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23.知己

自由都市国家セイギャロンは大陸のほぼ南端に位置する国で、一年を通して温暖な気候の国である。

海から吹いてくる風は暖かく湿っていて、辺りがすっかり夜の闇に覆われても、外を歩く人々は薄手の上着一枚羽織るだけで気温の下がる夜をやり過ごす事が出来た。


黒狼姿のロウは、華族や豪商たちが住む高級住宅街を囲む第二の壁をあっさりと飛び越え、無事に一般住民が暮らす外区と呼ばれるエリアへと戻ってきた。

外区に入った途端に人目も多くなってきたので、ロウは救出した三人を背中に乗せたまま街の屋根の上を走って移動していた。


ロウがアウミルス家に侵入している間、ゼロストとキノはセイヤの泊る部屋の確保や着替えの用意など受け入れ準備に走り回っており、それが終わればアリバイ作りのため人目に付く宿の酒場で待機しているはずである。

目的の宿の屋根に着いたところでロウが念話でキノに呼びかける。


『キノ。無事にセイヤ殿を連れ出してきたぞ。』

『流石はロウ様です。こちらの準備もすでに整っていますよ。』

『それがだな・・・、後二人いるのだ。ついでだが一緒いた別の女達も助けてきた。それと彼女達が着る服がないのだ。』

『・・・わかりました。三人部屋を確保します。ただ服はセイヤ殿の分しか用意していませんでした。この時間では服屋は開いていないかと。』

『仕方あるまい。我の【隠蔽】で認識阻害させる。大勢の前では見破られる可能性があるので宿の主を裏口に呼んでくれぬか?』

『承知しました。』


宿の裏通りなら人通りもなく、シーツ一枚羽織っただけの女達の姿をロウの隠蔽能力で誤魔化すことは可能だろう。ロウは裏通りに降りてすぐに人化すると「白いローブを身に着けた女」に見えるよう三人の足元に認識阻害の魔法陣を展開した。

しばらく待つとキノとゼロフトと共に宿屋の主人が現れた。

セイヤの無事な姿を見たゼロフトは一瞬感情を高ぶらせるもすぐに感情を抑え、無表情を取り繕って姪を迎え入れる。セイヤも助けに奔走していた叔父の姿を見て漸く助かったことを実感できたのか、目に涙を湛えていた。


宿の主にはゼロフトの身内とその友と伝えており、白金冒険者の威光なのか主は疑う事無く外の四人を中に招き入れて宿泊の手続きをした。そしてすぐに部屋の鍵を渡してくれたので、一行は用意された三階の部屋へと階段を上っていく。

女性陣三人とキノが部屋に入ったところでロウとゼロフトは再び酒場へと向かう。三人の食事は既に酒場へ頼んでいて、といっても酒のつまみや軽食程度なのだが、出来上がり次第ロウとゼロフトで女達の部屋へ運んで行った。この辺の融通が利くのも白金冒険者ならでは、であろう。


一通り女達の世話が片付いたところで、ロウとゼロフトは酒場のロフト席に陣取り、ようやく一息つく事が出来た。


『ふぅ・・・ようやく落ち着いたのだ。』

「ロウよ。よくセイヤを助けてくれた。この通り感謝申し上げる!」

『礼など不要だぞ。我にかかればこの程度何でもない事なのだ。』


ゼロフトがテーブルに両手を付き、額が付くほどに頭を下げる。白金級が頭を下げるなど他の冒険者が見たら目を見開いて驚くだろう。翌日、街中の噂になってもおかしくない行為である。

最初は胸を張っていたロウも、自由気ままな竜人族がこんなに恩義に厚い種族だとは思っていなかったようで少々困惑気味である。


「この恩は竜人族の誇りにかけて必ず返す。今は思いつかぬがロウの望むことを全力で叶えよう。」

『我は我の好きなように動いただけであるからな。そんな大袈裟な恩返しなどいらぬわ。ここの酒を奢ってくれれば十分だ。』

「しかし!」

『なぁゼロフト、良いではないか。我も人族の友のために力を発揮する事が出来たのだ。迷宮の主でいるよりどれ程有意義な事か。』

「ロウ・・・俺を友と呼んでくれるか。」

『迷惑ではなければな。』


ゼロフトは普段は表情の無い顔をこの時ばかりは大きく崩して莞爾と笑い、ロウと杯を打ち合わせて一気に呷った。


この話はもう終わりとばかり、ゼロフトの武勇伝や失敗経験、ロウの眷属の話などを肴に酒を飲んでいると、騒がしかった酒場がそれまでとはまた別のざわめきが起こる。紅いショートドレス姿のキノと、冒険者風の革鎧を身に着けた美しい竜人族の女が入ってきたからだ。

