21.魔剣
だいぶ日が傾き周りの景色が朱に染まる頃、街に入るための門には、行商を終えた商人や、依頼や採取を終えて戻ってきた冒険者達が短い列を作っている。
この街にやってきた人より「帰ってきた」人の方が多いようで、無事に戻ってきた安堵からか彼らの間にはどこか長閑な空気が流れていた。
憲兵隊の詰所は、街の第三城壁(一番外側)の城門付近にあったので、そんな喧騒も聞こえてくる。
大人しく連行されてきたロウは、宿屋で言えば三人部屋くらいの広さの二階にある部屋に通された。中には大きな長方形の机と六人分の椅子があり、窓が開いていて外の景色が良く見える。特に魔法結界のような仕掛けもなく罪人の取調を行うような場所ではなさそうだ。
ロウの向かいには初老の騎士と、ロウをここまで連れてきた隊長さんが若干机から椅子を引いて座っている。
二人の腰が引けている理由は、机の上に深紅の鞘に納められた魔剣が、無造作に置かれているからだ。
この魔剣を買った商人は自分の店の中で斬り殺されていたそうだ。犯人は酒場でロウを襲った男で殺された商人の護衛を務めており、その殺害現場に居合わせた店員も逃げる際に背中を浅く斬られている。
話を聞くとこの魔剣、直接触れた者の精神を支配し狂気状態にしてしまう魔剣ようで、誰も触ろうとしないのだ。
競売に掛けられた時までこの剣が入っていた魔封じの箱は、狂気化した護衛の男が魔剣で切り刻んでしまって効力を無くし、鞘も含めて扱える者がいないらしい。残っていた鞘はこの詰所に来る前に商人の店に立ち寄り、血の海の中にあったのをロウが拾い上げてきた。
『で?』
ロウが仏頂面で目の前の初老の男に紙を見せて尋ねる。
「だから、お主にこの魔剣を引き取ってもらいたいのだ。」
初老の男も仏頂面だが、何とかせねばという悲壮感が見受けられた。
つまり、憲兵隊ではこの厄介な魔剣を、どういう訳か精神支配の影響を受けないロウに引き取ってもらおうとしているのだ。
持主となった商人の男はこの魔剣に殺されたようなもので、男の家族もこんな魔剣に関わりなくない、金は要らないから憲兵隊で引き取ってくれと言って、魔剣の受け取りを拒否し譲渡証明書まで提出しているのだという。
憲兵隊としてもこんな危険な魔剣を受け取って、もし隊の誰か触ってしまったら大変な事になると尻込みし、態の良い厄介払いが出来ると考えて、ロウに押し付けようとしているのだ。
『我は関係ないぞ。』
「魔封じの箱が無くなった今、この魔剣を扱えるのは君しかいないのだ。誰かが手にすればまた惨劇が起こってしまうのは必定。」
『また箱を作ればよいだろう?』
「そ、そんな高価な魔動具を作れるわけがないだろう。第一、それ程の物を作れる者がどこに居るかすら分からんのに・・・。」
我なら作れるぞ、と内心ロウは呟くが、ここでは言わないでおく。言ったら余計な仕事をさせられるのは間違いない。
まぁそんな物騒な物なら空間倉庫にでも入れておけば良いかと考え直し、取りあえず了承の意を示すと、二人は隠すことなく喜色を浮かべ、早速魔剣の持主がロウである譲渡証明書を作るともう用は済んだとばかりに退出を促してきた。
片手に魔剣を持つロウは、背中を押されるようにして憲兵隊の詰所を出る。そのまま持っていても邪魔なので。取りあえず手に持つ魔剣を魔法拡張鞄の中に仕舞おうとすると、何故か剣先から入らなかった。
周囲に人目がある場所で空間倉庫を開くわけにもいかず、仕方なく片手持ちのまま街を歩く。さて、今夜は何処で寝ようかと考えていると、今まで静かだった魔剣が念話でロウに話しかけてきた。
『あの・・・』
