25.報復
空から見下ろしている景色には陸地は無く、海と空と雲があるだけである。
この場所が地球であれ異世界であれ、どんな世界でも海と空の境界、水平線は美しい。それが正に陽が昇る瞬間、一斉に光が瞬き出す時であれば尚更だった。
この世界で空を飛べる者は召喚術士か飛竜を操る魔獣使いくらいで、空を飛ぶ術を持たぬ人族は、空にこんな綺麗な景色があることを知らず、地の上を這って生きていかなければならない。
不死竜ヒュドラたるロウが【変化】した黒竜の背に乗るゼロフトとセイヤは、その美しい景色を目の当りにし、感嘆の溜息を漏らした。
海岸線の上空を成竜形態で飛行するロウの周りには障壁が張ってあるため、背中に乗る三人にはそよ風ほどしか感じる事がない。頬を撫でるその風が気持ちよく、竜の背中から見渡す壮大な景色を引立てる絶妙なスパイスとなっていた。
◆
レミルグラン王国は自由都市国家セイギャロンの西に位置する国で、海路で五日、陸路なら八日ほど離れている。
グリッシス大河という総延長600km、最大川幅400mにも及ぶ川を中心に栄えた国で、内陸部の王都ザムル、沿岸部のライーズを筆頭に人口十万を超える二つの大都市と二十の領地で構成される中規模国家である。
主産業であるムギや茶葉、果実酒の原料となるブドウやその他穀物類の輸送に利用するため、大河の両側に人口運河を張り巡らし水上交通を発展の礎としてきた国で、海岸を擁する沿岸部では塩田も作られ、国の外価獲得の要となっている。
レミルグラン第二の都市ライーズは海に面していて港を持ち、さらに陸路は西大陸横断街道沿いにあり、陸上交通の要所であることから多くの商人が住まう『商業交易の街』として発展してきた。
東大陸から運ばれてくる物資には農産物や鉱石、繊維や魔獣の素材など多岐にわたるが、その中には「人」も含まれている。もちろんその逆でこの港から別の町へと送られてしまうものもいた。
その殆どが密輸入船で運ばれてくるため、非合法であることは明らかなのだが、腐敗した港役人は僅かな金でこれを見逃し、港の一角で係留することを黙認してきたのだ。
セイヤが冒険者活動をするようになったのは、竜人族の国だけでなくもっといろんな世界を見てみたいと思っていたからで、一つ所に留まらず一つでも多くの国を廻ろうと旅を続けてきた。もちろん外の世界に憧れたのは白金冒険者となった叔父のゼロフトの影響があったことは否めない。
気の向くままレミルグラン王国に入り、迷宮攻略や未開地の調査をしながらしばらく過ごし、次の国へ行こうと海路を選び、この港町にやってきたのである。
しかし、東に向かう丁度良い船が無く、たまたま宿が一緒になって知り合った女冒険者のメリアヌズと、時間つぶしのつもりで受けた依頼が行商人の護衛依頼で、近郊の村へ往復三日の簡単な仕事だった。
村を制圧していたのはライーズを拠点としていた闇奴隷商人の一派で、その時一緒に依頼を受けたもう一つの冒険者三人組と、パーティを組んだメリアヌズも闇奴隷商人と関わっていたのは疑う余地のない事であった。
幼い子供を含む大勢の村人を盾に取られ、成す術なく捕えられたセイヤもライーズから航路で自由都市国家セイギャロンへ運ばれたのである。
◆
ミルドイ王国ソルトの町を出てまる一夜空を飛んできたロウは、ライーズ近郊で着陸し皆を降ろしてからすぐに小ドラゴンの姿に戻り、疲れたと一言言い残してキノが身に着けているフードの中で丸くなってしまった。
キノがいつも着ている服は鞘が変化した真赤なハーフドレスである。そんなものを着ている姿で街を歩けば目立ってしまうので、ソルトの町でごく一般的に売られているフード付きマントを買って身に着けていた。
町に入る際の検問の列に並んだのだが、三人の中でセイヤだけは提示する身分証明書がない。彼女の冒険者証は闇奴隷商人に捕まった際に装備と共に奪われていたからだ。
当然、検問所では身分証の提示を求められたが、白金級冒険者であるゼロストの威光か、血縁者だというゼロストの言葉に特に詮議もされずに街の中へ入る事が出来た。
