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この世界の何処かの空に浮かぶ浮遊島。


積乱雲の壁に囲まれたこの島にも眩い陽の光が惜しみなく降り注ぎ、湖面を走る風も暖かで静かに水面を揺らしている。そんな穏やかな天気誘われて、元の姿で湖畔に寝そべるロウも、水面から二つ首を出して岸に預けているこの湖の主ハジリスクも昼寝を楽しんでいた。

ロウにとって至福である惰眠の時間 串焼きを食べる時もそうだが、この浮遊島の空気は美味しく最高に気持ちが良い。


この浮遊島も、鳥も獣も、草木も花も、随分と多くなった。

来たばかりの時に比べて森が随分と元気になり、大地を覆う草花の緑も濃く力強い色合いになっている。木の実を落とす樹木もだいぶ増えたので、鳥や獣たちが飢えることもなくなるだろう。


これにはもちろん理由がある。森の生態を熟知した妖精族が浮遊島に二十日ほど住みこんで、この浮遊島の森の診断と、土と木々の活性化を手がけてくれたのだ。

ファーレン王国での騒ぎを無事に乗り切り、もう用は済んだとロウは浮遊島に帰る事を国王であるラフレシア女王に伝えたところ、今回の働きの報酬を支払っていない、そんな不実をしては国王としての威信にかかわると散々に懇願され、苦し紛れに思い付いた報酬だった。


ロウはファーレンの王都シルファードと浮遊島の間を人の行き来が出来るように転移魔法陣を設置し、森の管理を得意とするエルフ族百人を浮遊島に案内してきた。もちろんこの場所が天空に浮かぶ浮遊島であることは明かしていない。

この場所に住む眷属達には人族を見ても襲うなと言い含め、山の方で姿を隠しているように指示を出していたので、その姿を見た者はおそらくいないだろう。もちろん気配察知に優れたキョウと女王は「何か」がいることに気付いていたのだが、ロウの眷属であることを教えると妙に納得していた。


エルフ族達は浮遊島を走り回り、土壌が弱い場所、木々が弱っている場所、陽の当たりが悪い場所などを調べ上げ、エルザード大森林から落ち葉や枯れ枝を持ち込んで腐葉土を作ったり、落葉樹やどんぐりなど木の実を落とす樹木を移植したりして森を調整していく。

また、土壌を作る虫や雑草だけを食べる草食動物も連れてきて、この場所の生態系が適正に保たれるよう準備をしてくれたのである。


自然豊かなこの場所がロウの塒と知った闇の勇者キョウとラフレシア女王は大興奮して、この場所に別荘を建てるだとか隠居してここに住むだとか大騒ぎし、ロウをほとほと困らせたのである。

ここはロウと眷属達の楽園である。人族を此処に住まわせるつもりは全くなかった。


そんな理由で浮遊島の植物活性化作業が終わり、妖精族が皆帰った時点でシルファードの転移魔法陣は撤去したのだが、実はそれとは別に、ロウはルフェンラノス村の近郊に土魔法で石壁石畳のちょっとした建物を作りそこに転移門を設置している。

妖精族には内緒なのだが、ロウがいなければ起動しない転移門なので使える者眷属以外にはいない。ただ、キョウでも起動できるよう彼女の魔力も記憶させたので、疲れてしまった時、権力に追われた時、他に何か必要があれば浮遊島に身を隠すことが出来ると伝えている。

キョウがこの地にやってくる事がない方が良いのであるが。



今日はいつも寝そべっている湖畔の草原で、ロウの眷属シャドウアサシンとティノの従魔ギガドゥールの実戦形式の訓練が行われていた。

ロウは直径50m程の円形闘技場を即席で作り、外周に十本の柱を立てて柱と柱の間に結界を施してある。


速度と意外性のシャドウアサシン。

剛力と絶対防御を誇るギガドゥール。


これまで同じような訓練を何度も行い、互いに譲らず激戦を繰り返してきた。

訓練だから勝敗を付けている訳ではない。相手を殺してしまう訳でもない。しかし、お互い技量を高めるための訓練なのだから、武器を壊すほど激しくぶつかったり、時には身体の一部を失う大怪我をした事もあった。