赤いドレスを着た少女が【狂気の魔剣】であることを知っているのか、普段ならひやかしたり絡んだりしてくる男達は、通り過ぎていく二人をただ見ているだけである。


キノとセイヤはロフトの階段を上がってきて、キノはロウの隣に、セイヤはゼロフトの隣の席に腰を下ろした。


「二人共もう寝てしまいました。相当疲労がたまっていたのでしょう。でもロウ様に運んでいただいた食事もちゃんと食べましたよ。」

「叔父様。助けて頂いて本当にありがとうございます。正直もう駄目かと諦めかけていました。」


セイヤはポロポロと涙を流し、もう一度ゼロフトに頭を下げる。


「同胞として当然のことをしただけだ。それに礼を言うのはまずロウだ。彼が尽力したからお前を助ける事が出来たのだ。」

「ひゃい・・・はい・・。ロウざん・・・ほ、ほんとに、ありがと、ございます・・・。」

『あ~!あ~!泣くでない!ゼロフトも言葉がキツイぞ!女の子を泣かしたら駄目ではないか!』

「い、いや・・・そのなんだ。こうして無事なのだからもう良いではないか!な、ロウ!」


ロウとゼロフトでセイヤを宥め、落ち着いたところでなぜ闇奴隷商人などに捕まったのかを訪ねる。たとえ相手が多勢であっても竜人族が人間族に後れを取るようなことは無い。腕力でも魔力でも、それこそ毒を盛られても竜人族には通用しないはずなのに、あっさり捕まった理由が分からなかったのだ。


「一般人、それも村人全員を人質にした卑劣な罠だった。最初から私が狙いだったみたい。」


とある商人の護衛依頼を受けたのだが、目的の村に着いてみれば奴隷狩りの男達が村を占領しており、村人全員が拘束されていたのだ。護衛対象の商人は実は闇奴隷商人で、仲間だと思っていた他の冒険者パーティもその一味だったのだ。

さらにセイヤとパーティを組んでいた女冒険者もこの闇奴隷商人の一味で、正義感の強い良い初心な竜人族を捕まえる良い機会だとセイヤを売ったのである。


「身を守るためすぐに半竜化したので男達に乱暴はされなかったわ。でも装備や武器、持ち物全てを取られてあの首輪を付けられたの。」


それでも竜人族の内包魔力は隷属の首輪の精神干渉に抗い、闇奴隷商人の命令は拒否できたし、戦闘は無理でもなんとか抵抗する位は出来たのだが、それが災いしてあの忌々しい檻に閉じ込められたのだった。

あとは闇ルートで売られ、船に乗せられてこの都市国家に連れてこられ、あの華族に買われたのだ。


『辛かったな。よく堪えた。落ち着いたら我がその国に行って闇奴隷商人を潰すので、少しは溜飲を下げてくれ。』

「え?なぜロウさんが・・・?」

『うむ、キョウと約束したのだ。闇奴隷商人を見つけたら潰すとな。非正規奴隷を解放しているのだ。』

「ロウよ・・・。東国で闇奴隷商人が皆殺しになったという噂があったが、あれはお前だったのか?」

『ああ、あれは確かに我とキョウがやった。横で見ていたがキョウは遠慮がなかったな・・・。』

「あ、あの・・・キョウさんって・・・」

『ん?キョウは我の友だ。非正規奴隷を解放しているのだ。』


ロウはブリアニナ王国での出来事を二人に語り聞かせる。キョウの正体をゼロフトに明かすことについては、この二人の様子から判断すれば全く問題ないと思っていた。


セイヤはともかくゼロフトは闇の勇者召還の事実にまず驚愕し、その勇者が国家という縛りを放棄して活動していることに事態の危うさを感じ取った。

二百年前の種族戦争で大きな傷を負った各国は、隷属の首輪の使用を国レベルで管理し制限すること、異界からヒトを召喚する魔法を禁止することなどを共同宣言したはずなのである。