ゼロフトらは真直ぐ冒険者組合に向かう。早朝のこの時間、組合の受付窓口は混雑しているのだが、迷宮が無く魔獣が多く生息するエリアも遠いこの街では、魔獣の調査や討伐依頼は少なく商人たちの護衛依頼が多いいためか、よその組合よりも人族の数は少なく感じる。
まずゼロストだけが組合の中に入っていくと、騒がしかったフロアが徐々に静かになっていく。ゼロストがフロアにいる全員に向けて自分の能力である【威圧】を発動している所為だ。
そのまま一番空いている窓口の最後尾に並んだのだが、前にいた者達は次々と列を離れて行き、結局ゼロストの前に並ぶ冒険者はいなくなってしまった。
窓口に座る女性職員も威圧に当てられてガタガタと震えているが、構わずゼロフトが用件を伝える。
「白金のゼロストだ。この街で活動している『海竜牙』というパーティとメリアヌズという女冒険者を探している。闇奴隷商人に組する重犯罪者だ。情報を渡して貰おう。」
「はひっ!あの・・その・・」
「この四人、闇奴隷商人と結託し冒険者を誘い込んで非正規奴隷にしていた極悪人だ。白金冒険者の特権を行使して尋問を要求する。」
「は、はいぃ!お、おまちくだしゃい!!」
受付嬢が椅子を倒して立ち上がり、慌てて奥へと駆け込んでいく。
窓口を向いていたゼロフトがゆっくりと振り返り、今度は周囲にいる全員に対して威圧ではなく明確な殺気を放つ。ただそれだけでまだ経験の浅い者などは足が震えて、その場から動く事が出来ないくらい怯えていた。
誰もが一歩も動けず静まりかえるフロアに、入口から入ってきた別の足音が響く。
開け放たれた扉を潜り背の高い女とローブを着た背の低い女が入ってくる。背の高い女、セイヤは其処にいる全員を見渡せる場所で首を回し、やがて探し物を見つけたかのようにある方向に向けて歩いていく。
ゼロストの殺気もセイヤが向かう方向へ収束していき、冒険者達が屯する一角にある六人掛け席に突き刺さった。その席に向けゼロストもゆっくりと移動を始める。
その席に座っていたのは、男女四人組の冒険者。正にセイヤを拉致監禁した海竜牙とメリアヌズであった。
「メリアヌズ、久しぶりね。元気そうで何より。随分と羽振りが良さそうね。」
「あ・・・あぁぁ・・・わ・・」
「あなたには随分とお世話になった。ちゃんとお礼をしないと悪いと思って戻ってきてあげたわ。」
「そ、そんな・・・な、なぜ・・・」
「紹介するわ。彼は私の同族で親族でもある白金級冒険者のゼロフト。・・・逃げられると思わない事ね!」
その瞬間、ゼロフトは肩掛けに持っていた魔槍を目に止らぬ速さで振りおろ四人が座る机の紙一重で寸止めする。
ゼロフトの殺気で動くことも出来なかった四人だが、次の瞬間信じられぬ光景を目にする。寸止めされた魔槍の下、冒険者が暴れても壊れないように重く頑丈に作られた机が真二つに切断されたのである。刃風だけで断ち斬ったのだ。
「外道ども。全てを話して貰うぞ。」
深い闇の世界から発せられたような冷たく重い言葉に、海竜牙の連中は、ある者は気絶し、ある者は股間を濡らし、小刻みに体を震わせるだけでピクリとも動く事が出来なかった。
◆
「・・・組合も手を貸していたのではないのか。」
「そ、そんなことは!!!け、決してそのような事実はありません!!」
「なぜ依頼の照査をしなかった?依頼主を調べれば何らかの不審が出たはずだ。奴らは初犯じゃない。繰り返しやっているぞ。」
「そ、そこは確かに組合の不備でした!だが組合が結託して闇奴隷商人に手を貸すなど決してしておりません!!」
朝の一幕の後、拘束された四人を組合職員に預け、二階の部屋でゼロストとセイヤはこの街の冒険者組合支部長と面会していた。
もちろんセイヤがこの支部に所属している冒険者に嵌められ、闇奴隷商人に売られた事を伝え、真相究明に動いてもらうためである。支部長は事の重大さををすぐに悟り、組合職員に事件の全容解明を指示したばかりだ。
