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26.憤怒


山の頂に光の線が走り、それが一カ所に集まってくるとそこから今日の陽が昇ってくる。何処の世界でも変わらない光景だが、竜の背に乗りながら空を飛びその光景を見る事が出来るのは、ほんの僅かな人だけであろう。


レミルグラン第二の都市ライーズを出たロウ達一行は、成竜化したロウの背に乗ってミルドイ王国ソルトの町を目指して飛んでいた。

昨晩の閉門間際にライーズを出発してから少し街を離れたところで仮眠をとり、深夜になって月明かりの中を飛んできたので、昼過ぎにはソルトの町に入れるはずである。

ロウはソルトの孤児院にいる人族と魔人族の混血であるカミュに、闇の沓者キョウがいるファーレン王国に付いて来てほしいと願ったのだが、その返事を聞きに行くためもう一度ソルトの町に戻っているのである。


もうすぐソルトの町が見えるか見えないかという距離まで来て、ロウの身体がビクンと震えた。


ロウは自分の作った武器や魔道具に魔力伝達の魔法陣を刻んでいる。この魔法陣は人族が常に放出している微量の魔力を吸収して緊急時の『ある魔法』を発動するのだが、魔力の流れが途絶えるとロウにもそれが判るようになっている。


今ロウが感じたのはカミュの魔力の断絶である。そしてカミュへ与えた魔道具とは義手しかない。一度装着してしまえば外す必要など全くないモノであるにも拘らず、短くない時間、持主の魔力を感知できないほど離れてしまったのである。


『カミュに何事か良くない事があったかもしれん!』

「何だと!?だが何故そんなことが判るのだ?」

『カミュの義手だ。アレには我の魔力も多少注ぎ込んでいる。カミュの魔力を感じなくなったのだ。』

「それは・・・つまりどういう事なのだ?」

『そう簡単に外れるモノではないが無理矢理外されたか、最悪カミュが死んだ可能性もある。』

「なっ!そんなことまで判るのか。ロウの事だから我々では理解もつかぬ能力があるのは当たり前なのだろうが・・・。」

『ちと急ぐぞ。』


ロウは皆を背中に乗せたまま、北東の空を目指してさらに速度を上げて飛んで行った。


やがてミルドイ王国領に入り、地形を見ながらソルトの町近くまでくると、ロウは一旦ゼロフトとセイヤを降ろしてから、固有スキル【透明化】と【隠蔽】を発動し、キノを魔剣化させてから再び飛び立った。


町の防護壁を飛び越えて孤児院までくると、そのまま庭に着陸する。

上空にいるときから分っていたが、カミュの気配が随分と弱弱しく感じられる。再び小ドラゴンの姿となったロウは透明化を解き、擬人化したキノと連れ立って孤児院の中に入っていった。


子供たちは突然戻ってきたロウとキノに歓声を上げながらも、その表情は今にも泣きそうに歪んでいる。


「キノ姉ちゃん!!カミュ姉が!!カミュ姉が!!」

『皆、落ち着くのだ。泣くでない。』


ロウは初めて子供たちに念話で話しかけ、頭の中に聞こえた声に訳分らずポカンとしている子供たちを置いてカミュの部屋へと入っていく。


カミュの部屋にはユリムとサレジーナ、そしてレミストレナ女史がベッドの傍で膝を付き、悲痛な表情で項垂れていた。突然入ってきたロウとキノに驚きつつも、ユリムは泣きながら何とかして、と叫びながらキノに抱き付いてきた。