武器が壊れても大怪我をしてもロウが直ぐに治すので問題はないが、眷属の技量が上がっていくたびにロウは気が気ではない。


(も、もしこいつらが自由を求めて我を襲ってきたらどうしよう・・・)


ロウはビビりである。

こんな強力な眷属たちを創り出したのも、結局のところは人族達に殺されたくないため、自分を守るためなのだ。ところがその眷属達があまりにも強過ぎることに気が付き、ついついネガティブな方向へいってしまうのであった。


シャドウアサシンとギガドゥールの物理攻撃のぶつかり合いはともかく、以前あったハジリスクとバフォメルの魔法攻撃の試合では、巨大な闇魔法で闘技場ごと消滅しようとしたバフォメルも、その闇魔法をあっさり石化させてから尻尾で粉砕したハジリスクも、もはやロウにとって恐怖の対象でしかない。

内心ビクビクしながらも、何とか主として威厳をもって接しているロウであった。


さて、シャドウアサシンとギガドゥールの戦いである。

ロウが下界へ降りている間はシャドウアサシンが付き従うため、ロウが帰ってきている間にしかこの戦いを観戦することは出来ないので、ある意味この島の数少ない娯楽の一つである。


ロウは小ドラゴンの姿で九尾の頭の上に陣取り、特等席での見物気分である。


審判はハジリスクだ。

ハジリスクには石化ブレスと毒ブレスを与えたはずなのに、なぜか毒ブレスは治療ブレスに変わっており、こうした訓練で傷付いた眷属達の治療に当たっているのだ。

観客にはキマイラとバフォメルがおり、変化して鳶ほどの大きさになっているフェニックスがキマイラの頭に止まっていた。カオスドラゴンに至ってはこの島に来た時からずっと眠りっぱなしだ。


この二体が戦うときはいつもこんな感じだ。


シャドウアサシンとギガドゥール。共に鬼獣種に括られているがこの世界で彼らと同種が目撃された例はこれまでなかった。


シャドウアサシンは迷宮主によって創造され、世界の理が分類する際に鬼獣種としただけで、種族は眷属種というのが正しいのかもしれない。

迷宮主に創られた眷属は主に絶対の忠誠心を持つ。

ただ、ロウはその忠誠心を求めず、眷属達を好きにさせていて、シャドウアサシンのように主である不死竜ヒュドラに付き従い、主の護衛をしているものはいない。

ロウに造って貰った双剣を自在に操り、素早い動きで相手を攪乱し影の中を移動して敵を倒す戦闘を得意としている。


一方のギガドゥールは、彼が元居た世界ではバンギ種とされていたが、この世界に召喚され、これも便宜上鬼獣種とされただけである。

種として一番近いのはオーガと呼ばれる鬼獣だが、オーガでギガドゥールのように四本腕を持つ者はいない。

ギガドゥールの特殊性を最大限に生かせるよう、これもロウが作った巨大なハルバードと長剣、盾を装備し、まさに「隙なしの」攻撃防御力である。

戦闘民族で血生臭い世界にいた彼は、様々な偶然が重なってこの世界に召喚され道具のように扱われていたが、ロウに救われてこの浮遊島にやってきて以来穏やかに暮らしている。


ギガドゥールはゆっくりとシャドウアサシンの方へ歩いていき、突然、何の殺気も気負いもなく手に持ったハルバードを横薙ぎに振るった。

予想もしない攻撃に観客も息をのむ。唸りを上げるハルバードは確実にシャドウアサシンの脇腹を捉え、彼の身体を両断したのである。

審判のハジリスクもロウでさえも止める間もなかった攻撃であった。


ところが、両断されたはずのシャドウアサシンが今だその場に立っている。やがてその姿は徐々にぼやけていき、始めからそこに存在しなかったかのように掻き消えてしまったのだ。