ゼロフトは二百年前の種族戦争を経験している。まだ百歳にも満たない未熟者だったが、それでも死を恐れない凶悪なジロール帝国の奴隷兵と刃を交えたこともあった。

そして戦いの中で見た召喚された帝国の勇者と連合の勇者の戦い。あれは人族同士の戦いではなく、天地が震わす神と邪神の戦いだったと言えるほど人族の常識をはるかに超えた激しいものだったのだ。


そんな力を持つ勇者が再び召喚されたというその意味を考え、ゼロフトの表情が曇る。そして今この時、自分の目の前にいる邪神にも匹敵する力を持つ厄災の不死竜の存在。

二百年前ならいざ知らず、長い年月を経て得た経験と能力があればたとえ勇者と戦う事になったとしても引けを取らぬ自信はあるが、相手がヒュドラたるロウであるならどうなるのか。


「なにか、この世界を揺るがす変事が起こる神託でもあったのだろうか・・・。」


誰に言うでもなく呟いたゼロストの言葉に返事をする者はなく、ロウはただ、どこか茫洋とした目を虚空に向けているのであった。



翌朝、ゼロフトとセイヤは女達の生活必需品を揃えるため、市場が動き出す時間から街へ買い出しに出かけて行った。セイヤを除く他の二人はシーツ一枚を体に巻きつけただけなので、とりあえず外出できる服を用意し、それに着替えてから本格的に買物へ出掛ける予定である。

ロウとキノは宿の女達の部屋で、万が一のため護衛として待機中である。昨晩のアウミルス家襲撃事件はまだ噂にもなっていないようだが、念には念を入れた措置であった。


昨日助けたこの二人、人間族のユリムとサレジーナは、隣国のミルドイ王国の南側トルフェス領にあるソルトという町に住んでいた。ともに十九歳でトルフェスにある孤児院の出身だ。町の外にある農場で働いて生計を立てていたという。


六十日も前、仕事を終えた夕暮れ時にいつもの様に農園から町まで荷馬車に乗って帰る途中で奴隷狩りに捕まり、非正規奴隷にされた挙句この都市国家に売られてきたのだ。その後、すぐにこの街で開かれている奴隷闇市で競売にかけられ、アウミルス家の当主に買われてあの屋敷に連れてこられて地獄の日々が始まったというのだ。

隷属の首輪を装着され、自ら死ぬことも出来ない状態で慰みものにされ、人として生きることを否定されて絶望していたところをロウに救われたのだった。

しかも、一度付けられたら生涯外されることはないと言われる隷属の首輪を外してくれたばかりか、身体の傷も穢れも全て直してもらったことはいまだ現実と受け止める事が出来ず、朝起きた時はお互い夢じゃないのか疑ったほどだった。


二人ともあの屋敷から救い出してくれたロウに感謝していた。だからこそ、ロウが人外であり人の姿や狼の姿に変化しても何も言わず何も聞かず、ただ自分たちの恩人?として接してくれていた。

ロウにしても助けてしまったら、後は自分で勝手にしろなどと放り出す心算はない。


『で、二人とも。これからの事だが・・・、連れ出した以上そのまま放り出したりはせぬ。希望があれば可能な限り叶えよう。』

「貴方様・・・助けて頂いただけでも感謝しきれないのに、私たちの願いまで聞いて頂けるのですか?」

『もちろんである。それと我はロウだ。そう呼んでくれ。』

「そんな!畏れ多い・・・。ろ、ロウ様、私達の願いは家に帰りたい、それだけでございます。」

『ん、了解した。準備が出来たらお前たちの家まで送り届けよう。』

「え、え?宜しいのですか?ミルドイ王国からこの国まで馬車で六日もかかったのですよ?」

『構わぬ。その気になれば一飛びで行く事が出来るでな。』


ロウはあっさりと故郷に戻りたいと願うこの二人を、母国である隣国のミルドイ王国へ送ることを約束する。


ミルドイ王国は都市国家の北の山間部に位置する国で、王都ミルスイトを中心に5つの規模が大きい町と11の領地で構成される中規模国家である。

良質な魔鉄鉱山と小さいながらも銀山も有する鉱業が主産業の国である。さらに王都付近にある未踏破の迷宮があり、一攫千金を狙う冒険者達が集まってくるし、魔鉄鋼を求め武器職人や魔道具職人も多く住まう国であった。