そしてベッドに上には・・・酷い状態だった。身体のあちらこちらを包帯で巻かれたカミュが横たわっている。

漆黒の髪は殆ど焼かれて失われ、体中に酷い火傷を負っている。それに加えて刃物か風魔法で斬られたような傷口まであった。正に生きているのが不思議なほどの大怪我である。

そして、ロウが与えた右腕はまるで引き千切られたような傷跡を残し無くなっている。


『カミュ!!しっかりするのだ!今直してやるでな!』


ロウはカミュの傷を治すべく、自分の持つ古代魔法の【治癒】【再生】【浄化】と【身体強化】【魔力循環】の魔法陣を次々に発動させた。

カミュの周りに次々と浮かび上がる魔法陣が淡く輝き、部屋の中は幻想的な光に包まれる。

カミュの火傷で爛れた皮膚が急速に再生され、焼けてなくなっていた髪も元に戻っていく。斬られた傷も傷跡が残らないまで塞がったが、肌の色だけはまるて血が通っていないように白い。


傷は癒えても失われた血液までは戻らない。ロウはさらに【魔力供給】の魔法陣を発動し自分の魔力、不死竜の魔力を与えてカミュの血の代用とし、とにかくカミュの危機的状態を脱しようとした。内包魔力量が少ない人間族では無理でも魔力の多い魔人族なら魔力を血液の代用とすることは可能なはずだ。

徐々に元の青みがかった肌が戻ってきた。


「う・・・あぁぁ・・」

『っ!気か付いたかカミュよ。間に合ってよかったぞ!』

「あぁぁ・・・ろ、ろ・・う?」

『まだ喋るでない!ゆっくり息を吸って、そう、力を抜くのだ。』

「ご・・・め・・なさ・・。うで・・とられて・・・」


カミュが途切れ途切れで言葉を絞り出したその一瞬、部屋の中の温度が急速に下がったような空気になり、部屋にいたユリム達も息を呑んで身を固くするが、直ぐに元の状態に戻ったので何事だったのかと周囲を見渡している。


カミュの言葉でロウは全てを理解した。

何者かがカミュを襲い、大怪我を負わせて義手を奪って行ったのだ。全身の火傷は火魔法で、裂傷は風魔法で攻撃された事で間違いない。そして何の目的かカミュの義手を無理矢理引き千切り奪って行ったのだ。


大怪我をして衰弱したカミュが、何とか意識を取り戻して真先にした事がロウへの謝罪とは・・・。

ロウはこの名もない世界で目覚めてから、初めて本気で怒りを現したのかもしれない。


(こんな子供に対して攻撃魔法を仕掛けるとは。許せん・・・許せんぞ!)


ロウはもう一度カミュに回復魔法をかけ、呼吸が落ち着いたことを確認すると、背後で泣いているユリム達に尋ねた。


『カミュに何があったのだ?』

「はい・・・体調が良くなったカミュを連れて今日は町へお買い物に出かけたんです・・・」


サレジーナが泣きながら今日の朝方に起きた事を話し出した。

義手を装着したカミュは見違えるように元気になり、孤児院の中でも掃除や洗濯、年下の子供の面倒をよく見るようになった。庭の畑の手伝いも出来るようになり、久しぶりに町に出てみたいと言うので買物に付き合ってもらう事にしたという。

カミュはロウの言い付け通り【隠蔽】の能力を使って自分の存在を認識できないようにし、久し振りに見た朝市の喧騒と活気に興奮しなからサレジーナと共に買物を楽しんでいた。


事件は商業区の外れ、孤児院がある貧民区に入る直前で起きた。

スキップして前を行くカミュの前に突然三人の前に赤裏地のローブを羽織った魔法士三人が立ち塞がった。赤裏地ローブは魔法士組合が支給する認定証のようなもので、少なくとも一つの属性魔法を使いこなす者に与えられる物だ。


「おい、何故ここに魔人族がいる。」


魔法士達は高圧的な態度でカミュに問いかけるが、突然大人に威圧されてカミュは怖くて声が出せず、咄嗟にサレジーナの元へ逃げようとした。

背中を見せたカミュの腕を掴み、暴れるカミュを人目のない死角へ連れて行こうとする三人にサレジーナが止めようと追い縋ったが、もう一人の男に突き飛ばされ、家の壁に激突して意識が朦朧としている間にカミュは裏路地に連れ込まれたのである。


