22.竜族
冒険者組合の建物は表口も裏口もアウミルス家の兵で固められてしまっていた。
ロウの固有能力【不可視】を使い気付かれず脱出するか、力技で強引に突破することは簡単なのだが、何れの場合も犯罪者扱いになるのは必至であり、あまり得策であるとは言い難い。
だが普通に外に出れば難何だかんだと難癖を付けられ、最悪は決闘なぞに持ち込まれるのがオチだろう。そうなれば、ロウの俄か剣術では正規の訓練を受けた騎士に敵うはずもない。
魔法攻撃は禁じられればロウに攻撃手段は無いに等しい。今更だがキョウに剣術でも習っておけば良かったと、内心後悔するのであった。
そんな事を後悔しても状況が好転する訳でもない。いい加減、あれこれ考えるのも面倒になったので、自分の周りに固有能力である【障壁】を張り巡らして強引に突破しようと覚悟を決めた時、冒険者組合の入口から一人の男が入ってきた。
身長が2mを越える大男である。
武器は肩掛けで持った巨大な刃を持つ赤柄槍だが、その鞘は見事な装飾がなされていて強い魔力を帯びていた。対して鎧は何も着用しておらず籠手と革のブーツのみだが、彼の筋肉は金属の鎧よりも硬いのではないかと思われるほど盛り上がり、腕や首など所々露出している部位には鱗のような文様が見えた。
その男はロウとキノに視線を向けると一瞬だが表情を強張らせ、だがすぐに元の無表情に戻ってロウの横を通り過ぎて窓口に向かうと、担当女性と二言三言会話を交わして軽く頷いている。そして今度は窓口を離れロウ達の元へ歩いてきかと思うと、ロウの目の前に立った男は相変わらず表情を変えず、唐突に言い放った。
「お前、俺とパーティを組め。」
『・・・』
「なぜ、と主が訪ねております。」
「パーティメンバーを守るのはリーダーの役目だ。この俺に手を出す馬鹿はこの国、いやこの世界にはいない。」
「我々のこの窮地を、救ってくださると?」
「救うのはお前達ではなく、あいつ等とこの街だ。お前に暴れられたら俺も止めに入らなければならない。そうなればこの街は消し飛ぶ。」
『おや、どうやら我ことが「見える」ようだな。』
「・・・念話か。俺の能力に【第三の目】というのがある。俺に『必要なモノ』だけを見せてくれる能力だ。」
『なるほど。我の隠蔽能力を上回る能力か。さすが冒険者最高峰白金クラスともなると多才な力を持っている。』
そういうロウも【邪眼】の鑑定能力を発動させ、男の能力を見ていた。
名 前:ゼロフト・ライズワイル(♂299)
種 族:竜人族
状 態:平常
生 命 力:22,000 魔力量:22,000
能 力:冒険者(レジェンダリ☆☆)
固有能力:【竜魔法】【第三の目】【半竜化】
特殊能力:【身体強化魔法】【咆哮】
通常能力:【剣術】【体術】【槍術】【生活魔法】【威圧】【索敵】
武 器:魔槍ディダスレント【十文字槍】神銀鋼
多段斬撃、凍化攻撃(魔力伝達時)、剛性上昇(魔力伝達時)、魔力吸収
防 具:魔槍ディダスレント【鞘・未装着】神銀鋼
魔法攻撃抵抗大、自己修復
冒険者の最高峰白金クラスの冒険者である。ゼロフトは冒険者の中でも数少ない竜人族で、自らが望めばいつでも最高位星三つに昇格できると言われるほどの実力者だ。
白金星三つには届かないまでも、竜人族で魔槍持ち、しかも星二つともなればこの世界で最強の一角の占める一人と言っても良いだろう。
特に稼げるような難易度の高い迷宮はなく、周辺に強い魔獣がいるわけでもないこの国に、数日前に突然白金級の彼がやってきたのだが、誰もその理由を知らない。竜人族はいかなる環境でもその力を発揮できる種族で水中でも陸上と変わらず戦闘ができるため、海棲魔獣の討伐依頼でも受けたのだろうと噂されていた。
周りにいた冒険者たちは遠巻きにロウ達を眺め、なぜ白金級と魔剣持ちが知り合いなのかと小声で話し始める。
「俺が掛け合うからここで暴れるのは勘弁してくれ。」
『いや、貴殿が助けてくれるのはありがたい。理不尽な要求をされて少々困っていたのだ。』