それでもゼロフトは【威圧】も殺気も収めていない。返答によってはこの支部を敵に回し殲滅もいとわないという態度を明確に示している。白金級冒険者が放つ殺気は強烈で、階下にいる冒険者や組合職員にまで影響し、この建物全体が氷の中にあるかのように冷え切っていた。
「ほう。組合が不備を認めたか。では組合にはセイヤに対し『誠心誠意の謝罪』と『完全なる補償』を負う義務があるという事だ。」
「っ!し、しかし元来我々も知らぬところで・・・」
「知らなかった、という事が問題なのではないのか。これまでも前科があったはずだぞ。」
「そ、それは・・・」
言い澱む支部長を尻目にゼロストは次々補償条件を示していく。
捕えた四人は自分達が優先的に尋問すること、奪われたセイヤの装備、所有物を全て組合が買い戻すこと、認定証を無償で再発行すること、ふた月に渡る監禁の補償、精神的苦痛に対する補償、今後一切の組合指名依頼の免除、この件に関わった者全員を処刑ないし奴隷落ちさせること。
これらを冒険者組合の名のもとに確実に履行することを矢次に示していく。
当然、一支部長で決められない項目もあり、返答出来ずに押し黙る支部長だったが、次にゼロストが発した言葉で完全に折れた。
「我々の尋問や補償条件が飲めないなら俺も冒険者組合を脱退することになる。そして、俺だけでなく竜人族全員が同族のため、今後は冒険者組合と敵対する事になるだろう。」
竜人族はどこの国に所属するでもなく、西大陸の一角に独自の生活文化圏を形成して、その場所を自分たちの領土として代々受け継いでいる。
過去に一度、とある人間族国家が竜人族領に侵略戦争を仕掛けたことがあったが、結果侵攻軍は全滅し、その国の首都が竜人族の集団によって廃墟となった。報復に現れた竜人族の軍は約六百。全員が飛竜、地竜に騎乗し、三頭のドラゴンを従えていたのだ。
人間族の死者は侵攻軍を合せて六万に上り、王族全員を殺され国力を失ったその国は隣国に吸収されて名前すら残らなかったという。
そんな戦闘集団が組合と敵対することは絶対に避けねばならなかった。
闇奴隷商人と結託した四人の冒険者に対する冒険者組合の尋問は苛烈を極めた。
仲間となっている闇奴隷商人の名前、拠点、組織の規模、これまでセイヤ以外にも騙した冒険者の情報、四人別々に、または他の者が見ている前で、ゼロフトは一切の慈悲もなく残虐に四人を痛めつけた。
腕や足の骨を折る、耳を削ぐ、手首を切り落とすなど遠慮は無く行われ、欠損した部位はロウに治療してもらい、何度も繰り返しダメージを与える。海竜牙の連中は泣き叫び、知っていることは噂の類まで全て話した。メリアヌズは仲間への凄惨な尋問を見せつけられたうえ、自分も全ての指を潰されて激痛に何度も気絶し、それでも無理矢理覚醒され、終いには精神異常をきたしたのか横でヘラヘラと笑い続けていた。
ゼロフト達が特に知りたいのはこれまで奴隷にされた者達の情報であり、それを知る者の名前と拠点が分かればこの四人に用は無い。あとは奴隷にでも落とされて鉱山辺りで死ぬまで働かされればよいのだ。
尋問の後、まだ陽の高い内に闇奴隷商人の拠点へ向かうのはロウとキノだけである。白金級冒険者のゼロストと、同じ竜人族のセイヤは目立ち過ぎるのだ。
例え犯罪者であろうと私怨による町中殺人は罪を問われる。ロウはゼロストの白金の称号に傷を付けるわけにはいかぬと、キノと二人?だけで闇奴隷商人の元へ行く事を主張したのだった。
あのセイヤを騙した冒険者達から聞き出した闇奴隷商人の拠点は、街の貧民街と呼ばれる地区の近くで商業区の境界端部に近い場所にあり、いかにも此処が悪者のアジトでございますとばかり、屈強な大男が二階建ての建物の入口扉の前に立ち周囲を警戒していた。
路地裏でロウは固有スキル【変化】を使って人化する。その姿はブリアニナ王国の首都タウンゼルで見せた顔の無い能面姿で、認識阻害の魔法を身に纏った状態だ。キノは街に入る際冒険者証を提示しているため、極力人前に出さないようにしなければならないので、今は魔剣となってロウの背中に収まっている。