その他、緩やかな丘陵地帯を利用した農業と畜産業も盛んで、全体的には裕福な国だと言えるだろう。


だが、どこの国でもそうだが上流階級のみならず一般国民の間でも貧富の差は大きく、貴族や豪商に利権を独占され、国全体を見れば決して豊かな国であるとは言えないであろう。

さらにこの国は鉱業で栄える前は、農業畜産業を主体としていた国なので、農奴を是とする奴隷制度が近年まで残っていた国であるので、正規も非正規も含め奴隷商人が幅を利かせている国でもあったるのだ。


そんな国で奴隷狩りに捕まったのになぜ今更母国に戻りたいのか理由を聞くと、彼女達は言葉を選びながら自分たちの事情を語り始める。

彼女たちがいた孤児院は豊穣の神大地神ケープスを祀る神殿が運営しているのだが、メサイナ教やルード教といった信者が多い神殿ではないため、寄付や布施は思うように集まらず、自分たちが稼いでお金を入れないと孤児院の経営が成り立たないほど貧しいらしい。

孤児院には多種族の子供達が二十人程暮らしており、あまり多いとは言えない国の補助金を補うため、孤児院出身者が働いて得た賃金の一部を寄付しているのだという。

戦闘に関して能力のある者は冒険者になってお金を稼いでいるのだが、彼女たちは何の能力もなかったので、少しでも賃金の高い街外の農園に働きに出て奴隷狩りに捕まってしまったのだ。


ロウは固有能力【邪眼】を使って二人を見てみる。


名 前:ユリム(♀19)

種 族:人間族

状 態:平常


生 命 力:1,200 魔力量:1,900

能  力:‐

      

固有能力:

特殊能力:【身体強化魔法】(未)

通常能力:【土魔法】(未)


この世界のごく一般的な人族の能力である。もう一人のサレジーナも同じような能力で、まだ顕現していないが水魔法の適性を持っている。

土魔法、水魔法の適性があるのは、街中とは違い魔素純度が少し高い外の農園で働き、魔力を帯びた土と水に接してきたからだろう。潜在能力はあってもまだ開花していない状態だった。


ユリムとサレジーナは奴隷生活の中で諦めていた故郷への帰国を約束され、ロウの際限のない善意に戸惑いつつも、やはり嬉しいのか目に涙を浮かべて手を取り合って喜んでいた。


それから部屋の中で四方山話をしていると、大荷物を持ったゼロフトとセイヤが買物から戻ってきた。

女達が着替えると言うので、ロウとキノ、ゼロフトとセイヤは部屋を後にし、食堂兼酒場の一角を借りて今後の予定について話し合う事にする。


『あの二人は故郷に戻りたいと言っている。我は二人をミルドイ王国まで送ることにした。』

「そうか。確かにこの国にいては問題があるし、帰る場所があるならそうした方が良いな。」

『うむ。助けただけではい終わり、では済まされんからな。』

「よし、俺達も付き合うぞ。」

『え?』

「ん、ミルドイ王国なら行ったことがあるからな。案内ぐらいできるぞ。」

『待て待て、ゼロフトは白金級であろう。こんな所で些事に関わるほど暇ではなかろう?』

「うむ、実はだな・・・」


ゼロフトが話したのはセイヤの事だった。一緒に買い物に出ている間に今後の事について相談を受けたのだという。

先ずこれからの事についてだが、セイヤを罠に嵌めた闇奴隷商人の一味と、奴らに協力していた冒険者のパーティを叩き潰すことについては二人の間で決まっている。

ただ、闇奴隷商人の一味を潰すにあたっては、白金級冒険者が関わっている事が露見しないよう秘密裏に行わなければならず、ゼロフトは出来ればロウに協力してもらいたいと考えていた。


そしてセイヤだが、闇奴隷商人と非正規奴隷の存在は知っていても、どこか自分とは別の世界の事だと目を背けていたが、この事件で一方的に奴隷に落とされ、如何にその扱いが非人道的で唾棄すべき犯罪行為であることを身をもって経験した。

自分はせロフトやロウのお陰で無事解放されたが、あの華族に一緒に捕まっていたユリムとサレジーナへの酷い仕打ちを見せられ、今この瞬間も新たな非正規奴隷が理不尽な方法で作りだされていると考えただけで胸にしこりが出来たように痛い。