「助け、などと驕るつもりはない。こちらの都合もあってのことだ。」
そう言ってゼロフトは独り出入口に向かって歩いていく。ロウもキノを元の剣状態に戻しゼロフトに続いて冒険者組合を出ると、半円に取り囲んでいたアウミルス家の兵達に動揺が走った。どうやらゼロフトの事は彼らも良く知っているようである。
入口に立ったゼロフトは自分の前に槍を突立てると、竜人族特有の言語で詠唱を始める。
すると槍の鞘に魔力が集中し、ゼロフトに纏わり付くように集まってくる。やがて大きな鞘は布状に変形していき、そのままゼロフトの体に巻きつくと、一瞬で薄い金色に輝く鎧に変化していた。
これがゼロフトの持つ魔槍ディダスレントの能力で、槍の鞘が鎧に変化する【鎧化】である。攻撃力、防御力共に一級品でゼロフトが身に纏えば正に無敵であった。
「さて、アウミルスの兵よ。俺のパーティメンバーに何か用かな。口がきけない彼に変わって俺が話を聞こうではないか。」
「ゼロフト・ライズワイル・・・。な、なぜお前とその男が・・・昨日までは・・・」
「たった今俺の背中を預ける戦友となった。聞けは俺の戦友の武器を欲しているとか・・・詳しく聞かせてもらおうか。」
「う、うぬ・・・。」
たとえ貴族、いや華族といえ白銀級の高位冒険者と揉めるのは宜しくない。
過去の事例では、白銀最高峰の冒険者ととある王国の貴族が仕官を巡って揉めた際、王国はこの冒険者を国外追放および今後の国内での活動禁止という厳しい処置をとった。
件の貴族が自分に靡かぬ白銀の冒険者に刺客を送り、そのすべて返り討ちとなったので逆手を取り、殺人容疑で国に訴えた結果なのだが、国からの処罰を鼻で笑い、この冒険者は命令通り出国していったという。ところが時を同じくしてその国から半数以上の冒険者が消えてしまったのだ。
残っていたのはビギナーまでの若い冒険者だけで、高位の冒険者が消えたため、各地で魔獣の被害が相次いだり、商人たちが護衛を雇えず盗賊に襲われる被害が多発するなど、物流にまで影響が出始めたのである。
この事態に国の首脳は戦慄した。
国は直ちに冒険者組合を通しで和解を申し入れ、白銀級冒険者と揉めた貴族は爵位剥奪の上で平民まで落とし、冒険者組合にはこの件に対する慰謝料として金貨200枚を支払ったのだ。
白銀級になれば貴族身分で迎える国は掃いて捨てるほどあるのに、家臣として仕えよと言う方が間違いなのである。それほど白金級の冒険者は「格」が違うのだ。
「くっ、毎度毎度邪魔ばかりしおって、当家に刃向かってただで済むと思ったか!」
「ほう、毎度毎度同じセリフはかり吐いているな。何度刃向かってもただで済んでいるではないか。」
「ああ言えばこういう・・・獣人風情が!」
「ふん、他人のものを無理矢理奪うというコソ泥の真似事をする華族がいう捨て台詞など、ゴブリンの鳴き声にしか聞こえぬわ。」
ロウは話の行方があらぬ方向に向かっていることに戸惑いつつ、この竜人族の男とアウミルス家の間に何らかの確執があるのだと悟った。
ゼロフトがロウに手を貸してくれたのも、打算があっての事だったか。
暫くゼロフトと家宰の押し問答が続くも、元々理不尽な要求をしてきた華族側に理がある訳もなく、立場を利用した高圧的な虚勢を張るしかすべが無くなっていく。
そしてもう一度二者の間に立った組合長が「冒険者が消えて本当に困るのは組合でもあり国側でもある。」と過去事例を持ち出して説き、暗にこの辺で矛先を収めるようマシュージス迫ると、後に家名で抗議すると捨て台詞を残して肩を怒らせ去っていった。
アウミルス家の兵が撤収すると同時に周囲の冒険者達から歓声が上がる。アウミルス家の横暴は今回の事だけではなく、これまでにも苦渋をなめた者は数多くいたのである。
険しい表情のゼロフトもフッと息を吐き、魔槍の【鎧化】を解いた。
『ゼロフト殿、窮地を救って頂いて感謝する。多大な借りが出来たな。』
「さっきも言ったが、この街の為だし俺の都合でもある。だが、お前の事は聞かせてもらうぞ。」