突入するのがゼロストであれば何らかの策を講じて上手く立ち回るのだろうが、生憎ロウはその辺り全くの素人である。しかも人族姿での荒事に慣れている訳ではないので頼みは魔法と体術、そして眷属シャドウアサシンだけである。
とりあえず警備している大男に正面から近付き、訝しむ時間も与えぬまま闇魔法の魔法陣を男の足元に発動して吸い込み、そのまま原子レベルまで分解した。
鍵はかかっていない扉を開け中に入って【索敵】を発動すると、二階に二人、一階に五人、その他地下に六人の反応がある。
ロウは自分の影からシャドウアサシンを呼び出し、一階の五人を生死問わず無力化、その後二階の二人は逃げられないように拘束しろと命じ、キノを擬人化させてから二人は地下への階段を下りて行った。
階段を降りる途中で背後から男達の怒声と悲鳴が騒がしく聞こえてくる。
地下には廊下を挟んで扉の無い部屋が二つあり、その内右の薄暗い部屋の中には両手両足を鎖で繋がれ、首にはあの忌々しい隷属の首輪を付けられた六人の女達が襤褸を着せられて座っていた。全員が絶望した表情を浮かべているのはどこでも同じで、ロウは居た堪れない気持ちになってしまう。
「助けに来ました。上は仲間が制圧しているから安心してください。」
キノがロウの言葉を通訳して女達に伝える。その声を聴きながらロウは女達の返事を待たず、長い間体を拭く事も碌に出来なかった女達に浄化の魔法をかけて汚れを落としてやると、次に魔法陣を具現化して女達が装着している隷属の首輪に触れ、術式を破壊して隷属の首輪を外していった。
突然浄化魔法を掛けられた女達が混乱してオロオロしているが、足元に落ちた隷属の首輪をみて漸く女達から悲鳴とも喜びとも取れる声が上がり、中には泣き出してしまった娘もいる。
状況の把握が追い付いていない女達を引き連れて上に上がると、シャドウアサシンによって制圧された一階は首元を欠き斬られた男達が横たわり、流れ出た血の臭いが充満していた。
死体が転がる部屋とは別の食堂のような部屋に女達を入れ、ほんの少しだけここで待っているよう指示を出して部屋の外に出ると、丁度二階から気絶した一組の男女を引き摺ってシャドウアサシンが階段を下りてきた所だった。
闇奴隷商人がロウの前に引き出される。男女とも素っ裸なのはどうやらお楽しみ中だったようだが、女が隷属の首輪を着けていないところを見るとこの一味の仲間か娼婦か。
シャドウアサシンは命令通り闇奴隷商人を殺さず、両足の腱を斬って逃げ出せないようにしているらしく、男と女の足首から血で染まっている。二人とも仲間の死体が転がるその部屋に床にうつ伏せ状態で寝かせ、キノに認識阻害の魔法をかけ直して外見を変化させる。
ロウは男をうつ伏せ状態で大の字にし、手足を触手で固定してから水魔法で水玉を作り、男の頭に投げつけて覚醒させる
「う、ぐうぅぅぅ・・・」
「お目覚めですか?奴隷商人。色々聞きたいことがあるのですが。」
「っ!な、なんだ・・・あ、ああ!!ゲイド!ラスター!!くっくそ!!お前たちは何もんだ。みんな殺しやがって!!」
「さて奴隷商人。お前の知っている事、全部話して貰いましょうか。」
うつ伏せ状態なので首を動かしても相手の姿が見えない分、キノの感情の無い声は余計に恐怖心を煽りたてる。足首の痛みと恐怖で男の顔は真白になり、体全体が小刻みに震えていた。
尋問が始まった。ロウが聞きたいことをキノが代弁するのだが、微妙に空く質問の間が逆に男の精神を削っていく。
最初のうちは何かと反抗して悪態をついていたが、男の腕を切り落としてまた付け直す作業を繰り返し行うと、さすがの強気も揺らいできたようだがなかなか全てを白状しない。仕方がないので、ロウが斬り離した腕を固有能力錬成で『表裏逆に』付けたのを見た途端に完全に心が折れて、聞いていない事でも自分から何でも話し出した。
海竜牙のような冒険者と組んでこの街で調達した女の売却先、この街にいるあと二人の闇奴隷商人の情報、そして他の協力者がいるのか。
