尋ねたり年が判るような昔話を聞いたりすることは一切しなかったという。


『・・・で、この子はカミュといい、顕現したばかりの再生魔法の使い手だ。我に懐いて付いて来てくれたのだが、きっとこの国にとって得難い人物となるし、王様の力になるはずだ。』

「あ、あの!初めまして!カミュです。よろしくお願いします!」


自分とは身分の違う王族を初めて見てガチガチに緊張したカミュが、ソファから立ち上がって勢い良く頭を下げる。

そんな姿に苦笑しつつ、カミュは孤児で魔人族と人間族の混血であること、魔法士組合とトラブルになりミルドイ王国から脱出する仕儀に陥った事などについて、ロウはラフレシア女王に包み隠さず全て話した。


「・・・カミュちゃん。本当に良いの?辛い場面も見ることになっちゃうのよ?」

「えっと、ロウさんからみんな苦しんで悲しんでつらい思いをしているって聞きました。わたしが役に立つなら一生懸命がんばります。」

「まぁまぁまぁ!!!なんて健気な子なんでしょう!!カミュちゃん、よろしくお願いね!貴女がいてくれたらどれだけの女の子達が救われるか・・・。この国に来てくれて本当にありがとう!」


ロウを解放してラフレシア女王が立ち上がり、カミュの手を取って礼を言う。拘束を解かれたロウはすぐに対面にいたキノの頭上へ避難した。

突然の事に面食らうカミュだが、女王の満面の笑みにつられてようやく硬さも取れ、はにかむように笑顔を見せる。そんな姿に室内がホンワカした雰囲気になるが、ゼロストが放った言葉で一瞬にして崩れ去った。


「だが待てロウ。魔法士組合と揉めたのはカミュではなくロウではないか。カミュは巻き込まれただけだからそこは訂正しないといけないと思うぞ。」

『・・・』

「どうせロウちゃんが暴れたんでしょう?分っていますわ、ゼロスト様。なにせロウちゃんはブリアニナ王国の王都でも大暴れでしたからね~。」

『ま、待て!あれは我ではないぞ!キョウの方がもっと暴れていたではないか!』


ロウがミルドイ王国で魔法士組合の支部を消滅させた事件の事を聞くと、さすがのラフレシア女王も目を見開いて驚いていたが、その原因となった魔法士達のカミュへの仕打ちを聞いた途端憤慨し、最後はロウの行為を全面的に擁護してくれる。

ファーレン王国にも魔法士組合は進出してきているが、この国ではカミュに一切手出しさせないよう通達することも約束してくれた。


妖精族の国が異種族のセイヤとカミュを受け入れ、救出部隊に参加することも快く了承してくれたので、この国に来た目的は達成されたと言っても良い。

話は自然に非正規奴隷救出部隊の話になっていくが、ロウがファーレン王国を離れ浮遊島に戻った後も、キョウを中心にして順調に成果を上げているようである。


『ところでキョウは遠征中かの?』

「そうなの。今回はサキュリス正教国に行っているわ。四、五日したら戻ってくるとフレンちゃんの精霊から連絡があったばかりよ。

『フレンギースと一緒か。相変わらず忙しい娘達だ。』

「ロウちゃんが作ってくれた魔道具のお陰で作戦の効率と成功率が格段に上がったわ。救い出した女の子達の首輪の締め付けを心配しないで良いのが大きいの。行動が速い分成功率も上がるのよ。」

『役に立っているのであれば何よりだ。』

「ん~、ただ色々と問題もあって・・・。全てが上手くいっている訳でもないのよね~。特に正教国辺りで、ね。」


サキュリス正教国は文字通り宗教国家である。

サキュリス正教は万能の神サキュリスを崇め、数千年も前に唯一サキュリス神と語らうことをを許された聖女がその会話内容を記したものを教典として人々の間に浸透してきた宗教である。


その教典の一節にこう記されている。

人間族である聖女を溺愛したサキュリス神は、種族能力が下位に位置している人間族に種族的優位能力を齎した。


一つは繁栄。

種の存続を確たるものにできるよう、繁殖期を無くし子孫を残すことを容易にした。

一つは知恵。

他種族に比べ、身体能力、魔法適正、寿命に劣る人間族は新しい魔法や魔道具、薬を生み出し、それを補ってきた。もちろん妖精族や魔人族にもそう言った知識や知恵はあるが、サキュリス神は人間族に様々な魔法術式を与え、優遇してきた。

一つは神託。

道に迷い悩んだ時、壁にぶつかり先に進めぬ時、直接神に問う事を許した。そして新しい道を示し、壁を打ち破る方を授けたのである。


サキュリス神の恩恵によって人間族は種族の劣等を克服し、この世界での版図を急速に拡大する事となったのである。

そしてサキュリス神が対価として求めたのは信仰である。彼らが神と崇める存在は、人々の信仰を糧として力、即ち神力を得ている。その思いが純粋で、かつ心に忠実な者であればあるほど、得られる力は大きいからだという。