『うーむ、まぁお主の【第三の目】で見たままなのだがな。別に構わぬぞ。』
「では、場所を変えるか。俺の定宿なら融通が利く。食堂の飯も美味い方だ。」
こうして即興で出来あがったロウ、キノ、ゼロフトの三人パーティは、とりあえずのリーダーであるゼロストが宿泊している宿へと向かったのであった。
◆
まだ昼にもならない曖昧な時間である。
ゼロストが使っている宿は【海竜が曳く草舟】といい、木造一部石造り3階建てで、一階部分が半地下の食堂兼酒場になっている、ごく一般的な宿屋であった。白金級と言えど、高級宿にだけ泊る訳ではないらしい。
一階の広い酒場は、建物を支える太い柱が剥き出しで上手く客席を分断しているので、ある意味客同士の揉め事を予防する防波堤の役目になっている。また半地下構造なので店にはロフトが設けてあり、そこは上客や常連だけが使える空間となっている。
ゼロフトとロウは店の扉を押し開いて中に入り、躊躇することなくロフト部分の一番奥のテーブルに陣取って槍を壁に立てると、すぐに近付いてきた従業員に酒とキノの飲み物、それと何かロウの知らない小料理を注文した。
ロウとキノも席に座り、物珍しそうに周りをキョロキョロ見ていると、注文した酒とキノの飲み物が運ばれてきた。
「こんな時間だが、人外を目の前にして普通に茶など飲んでられん。」
『問題ない。我もこれは好きな方なのでな。』
お互い杯を目前まで上げ乾杯の態をとり、一口酒を嚥下してから、ゼロフトがロウに話を促した。
ロウはこれまでの事を順序立ててゼロフトに話した。
ソシラン王国の迷宮で生まれた迷宮主であり、その迷宮を破壊して出てきたことや、その国でのアンデット集団との戦い。エルフの国に行き非正規奴隷解放のお手伝いをした事なども隠さず話した。
この都市国家にもヒュドラが迷宮から出てきた件や、ファーレン王国とブリアニア王国の衝突の噂は届いていたが、多くのエルフ族が捕まったとか、ブリアニナ王国の首都タウンゼルが炎上したとか、正確な情報は伝わっていなかった。
ロウが自分の正体も含め包み隠さずに話したのは、ゼロストが主義主観を一旦棚上げして、まずはロウの話を聞こうという姿勢を取ったことから、この男なら何を聞いても冷静に考えるだろうと感じたからだ。もっとも全て話したからと言ってロウが何か困るという訳でもないのだが。
この国に来た理由もただ魚が食べたかったからで、冒険者になったのも街に不法侵入するのではなく、正々堂々入りたいからだと説明した。
「しかし伝説の不死竜とは恐れ入った。しかも我々とこうして意思疎通も出来るとは。長生きしてみるもんだ。」
『我々を魔獣の類と一緒にしないでくれ。神獣種ならハジリスクや九尾もちゃんと我の話を理解しておるぞ。』
「ははは、それはすまなかった。だが、目の前にいきなり破滅級の化物が現れてみろ。俺だってあの場でロウに向けて最大魔法をぶっ放すところだったんだぜ。」
『まぁ、殆どの人族は我の隠蔽を見破ることなどできぬ。ゼロフトの能力が特例だっただけだ。』
料理が運ばれてきて、ついでに酒も追加で注文する。
小さく切ったブロック肉と歯応えのある野菜を一緒に炒めた料理だ。材料が新鮮なのか肉に臭みもなく、あっさりとした味わいで悪くは無い。しかし、ロウはエルザードの森で見つけた香辛料の包みを取出し、2、3度振りかけて食べ始めた。
やはり、ピリ辛の香辛料はこの肉にもピッタリで、元々下処理の良い肉だから肉汁の風味にも負けることは無い。
ロウが満面の笑みで肉を食べる姿をゼロストが興味深そうに見ていたので、ロウは残りの肉にも香辛料をふりかけて食べてみるようゼロストに勧めた。
「こ、これは!!!う、美味い!」
『中々であろう?胡椒にニンニク、玉葱、その他いろいろ配合したスパイスなのだ。』
「ど、どこで手に入るのだ!教えてくれ!」
『ま、まて!そう慌てるな。幾らか在庫はあるで持っていけばよい。』
「おお!ありがとう!これはすごいな!ただの肉がまるで別のモノになったようだぞ!」