「まぁ、こんな所でしょう。今度はお前自身が奴隷に落ちる番です。同じ苦しみを味わいながら余生を過ごしなさい。」
十分な情報を得たロウは、泣き叫んでいる闇奴隷商人の後頭部を触手で殴り付けて昏倒させると、先に殺した男の剣を奪って闇奴隷商人の両手首を切りはなした。そのまま放置して出血多量で死なれては困るので、治癒魔法で傷口を塞いで出血だけは止めておいたが。
続いてロウは特殊スキル【錬成】を使って闇奴隷商人の胸に刻まれた『隷属紋』を剥ぎ取り、この男が二度と隷属魔法を使えない様にした。
隷属魔法の根幹はこの隷属紋にある。
隷属魔法とは特定の術式によって対象の内包魔力を外部から操作し、対象の意思に関わりなく一定行動の命令を可能とする魔法である。
この魔法の適性を持つ者は各々特定の『隷属紋』を持っていて、この『隷属紋』を対象に刻む事で魔力操作を可能にする。
数百年前までは術者の隷属紋を、被隷属者に刺青を施すことによって魔法が成立していたが、奴隷という称号が作られ、それまで使い潰しであった奴隷が商品として売り買いされるようになると、隷属紋は刺青から首輪へと変化し、主を替えることが可能となった。
キノと一緒に首領がいた二階を家探しし、気絶している女の服と闇奴隷商人が溜めこんでいた金が入った袋と顧客名簿を探し出すと、階下に降りて女達を待たせている部屋へと入っていく。
目深にフードを被った二人が部屋に入ってくると、女達は恐怖と混乱で震え、肩を寄せ合って一か所に固まっていたが、その中の一人が意を決したように聞いてきた。
「た、助けてくれたこと感謝します。こ、これからあたし達はどうすればいいの?あなたも奴隷商人なのですか?」
「皆で憲兵所に・・・いや冒険者組合に行って保護を求めなさい。この中にあるお金はあなた達に均等に分配します。当座の生活立て直しに使いなさい。」
「え?あの・・・」
「その代り、あなた達を攫ったこの闇奴隷商人が持っていたこの顧客名簿を冒険者組合の職員に渡すのです。憲兵ではなく冒険者組合が先ですよ。」
海竜牙とメリアヌズが関わっているなら、他にも犠牲になった冒険者がいるかもしれない。名簿には売却した女の特徴が記されていたので、まず冒険者組合に駆け込んだ方が良いと判断したのだ。
キノが答えると女達は皆が信じられないといった顔で目を見開き、どう答えて良いのか分からずただオロオロとしている。
そんな彼女達に、ロウは自分の魔法拡張鞄の中から女物の服を取り出して一人一人に渡していった。簡素な服であるが昨日セイヤが古着屋を廻って二十着ほど用意したものだ。サイズの不一致はあるだろうが、これからこの建物を出る彼女たちにとって奴隷用の襤褸を着ているより随分とマシだ。
前回セイギャロンでセイヤ達を救出した時には着替えの服を持っていなかったので、シャドウアサシンの機転でシーツを代用した事があったが、その経験を踏まえ事前に揃えておいたのだった。あの時の褒美としてシャドウアサシンには魔鉄で作った投げナイフを十本と、それらを装着するベルトを送ったのだが、相当嬉しかったらしく、暫くの間ロウの影から勝手に出てきて投擲の練習などしていたものだ。
全員着替え終わる頃にはお金の分配も済み、万が一所持しているお金の事を聞かれたら、闇奴隷商人を殺した「男」が当座の生活のためと言って渡してきたと証言しなさいと言いきかせた。
あとは冒険者組合にしばらく保護を願い出て身の安全を確保してもらい、落ち着いたら自力で再建するなり帰りたい場所へ帰るなりすれば良い。現役冒険者が絡んだ事件なのだ。組合も嫌とは言わない筈である。
今だ状況を理解できていない女達を余所に、ロウとキノは血の臭いが充満する建物を出て行った。
一仕事済ませたロウ達は次の闇奴隷商人の拠点へと向かう。
次の闇奴隷商人も同じような下種だった。
シャドウアサシンを解き放ち、あっという間に拠点を制圧すると、こちらにも四人の女が捕らわれていたので隷属の首輪を外して全員解放した。