『ん、漸く喋ったか。お前のせいで厄介事に巻き込まれたわ。』
『ごめんなさい。ごめんなさい。大人しくするから壊さないで下さい!』
多少威圧を込めたロウの返事に対し、涙声で必死に懇願してくる魔剣にロウは呆顔で溜息をつく。
聞けばこの魔剣、先ほどロウが魔力を通すまでは自分の意識は暗い闇の中にあって、ハッキリと自我があった訳ではなかったという。そんな状態がどれくらい続いていたのかすら覚えていないという事だった。
ところがロウが強力な魔力を込めたせいでその幽かな意識も飛び、そしてつい先程覚醒した時には自分の意思で自分を制御できるようになり、これまでの自分の行い、置かれている状況を初めて自覚したという。
『ではお前が殺せ殺せと我に精神支配を掛けようとしたことも覚えているのか?』
『そ、それは確かに私のしたことだが、メイリーナがやった事でもあるのです。』
『ん?なんだメイリーナとは。お前の名前か?』
『違う。私には名前などない。それは私の最初の持ち主の名。私を魔道工作士に作らせた貴族です。』
『ほう・・・』
しばらく歩いて大通りの先にある広場まで出て、ロウは手近にあったベンチに腰を下ろした。だいぶ前に日も暮れており、明かりの無い公園には人の気配はない。
魔剣の話は四百年ほど遡る。
昔、この街から遠いとある国の貴族の子女が、病の父の代りに戦場に駆り出された。女でありながら戦に出なければならなかったのは病の貴族には世継となる子息がいなかったからだ。戦闘の事は兵士長に任せておけばよかったのだが、家名の象徴として最前線に立たねばならず、気が弱い彼女はまともに戦場を見ることすら出来なかったという。
そこでその貴族家の家宰は、戦場で心を鼓舞する魔動具の制作を領内の魔動工作士に命じ、出来上がった剣が【煽舞の剣】たる自分だったそうだ。
基本能力は持つ者の魔法属性を底上げするもので、剣に触れた者の心を高揚させる能力は後付けされたのだが、それはある意味麻薬の様な術式であった。
その術式とは人族の血液に反応して、脳の快楽成分の分泌が促進される魔力を放出し、持主は快感が得られるというものだったのだ。
元々は剣術より魔法の才があったメイリーナはこの剣の能力を引き出すための魔力は十分持っており、これまでどうしても克服できなかった恐怖心が消え、敵と対峙するごとに高揚感が生まれ、その敵を倒すと全身に快感が走った。
戦場で恐れるものが無くなったメイリーナは、次々と敵を撃破し、功績を積んでいく。
その結果、メイリーナは剣の齎す快感に溺れ、さらなる敵兵を求めて戦いを推し進め、殺戮を繰り返して行った。敵兵だけではない。進軍する途中での村や町でも見境なく人の血を求め、数多くの命を奪って行ったのだった。
それでもメイリーナは剣を離した途端に我に返って、目の前の惨状に絶句し、後悔に苛まれ、終いにはこれは自分のやった事ではない、この剣が自分を操ったからだという現実逃避に変わっていったのだ。
やがて彼女の言い訳じみた感情は、剣に対する怨念に変わっていく。この剣が悪いのだ、と。
当然、作られたばかりの剣に魂など宿る訳はなく、ただの魔道武器でしかなかった剣が持主を操るなどという自我を持つ訳がない。
魔剣となるには多くの血と怨念と魔力を吸わなければならない。しかし、メイリーナが剣に与える魔力と怨念、彼女が殺した者の無念と血は、ただの剣を魔剣に進化させるのに十分な量の「念」を吸収していたのだ。
そして最後にメイリーナはこの剣で自分の喉を突く。
剣はメイリーナの流す血を大量に吸ったことにより、メイリーナの負の意識と剣は同化した。その時ただの剣が魔剣となり初めて自我というものを持ったのである。ただし、メイリーナの負の感情は怨念となって剣に纏わり付き、それは狂気となって触る者を支配したのである。