そう考えたセイヤの心に、非正規奴隷を解放しなければという使命感が生まれたのである。

ではどうすれば良いのか。ロウが話していた、現在進行形で非正規奴隷の解放に尽力している闇の勇者キョウに願い、共に戦っていきたいと考えたのだった。


だからセイヤはロウに願った。自分を共闘者として闇の勇者キョウに紹介して欲しいと。妖精族の国ファーレン王国にいる彼女の元へ連れて行って欲しいと。


『・・・セイヤ殿。キョウは正しい事をしているが、数多の欲深い権力者達にとっては全く違うのだ。面倒な事になるかも知れんぞ?』

「正しい事かどうか私が私の心で決める。闇の勇者は正しい道を進んでいる。」

「ロウよ。俺も説得しようとはしたんだが、頑として聞かんのだ。セイヤの覚悟は揺るぎないぞ。」

『・・・せっかく助かったのに再び危険な道を選ぶとは。人族のすることは理解できん。』


溜息と共にロウが呟くが、キョウがセイヤと同じような事を言っていたことを思いだし、セイヤ本人が望んだことならとファーレン行きを了承したのであった。



出発の日までロウとキノは冒険者組合の雑依頼を受けて過ごし、あと一件の達成でキノが見習いを卒業できるまでになった。

残りの一件はセイギャロンからミルドイまでの護衛依頼、といってもユリム達が出した依頼だが、これを受けてミルドイの冒険者組合に達成報告をすれば晴れて青色ビギナーに昇格する。

冒険者見習いでは護衛依頼など受けることは出来ないが、今回は白金級冒険者のゼロフトのパーティで受注するので達成一件にカウントされるのだ。


セイヤ救出から二日経って、アウミルス家が襲撃された事は街中の噂になっていた。

アウミルス家当主は一般住民を見下す高慢な態度や、日頃の贅沢嗜好が反感を買い、あまりよく思われていなかったことが災いしているのか囁かれる内容は辛辣で、むしろ襲撃者を称えるものが多かったほどである。

華族襲撃ともなれば当然、憲兵やアウミルス家私兵による犯人捜索が行われたが、目撃者が全くなく、当主が負傷した部分も説明できない問題があって遅々として進まない。


さらにアウミルス家では、非正規奴隷を所有していた事を公にできず、四足歩行の魔獣が奴隷の女達を攫って行ったという目撃情報を表に出すことは出来ないという事情がある。

もっとも、アウミルス家当主が闇奴隷商人とも繋がりを持ち、非正規奴隷を所有して非道な仕打ちをしていたという事はこの国の民なら誰でも知っている事だったのだが。


アウミルス家は竜人族の女を買ってすぐに起きた惨事に、当然の如く白金級冒険者ゼロフトに疑いの目を向けた。

事実、ゼロフトはアウミルス家が裏で取り仕切っていた闇市場周辺を徘徊して邪魔をしたり、懇意にしていた闇奴隷商人の手先を痛めつけたりとなにかと邪魔ばかりしてきたので、同族が捕らわれていることを知っていたのだと予測出来た。


案の定当主が買った竜人族の女や他の女奴隷もゼロフトと一緒にいる事が分かったのだが、なぜか全員の隷属の首輪が外されているし、元々非正規奴隷であるため所有権を主張する事が出来ない。

股間のモノを失った当主は血を吐くほどに激怒し、家宰に命じゼロフトに私兵を向かわせて討伐するよう命じたが、顛末を知った隊長が証拠も正当性も何もない出兵は出来ぬと突っぱねたのである。


後日談であるが、こうした動きは公衆の知る事となり、アウミルス家の信用は完全に失墜した。

当然この事は高三家の耳にも入り、アウミルス当主は怪我の養生のためとの名目で僅か五歳の嫡子に家督を譲り隠居を命じられ、家宰は放逐、当面の間高三家から派遣された新しい家宰が新当主を補佐することになったのである。



そんな内幕の事は関係ないとばかり、出発の日は好天に恵まれ、ロウ達一行はゼロフトが用立てた貸し馬車に乗り込み、セイギャロンの北門から走り出た。御者はゼロフトとセイヤが務めている。

ミルドイ王国へは馬車で五日ほどの行程である。ロウは本来の姿に戻って一気に飛んで行きたいところなのだが、冒険者組合の護衛依頼を兼ねているため経過時間も記録されるので普通の移動方法となったのだ。