シャドウアサシンの能力【幻影】と【不可視】を融合した技、【朧】である。


自分の幻影を作り出し、影に潜みながら相手に近づきその影に移って攻撃するという中々えげつない技だ。


やはり、というかギガドゥールの左後方に伸びた影からシャドウアサシンが黒い双剣を振り上げて飛び出してきた。片剣を振り上げ、もう一振りを逆手に持ち横薙ぎに振るおうとしている、まさに速さを身上とするシャドウアサシンの斬撃である。

この剣速で、死角から襲われたらひとたまりもない。シャドウアサシンの剣がギガドゥールの太い首に振り下ろされる。


「ギイィィィィィン!!!」


聞こえたのは肉の避ける音ではなく、金属と金属がぶつかり合う音である。

ギガドゥールはまるでこの攻撃を予想していたかのように、円盾を装着した左腕を曲げただけでこの攻撃を防いだのだ。

そして即座にもう一つの左手に持った長剣をシャドウアサシンに向けて突き上げるが、シャドウアサシンがもう一つの剣でこれをいなし、その力を利用してギガドゥールから離れてもう一度距離をとる。


そして再び激突する。

彼らの戦いは常にこのように進んでいく。

シャドウアサシンの攻撃は、盾で槍で時には防具で全て防がれてしまい、ギガドゥールの攻撃は躱され、騙され全く当たらない。

ただ、一つ一つすべての攻撃が明確なる殺意をもって遠慮なく遂行されており、常に破裂しそうな緊張の中で進んでいくのだ。


一瞬も気の抜けない攻防が続き、最後の手とばかりにシャドウアサシンが自分の幻影を四体作りだして四方向から同時に仕掛けてきた。

一体は地を這うように、もう一体はギガドゥールの頭上から飛びかかり、残りの二体が左右から襲い掛かる。

ギガドゥールは動けない。いや、動かないでギリギリまでシャドウアサシンの攻撃を読んでいる。そして動く。ハルバードを足元に、剣と盾をそれぞれ上と真横に押し出し、握りしめた左拳を思い切り真横に振り抜いた。


宙から攻撃してきたシャドウアサシンが剣で貫かれ、足元の一体が地面に縫い付けられる。盾にぶつかった一体は吹き飛び、最後に残ったものは・・・。

シャドウアサシンの双剣がギガドゥールの首元に寸止めでとまり、ギガドゥールの拳がシャドウアサシンの脇腹を抉る寸前で止まっていた。


しばらく動かなかった二体がゆっくりと動き出す。肩を叩きあい、拳と拳を軽く当ててお互いの健闘を称えあう。

その場の緊張が一気に萎み、遅れて見物していた眷属達からやんややんやの歓声が上がった。


ロウだけは脂汗をダラダラ流しながら、微妙な笑いを浮かべて拍手はしていたが。



そんな試合も終わり、ロウや他の眷属達が湖畔の草原で寝そべっていると、試合後に怪我を直してもらっていたギガドゥールが何とも言えない表情でそばにやってきた。

そのままロウの元に近寄ってきて胡坐をかいて座り、四本の腕を振り回して何事か訴えてくる。


念話で質問しながら注意深く観察し、ギガドゥールの伝えたい事を解析するとこういうことらしい。


最近、ギガドゥールが下界で狩りでもしようと転移陣を使って『魔境』にいったのだが、転移陣を置いている洞窟の前に魔獣どもがたくさん集まっており、出るに出られない状況らしい。