『つまり、お前はそのメイリーナである訳だな。』
『メイリーナでありメイリーナでもない。彼女の怨念が破壊され、あとに残った残渣が自分です。彼女の記憶は引き継いでいるようですが。』
良く分からないが、この魔剣は怨念だの負の感情だのが練固まったモノではないようだ。こうして話をしていても、最初に手に取った時のような精神に干渉してくるような感じはなく、どちらかと言えば魔剣からは喜びとも悲しみともとれる複雑な感情が感じとることができるほどだ。
『で、我にどうせよと言うのだ?』
『私を傍に置いてくれないでしょうか。もうメイリーナの怨念を振りまくことは無いし、人を操る事も出来そうにないし。』
『我でなくとも良き持主を探せばよかろう。仮にも魔剣なのだからお前を欲しがる者はいるだろう。』
『これまで自分がしてきた事の記憶はある。こんな私を手に取る者などいないと思う。』
『我は剣など必要ないのだがな・・・まぁよかろう。』
仕方がないと、ロウは背中に背負った自前の剣を肩掛けベルトから外して空間倉庫を開いて仕舞い、代りに魔剣をベルトに装着する。
ロウとしては魔剣が精神操作や呪いを仕掛けてこないならば、魔剣が近くにいることは何とも思わないし、話し相手がいても別に苦にならない。しばらく様子を見てみるかと、軽い気持ちで承諾したのである。
そのままベンチに座って魔剣の身の上話をしていると、思い出したように魔剣が尋ねてくる。
『もう夜だが、主様は住む場所が無いのですか?』
『ん?特に家は必要はないからな。それから我はロウだ。そう呼んでくれ。』
『ではロウ様、まさかいつも野宿なのですか?』
『そうなるな。余り人族と係わるとボロが出る。慎重に行動せねば串焼きが食えん。あと様はいらんぞ、ロウで良い。』
『え?』
『我は人族ではない。不死竜ヒュドラ、神獣種である。』
『え?』
『今は固有能力を使って人型になっているだけだ。人の街に入るのに便利だからな。』
魔剣に表情があるとしたら、文字通り固まっていただろう。彼が見ている世界が人と同じものなら、ロウの姿は確かに人族のモノであり、メイリーナの知識にある神獣とは全く違うものだったからだ。
しかしながら、数百年も溜めこんだメイリーナの怨念さえ強力な魔力で打ち払ったのだから、本当に人を越えた高位の存在であることは間違いない。それ程の存在とは思ってもいなかった魔剣は激しく狼狽する。
だが、と魔剣は考える。
自分が主と決めた方が神獣であるなら、これからはずっと自分と一緒にいてくれるのである。もちろん主の逆鱗に触れて放り出されては別だが、しっかり仕えて認めてもらえば、もうあちらこちらと盥回しにされることもない。
『ロウ様が神族ならば私はロウ様の眷属になる。いや、隷属しても良い。お願いします!』
『うむむ、そうきたか。何か面倒が起きそうな予感がするのは気のせいかの・・・』
『ロウ様の名に恥じぬよう、精一杯努めます!どうか、どうかお願いします!」』
『だから我はロウで良いと言うのに・・・』
ロウは背中の魔剣を抜き、空中に浮かべると古代魔法の隷属魔法陣を発動させる。
目の前に魔法陣を具現化すると、同じく空中に浮いている魔剣に重ね、我が眷属たれ、と頭の中で唱えてみる。すると魔法陣は一瞬強い輝きを見せ、徐々に縮小すると魔剣の剣身に吸い込まれて消え、ブレードの根元にくっきりとその紋様を残した。