どうやらこの三人の魔法士の中に【鑑定】能力を持つ者がいて、偶々覗いたカミュの種族が半魔人族であるうえ、義手が特殊な魔法媒体であることを知ったのだろう。


三人とも熱心な人間族至上主義という訳ではないが、多くの人間族がそうであるように、会ったこともない魔人族に対して良い印象を持っておらず、寧ろ魔獣を操り人間族を襲ってくる凶悪な種族だという誤った認識を持っていた。

混血とはいえ魔人族がこの町にいるのは何か企みがあるのではないかと無理矢理裏通りへ連れ込み、歪んだ正義感から尋問しようとしたのだった。


しかし、暴れるカミュが倒れたサレジーナを見て何かを叫ぶと、カミュの義手が淡く光り、そこに魔力が集まり出したのだ。

この時カミュはロウから再生魔法の才能があると聞いていたので、壁に打ち付けられ倒れて動かないサレジーナを助けようと再生魔法が使えるよう願い、魔力を収束させたに過ぎない。


だが、この事を感知した三人は、カミュが何らかの攻撃魔法を仕掛けてくるのだと思い咄嗟に反撃したのである。もし攻撃魔法を発動するなら詠唱が必要なのに、そんな事すら気付かない三人はカミュに向かって魔法で火球と風刃を打ち出したのだ。


三人からの魔法攻撃をその身に直接受けたカミュは炎に包まれ、風刃で胸や足を斬られてその場に倒れ込んだ。命があったのはこの三人の魔法習熟度が低く初歩の詠唱しかできなかったのと、魔人族の血を持つカミュの基礎身体能力の高さであろう。それでも背中と咄嗟に庇った顔以外全身の殆どを火傷し、足の裂傷は骨まで達していた。


「ど、どうだ?!やったか!?」

「魔法攻撃をまともに喰らったんだ。たとえ魔人族でも只では済まないはずだ!」


カミュが動かないのを見て安心したのか三人は倒れているカミュに近付き、そこだけは傷一つなく光沢を湛えている義手を見つめる。


「魔人族が何故こんな精巧な魔道具を持っているのだ?何かの魔法発動媒体か?」

「どうせ盗んできたかドワーフあたりを騙して作らせたんだろう。鑑定ではこれはミスリル製の魔法発動媒体だぞ。相当な金になるかもな。」

「それよりも自然な動きをしていたぞ。構造はどうなっている。」


そう言った一人が義手を掴み、そのままでは中々外れない義手を無理矢理引き千切って持ち上げた。


「しかし、さすがに町中で魔法を使ったのは拙いな。誰かに見られる前に戻るぞ。」


男達が風のように去り、漸く意識がはっきりしてきたサレジーナが見たのは言葉では言い表せないほど酷い状態のカミュであった。



ゼロストとセイヤも孤児院に到着し、カミュに起った事件のあらましを聞いて怒りを露わにしている。

しかし、それ以上にロウの怒りが激しい。

決して先程のように怒気や殺気が溢れ出ている訳でも、言葉に出している訳でもない。ただ、ロウの鱗の間から黒い炎のような魔力が溢れ出ている。それが小ドラゴン姿のロウを覆い、今にも爆発しそうな緊張を撒き散らしていた。


余りに張り詰めた空気に誰もがロウに声を掛けようとして思い留まり、無言の時が過ぎていく。

どれ位時間が過ぎたのか、それともほんの一瞬の間だったのか、静寂を破ってそこにいる全員にロウの念話が聞こえてきた。


『魔法士組合が何処にあるか知っているか?』


ロウがレミストレナ女史に尋ねると、彼女はさらに腹立たしい事実を告げる。

魔法士組合は冒険者組合ほどではないが、各国各町に支部を置く組織で魔法を使う人間族なら殆どの者が登録している組織で魔法の研究や薬師、錬金術師の育成、冒険者組合への魔法士の斡旋などを行っている。