転移陣を出た瞬間に巨大な気配を感じ慌てて気配を消したので、ロウの隠蔽が施されている洞窟の存在を知られる事は無かったというが・・・。

万が一奴らに洞窟が見つかって転移陣を壊されたり、この浮遊島に来られてもいけないので追い払うのを手伝ってほしい、ということだった。

数を聞いてみれば、オーガやオークといった人型魔獣だけで数千体、狼系、猪系、蛇や地竜などを合わせると数万にも上るという。


そんな大群相手に勝てるわけがない。

ロウはあの洞窟を諦め、別の場所へ転移陣を設置するから少し待て、と動揺を隠して答えようとしたとたん、周りの眷属が騒ぎ始める。


何!それは大変だ!折角主が作った転移陣が下等魔獣に壊されては面目が立たぬ!いざ、我々の砦を奪還しに行かん!!


(ちょ、ちょっと待て!!数万だぞ万!!ムリムリムリ!!!)


もう一度言おう。ロウはビビリである。いつも最悪の状況を考えて防衛策(主に逃げることであるが)を考えているのだ。

決して死ぬ事は無いと言われる不死竜であるが、無数の魔獣に集られてガジガジ骨まで喰われてしまえばどうなるか判ったものではない。


(君子危うきに近寄らず!)


そんな魔獣の大群など放っておけばどこかに行ってしまうだろうし、転移陣などまたどこか適当な所に作ってしまえば良いのだ。

ところが眷属達は転移陣のほうへ移動を開始する。ロウも九尾に咥えられ、不本意ながら彼らの後に続くことになった。

あせるロウを尻目に、眷属達は魔闘気と殺る気を纏わせて次々と転移陣の中に消えて行ったのである。



洞窟の外は元々そこにあった生い茂った森の樹はすべてなぎ倒され、そこだけが場違いな広場になっていた。

見渡す限り大量の魔獣で埋め尽くされていた。転移陣を置いた洞窟の入り口は地上から20mほど上にあるのだが、数え切れないほどの魔獣、魔獣、魔獣だらけである。


ギガドゥールの情報通り様々な種類の魔獣が入り乱れて集まっている。

中には上位種と思われる体の大きいモノや、半端ない威圧を放ち周りを威嚇しているモノ、すでに他の魔獣を握り潰して口に運んでいるモノまでいた。


全く無秩序に見える集団だが、何かを待っているのか、それとも何かがいるのか、すべてが広場の中央に体を向けている。

そして、その広場の中心には倒された大樹が横たわり、その上に一体の人型魔獣、オーガが片膝を立てて座っているのを見ることが出来る。


立てば体長はギガドゥールの二倍はあろう。

岩のような筋肉と真赤な硬い皮膚で覆われた体は変異種の証だ。頭には五本の角を生やし、いったいどこで作られたのか、オーガの身体に合わせたかのような巨大な斧を片手に持っている。


この特徴は間違いなくオーガの最上位種、エンペラーオーガであろう。ロウは固有能力【邪眼】を使ってオーガの変異種を見た。


名 前:‐‐‐(エンペラーオーガ)

種 族:鬼獣 変異種

状 態:弱興奮


 生 命 力:‐‐‐ 魔力量:‐‐‐

 能  力:魔堺の統率者

      残虐嗜好者


 固有能力:【支配】【体力超回復】【狂乱】

特殊能力:【物理耐性】【身体強化魔法】【痛覚遮断】【暴食】

通常能力:【剛力】【斧術】【体術】【威圧】【気配察知】


(あ、こいつヤバい奴だ・・・。残虐嗜好とかありえんわ。)