ロウの隷属魔法は眷属化と従属化の二つを使い分ける。その違いは単純にロウにとって自分の家族と見ているか、そうでないかの違いである。だから自分が迷宮で直接創り出したハジリスクや九尾は元より、迷宮で自然発生したキマイラやシャドウアサシンも家族と思っており、「不死竜ヒュドラの眷属」が能力として示されるのだ。
果たして隷属魔法を使って魔剣を眷属にできるのだろうか。
『ではロウ様、私に名前を付けて欲しい。』
『そんなの我は知らぬぞ。適当に名乗れば良いではないか。』
『名を貰わねば眷属にはなれない。ロウ様の付けた名前なら喜んで生涯名乗ろう。』
『名前か・・・。ふ~む、狂気の魔剣だからキョウとか・・・いや、キョウはキョウがいるから駄目だな。きっと怒られる。』
『とても安易な方向へ進んでいる気がするのだが・・・』
『よし、【狂気の魔剣】からキョウを取ってキノマケンとするのはどうだ!』
『・・・』
『・・・魔剣を取って短くキノで。』
『有難く拝名します・・・。』
あまり深く考えず、この魔剣の主となることを了承したロウだが、これがロウと魔剣の長い長い歴史の原点になったと語られるのは、さらに気の遠くなるほど先の話である。
◆
結局、広場のベンチで一夜を明かして、少し時間は早いが昨日と同じように野ブタ駆除の依頼を受けるため冒険者組合に向かう。
ちらほらと開店している屋台は冒険者達に朝食を売っているところが多く、焼いた肉を挟んだパンや美味しそうな匂いを放つスープなどがロウの五感を刺激し、せっかく芽生えた勤労意識を摘み取るには十分な破壊力を持っていた。
時間をかけて幾つかの屋台で寄り道をし、朝食に満足したロウが冒険者組合の建物に入っていくと、途中寄り道して遅くなった割には、まだエントランスホールに多くの冒険者達が居残っていた。
ロウは真直ぐ依頼掲示板の前まで行き、昨日受けたて野ブタ討伐依頼がまだあるかどうか確認してみる。特に普通の冒険者と違う行動をしていたわけではないが、何となくロウをみていた冒険者の一人が、背中に背負った紅い鞘の剣に目を留め、思わず息を呑んだ。
昨晩開かれた競売で魔剣が出展された事は知っていたし、その魔剣が引き起こした昨夜の殺人事件は街中でも噂になっている。さらにその魔剣を力ずくで制御して従わせたのが見習い冒険者であることも、今朝の冒険者組合で幾度となく話が聞こえてきていた。
男の動揺が仲間の注意を引き、それがまた隣の冒険者に伝わってエントランスホールが異様な雰囲気に包まれる。
ロウはそんな他人の緊張を気にも留めず掲示板を離れると、昨日お世話になった男性職員の窓口へ向い、順番待ちをしている冒険者達の後ろに並ぶ。ところが先に並んでいた他の冒険者達は波が引くように別の窓口へ移動していった。
怪訝に思いながらも、依頼の申し込みを行おうとカウンターに近付くと、それまで大人しくしていたキノが遠慮がちに訊ねてきた。
『ロウ様。私も冒険者になれるのだろうか?』
『ん?魔剣では無理だろう。人族ではないのだからな。それに他の冒険者と会話できなければ冒険者稼業を続けていくのは難しいらしいぞ。』
ロウは冒険者登録時に聞きかじった知識をキノに伝えるが、何か考えがあるのかキノは諦めなかった。
『ロウ様のように人に化けでも駄目でしょうか?それに誰か他の者と組むなど眷属としてあり得ないですし。』
『なに?人型になれるのか?それなら話は別だがな。』
『たぶん出来るといます。少し魔力を貰えないでしょうか?』
ロウはキノに言われた通り、鞘から抜かぬままゆっくりと魔力を流し込んでいく。
しばらくすると何かに引かれるようにキノがロウの手から離れて空中に静止すると、その身から黒い霧のようなものを溢れ出して見る見るその姿を覆い隠した。黒霧の中で稲妻のような光が数回走ると徐々に霧は薄れていき、霧があったその場所に誰もが思いもしないモノがいることを見た。