『東の大森林に自生している植物から採れるのだ。近く彼の国では大規模栽培して売り出すようだぞ。』
原料を集めたのがエルザード大森林と話すと、ゼロフトもそこが妖精族の住む森であることを知っており、ファーレン王国の六傑の一人ダークエルフ族のハサンとは旧知であるという。なんでも中堅冒険者だった頃に、同じパーティで活動していたらしい。
思わぬ共通の知人がいることに驚き、それ以外にも互いの旅の話などで盛り上がり、二人の間にあった警戒と猜疑の壁もすっかりなくなってしまった。
妖精族の国の出来事や、ゼロフトの冒険話を肴にして、まだ昼過ぎだというのに酒が進む。
ロウはアルコールを摂取してもすぐ体内で魔力変換してしまうため酔うことは無いが、ゼロフトも水のように飲んでいるにもかかわらず、酔った素振りは一切ないので、相当酒に強いのだろう。
ふと、ゼロフトがロウの泊っている宿がどこかを訪ね、ロウが何処にも泊っていない広場で夜を明かしていると答えると、呆れたように溜息を付き給仕の女の子を呼んでこの宿の部屋を一つ確保させた。
魔剣といえ、女の子を野宿させるとは何事だ、というのが理由だ。
そんなキノのことを気遣うゼロフトにロウは何らかの違和を感じとり、あとで聞こうと考えていたことをこのタイミングで口にする。
『ところでゼロフト。我も一つ聞きたい事があるのだが良いだろうか?』
「聞かれて答えられることなら応えよう。」
『あの絡んできた貴族家と何かあるのか?我を助けたのはただの酔狂ではあるまい?』
「む・・・」
『答えられぬ、と言うのであれば無理には聞かぬ。あの貴族とのやり取りのなかに只ならぬ怒気を感じたでな。気になっただけだ。』
ロウの問いに、先ほどまで穏やかだったゼロフトの表情が一転し、怒りとも悲しみとも取れる複雑な顔に変わる。
そのまましばらく口を噤んでいたゼロストだったが、聞いてほしいことがある、といって持っていた杯をテーブルの端に置き深呼吸を一つした。
それから言葉を選ぶようにポツリポツリと言葉を繋げる。
ゼロフトがこの国に来た理由、それはこの国の何処かに竜人族の女が捕らわれている可能性が高いので助けに来たという事だった。それは非正規奴隷として無理矢理拘束された、友人の娘セイヤだという。
竜人族が住む国を出て冒険者として活動をしていたセイヤは、ここから少し離れた国を拠点にしていたのだが、何らかの理由でこの付近に来て、何らかの方法で拉致され行方不明となっているらしい。
竜人族は意識同調の能力を持っており、同族であればある程度の距離であれば簡単な会話もできる。
最後にセイヤから送られてきた意識が消えた場所はこの国が一番近かったことから、隣りの国にいたゼロフトの元に竜人の国から調査救出依頼が来たのだ。元よりゼロフトも友人の娘を助けるためなら、万難を排して臨むところである。手持ちの依頼を速攻で片付け、この都市国家に飛んできたのであった。
「しかし、この国に入ってすぐに意識同調を飛ばしたのだが、反応はなかったのだ。」
この国に入り早速意識同調を始めるも、何らかの結界があるのか、彼女の意識に同調できない。それともこの付近にはいないのかと捜索範囲を広げようとしたところ、数日前この街の中から弱い幽かな反応を掴む事が出来たのだ。
僅かな時間、弱い意識だったのでそれがセイヤの物かどうか、特定は出来なかったが、ゼロフトはそれがセイヤのモノだと確信する。
それから、冒険者組合に入る情報、街の噂話、その他伝手をたどって調べたところ、この国の華族の一つ、アウミルス家の当主が高価な奴隷を購入したという噂に行き当たったのだ。
高価な奴隷。それは没落の貴族かエルフ族、そして獣人種の希少種族である場合が多い。噂が本当であればそれがセイヤである可能性が非常に高いのだ。
その奴隷がセイヤなのか、華族の屋敷に強引に突入して調べれば早いのだが、ゼロフトは冒険者として余りに高名であり、突入した結果が間違えましたでは済まされない。さらに助けたとしても隷属の首輪が外せるかどうかも分からない。確認する方法がなく手をあぐねていた所だった。