生命力も魔力も測定不能ということは、比較対象であろうと思われる人族よりはるかに多いということで、つまりはロウの眷属並みということでもある。

所有している能力も狂気じみているし、まさに支配種、魔獣の王であった


この名も知らぬ世界では数百年に一度こういった上位種、変異種が誕生するようで、その度に人族と魔獣の間で苛烈な争いが行われた。

その争いで人族も魔獣も相当数数を減らし、折角広がった人族の版図が再び後退してしまい『魔境』という広大な森のほうが広がるのだ。


その争いの元凶ともいえる変異上位種が今魔獣の集団の中心にいる。

何故こんなところに夥しい数の魔獣が集まっているのかはわからないが、あのエンペラーオーガの固有能力【支配】によって統制下に於かれていることは間違いない。

ロウ達の眼下に広がる光景はそれほど異常であった。

全ての魔獣がエンペラーオーガのほうを向き、何かに憑かれたような目でこの変異種を見上げている。普段は互いに殺し合い、捕食し捕食されるモノ達が肩を並べて・・・。


そんな光景をロウは言葉もなく見つめていると、突然エンペラーオーガ洞窟の入り口を見上げ、しばらく目を凝らすように見上げている。そして、咆哮をあげた。

それに合わせるかのように、下にいる魔獣達が一斉に洞窟のほうを見た。入口に掛けていたロウの偽装が見破られたのである。


(い、いかんいかん!!撤退である!)


ロウは眷属達に浮遊島へ戻れと指示を出そうとした。が、遅かった。


エンペラーオーガの威圧を込めた咆哮を当てられた眷属達が、お返しとばかり吠え返し、次々と洞窟を飛び出していったのだ。もちろんロウを頭に乗せたハジリスクも一緒である。


(ひっ!ひぃぃぃぃぃぃ!!!)


ハジリスクは崖下にいた魔獣達をその巨体で押し潰すと、邪魔だとばかりに尾を振ってほかの魔獣諸共吹き飛ばし、自分の陣地を確保した。

だが、すでにその時に他の眷属達は、それぞれの敵を求めて集団の中に躍り込んでいった。


ギガドゥールが振るうハルバードが唸りを上げ、たった一振りで何匹もの魔獣が吹き飛ばされていく。その威力は突進してくる地竜ですら吹き飛はす程激しいものであり、まるで草でも刈るかのようにまっすぐ進んでいく。


さらに、ギガドゥールの背後にはシャドウアサシンがいて、ギガドゥールの背後をしっかりと守り、群がってくるオークや狼どもを容赦なくその双剣で両断している。まさに我が道を行くこの二体が進んだ後には一本の広い「道」が出来上がっていた。


九尾は全属性の魔法弾を尻尾の先に具現化して、奇妙な動きで踊りながら四方八方にめくら打ちしている。当然着弾した所には焼け爛れ、凍り付き、押し潰され、バラバラになった魔獣の死体が転がっている。あの踊り、ロウは前世で見覚えがあったが今は語るまい。


バフォメルは「ヲぉぉぉふぉぉぉ・・・」と気持ち悪い笑い声を上げながら、闇魔法の最上位技【闇の霧】を発生させ、群がってくる数百の魔獣を一瞬のうちに分解し、その残渣をどんどん口から吸い込んでいく。本当に気持ち悪い。


キマイラは我を忘れて「狂乱」状態だし、フェニックスは空を制圧し、魔獣どもの攻撃が届かない場所から火炎を吐き、逃げ惑う姿をみて笑っている。絶対性格が悪い。


流石に第一眷属ハジリスクはロウが頭に乗っているためか傍を離れず、部下達の動きを見守り、傷ついた者がいればヒールを投げている。当然洞窟入口を守るハジリスクに向かってくる魔獣もいるが、彼に到達する前にすべて石に変えられている。


部下思いで主に寄り添うハジリスクは本当によくできた子だ。と、ロウが得心していると、ロウ達が動かないのを見て敵の大将と見破ったエンペラーオーガが近付いてきた。

それまで座っていた大樹から腰を上げ、ゆっくりと歩いてくるその目にあるのは憎しみ、仲間を殺された憤怒、そしてこの現況を作った者への激しい殺気だった。


進行方向にいる仲間すら蹴り飛ばして歩いてきた「皇帝」は、途中から速足に駆け出し、土煙をあげて大地を蹴るとあっという間に距離を詰め、ハジリスクの頭をロウごと両断すべく手に持った巨大な斧を振り上げた。