これに対し他の六神は全ての種族を慈しみ、時に諭し、信仰の有る無しに関わらず人族がこの世界に住む事を許容してきた。例え妖精族が七神を主神とせず、自然界の精霊を信仰の対象としても、獣人族達が自分の力のみを信じても、魔人族に信仰心は存在せず、自分達の王だけを奉っていても、だ。

神々は寛容でそれら三族も信じる何かが存在すのであれば、人族の一員として認めてきたのである。


しかし、長い年月の間に神と近しくなったと勘違いしたサキュリス正教の信者達は、ある一つの思いに傾倒していく事になる。我々は神に選ばれた種族である、人間族こそがこの世界を統べる種族であると。

やがて彼らは一つ所に集まってきて大きな集団を作る。そこにいた他種族を排除して人間族たけの支配地域を造り、一宗教団体から国家へと変貌を遂げた。


これが信仰の名の元に強力な国家体制を築き上げたサキュリス正教国誕生の歴史である。


しかし、ファーレン王国とブリアニナ王国の戦争に介入したサキュリス正教国は、かの戦争で三百人近い精鋭魔法士を失い、窮地に立たされていた。

大陸から亜人も駆除し、ブリアニナ王国へは貸しが作る事が出来ると踏んだ一石二鳥の政策が、蓋を開けてみれば多大な犠牲を生んだだけで何の実入りもなかった愚行となり、周辺国には国力、特に軍事力の低下を露呈した形となってしまったのだ。

さらに、問題視されているのは、魔法士が実戦でモノになるまでは厳しい訓練を積み、それなりの年月と金が必要となるため、軍事力が低下してしまった状態がしばらく続いていくことである。


その補填として、とりあえず一般歩兵の徴兵を行い、さらに奴隷兵を新設することで戦力増強を図っているらしい。

そういった政策の裏で公然と奴隷狩りが行われ、少なくない人族、特に獣人族が数多く奴隷に堕とされたという噂が飛び交っているのだ。


正に旧ジロール帝国が推し進めた政策に酷似した流れである。

元々人間族至上主義を掲げる国なので人間族以外の種族は殆どいない国家であるが、ここに来て他種族を捕え奴隷にするならば、捕えられた者の扱いが非人道的となるのは火を見るより明らかである。


数か月前にサキュリス正教国から同胞を救い出してきたばかりのキョウが、再潜入の危険を推して再びサキュリス正教国に向ったのも、こうした噂の真偽を確かめる為でもあった。

たしかにキョウとロウが暗躍したブリアニナ王国での闇奴隷商人の粛正は、近隣各国に衝撃を与え非正規奴隷を手放す動きが広まっていった。それは数か月経った今ではゆっくりと大陸中に広がりを見せている。そんな中で人族至上主義国家の軍事力増強の動きは看過できるものではなかった。


今回の作戦はあくまで現状把握であり、いつもの様な非正規奴隷の救出は入っていない。情報収集が主な目的なので、キョウを含めて六人の少数精鋭部隊で出動していた。

救出部隊の中にはキョウによって非正規奴隷から解放された人間族もいて、キョウと共に人間族以外が目立ってしまう教国内の街中での隠密行動を担っていた。


「サキュリス正教国が軍備を急ぐのは、自国防衛のためではなく他国侵攻の準備でしょう。その標的はまず間違いなくここファーレン王国かマギヌス王国でしょうね。」


マギヌス王国は獣人族が治める国で、獣人族の他にドワーフ族など一部の妖精族や、もちろん人間族も住む広大な領地を有する混成国家だ。

この世界にいくつの国が存在するのか正確な数字を知る者がいるかどうかも判らないが、人間族以外の種族が国家を形成しているケースは少ない。二つの大陸と無数の小島、そして天空に浮かぶ浮遊島が三つあるが、ファーレン王国があるここ西大陸には少なくとも十四の国家と三つの連邦国があり、その内妖精族、獣人族が治める国は四国しかない。

それほどこの西大陸では数にモノを言わせて人間族が幅を利かせているのだ。

逆に東大陸の方に行けば人間族の人口がグッと減り、魔人族や獣人族の人口に比べ十分の一程度かそれ以下となるのである。


サキュリス教信者にとって究極の目標はこの西大陸を人間族だけが住まう地とし、亜人は全て東大陸に隔離することである。その目標を達成するための、最大の障害と言われているのが妖精族の国ファーレン王国と獣人族の国マギヌス王国なのである。

サキュリス正教国の軍事力は強大という訳ではないが、いざ戦を始めれば同じ人間族至上の考えを持つ国と手を組んで合同軍を組織してくるのは間違いないし、全世界のサキュリス教信者がゲリラ戦を仕掛けてくるのも侮れない。

それほど宗教国家とは厄介な存在なのだ。


さらにサキュリス正教国で確かめなければならない懸案がもう一つあった。


「それにね、ファーレン王国に異界からの召喚者がいるって、つまりキョウちゃんが召喚者であることも知られたみたいなの。」


ラフレシア女王はもう一つの懸念として、ファーレン王国に手を貸しているのが異界からの召喚者、つまりキョウであることが知られてしまっていることをロウに告げる。

召喚元のソシラン王国が異世界人の召喚を行ったことを公言する事もなく、キョウの姿を見た者が外見だけで異世界人と気付けるはずもないのに、サキュリス正教国の聖都サリスでは邪神の手先としてキョウの名が広まっているのだ。