元々魔法適性者が少ない人間族が、魔法に対する知識を深め、人間族でも使える魔法を増やしていこうと立ち上げたのだが、幅広く優秀な人材を受け入れるという基本理念は薄れ、を使う事が出来る人間族のエリートの集まりという意識に変わってしまっていた。


人間族が魔法を使うには、持って生まれた才能とそれなりの知識、訓練が必要となる。いくら才能が有っても魔法発動の概念を知らなければ魔法は発動しないし、魔力操作を覚えなければ小規模な魔法となるか一気に魔力を奪われる効率の悪い魔法が発動してしまうのだ。

だから人間族は学院で学んだり優秀な魔法士を雇って個人的に教えを請うたりして魔法を習得するのだが、それには少なくない金が必要で一般人などとても出せるものではない。


ユリムやサレジーナが魔法適性は有っても魔法が使えなかったのはこの為である。勿論冒険者の中にも魔法使いはいるが、彼らは生まれ持った才能を独自に研鑽し、血の滲むような努力をして実用レベルまで引き上げたのだ。

つまり、現在の魔法士組合は貴族の後継になれない子弟や富裕層の我儘子息女が集まった選民思考集団になっているのである。特にこの町では領主自らも魔法士であることから組合のエリーティズムは顕著で、町の住民も冒険者組合もはっきりとモノを言えない雰囲気だそうだ。


「魔法士組合はこの町の北端部、この辺りを治めるトルフェス伯の屋敷近くにあります。トルフェス伯はご自身も魔法士ですので、組合と伯爵様とは親密な関係なのです。」

『うむ、関係ないな。キノ、お前はゼロストたちと共に此処を守ってくれ。』

「おい・・・ロウ、まさか魔法士組合に殴り込む心算か?」

『殴り込みではない。潰すのだよ。』

「な!そんな事をすれば大陸全土の魔法士が敵に回るぞ!高飛車な奴らだがそれなりの戦闘力は持っているし、組合所属の構成員も冒険者ほどではないかそれなりに多いぞ。」

『ならば我に向かってくる奴らはすべて消し去るのみ。』


普段のロウとは違い、暗く殺気の籠った意識を隠そうとしない。今のロウは人族のモノとは全く異なる邪な波動、黒い魔力の集合体であった。

その魔力は白金級冒険者であり、あらゆる修羅場をくぐったゼロストすら体が硬直して動けないほど強力なものである。


小ドラゴンのロウが黒い魔力を纏いながら外へと飛んで行く。

孤児院の外はまだ日中だというのに薄暗く、空を見上げればこの町の空を覆つくした暗雲が陽の光を隠し、上空で渦を描くように流れている。風はまるで台風の如く向きを変え強さを変え町中で吹き荒れていて、道端の埃や塵を巻き上げ、街路樹を左右に大きく揺らしていた。

市場では吹き荒れる風に露店が素早く店をたたみ、大店は開け広げていた入口の扉や部屋の窓を慌てて閉じて、何事かと様子を伺っている。町人たちの顔には異様な天候の変化に対する不安と恐れがあった。


そんな強風も意に介さず、ロウは渦巻く雲の中心に向かって上昇していく。やがて小ドラゴンの姿が雲の中に呑まれると、暗雲の渦に同調するかのように巨大な魔法陣が浮かび上がり、獣の咆哮がソルトの町中に響き渡った。


「GYAAAAAAAAA!!!!!!」


身を凍らすような咆哮を聞いて慌てて建物の外に出てきたこの街の人々の目に映ったモノ、暗雲の中から這い出してきたのは九つの首を持つ竜、厄災の不死竜ヒュドラであった。


空中で静止したヒュドラはまるで町全体を覆うように【威圧】を向けると、町の北側、領主館と魔法士組合の間に向けて炎風のブレスを吐き出した。炎の帯は領主の館を掠め、北防護壁を吹き飛ばして街外の平原を火の海に変えた。

咆哮とは別の轟音が町中に響き渡り、地震のような衝撃と共に北の空が真赤に染まる。空を見上げる住民の目には、まるで黒い竜が赤い血の海の中を泳いでいるかのように映った。