この闇奴隷商人と海竜牙達は接点が無く結託していたわけではないが、顧客の情報と金品の在処を聞き出すため多少痛めつけて再起不能にし、押収した金品を女達に預けて次の闇奴隷商人の拠点へ移動した。
こうしてこの街の闇奴隷商人一味を殲滅したロウとキノは、一番最初に襲撃したセイヤを攫った闇奴隷商人から聞き出していた、海竜牙達が手引きして奴隷となってしまったセイヤ以外の女冒険者が売られたというこの街の商人の屋敷へと向かう。
既に陽は落ちて街は闇に支配されていた。
豪邸が建ち並ぶ高級住宅街の一角に、ひと際高い壁で仕切られた屋敷の前に立ったロウは、キノを魔剣に戻して背負うと高い壁を軽々と飛び越えて屋敷の中に侵入する。
さっそく固有能力【不可視】と【索敵】を使い、屋敷の中の気配を探りながら周りを一周して中にいる人数を確認していくと、屋敷内の気配十四人ほどでその内一人だけ地下の部屋で横になっている人族がいる事を感知する。
ロウは恐らくそれが拘束されている女だと当りをつけ、適当な窓から屋敷内に侵入した。地下に降りる階段を探して歩き、運よく誰とも会う事無く階段を探し当てて地下に降りる。
地下の四部屋の内、南京錠のようなものが掛けられた部屋から人の気配がするので、ロウは迷わず特殊能力【錬成】を使って鍵を破壊し、中に入っていった。
灯りの無い部屋の中には、質素なベッドに全裸で横たわる女がいた。ドアが開いた音で女が緊張した気配が伝わってきたが、ロウは再びキノを擬人化させ二人並んでベッドの横に立った。
身体的精神的疲労から長い髪は手入れされず艶が無く、元は白い肌も土色に変わっている。そして女の首には隷属の首輪が課せられ、さらに足首に鎖を繋がれているという酷い状態だった。
少しだけ首を回し、何の表情もない顔を二人に向けた女にキノが話しかける。
「貴女を助けに来ました。まず隷属の首輪を外すのです。」
キノの言葉を聞いても表情を変えることが無かった女だが、ロウが背中から触手を伸ばし、女の上体を起こしながら隷属解除の魔法陣で首輪を外すと初めて表情が戻り、目を見開いて落ちた首輪を見つめている。
さらにロウは触手で鎖を引きちぎり、浄化魔法陣と再生魔法陣を同時に発動させて、傷付き汚れた女の身体を癒していった。
「あ・・・あぁ・・」
「外傷も良くない薬も消し去りました。貴女の純潔も元通りのはずです。」
「う・・・ううぅぅ・・・!あぁぁ・・!!」
キノの話を聞いているのかいないのか、女は歯を食いしばりながら嗚咽し、傍らに落ちた隷属の首輪を拳で叩いている。いくら傷が治っても、体が綺麗になっても、心に受けた傷は治せないのだ。
ロウとキノは女が平静を取り戻すまで、好きなようにさせていた。
こんな姿を見てしまうと、ロウは陰鬱とした気持ちになると同時に怒りが込み上げてくる。
魔獣の大氾濫から人族を護るために召喚された闇の勇者キョウが、「人間族こそが害獣である」と言って非正規奴隷を解放している理由が痛いほど分かってしまうからだ。
そしてロウはこのタイミングでこの部屋に向かっているのか、地下へ下りる階段を下りてくる気配を感じ取る。部屋の扉が開いていることに気付いたのか、でっぷりと太った中年男が慌てた様子で部屋の中に飛び込んできた。
「に、逃げた・・?!な、何だ!お前た・・っっむ!」
男は部屋の中に侵入者がいる事に気が付き、大声を出して人を呼ぼうとしたのだが、ロウがいち早く触手を伸ばして男の首を締め上げ、声を出せないようにする。さらに固有スキル【障壁】を発動して部屋の壁天井と床を覆い、音も漏らさぬ結界を張り巡らした。キノはその横をゆっくりと通り過ぎ、静かに部屋の扉を閉めた。
ロウは男の首を絞めつけたまま空間倉庫から無名の紅い剣を取り出すと、触手を引きはがそうと必死に掴んでいる男の両手首を切り落とした。
「っんぐ!!んぐぐぐぐ!!!!」
喉を締め付けられ、声にならない叫びをあげる男に治癒魔法をかけて止血すると、そのまま障壁に叩きつけた。
「あぐっ!!いっだぁぁっいぃぃ!!