そんな中でロウに出会ったのだ。それはゼロフトの勘なのか、竜神の加護なのか、ロウを見た時に彼の頭の中に何とかなるかもしれないという閃きがあったのだという。
『成程な。我もゼロフトも竜族に名を連ねる身、という事か。』
竜は相手の魔力を見て敵味方、親兄弟を見分けている。
竜の血脈である竜人族はこの世界の他種族とは体構造が全く異なり、体に内包する魔力量も多く血液の中に魔力が混じっているので寿命が長いとも言われている種族だ。その血がロウを有力な助けと認めたのか。
「我が同胞は人間族が作った隷属の首輪程度で精神支配されるような種族ではないが、セイヤはまだ若い竜人なので物理的に拘束されている可能性は否定できないのだ。」
『そんな事なら我が行っても良いぞ。あの忌々しい首輪も外すことが出来るしな。』
「な、なに?ど、どういう事だ?」
『そのままの意味だ。隷属魔法も出来るし透明化も認識阻害の隠蔽能力もある。こっそり忍び込んで女を貰ってくれば良いのだろう?』
「そんな事が出来るのか!?」
『まぁ、絶対にバレないとは言えんが、多少騒ぎになっても連れ出すことは出来ような。』
「ロウ!頼む!連れ出すのが無理なら確認だけでも良い!あの屋敷を調べてくれないか?」
『おけまるである。さっそく今晩にでも行ってくる。』
このような所でも非正規奴隷の解放に関わってしまったロウだが、キョウの目指す世界の助けになるのなら、非正規奴隷を解放することに何の躊躇いは無い。
一方、ゼロストは停滞していた懸案が突然動き出した事に戸惑いながらも、偶然のロウとの出会いを竜神に感謝するのであった。
◆
まだ夜の早い時間だが月明かりのない夜に、アウミルス家の門前に小ドラゴン姿になったロウがいた。無論、固有能力【透明化】を使っているのでその姿を捉えることは出来ない。
ロウが一匹だけでここに来ており、ゼロフトとキノは泊っている宿の食堂で酒を飲んで待機している。これには当然理由があり、華族の屋敷から竜人族が消えたとなれば真先にゼロフトが疑われる事が目に見えているので、そのアリバイ工作のため公衆の面前に姿をさらしているのだ。
もっとも、キノはロウと離れることを嫌がったが、キノの存在は目立ち過ぎるし、こういった隠密行動に適した能力も持っていないので主命で置いてきたのだ。
ロウは屋敷の高い塀を飛び越え、中に忍び込んだ。そのまま手入れが行き届いた庭を通り越して建物の間近までくる。ここまで魔法結界や警報などが無かったことに拍子抜けするが、無いならそれに越したことは無い。
さて、セイヤは三階建て広い屋敷の何所に囚われているのか、ガラスが入れてある窓を一つ一つ外から覗いていくがそれらしい部屋は無かったので、外からだけでは無理だと思い裏の勝手口が開いたタイミングを狙って屋敷内に潜入した。
この館は公邸と私邸に分かれており、公邸の方には昼夜となく人が出入りしているという事だったので、竜人族の子がいるとしたら私邸の方だろうと当たりを付け、固有能力【変化】を使って猫型になり先にそちらに廻ってみる。
数多くの部屋があり探し回るのに難儀したが、私邸の方には誰かが捕らわれているような部屋は無く、地下室や隠し部屋のようなものも見当たらなかった。
続いて人の多い公邸内を捜索するも、こちらの方にも何の痕跡も無い。この屋敷の当主であるアウミルス伯も側近と共に通常通り業務をこなしているようだった。
これはゼロフトが勘違いしているのかもしれないと、二階のテラスに降りたところ、ロウの感覚が幽かな魔力の乱れを感じ取る。それは空気が振動するように魔力を震わせている感じで、人族では感知できない微妙な違和感だった。
ロウは目を閉じ、魔力の乱れの元を探っていく。振動の中心、波が始まる方向は屋敷の裏手のようだ。再び小ドラゴンの姿でテラスを飛び立ち、屋敷の屋根を越えて裏手に回ると敷地内にあるいくつかの建物のうち、一番奥にある木造二階建ての建物が乱れの発生銀であることがすぐに分かった。