その黒い九首竜がゆっくりと下降してくる。

十八ある眼は全て領主館から然程離れていない黒い三階建ての建物、魔法士組合の支部に注がれていた。


本来の姿に戻ったロウは、下降しながら直径40mにもなる白い魔法陣を出現させると魔法士組合の建物の上に制止させ、円筒状に固有能力【障壁】を発動し、障壁内部から何人も出る事が出来ないよう結界を張り巡らした。

建物の中には四十人程の反応がある。ロウの固有能力【邪眼】の能力を使うまでもなくこの建物の二階にある部屋にカミュに与えた義手があることも分っていた。


隣りの領主館の広い庭園に着地すると、背中から触手を伸ばしいきなり横薙ぎに振い、魔法士組合の屋根を吹き飛ばした。三階には六部屋あり中にいたのは三人で皆頭を押さえて床に蹲っていた。

ひと際高級そうな光沢のあるローブを羽織った男と若い女が二人。おそらくここの支部長とその秘書と言ったところであろう。何が起こったのかと周囲を見渡す三人の目に巨大な九首竜の姿が映った。


「「「ひっ!!ひぃぃっ!!」」」


上から見下ろす九首竜を見て悲鳴を上げ逃げようとしたのだが、腰が抜けて上手く走る事が出来ず尻餅をついた。無様な格好で這いつくばり、あたふた逃げようとする三人に、ロウは気絶しない程度の【威圧】を放ちながらここの支部長と思われる男に念話で話しかけた。


『貴様がこの盗賊集団の代表だな。お前たちが盗んでいったモノを返して貰うぞ。』

「と、盗賊!?こ、ここは魔法士組合だ!!な、何を言っている・・・・ひっ!ひひゃゃゃ!!」


ロウは組合支部長を触手で摘み上げる。そのまま目前まで持ってきてもう一度咆哮を浴びせた。秘書の女二人は這う体で階段に向かい、階下へと文字通り転がるように落ちていく。


『我の友に与えた義手を盗んでいったではないか。貴様らなど魔法士などではない、人のモノを力で奪うただの盗賊であろう!』

「な!なんのこと・・・まさか!!あの腕!魔道具!!!」

『ようやく気付いたようだな。貴様の部下が我の友を襲い、大怪我を負わせたうえで奪って行ったモノだ。知らぬとは言わせん!この階下にあることも我の目が見通しているぞ。』

「まっ!待ってくれ!あれは魔人族が・・・ぎゃっ!!」


ロウは死なない程度に電撃を流して支部長を気絶させると、この男が持つ魔法系能力である火魔法と風魔法、さらに魔力回復という特殊能力を、自分の固有能力【吸収】を使って消去する。


この【吸収】という能力は本来、相手の生命力や魔力を吸収して自分のものにするロウの固有能力だが、相手の持つ固有、特殊、通常能力をも吸収する事が出来る。吸収したものを自分の能力にすることなどは出来ないので、ロウは【消去】と呼んでいるが。

人族が持つ通常能力や特殊能力は何らかのきっかけでまず「素質」として発現し、その後研鑽を積むことで初めて能力として獲得する事が出来るものだ。人族なら誰でも「素質」は持っていると言われているので、この男ももう一度ゼロから努力すれば再び能力を獲得する事が出来るであろう。


屋根を吹き飛ばされた建物の中から蟻のように組合員たちが駆け出てくる。そのまま建物から遠ざかろうと走っていくのだが、ロウが張り巡らした障壁に阻まれてそれ以上逃げる事が出来ないと分かると今度は全員がパニック状態になり、障壁に向かって魔法攻撃を始め、跳ね返えされた炎や風刃が仲間を傷つけるという阿鼻叫喚を呈していた。