そこに立っていたのは、魔剣の鞘と同じ深紅のショートドレスを身に着けた少女であった。灰色で艶のあるストレートの髪を腰まで伸ばし、ドレスの色と同じ深紅の大きな瞳をした、年の頃が12~13歳女の子であった。
身長はそれほど高くないが、色白で手足は長く細くしなやかで、同年代の娘より多少大人っぽい印象を与えている。
名 前:キノ
種 族:魔剣
状 態:弱興奮
生 命 力:‐ 魔力量:‐
適性能力:不死竜ヒュドラの眷属8
固有能力:【魔力供給吸収】【擬人化】【自己修復】
特殊能力:【身体強制強化】【狂気】
通常能力:【硬化】
これにはさすがのロウも驚いて、固有能力【邪眼】を使ってキノを見たが、キノは間違いなくキノで種族も魔剣となっているし、固有能力にも【擬人化】があった。
「ロウ様、この姿ならばその冒険者というものに登録できませんか?」
しかもちゃんと喋ることができる。大きな赤い瞳をクリクリと動かし、下から覗き込んでくるキノは、見た目上は間違いなく人間族の可憐な少女である。
『む、むう・・・まさかキノにそんな能力があるとはな・・・』
「ロウ様と眷属契約した折に得ました能力です。この姿なら私はロウ様の”口”にもなれまし、もう筆談の必要もないかと。」
『おおおおおっ!なるほどそうか!!キノ!でかした!!』
「お褒め頂き光栄です、ロウ様。」
キノはその可憐な見た目に似合わず、艶然とした表情で笑いかける。
しかも、とロウは考える。これはもしかして自分がわざわざ人型にならなくても街に入れるのではないかと。ティノと一緒だった時の様に、キノを召喚士か魔獣使いにでも仕立てて、自分はキノの従魔の振りをすればよいのだ。
ロウは筆談の煩わしさから解放されることより、人型にならなくても美味しいものが食べられることの方が嬉しかった。
ロウは早速、呆気にとられている男性職員の元へ行き、魔剣キノを冒険者登録できるかどうかを尋ねた。
「す、少し待ってくれ。このような例は無いので上の者に報告してくる。」
慌てた様子で男が出て行き、後に残された二人(?)はホールの待合スペースに移動し、人化したキノの動きを確認したり、五感はどのように働くのか、特に食べることは出来るのかを検証したりと、周囲の困惑を全く無視している。
言葉を出すキノはまだしも、ロウは声を出していないのに恰も会話が成立しているかのようにキノの相手をしているからだ。
少し時間が経って、ロウ達が呼ばれたのは二階にある組合支部長の部屋であった。
支部長と呼ばれている白髭を蓄えた初老の男は、ロウとキノが入っていくと何故だか嬉しそうに二人に手招きして、簡素だが質の良さそうな大きなソファに座るよう愛想よく勧める。
ロウ達と対面するのは組合支部長と秘書のような女性職員だ。
「ほっほっほ、魔剣が人に化けるとはのう。長生きしてみるもんじゃわ。」
支部長が朗らかに笑い、供された紅茶を二人に勧める。
話を進めていくと、支部長は魔剣だろうが何だろうが冒険者になりたいのであれば差別せず、ちゃんと登録させて組合に貢献してもらえば良いという考えだが、昨日の殺人事件を受けて、秘書官がそれに反対している。
「冒険者組合は種族の差別を禁じておる。したがって【魔剣】という種族も規則に則り、他の種族と同じように扱わねばならんよ。」
「し、しかし支部長!」
「なに、以前魔人族のナタクジルが冒険者登録した時も揉めたが、結局は組合員にしたではないか。あ奴は今では金の星1つじゃぞ。」