馬車が都市国家を出るとロウは早速人化を解き、いつもの小ドラゴンの姿に変化してキノの膝の上で丸まっている。

小ドラゴンの姿にセイヤが異常に反応して、撫でたいだの抱っこしたいだの大騒ぎしていたが、身の危険を感じたロウはキノの膝から動かなかった。


海上貿易の拠点となっている都市国家とを結ぶ街道だけあって、行き違う馬車や徒歩でいく商人や冒険者など旅人の数は多い。

道も良く整備されていて、途中の馬休めや野営所も適所に配置されていた。これだけ人が多いと盗賊や魔獣も寄りつかないのか、道中は順調で足止めされるような事件は何も起こらず順調に行程を消化して行った。


旅の間暇を持て余したロウは、ユリムとサレジーナの二人に自分の魔力をつかって魔力操作を体験させ、やがて自分でも魔力を感じ取れるまで教えると、簡単な土魔法と水魔法を実演しながら魔法を使う事の「イメージ」を繰り返し覚えさせた。

それは「戦闘」のイメージではなく「農業」のイメージ。土から石を取り出すとか土粒子を撹拌するとかの例であり、農園で働いていた二人にも判りやすい事象を説明したのである。

二人も魔法が使えるかもしれないというロウの言葉を信じて一生懸命練習し、四日目にはそれぞれ土属性魔法、水属性魔法を開花させたのである。初めて魔法を使った二人は手を取り合って喜び、出会ってから一番良い笑顔でロウに礼を言ったのであった。


そんな二人の様子を竜人族のゼロストとセイヤは困惑気味に見ている。彼女達二人の魔法の発動が「異質」であったからだ。

竜人族以外の人族は魔法発動の要件として「詠唱」を行っているが、竜人族は魔法への「思い」を頭に浮かべ魔法を発動させている。それが竜魔法の原点だ。

しかし、ユリムとサレジーナは詠唱もなしにロウの言った「いめーじ」で魔法を発動させたのだ。それは竜魔法に近い方法なのである。

もちろん二人の魔法は威力も具現時間もまだ未熟だが、人間族が竜人族と似たような魔法発動を行えたことが竜人族の二人にとって不思議でならなかったのである。


(まぁ、ロウも竜族と言えば竜族だ。この件はあとでロウに聞いてみようか・・・。)


そう思いつつ、ゼロストは再び前を向き夕焼けに染まる真直ぐな道の先を見つめるのであった。


一行は予定通り五日目の昼過ぎにはミルドイ王国トルフェス領の最南の町ソルトに到着した。人口が約二万人の農畜産業を主体とする町で、領兵二百人が駐屯して治安維持や外敵からの防衛警備を行っていた。

高い城壁のような防護壁をくり抜いたような門に列が作られており、入場審査が行われている。人型になることが面倒なロウは人化せず、冒険者キノの従魔として入場することにした。

ゼロフトの馬車は他国から入国しようとする者が手続きを行う列に並び、順番が来るまで周囲を眺めながらしばらく待っていると、荷物改めを行う二人組の兵士がゼロフトの馬車にやって来て高圧的な態度で言い放った。


「おい、先に積荷を改めるぞ。そこの獣人、おまえが代表か?身分証を提示しろ。」

「・・・冒険者組合のゼロストという。これが身分証だ。」


審査を行う兵士にはこういった類の者が多いことは旅慣れたゼロフトは承知しており、次に白金に輝く認定証をみた兵士たちがどのような状態になってしまうかも分っている。


「え?こ、これは!は、白金の認定証!?]

「失礼しました!白金級の冒険者様とは知らず部下が横柄な口を!」


年嵩の男の方が頭を深々と下げて謝罪する。横柄な口を利いた兵士も顔を真青にして固まっていた。

たとえ冒険者であっても白金級ともなれば各国の貴族の身分にも等しい。もし一国に仕える事になれば相応の身分が与えられるからだ。魔獣が跋扈するこの世界で、圧倒的戦闘力を持つ白金級の冒険者はそれほど優遇された立場になる。

この兵士もそのことは知っておりすぐに謝罪したのであるが、ゼロフトにとってはどの国に行っても繰り返される寸劇のようなものだった。


「構わぬ。それより責任者に話があるのだが、合わせてもらえないか?」

「は、はい!ご案内いたしますのでこちらへお越しください!」


これからゼロフトは警備兵の責任者に会い、この町の住人で奴隷狩りに攫われた二人を他国で助け出して連れてきた事を説明するのである。ユリムとサレジーナも町に入るための通行証や身分証明書を持っていないからだ。