中にはロウに向けて闇雲に攻撃をしてくる者もいるが、目は血走って言葉にならない叫び声を上げており、恐怖のためかもはや正常な思考が出来ない状態のようだ。


今、建物の中にいるのはカミュの義手が置いてある部屋にいる三人だけになった。

ロウは再び触手を横薙ぎに振るって三階部分を破壊していき、二階フロアを露出させた。一つの部屋に固まって蹲る三人の男と、机の上に置かれたカミュの義手が見える。

何故この男達だけが建物の外へ逃げなかったのか。ロウはこの部屋だけ別の障壁を張り、この三人が逃げられない様にしていたのだ。


『貴様等がカミュを傷付け、我が与えた義手を奪って行った盗人か。』

「ひゃっ!!ひっ!ひっ!!」

『幼い女子を魔法で攻撃し大怪我を負わせたうえ盗みを働くとはな・・・それが魔法士組合の所業とは笑わせてくれる。ただの盗賊と変わらぬな。』

「はっ!!は・・・はひ・・・・」

『貴様らもカミュと同じ痛みと苦しみを味わうがいい!!』

「え?い!!いだぁぁぁぁぁぁ!!!」「ぎゃぁぁぁ!!!!」


ロウは三人を摘み上げると触手を分岐させ、男達の右腕を引き千切った。さらに男達の持つ能力である火魔法、風魔法、鑑定能力などを全て消滅させた上で、凄惨な光景を見せられ恐怖で固まった他の魔法士たちの前へと投げ捨てた。

三人とも余りの激痛に気絶すら出来ず、そのまま腕を抑えて転げまわっている。回復薬もかけてやれば少しは楽になるのだろうが、パニック状態の仲間たちにそんなことを思いつく気の利いた者はいなかった。


この時になって漸く領主館から領兵が飛び出してくるのが見える。

百人規模の兵が甲冑を身に着け、剣を抜いてロウの側面目掛けて駆け出してきたが、平和ボケなのか隊列も組めず一人一人がただがむしゃらに突っ込んでくるだけで、まるで蟻が象に群がる姿を連想させた。


ロウは意に介さず、障壁を張ったり触手で打ち払うようなことはしない。カミュの義手を拾い上げ、壊されたり異常がないか入念に調べ上げている。

兵士達が目を血走らせ決死の表情で走り、やがてロウの巨体に辿り着いた者から槍や剣で突き始めるが、体を覆う硬い鱗に跳ね返され傷を付けることすら出来ない。何人かは魔法の心得があるようで火球や風の刃を飛ばしてくるが、やはり無意味な攻撃であった。

しばらくして自分の身体に纏わり付く領兵が鬱陶しくなったのか、ロウは魔法士組合の建物を覆っていた障壁を解除し、巨大な羽を広げて二回ほど羽ばたくと周囲に暴風が吹き荒れて周囲の木々は倒れ、殆どの兵士や魔法士達が数メートルも吹き飛ばされてしまった。


カミュの義手を取り戻したロウは、触手を振り回して魔法士組合の建物を徹底的に破壊する。何度も何度も触手を打ち付けて粉々になるまで。そして再び炎風のブレスを吐いて吹き飛ばし、組合の敷地にあったモノは全て消滅させたのであった。

組合支部の中には研究中の魔道具や貴重な魔道書など、魔法士にとって命にも替え難いモノが数多くあったのだが、わずか数十分の間に灰燼に帰してしまったのだ。


破壊の限りを尽くしたロウは、焼け焦げた更地になってしまった組合支部の、余りに無残な状態に呆然と立ち竦む魔道士達に九つの首を回して睨み付けた。


『今後、貴様等魔法士組合は我の敵と見做す。我の目の前に組合の人間が現れれば無条件に殺す。我や我に属する者達、我と知己を持つ者に敵意を向けるなら組織ごとこの世から消滅させてくれるぞ。』


その場にいた全員に向けた念話でロウが一方的に宣言し、一か所に固まって動きが取れない魔法士達に【威圧】を浴びせると、ほとんどの者が失神し何とか意識を保った者も体に力が入らずその場に崩れ落ちた。