ファーレン王国内でもキョウが召喚者であることを知る者は少ない。にも拘らずなぜキョウの存在をサキュリス正教国に知られたのか、その理由は今のところ良く判っていない。

これまでの調査で唯一掴んだ情報がサキュリス正教会の司教が『神託』を受けた、という事であった。


メサイナ神教やルード教でも各地の教会や主要都市の神殿で神託を受けることはある。だが、その殆どが具体性は無く、非常に曖昧なもので、特定の場所を示したり人物を特定したりするようなことは無かったはずだ。


この世界は前世とは違い、非常に不安定であり不確定であり不明瞭である事象が入り乱れている。それは魔法であったり迷宮であったり生物が習得できる【能力】であり、とにかく法則を無視して具現化する事象が多く存在するのだ。その中には当然ロウの様な『神獣』やキノのような意思を持つ『魔剣』の存在も含まれるのだが、神からの『神託』など正に危険な匂いがしてならない。

もしもこの噂が本当であれば、サキュリス教に神託が降りキョウの情報を信者に示したとなれば、この世界の神の一柱サキュリス神はキョウを敵と見做した事になる。


今回、危険を顧みずサキュリス正教国の調査に乗り出したのも、正教国がどのような方法でキョウの存在を知ったのか、それを確かめるためでもあるのだ。


『う~む、何となくだが・・・嫌な予感がするな。』


それはロウの人外たる危険予知能力であろう。

ロウがこの世界に来て一度も感じたことがない胸のざわめきは何なのか。遠く離れたキョウのことを想うと、それは言いようのない不安となってロウの瞳に影を落としたのである。


少し重い話になってしまったが、この国に来た本来の目的であるセイヤとカミュの救出部隊への参加が認められ、早速明日から他の隊員と合流し任務に就いて貰う事になった。

ラフレシア女王の指示でその場に救出部隊の副長が呼ばれ、やる気を漲らせたセイヤと若干不安そうなカミュを連れて迎賓室を出て行った。王宮内に部隊本部と宿舎があるらしく、早速今日からそこで生活を始めるのだとか。


迎賓室に残ったロウは、ラフレシア女王にファーレン王国の現況を聞き、ロウが治療したり助け出した女達の殆どが社会復帰できたことや、ルフェンラノス村での和紙の制作や香辛料の栽培が上手くいっていることを聞いてホッと安堵した。

ブリアニナ王国もあれ以来なりを潜め、軍事行動を起こすような情勢は無いことや、ロウの鉄槌に恐れをなした民が自ら所有している非正規奴隷を解放する動きが広がっているという事も良い情報である。


ロウとしては人族の闇の部分に関わることは不本意なことであるのだが、、関わってしまった部分があるなら、そこはその闇を払うための努力と行動は可能な限り行使するつもりであった。



ロウ達がファーレン王国に到着して二日が経ち、セイヤとカミュは救出部隊で様々な教育と訓練に赴き、ゼロストはシルファード近郊の【迷いの迷宮】に入り、この国で冒険者稼業を続けていた。

ロウはキョウ達が帰ってくるのを待つ間、相変わらず王宮の中庭で寝そべり惰眠を貪っているか、ラフレシア女王やシンシアースと甘いモノを頂きながら談笑しているかで、とにかくのんびりと過ごしていた。


今日も暇を見つけてやってきたラフレシア女王とお茶を飲みながら談笑していたのだが、突然周りが騒がしくなり、やがて中庭に慌てた様子のシンシアースと救出部隊の副隊長が駆けこんできた。


「ラフレシア様、大変です!!救出部隊がアストレール渓谷の国境付近でサキュリス正教国の聖光騎士団と接触して交戦となったとの精霊伝達が入りました!」

「・・・何故そんなところに聖光騎士団がいるのです?脱出経路は極秘だったはずですよ!」

「そ、それがフレンの連絡精霊によれば突然目の前に現れたと・・・。フレンはまるで転移魔法のようだったと言っていたそうです。」

「まさか!人間族が転移魔法を使えるなど聞いたことがないわ!」


転移魔法を使うのは精霊と契約している妖精族か、ロウのように転移の魔法陣を使う者だけのはずである。それが何故サキュリス正教国に転移魔法の使い手がいるのか。人間族の転移魔法の研究は全く進んでいないはずなのに。

さらに驚きなのはサキュリス正教国の聖光騎士団が現れた事である。

聖都にいる教皇の傍にあって、最後の盾となるべく守備を固めているサキュリス正教国最強と言われる魔法騎士団が、ファーレン王国近くの辺境地まで出張ってきたのだ。


あまりに衝撃的な報告にその場にいた全員が口を噤んで頭の中を整理していたのだが、そんな中、一人(一匹)だけ平静の体を保っていたロウが念話で宣言した。


『すまぬ、王様。我は今からキョウの元へ行ってくる。』


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