「それはナタクジル殿は魔人族とはいえ人族だからです!彼女は魔剣ですよ!すでに殺人も犯しています!」
「昨日と人格が違うというではないか。今なら儂が手にとっても狂気化しないのであろう?」
「はい。もう人を狂わせることはないです。持ってみますか?」
キノの特殊能力として【狂気】は残っているが、すでにキノの制御下にある能力であるから、狂気化させることも出来るし、その手前で止めることも出来るのだ。
キノは席を立つと擬人化を解除してロウの手に収まる。ロウは少しだけ考え片手で魔剣を差し出すと、支部長は何の迷いも見せずにそれを受け取った。秘書管が短く悲鳴を上げるが、剣を持った支部長の表情が変わることは無く、ニコニコと笑みを浮かべたままである。
「なるほど。ロウ君の言うような呪詛や精神支配は感じぬな。魔力は感じるが人が狂う程ではない・・・か。重さからすると鍛造かの・・・」
『ほう。支部長殿は鍜治の心得もお持ちで?』(筆談)
「なに、大昔の話じゃよ。鍛造剣を作る気の良い鍛冶屋がいての。いろいろと教わったんじゃよ。」
金属加工の違いを持っただけで言い当てるとは、剣にも制作技術にも精通しなければならない。この老人、相当修練と経験を積んだに違いない。
そのまま洗練された動作で魔剣を抜くと、剣先から一通り剣身を眺め、それで満足したのか再び剣を鞘に戻してロウに手渡した。
ロウの手に戻ると再び魔剣から黒霧が発生し、その中から先程と姿の変わらないキノが現れた。
「儂がキノ嬢ちゃんを持っても何も感じんかったよ。ちゃんと自分を持っておる。」
「ありがとうございます。」
「し、しかしですね・・」
「良いではないか。皆と同じ黄色の見習いからだが頑張って上を目指して、組合にもちとばかり貢献してくれよ。オリアンヌ、登録の手続きをしてやってくれ。」
「・・・はい。」
「ありがとうございます、支部長さま。」
「ふぉ、ふぉ、良い良い。」
ロウにとって聊か不本意ではあると感じる面はあるのだが、周りに流されてしまった結果、厄災の神獣と狂気の魔剣の最凶コンビが出来上がったのである。
『ところでキノよ。』
『何でしょうか。ロウ様。』
『何故か口調まで変わっておらぬか?やけに女っぽいが・・・。』
『この姿はメイリーナが一番幸せだったころの姿。それにキノの意識はメイリーナの意識でもあるので女性寄りですよ。』
『なるほどな。』
その後二人は無事登録手続きも済まし、早速野ブタ駆除の依頼を受けて北の丘陵地を目指して街を出る。さすがに注目を集めているので街中で変化する訳にもいかず、今回はちゃんと認定プレートを門番に見せて街の出降り口から歩いて出てきた。
しばらくロウは人気が無くなるところまで魔剣に戻ったキノを背に街道を走り、そこから街道を外れて人の目が無いことを確認して再びキノに擬人化するよう促した。
『ここからは空を飛んでいく。』
『ロウ様は本当の姿に戻るのですか?』
『いや、ドラゴンの幼体姿に変化する。一番慣れた姿だからな。』
そういってロウは小ドラゴンの姿に変化したが、その姿ではキノを乗せる事が出来ないと気が付き、幼体姿からキノに合わせて体を少し大きくする。
そんなロウの変化をメイリーナの記憶をもつキノは目を輝かせて見つめており、ロウが背中に乗れと命じた時は、弾けるほどの笑顔を見せたのであった。
そのまま北の丘陵地から東の山地まで飛び、この二日で乱獲したため少なくなった野ブタと野ヒツジを夜中までかかってなんとか40頭仕留め、ロウの昇格要件とキノの五件分を確保してから野宿する準備に取り掛かった。
準備と言っても、二人とも食事や睡眠が必要という訳でもないので、ロウが黒狼姿に変化してその懐にキノが入り込むだけである。