そしてロウは羽を広げて舞い上がり、ヒュドラ出現からずっと空で渦巻いていた暗雲の中に消えて行ったのである。


雲に飲み込まれていく九首竜を見ながらゼロフト、セイヤ、キノの三人が呟いた。


「ロウの奴、派手にやったな・・・。」

「あ、あんなの・・・あれがロウさんなの・・・」

「私もロウ様の本当のお姿を初めて見ました!!なんと凛々しい・・・」


孤児院の近くにある防護壁の上に三人が並んで立ち、巨大な九首竜が暴れまわっているのを遠目に見ていた。この街は南側へ緩い勾配で下っており、高台にある領主館の様子はどこでも見る事が出来る。

三者三様の評価だが、ロウの本来の姿に圧倒されている事だけは変わりはない。普段、自分達と言葉を交わしているロウとは全く別者の存在感、強大な魔力の波動がこの町の外れまで伝播し、ロウの激しい怒りの感情が充満していた。


それはこの町の住人にとっても同じで、お伽噺や伝説でしかなかった厄災の不死竜ヒュドラを実際に目撃し、ヒュドラの「悪意ある」波動に恐怖と不安で身を竦ませるしか術がない。人族最強と言われる白金級冒険者として並び立つゼロストすら指先が震えている。

正に『厄災の不死竜』が成せる所業であった。


そんな三人の気持ちを知ってか知らずか、突然厄災の不死竜の気配が嘘のように掻き消える。

それと同時に、上空にいつもと同じこれまで慣れ親しんだロウの気配を感じたので見上げると、いつもの小ドラゴン姿に変化したロウが舞い降りてきた。

定位置であるキノの頭の上に着地したロウは先ほどの禍々しい黒い魔力の炎は無く、さっきまで激昂して無慈悲に破壊行為を行っていたヒュドラと同じ生物とは思えないほどいつも通りのお恍けた雰囲気に戻っていた。


『ふむ、少しは溜飲が下がったぞ。義手も取り戻してきた。』

「・・・あれだけやって少しだけか。ロウよ、全人族を敵に回したような禍々しい姿だったぞ。」

『あれでも他に被害が出ぬよう加減はしたのだ。たぶん人死は無いはずだぞ。』


奪い返したカミュの義手を、褒めてくれと云わんばかりに短い手で自慢げに掲げるロウ。

それを呆れ顔で見たゼロフトは溜息と共に緊張を解き、何か諦めたような、達観してしまったような口調で皆に告げた。


「さぁ、孤児院に戻ろうか。今後も含めて話し合わなければならない事が山ほどできた。」


ゼロフトの言葉を聞いて三人と一匹は防護壁から飛び降りて孤児院に向かうのであった。



孤児院戻ると子供達も含め皆不安そうに一部屋に固まって肩を寄せ合っていた。

それでもカミュの腕を持ったキノの姿を見るとほとんどの子供に笑顔が戻り、カミュの腕を取り戻してくれたキノを絶賛している。

そんな子供達にキノは小さな胸をはって得意げに、ロウが不死竜ヒュドラの姿になって正義の味方宜しく悪人をやっつけて義手を取り戻したこと語り聞かせている。


更に詳しく演説を始めようとしたキノを引張ってロウ達はカミュのいる部屋へと入っていく。

ロウの魔法によって回復したカミュは今だにベッドの上にあり、腕を奪われたショックで表情は曇り、膝を抱えて塞ぎこんでいた。

しかし、小ドラゴンのロウがカミュの立てた膝の上に立って短い指で丸を作り、キノが取り戻した義手を掲げて微笑むと、泣き腫らして真赤になった目をロウとキノに向け、再び顔をグシャグシャにして泣き始めた。