入口には二人の私兵が槍を立てて警備し、窓は全て閉まっていた。建物の中の気配は三つある。当たりだなと建物の屋根に降り立ち、触手を使って屋根板を外して中に侵入した。
屋根裏を進んで目的の部屋の上に行くと、女の歌声が聞こえてきた。歌に魔力が込められているのか、女の発声器官に魔力が込められているのかは分からないが、彼女を中心として小さく弱く魔力が振動していた。
ロウは迷わず天井板を外し、部屋の中に侵入する、
光りの無い部屋に檻が一つ置いてあり、中には全裸の女が閉じ込められていた。
全裸と言っても彼女の全身は青い鱗で覆われ、それがまるで青い服を着ているように見える。その姿は人間とは違い、頭に二本の角と背中には一対の羽。羽はまだ小さく、飾り程度のものだかまぎれもなく背中から生えていた。
竜の特徴を色濃く残した竜人族の女性であった。
『失礼。貴女がセイヤ殿か?』
「ひゃ!だ、誰?」
闇の中、突然頭の中に話しかけられ、彼女の歌が止まる。キョロキョロと周囲を見渡すも、夜目の利く竜人の目でも透明化したロウの姿を見つけることは出来なかった。
『これは失礼。我はロウと言う。ゼロフトの頼みでここに来た。』
「ええ?!叔父様が・・・ホントに助けに?」
ここでロウは透明化を解き小ドラゴンの姿を現す。檻の外にいきなり現れたドラゴンの幼体に、さすがにセイヤは驚いて固まっていたが、声を上げて騒ぐような真似はしなかった。
「あ、あなたは・・・いつのまに・・・。」
『まぁ、いろいろ聞きたいことはあろうが、それは後にしよう。ここから出る事が先だ。』
「ゼロ叔父様があなたに依頼を?」
『うむ、今は別の場所で待機している。さて、まずはこの箱だな。鍵は何処か・・・。』
「ダメなの・・・。この檻は魔道具になっているようで、あの男以外の人間が触れると弾かれてしまうの。」
『ふむ。』
ロウは固有能力【邪眼】を発動させ、魔道具だという檻を調べてみる。
魔道具:封印の檻【魔法結界具】 中に入った者への魔力供給と魔法発動を阻害する結界をもつ魔道具
記録した魔力以外の者は触れる事が出来ず、結界によって弾かれてしまう。
つまるところ簡易結界装置であった。
本来、野営などで魔獣を寄せ付けない為に使われる魔道具がこのような事に利用されているとは、人間族の悪知恵には舌を巻く思いである。こういった持続型の魔道具は使用者の魔力を供給して起動させるのだが、檻に入れられた者の魔力を使っているとは正に外道であった。
ロウは触手を伸ばし魔力を過剰供給して、檻の四隅に書き込まれていた魔法陣を破壊する。こうなればこの折は魔道具ではなくただの檻でしかないので、ロウは鉄格子を掴んで引き千切り、セイヤに出てくるように促した。
一方セイヤの方は、小さなドラゴンが力な魔道具をいとも容易く破壊してしまったことに呆然としていた。
『これ、早く出てきなさい。』
「あ・・・は、はい。」
『何処か怪我はないか?悪さはされておらぬか?』
「い、いえ・・・私は捕まってすぐに半竜化して身体を鱗で覆ったから傷も付けられなかった。・・・変な事もされてないわ。」
『そうか、良かったな。』
でも、と言ってセイヤの表情が曇る。
この建物の中には他にも二人の奴隷がいて、この屋敷の当主に毎日のように嬲られていたというのだ。硬い鱗が邪魔をして手を付けられぬセイヤの元にやって来ては、汚らしい言葉を吐いたり完全に人化しろと迫ったり、時にはここに別の奴隷の女を連れてきて目の前で犯したりもしていたという。
この檻の中にいると徐々に魔力が吸われ、もうそろそろ半竜化を維持できなくなる手前だったらしい。
セイヤの話を聞いてロウの目が段々と据わってくる。信頼でも力でもなく、権力と財力だけで人を支配するとは、人間族とはなんと下種な種族なのであろうか。
もちろんティノやユリアナのように貴族でも真っ当な者がいることは理解しているが、支配階級の上層にいる者の浅ましさは目を見張るものがあった。