擬人化を覚えたてのキノは、始めの内は人化状態で戦うと体の動きがスムーズにいかない場面もあったのだが、元々メイリーナの意識が混じっているため徐々に人らしい動きが出来るようになり、後半では自分で野ヒツジを狩れるまでになっている。
魔剣が人化するにはそれなりの魔力が必要となるが、キノの場合、ロウの無限ともいえる魔力から供給を受けているので、ロウの近くにいる間は人型を維持し、それなりの活動を行う事も可能なのだ。
人化して戦闘を行うという行為は、キノにとってかなり新鮮に感じたらしく、ロウに対してあの時はこうだった、こんな風にすれば良かったと興奮気味に話していた。
これまで怨念に突き動かされた殺戮しか経験のない魔剣のキノ、いやメイリーナの意識を持つキノにとって、害獣に困った人のために生命を奪うという行為が新鮮だったのかもしれない。
翌朝、ロウとキノは共に人型となって街に戻り、例にもれず適当に朝食を食べ周った後で冒険者組合に行き、野ブタ討伐依頼の完了報告を行う。
因みにキノは人族の食べ物を口にしても味がしないそうで、一口果物を食べた後は何も口にしていない。美味しいと感じるのはロウから流れてくる魔力だけだそうだ。
ロウの青縁になった認定プレートを受け取り、あと5件でロウと同じ青色になるキノの依頼を探すため、掲示板の前にいって張り出してある依頼を見ていく。見習いに出来る依頼は港での荷役や街での雑用など単独で行うモノが多く、丸一日かけて一件の達成といった効率の悪い依頼ばかりしか残っていない。
さて、害獣が増えるまで待つか、ビギナーの依頼を受けるかロウ達が掲示板の前で悩んでいると、なんとなく受付窓口の方が騒がしくなり、そのざわめきがロウの背後に近付いてくる気配があった。
そして尊大な口調でロウの背中に投げられた言葉にロウが振り向くと、いかにも上層階級といった男が十数名もの取り巻きを従えて立っていた。
「お前が魔剣持ちの冒険者か。剣が人に化けるとは中々珍品である。金は望み通り出してやるから魔剣を私達に差し出すのだ。」
この都市国家にも貴族身分の人間がいる。
彼らは町が出来た初期からこの場所に住まい、都市がどんどん大きく形成されていく過程で、その中心になって活動していたので、国家規模まで街が大きくなってもそのまま街の政を担う施政官となった者達である。
世襲で引き継がれ、現代では貴族のような立場となっていいて、この都市国家内では華族と呼ばれていた。
このセイギャロンには華族が七家存在し、都市を三等分にして統治する高三家と街の産業を担う従四家で、この男は従四家のうちの一つアウミルス家の家宰である。
アウミルス家は街の商業組合と繋がりが強く、先日行われた魔剣が出展されるような競売の胴元を務めたり、公共賭場の運営に携わっていたりする。
この華族の当主は骨董珍品の収集家であり、競売に集められた珍しい品物も裏で掠め取っているとか、不法に値を釣り上げているとか悪い噂が絶えない人物であった。さすがに「狂気の魔剣」には手を出さなかったようだが、落札した商人が死に、魔剣自体が制御できるようになったと知って食指を伸ばしてきたか。
男の呼びかけに振り向いたロウは一瞥したたけですぐ興味を無くし、男の顔も見ずに首と手を横に振り、掲示板の方に向き直ってしまった。
「わが主は魔剣を手放すつもりはない、と言っています。では。」
キノも一言で切り捨てると、ロウに倣って掲示板の物色に戻る。
ここまであっさりと拒否されるとは考えていなかった家宰は呆気にとられ、二の句が継げずに口をパクパクさせていたが、やがてロウの不遜な態度に相当機嫌を損ね、声高にロウに対して脅しをかけてくる。