「ロウざ・・ん、あ、あじがど・・・ありが・・・」

『うむ、悪い人はきっちりとお仕置きしてきたからな!二度とカミュの近くに寄ってくることは無いぞ。』


ボロボロと大粒の涙を流しながらロウを抱き寄せるカミュに念話で優しく語り掛ける。

魔法士達に奪われた義手は傷一つなく無事にカミュの元に戻り、改めて装着すると昨日までと変わらない自然な動きを見せた。

ここで漸くカミュに笑顔が戻り、ロウ達も孤児院の子供達も表情を和ませる。皆に笑顔が戻り安心した元気一杯な子供達は、さっきまでの沈んだ空気など無かったかのように庭に出て行ったり、年長組は夕食の手伝いに行ったり普段の生活に戻っていく。


それからしばらくして、元の通り落ち着いた孤児院の院長室にロウ達一行とレミストレナ女史そしてカミュが集まり、今日の出来事と今後の行動について話し合いが行われていた。

ロウが一番心配しているのは、この孤児院が領主や貴族、魔法士組合から何らかの圧力や嫌がらせ、または排斥行為を受ける事である。魔法士組合の支部長は、この町の領主であるトルフェス伯の弟に嫁いだ貴族家の出で姻戚関係にあたるため、報復の目がこの孤児院に向けられる可能性は捨てきれないのだ。

カミュがこの孤児院にいることは少し調べればすぐに明らかになることであり、当然憲兵なり領兵なりがカミュを拘束しようとやって来ることは間違いないだろう。


「ロウよ、孤児院については俺に考えがある。この孤児院に手出しできないようにするのは簡単だ。俺がこの孤児院の代表になればいいのだ。勿論名前だけにはなるがな。」

『なんと・・・白金級という肩書はそれ程の物なのか?』

「ロウさん、白金級の冒険者ともなれば一領主程度が何とか出来る相手ではないのです。それも叔父様ほど高名ならこの国の王族位でなければ対等に話せるかどうか・・・。」

『・・・ヤバい。我はゼロストとはダメ口で話していたぞ。』


白金級という名の強大さを改めて知り、恐る恐る自分を見上げてくるロウを見て、ゼロストは豪快に笑い出した。


「はっはっはっ!!ロウよ、今更ではないか!良いのだ。何せお前と俺は友なのだからな!」

『おおう!大目に見てくれるか!感謝である!』


とにかく、ゼロストは孤児院の土地と権利を買取り、孤児院の代表となることになった。土地売買は商業組合へ、権利譲渡はメサイナ教の教会に行けば手続きが出来るらしい。

貧民街の土地で教会管理となると金貨二十枚から三十枚にはなるらしいが、思っている以上にゼロストは大金持ちらしく、金貨三十枚程度の譲渡金など何の問題も無いのだという。

白金級冒険者のゼロストが運営する孤児院となれば、たとえ領主と言えど無体な圧力をかけてくることは出来ない。冒険者組合とは持ちつ持たれつ適度な距離感で共闘しなければ、このソルトくらいの規模の町は防衛面でも経済面でも立ち行かなくなるからだ。


『孤児院の方はゼロストのお陰で何とかなりそうだが・・・カミュよ、少しは考えてくれたか?』

「ひゃい!あの・・・えっと・・・」

「カミュ。自分の考えていることを正直にお話ししていいのよ。どんな道を選んでも、この孤児院の皆が貴女の味方なのですから。」


レミストレナ女史はいつもと変わらない慈愛に満ちた笑顔を湛えながら、中々気持ちを言い出せないカミュの肩に手を置いて言葉をかける。暫しその笑顔を見つめていたカミュは、意を決したようにロウに向き直り、しっかりとした口調で話し始めた。


「ロウさん、わたしに腕を作ってくれてありがとうございました。病気も治してくれてありがとうございました。」

『うむ。』

「わたし、お母さんに捨てられて独りぼっちだったけど、院長先生がここに住まわせてくれてみんなと家族になれました。人間族じゃないし腕が無かったけどみんな優しかったの。」

『・・・』

「だから、ロウさんが腕を与えてくれたから、みんなのお手伝いして恩返ししたくて、だからこの孤児院を離れたくありません。」


カミュはその綺麗な紅い瞳で真直ぐロウを見て言ったのであった。


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