悲鳴を上げて床に転がる男を、ロウは何度も持ち上げて障壁に叩きつける。もちろん死んでしまわない様に頭から投げつける様なことはしていない。しかしそれこそ全身の骨が砕けるまで投げつけたので、男は全身血塗れになり手足は有らぬ方向へ曲がっていた。
もはや只の肉塊となって虫の息の男に最低限の治療魔法をかけたロウは、再び足首を掴んで逆さに持ち上げ、ベッドの上で驚愕の表情で見ていた女に念話で話しかけた。
『この男、憲兵に突き出して訴え出ても良いが、そうなるとお前が奴隷となっていたことが公衆の知る事となる。肉体的精神的苦痛を最大限与えてやるから、今はここから逃げ出すだけにしないか。』
突然頭の中に響いた声に戸惑いつつ、ロウをジッと見つめていた女がコクンと顎を下げて頷いた。
ロウは男に向きなおり、逆さ吊りした男の股間を風魔法を使って二度三度と斬り付け、最後に血止めの治療だけ行って再び奥の壁に叩きつけた。もはや男は声を上げることすら出来ず、喉奥からくぐもった音を出して昏倒した。
ロウは空間倉庫の中から女物の服を取り出して女に渡すと、着替えている間に認識阻害の魔法をかけ、張り巡らした障壁を解除した。
『長居は無用。脱出しようか。』
ロウはある程度回復したとはいえだいぶ体力が落ちている女を背負い、薄暗い地下の部屋を出て行った。
◆
翌日の朝からライーズの街は大騒ぎとなっていた。貧民層区に近い場所だったとはいえ治安のよい商業区で数カ所同時に大量殺人事件が発生したのだ。
朝から憲兵や領兵までが大勢集まってきたので、付近の店は営業を諦め、住民たちは事件の現場となった建物を遠巻きに様子を伺っている。
次々運び出される男達の死体に対し、女が一人もいない事を訝しむ者もいたが、憲兵が現場検証を終え入口を封鎖して帰っていくと、集まっていた群衆も一人二人と消えて行った。
一方冒険者組合では、昨日から約二十人もの女が押し寄せ、事務方は対応に追われていた。
助け出した女達はロウの言いつけを守り、まず冒険者組合に駆け込んだのである。殆どが非合法に捕らわれた者達で、中には海竜牙も絡んでいる者までいたので、冒険者組合としても対応を疎かにするわけにはいかない。この日ばかりは通常業務が滞り、朝から依頼を受ける事が出来なかった冒険者もいたという。
そんな騒ぎの中、ゼロストが用意していた宿屋の食堂では、ロウが大量の厚切り肉を前にし、涎を垂らしながらお預けをくっていた。
何度も手を伸ばそうとしているのだが、その度にゼロフトから窘められている。
前の席には助けた女冒険者ミランダとセイヤが並んで座り、ロウの横にはキノとゼロフトが座っている。
脱出したばかりで疲れもあるだろうから、今日は一日休んでいるよう言ったのだが、ミランダはどうしてもお礼を言いたいと部屋から出てきたのである。しかし、頭を下げて延々と礼を言うミランダの言葉は、もはやロウに届いていない。早く肉を食べたくてそれどころではないのだ。
「ミランダと言ったか。ロウもこんな奴だ。今回の事は早く忘れる事だ。」
「はい、忘れることは出来ないかもしれませんが、折角ロウさんに救って頂いたのです。体まで戻してもらって・・・。頑張って元の生活に戻れるようにやっていきます。」
ミランダも海竜牙らによって奴隷へと堕とされたので、冒険者組合が誠意をもって補償し、今後の活動を全力でサポートしてくれるだろう。
今回の事件に冒険者組合の現役冒険者が絡んでいたことは内密にされ、セイヤもミランダも元の通り身分証も再発行されている。失った装備品や所持金全てが戻るまではすこし時間が掛かるだろうが、組合本部も巻き込んで全力で捜索しているらしいので、殆どが却ってくるはずだ。
ミランダが前向きになったことで、同じ境遇の女同士セイヤとミランダに漸く笑顔が戻り、一気にその場が華やいだかのように見える。
その目の前ではすでに殆どの肉を平らげたロウが、満面の笑みで次の肉へと手を伸ばしていた。