まさかあの距離をたった一蹴りで詰めてくるとは驚くべき能力である。一瞬の間にその巨体が目の前にいるのである。流石のロウも防御結界を発動する間がなかった。


のだが・・・。ハジリスクの目が怪しく光った。

と同時に振り下ろされたエンペラーオーガの斧が、ロウの真横を掠めてハジリスクの頭に激突したのだが、粉々に砕けてしまったではないか。


石化ブレスとはまた異なるハジリスクの石化魔法である。見たものを全て石に変え、どんなに強固なモノにでも脆く弱いモノにでも変化させることが出来るのだ。

エンペラーオーガの斧もその手首ごと脆い石に変えられ、ハジリスクの硬い鱗を壊すことが出来ず砕けてしまったのだ。


オーガエンペラーは固有能力【超回復】があるため、物理攻撃でも魔法攻撃でもあっという間にダメージを回復してしまうが、基本的な魔法抵抗、つまり石化や腐食など状態異常系や回復が追い付かない魔法には弱いのだ。


勢い余って地面に激突したエンペラーオーガが片膝立ちに起き上がり、無くなってしまった自分の手の先を呆然と見つめる。

しばらくそのまま動かなかったエンペラーオーガが黒い炎を纏ったかのように闘気を漲らせ、立ち上がろうとした時だった。

再びハジリスクの目が光ると、今度はエンペラーオーガの右足が石化し、地面と一体化したために根元から折れてしまいエンペラーオーガが転倒してしまう。


エンペラーオーガの闘気が一瞬で霧散してしまった。

それでも先のない両手で上体を起こしたとき、今度は右腕部分が石化してやはり肩口から折れてしまった。


もはやエンペラーオーガに、森全体を揺るがしていた覇気も闘気も妖気もなかった。左手左足で何とかバランスを取って起き上がるエンペラーオーガの顔には恐怖すら見て取れる。


それはロウも一緒である。冷汗がダラダラ流れて足下に池が出来ている。

なぜなら、ハジリスクは初手で攻撃されたとき、一気に身体全体を石化して勝負を決めれば良かったものを、エンペラーオーガの体の部位を少しずつ奪って楽しんでいたのである。

ロウのお腹の下から伝わってきたハジリスクの感情は、明らかに快悦であったのだ。


ロウは思った。一番性格が悪い要注意眷属は、筆頭のハジリスクであると。



エンペラーオーガの固有能力【支配】と強力な覇気によって縛られていた魔獣は、一気に戦意を消失させていく。強力な統率者を失った魔獣達は、ロウの眷属にとってただ殺戮を楽しむだけのエサでしかなくなった。

我先にと四方八方へ逃げ惑い、「魔境」の奥深くに消えていく。転移陣の洞窟の前には夥しい魔獣の死体と、静寂しか残っていなかった。


しばらくすると、あちらこちらに逃げた魔獣を追い回していた眷属達が満ち足りた顔で戻ってくる。

ロウの前に一列に並んで首を垂れたのは主に褒めてほしいからなのだろうか。


ロウは後ろ足をガクガク震えさせながらも、前足を上げて「ガァァ!(よくやった!)」と小さい咆哮をあげる。

すると眷属達はそれに合わせて一斉に咆哮をあげ、魔獣の大群に勝利した勝鬨をあげたのだった。


余談だがこの強者の咆哮を聞いた「魔境」に住む魔獣は、森の中心にあるこの洞窟に一切近寄らなくなった。しばらくして狩りに下りたギガドゥールは獲物を見つけることが出来なくなり、土下座してロウに転移陣の移設を願ったという。


ロウにとって「魔獣の大氾濫」とはこんな小さな出来事であった。

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