「ふん、我ら華族に従わぬ者など不敬罪で処罰できるのだぞ!」
「身分が高い王や王族ならいざ知らず、ただの家臣の腰巾着風情に不敬とは笑わせる、と主が申しております。」
「なっ!!!たかが冒険者風情が図に乗りおったな。
「こら!余計な事まで伝えるな!と主が・・・え?」
キノの通訳を聞き、激昂して顔が真赤になっている家宰だが、冒険者組合の中で騒ぎを起こすのは流石にまずいと思ったのか、肩を上下させて息を静め、隣りに立つ兵士に何事か耳打ちをし、半数ほどを組合の外に退出させる。
華族の状況にキナ臭くささを感じたロウとキノは今日の依頼受注を諦め、男達の横をすり抜けて冒険者組合の外に出ようを出口に向かおうとすると、行く手を阻むようにアウミルス家の兵士が槍を交差させた。
「・・・何のつもりか、と主が言っております。」
「ふん!下賤な冒険者が我ら華族に逆らえると思ったか。我が家名に対する不敬罪で貴様を牢にぶち込んでくれるわ!連れて行け!」
アウミルス家の私兵がロウを捕えようと前に出た時、ロウを取り囲んだ人垣の後ろから鋭い声で制止した者が居た。
「マシュージス様、組合内で何の騒ぎですかな?この中で揉め事を起こすとは、それなりの覚悟を持っていらっしゃるのかの。」
「ちっ!」
キノの冒険者登録時に、組合支部長を名乗った老人が、屈強な冒険者二人を従えてマシュージスを睨み付けている。
冒険者組合、商工組合、魔法士組合など同業者を束ねる組合は多いが、組合内での騒ぎは厳禁という規則がある。たとえそれが上位者であっても変わらない、というのが各組合の共通認識であった。
「この中で騒ぎを起こせば、たとえアウミルス家とはいえ只では済みませんぞ?第一、この場でも冒険者達が黙っては居りますまい。」
「ふ!野蛮な者共にその気概があるのか?アウミルス家に剣を向けるというなら、この街に住めなくなることと同義であるぞ。」
「冒険者ならば居を変えるくらい、何ともありませぬ。」
「はっはっはっ!!冒険者がこの街からいなくなって困るのは組合の方であろう!ふっ、まぁ良い、ここは引いておくか。だが、この建物の外まで余計な口出しは無用である!」
そう言ってマシュージスは肩を怒らせて出口に向かう。
しかし、そのまま帰る訳ではなく、建物の外でロウ達が出てくるのを待つ気なのだろう。先に出て行った兵士は裏口の方で待機しているようだった。
組合長が長い息を吐き、眉間に皺を寄せてロウ達に話しかけてくる。
「すまんの。昨日、魔剣が人化したところを見た連中があちらこちらで言い触らしたのじゃ。それがアウミルスの強欲華族の耳に入ったらしい。」
「人目のあるところで人化させたこちらが悪かった、と主が言っております。」
「む、とにかく厄介な人物で問題も多い。あの調子では建物を出た途端、因縁をつけてくるじゃろ。すぐに高3家に訴えを出してみるが時間が掛かるのじゃ。」
「馬鹿は放っておいてこの街をすぐに出る、逃げ足は速い、と主は言っております。」
「それがの・・・、逃げても不敬罪のような罪をでっち上げられて、手配者にされてしまうじゃろ。さて、どうしたものか。」
魔剣と係わったことで何事か揉め事が起こる予感がしていたロウだが、さすがにこれほど早く降り掛かってくるとは思っていなかった。
それにしても、人間族とはなんと強欲な種族なのだろうかと改めて思う。奴隷制度の事といい、珍しいものへの執着といい、おのれの欲望を制御できないなんと未熟な種族か。
元は人間。しかし人間族への評価をまた一段下げたロウであった。