冒険者の中にも奴隷を使い、迷宮で先行させて安全を確認させたり、敵への囮として使うなど非人道的な扱いをする者の殆どが人間族だという。稀に高待遇で奴隷らしからぬ扱いをし、喜ぶ奴隷をみて自己陶酔している冒険者もいるらしいが、そこまでしたいなら奴隷の身分から解放してやれば良いのだ。
ともあれ、セイヤによれば今夜はまだ当主がここに来ていないという事なので、脱出は急いだ方が良い。もちろん、ここにいる他の二人の奴隷も含めでだが。
だが、怒りが収まらないロウは、こっそり脱出するという当初の計画を変え、この貴族を生涯に渡って困らせてやろうと決心した。
まずこの当主に天誅を与えるべく、自分の影に潜むシャドウアサシンを呼び出した。
『シャドウアサシンよ。ここの当主の顔を覚えておるか?誰にも気取られないよう奴のタマを切り取ってしまえ。殺すなよ。』
シャドウアサシンは主の命に頷くと、再びロウの影の中に沈み姿を隠す。シャドウアサシンが目標を補足し、命令を遂行するまで数分はある。
ロウはセイヤに付けられた隷属の首輪を外し、さらに念のためセイヤに回復魔法をかけると、閉じ込められていた部屋の鍵だけを破壊し、彼女を連れて難なく廊下に出た。
他の奴隷達は手前の部屋に二人一緒に監禁されているようで、同じように鍵を破壊し中に入っていくと、寝具もなくボロ布が引いてあるだけの部屋の中に、服も着せられず体中痣だらけの人間族の女が、怯えた目をして肩を抱き合いこちらを見ていた。
「大丈夫、助けが来たの。」
怯えた女達はセイヤの言葉に喜色を浮かべるも、一緒にいたのがドラゴンの幼体であることに気付いて訝むような素振りを見せた。
女達は自分たちに向けてロウが触手を伸ばしてきたので短い悲鳴を上げるが、セイヤが女達の肩を抱き大丈夫だからと声を掛けると少しは落ち着いて、それでも向かってくる触手に恐怖心を隠せない。
しかし、先端が淡く光る触手が自分たちの首に触れた途端、そこにあった隷属の首輪が外れて床に落ちると、二人の目は驚きで見開かれ、やがてその目に涙が溢れてくると口元を押さえ、声を出さない様に嗚咽し始めた。
更にロウは浄化魔法と回復魔法を女達に施し、女達の汚れと傷を治していくと、ついに女達は我慢できず号泣し始める。
丁度その時、屋敷の方から慌ただしく動き回る気配が伝わってきて、ロウはシャドウアサシンが目的を果たしたことを悟るが、次の瞬間、そのシャドウアサシンがロウの影から現れ、寝具に使うシーツと思しき布をロウに差し出した。
恐らく、女達が裸であることを気にしているからと、どこからか仕入れてきたのだろう。
「これ・・・私たちに?」
『うむ!さすが我が眷属である。良く気が回ったなシャドウアサシンよ、後で何か褒美をやろう!』
ロウの言葉にシャドウアサシンの身体が震え、何となく喜んでいるような気配が伝わってきた。
女達の身支度を終え、後はどうやって逃げ出すかであるが、この華族の女達への扱いに腹を立てていたロウは、遠慮を捨てることにした。
固有能力【変化】を発動し、部屋の中でいつもの黒狼姿に変化すると、女達三人を背中に乗せしっかりと触手で固定すると、風魔法のブレスで二階の壁をぶち抜いて屋外に飛出して入口に立っていた二人の男の前に降り立った。
突然目の前に降り立った巨大な魔獣に錯乱している兵士に【威圧】をぶつけて気絶させると、ロウは別の触手を使って男達を屋敷の方へ投げ飛ばし、炎ブレスを吐いて女達が捕らわれていた小屋を焼き払ってしまった。さらに今度は本邸に向き直り、軌道上に人の気配が無いことを確認して風ブレスを吐きだし、本邸のど真ん中に直径3m程の風穴を開けたかと思うとそのまま跳躍して敷地外に脱出した。
当主が何者かに襲われ、屋敷が破壊され、アウミルス家が大混乱に陥っている。
『さて、ゼロストのいる場所へ戻ろうかの。』
「はい!」
女三人を乗せたロウは文字通り闇と同化して街の中へ消えて行ったのであった。