ゼロストとセイヤの二人が案内されて兵舎の中に消えていく。因みにセイヤは冒険者組合から身分証を再発行されている。


ユリムとサレジーナの説明もゼロフト達の審査も終わり、検問所を出た立一行はまずユリムとサレジーナが雇われていた農園主の元へと向かった。

商業区に入り広い馬車道をサレジーナの案内で進んで行き、二人が働いていたダージン農園の大きな建物が見えてきた。農園の倉庫兼事務所の前に馬車が止ると、収穫が終わった農作物を仕分けしていた者達が怪訝そうにこちらを見ていた。


この農園の経営者は中年の女性で、死んだ夫から引き継いだ農園を息子夫婦と共に経営していて、農奴を使わず、職に就けない孤児や、家の稼ぎ頭を無くして途方に暮れている者を優先的に雇い入れて切り盛りしているという。

決して多くは無いが贅沢しなければ生活に困らないだけの賃金を渡していて、経営者と農夫の関係は非常に良いそうだ。


ユリムとサレジーナが馬車から下りると、建物の中から様子を伺っていた女が大声を上げて外へ飛び出してくる。


「ユリム!サレジーナ!ああぁ、なんてこと!よく無事で・・・」

「ダージン様!ご心配おかけしました・・・か、帰ってくること・・できま・・した・・・」


久し振りに再会した三人が周囲の目も憚らずに涙を流し抱き合っている。この様子を見ても、この農園の経営者と従業員が強い信頼関係にあることが分かるというものだ。

一頻り喜びを分ち合った後、農園の主ダージン女史がゼロフトに向きなおり深々と頭を下げて礼を言う。


「この二人を助けで下さり本当に感謝いたします。悪党に捕まってしまいもう会えないと諦めておりましたのに。」

「その悪党どもから売られる前に助け出したからな。奴隷商人も売り物には手出しはしない。」


暗に乱暴はされてないと嘘を言い、二人に余計な詮索が無いように予防線を張る辺り、ゼロストも良く気が利く男である。

ユリムからゼロストは白金級の冒険者だと聞くとダージンは目を丸くして驚き、慌てて地に両膝を付こうとしたがゼロフトはこれを制し、この後ユリムとサレジーナを孤児院に送り届けるまでが仕事であることを告げ、落ち着いたらこの二人をまた雇ってもらえるよう願った。

ユリム達が白金級の冒険者に助け出された事を驚きつつ、ダージンは当然だと言わんばかり大きく頷き、二人に約束する。


「さぁ!今日は帰って孤児院のレミストレナ様にも元気な顔を見せておやり。心の整理が付いたらまたここで働きな。待っているから。」

「はい・・・はい・・。ありがとうございます・・・。」


再会の喜びの余韻を残してユリムとサレジーナが馬車に乗り込み、ダージンの農園倉庫を後にする。

途中、先に宿を確保するというセイヤと護衛代わりのキノと別れ、ロウとゼロスト、そしてユリム達は町の外れにある貧民街の方へ馬車を向けた。


ユリム達が育った孤児院は、一般ここから然程遠くない住民居住区の外れにあった。

貧しい孤児院と聞いての印象通り、とても運営資金が足りているような外観ではない。木柱石壁の平屋だが、窓枠が歪んで壊れた窓や風で飛ばされたのか、穴の開いた屋根に薄い板と重石が無造作に乗せてある。

孤児院を囲む石塀は所々崩れ、結構な広さがある庭は荒れ放題で草が大人の膝程まで伸びている場所もあった。


孤児院の入口に馬車を止めると、家の中が緊張し警戒している様子が感じ取れる。

しかし、ロウはそれとは別の何か、孤児院の中からただならぬ気配を感じていた。それはいわば魔力による存在感のようなもの。


『相当高い魔力の持ち主がいるな・・・。』

「ロウ、お前も感じたか。近付いただけで分かるほど魔力を垂れ流しにしているとはな。相当な魔法の使い手か、あるいは・・・」


生まれ育った孤児院に戻り、弾けるような笑顔を見せるユリムとサレジーナとは全く正反対の厳しい表情でゼロフトが答える。確かにロウが感じた魔力の流れは、闇の勇者キョウが魔法を使う際の魔力にも匹敵するほど大きなものであったのだ。

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